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 古今和歌集 (九百五)  
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  仮名序
やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける、世中にある人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひ
いだせるなり、花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬ おに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり

このうた、あめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり、あまのうきはしのしたにて、め神を神となりたまへる事をいへるうたなり、しかあれども、世につたはること は、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、したてるひめとは、あめわかみこのめなり、せうとの神のかたち、をか、たににうつりてかかやくをよめるえびす哥 なるべし、これらはもじのかずもさだまらず、うたのやうにもあらぬことども也、あらかねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける、ちはやぶる神世には

うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし、ひとの世となりて、すさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける、すさのをのみこと は、あまてるおほむ神のこのかみ也、女とすみたまはむとて、いづものくにに宮づくりしたまふ時に、その所にやいろのくものたつを見てよみたまへる也、「やくもたついづ もやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを」、かくてぞ花をめで、とりをうらやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶ心ことば、おほくさまざまになりにける、 とほき所もいでたつあしもとよりはじまりて、

年月をわたり、たかき山もふもとのちりひぢよりなりて、あまぐもたなびくまでおひの ぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし、なにはづのうたは、みかどの おほむはじめなり、おほさざきのみかどの、なにはづにてみこときこえける時、東宮をたがひにゆづりて、くらゐにつきたまはで、三とせになりにければ、王仁といふ人のい ぶかり思ひて、よみてたてまつりけるうた也、この花は梅のはなをいふなるべし、あさか山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて、かづらきのおほきみをみちのおくへつ かはしたりけるに、くにのつかさ、事おろそかなりとて、

まうけなどしたりけれど、すさまじかりければ、うねめなりける女の、かはらけとりて よめるなり、これにぞおほきみの心とけにける、「あさか山かげさへ見ゆる山の井のあ さくは人をおもふのもかは」、このふたうたはうたのちちははのやうにてぞ、手ならふ人のはじめにもしける、そもそもうたのさまむつなり、からのうたにもかくぞあるべ き、そのむくさのひとつには、そへうた、おほさざきのみかどをそへたてまつれるうた、「なにはづにさくやこの花ふゆごもり

いまははるべとさくやこのはな」といへるなるべし、ふたつには、かぞへうた、「さく花におもひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて」といへるなるべし、こ れはただ事にいひて、ものにたとへなどもせぬものなり、このうたいかにいへるにかあらむ、その心えがたし、いつつにただことうたといへるなむこれにはかなふべき、みつ にはなずらへうた、「きみにけさあしたのしものおきていなばこひしきごとにきえやわたらむ」といへるなるべし

これはものにもなずらへて、それがやうになむあるとやうにいふ也、この哥よくかなへりとも見えず、「たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはず て」、かやうなるやこれにはかなふべからむ、よつにはたとへうた、「わがこひはよむ ともつきじありそうみのはまのまさごはよみつくすとも」といへるなるべし、これはよ ろづのくさ木とりけだものにつけて心を見するなり、このうたはかくれたる所なむな き、されどはじめのそへうたとおなじやうなれば、すこしさまをかへたるなるべし、 「すまのあまのしほやくけぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり」、この哥などやかなふべからむ、

いつつにはただことうた、「いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれし からまし」といへるなるべし、これはことのととのほりただしきをいふ也、この哥の心 さらにかなはず、とめうたとやいふべからむ、「山ざくらあくまでいろを見つるかな花 ちるべくも風ふかぬよに」、むつにはいはひうた、「このとのはむべもとみけりさき草 のみつばよつばにとのづくりせり」といへるなるべし、

これは世をほめて神につぐる也、このうたいはひうたとは見えずなむある、<かすがの にわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ」、これらやすこしかなふべから む、おほよそむくさにわかれむ事はえあるまじき事になむ、今の世中いろにつき人の心花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへ に、むもれ木の人しれぬこととなりて、まめなるところには花すすきほにいだすべきことにもあらずなりにたり、そのはじめを

おもへばかかるべくなむあらぬ、いにしへの世世のみかど、春の花のあした、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人人をめして、ことにつけつつうたをたてまつらしめたまふ、ある は花をそふとてたよりなき所にまどひ、あるは月をおもふとてしるべなきやみにたどれる心心を見給ひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ、しかあるのみにあらず、さざ れいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ、よろこび

身にすぎ、たのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、松虫のねにともをしのび、たかさごすみの江のまつもあひおひのやうにおぼえ、おとこ山のむかしをおも ひいでてをみなへしのひとときをくねるにも、うたをいひてぞなぐさめける、又春のあしたに花のちるを見、秋のゆふぐれにこのはのおつるをきき、あるはとしごとにかがみ のかげに見ゆる雪と浪とをなげき、草のつゆ水あわを見て

わが身をおどろき、あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひ世にわび、したしかりしもうとくなり、あるは松山の浪をかけ、野なかの水をくみ、秋はぎのしたばをなが め、あかつきのしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの河をひきて世中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなり、ながらのはしもつくる なりときく人は

うたにのみぞ心をなぐさめける、いにしへよりかくつたはるうちにも、ならの御時よりぞひろまりにける、かのおほむ世やうたの心をしろしめしたりけむ、かのおほむ時に、 おほきみつのくらゐかきのもとの人まろなむうたのひじりなりける、これはきみもひとも身をあはせたりといふなるべし、秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをば、みかどの おほむめににしきと

見たまひ、春のあしたよしのの山のさくらは人まろが心にはくもかとのみなむおぼえける、又山の辺のあかひとといふ人ありけり、うたにあやしくたへなりけり、人まろはあ かひとがかみにたたむことかたく、あか人は人まろがしもにたたむことかたくなむあり ける、ならのみかどの御うた、「たつた河もみぢみだれてながるめりわたらばにしきな かやたえなむ」、人まろ、「梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば」、「ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ」、

赤人、「春ののにすみれつみにとこし我ぞのをなつかしみひと夜ねにける」、「わかの浦にしほみちくれば方をなみあしべをさしてたづなきわたる」、この人人をおきて又す ぐれたる人もくれ竹の世世にきこえ、かたいとのよりよりにたえずぞありける、これよりさきのうたをあつめてなむ方えふしふとなづけられたりける、ここにいにしへのこと をもうたの心をもしれる人

わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところ、えぬところたがひに なむある、かの御時よりこのかた、年はももとせあまり、世はとつぎになむなりにけ る、いにしへの事をもうたをも、しれる人よむ人おほからず、いまこのことをいふに、つかさくらゐたかき人をば、たやすきやうなればいれず、そのほかにちかき世に、その 名きこえたる人は、すなはち

僧正遍昭は、うたのさまはえたれどもまことすくなし、たとへばゑにかけるをうなを見 ていたづらに心をうごかすがごとし、「あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにも ぬけるはるの柳か」、「はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむく」、さがのにてむまよりおちてよめる、「名にめでてをれるばかりぞをみなへしわれ おちにきと人にかたるな」、ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず、しぼめる花のいろなくてにほひ

のこれるがごとし、「月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」、「おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの」、「ねぬる よのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな」、ふんやのやすひではことばはたくみにて、そのさま身におはず、いはばあき人のよききぬきたらむがごと し、「吹からによもの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ」、深草のみかどの御国忌に、「草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあら ぬ」、宇治山のそうきせんは、ことば

かすかにしてはじめをはりたしかならず、いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへるがごとし、「わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」、よ めるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず、をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなのな やめる所あるににたり、つよからぬはをう

なのうたなればなるべし、「思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを」、「いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける」、「わびぬれ ば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ」、そとほりひめのうた、「わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも」、おほともの くろぬしは、そのさまいやし、いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごとし、「思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや」、「かがみ山 いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると」、

このほかの人人その名きこゆる、野辺におふるかづらのはひひろごり、はやしにしげきこのはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひてそのさましらぬなるべし、かかるにい ますべらぎのあめのしたしろしめすこと、よつの時ここのかへりになむなりぬる、あまねきおほむうつくしみのなみ、やしまのほかまでながれ、ひろきおほむめぐみのかげ、 つ

くば山のふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、 もろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじ、ふりにしこと をもおこしたまふとて、いまもみそなはし、のちの世にもつたはれとて、延喜五年四月 十八日に大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさ う官おほし

かふちのみつね、右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬ ふるきうたみづからのをもたてまつらしめたまひてなむ、それがなかにむめをかざすよ りはじめて、ほととぎすをきき、もみぢををり、雪を見るにいたるまで、又つるかめにつけてきみをおもひ人をもいはひ、秋はぎ夏草を見てつまをこひ、あふさか山にいたり て

たむけをいのり、あるは春夏秋冬にもいらぬくさぐさのうたをなむえらばせたまひける、すべて千うた、はたまき、名づけてこきむわかしふといふ、かくこのたびあつめえ らばれて、山した水のたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすかがはのせになるうらみもきこえず、さざれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべ き、それまくら

ことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、かつは人のみみにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐなくし かのおきふしは、つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをなむよろこびぬる、人まろなくなりにたれど、うたのこととどまれるかな、たとひ時うつ り

ことさり、たのしびかなしびゆきかふとも、このうたのもじあるをや、あをやぎのいとたえず、まつのはのちりうせずして、まさきのかづらながくつたはり、とりのあとひさ しくとどまれらば、うたのさまをもしり、ことの心をえたらむ人は、おほぞらの月を見るがごとくにいにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも


真名序


夫和歌者託其根於心地。発其花於詞林者也。
人之在世、不能無為。
思慮易遷、哀楽相変。感生於志、詠形於言。
是以逸者其声楽、怨者其吟悲。
可以述懐、可以発憤。
動天地、泣鬼神、化人倫、和夫婦、莫宜於和哥。
和歌有六義。一曰風。二曰賦。三曰比。四曰興。五曰雅。六曰頌。
若夫春鶯之囀花中、秋蝉之吟樹上、雖無曲折、各発歌謡。
物皆有之、自然之理也。
然而神世七代、時質人淳、情欲無分、和哥未作。
逮于素戔烏尊到出雲国、始有三十一字之詠。今反哥之作也。
其後雖天神之孫、海童之女、莫不以和歌通情者。
爰及人代、此風大興。
長歌短歌旋頭混本之類、雑体非一。
源流漸繁。譬猶払雲之樹、生自寸苗之煙、浮天之波、起於一滴之露。
至如難波津之什献天皇、富緒川之篇報太子、或事関神異、或興入幽玄。
但見上古歌、多存古質之語。
未為耳目之翫、徒為教誡之端。
古天子、毎良辰美景、詔侍臣、預宴筵者献和歌。
君臣之情、由斯可見、賢愚之性、於是相分。
所以随民之欲、択士之才。

自大津皇子初作詩賦、詞人才子、慕風継塵。
移彼漢家之字、化我日域之俗。
民業一改、和歌漸衰。
然猶有先師柿本大夫者。
高振神妙之思、独歩古今之間。
有山部赤人者。並和歌仙也。
其余業和哥者、綿々不絶。
及彼時変澆漓、人貴奢淫、浮詞雲興、艶流泉涌。
其実皆落。其花孤栄。
至有好色之家、以此為花鳥之使、乞食之客、以此為活計之謀。
故半為婦人之右、難進大夫之前。

近代存古風者。纔二三人。然長短不同、論以可弁。
花山僧正、尤得歌体、然其詞花而少実。如図画好女徒動人情。
在原中将之歌、其情有余、其詞不足。如萎花雖少彩色、而有薫香。
文琳巧詠物、然其体近俗。如賈人之着鮮衣。
宇治山僧喜撰、其詞華麗、而首尾停滞。如望秋月遇暁雲。
小野小町歌、古衣通姫之流也、然艶而無気力。如病婦之着花粉。
大友黒主之歌、古猿丸大夫之次也。頗有逸興、而体甚鄙。如田夫之息花前也。

此外氏姓流聞者、不可勝数。
其大底皆以艶為基、不知和歌之趣者也。
俗人争事栄利。不用詠和歌。
悲哉悲哉。雖貴兼相将、富余金銭、而骨未腐於土中、名先滅於世上。
適為後世被知者、唯和歌之人而已。
何者、語近人耳、義慣神明也。

昔平城天子詔侍臣、令撰万葉集。
自爾以来、時歴十代、数過一年。
其後和歌棄不被採。
雖風流如野宰相、雅情如在納言、而皆以他才聞、不以此道顕。
陛下御宇、于今九載。
仁流秋津州之外、恵茂筑波山之蔭。
渕変為瀬之声、寂々閉口、砂長為巌之頌、洋々満耳、思継既絶之風、欲興久廃之道。

爰詔大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑等、各献家集、並古来旧歌。曰、続万葉集。
於是重有詔、部類所奉之歌、勒為二十巻。名曰古今和歌集。
臣等詞少春花之艶、名窃秋夜之長。
況哉進恐時俗之嘲、退慙才芸之拙。
適遇和歌之中興、以楽吾道之再昌。
嗟乎人麿既没、和歌不在斯哉。
于時延喜五年歳次乙丑四月十五日、臣貫之等謹序。


参照 (書き下し文)

 夫れ和歌は其の根を心地に託け、其の花を詞林に発く者なり。
人の世に在るや、無為なること能はず。
思慮遷り易く、哀楽相変ず。感は志に生り、詠は言に形はる。
是を以つて、逸せる者は其の声楽しみ、怨ぜる者は其の吟悲しむ。
以ちて懐ひを述ぶべく、以ちて憤りを発すべし。
天地を動かし、鬼神を泣かしめ、人倫を化し、夫婦を和ぐること、和哥より宜しきは莫し。
和歌に六義有り。
一に曰はく風。二に曰はく賦。三に曰はく比。四に曰はく興。五に曰はく雅。六に曰はく頌。
夫春の鶯の花中に囀り、秋の蝉の樹上に吟ずるがごときは、曲折無しと雖も、各歌謡を発す。
物皆之有るは、自然の理なり。
然るに神の世七代、時質に人淳うして、情欲分かつこと無く、和歌未だ作らず。
素戔烏尊の出雲国に到るに逮びて、始めて三十一字の詠有り。今の反哥作なり。
其の後、天つ神の孫、海童の女と雖も、和歌を以ちて情を通ぜずといふ者莫し。
爰に人代に及びて、此の風大きに興る。長歌・短歌・旋頭・混本の類、雑体一に非ず。
源流漸く繁し。譬へば、猶ほ雲払ふ樹の、寸苗の煙より生り、天を浮ぶるの波の、一滴の露より起るがごとし。
難波津の什を天皇に献じ、富緒川の篇を太子に報ぜしがごときに至りては、或いは事神異に関かり、或いは興幽玄に入る。
但し上古の歌を見るに、多く古質の語を存したり。
未だ為耳目の翫とせず、徒に教誡の端たり。
古の天子、良辰美景毎に、侍臣に詔して、宴筵に預る者をして和歌を献らしむ。
君臣の情、斯れに由りて見つべく、賢愚の性、是に於いて相分る。
所以に民の欲に随ひ、士の才を択ぶ。

