巻頭  新古今集より恋歌 西行恋歌  実朝恋歌  
           

   恋 歌


                 目次

          
新古今集より 戀歌

    
          
西行 戀歌


          
実朝 恋歌

               
               

 

 




   新古今和歌集より恋の歌


 

新古今和歌集巻第十三

恋哥三

1149
中関白(藤原道隆)通ひそめ侍りけるころ
 儀同三司母
  忘れじの行く末まではかたければ今日を限りの命ともがな

1150
忍びたる女をかりそめなる所にゐてまかりて、帰りて朝につかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
  限りなく結びおきつる草枕いつこのたびを思ひ忘れむ

1151
題しらず
 在原業平朝臣
  思ふには忍ぶることぞまけにけるあふにしかへばさもあらばあれ

1152
人のもとにまかりそめて、朝につかはしける
 廉義公(藤原頼忠)
  昨日まで逢ふにしかへばと思ひしを今日は命の惜しくもあるかな

1153
百首哥に
 式子内親王
  逢ふことを今日松が枝の手向草いく夜しをるる袖とかは知る

1154
頭中将に侍りける時、五節所のわらはにもの申しそめて後、尋ねてつかはしける
 源正清朝臣
  恋しさに今日ぞ尋ぬる奥山の日かげの露に袖は濡れつつ

1155
題しらず
 西行法師
  逢ふまでの命もがなと思ひしはくやしかりける我が心かな

1156
(題しらず)
 三条院女蔵人左近
  人心うす花染めのかり衣さてだにあらで色や変はらむ

1157
(題しらず)
 興風(藤原興風)
  あひ見てもかひなかりけりうばたまのはかなき夢におとるうつつは

1158
 実方朝臣(藤原実方)
  なかなかのもの思ひそめて寝ぬる夜ははかなき夢もえやは見えける

1159
忍びたる人と二人ふして
 伊勢
  夢とても人に語るな知るといへば手枕ならぬ枕だにせず

1160
題しらず
 和泉式部
  枕だに知らねば知らじ見しままに君語るなよ春の夜の夢

1161
人にもの言ひはじめて
 馬内侍
  忘れても人に語るなうたた寝の夢見て後もながからじ夜を

1162
女につかはしける
 藤原範永朝臣
  つらかりしおほくの年は忘られて一夜の夢をあはれとぞ見し

1163
題しらず
 高倉院御哥
  けさよりはいとど思ひをたきまして歎きこりつむ逢坂の山

1164
初会恋の心を
 俊頼朝臣(源俊頼)
  蘆の屋のしづはた帯の片結び心やすくもうちとくるかな

1165
題しらず
 読人しらず
  かりそめに伏見の野辺の草枕露かかりきと人に語るな

1166
人知れず忍びけることを、文など散らすと聞きける人につかはしける
 相模
  いかにせむ葛のうら吹く秋風に下葉の露のかくれなき身を

1167
題しらず
 実方朝臣(藤原実方)
  明けがたき二見の浦による波の袖のみ濡れて沖つ島人

1168
 伊勢
  逢ふことの明けぬ夜ながら明けぬれば我こそ帰れ心やはゆく

1169
九月十日あまり、夜ふけて和泉式部が門を叩かせ侍りけるに、聞きつけざりければ、朝につかはしける
 大宰帥敦道親王
  秋の夜の有明の月の入るまでにやすらひかねて帰りにしかな

1170
題しらず
 道信朝臣(藤原道信)
  心にもあらぬ我が身の行き帰り道の空にて消えぬべきかな

1171
近江更衣に給はせける
 延喜御哥
  はかなくも明けにけるかな朝露のおきての後ぞ消えまさりける

1172
御返し
 更衣源周子
  朝露のおきつる空も思ほえず消えかへりつる心まどひに

1173
題しらず
 円融院御哥
  おきそふる露やいかなる露ならむいまは消えねと思ふ我が身を

1174
(題しらず)
 謙徳公(藤原伊尹)
  思ひ出でていまは消ぬべし夜もすがらおきうかりつる菊の上の露

1175
(題しらず)
 清慎公(藤原実頼)
  うばたまの夜の衣をたちながら帰るものとは今ぞ知りぬる

1176
夏の夜、女のもとにまかりて侍りけるに、人しづまるほど、夜いたくふけてあひて侍りければ、よみける
 藤原清正
  みじか夜の残り少なくふけゆけばかねてものうきあかつきの空

1177
女御子に通ひそめて、朝につかはしける
 大納言清蔭(源清蔭)
  明くといへばしづ心なき春の夜の夢とや君を夜のみは見む

1178
弥生の頃、夜もすがら物語して帰り侍りけるに、人の、今朝はいとどもの思はしきよし申しつかはしたりけるに
 和泉式部
  今朝はしも歎きもすらむいたづらに春の夜一夜夢をだに見で

1179
題しらず
 赤染衛門
  心からしばしと包むものからにしぎの羽掻きつらき今朝かな

1180
忍びたる所より帰りて、朝につかはしける
 九条入道右大臣(藤原師輔)
  わびつつも君が心にかなふとてけさも袂をほしぞわづらふ

1181
小八条の御息所につかはしける
 亭子院御哥
  手枕にかせるたもとの露けきは明けぬとつぐる涙なりけり

1182
題しらず
 藤原惟成
  しばし待てまだ夜は深し長月の有明の月は人まどふなり

1183
前栽の露おきたるを、などか見ずなりにしと申しける女に
 実方朝臣(藤原実方)
  おきて見ば袖のみ濡れていとどしく草葉の玉の数やまさらむ

1184
二条院御時、暁帰りなむとする恋といふことを
 二条院讃岐
  明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで人の袖をも濡らしつるかな

1185
題しらず
 西行法師
  面影の忘らるまじき別れかな名残を人の月にとどめて

1186
後朝恋の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  またも来む秋をたのむの雁だにも鳴きてぞ帰る春のあけぼの

1187
女のもとにまかりて、心地の例ならず侍りければ、帰りてつかはしける
 賀茂成助
  たれ行きて君につげまし道芝の露もろともに消えなましかば

1188
女のもとに、物をだにいはむとてまかれりけるに、むなしくかへりて、朝に
 左大将朝光(藤原朝光)
  消えかへりあるかなきかのわが身かな恨みて帰る道芝の露

1189
三条関白女御、入内の朝につかはしける
 花山院御哥
  朝ぼらけおきつる霜の消えかへり暮れ待つほどの袖を見せばや

1190
法性寺入道前関白太政大臣(藤原兼実)家哥合に
 藤原道経
  庭に生ふるゆふかげ草の下露や暮れを待つまの涙なるらむ

1191
題しらず
 小侍従(石清水別当光清女)
  待つ宵にふけゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは

1192
(題しらず)
 藤原知家
  これもまた長き別れになりやせむ暮れを待つべき命ならねば

1193
(題しらず)
 西行法師
  有明は思ひ出であれや横雲のただよはれつるしののめの空

1194
(題しらず)
 清原元輔
  大井川井堰の水のわくらばにけふはたのめし暮れにやはあらぬ

1195
けふと契りける人の、あるかと問ひて侍りければ
 読人しらず
  夕暮れに命かけたるかげろふのありやあらずや問ふもはかなし

1196
藤原定家朝臣
 西行法師人々に百首哥よませ侍りけるに
  あぢきなくつらきあらしの声もうしなど夕暮れに待ちならひけむ

1197
恋の哥とて
 太上天皇(後鳥羽院)
  頼めずは人は待乳の山なりと寝なましものをいざよひの月

1198
水無瀬にて恋十五首哥合に、夕恋といへる心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  なにゆゑと思ひも入れぬ夕べだに待ち出でしものを山の端の月

1199
寄風恋
 宮内卿(源師光女)
  聞くやいかにうはの空なる風だにも松に音するならひありとは

1200
題しらず
 西行法師
  人は来で風のけしきもふけぬるにあはれに雁の音づれてゆく

1201
(題しらず)
 八条院高倉
  いかが吹く身にしむ色の変はるかなたのむる暮れの松風の声

1202
(題しらず)
 鴨長明
  頼めおく人も長等の山にだに小夜ふけぬれば松風の声

1203
(題しらず)
 藤原秀能
  今来むとたのめしことを忘れずはこの夕暮れの月や待つらむ

1204
待つ恋といへる心を
 式子内親王
  君待つと閨へも入らぬ真木の戸にいたくなふけそ山の端の月

1205
恋の哥とてよめる
 西行法師
  頼めぬに君来やと待つ宵のまのふけゆかでただ明けなましかば

1206
(恋の哥とてよめる)
 藤原定家朝臣
  帰るさのものとや人のながむらむ待つ夜ながらの有明の月

1207
題しらず
 読人しらず
  君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞふる

1208
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  衣手に山おろし吹きて寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む

1209
左大将朝光久しう音づれ侍らで、旅なる所に来あひて、枕のなければ草を結びてしたるに
 馬内侍
  逢ふことはこれや限りの旅ならむ草の枕も霜がれにけり

1210
天暦御時、まどをにあれやと侍りければ
 女御徽子女王
  なれゆくはうき世なればや須磨の海人の塩焼き衣まどほなるらむ

1211
逢ひて後逢ひがたき女に
 坂上是則
  霧深き秋の野中の忘れ水絶えまがちなるころにもあるかな

1212
三条院、みこの宮と申ける時、久しく問はせ給はざりければ
 安法法師女
  世の常の秋風ならば荻の葉にそよとばかりの音はしてまし

1213
題しらず
 中納言家持(大伴家持)
  あしびきの山のかげ草むすびおきて恋ひやわたらむ逢ふよしをなみ

1214
(題しらず)
 延喜御哥(醍醐天皇)
  東路に刈るてふかやの乱れつつつかのまもなく恋ひやわたらむ

1215
(題しらず)
 権中納言敦忠(藤原敦忠)
  結びおきしたもとだに見ぬ花すすき枯るとも枯れじ君し解かずは

1216
百首哥の中に
 源重之
  霜の上にけさ降る雪の寒ければかさねて人をつらしとぞ思ふ

1217
題しらず
 安法法師女
  ひとりふす荒れたる宿の床の上にあはれいく夜の寝覚めしつらむ

1218
(題しらず)
 源重之
  山城の淀の若こも刈りにきて袖濡れぬとはかこたざらなむ

1219
(題しらず)
 紀貫之
  かけて思ふ人もなけれど夕されば面影絶えぬ玉かづらかな

1220
宮仕へしける女を語らひ侍りけるに、やむごとなき男の入り立ちていふけしきを見て恨みけるを、女あらがひければよみ侍りける
 平貞文
  いつはりをただすの杜のゆふだすきかけつつちかへ我を思はば

