解題

  哥座(うたくら) および 哥座星座(うたくらせいざ)とは
                 


                  
                            哥 座

  ふだんからなじみ深い裏手の山や前浜の海など、身近の自然やジブンの身体は、すでに了解済みの「空間」のなかに、疑うこともなく自明に存在している。この「こと」「もの」が生成流転している無意識空間は、万葉集はじめ、多くの歌仙の哥、俳諧、詩などの「韻文」により、ながい時の熟成を経て、身体空間や歴史、自然空間へと昇華され、「わたくしたち」自身の空間システムの原型となり、具体的な血肉となってきたものだ。あるいは、わたくしたち自身の今の意識や身体をさえ紡ぎだしてくれていると言い換えることも出来ようか。未来をも決定づけていくはづのこの無意識空間。ここでは、その無意識空間を生み出す源として、決して表にでてくることもなく、秘匿胎蔵され続けている先験的時空座標を措定し、そを哥座(うたくら)と命名した。

  この座標の自得のもとに、今日の情報テクノロジーまでを可能ならしめている西欧のテクネーの妥当性や、近代自然科学の拠ってってきた始原的プラットフォームを再検証し、それとパラレルに発展してきた結果である、東西の芸術世界で未だ支配的となっている近代描写の意味や、表現といふ基礎概念、さらにコンセプト - コンテンツ制作というひとくくりでもって古典からサブカルチャーまで呑み込もうとしている現代美術のあり方、そして、制作主体の問題を冒険的・創作的に問い直していきたい。そこで、従来の芸術や学問のジャンルを越へ、時代、場所、立場をクロスオーバーし、随意に集合離散、活動できる超私的なパフォーマンサーたちの一期一会の関り合ひ可能な「場」として、哥座星座(うたくらせいざ)を創設した。

  方法論的には、歴史途上で、輸入されてきた印・中・欧の抽象的美学概念に代へ、まづ、冒険的創作による視座の体験的自覚が最優先課題となる。いまなほ現代西欧思想の翻訳された概念・論理でもって自らを分析して事足れりとする思潮が主流だが、それに換へ、原始の尻尾を色濃く残しているはづの普段のことばや、あるがままの身体性を手がかりに、無文字時代から連続性の途切れずにある固有の法、ロゴスを体得・抽出。その法を敷衍,発展化させていく。その際には、「俤」、「ひびき」、「にほひ」といった、先人から受け継いできた固有の概念、そしてまた「付合」などさまざまな古典的手法も重要となるだろう。印・中・欧美学のより一層の深い理解のためにも今後ますますこの自己文脈の体験的自覚による視座の獲得といふ基礎プロセス構築作業の必要性が要請されてくると思われる。
 いつの日か秘蹟にまみへ、 「モノ」「コト」「コトバ」が、そこで円融具足する古くてあたらしい「座(Kura)」から次代を担う「ナニモノカ」が発掘されんことを。
 

                               「哥座美学研究所   二千九年一月