 大津皇子の初めて詩賦を作りしより、詞人才子、風を慕ひ塵を継ぐ。
彼の漢家の字を移して、我が日域の俗を化す。
民業一たび改つて、和歌漸く衰ふ。
然れども猶ほ先師柿本大夫といふ者有り。高く神妙の思ひを振ひ、独り古今の間を歩む。
山部赤人といふ者有り。並びに和歌の仙なり。
其の余に和歌を業とする者、綿々として絶えず。
彼の時澆漓に変じ、人奢淫を貴ぶに及びて、浮詞雲のごとくに興り、艶流泉のごとくに涌く。
其の実皆落ちて、其の花孤り栄ゆ。
好色の家には、此れを以ちて花鳥の使と為し、乞食の客は、此れを以ちて活計の謀りと為すこと有るに至る。
故に半ば婦人の右けと為して、大夫の前進め難し。

 近代古風を存する者、纔かに二三人なり。
然るに、長短同じからず、論じて以ちて弁ふべし。
花山の僧正は、尤も歌体を得たれども、然も其の詞花にして実少し。
図画の好女の徒らに人の情を動。かすがごとし。
在原の中将の歌は、其の情余り有りて、其の詞足らず。
萎める花の彩色少なしと雖も、薫香有るがごとし。
文琳は巧みに物を詠ずとも、然も、其の体は俗に近し。
賈人の鮮衣を着たるがごとし。
宇治山の僧喜撰は、其詞華麗なれども、首尾停滞せり。
秋月を望むに暁の雲に遇へるがごとし。
小野小町の歌は、古の衣通姫の流なれども、然も艶にして気力無し。
病婦の花粉を着けたるがごとし。
大友黒主の歌は、古猿丸大夫の次なり。頗る逸興有れども、体甚だ鄙し。
田夫の花の前に息めるがごとし。

此の外氏姓の流聞する者、勝げて数ふべからず。
其の大底は皆艶なるを以ちて基と為し、和歌の趣を知らざる者なり。
俗人争ひて栄利を事として、和歌を詠ずることを用ゐず。
悲しき哉、悲しき哉。
貴きことは相将を兼ね、富めることは金銭を余せりと雖も、骨の未土中に腐ちざるに、名は先だちて世上に滅えぬ。
適為後世に知らるるところの者は、唯だ和歌の人のみ。
何となれば、語は人耳に近しく、義は神明に慣へばなり。

 昔、平城天子侍臣に詔して万葉集を撰ばしむ。
爾より以来、時、十代を歴、数、一年に過ぎたり。
其の後、和歌は棄てて採られず。
風流は野宰相のごとく、雅情は在納言のごとしと雖も、皆他才を以ちて聞こえ、此の道を以ちて顕はれず。
陛下の御宇、今に九載。
仁は秋津州の外に流れ、恵は筑波山の蔭よりも茂し。
渕変じて瀬と為るの声は、寂々として口を閉ぢ、砂長じて巌と為るの頌は、洋々として耳に満てり。
既に絶えたるの風を継がんことを思ほし、久しく廃れたるの道を興さんと欲したまふ。

爰に大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑等に詔して、各の家集並びに古来の旧歌を献ぜしむ。
続万葉集と曰ふ。
是に於いて重ねて詔有りて、奉る所の歌を部類して、勒として二十巻と為す。
名づけて古今和歌集と曰ふ。
臣等、詞は春の花の艶少なく、名は秋の夜の長きを窃めり。
況んや進んでは時俗の嘲りを恐れ、退きては才芸の拙きを慙づ。
適、和歌の中興に遇ひて、以ちて吾が道の再び昌んなることを楽しむ。
嗟乎、人麿既に没したれども、和歌斯に在らずや。
時に延喜五年歳の乙丑に次る四月十五日、臣貫之等謹みて序す。




1

在原元方


ふるとしに春たちける日よめる

としのうちに春はきにけりひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ


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2

紀貫之


はるたちける日よめる

袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ

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3

よみ人しらず


題しらず

春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ

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4

二条のきさきのはるのはじめの御うた

雪の内に春はきにけりうぐひすのこほれる涙今やとくらむ

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5

よみ人しらず


題しらず

梅がえにきゐるうぐひすはるかけてなけどもいまだ雪はふりつつ

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6

素性法師


雪の木にふりかかれるをよめる

春立てば花とや見らむ白雪のかかれる枝にうぐひすぞなく

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7

よみ人しらず


題しらず

心ざしふかくそめてし折りければきえあへぬ雪の花と見ゆらむ

ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみの 哥なり

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8

文屋やすひで


二条のきさきのとう宮のみやすんどころときこえけ る時、正月三日おまへにめして、おほせごとあるあひだに、日はてりながら雪のかしら にふりかかりけるをよませ給ひける


春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき

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9

きのつらゆき


ゆきのふりけるをよめる

霞たちこのめもはるの雪ふれば花なきさとも花ぞちりける

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10

ふぢはらのことなほ


春のはじめによめる

はるやとき花やおそきとききわかむ鶯だにもなかずもあるかな

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11

みぶのただみね


はるのはじめのうた

春きぬと人はいへどもうぐひすのなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ

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12

源まさずみ


寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた

谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづる浪や春のはつ花

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13

紀とものり

花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる

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14

大江千里

うぐひすの谷よりいづるこゑなくは春くることをたれかしらまし

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15

在原棟梁

春たてど花もにほはぬ山ざとはものうかるねに鶯ぞなく

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16

よみ人しらず


題しらず

野辺ちかくいへゐしせればうぐひすのなくなるこゑはあさなあさなきく

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17


かすがのはけふはなやきそわか草のつまもこもれり我もこもれり

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18


かすがののとぶひののもりいでて見よ今いくかありてわかなつみてむ

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19


み山には松の雪だにきえなくに宮こはのべのわかなつみけり

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20


梓弓おしてはるさめけふふりぬあすさへふらばわかなつみてむ

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21

仁和のみかどみこにおましましける時に、人にわか なたまひける御うた


君がため春ののにいでてわかなつむわが衣手に雪はふりつつ

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22

つらゆき


哥たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる


かすがののわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ

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23

在原行平朝臣


題しらず

はるのきるかすみの衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ

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24

源むねゆきの朝臣


寛平御時きさいの宮の哥合によめる

ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり

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25

つらゆき


哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る


わがせこが衣はるさめふるごとにのべのみどりぞいろまさりける

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26


あをやぎのいとよりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける

27

僧正遍昭


西大寺のほとりの柳をよめる

あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにもぬける春の柳か

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28

よみ人しらず


題しらず

ももちどりさへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふり行く

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29

をちこちのたづきもしらぬ山なかにおぼつかなくもよぶこどりかな

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30

凡河内みつね


かりのこゑをききてこしへまかりにける人を思ひて よめる


春くればかりかへるなり白雲のみちゆきぶりにことやつてまし

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31

伊勢


帰雁をよめる

はるがすみたつを見すててゆくかりは花なきさとにすみやならへる

------------------------------------

32

よみ人しらず


題しらず

折りつれば袖こそにほへ梅花有りとやここにうぐひすのなく

------------------------------------

33


色よりもかこそあはれとおもほゆれたが袖ふれしやどの梅ぞも

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34


やどちかく梅の花うゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり

35


梅花たちよるばかりありしより人のとがむるかにぞしみぬる

36

東三条の左のおほいまうちぎみ


むめの花ををりてよめる

鶯の笠にぬふといふ梅花折りてかざさむおいかくるやと

37

素性法師


題しらず

よそにのみあはれとぞ見し梅花あかぬいろかは折りてなりけり

38

とものり


むめの花ををりて人におくりける

君ならで誰にか見せむ梅花色をもかをもしる人ぞしる

39

つらゆき


くらぶ山にてよめる

梅花にほふ春べはくらぶ山やみにこゆれどしるくぞ有りける

40

みつね


月夜に梅花ををりてと人のいひければ、をるとてよ める


月夜にはそれとも見えず梅花かをたづねてぞしるべかりける

41

はるのよ梅花をよめる

春の夜のやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるる

42

つらゆき


はつせにまうづるごとにやどりける人の家に、ひさ しくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむや どりはあるといひいだして侍りければ、そこにたてりけるむめの花ををりてよめる


人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔のかににほひける

43

伊勢


水のほとりに梅花さけりけるをよめる

春ごとにながるる河を花と見てをられぬ水に袖やぬれなむ

44


年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ

45

つらゆき


家にありける梅花のちりけるをよめる

くるとあくとめかれぬものを梅花いつの人まにうつろひぬらむ

46

よみ人しらず


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

梅がかをそでにうつしてとどめてば春はすぐともかたみならまし

47

素性法師

ちると見てあるべきものを梅花うたてにほひのそでにとまれる

48

よみ人しらず


題しらず

ちりぬともかをだにのこせ梅花こひしき時のおもひいでにせむ

49

つらゆき


人の家にうゑたりけるさくらの花さきはじめたりけ るを見てよめる


ことしより春しりそむるさくら花ちるといふ事はならはざらなむ

50

よみ人しらず


題しらず

山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我見はやさむ

又は、さととほみ人もすさめぬ山ざくら


51

やまざくらわが見にくれば春霞峯にもをにもたちかくしつつ

52

さきのおほきおほいまうちぎみ


そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花を ささせ給へるを見てよめる


年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし

53

在原業平朝臣


なぎさの院にてさくらを見てよめる

世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし

54

よみ人しらず


題しらず

いしばしるたきなくもがな桜花たをりてもこむ見ぬ人のため

55

そせい法し


山のさくらを見てよめる

見てのみや人にかたらむさくら花てごとにをりていへづとにせむ

56

花ざかりに京を見やりてよめる

みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける

57

きのとものり


さくらの花のもとにて年のおいぬることをなげきて よめる


いろもかもおなじむかしにさくらめど年ふる人ぞあらたまりける

58

つらゆき


をれるさくらをよめる

たれしかもとめてをりつる春霞たちかくすらむ山のさくらを

59

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る


桜花さきにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲

60

とものり


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

み吉野の山べにさけるさくら花雪かとのみぞあやまたれける

61

伊勢


やよひにうるふ月ありける年よみける

さくら花春くははれる年だにも人の心にあかれやはせぬ

62

よみ人しらず


さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人の きたりける時によみける


あだなりとなにこそたてれ桜花年にまれなる人もまちけり

63

なりひらの朝臣


返し

けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずはありとも花と見ましや

64

よみ人しらず


題しらず

ちりぬればこふれどしるしなき物をけふこそさくらをらばをりてめ

65


をりとらばをしげにもあるか桜花いざやどかりてちるまでは見む

66

きのありとも

さくらいろに衣はふかくそめてきむ花のちりなむのちのかたみに

67

みつね


さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人 によみておくりける


わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき

68

伊勢


亭子院哥合の時よめる

見る人もなき山ざとのさくら花ほかのちりなむのちぞさかまし

-----------------------------------------


69

よみ人しらず


題しらず


春霞たなびく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく

70

まてといふにちらでしとまる物ならばなにを桜に思ひまさまし

71

のこりなくちるぞめでたき桜花ありて世中はてのうければ

72


このさとにたびねしぬべしさくら花ちりのまがひにいへぢわすれて

73


空蝉の世にもにたるか花ざくらさくと見しまにかつちりにけり

74

これたかのみこ


僧正遍昭によみておくりける

さくら花ちらばちらなむちらずとてふるさと人のきても見なくに

75

そうく法師


雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる

桜ちる花の所は春ながら雪ぞふりつつきえがてにする

76

そせい法し


さくらの花のちり侍りけるを見てよみける

花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ

77

そうく法し


うりむゐんにてさくらの花をよめる

いざさくら我もちりなむひとさかりありなば人にうきめ見えなむ

78

つらゆき


あひしれりける人のまうできてかへりにけるのちに よみて花にさしてつかはしける


ひとめ見し君もやくると桜花けふはまち見てちらばちらなむ

79

山のさくらを見てよめる

春霞なにかくすらむ桜花ちるまをだにも見るべき物を

80

藤原よるかの朝臣


心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじと ておろしこめてのみ侍りけるあひだに、をれるさくらのちりがたになれりけるを見てよ める


たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり

81

すがのの高世


東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれ けるを見てよめる


枝よりもあだにちりにし花なればおちても水のあわとこそなれ

82

つらゆき


さくらの花のちりけるをよみける

ごとならばさかずやはあらぬさくら花見る我さへにしづ心なし

83

さくらのごととくちる物はなしと人のいひければよ める


さくら花とくちりぬともおもほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ

84

きのとものり


桜の花のちるをよめる

久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ

85


ふぢはらのよしかぜ


春宮のたちはきのぢんにてさくらの花のちるをよめ る


春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふと見む

86

凡河内みつね


さくらのちるをよめる

雪とのみふるだにあるをさくら花いかにちれとか風の吹くらむ

87

つらゆき


ひえにのぼりてかへりまうできてよめる

山たかみみつつわがこしさくら花風は心にまかすべらなり

88

大伴くろぬし


題しらず

春雨のふるは涙かさくら花ちるををしまぬ人しなければ

89

つらゆき


亭子院哥合哥

さくら花ちりぬる風のなごりには水なきそらに浪ぞたちける

90

ならのみかどの御うた

ふるさととなりにしならのみやこにも色はかはらず花はさきけり

91

よしみねのむねさだ


はるのうたとてよめる

花の色はかすみにこめて見せずともかをだにぬすめ春の山かぜ

92

そせい法し


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

はなの木も今はほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり

93

よみ人しらず


題しらず

春の色のいたりいたらぬさとはあらじさけるさかざる花の見ゆらむ

94

つらゆき


はるのうたとてよめる

みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ

95

そせい


うりむゐんのみこのもとに、花見にきた山のほとり にまかれりける時によめる


いざけふは春の山辺にまじりなむくれなばなげの花のかげかは

96

はるのうたとてよめる

いつまでか野辺に心のあくがれむ花しちらずは千世もへぬべし

97

よみ人しらず


題しらず

春ごとに花のさかりはありなめどあひ見む事はいのちなりけり

98


花のごと世のつねならばすぐしてし昔は又もかへりきなまし

99

吹く風にあつらへつくる物ならばこのひともとはよぎよといはまし

100

まつ人もこぬものゆゑにうぐひすのなきつる花ををりてけるかな

101

藤原おきかぜ


寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた

さく花は千くさながらにあだなれどたれかははるをうらみはてたる

102

春霞色のちくさに見えつるはたなびく山の花のかげかも

103

ありはらのもとかた

霞立つ春の山べはとほけれど吹きくる風は花のかぞする

104

みつね


うつろへる花を見てよめる

花見れば心さへにぞうつりけるいろにはいでじ人もこそしれ

105

よみ人しらず


題しらず

鶯のなくのべごとにきて見ればうつろふ花に風ぞふきける

106

吹く風をなきてうらみよ鶯は我やは花に手だにふれたる

107

典侍洽子朝臣

ちる花のなくにしとまる物ならば我鶯におとらましやは

108

藤原のちかげ


仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとてしける 時によみける


花のちることやわびしき春霞たつたの山のうぐひすのこゑ

109

そせい


うぐひすのなくをよめる

こづたへばおのがはかぜにちる花をたれにおほせてここらなくらむ

110

みつね


鶯の花の木にてなくをよめる

しるしなきねをもなくかなうぐひすのことしのみちる花ならなくに

111

よみ人しらず


題しらず

こまなめていざ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ

112

ちる花をなにかうらみむ世中にわが身もともにあらむ物かは

113

小野小町

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

114

そせい


仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとしける時 によめる


をしと思ふ心はいとによられなむちる花ごとにぬきてとどめむ

115

つらゆき


しがの山ごえに女のおほくあへりけるに、よみてつ かはしける


あづさゆみはるの山辺をこえくれば道もさりあへず花ぞちりける

116


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

春ののにわかなつまむとこしものをちりかふ花にみちはまどひぬ

117


山でらにまうでたりけるによめる

やどりして春の山辺にねたる夜は夢の内にも花ぞちりける

118


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

吹く風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花を見ましや

119

僧正遍昭


しがよりかへりけるをうなどもの花山にいりて ふぢの花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける


よそに見てかへらむ人にふぢの花はひまつはれよえだはをるとも

120

みつね


家にふぢの花のさけりけるを、人のたちとまりて見 けるをよめる


わがやどにさける藤波たちかへりすぎがてにのみ人の見るらむ

121

よみ人しらず


題しらず

今もかもさきにほふらむ橘のこじまのさきの山吹の花

122

春雨ににほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花

123

山ぶきはあやななさきそ花見むとうゑけむ君がこよひこなくに

124

つらゆき


よしの河のほとりに山ぶきのさけりけるをよめる


吉野河岸の山吹ふくかぜにそこの影さへうつろひにけり

125

よみ人しらず


題しらず

かはづなくゐでの山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を

この哥は、ある人のいはく、たちばなのきよとも が哥なり

126

そせい


春の哥とてよめる

おもふどち春の山辺にうちむれてそこともいはぬたびねしてしか

127

みつね


はるのとくすぐるをよめる

あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくもおもほゆるかな

128

つらゆき


やよひにうぐひすのこゑのひさしうきこえざりける をよめる


なきとむる花しなければうぐひすもはては物うくなりぬべらなり

129

ふかやぶ


やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山河より 花のながれけるをよめる


花ちれる水のまにまにとめくれば山には春もなくなりにけり

130

もとかた


はるををしみてよめる

をしめどもとどまらなくに春霞かへる道にしたちぬとおもへば

131

おきかぜ


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

こゑたえずなけやうぐひすひととせにふたたびとだにくべき春かは

132

みつね


やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女 どもを見てよめる


とどむべき物とはなしにはかなくもちる花ごとにたぐふこころか

133

なりひらの朝臣


やよひのつごもりの日あめのふりけるに、ふぢの花 ををりて人につかはしける


ぬれつつぞしひてをりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば

134

みつね


亭子院の哥合のはるのはてのうた

けふのみと春をおもはぬ時だにも立つことやすき花のかげかは

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135

よみ人しらず


題しらず

わがやどの池の藤波さきにけり山郭公いつかきなかむ

このうた、ある人のいはく、かきのもとの人まろが 也

136

紀としさだ


う月にさけるさくらを見てよめる

あはれてふ事をあまたにやらじとや春におくれてひとりさくらむ

137

よみ人しらず


題しらず

さ月まつ山郭公うちはぶき今もなかなむこぞのふるごゑ

138

伊勢

五月こばなきもふりなむ郭公まだしきほどのこゑをきかばや

139

よみ人しらず

さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする

140

いつのまにさ月きぬらむあしひきの山郭公今ぞなくなる

141

けさきなきいまだたびなる郭公花たちばなにやどはからなむ

142

きのとものり


おとは山をこえける時に郭公のなくをききてよめる


おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる

143

そせい


郭公のはじめてなきけるをききてよめる

郭公はつこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた

144


ならのいその神でらにて郭公のなくをよめる

いその神ふるき宮この郭公声ばかりこそむかしなりけれ

145

よみ人しらず


題しらず

夏山になく郭公心あらば物思ふ我に声なきかせそ

146

郭公なくこゑきけばわかれにしふるさとさへぞこひしかりける

147

ほととぎすながなくさとのあまたあれば猶うとまれぬ思ふ物から

148

思ひいづるときはの山の郭公唐紅のふりいでてぞなく

149

声はして涙は見えぬ郭公わが衣手のひつをからなむ

150

あしひきの山郭公をりはへてたれかまさるとねをのみぞなく

151

今さらに山へかへるな郭公こゑのかぎりはわがやどになけ

152

みくにのまち

やよやまて山郭公事づてむ我世中にすみわびぬとよ

153

紀とものり


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

五月雨に物思ひをれば郭公夜ふかくなきていづちゆくらむ

154

夜やくらき道やまどへるほととぎすわがやどをしもすぎがてになく

155

大江千里

やどりせし花橘もかれなくになどほととぎすこゑたえぬらむ

156

きのつらゆき

夏の夜のふすかとすれば郭公なくひとこゑにあくるしののめ

157

みぶのただみね

くるるかと見ればあけぬるなつのよをあかずとやなく山郭公

158

紀秋岑

夏山にこひしき人やいりにけむ声ふりたててなく郭公

159

よみ人しらず


題しらず

こぞの夏なきふるしてし郭公それかあらぬかこゑのかはらぬ

160

つらゆき


郭公のなくをききてよめる

五月雨のそらもとどろに郭公なにをうしとかよただなくらむ

161

みつね


さぶらひにてをのこどものさけたうべけるに、めし て郭公まつうたよめとありければよめる


ほととぎすこゑもきこえず山びこはほかになくねをこたへやはせぬ

162

つらゆき


山に郭公のなきけるをききてよめる

郭公人まつ山になくなれば我うちつけにこひまさりけり

163

ただみね


はやくすみける所にてほととぎすのなきけるを ききてよめる


むかしべや今もこひしき郭公ふるさとにしもなきてきつらむ

164

みつね


郭公のなきけるをききてよめる

郭公我とはなしに卯花のうき世中になきわたるらむ

165

僧正へんぜう


はちすのつゆを見てよめる

はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆを玉とあざむく

166

深養父


月のおもしろかりける夜、あかつきがたによめる


夏の夜はまだよひながらあけぬるを雲のいづこに月やどるらむ

167

みつね


となりよりとこなつの花をこひにおこせたりけれ ば、をしみてこのうたをよみてつかはしける


ちりをだにすゑじとぞ思ふさきしよりいもとわがぬるとこ夏のはな

168


みな月のつごもりの日よめる

夏と秋と行きかふそらのかよひぢはかたへすずしき風やふくらむ

-------------------------------------

169

藤原敏行朝臣


秋立つ日よめる

あききぬとめにはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる

170

つらゆき


秋たつ日、うへのをのこどもかものかはらにかはせ うえうしけるともにまかりてよめる


河風のすずしくもあるかうちよする浪とともにや秋は立つらむ

171

よみ人しらず


題しらず

わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋のはつ風

172

きのふこそさなへとりしかいつのまにいなばそよぎて秋風の吹く

173

秋風の吹きにし日より久方のあまのかはらにたたぬ日はなし

174

久方のあまのかはらのわたしもり君わたりなばかぢかくしてよ

175

天河紅葉をはしにわたせばやたなばたつめの秋をしもまつ

176

こひこひてあふ夜はこよひあまの河きり立ちわたりあけずもあらなむ

177

とものり


寛平御時なぬかの夜、うへにさぶらふをのこども、 哥たてまつれとおほせられける時に、人にかはりてよめる


天河あさせしら浪たどりつつわたりはてねばあけぞしにける

178

藤原おきかぜ


おなじ御時きさいの宮の哥合のうた

契りけむ心ぞつらきたなばたの年にひとたびあふはあふかは

179

凡河内みつね


なぬかの日の夜よめる>

年ごとにあふとはすれどたなばたのぬるよのかずぞすくなかりける

180

織女にかしつる糸の打ちはへて年のをながくこひやわたらむ

181

そせい


題しらず

こよひこむ人にはあはじたなばたのひさしきほどにまちもこそすれ

182

源むねゆきの朝臣


なぬかの夜のあかつきによめる

今はとてわかるる時は天河わたらぬさきにそでぞひちぬる

183

みぶのただみね


やうかの日よめる

けふよりはいまこむ年のきのふをぞいつしかとのみまちわたるべき

184

よみ人しらず


題しらず

このまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり

185

おほかたの秋くるからにわが身こそかなしき物と思ひしりぬれ

186

わがためにくる秋にしもあらなくにむしのねきけばまづぞかなしき

187

物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひゆくをかぎりと思へば

188

ひとりぬるとこは草ばにあらねども秋くるよひはつゆけかりけり

189


これさだのみこの家の哥合のうた

いつはとは時はわかねど秋のよぞ物思ふ事のかぎりなりける

190

みつね


かむなりのつぼに人人あつまりて秋のよをしむ哥よ みけるついでによめる


かくばかりをしと思ふ夜をいたづらにねてあかすらむ人さへぞうき

191

よみ人しらず


題しらず

白雲にはねうちかはしとぶかりのかずさへ見ゆる秋のよの月

192

さ夜なかと夜はふけぬらしかりがねのきこゆるそらに月わたる見ゆ

193

大江千里


これさだのみこの家の哥合によめる

月見れはちぢに物こそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど

194

ただみね

久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ

195

在原元方


月をよめる

秋の夜の月のひかりしあかければくらぶの山もこえぬべらなり

196

藤原忠房


人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなきける をききてよめる


蟋蟀いたくななきそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる

197

としゆきの朝臣


これさだのみこの家の哥合のうた

秋の夜のあくるもしらずなくむしはわがごと物やかなしかるらむ

198

よみ人しらず


題しらず

あき萩も色づきぬればきりぎりすわがねぬごとやよるはかなしき

199

秋の夜はつゆこそことにさむからし草むらごとにむしのわぶれば

200

君しのぶ草にやつるるふるさとは松虫のねぞかなしかりける

201

秋ののに道もまどひぬ松虫のこゑする方にやどやからまし

202

あきののに人松虫のこゑすなり我かとゆきていざとぶらはむ

203

もみぢばのちりてつもれるわがやどに誰を松虫ここらなくらむ

204

ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかげにぞありける

205

ひぐらしのなく山里のゆふぐれは風よりほかにとふ人もなし

206


在原元方


はつかりをよめる

まつ人にあらぬ物からはつかりのけさなくこゑのめづらしきかな

207


とものり


これさだのみこの家の哥合のうた

秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらむ

208


よみ人しらず


題しらず

わがかどにいなおほせどりのなくなへにけさ吹く風にかりはきにけり

209

いとはやもなきぬるかりか白露のいろどる木木ももみぢあへなくに

210

春霞かすみていにしかりがねは今ぞなくなる秋ぎりのうへに

211

夜をさむみ衣かりがねなくなへに萩のしたばもうつろひにけり

このうたはある人のいはく、柿本の人まろが也と

212


藤原菅根朝臣


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

秋風にこゑをほにあげてくる舟はあまのとわたるかりにぞありける

213


みつね


かりのなきけるをききてよめる

うき事を思ひつらねてかりがねのなきこそわたれ秋のよなよな

214


ただみね


これさだのみこの家の哥合のうた

山里は秋こそことにわびしけれしかのなくねにめをさましつつ

215


よみ人しらず

おく山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時ぞ秋は悲しき

216


題しらず

秋はぎにうらびれをればあしひきの山したとよみしかのなくらむ

217

秋はぎをしがらみふせてなくしかのめには見えずておとのさやけさ

218


藤原としゆきの朝臣


これさだのみこの家の哥合によめる

あきはぎの花さきにけり高砂のをのへのしかは今やなくらむ

219


みつね


むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて物 がたりしけるついでによめる


秋はぎのふるえにさける花見れば本の心はわすれざりけり

220


よみ人しらず


題しらず

あきはぎのしたば色づく今よりやひとりある人のいねがてにする

221

なきわたるかりの涙やおちつらむ物思ふやどの萩のうへのつゆ

222

萩の露玉にぬかむととればけぬよし見む人は枝ながら見よ

ある人のいはく、この哥はならのみかどの御哥なり と

223

をりて見ばおちぞしぬべき秋はぎの枝もとををにおけるしらつゆ

224

萩が花ちるらむをののつゆしもにぬれてをゆかむさ夜はふくとも

225


文屋あさやす


是貞のみこの家の哥合によめる

秋ののにおくしらつゆは玉なれやつらぬきかくるくものいとすぢ

226


僧正へんぜう


題しらず

名にめでてをれるばかりぞをみなへし我おちにきと人にかたるな

227


ふるのいまみち


僧正遍昭がもとにならへまかりける時に、をとこ山 にてをみなへしを見てよめる


をみなへしうしと見つつぞゆきすぐるをとこ山にしたてりと思へば

228


としゆきの朝臣


是貞のみこの家の哥合のうた

秋ののにやどりはすべしをみなへし名をむつまじみたびならなくに

229


をののよし木


題しらず

をみなへしおほかるのべにやどりせばあやなくあだの名をやたちなむ

230


左のおほいまうちぎみ


朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける


をみなへし秋のの風にうちなびき心ひとつをたれによすらむ

231


藤原定方朝臣

秋ならであふことかたきをみなへしあまのかはらにおひぬものゆゑ

232


つらゆき

たが秋にあらぬものゆゑをみなへしなぞ色にいでてまだきうつろふ

233


みつね

つまこふるしかぞなくなる女郎花おのがすむのの花としらずや

234

女郎花ふきすぎてくる秋風はめには見えねどかこそしるけれ

235


ただみね

人の見る事やくるしきをみなへし秋ぎりにのみたちかくるらむ

236

ひとりのみながむるよりは女郎花わがすむやどにうゑて見ましを

237


兼覧王


ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうゑたり けるを見てよめる


をみなへしうしろめたくも見ゆるかなあれたるやどにひとりたてれば

238


平さだふん


寛平御時、蔵人所のをのこどもさがのに花見むとてまかりたりける時、かへるとてみな哥よみけるついでによめる


花にあかでなにかへるらむをみなへしおほかるのべにねなましものを

239


としゆきの朝臣


これさだのみこの家の哥合によめる

なに人かきてぬぎかけしふぢばかまくる秋ごとにのべをにほはす

240


つらゆき


ふぢばかまをよみて人につかはしける

やどりせし人のかたみかふぢばかまわすられがたきかににほひつつ

241


そせい


ふぢばかまをよめる

ぬししらぬかこそにほへれ秋ののにたがぬぎかけしふぢばかまぞも

242


平貞文


題しらず

今よりはうゑてだに見じ花すすきほにいづる秋はわびしかりけり

243


ありはらのむねやな


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

秋の野の草のたもとか花すすきほにいでてまねく袖と見ゆらむ

244


素性法師

我のみやあはれとおもはむきりぎりすなくゆふかげのやまとなでしこ

245


よみ人しらず


題しらず

みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける

246

ももくさの花のひもとく秋ののを思ひたはれむ人なとがめそ

247

月草に衣はすらむあさつゆにぬれてののちはうつろひぬとも

248


僧正遍昭
仁和のみかどみこにおはしましける時、ふるのた き御覧ぜむとておはしましけるみちに、遍昭がははの家にやどりたまへりける時に、 庭を秋ののにつくりて、おほむ物がたりのついでによみてたてまつりける


さとはあれて人はふりにしやどなれや庭もまがきも秋ののらなる

------------------------------------------


249

文屋やすひで


これさだのみこの家の哥合のうた

吹くからに秋の草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ

250

草も木も色かはれどもわたつうみの浪の花にぞ秋なかりける

251


紀よしもち


秋の哥合しける時によめる

紅葉せぬときはの山は吹く風のおとにや秋をききわたるらむ

252


よみ人しらず


題しらず

霧立ちて雁ぞなくなる片岡の朝の原は紅葉しぬらむ

253

神な月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なびのもり

254

ちはやぶる神なび山のもみぢばに思ひはかけじうつろふ物を

255


藤原かちおむ


貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、にしの 方にさせりけるえだのもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみける ついでによめる


おなじえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ

256


つらゆき


いしやまにまうでける時、おとは山のもみぢを見て よめる


秋風のふきにし日よりおとは山峯のこずゑも色づきにけり

257


としゆきの朝臣


これさだのみこの家の哥合によめる

白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちぢにそむらむ

258


壬生忠岑

秋の夜のつゆをばつゆとおきながらかりの涙やのべをそむらむ

259


よみ人しらず


題しらず

あきのつゆいろいろごとにおけばこそ山のこのはのちくさなるらめ

260


つらゆき


もる山のほとりにてよめる

しらつゆも時雨もいたくもる山はしたばのこらず色づきにけり

261


在原元方


秋のうたとてよめる

雨ふれどつゆももらじをかさとりの山はいかでかもみぢそめけむ

262


つらゆき


神のやしろのあたりをまかりける時にいがきのうち のもみぢを見てよめる


ちはやぶる神のいがきにはふくずも秋にはあへずうつろひにけり

263


ただみね


これさだのみこの家の哥合によめる

あめふればかさとり山のもみぢばはゆきかふ人のそでさへぞてる

264


よみ人しらず


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

ちらねどもかねてぞをしきもみぢばは今は限の色と見つれば

265


きのとものり


やまとのくににまかりける時、さほ山にきりのたて りけるを見てよめる


たがための錦なればか秋ぎりのさほの山辺をたちかくすらむ

266


よみ人しらず


是貞のみこの家の哥合のうた

秋ぎりはけさはなたちそさほ山のははそのもみぢよそにても見む

267


坂上是則


秋のうたとてよめる

佐保山のははその色はうすけれど秋は深くもなりにけるかな

268


在原なりひらの朝臣


人のせんざいにきくにむすびつけてうゑけるうた


うゑしうゑば秋なき時やさかざらむ花こそちらめねさへかれめや

269


としゆきの朝臣


寛平御時きくの花をよませたまうける

久方の雲のうへにて見る菊はあまつほしとぞあやまたれける

この哥は、まだ殿上ゆるされざりける時にめしあげ られてつかうまつれるとなむ

270


きのとものり


これさだのみこの家の哥合のうた

露ながらをりてかざさむきくの花おいせぬ秋のひさしかるべく

271


大江千里


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

うゑし時花まちどほにありしきくうつろふ秋にあはむとや見し

272


すがはらの朝臣


おなじ御時せられけるきくあはせに、すはまをつく りて菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、ふきあげのはまのかたにきくうゑたり けるによめる


秋風の吹きあげにたてる白菊は花かあらぬか浪のよするか

273


素性法師


仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる

ぬれてほす山ぢの菊のつゆのまにいつかちとせを我はへにけむ

274


とものり


菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる

花見つつ人まつ時はしろたへの袖かとのみぞあやまたれける

275


おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる

ひともとと思ひしきくをおほさはの池のそこにもたれかうゑけむ

276


つらゆき


世中のはかなきことを思ひけるをりにきくの花を見 てよみける


秋の菊にほふかぎりはかざしてむ花よりさきとしらぬわが身を

277


凡河内みつね


しらぎくの花をよめる

心あてにをらばやをらむはつしものおきまどはせる白菊の花

278


よみ人しらず


これさだのみこの家の哥合のうた

いろかはる秋のきくをばひととせにふたたびにほふ花とこそ見れ

279


平さだふん


仁和寺にきくのはなめしける時に、うたそへてたて まつれとおほせられければ、よみてたてまつりける


秋をおきて時こそ有りけれ菊の花うつろふからに色のまされば

280


つらゆき


人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよ める


さきそめしやどしかはれば菊の花色さへにこそうつろひにけれ

281


よみ人しらず


題しらず

佐保山のははそのもみぢちりぬべみよるさへ見よとてらす月影

282


藤原関雄


みやづかへひさしうつかうまつらで山ざとにこもり 侍りけるによめる


おく山のいはがきもみぢちりぬべしてる日のひかり見る時なくて

283


よみ人しらず


題しらず

竜田河もみぢみだれて流るめりわたらば錦なかやたえなむ

この哥は、ある人、ならのみかどの御哥なりとなむ 申す

284

たつた河もみぢば流る神なびのみむろの山に時雨ふるらし

又は、あすかがはもみぢばながる


285

こひしくは見てもしのばむもみぢばを吹きなちらしそ山おろしのかぜ

286

秋風にあへずちりぬるもみぢばのゆくへさだめぬ我ぞかなしき

287

あきはきぬ紅葉はやどにふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし

288

ふみわけてさらにやとはむもみぢばのふりかくしてしみちとみながら

289

秋の月山辺さやかにてらせるはおつるもみぢのかずを見よとか

290

吹く風の色のちくさに見えつるは秋のこのはのちればなりけり

291


せきを

霜のたてつゆのぬきこそよわからし山の錦のおればかつちる

292


(朱書「僧正へんせうイ」)


うりむゐんの木のかげにたたずみてよみける

わび人のわきてたちよるこの本はたのむかげなくもみぢちりけり

293


そせい


二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風 にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる


もみぢばのながれてとまるみなとには紅深き浪や立つらむ

294


なりひらの朝臣

ちはやぶる神世もきかず竜田河唐紅に水くくるとは

295


としゆきの朝臣


これさだのみこの家の哥合のうた

わがきつる方もしられずくらぶ山木木のこのはのちるとまがふに

296


ただみね

神なびのみむろの山を秋ゆけば錦たちきる心地こそすれ

297


つらゆき


北山に紅葉をらむとてまかれりける時によめる

見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるのにしきなりけり

298


かねみの王


秋のうた

竜田ひめたむくる神のあればこそ秋のこのはのぬさとちるらめ

299


つらゆき


をのといふ所にすみ侍りける時もみぢを見てよめる


秋の山紅葉をぬさとたむくればすむ我さへぞたび心ちする

300


きよはらのふかやぶ


神なびの山をすぎて竜田河をわたりける時に、もみ ぢのながれけるをよめる


神なびの山をすぎ行く秋なればたつた河にぞぬさはたむくる

301


ふぢはらのおきかぜ


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

白浪に秋のこのはのうかべるをあまのながせる舟かとぞ見る

302


坂上これのり


たつた河のほとりにてよめる

もみぢばのながれざりせば竜田河水の秋をばたれかしらまし

303


はるみちのつらき


しがの山ごえにてよめる

山河に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり

304


みつね


池のほとりにてもみぢのちるをよめる

風ふけばおつるもみぢば水きよみちらぬかげさへそこに見えつつ

305


亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人のもみ ぢのちる木のもとにむまをひかへてたてるをよませたまひければつかうまつりける


立ちとまり見てをわたらむもみぢばは雨とふるとも水はまさらじ

306


ただみね


是貞のみこの家の哥合のうた

山田もる秋のかりいほにおくつゆはいなおほせ鳥の涙なりけり

307


よみ人しらず


題しらず

ほにもいでぬ山田をもると藤衣いなばのつゆにぬれぬ日ぞなき

308

かれる田におふるひつちのほにいでぬは世を今更に秋はてぬとか

309


そせい法し


北山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるによ める


もみぢばは袖にこきいれてもていでなむ秋は限と見む人のため

310


おきかぜ


寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられけれ ば、たつた河もみぢばながるといふ哥をかきて、そのおなじ心をよめりける


み山よりおちくる水の色見てぞ秋は限と思ひしりぬる

311


つらゆき


秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる

年ごとにもみぢばながす竜田河みなとや秋のとまりなるらむ

312


なが月のつごもりの日大井にてよめる

ゆふづく夜をぐらの山になくしかのこゑの内にや秋はくるらむ

313


みつね


おなじつごもりの日よめる

道しらばたづねもゆかむもみぢばをぬさとたむけて秋はいにけり

---------------------------------------


314

よみ人しらず


題しらず

竜田河錦おりかく神な月しぐれの雨をたてぬきにして

315

源宗于朝臣


冬の哥とてよめる

山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば

316

読人しらず


題しらず

おほぞらの月のひかりしきよければ影見し水ぞまづこほりける

317

ゆふされば衣手さむしみよしののよしのの山にみ雪ふるらし

318

今よりはつぎてふらなむわがやどのすすきおしなみふれるしら雪

319

ふる雪はかつぞけぬらしあしひきの山のたぎつせおとまさるなり

320

この河にもみぢば流るおく山の雪げの水ぞ今まさるらし

321

ふるさとはよしのの山しちかければひと日もみ雪ふらぬ日はなし

322

わがやどは雪ふりしきてみちもなしふみわけてとふ人しなければ

323


紀貫之


冬のうたとて

雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける

324


紀あきみね


しがの山ごえにてよめる

白雪のところもわかずふりしけばいはほにもさく花とこそ見れ

325


坂上これのり


ならの京にまかれりける時にやどれりける所にてよ める


みよしのの山の白雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり

326


ふぢはらのおきかぜ


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとぞ見る

327


壬生忠岑

みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ

328

白雪のふりてつもれる山ざとはすむ人さへや思ひきゆらむ

329


凡河内みつね


雪のふれるを見てよめる

ゆきふりて人もかよはぬみちなれやあとはかもなく思ひきゆらむ

330


きよはらのふかやぶ


ゆきのふりけるをよみける

冬ながらそらより花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ

331


つらゆき


雪の木にふりかかれりけるをよめる

ふゆごもり思ひかけぬをこのまより花と見るまで雪ぞふりける

332


坂上これのり


やまとのくににまかれりける時に、ゆきのふりける を見てよめる


あさぼらけありあけの月と見るまでによしののさとにふれるしらゆき

333


よみ人しらず


題しらず

けぬがうへに又もふりしけ春霞たちなばみ雪まれにこそ見め

334

梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば

この哥は、ある人のいはく、柿本人まろが哥なり

335


小野たかむらの朝臣


梅花にゆきのふれるをよめる

花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく

336


きのつらゆき


雪のうちの梅花をよめる

梅のかのふりおける雪にまがひせばたれかことごとわきてをらまし

337


きのとものり


ゆきのふりけるを見てよめる

雪ふれば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし

338


みつね


物へまかりける人をまちてしはすのつごもりによめ る


わがまたぬ年はきぬれど冬草のかれにし人はおとづれもせず

339


在原もとかた


年のはてによめる

あらたまの年のをはりになるごとに雪もわが身もふりまさりつつ

340


よみ人しらず


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

雪ふりて年のくれぬる時こそつひにもみぢぬ松も見えけれ

341


はるみちのつらき


年のはてによめる

昨日といひけふとくらしてあすかがは流れてはやき月日なりけり

342


きのつらゆき


哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る


ゆく年のをしくもあるかなますかがみ見るかげさへにくれぬと思へば

-------------------------------------


343

よみ人しらず


題しらず

わが君は千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで

344

渡つ海の浜のまさごをかぞへつつ君がちとせのありかずにせむ

345

しほの山さしでのいそにすむ千鳥きみがみ世をばやちよとぞなく

346

わがよはひ君がやちよにとりそへてとどめおきては思ひいでにせよ

347


仁和の御時僧正遍昭に七十賀たまひける時の御哥


かくしつつとにもかくにもながらへて君がやちよにあふよしもがな

348


僧正へんぜう


仁和のみかどのみこにおはしましける時に、御をば のやそぢの賀にしろかねをつゑにつくれりけるを見て、かの御をばにかはりてよみける


ちはやぶる神やきりけむつくからにちとせの坂もこえぬべらなり

349


在原業平朝臣


ほりかはのおほいまうちぎみの四十賀、九条の家に てしける時によめる


さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふがに

350


きのこれをか


さだときのみこのをばのよそぢの賀を大井にてしけ る日よめる


亀の尾の山のいはねをとめておつるたきの白玉千世のかずかも

351


ふぢはらのおきかぜ


さだやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつり ける御屏風に、さくらの花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる


いたづらにすぐす月日はおもほえで花見てくらす春ぞすくなき

352


きのつらゆき


もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみて かきける


春くればやどにまづさく梅花君がちとせのかざしとぞ見る

353


そせい法し

いにしへにありきあらずはしらねどもちとせのためし君にはじめむ

354

ふしておもひおきてかぞふるよろづよは神ぞしるらむわがきみのため

355


在原しげはる


藤原三善が六十賀によみける

鶴亀もちとせののちはしらなくにあかぬ心にまかせはててむ

この哥は、ある人、在原のときはるがともいふ


356


そせい法し


よしみねのつねなりがよそぢの賀にむすめにかはり てよみ侍りける


よろづ世を松にぞ君をいはひつるちとせのかげにすまむと思へば

357


内侍のかみの右大将ふぢはらの朝臣の四十賀しける 時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた


かすがのにわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ

358

山たかみくもゐに見ゆるさくら花心の行きてをらぬ日ぞなき

359


めづらしきこゑならなくに郭公ここらの年をあかずもあるかな

360


住の江の松を秋風吹くからにこゑうちそふるおきつ白浪

361

千鳥なくさほの河ぎりたちぬらし山のこのはも色まさりゆく

362

秋くれど色もかはらぬときは山よそのもみぢを風ぞかしける

363


白雪のふりしく時はみよしのの山した風に花ぞちりける

364


典侍藤原よるかの朝臣


春宮のむまれたまへりける時にまゐりてよめる

峯たかきかすがの山にいづる日はくもる時なくてらすべらなり

-------------------------------------


365

在原行平朝臣


題しらず

立ちわかれいなばの山の峯におふる松としきかば今かへりこむ

366

よみ人しらず

すがるなく秋のはぎはらあさたちて旅行く人をいつとかまたむ

367

限なき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは

368


をののちふるがみちのくのすけにまかりける時に、 ははのよめる


たらちねのおやのまもりとあひそふる心ばかりはせきなとどめそ

369


きのとしさだ


さだときのみこの家にて、ふぢはらのきよふがあふ みのすけにまかりける時に、むまのはなむけしける夜よめる


けふわかれあすはあふみとおもへども夜やふけぬらむ袖のつゆけき

370


こしへまかりける人によみてつかはしける

かへる山ありとはきけど春霞立別れなばこひしかるべし

371


きのつらゆき


人のむまのはなむけにてよめる

をしむからこひしき物を白雲のたちなむのちはなに心地せむ

372


在原しげはる


ともだちの人のくにへまかりけるによめる

わかれてはほどをへだつとおもへばやかつ見ながらにかねてこひしき

373


いかごのあつゆき


あづまの方へまかりける人によみてつかはしける


おもへども身をしわけねばめに見えぬ心を君にたぐへてぞやる

374


なにはのよろづを


あふさかにて人をわかれける時によめる

相坂の関しまさしき物ならばあかずわかるる君をとどめよ

375


よみ人しらず


題しらず

唐衣たつ日はきかじあさつゆのおきてしゆけばけぬべき物を

このうたは、ある人、つかさをたまはりてあたらし きめにつきて、としへてすみける人をすてて、ただあすなむたつとばかりいへりける時 に、ともかうもいはでよみてつかはしける

376



ひたちへまかりける時に、ふぢはらのきみとしによ みてつかはしける


あさなげに見べききみとしたのまねば思ひたちぬる草枕なり

377


よみ人しらず


きのむねさだがあづまへまかりける時に、人の家に やどりて、暁いでたつとてまかり申ししければ、女のよみていだせりける


えぞしらぬ今心みよいのちあらば我やわするる人やとはぬと

378


ふかやぶ


あひしりて侍りける人のあづまの方へまかりけるを おくるとてよめる


雲ゐにもかよふ心のおくれねばわかると人に見ゆばかりなり

379


よしみねのひでをか


とものあづまへまかりける時によめる

白雲のこなたかなたに立ちわかれ心をぬさとくだくたびかな

380


つらゆき


みちのくにへまかりける人によみてつかはしける


しらくものやへにかさなるをちにてもおもはむ人に心へだつな

381


人をわかれける時によみける

わかれてふ事はいろにもあらなくに心にしみてわびしかるらむ

382


凡河内みつね


あひしれりける人のこしのくににまかりて、としへ て京にまうできて、又かへりける時によめる


かへる山なにぞはありてあるかひはきてもとまらぬ名にこそありけれ

383


こしのくにへまかりける人によみてつかはしける


よそにのみこひやわたらむしら山の雪見るべくもあらぬわが身は

384


つらゆき


おとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる

おとは山こだかくなきて郭公君が別ををしむべらなり

385


ふぢはらのかねもち


藤原ののちかげがからもののつかひに、なが月の つごもりがたにまかりけるに、うへのをのこどもさけたうびけるついでによめる


もろともになきてとどめよ蛬秋のわかれはをしくやはあらぬ

386


平もとのり

秋霧のともにたちいでてわかれなばはれぬ思ひに恋ひや渡らむ

387


しろめ


源のさねがつくしへゆあみむとてまかりけるに、山 ざきにてわかれをしみける所にてよめる


いのちだに心にかなふ物ならばなにか別のかなしからまし

388


源さね


山ざきより神なびのもりまでおくりに人人まかり て、かへりがてにしてわかれをしみけるによめる


人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていざ帰りなむ

389


藤原かねもち


今はこれよりかへりねとさねがいひけるをりによみ ける


したはれてきにし心の身にしあれば帰るさまには道もしられず

390


つらゆき


藤原のこれをかがむさしのすけにまかりける時に、 おくりにあふさかをこゆとてよみける


かつこえてわかれもゆくかあふさかは人だのめなる名にこそありけれ

391


藤原かねすけの朝臣


おほえのちふるがこしへまかりけるむまのはなむけ によめる


君がゆくこしのしら山しらねども雪のまにまにあとはたづねむ

392


僧正遍昭


人の花山にまうできて、ゆふさりつかたかへりなむ としける時によめる


ゆふぐれのまがきは山と見えななむよるはこえじとやどりとるべく

393


幽仙法師


山にのぼりてかへりまうできて、人人わかれけるつ いでによめる


別をば山のさくらにまかせてむとめむとめじは花のまにまに

394


僧正へんぜう


うりむゐんのみこの舎利会に山にのぼりてかへりけ るに、さくらの花のもとにてよめる


山かぜにさくらふきまきみだれなむ花のまぎれにたちとまるべく

395


幽仙法師

ことならば君とまるべくにほはなむかへすは花のうきにやはあらぬ

396


兼芸法し


仁和のみかどみこにおはしましける時に、ふるのた き御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる


あかずしてわかるる涙滝にそふ水まさるとやしもは見るらむ

397


つらゆき


かむなりのつぼにめしたりける日、おほみきなどた うべてあめのいたくふりければ、ゆふさりまで侍りてまかりいでけるをりに、さか月を とりて


秋はぎの花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそおもへ

398


兼覧王


とよめりけるかへし

をしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身ぞふりにける

399


みつね


かねみのおほきみにはじめて物がたりして、わかれ ける時によめる


わかるれどうれしくもあるかこよひよりあひ見ぬさきになにをこひまし

400


よみ人しらず


題しらず

あかずしてわかるるそでのしらたまを君がかたみとつつみてぞ行く

401

限なく思ふ涙にそほちぬる袖はかわかじあはむ日までに

402

かきくらしごとはふらなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとどめむ

403

しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道と迷ふまでちれ

404


つらゆき


しがの山ごえにて、いしゐのもとにてものいひける 人のわかれけるをりによめる


むすぶてのしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな

405


とものり


みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて、 わかれける所にてよめる


したのおびのみちはかたがたわかるとも行きめぐりてもあはむとぞ思ふ

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406

安倍仲麿


もろこしにて月を見てよみける

あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも

この哥は、むかしなかまろをもろこしにものならは しにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを、このくに より又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、めいし うといふ所のうみべにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとお もしろくさしいでたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる

407

小野たかむらの朝臣


おきのくににながされける時に、舟にのりていでた つとて、京なる人のもとにつかはしける


わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつり舟

408

よみ人しらず


題しらず

都いでて今日みかの原いづみ河かは風さむし衣かせ山

409

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く舟をしぞ思ふ

このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥也

410


在原業平朝臣


あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひてい きけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるに、その河のほとりにかきつばた いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを くのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる


唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ

411


むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみ だ河のほとりにいたりて、みやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにお りゐて思ひやれば、かぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わた しもりはや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人も のわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあか き、河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしも りにこれはなにとりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる


名にしおはばいざ事とはむ宮こどりわが思ふ人はありやなしやと

412


よみ人しらず


題しらず

北へ行くかりぞなくなるつれてこしかずはたらでぞかへるべらなる

このうたは、ある人、をとこ女もろともに人のくに へまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへり けるみちに、かへるかりのなきけるをききてよめるとなむいふ

413


おと


あづまの方より京へまうでくとて、みちにてよめる


山かくす春の霞ぞうらめしきいづれみやこのさかひなるらむ

414


みつね


こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる

きえはつる時しなければこしぢなる白山の名は雪にぞありける

415


つらゆき


あづまへまかりける時みちにてよめる

いとによる物ならなくにわかれぢの心ぼそくもおもほゆるかな

416


みつね


かひのくにへまかりける時みちにてよめる

夜をさむみおくはつ霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ

417


ふぢはらのかねすけ


たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうら といふ所にとまりて、ゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよ みけるついでによめる


ゆふづくよおぼつかなきを玉匣ふたみの浦は曙てこそ見め

418


在原なりひらの朝臣


これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あ まの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけら く、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよ める