1221
人につかはしける
 鳥羽院御哥
  いかばかりうれしからましもろともに恋ひらるる身も苦しかりせば

1222
片思の心を
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  我ばかりつらきを忍ぶ人やあるといま世にあらば思ひあはせよ

1223
摂政太政大臣家百首哥合に、契恋の心を
 前大僧正慈円
  ただ頼めたとへば人のいつはりを重ねてこそはまたも恨みめ

1224
女を恨みて、今はまからじと申して後、なほ忘れがたくおぼえければつかはしける
 左衛門督家通(藤原家通)
  つらしとは思ふものから伏柴のしばしもこりぬ心なりけり

1225
頼むること侍りける女、わづらふこと侍りける、おこたりて、久我内大臣(源雅通)のもとにつかはしける
 読人しらず
  頼め来し言の葉ばかりとどめおきて浅茅が露と消えなましかば

1226
返し
 久我内大臣(源雅通)
  あはれにもたれかは露も思はまし消え残るべき我が身ならねば

1227
題しらず
 小侍従(石清水別当光清女)
  つらきをも恨みぬ我にならふなようき身を知らぬ人もこそあれ

1228
(題しらず)
 殷富門院大輔
  何かいとふよもながらへじさのみやは憂きにたへたる命なるべき

1229
(題しらず)
 刑部卿頼輔(藤原頼輔)
  恋ひしなむ命はなほも惜しきかなおなじ世にあるかひはなけれど

1230
(題しらず)
 西行法師
  あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬにはよらぬ歎きを

1231
(題しらず)
 (西行)
  身を知れば人のとがとは思はぬに恨みがほにも濡るる袖かな

1232
女につかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  よしさらばのちの世とだに頼めおけつらさにたへぬ身ともこそなれ

1233
返し
 藤原定家朝臣母
  頼めおかむたださばかりを契りにてうき世の中の夢になしてよ


巻第十四

恋哥四

1234
中将に侍りける時、女につかはしける
 清慎公(藤原実頼)
  宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはでねをのみぞ泣く

1235
返し
 読人しらず
  君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなる心地かはする

1236
少将滋につかはしける
 (読人しらず)
  恋しさに死ぬる命を思ひ出でてとふ人あらばなしと答へよ

1237
恨むること侍りて、さらにまうで来じと誓言して、二日ばかりありてつかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
  別れては昨日今日こそへだてつれ千代しもへたる心地のみする

1238
返し
 恵子女王贈皇后宮母
  きのふともけふとも知らず今はとて別れしほどの心まどひに

1239
入道摂政久しくまうでこざりける頃、鬢かきて出で侍りけるゆするつきの水入れながら侍りけるを見て
 右大将道綱母
  絶えぬるか影だに見えば問ふべきを形見の水は水草ゐにけり

1240
内にひさしく参り給はざりける頃、五月五日、後朱雀院の御かへりごとに
 陽明門院
  かたがたにひき別れつつあやめ草あらぬねをやはかけむと思ひし

1241
題しらず
 伊勢
  言の葉のうつろふだにもあるものをいとど時雨の降りまさるらむ

1242
右大将道綱母
  吹く風につけても問はむささがにの通ひし道は空に絶ゆとも

1243
后の宮久しく里におはしける頃、つかはしける
 天暦御哥(村上天皇)
  葛の葉にあらぬわが身も秋風の吹くにつけつつ恨みつるかな

1244
久しく参らざりける人に
 延喜御哥(醍醐天皇)
  霜さやぐ野辺の草葉にあらねどもなどか人目のかれまさるらむ

1245
御返し
 読人しらず
  浅茅生ふる野辺や枯るらむ山がつの垣ほの草は色もかはらず

1246
春になりてと奏し侍りけるが、さもなかりければ、内より、まだ年もかへらぬにやとのたまはせたりける御返事を、かえでの紅葉につけて
 女御徽子女王
  霞むらむほどをも知らずしぐれつつ過ぎにし秋のもみぢをぞ見る

1247
御返し
 天暦御哥(村上天皇)
  今来むとたのめつつふる言の葉ぞ常磐に見ゆるもみぢなりける

1248
女御の下に侍りけるにつかはしける
 朱雀院御哥
  玉ぼこの道ははるかにあらねどもうたて雲居にまどふころかな

1249
御返し
 女御熈子女王
  思ひやる心は空にあるものをなどか雲居に逢ひ見ざるらむ

1250
麗景殿女御参りて後、雨降り侍りける日、梅壺女御に
 後朱雀院御哥
  春雨の降りしくころか青柳のいと乱れつつ人ぞ恋しき

1251
御返し
 女御藤原生子
  青柳のいと乱れたるこのごろは一筋にしも思ひよられじ

1252
またつかはしける
 後朱雀院御哥
  青柳の糸はかたがたなびくとも思ひそめてむ色はかはらじ

1253
御返し
 女御生子
  浅緑深くもあらぬ青柳は色変はらじといかが頼まむ

1254
早やうもの申しける女に、枯れたる葵を、みあれの日つかはしける
 実方朝臣(藤原実方)
  いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみのけふぞ忘れぬ

1255
返し
 読人しらず
  枯れにけるあふひのみこそかなしけれあはれと見ずや賀茂の瑞垣

1256
広幡の御息所につかはしける
 天暦御哥
  逢ふことをはつかに見えし月影のおぼろけにやはあはれとは思ふ

1257
題しらず
 伊勢
  更級や姨捨山の有明のつきずもものを思ふころかな

1258
中務(敦慶親王女)
  いつとてもあはれと思ふを寝ぬる夜の月はおぼろけなくなくぞ見し

1259
 凡河内躬恒
  更級の山よりほかに照る月もなぐさめかねつこのごろの空

1260
 読人しらず
  天の戸をおし明け方の月見ればうき人しもぞ恋しかりける

1261
  ほの見えし月を恋しと帰るさの雲路の波に濡れてこしかな

1262
人につかはしける
 紫式部
  入る方はさやかなりける月影をうはの空にも待ちし宵かな

1263
返し
 読人しらず
  さしてゆく山の端もみなかきくもり心の空に消えし月影

1264
題しらず
 藤原経衡
  今はとて別れしほどの月をだに涙にくれてながめやはせし

1265
(題しらず)
 肥後(藤原定成女)
  面影の忘れぬ人によそへつつ入るをぞしたふ秋の夜の月

1266
(題しらず)
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  憂き人の月は何ぞのゆかりぞと思ひながらもうちながめつつ

1267
(題しらず)
 西行法師
  月のみや上の空なる形見にて思ひも出でば心通はむ

1268
(題しらず)
 (西行)
  くまもなき折しも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな

1269
(題しらず)
 (西行)
  もの思ひてながむるころの月の色にいかばかりなるあはれそふらむ

1270
(題しらず)
 八条院高倉
  くもれかしながむるからにかなしきは月におぼゆる人の面影

1271
百首哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり

1272
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  めぐりあはむ限りはいつと知らねども月なへだてそよその浮雲

1273
(千五百番哥合に)
 (藤原良経)
  我が涙もとめて袖に宿れ月さりとて人の影は見ねども

1274
(千五百番哥合に)
 権中納言公経(西園寺公経)
  恋ひわぶる涙や空に曇るらむ光もかはるねやの月影

1275
(千五百番哥合に)
 左衛門督通光(源通光)
  いくめぐり空ゆく月もへだてきぬ契りし中はよその浮雲

1276
(千五百番哥合に)
 右衛門督通具(源通具)
  今来むと契りしことは夢ながら見し夜に似たる有明の月

1277
(千五百番哥合に)
 有家朝臣(藤原有家)
  忘れじといひしばかりの名残とてその夜の月はめぐり来にけり

1278
題しらず
 摂政太政大臣(藤原良経)
  思ひ出でてよなよな月に尋ねずは待てと契りし中や絶えなむ

1279
(題しらず)
 藤原家隆朝臣
  忘るなよいまは心のかはるともなれしその夜の有明の月

1280
(題しらず)
 法眼宗円
  そのままに松のあらしもかはらぬを忘れやしぬるふけし夜の月

1281
(題しらず)
 藤原秀能
  人ぞうき頼めぬ月はめぐりきて昔忘れぬ蓬生の宿

1282
八月十五夜和哥所にて、月前恋といふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
  わくらばに待ちつる宵もふけにけりさやは契りし山の端の月

1283
(八月十五夜和哥所にて、月前恋といふことを)
 有家朝臣(藤原有家)
  来ぬ人を待つとはなくて待つ宵のふけゆく空の月も恨めし

1284
(八月十五夜和哥所にて、月前恋といふことを)
 藤原定家朝臣
  松山と契し人はつれなくて袖こすなみにのこる月かげ

1285
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成女
  ならひこしたがいつはりもまだ知しらで待つとせしまの庭の蓬生

1286
経房卿家哥合に、久恋を
 二条院讃岐
  あと絶えて浅茅が末になりにけり頼めし宿の庭の白露

1287
摂政太政大臣家百首哥よみ侍りけるに
 寂蓮法師
  来ぬ人を思ひ絶えたる庭の面の蓬が末ぞ待つにまされる

1288
題しらず
 左衛門督通光(源通光)
  尋ねても袖にかくべき方ぞなき深き蓬の露のかことを

1289
(題しらず)
 藤原保季朝臣
  形見とてほの踏み分けしあともなし来しは昔の庭の荻原

1290
(題しらず)
 法橋行遍
  名残をば庭の浅茅にとどめおきてたれゆゑ君が住みうかれけむ

1291
摂政太政大臣家百首哥合に
 定家朝臣
  忘れずはなれし袖もや氷るらむ寝ぬ夜の床の霜のさむしろ

1292
(摂政太政大臣家百首哥合に)
 家隆朝臣(藤原家隆)
  風吹かば峰に別れむ雲をだにありし名残の形見とも見よ

1293
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  いはざりき今来むまでの空の雲月日へだてて物思へとは

1294
千五百番哥合に
 家隆朝臣(藤原家隆)
  思ひ出でよたがかねことの末ならむきのふの雲のあとの山風

1295
二条院御時、艶書の哥めしけるに
 刑部卿範兼(藤原範兼)
  忘れゆく人ゆゑ空をながむればたえだえにこそ雲も見えけれ

1296
題しらず
 殷富門院大輔
  忘れなば生けらむものかと思ひしにそれもかなはぬこの世なりけり

1297
(題しらず)
 西行法師
  うとくなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしに

1298
(題しらず)
 (西行)
  今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れむとての情なりけり

1299
建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を
 土御門内大臣(源通親)
  逢ひ見しは昔語りのうつつにてそのかねことを夢になせとや

1300
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 権中納言公経(西園寺公経)
  あはれなる心の闇のゆかりとも見し夜の夢をたれか定めむ

1301
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 右衛門督通具(源通具)
  契りきやあかぬ別れに露おきしあかつきばかり形見なれとは

1302
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 寂蓮法師
  恨みわび待たじいまはの身なれども思ひなれにし夕暮れの空

1303
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 宜秋門院丹後
  忘れじの言の葉いかになりにけむ頼めし暮れは秋風ぞ吹く

1304
家に百首哥合し侍りけるに
 摂政太政大臣(藤原良経)
  思ひかねうちぬるよゐもありなまし吹きだにすさべ庭の松風

1305
 有家朝臣(藤原有家)
  さらでだに恨みむと思ふわぎもこが衣の裾に秋風ぞ吹く

1306
題しらず
 読人しらず
  心にはいつも秋なる寝覚めかな身にしむ風のいく夜ともなく

1307
(題しらず)
 西行法師
  あはれとて問ふ人のなどなかるらむもの思ふ宿の荻の上風

1308
入道前関白太政大臣家の哥合に
 俊恵法師
  わが恋は今は限りと夕まぐれ荻吹く風のおとづれてゆく

1309
題しらず
 式子内親王
  今はただ心のほかに聞くものを知らずがほなる荻の上風

1310
家の哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  いつも聞くものとや人の思ふらむ来ぬ夕暮れの秋風の声

1311
(家の哥合に)
 前大僧正慈円
  心あらば吹かずもあらなむ宵々に人待つ宿の庭の松風

1312
和哥所にて哥合侍りしに、逢不会恋の心を
 寂蓮法師
  里は荒れぬむなしき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く

1313
水無瀬の恋十五首の哥合に
 太上天皇(後鳥羽院)
  里は荒れぬ尾上の宮のおのづから待ちこし宵も昔なりけり

1314
(水無瀬の恋十五首の哥合に)
 藤原有家朝臣
  もの思はでただおほかたの露にだに濡るれば濡るる秋の袂を

1315
(水無瀬の恋十五首の哥合に)
 雅経(藤原雅経)
  草枕結び定めむ方知らずならはぬ野辺の夢の通ひ路

1316
和哥所の哥合に、深山恋といふことを
 藤原家隆朝臣
  さてもなほ問はれぬ秋の夕は山雲吹く風も峰に見ゆらむ

1317
(和哥所の哥合に、深山恋といふことを)
 藤原秀能
  思ひ入る深き心のたよりまで見しはそれともなき山路かな

1318
題しらず
 鴨長明
  ながめてもあはれと思へおほかたの空だにかなし秋の夕暮れ

1319
千五百番哥合に
 右衛門督通具(源通具)
  言の葉のうつりし秋も過ぎぬれば我が身時雨とふる涙かな

1320
(千五百番哥合に)
 藤原定家朝臣
  消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの杜の白露

1321
摂政太政大臣(藤原良経)家哥合に
 寂蓮法師
  来ぬ人を秋のけしきやふけぬらむ恨みによわる松虫の声

1322
恋哥とてよみ侍りける
 前大僧正慈円
  我が恋は庭のむら萩うらがれて人をも身をも秋の夕暮れ

1323
被忘恋の心を
 太上天皇(後鳥羽院)
  袖の露もあらぬ色にぞ消えかへるうつれば変はる歎きせしまに

1324
(被忘恋の心を)
 藤原定家朝臣
  むせぶとも知らじな心瓦屋に我のみ消たぬ下のけぶりは

1325
(被忘恋の心を)
 家隆朝臣(藤原家隆)
  知られじなおなじ袖には通ふともたが夕暮れと頼む秋風

1326
(被忘恋の心を)
 皇太后宮大夫俊成女
  露はらふ寝覚めは秋の昔にて見はてぬ夢に残る面影

1327
摂政太政大臣(藤原良経)家百首哥合に、尋恋
 前大僧正慈円
  心こそ行く方も知らね三輪の山杉の梢の夕暮れの空

1328
百首哥の中に
 式子内親王
  さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて

1329
(百首哥の中に)
 (式子内親王)
  生きてよもあすまで人はつらからじこの夕暮れを問はば問へかし

1330
暁恋の心を
 前大僧正慈円
  あかつきの涙や空にたぐふらむ袖に落ちくる鐘の音かな

1331
千五百番哥合に
 権中納言公経(西園寺公経)
  つくづくと思ひあかしの浦千鳥波の枕になくなくぞきく

1332
(千五百番哥合に)
 藤原定家朝臣
  尋ね見るつらき心の奥の海よしほひの潟のいふかひもなし

1333
水無瀬の恋の十五首哥合に
 藤原雅経
  見し人の面影とめよ清見潟袖にせきもる波の通ひ路

1334
(水無瀬の恋の十五首哥合に)
 皇太后宮大夫俊成女
  ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに

1335
  通ひこし宿の道芝かれがれにあとなき霜の結ぼほれつつ


巻第十五

恋哥五

1336
水無瀬恋十五首哥合に
 藤原定家朝臣
  白妙の袖のわかれに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く

1337
(水無瀬恋十五首哥合に)
 藤原家隆朝臣
  思ひ入る身は深草の秋の露頼めし末やこがらしの風

1338
(水無瀬恋十五首哥合に)
 前大僧正慈円
  野辺の露は色もなくてやこぼれつる袖よりすぐる荻の上風

1339
題しらず
 左近中将公衡(藤原公衡)
  恋わびて野辺の露とは消えぬともたれか草葉をあはれとは見む

1340
題しらず
 右衛門督通具(源通具)
  問へかしな尾花がもとの思ひ草しをるる野辺の露はいかにと

1341
家に恋十首哥よみ侍りける時
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
  夜のまにも消ゆべきものを露霜のいかにしのべと頼めおくらむ

1342
題しらず
 道信朝臣(藤原道信)
  あだなりと思ひしかども君よりはもの忘れせぬ袖の上露

1343
(題しらず)
 藤原元真
  おなじくはわが身も露と消えななむ消えなばつらき言の葉も見じ

1344
頼めて侍りける女の、後に返事をだにせず侍りければ、かの男にかはりて
 和泉式部
  今来むといふ言の葉も枯れゆくによなよな露のなににおくらむ

1345
頼めたることあとなく侍りにける女の、久しくありて問ひて侍りける返事に
 藤原長能
  あだことの葉におく露の消えにしをあるものとてや人の問ふらむ

1346
藤原惟成につかはしける
 読人しらず
  うちはへていやは寝らるる宮城野の小萩が下葉色に出でしより

1347
返し
 藤原惟成
  萩の葉や露のけしきもうちつけにもとよりかはる心あるものを

1348
題しらず
 花山院御哥
  夜もすがら消えかへりつるわが身かな涙の露に結ぼほれつつ

1349
ひさしく参らぬ人に
 光孝天皇御哥
  君がせぬわが手枕は草なれや涙の露のよなよなぞおく

1350
御返事
 読人しらず
  露ばかりおくらむ袖はたのまれず涙の川のたきつ瀬なれば

1351
陸奥の安達に侍りける女に、九月ばかりつかはしける
 源重之
  思ひやるよその村雲しぐれつつ安達の原にもみぢしぬらむ

1352
題しらず
 相模
  色かはる萩の下葉を見てもまづ人の心の秋ぞ知らるる

1353
(題しらず)
 (相模)
  稲妻は照らさぬ宵もなかりけりいづらほのかに見えしかげろふ

1354
(題しらず)
 謙徳公(藤原伊尹)
  人知れぬ寝覚めの涙ふりみちてさもしぐれつる夜半の空かな

1355
(題しらず)
 光孝天皇御哥
  涙のみ浮き出づる海人の釣竿の長き夜すがら恋つつぞ寝る

1356
(題しらず)
 坂上是則
  枕のみ浮くと思ひし涙川今は我が身の沈むなりけり

1357
(題しらず)
 読人しらず
  思ほえず袖に湊のさわぐかなもろこし船の寄りしばかりに

1358
(題しらず)
 (読人しらず)
  妹が袖わかれし日より白妙の衣かたしき恋つつぞ寝る

1359
(題しらず)
 (読人しらず)
  逢ふことの波の下草みがくれてしづ心なくねこそなかるれ

1360
(題しらず)
 (読人しらず)
  浦にたく藻塩の煙なびかめやよもの方より風は吹くとも

1361
(題しらず)
 (読人しらず)
  忘るらむと思ふ心のうたがひにありしよりけにものぞかなしき

1362
(題しらず)
 (読人しらず)
  うきながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ恋しき