かりくらしたなばたづめにやどからむあまのかはらに我はきにけり

419


きのありつね


みここのうたを返す返すよみつつ返しえせずなりに ければ、ともに侍りてよめる


ひととせにひとたびきます君まてばやどかす人もあらじとぞ思ふ

420


すがはらの朝臣


朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山に てよみける


このたびはぬさもとりあへずたむけ山紅葉の錦神のまにまに

421


素性法師

たむけにはつづりの袖もきるべきにもみぢにあける神やかへさむ

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422


藤原としゆきの朝臣


うぐひす

心から花のしづくにそほちつつうくひずとのみ鳥のなくらむ

423


ほととぎす

くべきほどときすぎぬれやまちわびてなくなるこゑの人をとよむる

424


在原しげはる


うつせみ

浪のうつせみればたまぞみだれけるひろはばそでにはかなからむや

425


壬生忠岑


返し

たもとよりはなれて玉をつつまめやこれなむそれとうつせ見むかし

426


よみ人しらず


うめ

あなうめにつねなるべくも見えぬかなこひしかるべきかはにほひつつ

427


つらゆき


かにはざくら

かづけども浪のなかにはさぐられで風吹くごとにうきしづむたま

428


すもものはな

今いくか春しなければうぐひすもものはながめて思ふべらなり

429


ふかやぶ


からもものはな

あふからもものはなほこそかなしけれわかれむ事をかねて思へば

430


をののしげかげ


たちばな

葦引の山たちはなれ行く雲のやどりさだめぬ世にこそ有りけれ

431


とものり


をがたまの木

みよしののよしののたきにうかびいづるあわをかたまのきゆと見つらむ

432


よみ人しらず


やまがきの木

秋はきぬいまやまがきのきりぎりすよなよななかむ風のさむさに

433


あふひ、かつら

かくばかりあふ日のまれになる人をいかがつらしとおもはざるべき

434

人めゆゑのちにあふ日のはるけくはわがつらきにや思ひなされむ

435


僧正へんぜう


くたに

ちりぬればのちはあくたになる花を思ひしらずもまどふてふかな

436


つらゆき


さうび

我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり

437


とものり


をみなへし

白露を玉にぬくやとささがにの花にも葉にもいとをみなへし

438

あさ露をわけそほちつつ花見むと今ぞの山をみなへしりぬる

439


つらゆき


朱雀院のをみなへしあはせの時に、をみなへしとい ふいつもじをくのかしらにおきてよめる


をぐら山みねたちならしなくしかのへにけむ秋をしる人ぞなき

440


とものり


きちかうの花

秋ちかうのはなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく

441


よみ人しらず


しをに

ふりはへていざふるさとの花見むとこしをにほひぞうつろひにける

442


とものり


りうたむのはな

わがやどの花ふみしだくとりうたむのはなければやここにしもくる

443


よみ人しらず


をばな

ありと見てたのむぞかたきうつせみの世をばなしとや思ひなしてむ

444


やたべの名実


けにごし

うちつけにこしとや花の色を見むおく白露のそむるばかりを

445


文屋やすひで


二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、めどに けづり花させりけるをよませたまひける


花の木にあらざらめどもさきにけりふりにしこのみなるときもがな

446


きのとしさだ


しのぶぐさ

山たかみつねに嵐の吹くさとはにほひもあへず花ぞちりける

447


平あつゆき


やまし

郭公みねのくもにやまじりにしありとはきけど見るよしもなき

448


よみ人しらず


からはぎ

空蝉のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき

449


ふかやぶ


かはなぐさ

うばたまの夢になにかはなぐさまむうつつにだにもあかぬ心は

450


たかむこのとしはる


さがりごけ

花の色はただひとさかりこけれども返す返すぞつゆはそめける

451


しげはる


にがたけ

いのちとてつゆをたのむにかたければ物わびしらになくのべのむし

452


かげのりのおほきみ


かはたけ

さ夜ふけてなかばたけゆく久方の月ふきかへせ秋の山風

453


真せいほうし


わらび

煙たちもゆとも見えぬ草のはをたれかわらびとなづけそめけむ

454


きのめのと


ささ、まつ、びは、ばせをば

いさざめに時まつまにぞ日はへぬる心ばせをば人に見えつつ

455


兵衛


なし、なつめ、くるみ

あぢきなしなげきなつめそうき事にあひくる身をばすてぬものから

456


安倍清行朝臣


からことといふ所にて春のたちける日よめる

浪のおとのけさからことにきこゆるは春のしらべや改るらむ

457


兼覧王


いかがさき

かぢにあたる浪のしづくを春なればいかがさきちる花と見ざらむ

458


あほのつねみ


からさき

かの方にいつからさきにわたりけむ浪ぢはあとものこらざりけり

459


伊勢

浪の花おきからさきてちりくめり水の春とは風やなるらむ

460


つらゆき


かみやがは

うばたまのわがくろかみやかはるらむ鏡の影にふれるしらゆき

461


よどがは

あしひきの山べにをれば白雲のいかにせよとかはるる時なき

462


ただみね


かたの

夏草のうへはしげれるぬま水のゆくかたのなきわが心かな

463


源ほどこす


かつらのみや

秋くれば月のかつらのみやはなるひかりを花とちらすばかりを

464


よみ人しらず


百和香

花ごとにあかずちらしし風なればいくそばくわがうしとかは思ふ

465


しげはる


すみながし

春がすみなかしかよひぢなかりせば秋くるかりはかへらざらまし

466


みやこのよしか


おきび

流れいづる方だに見えぬ涙河おきひむ時やそこはしられむ

467


大江千里


ちまき

のちまきのおくれておふるなへなれどあだにはならぬたのみとぞきく

468


僧正聖宝


はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて時のう たよめと人のいひければよみける


花のなかめにあくやとてわけゆけば心ぞともにちりぬべらなる

---------------------------------------


469

読人しらず


題しらず

郭公なくやさ月のあやめぐさあやめもしらぬこひもするかな

470

素性法師

おとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし

471

紀貫之

吉野河いは浪たかく行く水のはやくぞ人を思ひそめてし

472

藤原勝臣

白浪のあとなき方に行く舟も風ぞたよりのしるべなりける

473

在原元方

おとは山おとにききつつ相坂の関のこなたに年をふるかな

474

立帰りあはれとぞ思ふよそにても人に心をおきつ白浪

475


つらゆき

世中はかくこそ有りけれ吹く風のめに見ぬ人もこひしかりけり

476


在原業平朝臣


右近のむまばのひをりの日、むかひにたてたりける くるまのしたすだれより女のかほのほのかに見えければ、よむでつかはしける


見ずもあらず見もせぬ人のこひしくはあやなくけふやながめくらさむ

477


よみ人しらず


返し

しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ

478


みぶのただみね


かすがのまつりにまかれりける時に、物見にいでた りける女のもとに、家をたづねてつかはせりける


かすがののゆきまをわけておひいでくる草のはつかに見えしきみはも

479


つらゆき


人の花つみしける所にまかりて、そこなりける人の もとに、のちによみてつかはしける


山ざくら霞のまよりほのかにも見てし人こそこひしかりけれ

480


もとかた


題しらず

たよりにもあらぬおもひのあやしきは心を人につくるなりけり

481


凡河内みつね

はつかりのはつかにこゑをききしより中ぞらにのみ物を思ふかな

482


つらゆき

逢ふ事はくもゐはるかになる神のおとにききつつこひ渡るかな

483


読人しらず

かたいとをこなたかなたによりかけてあはずはなにをたまのをにせむ

484

夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人をこふとて

485

かりこもの思ひみだれて我こふといもしるらめや人しつげずは

486

つれもなき人をやねたくしらつゆのおくとはなげきぬとはしのばむ

487

ちはやぶるかもの社のゆふだすきひと日も君をかけぬ日はなし

488

わがこひはむなしきそらにみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし

489

するがなるたごの浦浪たたぬひはあれども君をこひぬ日ぞなき

490

ゆふづく夜さすやをかべの松のはのいつともわかぬこひもするかな

491

葦引の山した水のこがくれてたぎつ心をせきぞかねつる

492

吉野河いはきりとほし行く水のおとにはたてじこひはしぬとも

493

たきつせのなかにもよどはありてふをなどわがこひのふちせともなき

494

山高みした行く水のしたにのみ流れてこひむこひはしぬとも

495

思ひいづるときはの山のいはつつじいはねばこそあれこひしき物を

496

人しれずおもへばくるし紅のすゑつむ花のいろにいでなむ

497

秋の野のをばなにまじりさく花のいろにやこひむあふよしをなみ

498

わがそのの梅のほつえに鶯のねになきぬべきこひもするかな

499

あしひきの山郭公わがごとや君にこひつついねがてにする

500

夏なればやどにふすぶるかやり火のいつまでわが身したもえをせむ

501

恋せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも

502

あはれてふ事だになくはなにをかは恋のみだれのつかねをにせむ

503

おもふには忍ぶる事ぞまけにける色にはいでじとおもひし物を

504

わがこひを人しるらめや敷妙の枕のみこそしらばしるらめ

505

あさぢふのをののしの原しのぶとも人しるらめやいふ人なしに

506

人しれぬ思ひやなぞとあしかきのまぢかけれどもあふよしのなき

507

思ふともこふともあはむ物なれやゆふてもたゆくとくるしたひも

508

いで我を人なとがめそおほ舟のゆだのたゆだに物思ふころぞ

509

伊勢の海につりするあまのうけなれや心ひとつを定めかねつる

510

いせのうみのあまのつりなは打ちはへてくるしとのみや思ひ渡らむ

511

涙河何みなかみを尋ねけむ物思ふ時のわが身なりけり

512

たねしあればいはにも松はおひにけり恋をしこひばあはざらめやは

513

あさなあさな立つ河霧のそらにのみうきて思ひのある世なりけり

514

わすらるる時しなければあしたづの思ひみだれてねをのみぞなく

515

唐衣ひもゆふぐれになる時は返す返すぞ人はこひしき

516

よひよひに枕さだめむ方もなしいかにねし夜か夢に見えけむ

517

恋しきに命をかふる物ならばしにはやすくぞあるべかりける

518

人の身もならはし物をあはずしていざ心みむこひやしぬると

519

忍ぶれば苦しき物を人しれず思ふてふ事誰にかたらむ

520

こむ世にもはや成りななむ目の前につれなき人を昔とおもはむ

521

つれもなき人をこふとて山びこのこたへするまでなげきつるかな

522

ゆく水にかずかくよりもはかなきはおもはぬ人を思ふなりけり

523

人を思ふ心は我にあらねばや身の迷ふだにしられざるらむ

524

思ひやるさかひはるかになりやするまどふ夢ぢにあふ人のなき

525

夢の内にあひ見む事をたのみつつくらせるよひはねむ方もなし

526

こひしねとするわざならしむばたまのよるはすがらに夢に見えつつ

527

涙河枕ながるるうきねには夢もさだかに見えずぞありける

528

恋すればわが身は影と成りにけりさりとて人にそはぬ物ゆゑ

529

篝火にあらぬわが身のなぞもかく涙の河にうきてもゆらむ

530

かがり火の影となる身のわびしきは流れてしたにもゆるなりけり

531

はやきせに見るめおひせばわが袖の涙の河にうゑまし物を

532

おきへにもよらぬたまもの浪のうへにみだれてのみやこひ渡りなむ

533

あしがものさわぐ入江の白浪のしらずや人をかくこひむとは

534

人しれぬ思ひをつねにするがなるふじの山こそわが身なりけれ

535

とぶとりのこゑもきこえぬ奥山のふかき心を人はしらなむ

536

相坂のゆふつけどりもわがごとく人やこひしきねのみなくらむ

537

相坂の関にながるるいはし水いはで心に思ひこそすれ

538

うき草のうへはしげれるふちなれや深き心をしる人のなき

539

打ちわびてよばはむ声に山びこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ

540

心がへする物にもがかたこひはくるしき物と人にしらせむ

541

よそにしてこふればくるしいれひものおなじ心にいざむすびてむ

542

春たてばきゆる氷ののこりなく君が心は我にとけなむ

543

あけたてば蝉のをりはへなきくらしよるはほたるのもえこそわたれ

544

夏虫の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり

545

ゆふさればいとどひがたきわがそでに秋のつゆさへおきそはりつつ

546

いつとてもこひしからずはあらねども秋のゆふべはあやしかりけり

547

秋の田のほにこそ人をこひざらめなどか心に忘れしもせむ

548

あきのたのほのうへをてらすいなづまのひかりのまにも我やわするる

549

人めもる我かはあやな花すすきなどかほにいでてこひずしもあらむ

550

あは雪のたまればがてにくだけつつわが物思ひのしげきころかな

551

奥山の菅のねしのぎふる雪のけぬとかいはむこひのしげきに

----------------------------------------


552

小野小町


題しらず

思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを

553

うたたねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑みそめてき

554

いとせめてこひしき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる

555


素性法師

秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむくるる夜ごとに

556


あべのきよゆきの朝臣


しもついづもでらに人のわざしける日、真せい法し のだうしにていへりける事を哥によみてをののこまちがもとにつかはしける


つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬめの涙なりけり

557


こまち


返し

おろかなる涙ぞそでに玉はなす我はせきあへずたきつせなれば

558


藤原としゆきの朝臣


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

恋ひわびて打ちぬる中に行きかよふ夢のただぢはうつつならなむ

559

住の江の岸による浪よるさへやゆめのかよひぢ人めよくらむ

560


をののよしき

わがこひはみ山がくれの草なれやしげさまされどしる人のなき

561


紀とものり

よひのまもはかなく見ゆる夏虫に迷ひまされるこひもするかな

562

ゆふされば蛍よりけにもゆれどもひかり見ねばや人のつれなき

563

ささのはにおく霜よりもひとりぬるわが衣手ぞさえまさりける

564

わがやどの菊のかきねにおくしものきえかへりてぞこひしかりける

565

河のせになびくたまものみがくれて人にしられぬこひもするかな

566


みぶのただみね

かきくらしふる白雪のしたぎえにきえて物思ふころにもあるかな

567


藤原おきかぜ

君こふる涙のとこにみちぬればみをつくしとぞ我はなりぬる

568

しぬるいのちいきもやすると心見に玉のをばかりあはむといはなむ

569

わびぬればしひてわすれむと思へども夢といふ物ぞ人だのめなる

570


よみ人しらず

わりなくもねてもさめてもこひしきか心をいづちやらばわすれむ

571

恋しきにわびてたましひ迷ひなばむなしきからのなにやのこらむ

572


紀つらゆき

君こふる涙しなくは唐衣むねのあたりは色もえなまし

573


題しらず

世とともに流れてぞ行く涙河冬もこほらぬみなわなりけり

574

夢ぢにもつゆやおくらむよもすがらかよへる袖のひちてかわかぬ

575


そせい法し

はかなくて夢にも人を見つる夜は朝のとこぞおきうかりける

576


藤原ただふさ

いつはりの涙なりせば唐衣しのびに袖はしぼらざらまし

577


大江千里

ねになきてひちにしかども春さめにぬれにし袖ととはばこたへむ

578


としゆきの朝臣

わがごとく物やかなしき郭公時ぞともなくよただなくらむ

579


つらゆき

さ月山こずゑをたかみ郭公なくねそらなるこひもするかな

580


凡河内みつね

秋ぎりのはるる時なき心にはたちゐのそらもおもほえなくに

581


清原ふかやぶ

虫のごと声にたててはなかねども涙のみこそしたにながるれ

582


よみ人しらず


これさだのみこの家の哥合のうた

秋なれば山とよむまでなくしかに我おとらめやひとりぬるよは

583


つらゆき


題しらず

秋ののにみだれてさける花の色のちくさに物を思ふころかな

584


みつね

ひとりして物をおもへば秋のよのいなばのそよといふ人のなき

585


ふかやぶ

人を思ふ心はかりにあらねどもくもゐにのみもなきわたるかな

586


ただみね

秋風にかきなすことのこゑにさへはかなく人のこひしかるらむ

587


つらゆき

まこもかるよどのさは水雨ふればつねよりことにまさるわがこひ

588


やまとに侍りける人につかはしける

こえぬまはよしのの山のさくら花人づてにのみききわたるかな

589


やよひばかりに物のたうびける人のもとに、又人ま かりつつせうそこすとききてつかはしける


露ならぬ心を花におきそめて風吹くごとに物思ひぞつく

590


坂上これのり


題しらず

わがこひにくらぶの山のさくら花まなくちるともかずはまさらじ

591


むねをかのおほより

冬河のうへはこほれる我なれやしたにながれてこひわたるらむ

592


ただみね

たきつせにねざしとどめぬうき草のうきたるこひも我はするかな

593


とものり

よひよひにぬぎてわがぬるかり衣かけておもはぬ時のまもなし

594

あづまぢのさやの中山なかなかになにしか人を思ひそめけむ

595

しきたへの枕のしたに海はあれど人を見るめはおひずぞ有りける

596

年をへてきえぬおもひは有りながらよるのたもとは猶こほりけり

597


つらゆき

わがこひはしらぬ山ぢにあらなくに迷ふ心ぞわびしかりける

598

紅のふりいでつつなく涙にはたもとのみこそ色まさりけれ

599

白玉と見えし涙も年ふればから紅にうつろひにけり

600


みつね

夏虫をなにかいひけむ心から我も思ひにもえぬべらなり

601


ただみね

風ふけば峯にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か

602

月影にわが身をかふる物ならばつれなき人もあはれとや見む

603


ふかやぶ

こひしなばたが名はたたじ世中のつねなき物といひはなすとも

604


つらゆき

つのくにのなにはのあしのめもはるにしげきわがこひ人しるらめや

605

手もふれで月日へにけるしらま弓おきふしよるはいこそねられね

606

人しれぬ思ひのみこそわびしけれわが歎をば我のみぞしる

607


とものり

事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを

608


みつね

君をのみ思ひねにねし夢なればわが心から見つるなりけり

609


ただみね

いのちにもまさりてをしくある物は見はてぬゆめのさむるなりけり

610


はるみちのつらき

梓弓ひけば本末わが方によるこそまされこひの心は

611


みつね

わがこひはゆくへもしらずはてもなし逢ふを限と思ふばかりぞ

612

我のみぞかなしかりけるひこぼしもあはですぐせる年しなければ

613


ふかやぶ

今ははやこひしなましをあひ見むとたのめし事ぞいのちなりける

614


みつね

たのめつつあはで年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ

615


とものり

いのちやはなにぞはつゆのあだ物をあふにしかへばをしからなくに

-----------------------------------

616

在原業平朝臣


やよひのついたちよりしのびに人にものらいひての ちに、雨のそほふりけるによみてつかはしける


おきもせずねもせでよるをあかしては春の物とてながめくらしつ

617

としゆきの朝臣


なりひらの朝臣の家に侍りける女のもとによみてつ かはしける


つれづれのながめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし

618

なりひらの朝臣


かの女にかはりて返しによめる

あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流るときかばたのまむ

619


よみ人しらず


題しらず

よるべなみ身をこそとほくへだてつれ心は君が影となりにき

620

いたづらに行きてはきぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ

621

あはぬ夜のふる白雪とつもりなば我さへともにけぬべきものを

この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が哥也


622


なりひらの朝臣

秋ののにささわけしあさの袖よりもあはでこしよぞひちまさりける

623


をののこまち

見るめなきわが身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる

624


源むねゆきの朝臣

あはずしてこよひあけなば春の日の長くや人をつらしと思はむ

625


みぶのただみね

有りあけのつれなく見えし別より暁ばかりうき物はなし

626


在原元方

逢ふ事のなぎさにしよる浪なれば怨みてのみぞ立ち帰りける

627


よみ人しらず

かねてより風にさきだつ浪なれや逢ふ事なきにまだき立つらむ

628


ただみね

みちのくに有りといふなるなとり河なきなとりてはくるしかりけり

629


みはるのありすけ

あやなくてまだきなきなのたつた河わたらでやまむ物ならなくに

630


もとかた

人はいさ我はなきなのをしければ昔も今もしらずとをいはむ

631


よみ人しらず

こりずまに又もなきなはたちぬべし人にくからぬ世にしすまへば

632


なりひらの朝臣


ひむがしの五条わたりに人をしりおきてまかりかよ ひけり、しのびなる所なりければかどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひける を、たびかさなりければあるじききつけて、かのみちに夜ごとに人をふせてまもらすれ ば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける


ひとしれぬわがかよひぢの関守はよひよひごとにうちもねななむ

633


つらゆき


題しらず

しのぶれどこひしき時はあしひきの山より月のいでてこそくれ

634


よみ人しらず

こひこひてまれにこよひぞ相坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ

635


をののこまち

秋の夜も名のみなりけりあふといへば事ぞともなくあけぬるものを

636


凡河内みつね

ながしとも思ひぞはてぬ昔より逢ふ人からの秋のよなれば

637


よみ人しらず

しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき

638


藤原国経朝臣

曙ぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらむ

639


としゆきの朝臣


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほちつつ

640



題しらず

しののめの別ををしみ我ぞまづ鳥よりさきに鳴きはじめつる

641


よみ人しらず

ほととぎす夢かうつつかあさつゆのおきて別れし暁のこゑ

642

玉匣あけば君がなたちぬべみ夜ふかくこしを人見けむかも

643


大江千里

けさはしもおきけむ方もしらざりつ思ひいづるぞきえてかなしき

644


なりひらの朝臣


人にあひてあしたによみてつかはしける

ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな

645


よみ人しらず


業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、斎宮な りける人にいとみそかにあひて、又のあしたに人やるすべなくて思ひをりけるあひだ に、女のもとよりおこせたりける


きみやこし我や行きけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか

646


なりひらの朝臣


返し

かきくらす心のやみに迷ひにき夢うつつとは世人さだめよ

647


よみ人しらず


題しらず

むばたまのやみのうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり

648

さ夜ふけてあまのと渡る月影にあかずも君をあひ見つるかな

649

君が名もわがなもたてじなにはなるみつともいふなあひきともいはじ

650

名とり河せぜのむもれ木あらはれば如何にせむとかあひ見そめけむ

651

吉野河水の心ははやくともたきのおとにはたてじとぞ思ふ

652

こひしくはしたにをおもへ紫のねずりの衣色にいづなゆめ

653


をののはるかぜ

花すすきほにいでてこひば名ををしみしたゆふひものむすぼほれつつ

654


よみ人しらず


たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のも とよりおこせたりける


思ふどちひとりひとりがこひしなばたれによそへてふぢ衣きむ

655


たちばなのきよ木


返し

なきこふる涙に袖のそほちなばぬぎかへがてらよるこそはきめ

656


こまち


題しらず

うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るがわびしさ

657

限なき思ひのままによるもこむゆめぢをさへに人はとがめじ

658

夢ぢにはあしもやすめずかよへどもうつつにひとめ見しごとはあらず

  


659


よみ人しらず

おもへども人めづつみのたかければ河と見ながらえこそわたらね

660

たきつせのはやき心をなにしかも人めづつみのせきとどむらむ

661


きのとものり


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

紅の色にはいでじかくれぬのしたにかよひてこひはしぬとも

662


みつね


題しらず

冬の池にすむにほ鳥のつれもなくそこにかよふと人にしらすな

663

ささのはにおくはつしもの夜をさむみしみはつくとも色にいでめや

664


読人しらず

山しなのおとはの山のおとにだに人のしるべくわがこひめかも

この哥、ある人、あふみのうねめのとなむ申す


665


清原ふかやぶ

みつしほの流れひるまをあひがたみみるめの浦によるをこそまて

666


平貞文

白河のしらずともいはじそこきよみ流れて世世にすまむと思へば

667


とものり

したにのみこふればくるし玉のをのたえてみだれむ人なとがめそ

668

わがこひをしのびかねてはあしひきの山橘の色にいでぬべし

669


よみ人しらず

おほかたはわが名もみなとこぎいでなむ世をうみべたに見るめすくなし

670


平貞文

枕より又しる人もなきこひを涙せきあへずもらしつるかな

671


よみ人しらず

風ふけば浪打つ岸の松なれやねにあらはれてなきぬべらなり

このうたは、ある人のいはく、かきのもとの人まろ がなり

672

池にすむ名ををし鳥の水をあさみかくるとすれどあらはれにけり

673

逢ふ事は玉の緒ばかり名のたつは吉野の河のたきつせのごと

674

むらとりのたちにしわが名今更にことなしふともしるしあらめや

675

君によりわがなは花に春霞野にも山にもたちみちにけり

676


伊勢

しるといへば枕だにせでねし物をちりならぬなのそらにたつらむ

--------------------------------------

677

よみ人しらず


題しらず

みちのくのあさかのぬまの花かつみかつ見る人にこひやわたらむ

678

あひ見ずはこひしきこともなからましおとにぞ人をきくべかりける

679

つらゆき

いその神ふるのなか道なかなかに見ずはこひしと思はましやは

680

ふぢはらのただゆき

君てへば見まれ見ずまれふじのねのめづらしげなくもゆるわがこひ

681

伊勢

夢にだに見ゆとは見えじあさなあさなわがおもかげにはづる身なれば

682


よみ人しらず

いしま行く水の白浪立ち帰りかくこそは見めあかずもあるかな

683

いせのあまのあさなゆふなにかづくてふ見るめに人をあくよしもがな

684


とものり

春霞たなびく山のさくら花見れどもあかぬ君にもあるかな

685


ふかやぶ

心をぞわりなき物と思ひぬる見る物からやこひしかるべき

686


凡河内みつね

かれはてむのちをばしらで夏草の深くも人のおもほゆるかな

687


よみ人しらず

あすかがはふちはせになる世なりとも思ひそめてむ人はわすれじ

688


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

思ふてふ事のはのみや秋をへて色もかはらぬ物にはあるらむ

689


題しらず

さむしろに衣かたしきこよひもや我をまつらむうぢのはしひめ

又は、うぢのたまひめ


690

君やこむ我やゆかむのいさよひにまきのいたどもささずねにけり

691


そせいほうし

今こむといひしばかりに長月のありあけの月をまちいでつるかな

692


よみ人しらず

月夜よしよよしと人につげやらばこてふににたりまたずしもあらず

693

君こずはねやへもいらじこ紫わがもとゆひにしもはおくとも

694

宮木ののもとあらのこはぎつゆをおもみ風をまつごときみをこそまて

695

あなこひし今も見てしか山がつのかきほにさける山となでしこ

696

つのくにのなにはおもはず山しろのとはにあひ見むことをのみこそ

697


つらゆき

しきしまややまとにはあらぬ唐衣ころもへずしてあふよしもがな

698


ふかやぶ

こひしとはたがなづけけむことならむしぬとぞただにいふべかりける

699


よみびとしらず

三吉野のおほかはのべの藤波のなみにおもはばわがこひめやは

700

かくこひむ物とは我も思ひにき心のうらぞまさしかりける

701

あまのはらふみとどろかしなる神も思ふなかをばさくるものかは

702

梓弓ひきののつづらすゑつひにわが思ふ人に事のしげけむ

この哥は、ある人、あめのみかどのあふみのうねめ にたまひけるとなむ申す

703

夏びきのてびきのいとをくりかへし事しげくともたえむと思ふな

この哥は、返しによみてたてまつりけるとなむ


704

さと人の事は夏ののしげくともかれ行くきみにあはざらめやは

705


在原業平朝臣


藤原敏行朝臣の、なりひらの朝臣の家なりける女を あひしりてふみつかはせりけることばに、いままうでく、あめのふりけるをなむ見わづ らひ侍るといへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける


かずかずにおもひおもはずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる

706


よみ人しらず


ある女の、なりひらの朝臣をところさだめずありき すとおもひて、よみてつかはしける


おほぬさのひくてあまたになりぬればおもへどえこそたのまざりけれ

707


なりひらの朝臣


返し

おほぬさと名にこそたてれながれてもつひによるせはありてふものを

708


よみ人しらず


題しらず

すまのあまのしほやく煙風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり

709

たまがつらはふ木あまたになりぬればたえぬ心のうれしげもなし

710

たがさとに夜がれをしてか郭公ただここにしもねたるこゑする

711

いで人は事のみぞよき月草のうつし心はいろことにして

712

いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし

713

いつはりと思ふものから今さらにたがまことをか我はたのまむ

714


素性法師

秋風に山のこのはのうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ

715


とものり


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

蝉のこゑきけばかなしな夏衣うすくや人のならむと思へば

716


よみ人しらず


題しらず

空蝉の世の人ごとのしげければわすれぬもののかれぬべらなり

717

あかでこそおもはむなかははなれなめそをだにのちのわすれがたみに

718

忘れなむと思ふ心のつくからに有りしよりけにまづぞこひしき

719

わすれなむ我をうらむな郭公人の秋にはあはむともせず

720

たえずゆくあすかの河のよどみなば心あるとや人のおもはむ

この哥、ある人のいはく、なかとみのあづま人がう た也

721

よど河のよどむと人は見るらめど流れてふかき心あるものを

722


そせい法し

そこひなきふちやはさわぐ山河のあさきせにこそあだなみはたて

723


よみ人しらず

紅のはつ花ぞめの色ふかく思ひし心我わすれめや

724


河原左大臣

みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれむと思ふ我ならなくに

725


よみ人しらず

おもふよりいかにせよとか秋風になびくあさぢの色ことになる

726

千千の色にうつろふらめどしらなくに心し秋のもみぢならねば

727


小野小町

あまのすむさとのしるべにあらなくに怨みむとのみ人のいふらむ

728


しもつけのをむね

くもり日の影としなれる我なればめにこそ見えね身をばはなれず

729


つらゆき

色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはおもほえなくに

730


よみ人しらず

めづらしき人を見むとやしかもせぬわがしたひものとけわたるらむ

731

かげろふのそれかあらぬか春雨のふる日となればそでぞぬれぬる

732

ほり江こぐたななしを舟こぎかへりおなじ人にやこひわたりなむ

733


伊勢

わたつみとあれにしとこを今便にはらはばそでやあわとうきなむ

734


つらゆき

いにしへに猶立ち帰る心かなこひしきことに物わすれせで

735


大伴くろぬし


人をしのびにあひしりてあひがたくありければ、そ の家のあたりをまかりありきけるをりに、かりのなくをききてよみてつかはしける


思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人しるらめや

736


典侍藤原よるかの朝臣


右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かのむ かしおこせたりけるふみどもを、とりあつめて返すとてよみておくりける


たのめこし事のは今はかへしてむわが身ふるればおきどころなし

737


近院の右のおほいまうちぎみ


返し

今はとてかへす事のはひろひおきておのが物からかたみとや見む

738


よるかの朝臣


題しらず

たまほこの道はつねにもまどはなむ人をとふとも我かとおもはむ

739


よみ人しらず

まてといはばねてもゆかなむしひて行くこまのあしをれまへのたなはし

740


閑院


中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りける 時、よみてやれりける


相坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆききをなくなくも見め

741


伊勢


題しらず

ふるさとにあらぬ物からわがために人の心のあれて見ゆらむ

742


山がつのかきほにはへるあをつづら人はくれどもことづてもなし

743


さかゐのひとざね

おほぞらはこひしき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ

744


読人しらず

あふまでのかたみも我はなにせむに見ても心のなぐさまなくに

745


おきかぜ


おやのまもりける人のむすめにいとしのびにあひて ものらいひけるあひだに、おやのよぶといひければ、いそぎかへるとてもをなむぬぎお きていりにける、そののちもをかへすとてよめる


あふまでのかたみとてこそとどめけめ涙に浮ぶもくづなりけり

746


よみ人しらず


題しらず

かたみこそ今はあたなれこれなくはわするる時もあらましものを

---------------------------------------

747

在原業平朝臣


五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に、ほ いにはあらでものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになむほかへかくれにける、 あり所はききけれどえ物もいはで、又のとしのはる、むめの花さかりに月のおもしろか りける夜、こぞをこひてかのにしのたいにいきて、月のかたぶくまであばらなるいたじ きにふせりてよめる