1363
(題しらず)
 (読人しらず)
  命をばあだなるものと聞きしかどつらきがためは長くもあるかな

1364
(題しらず)
 (読人しらず)
  いづかたにゆき隠れなむ世の中に身のあればこそ人もつらけれ

1365
(題しらず)
 (読人しらず)
  今までに忘れぬ人はよにもあらじおのがさまざま年の経ぬれば

1366
(題しらず)
 (読人しらず)
  玉水を手にむすびてもこころみむぬるくは石の中もたのまじ

1367
(題しらず)
 (読人しらず)
  山城の井手の玉水手にくみて頼みしかひもなき世なりけり

1368
(題しらず)
 (読人しらず)
  君があたり見つつを折らむ生駒山雲な隠ししそ雨は降るとも

1369
(題しらず)
 (読人しらず)
  中空に立ちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬべきかな

1370
(題しらず)
 (読人しらず)
  雲のゐる遠山鳥のよそにてもありとし聞けばわびつつぞ寝る

1371
(題しらず)
 (読人しらず)
  昼は来て夜はわかるる山鳥の影見る時ぞねはなかれける

1372
(題しらず)
 (読人しらず)
  我もしかなきてぞ人に恋ひられし今こそよそに声をのみ聞け

1373
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  夏野ゆく牡鹿の角のつかのまも忘れず思へ妹が心を

1374
(題しらず)
 (柿本人麻呂)
  夏草の露わけ衣着もせぬになど我が袖のかわく時なき

1375
(題しらず)
 八代女王
  みそぎするならの小川の川風に祈りぞわたる下に絶えじと

1376
(題しらず)
 清原深養父
  うらみつつ寝る夜の袖のかわかぬは枕の下に潮や満つらむ

1377
中納言家持につかはしける
 山口女王
  蘆辺より満ちくる潮のいやましに思ふか君が忘れかねつる

1378
(中納言家持につかはしける)
 (山口女王)
  塩釜の前に浮きたる浮島のうきて思ひのある世なりけり

1379
題しらず
 赤染衛門
  いかに寝て見えしなるらむうたたねの夢より後はものをこそ思へ

1380
(題しらず)
 参議小野篁
  うちとけて寝ぬものゆゑに夢を見てもの思ひまさるころにもあるかな

1381
(題しらず)
 伊勢
  春の夜の夢にあひつと見えつれば思ひ絶えにし人ぞ待たるる

1382
(題しらず)
 盛明親王
  春の夜の夢のしるしはつらくとも見しばかりだにあらばたのまむ

1383
(題しらず)
 女御徽子女王
  寝る夢にうつつの憂さも忘られて思ひなぐさむほどぞはかなき

1384
春夜、女のもとにまかりて、あしたにつかはしける
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  かくばかり寝であかしつる春の夜にいかに見えつる夢にかあるらむ

1385
題しらず
 寂蓮法師
  涙川身もうきぬべき寝覚めかなはかなき夢の名残ばかりに

1386
百首哥奉りしに
 家隆朝臣(藤原家隆)
  逢ふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や

1387
題しらず
 基俊(藤原基俊)
  床近しあなかま夜半のきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ

1388
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  あはれなりうたた寝にのみ見し夢の長き思ひに結ぼほれなむ

1389
題しらず
 藤原定家朝臣
  かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふすほどは面影ぞ立つ

1390
和哥所哥合に、遇不逢恋の心を
 皇太后宮大夫俊成女
  夢かとよ見し面影も契りしも忘れずながらうつつならねば

1391
恋の哥とて
 式子内親王
  はかなくぞ知らぬ命を歎きこしわがかねことのかかりける世に

1392
(恋の哥とて)
 弁(石清水別当成清女)
  過ぎにける世々の契りも忘られていとふ憂き身の果てぞはかなき

1393
崇徳院に百首哥奉りける時、恋哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  思ひわび見し面影はさておきて恋せざりけむ折ぞ恋しき

1394
題しらず
 相模
  流れ出でむうき名にしばしよどむかな求めぬ袖の淵はあれども

1395
男の久しく音づれざりけるが、忘れてやと申し侍りければ、よめる
 馬内侍
  つらからば恋しきことは忘れなでそへてはなどかしづ心なき

1396
昔見ける人、賀茂の祭の次第司に出で立ちてなむ、まかりわたるといひて侍りければ
 (馬内侍)
  君しまれ道のゆききを定むらむ過ぎにし人をかつ忘れつつ

1397
年ごろ絶え侍りにける女の、くれといふもの尋ねたりける、つかはすとて
 藤原仲文
  花咲かぬ朽ち木のそまの杣人のいかなるくれに思ひ出づらむ

1398
久しく音せぬ人に
 大納言経信母
  おのづからさこそはあれと思ふまにまことに人のとはずなりぬる

1399
(平)忠盛朝臣かれがれになりて後、いかが思ひけむ、久しく音づれぬ事を恨めしくやなどいひて侍りければ、返事に
 前中納言教盛母
  習はねば人のとはぬもつらからでくやしきにこそ袖は濡れけれ

1400
題しらず
 皇嘉門院尾張
  歎かじな思へば人につらかりしこの世ながらの報いなりけり

1401
(題しらず)
 和泉式部
  いかにしていかにこの世にあり経ばかしばしもものを思はざるべき

1402
(題しらず)
 清原深養父
  うれしくは忘るることもありぬべしつらきぞ長き形見なりける

1403
(題しらず)
 素性法師
  逢ふことの形見をだにも見てしがな人は絶ゆとも見つつしのばむ

1404
(題しらず)
 小野小町
  我が身こそあらぬかとのみたどらるれとふべき人に忘られしより

1405
(題しらず)
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  葛城や久米路にわたす岩橋の絶えにし中となりやはてなむ

1406
(題しらず)
 祭主輔親(大中臣輔親)
  今はとも思ひな絶えそ野中なる水の流れはゆきてたづねむ

1407
(題しらず)
 伊勢
  思ひ出づや美濃のを山のひとつ松契りしことはいつも忘れず

1408
(題しらず)
 在原業平
  出でていにし跡だにいまだ変はらぬにたが通ひ路と今はなるらむ

1409
(題しらず)
 (在原業平)
  梅の花香をのみ袖にとどめおきて我が思ふ人は音づれもせぬ

1410
斎宮女御につかはしける
 天暦御哥(村上天皇)
  天の原そことも知らぬ大空におぼつかなさを歎きつるかな

1411
御返し
 女御徽子女王
  歎くらむ心を空に見てしがな立つ朝霧に身をやなさまし

1412
題しらず
 光孝天皇御哥
  逢はずして経るころほひのあまたあればはるけき空にながめをぞする

1413
女のほかへまかるを聞きて
 兵部卿致平親王
  思ひやる心も空に白雲の出でたつかたを知らせやはせぬ

1414
題しらず
 凡河内躬恒
  雲居より遠山鳥の鳴きてゆく声ほのかなる恋もするかな

1415
弁更衣ひさしく参らざりけるに、給はせける
 延喜御哥
  雲居なる雁だに鳴きて来る秋になどかは人の音づれもせぬ

1416
斎宮女御、春ごろまかり出でて、久しう参り侍らざりければ
 天暦御哥(村上天皇)
  春ゆきて秋までとやは思ひけむかりにはあらず契りしものを

1417
題しらず
 西宮前左大臣(源高明)
  初雁のはつかに聞きしことつても雲路に絶えてわぶるころかな

1418
五節の頃、内にて見侍りける人に、またの年つかはしける
 藤原惟成
  小忌衣去年ばかりこそなれざらめ今日の日陰のかけてだにとへ

1419
題しらず
 藤原元真
  住吉の恋忘れ草種絶えてなき世に逢へる我ぞかなしき

1420
斎宮女御参り侍りけるに、いかなる事かありけむ
 天暦御哥
  水の上のはかなき数も思ほえず深き心し底にとまれば

1421
久しくなりにける人のもとへ
 謙徳公(藤原伊尹)
  長き世のつきぬ歎きの絶えざらばなにに命をかへて忘れむ

1422
題しらず
 権中納言敦忠(藤原敦忠)
  心にもまかせざりける命もて頼めもおかじ常ならぬ世を

1423
 藤原元真
  世の憂きも人のつらきもしのぶるに恋しきにこそ思ひわびぬれ

1424
忍びて語らひける女の親、聞きていさめ侍りければ
 参議篁(小野篁)
  数ならばかからましやは世の中にいとかなしきはしづのをだまき

1425
題しらず
 藤原惟成
  人ならば思ふ心をいひてましよしやさこそはしづのをだまき

1426
(題しらず)
 読人しらず
  我がよはひおとろへゆけば白妙の袖のなれにし君をしぞ思ふ

1427
(題しらず)
 (読人しらず)
  今よりは逢はじとすれや白妙の我が衣手のかわく時なき

1428
(題しらず)
 (読人しらず)
  玉くしげ明けまく惜しきあたら夜を衣手かれでひとりかも寝む

1429
(題しらず)
 (読人しらず)
  逢ふことをおぼつかなくて過ぐすかな草葉の露のおきかはるまで

1430
(題しらず)
 (読人しらず)
  秋の田の穂向けの風のかたよりに我は物思ふつれなきものを

1431
(題しらず)
 (読人しらず)
  はし鷹の野守の鏡えてしがな思ひ思はずよそながら見む

1432
(題しらず)
 (読人しらず)
  大淀の松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへる波かな

1433
(題しらず)
 (読人しらず)
  白波はたちさわぐともこりずまの浦のみるめは刈らむとぞ思ふ

1434
(題しらず)
 (読人しらず)
  さしてゆくかたは湊の波高みうらみてかへる海人の釣舟








 

   西行の月と恋の歌  
        
山家集より

     
 

 


 


     戀歌


 名を聞きて尋ぬる戀
あはざらむことをば知らず帚木のふせやと聞きて尋ね行くかな

 自門歸戀
たてそめて歸る心はにしき木の千づか待つべき心地こそすれ

 涙顯戀
おぼつかないかにも人のくれは鳥あやむるまでにぬるる袖かな

 夢會戀
なかなかに夢に嬉しきあふことはうつつに物をおもふなりけり

あふことを夢なりけりと思ひわく心のけさは恨めしきかな

あふとみることを限りの夢路にてさむる別のなからましかば

夢とのみ思ひなさるる現こそあひみることのかひなかりけれ
                               1030
 後朝
今朝よりぞ人の心はつらからで明けはなれ行く空を恨むる

あふことをしのばざりせば道芝の露よりさきにおきてこましや

 後朝時鳥
さらぬだに歸りやられぬしののめにそへてかたらふ時鳥かな

 後朝花橘
かさねてはこからまほしきうつり香を花橘に今朝たぐへつつ

 後朝霧
やすらはむ大かたの夜は明けぬともやみとかこへる霧にこもりて

 歸るあしたの時雨
ことづけて今朝の別はやすらはむ時雨をさへや袖にかくべき

 逢ひてあはぬ戀
つらくともあはずば何のならひにか身の程知らず人をうらみむ

さらばたださらでぞ人のやみなましさて後もさはさもあらじとや

 
もらさじと袖にあまるをつつまましなさけをしのぶ涙なりせば

 ふたたび絶ゆる戀
から衣たちはなれにしままならば重ねて物は思はざらまし
                               1040
 商人に書をつくる戀といふことを
思ひかね市の中には人多みゆかり尋ねてつくる玉章

 海路戀
波のしくことをも何かわづらはむ君があふべき道と思はば

 九月ふたつありける年、閏月を忌む戀といふことを、人々よみけるに
長月のあまりにつらき心にていむとは人のいふにやあるらむ

 御あれの頃、賀茂にまゐりたりけるに、
 さうじにはばかる戀といふことを、人々よみけるに

ことづくるみあれのほどをすぐしても猶やう月の心なるべき

 同じ社にて、神に祈る戀といふことを、神主どもよみけるに
天くだる神のしるしのありなしをつれなき人の行方にてみむ

 賀茂のかたに、ささきと申す里に冬深く侍りけるに、
 人々まうで來て、山里の戀といふことを

かけひにも君がつららや結ぶらむ心細くもたえぬなるかな

 寄糸戀
賤のめがすすくる糸にゆづりおきて思ふにたがふ戀もするかな

 寄梅戀
折らばやと何思はまし梅の花めづらしからぬ匂ひなりせば

行きずりに一枝折りし梅が香の深くも袖にしみにけるかな

 寄花戀
つれもなき人にみせばや櫻花風にしたがふ心よわさを
                               1050
花をみる心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ

 寄殘花戀
葉がくれに散りとどまれる花のみぞ忍びし人にあふここちする

 寄歸雁戀
つれもなく絶えにし人を雁がねの歸る心とおもはましかば

 寄草花戀
折りてただしをればよしや我が袖も萩の下枝の露によそへて

 寄鹿戀
つま戀ひて人目つつまぬ鹿の音をうらやむ袖のみさをなるかな

 寄苅萱戀
一方にみだるともなきわが戀や風さだまらぬ野邊の苅萱

 寄霧戀
夕ぎりの隔なくこそ思ひつれかくれて君があはぬなりけり

 寄紅葉戀
わが涙しぐれの雨にたぐへばや紅葉の色の袖にまがへる

 寄落葉戀
朝ごとに聲ををさむる風の音はよをへてかるる人の心か

 寄氷戀
春を待つ諏訪のわたりもあるものをいつを限にすべきつららぞ
                               1060
 寄水鳥戀
我が袖の涙かかるとぬれであれなうらやましきは池のをし鳥

 月
月待つといひなされつる宵のまの心の色の袖に見えぬる

しらざりき雲井のよそに見し月の影を袂に宿すべしとは
 
あはれとも見る人あらば思はなむ月のおもてにやどす心を

月見ればいでやと世のみおもほえてもたりにくくもなる心かな

弓はりの月にはつれてみし影のやさしかりしはいつか忘れむ

面影のわすらるまじき別かな名殘を人の月にとどめて

秋の夜の月や涙をかこつらむ雲なき影をもてやつすとて

天の原さゆるみそらは晴れながら涙ぞ月のくまになるらむ

物思ふ心のたけぞ知られぬる夜な夜な月を眺めあかして
                               1070
月を見る心のふしをとがにしてたより得がほにぬるる袖かな

おもひ出づることはいつもといひながら月にはたへぬ心なりけり

あしびきの山のあなたに君すまば入るとも月を惜しまざらまし

なげけとて月やはものを思はするかこち顏なる我が涙かな

君にいかで月にあらそふ程ばかりめぐり逢ひつつ影をならべむ

白妙の衣かさぬる月影のさゆる眞袖にかかるしら露

忍びねのなみだたたふる袖のうらになづまず宿る秋の夜の月

もの思ふ袖にも月は宿りけり濁らですめる水ならねども

こひしさを催す月の影なればこぼれかかりてかこつ涙か

よしさらば涙の池に身をなして心のままに月をやどさむ
                               1080
うちたえてなげく涙に我が袖の朽ちなばなにに月を宿さむ

世々ふとも忘れがたみの思ひ出はたもとに月のやどるばかりぞ

涙ゆゑ隈なき月ぞくもりぬるあまのはらはらねのみなかれて

あやにくにしるくも月の宿るかなよにまぎれてと思ふ袂に

おもかげに君が姿をみつるより俄に月のくもりぬるかな

よもすがら月を見がほにもてなして心のやみにまよふ頃かな

秋の月もの思ふ人のためとてや影に哀をそへて出づらむ

隔てたる人のこころのくまにより月をさやかに見ぬが悲しさ

涙ゆゑつねはくもれる月なれば流れぬ折ぞ晴間なりける

くまもなき折しも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな
                               1090
もの思ふ心の隈をのごひすててくもらぬ月を見るよしもがな

戀しさや思ひよわると眺むればいとど心をくだく月かな

ともすれば月澄む空にあくがるる心のはてを知るよしもがな

詠むるになぐさむことはなけれども月を友にてあかす頃かな

もの思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなるあはれそふらむ

天雲のわりなきひまをもる月の影ばかりだにあひみてしがな

秋の月しのだの森の千枝よりもしげきなげきや隈になるらむ

思ひしる人あり明のよなりせばつきせず身をば恨みざらまし



 


數ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をも恨みめ

打向ふそのあらましの面かげをまことになしてみるよしもがな
                               1100
山がつの荒野をしめて住みそむるかた便なる戀もするかな

ときは山しひの下柴かり捨てむかくれて思ふかひのなきかと

歎くともしらばや人のおのづから哀と思ふこともあるべき

何となくさすがにをしき命かなありへば人や思ひしるとて

何故か今日まで物を思はまし命にかへて逢ふせなりせば

あやめつつ人知るとてもいかがせん忍びはつべき袂ならねば

涙川ふかく流るゝみをならばあさき人目につつまざらまし

しばしこそ人めづつみにせかれけれはては涙やなる瀧の川

もの思へば袖にながるる涙川いかなるみをに逢ふ瀬ありなむ

うきたびになどなど人を思へども叶はで年の積りぬるかな
                               1110
なかなかになれぬ思ひのままならば恨ばかりや身につもらまし

何せんにつれなかりしを恨みけむあはずばかかる思ひせましや

むかはしは我がなげきのむくいにて誰ゆゑ君がものをおもはむ

身のうさの思ひ知らるゝことわりにおさへられぬは涙なりけり

日をふれば袂の雨のあしそひて晴るべくもなき我が心かな

かきくらす涙の雨のあししげみさかりに物のなげかしきかな

物思へどかからぬ人もあるものをあはれなりける身のちぎりかな

いはしろの松風きけば物を思ふ人も心はむすぼほれけり

なほざりのなさけは人のあるものをたゆるは常のならひなれども

なにとこはかずまへられぬ身の程に人を恨むる心ありけむ
                               1120
うきふしをまづ思ひしる涙かなさのみこそはと慰むれども

さまざまに思ひみだるる心をば君がもとにぞつかねあつむる

もの思へばちぢに心ぞくだけぬるしのだの森の枝ならねども

かかる身におふしたてけむたらちねの親さへつらき戀もするかな

おぼつかな何のむくいのかえりきて心せたむるあたとなるらむ

かきみだる心やすめのことぐさはあはれあはれとなげくばかりぞ

身をしれば人のとがとは思はぬに恨みがほにもぬるる袖かな

なかなかになるるつらさにくらぶればうとき恨はみさをなりけり

人はうし歎はつゆもなぐさまずこはさはいかにすべき心ぞ

日にそへて恨はいとど大海のゆたかなりける我がなみだかな
                               1130
さることのあるなりけりと思ひ出でて忍ぶ心を忍べとぞ思ふ

今ぞしる思ひ出でよと契りしは忘れむとての情なりけり

難波潟波のみいとど數そひて恨のひまや袖のかわかむ

心ざしのありてのみやは人をとふなさけはなどと思ふばかりぞ

なかなかに思ひしるてふ言の葉はとはぬに過ぎてうらめしきかな

などかわれことの外なる歎せでみさをなる身に生れざりけむ

汲みてしる人もあらなむおのづからほりかねの井の底の心を

けぶり立つ富士に思ひのあらそひてよだけき戀をするがへぞ行く

涙川さかまくみをの底ふかみみなぎりあへぬ我がこころかな

せと口に立てるうしほの大淀みよどむとしひもなき涙かな
                               1140
磯のまに波あらげなるをりをりは恨をかづく里のあま人

東路やあひの中山ほどせばみ心のおくの見えばこそあらめ

いつとなく思ひにもゆる我身かな淺間の煙しめる世もなく

播磨路や心のすまに關すゑていかで我が身の戀をとどめむ

あはれてふなさけに戀のなぐさまば問ふことの葉や嬉しからまし

物思ひはまだ夕ぐれのままなるに明けぬとつぐるには鳥の聲

夢をなど夜ごろたのまで過ぎきけむさらで逢ふべき君ならなくに

さはといひて衣かへしてうちふせどめのあはばやは夢もみるべき

戀ひらるるうき名を人に立てじとて忍ぶわりなき我が袂かな

夏草のしげりのみ行く思ひかな待たるる秋のあはれ知られて
                               1150
くれなゐの色に袂のしぐれつつ袖に秋あるここちこそすれ

あはれとてなどとふ人のなかるらむもの思ふやどの荻の上風

わりなしやさこそもの思ふ袖ならめ秋にあひてもおける露かな

いかにせんこむよのあまとなる程にみるめかたくて過ぐる恨を

秋ふかき野べの草葉にくらべばやもの思ふ頃の袖の白露

もの思ふ涙ややがてみつせ河人をしづむる淵となるらむ

あはれあはれ此世はよしやさもあらばあれこん世もかくや苦しかるべき

たのもしなよひ曉の鐘のおとにもの思ふつみも盡きざらめやは

今日こそはけしきを人に知られぬれさてのみやはと思ふあまりに

さらに又むすぼほれ行く心かなとけなばとこそ思ひしかども
                               1160
昔よりもの思ふ人やなからまし心にかなふ歎なりせば

よしさらば誰かは世にもながらへむと思ふ折にぞ人はうからぬ

うき身知る心にも似ぬ涙かな恨みんとしもおもはぬものを

今さらに何と人めをつつむらむしぼらば袖のかわくべきかは

あひ見ては訪はれぬうさぞ忘れぬるうれしきをのみまづ思ふまに

うとくなる人を何とて恨むらむ知られず知らぬ折もありしを

我が戀はみしまが澳にこぎ出でてなごろわづらふ海人のつり舟

うらみてもなぐさみてましなかなかにつらくて人のあはぬと思はば

はるかなる岩のはざまにひとりゐて人目つつまでもの思はばや

人はこで風のけしきのふけぬるにあはれに雁のおとづれて行く
                               1170

 戀百十首
思ひあまりいひ出でてこそ池水の深き心のほどは知られめ

なき名こそしかまの市に立ちにけれまだあひ初めぬ戀するものを

つつめども涙の色にあらはれて忍ぶ思ひは袖よりぞちる

わりなしや我も人目をつつむまにしひてもいはぬ心づくしは

なかなかにしのぶけしきやしるからむかかる思ひに習なき身は

氣色をばあやめて人のとがむともうちまかせてはいはじとぞ思ふ

心にはしのぶと思ふかひもなくしるきは戀の涙なりけり

色に出でていつよりものは思ふぞと問ふ人あらばいかがこたへむ

逢ふことのなくてやみぬるものならば今みよ世にもありやはつると

うき身とて忍ばば戀のしのばれて人の名だてになりもこそすれ
                               1180
みさをなる涙なりせばから衣かけても人に知られましやは

歎きあまり筆のすさびにつくせども思ふばかりはかかれざりけり

わが歎く心のうちのくるしさを何にたとへて君に知られむ

今はただ忍ぶ心ぞつつまれぬなげかば人や思ひしるとて

心にはふかくしめども梅の花折らぬ匂ひはかひなかりけり

さりとよとほのかに人を見つれども覺めぬは夢の心地こそすれ

消えかへり暮待つ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども

いかにせんその五月雨のなごりよりやがてをやまぬ袖の雫を

さるほどの契はなににありながらゆかぬ心のくるしきやなぞ

今はさは覺めぬを夢になしはてて人に語らでやみねとぞ思ふ
                               1190
折る人の手にはたまらで梅の花誰がうつり香にならむとすらむ

うたたねの夢をいとひし床の上の今朝いかばかり起きうかるらむ

ひきかへて嬉しかるらむ心にもうかりしことを忘れざらなむ

棚機は逢ふをうれしと思ふらむ我は別のうき今宵かな

おなじくは咲き初めしよりしめおきて人にをられぬ花と思はむ

朝霧にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙かな

待ちかねて夢に見ゆやとまどろめば寢覺すすむる荻の上風

つつめども人しる戀や大井川ゐせぎのひまをくぐる白波

あふまでの命もがなと思ひしは悔しかりける我がこころかな

今よりはあはで物をば思ふとも後うき人に身をばまかせじ
                               1200
いつかはとこたへむことのねたきかな思ひもしらず恨きかせよ

袖の上の人めしられし折まではみさをなりける我が涙かな

あやにくに人めもしらぬ涙かなたえぬ心にしのぶかひなく

荻の音はもの思ふ我になになればこぼるる露に袖のしをるる

草しげみ澤にぬはれてふす鴫のいかによそだつ人の心ぞ

あはれとて人の心のなさけあれな數ならぬにはよらぬなさけを

いかにせむうき名を世々にたて果てて思ひもしらぬ人の心を

忘られむことをばかねて思ひにきなどおどろかす涙なるらむ

とはれぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬ心地こそすれ

つらからむ人ゆゑ身をば恨みじと思ひしかどもかなはざりけり
                               1210
今更に何かは人もとがむべきはじめてぬるる袂ならねば

わりなしな袖に歎きのみつままに命をのみもいとふ心は

色ふかき涙の河の水上は人をわすれぬ心なりけり

待ちかねてひとりはふせど敷妙の枕ならぶるあらましぞする

とへかしななさけは人の身のためをうきものとても心やはある

言の葉の霜がれにしに思ひにき露のなさけもかからましかば

夜もすがら恨を袖にたたふれば枕に波の音ぞきこゆる

ながらへて人のまことを見るべきに戀に命のたたむものかは

たのめおきし其いひごとやあだになりし波こえぬべき末の松山

川の瀬によに消えぬべきうたかたの命をなぞや君がたのむる
                               1220
かりそめにおく露とこそ思ひしかあきにあひぬる我がたもとかな

おのづからありへばとこそ思ひつれたのみなくなる我が命かな

身をもいとひ人のつらさも歎かれて思ひ數ある頃にもあるかな

菅の根のながく物をば思はじと手向し神に祈りしものを

うちとけてまどろまばやは唐衣よなよなかへすかひもあるべき

我つらきことをやなさむおのづから人めを思ふ心ありやと

こととへばもてはなれたるけしきかなうららかなれや人の心の

もの思ふ袖に歎のたけ見えてしのぶしらぬは涙なりけり

草の葉にあらぬ袂ももの思へば袖に露おく秋の夕ぐれ

逢ふことのなき病にて戀ひ死なばさすがに人やあはれと思はむ
                               1230
いかにぞやいひやりたりしかたもなく物を思ひて過ぐる頃かな

我ばかりもの思ふ人や又もあると唐土までも尋ねてしがな

君に我いかばかりなる契ありて間なくも物を思ひそめけむ

さらぬだにもとの思ひの絶えぬ間に歎を人のそふるなりけり

我のみぞ我が心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても

うらみじと思ふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを

いつとなき思ひは富士の烟にておきふす床やうき島が原

これもみな昔のことといひながらなど物思ふ契なりけむ

などか我つらき人ゆゑ物を思ふ契をしもは結び置きけむ

くれなゐにあらぬ袂のこき色はこがれてものを思ふ涙か
                               1240
せきかねてさはとて流す瀧つせにわく白玉は涙なりけり

なげかじとつつみし頃は涙だに打ちまかせたる心地やはせし

ながめこそうき身のくせとなり果てて夕暮ならぬ折もわかれぬ

今は我戀せん人をとぶらはむ世にうきことと思ひ知られぬ

思へども思ふかひこそなかりけれ思ひもしらぬ人を思へば

あやひねるささめのこ蓑きぬにきむ涙の雨を凌ぎがてらに

なぞもかくことあたらしく人のとふ我が物思はふりにしものを

死なばやと何思ふらむ後の世も戀はよにうきこととこそきけ
 
わりなしやいつを思ひの果にして月日を送るわが身なるらむ

いとほしやさらに心のをさなびてたまぎれらるる戀もするかな
                               1250
君したふ心のうちはちごめきて涙もろにもなる我が身かな

なつかしき君が心の色をいかで露もちらさで袖につつまむ

いくほどもながらふまじき世の中にものを思はでふるよしもがな

いつか我ちりつむとこを拂ひあげてこむとたのめむ人を待つべき

よだけだつ袖にたぐへて忍ぶかな袂の瀧におつる涙を

うきによりつひに朽ちぬる我が袖を心づくしに何忍びけむ

心からこころに物をおもはせて身をくるしむる我が身なりけり

ひとりきて我が身にまとふ唐衣しほしほとこそ泣きぬらさるれ

いひ立てて恨みばいかにつらからむ思へばうしや人のこころは

なげかるる心のうちのくるしさを人の知らばや君にかたらむ
                                1260
人しれぬ涙にむせぶ夕ぐれはひきかづきてぞうちふされける

思ひきやかかるこひぢに入り初めてよく方もなき歎せんとは

あやふさに人目ぞ常によかれける岩の角ふむほきのかけ道

知らざりき身にあまりたる歎して隙なく袖をしぼるべしとは

吹く風に露もたまらぬ葛の葉のうらがへれとは君をこそ思へ

我からと藻にすむ虫の名にしおへば人をば更にうらみやはする

むなしくてやみぬべきかな空蝉の此身からにて思ふなげきは

つつめども袖より外にこぼれ出でてうしろめたきは涙なりけり

我が涙うたがはれぬる心かな故なく袖のしぼるべきかは

さることのあるべきかはとしのばれて心いつまでみさをなるらむ
                               1270
とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたかの我が心かな

君にそむ心の色の深さには匂ひもさらに見えぬなりけり

さもこそは人め思はずなりはてめあなさまにくの袖のけしきや

かつすすぐ澤のこ芹のねを白み清げにものを思はするかな

いかさまに思ひつづけて恨みましひとへにつらき君ならなくに

恨みてもなぐさめてまし中々につらくて人のあはぬと思へば

うちたえで君にあふ人いかなれや我が身も同じ世にこそはふれ

とにかくにいとはまほしき世なれども君が住むにもひかれぬるかな

何ごとにつけてか世をば厭はましうかりし人ぞ今はうれしき

あふと見しその夜の夢のさめであれな長き眠りはうかるべけれど
 此歌、題も、又、人にかはりたることどももありけれどかかず、
 此歌ども、山里なる人の、語るにしたがひてかきたるなり。
 されば、ひがごとどもや、昔今のこととりあつめたれば、
 時をりふしたがひたることどもも。

                               1280
 陰陽頭に侍りける者に、ある所のはした者、もの申しけり。
 いと思ふやうにもなかりければ、六月晦日に遣しけるにかはりて

我がためにつらき心をみな月のてづからやがてはらへすてなむ


 百首の歌の中、戀十首
ふるき妹がそのに植えたるからなづな誰なづさへとおほし立つらむ

紅のよそなる色は知られねばふでにこそまづ染め初めけれ

さまざまの歎を身にはつみ置きていつしめるべき思ひなるらむ

君をいかにこまかにゆへるしげめゆひ立ちもはなれずならびつつみむ

こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある

思ひ出でよみつの濱松よそだつるしかの浦波たたむ袂を

うとくなる人は心のかはるとも我とは人に心おかれじ

月をうしとながめながらも思ふかなその夜ばかりの影とやは見し

我はただかへさでを着むさ夜衣きてねしことを思ひ出でつつ
                               1290
川風にちどり鳴くらむ冬の夜は我が思にてありけるものを




 

秋の夜の空に出づてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな
 0570:
天のはら月たけのぼる雲路をば分けても風の吹きはらはなむ

嬉しとや待つ人ごとに思ふらむ山の端出づる秋の夜の月

なかなかに心つくすもくるしきにくもらば入りね秋の夜の月

いかばかり嬉しからまし秋の夜の月すむ空に雲なかりせば

はりま潟灘のみ沖に漕ぎ出でてあたり思はぬ月をながめむ

月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへ立ちもかからで

いさよはで出づるは月の嬉しくて入る山の端はつらきなりけり

水の面にやどる月さへ入りぬるは浪の底にも山やあるらむ

したはるる心や行くと山の端にしばしな入りそ秋の夜の月

あくるまで宵より空に雲なくて又こそかかる月みざりけれ
 0580:
淺茅はら葉ずゑの露の玉ごとに光つらぬる秋のよの月

秋の夜の月を雪かとながむれば露も霰のここちこそすれ

 月の歌あまたよみけるに
入りぬとや東に人はをしむらむ都に出づる山の端の月

待ち出でてくまなき宵の月みれば雲ぞ心にまづかかりける

秋風や天つ雲井をはらふらむ更け行くままに月のさやけき

いづくとてあはれならずはなけれども荒れたる宿ぞ月は寂しき

蓬分けて荒れたる宿の月見ればむかし住みけむ人ぞこひしき

身にしみてあはれ知らする風よりも月にぞ秋の色は見えける

虫の音もかれ行く野邊の草の原にあはれをそへてすめる月影

人も見ぬよしなき山の末までにすむらむ月のかげをこそ思へ
 0590:
木の間もる有明の月をながむればさびしさ添ふる嶺の松風

いかにせむ影をば袖にやどせども心のすめば月のくもるを

悔しくもしづの伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける

荒れわたる草のいほりにもる月を袖にうつしてながめつるかな

月を見て心うかれしいにしへの秋にも更にめぐりあひぬる

何亊もかはりのみ行く世の中におなじかげにてすめる月かな

よもすがら月こそ袖に宿りけれむかしの秋を思ひ出づれば

ながむれば外のかげこそゆかしけれ變らじものを秋の夜の月

ゆくへなく月に心のすみすみて果はいかにかならむとすらむ

月影のかたぶく山を眺めつつ惜しむしるしや有明の空
 0600:
ながむるもまことしからぬ心地してよにあまりたる月の影かな

行末の月をば知らず過ぎ來つる秋まだかかる影はなかりき

まこととも誰か思はむひとり見て後に今宵の月をかたらば

月のため晝と思ふがかひなきにしばしくもりて夜を知らせよ

天の原朝日山より出づればや月の光の晝にまがへる

有明の月のころにしなりぬれば秋は夜ながき心地こそすれ

なかなかにときどき雲のかかるこそ月をもてなす限なりけれ

雲はるる嵐の音は松にあれや月もみどりの色にはえつつ

さだめなくとりや鳴くらむ秋の夜は月の光を思ひまがへて

誰もみなことわりとこそ定むらめ晝をあらそふ秋の夜の月
 0610:
かげさえてまことに月のあかきには心も空にうかれてぞすむ

くまもなき月のおもてに飛ぶ雁のかげを雲かと思ひけるかな

ながむればいなや心の苦しきにいたくなすみそ秋の夜の月

雲もみゆ風もふくればあらくなるのどかなりつる月の光を

もろともに影を並ぶる人もあれや月のもりくるささのいほりに

なかなかにくもると見えてはるる夜の月は光のそふ心地する

浮雲の月のおもてにかかれどもはやく過ぐるは嬉しかりけり

過ぎやらで月ちかく行く浮雲のただよふ見ればわびしかりけり

いとへどもさすがに雲のうちちりて月のあたりを離れざりけり

雲はらふ嵐に月のみがかれて光えてすむ秋の空かな
 0620:
くまもなき月のひかりをながむればまづ姨捨の山ぞ戀しき

月さゆる明石のせとに風吹けば氷の上にたたむしら波

天の原おなじ岩戸を出づれども光ことなる秋の夜の月

かぎりなく名殘をしきは秋の夜の月にともなふあけぼのの空


  

 源実朝 恋歌

      金塊和歌集より


    


  初恋の心をよめる
 はるかすみたつたの山のさくらはな
 おほつかなきをしる人のなさ
  寄鹿恋
 秋のゝのあさきりかくれなくしかの
 ほのかにのみやきゝわたりなん
  恋哥
  あしひきのやまのをかへにかるかやの
 つかのまもなしみたれてそ思
 わここひははつ山あゐのすりころも
 人こそしらねみたれてそ思
 こかくれてものをおもへはうつせみの
 はにをくつゆのきえやかへらむ
 かさゝきのはにをくつゆのまろ木はし
 ふみゝぬさきにきえやわたらむ
 月かけのそれかあらぬかゝけろふの
 ほのかに見えてくもかくれにき
 くもかくれなきてゆくなるはつかりの
 はつかに見てそ人はこひしき
  くさによせてしのふるこひ
 秋かせになひくすゝきのほにはいてす
 心みたれてものを思かな
  風によするこひ
 あたしのゝくすのうらふく秋かせの
 めにし見えねはしる人もなし
 秋はきの花のゝすゝきつゆをゝもみ
 をのれしほれてほにやいてなむ
  ある人のもとにつかはし侍し
 なにはかたみきはのあしのいつまてか
 ほにいてすしも秋をしのはむ
 かりのゐるはかせにさはく秋のたの
 おもひみたれてほにそいてぬる
  こひの心をよめる
 さよふけてかりのつはさにをくつゆの
 きえてもゝのはおもふかきりを
  しのふるこひ
 しくれふるおほあらきのゝをさゝはら
 ぬれはひつともいろにいてめや
  神な月のころ人のもとに
 しくれのみふるの神すきふりぬれと
 いかにせよとかいろのつれなき
  こひの哥
 よをさむみかものはかひにをくしもの
 たとひけぬともいろにいてめやま
 あしかものさはくいりえのうきくさの
 うきてやものを思わたらん
  うみのへんのこひ
 うきなみのをしまのあまのぬれ衣
 ぬるとないひそくちはゝつとも
 いせしまやいちしのあまのすてころも
 あふことなみにくちやはてなむ
 あはちしまかよふちとりのしは/ も
 はねかくまなくこひやわたらむ
  こひのうた
 とよくにのきくのなかはまゆめにたに
 またみぬ人にこひやわたらむ
  すまのうらにあまのともせるいさり火の
 ほのかに人を見るよしもかな
 あしのやのなたのしほやきわれなれや
 よるはすからにくゆりわふらむ
' ぬまによせてしのふるこひ
  かくれぬのしたはふあしのみこもりに
 われそもの思ゆくゑしらねは
  水へんのこひ
 まこもおふるよとのさは水みくさゐて
 かけし見えねはとふ人もなし
 みしまえやたまえのまこもみかくれて
 めにしみえねはかる人もなし
  あめによするこひ
 ほとゝきすなくやさ月のさみたれの
 はれす物思ころにもあるかな
 ほとゝきすまつよなからのさみたれに
 しけきあやめのねにそなきぬる
 ほとゝきすきなくさ月のうの花の
 うきことのはのしけきころかな
  なつのこひといふことを
 さ月やまこのしたやみのくらけれは
 をのれまとひてなくほとゝきす
  こひのうた
 おくやまのたつきもしらぬきみにより
 わか心からまとふへらなる
 をく山のこけふみならすさをしかも
 ふかき心のほとはしらなむ
 あまのはらかせにうきたるうきくもの
 ゆくゑさためぬこひもするかな
  くもによするこひ
 しらくものきえはきえなてなにしかも
 たつたのやまのなみのたつらむ
  ころもによするこひ
 わすらるゝ身はうらふれぬから衣
 さてもたちにしなこそおしけれ
  こひの心をよめる
 きみにこひうらふれをれは秋風に
 なひくあさちのつゆそけぬへき
 ものおもはぬのへのくさ木のはにたにも
 秋のゆふへはつゆそをきける
 あきのゝの花のちくさにものそ思
 つゆよりしけきいろは見えねと
  つゆによするこひ
 わかそてのなみたにもあらぬつゆにたに
 はきのしたはゝいろにいてにけり
  こひのうた
 山しろのいはたのもりのいはすとも
 秋のこすゑはしるくやあるらむ
  山家のちのあした
 きえなましけさたつねすは山しろの
 人こぬやとのみちしはのつゆ
  くさによせてしのふるこひ
 なてしこの花におきゐるあさつゆの
 たまさかにたに心へたつな
  なてしこによするこひ
 わかこひは夏のゝすゝきしけゝれと
 ほにしあらねはとふ人もなし
  あひてあはぬ(△△△△&あひてあはぬ)こひ
 いまさらになにをかしのふはなすゝき
 ほにいてし秋もたれならなくに
  すゝきによするこひ
 まつ人はこぬものゆへに花すゝき
 ほにいてゝねたきこひもするかな
  たのめたる人のもとに
  をさゝはらをくつゆさむみ秋されは
 まつむしのねになかぬよそなき
 まつよゐのふけゆくたにもあるものを
 月さへあやなかたふきにけり
 まてとしもたのめぬ山も月はいてぬ
 いひしはかりのゆふくれのそら
  月によするこひ
 かすならぬ身はうきくものよそなから
 あはれとそ思秋のよの月
 月かけもさやには見えすかきくらす
 心のやみのはれしやらねは
  月のまへこひ
 わかそてにおほえす月そやとりける
 とふ人あらはいかゝこたへむ
  秋ころいひなれにし人のもの(ゝ&の)へ
  まかれりしにたよりにつけて
  ふみなとつかはすとて
 うはのそらに見しおもかけをおもひいてゝ
 月になれにし秋そこひしき
 あふことをくもゐのよそにゆくかりの
 とをさかれはやこゑもきこえぬ
  とをきくにへまかれりし人八月
  はかりにかへりまいるへきよしを申て
  九月まて見えさりしかはかの人の
  もとにつかはし侍しうた
 こむとしもたのめぬうはのそらにたに
 秋かせふけはかりはきにけり
 いまこむとたのめし人は見えなくに
 あきかせさむみかりはきにけり
  かりによするこひ
  しのひあまりこひしき時はあまのはら
 そらとふかりのねになきぬへし
  こひのうた
 あまころもたみのゝしまになくたつの
 こゑきゝしよりわすれかねつも
  なにはかたうらよりをちになくたつの
 よそにきゝつゝこひやわたらむ
 人しれすおもへはくるしたけくまの
 まつとはまたしまてはすへなし
 わかこひはみやまのまつにはふつたの
 しけきを人のとはすそありける
 山しけみこのしたかくれゆくみつの
 をときゝしよりわれやわするゝ
 神山のやましたみつのわきかへり
 いはてもの思われそかなしき
  こけふかきいしまをつたふ山水の
 をとこそたてねとしはへにけり
  あつまちのみちのおくなるしらかはの
 せきあへぬそてをもるなみたかな
 しのふ山したゆくみつのとしをへて
 わきこそかへれあふよしをなみ
 もらしわひぬしのふのおくのやまふかみ
 こかくれてゆくたにかはの水
 心をしゝのふのさとにをきたらは
 あふくまかはゝみまくちかけん
 としふともをとにはたてしをとはかは
 したゆくみつのしたのおもひを
 いその神ふるのたかはしふりぬとも
 もとつ人にはこひやわたらむ
 ひろせかはそてつくはかりあさけれと
 われはふかめて思そめてき
 あふさかのせきやもいつらやましなの
 をとはのたきのをとにきゝつゝ
 いしはしる山したゝきつ山かはの
 心くたけてこひやわたらむ
 やまかはのせゝのいはなみわきかへり
 をのれひとりや身をくたくらむ
 うきしつみはてはあはとそなりぬへき
 せゝのいはなみ身をくたきつゝ
 こひ
 しら山にふりてつもれる雪なれは
 したこそきゆれうへはつれなし
 くものゐるよしのゝたけにふるゆきの
 つもり/ てはるにあひにけり
 春ふかみゝねのあらしにちる花の
 さためなきよにこひつゝそふる
  月によせてしのふるこひ
 はるやあらぬ月はみしよのそらなから
 なれしむかしのかけそこひしき
 思きやありしむかしの月かけを
 いまはくもゐのよそに見むとは
  まつこひの心をよめる
 さむしろにひとりむなしくとしもへぬ
 よるのころものすそあはすして
 さむしろにいくよの秋をしのひきぬ
 いまはたおなしうちのはしひめ
 こぬ人をかならすまつとなけれとも
 あか月かたになりやしぬらむ
  あか月のこひ
 さむしろにつゆのはかなくおきていなは
 あか月ことにきえやわたらむ
  あか月のこひといふことを
 あか月のつゆやいかなるつゆならん
 おきてしゆけはわひしかりけり
 あか月のしきのはねかきしけゝれと
 なとあふことのまとをなるらん
  人をまつ心をよめる
 みちのくのまのゝかやはらかりにたに
 こぬ人をのみまつかくるしさ
 まてとしもたのめぬ人のくすのはも
 あたなるかせをうらみやはせぬ
  こひの心をよめる
 秋ふかみすそのゝまくすかれ/ に
 うらむるかせのおとのみそする
 あきのゝにをくしらつゆのあさな/ 
 はなかくてのみきえやかへらむ
 かせをまついまはたおなしみやきのゝ
 もとあらのはきのはなのうへのつゆ
  きくによするこひ
 きえかへりあるかなきかにものそ思
 うつろふ秋のはなのうへのしも
 花により人の心ははつしもの
 をきあへすいろのかはるなりけり
  ひさしきこひの心を
 わかこひはあはてふるのゝをさゝはら
 いくよまてとかしものをくらむ
  古郷こひ
 くさふかみさしもあれたるやとなるを
 つゆをかたみにたつねこしかな
 さとはあれてやとはくちにしあとなれや
 あさちかつゆにまつむしのなく
 あれにけりたのめしやとはくさのはら
 つゆのゝきはにまつむしのなく
 しのふくさしのひ/ にをくつゆを
 人と(と$)こそとはねやとはふりにき
 やとはあれてふるきみやまのまつにのみ
 とふへきものとかせのふくらむ
  としをへてまつこひといふことを人/ 
  におほせてつかうまつらせしついてに
 ふるさとのあさちかつゆにむすほゝれ
 ひとりなくむしの人をうらむる
  ものかたりによするこひ
 わかれにしむかしはつゆかあさちはら
 あとなきのへに秋かせそふく
  冬のこひ
  あさちはらあとなきのへにをくしもの
 むすほゝれつゝきえやわたらむ
 あさちはらあたなるしものむすほゝれ
 日かけをまつにきえやわたらん
  にはのおもにしけりにけらしやへむくら
 とはていくよの秋かへぬ(ぬ#)らむ
  古郷こひ
  ふるさとのすきのいたやのひまをあらみ
 ゆきあはてのみとしのへぬらん
  すたれによするこひ
 つのくにのこやのまろやのあしすたれ
 まとをになりぬゆきあはすして
  こひの哥
 すみよしのまつとせしまにとしもへぬ
 ちきのかたそきゆきあはすして
 すみのえのまつことひさになりにけり
 こむとたのめてとしのへぬれは
  おもひたえわひにしものをいまさらに
 のなかのみつのわれをたのむる
 をしかふすなつのゝくさのつゆよりも
 しらしなしけき思ありとは
 きかてたゝあらまし物をゆふつくよ
 人たのめなるおきのうはかせ
  たなはたによするこひ
 たなはたにあらぬわか身のなそもかく
 としにまれなる人をまつらむ
  こひのうた
 わかこひはあまのはらとふあしたつの
 くもゐにのみやなきわたりなむ
 ひさかたのあまのかはらにすむたつも
 心にもあらぬねをやなくらむ
 ひさかたのあまとふくものかせをいたみ
 われはしか思いもにしあはねは
 わかこひはかこのわたりのつなてなは
 たゆたふ心やむ時もなし
  こかねによするこひ
 こかねほるみちのくやまにたつたみの
 いのちもしらぬこひもするかも
 あふことのなきなをたつのいちにうる
 かねてもの思わか身なりけり
  雪中まつ人といふことを
 けふも又ひとりなかめてくれにけり
 たのめぬやとのにはのしらゆき
  こひのうた
 おくやまのいはかきぬにこのはおちて
 しつめる心人しるらめや
 おく山のすゑのたつきもいさしらす
 いもにあはすてとしのへゆけは
  ふしのねのけふりもそらにたつものを
 なとかおもひのしたにもゆらむ
 おもひのみふかきみやまのほとゝきす
 人こそしらねゝをのみそなく
 名にしおはゝその神山のあふひくさ
 かけてむかしを思いてなむ
 なつふかきもりのうつせみをのれのみ
 むなしきこひに身をくたくらむ
 おほあらきのうきたのもりにひくしめの
 うちはへてのみこひやわたらむ
 それをたにおもふことゝてちはやふる
 神のやしろにねかぬ日はなし
 ちはやふるかものかはなみいくそたひ
 たちかへるらむかきりしらすも
 なみたこそゆくゑもしらねみわのさき
 さのゝわたりのあめのゆふくれ
 しらまゆみいそへの山のまつのはの
 時はにものを思ころかな
 しらなみのいそらかちなるのとせかは
 のちもあひ見む身をしたへすは
 わたつうみになかれいてたるしかまかは
 しかもたへすやこひわたりなむ
 きみによりわれとはなしにすまのうらに
 もしをたれつゝとしのへぬらむ
 おきつなみうちいてのはまのはまひさき
 しほれてのみやとしのへぬらん
 かくてのみありそのうみのありつゝも
 あふよもあらはなにかうら見む
 みくまのゝうらのはまゆふいはすとも
 おもふ心のかすをしらなむ
 わかこひはもゝしまめくるはまちとり
 ゆくゑもしらぬかたになくなり
  おきつしまうのすむいしによるなみの
 まなくもの思われそかなしき
 たこのうらのあらいそのたまもなみのうへに
 うきてたゆたふこひもするかな
 かもめゐるあらいそのすさきしほみちて
 かくろひゆけはまさるわかこひ
 むこのうらのいりえのすとりあさな/ 
 つねに見まくのほしきゝみかも