月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

748

藤原なかひらの朝臣


題しらず

花すすき我こそしたに思ひしかほにいでて人にむすばれにけり

749

藤原かねすけの朝臣

よそにのみきかまし物をおとは河渡るとなしに見なれそめけむ

750

凡河内みつね

わがごとく我をおもはむ人もがなさてもやうきと世を心見む

751


もとかた

久方のあまつそらにもすまなくに人はよそにぞ思ふべらなる

752


よみびとしらず

見ても又またも見まくのほしければなるるを人はいとふべらなり

753


きのとものり

雲もなくなぎたるあさの我なれやいとはれてのみ世をばへぬらむ

754


よみ人しらず

花がたみめならぶ人のあまたあればわすられぬらむかずならぬ身は

755

うきめのみおひて流るる浦なればかりにのみこそあまはよるらめ

756


伊勢

あひにあひて物思ふころのわが袖にやどる月さへぬるるかほなる

757


よみ人しらず

秋ならでおく白露はねざめするわがた枕のしづくなりけり

758

すまのあまのしほやき衣をさをあらみまどほにあれや君がきまさぬ

759

山しろのよどのわかごもかりにだにこぬ人たのむ我ぞはかなき

760

あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ

761

暁のしぎのはねがきももはがき君がこぬ夜は我ぞかずかく

762

玉かづら今はたゆとや吹く風のおとにも人のきこえざるらむ

763

わが袖にまだき時雨のふりぬるは君が心に秋やきぬらむ

764

山の井の浅き心もおもはぬに影ばかりのみ人の見ゆらむ

765

忘草たねとらましを逢ふ事のいとかくかたき物としりせば

766

こふれども逢ふ夜のなきは忘草夢ぢにさへやおひしげるらむ

767

夢にだにあふ事かたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするる

768


けむげい法し

もろこしも夢に見しかばちかかりきおもはぬ中ぞはるけかりける

769


さだののぼる

独のみながめふるやのつまなれば人を忍ぶの草ぞおひける

770


僧正へんぜう

わがやどは道もなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに

771

今こむといひてわかれし朝より思ひくらしのねをのみぞなく

772


よみ人しらず

こめやとは思ふ物からひぐらしのなくゆふぐれはたちまたれつつ

773

今しはとわびにし物をささがにの衣にかかり我をたのむる

774

いまはこじと思ふ物から忘れつつまたるる事のまだもやまぬか

775

月よにはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわびつつもねむ

776

うゑていにし秋田かるまで見えこねばけさはつかりのねにぞなきぬる

777

こぬ人を松ゆふぐれの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ

778

ひさしくもなりにけるかなすみのえの松はくるしき物にぞありける

779


かねみのおほきみ

住の江の松ほどひさになりぬればあしたづのねになかぬ日はなし

780


伊勢


仲平朝臣あひしりて侍りけるを、かれ方になりにけ れば、ちちがやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける


みわの山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば

781


雲林院のみこ


題しらず

吹きまよふ野風をさむみ秋はぎのうつりも行くか人の心の

782


をののこまち

今はとてわが身時雨にふりぬれば事のはさへにうつろひにけり

783


小野さだき


返し

人を思ふ心のこのはにあらばこそ風のまにまにちりもみだれめ

784


業平朝臣、きのありつねがむすめにすみけるを、 うらむることありて、しばしのあひだひるはきてゆふさりはかへりのみしければ、よ みてつかはしける


あま雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から

785


なりひらの朝臣


返し

ゆきかへりそらにのみしてふる事はわがゐる山の風はやみなり

786


かげのりのおほきみ


題しらず

唐衣なれば身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思ひし

787


とものり

秋風は身をわけてしもふかなくに人の心のそらになるらむ

788


源宗于朝臣

つれもなくなりゆく人の事のはぞ秋よりさきのもみぢなりける

789


兵衛


心地そこなへりけるころ、あひしりて侍りける人の とはで、ここちおこたりてのちとぶらへりければ、よみてつかはしける


しでの山ふもとを見てぞかへりにしつらき人よりまづこえじとて

790


こまちがあね


あひしれりける人の、やうやくかれがたになりける あひだに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける


時すぎてかれゆくをののあさぢには今は思ひぞたえずもえける

791


伊勢


物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火の もえけるを見てよめる


冬がれののべとわが身を思ひせばもえても春をまたまし物を

792


とものり


題しらず

水のあわのきえてうき身といひながら流れて猶もたのまるるかな

793


よみ人しらず

みなせ河有りて行く水なくはこそつひにわが身をたえぬと思はめ

794


みつね

吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事はわすれじ

795


よみ人しらず

世中の人の心は花ぞめのうつろひやすき色にぞありける

796

心こそうたてにくけれそめざらばうつろふ事もをしからましや

797


小野小町

色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける

798


よみ人しらず

我のみや世をうくひずとなきわびむ人の心の花とちりなば

799


そせい法し

思ふともかれなむ人をいかがせむあかずちりぬる花とこそ見め

800


よみ人しらず

今はとて君がかれなばわがやどの花をばひとり見てやしのばむ

801


むねゆきの朝臣

忘草かれもやするとつれもなき人の心にしもはおかなむ

802


そせい法し


寛平御時御屏風に哥かかせ給ひける時、よみてかき ける


忘草なにをかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり

803


題しらず

秋の田のいねてふ事もかけなくに何をうしとか人のかるらむ

804


きのつらゆき

はつかりのなきこそわたれ世中の人の心の秋しうければ

805


よみ人しらず

あはれともうしとも物を思ふ時などか涙のいとなかるらむ

806

身をうしと思ふにきえぬ物なればかくてもへぬるよにこそ有りけれ

807


典侍藤原直子朝臣

あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世をばうら見じ

808


いなば

あひ見ぬもうきもわが身のから衣思ひしらずもとくるひもかな

809


すがののただおむ


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

つれなきを今はこひじとおもへども心よわくもおつる涙か

810


伊勢


題しらず

人しれずたえなましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを

811


よみ人しらず

それをだに思ふ事とてわがやどを見きとないひそ人のきかくに

812

逢ふ事のもはらたえぬる時にこそ人のこひしきこともしりけれ

813

わびはつる時さへ物の悲しきはいづこをしのぶ涙なるらむ

814


藤原おきかぜ

怨みてもなきてもいはむ方ぞなきかがみに見ゆる影ならずして

815


よみ人しらず

夕されば人なきとこを打ちはらひなげかむためとなれるわがみか

816

わたつみのわが身こす浪立ち返りあまのすむてふうらみつるかな

817

あらを田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ

818

有そ海の浜のまさごとたのめしは忘るる事のかずにぞ有りける

819

葦辺より雲ゐをさして行く雁のいやとほざかるわが身かなしも

820

しぐれつつもみづるよりも事のはの心の秋にあふぞわびしき

821

秋風のふきとふきぬるむさしのはなべて草ばの色かはりけり

822


小町

あきかぜにあふたのみこそかなしけれわが身むなしくなりぬと思へば

823


平貞文

秋風の吹きうらがへすくずのはのうらみても猶うらめしきかな

824


よみ人しらず

あきといへばよそにぞききしあだ人の我をふるせる名にこそ有りけれ

825

わすらるる身をうぢはしの中たえて人もかよはぬ年ぞへにける

又は、こなたかなたに人もかよはず


826


坂上これのり

あふ事をながらのはしのながらへてこひ渡るまに年ぞへにける

827


とものり

うきながらけぬるあわともなりななむ流れてとだにたのまれぬ身は

828


読人しらず

流れては妹背の山のなかにおつるよしのの河のよしや世中

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829

小町たかむらの朝臣


いもうとの身まかりける時よみける

なく涙雨とふらなむわたり河水まさりなばかへりくるがに

830

そせい法し


さきのおほきおほいまうちぎみを、しらかはのあた りにおくりける夜よめる


ちの涙おちてぞたぎつ白河は君が世までの名にこそ有りけれ

831

僧都勝延


ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける 時に、深草の山にをさめてけるのちによみける


空蝉はからを見つつもなぐさめつ深草の山煙だにたて

832


かむつけのみねを

ふかくさののべの桜し心あらばことしばかりはすみぞめにさけ

833


きのとものり


藤原敏行朝臣の身まかりにける時によみてかの家に つかはしける


ねても見ゆねでも見えけりおほかたは空蝉の世ぞ夢には有りける

834


紀つらゆき


あひしれりける人の身まかりにければよめる

夢とこそいふべかりけれ世中にうつつある物と思ひけるかな

835


みぶのただみね


あひしれりける人のみまかりにける時によめる

ぬるがうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつつとはみ ず

836


あねの身まかりにける時によめる

せをせけばふちとなりてもよどみけりわかれをとむるしがらみぞなき

837


閑院


藤原忠房がむかしあひしりて侍りける人の身まかり にける時に、とぶらひにつかはすとてよめる


さきだたぬくいのやちたびかなしきはながるる水のかへりこぬなり

838


つらゆき


きのとものりが身まかりにける時よめる

あすしらぬわが身とおもへどくれぬまのけふは人こそかなしかりけれ

839


ただみね

時しもあれ秋やは人のわかるべきあるを見るだにこひしきものを

840


凡河内みつね


ははがおもひにてよめる

神な月時雨にぬるるもみぢばはただわび人のたもとなりけり

841


ただみね


ちちがおもひにてよめる

ふぢ衣はつるるいとはわび人の涙の玉のをとぞなりける

842


つらゆき


おもひに侍りけるとしの秋、山でらへまかりけるみ ちにてよめる


あさ露のおくての山田かりそめにうき世中を思ひぬるかな

843


おもひに侍りける人をとぶらひにまかりてよめる


すみぞめの君がたもとは雲なれやたえず涙の雨とのみふる

844


よみ人しらず


女のおやのおもひにて山でらに侍りけるを、ある人 のとぶらひつかはせりければ、返事によめる


あしひきの山べに今はすみぞめの衣の袖はひる時もなし

845


たかむらの朝臣


諒闇の年池のほとりの花を見てよめる

水のおもにしづく花の色さやかにも君がみかげのおもほゆるかな

846


文屋やすひで


深草のみかどの御国忌の日よめる

草ふかき霞の谷に影かくしてるひのくれしけふにやはあらぬ

847


僧正偏昭


ふかくさのみかどの御時に、蔵人頭にてよるひるな れつかうまつりけるを、諒闇になりにければ、さらに世にもまじらずしてひえの山にの ぼりてかしらおろしてけり、その又のとし、みなひと御ぶくぬぎて、あるはかうぶりた まはりなどよろこびけるをききてよめる


みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ

848


近院右のおほいまうちぎみ


河原のおほいまうちぎみの身まかりての秋、かの家 のほとりをまかりけるに、もみぢのいろまだふかくもならざりけるを見てよみていれた りける


うちつけにさびしくもあるかもみぢばもぬしなきやどは色なかりけり

849


つらゆき


藤原たかつねの朝臣の身まかりての又のとしの夏、 ほととぎすのなきけるをききてよめる


郭公けさなくこゑにおどろけば君を別れし時にぞありける

850


きのもちゆき


さくらをうゑてありけるに、やうやく花さきぬべき 時に、かのうゑける人身まかりにければ、その花を見てよめる


花よりも人こそあだになりにけれいづれをさきにこひむとか見し

851


つらゆき


あるじ身まかりにける人の家の梅花を見てよめる


色もかも昔のこさににほへどもうゑけむ人の影ぞこひしき

852


河原の左のおほいまうちぎみの身まかりてののち、 かの家にまかりてありけるに、しほがもといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる

君まさで煙たえにししほがまの浦さびしくも見え渡るかな

853


みはるのありすけ


藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍りける ざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるを、秋の夜ふけてものよりまうできけ るついでに見いれければ、もとありしせんざいもいとしげくあれたりけるを見て、はや くそこに侍りければむかしを思ひやりてよみける


きみがうゑしひとむらすすき虫のねのしげきのべともなりにけるかな

854


とものり


これたかのみこの、ちちの侍りけむ時によめりけむ うたどもとこひければ、かきておくりけるおくによみてかけりける


ことならば事のはさへもきえななむ見れば涙のたぎまさりけり

855


よみ人しらず


題しらず

なき人のやどにかよはば郭公かけてねにのみなくとつげなむ

856

誰見よと花さけるらむ白雲のたつのとはやくなりにし物を

857


式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、 いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらのひも にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、むかしのてにてこのうたをなむかきつけた りける


かずかずに我をわすれぬ物ならば山の霞をあはれとは見よ

858


よみ人しらず


をとこの人のくににまかれりけるまに、女にはかに やまひをして、いとよわくなりにける時よみおきて身まかりにける


こゑをだにきかでわかるるたまよりもなきとこにねむ君ぞかなしき

859


大江千里


やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげな くおぼえければよみて人のもとにつかはしける


もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり

860


藤原これもと


身まかりなむとてよめる

つゆをなどあだなる物と思ひけむわが身も草におかぬばかりを

861


なりひらの朝臣


やまひしてよわくなりにける時よめる

つひにゆくみちとはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを

862


在原しげはる


かひのくににあひしりて侍りける人とぶらはむとて まかりけるを、みち中にてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて京 にもてまかりて母に見せよといひて、人につけ侍りけるうた


かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこし今はかぎりのかどでなりけり

-----------------------------------

863

よみ人しらず


題しらず

わがうへに露ぞおくなるあまの河をわたる舟のかいのしづくか

864

思ふどちまとゐせる夜は唐錦たたまくをしき物にぞありける

865

うれしきをなににつつまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを

866

限なき君がためにとをる花はときしもわかぬ物にぞ有りける

ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうち君の 也

867

紫のひともとゆゑにむさしのの草はみながらあはれとぞ見る

868


なりひらの朝臣


めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをお くるとてよみてやりける


紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける

869


近院右のおほいまうちぎみ


大納言ふぢはらのくにつねの朝臣の、宰相より中納 言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる


色なしと人や見るらむ昔よりふかき心にそめてしものを

870


ふるのいまみち


いそのかみのなむまつが宮づかへもせでいその神と いふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはれりければ、よろこびいひつか はすとてよみてつかはしける


日のひかりやぶしわかねばいその神ふりにしさとに花もさきけり

871


なりひらの朝臣


二条のきさきのまだ東宮のみやすんどころと申しけ る時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる


おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思ひいづらめ

872


よしみねのむねさだ


五節のまひひめを見てよめる

あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしばしとどめむ

873


河原の左のおほいまうちぎみ


五せちのあしたにかむざしのたまのおちたりけるを 見て、たがならむととぶらひてよめる


ぬしやたれとへどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれとおもはむ

874


としゆきの朝臣


寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこども、か めをもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、 くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つか ひのかへりきて、さなむありつるといひければ、くら人のなかにおくりける


玉だれのこがめやいづらこよろぎのいその浪わけおきにいでにけり

875


けむげいほうし


女どもの見てわらひければよめる

かたちこそみ山がくれのくち木なれ心は花になさばなりなむ

876


きのとものり


方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのき ぬをきせたりけるを、あしたにかへすとてよみける


蝉のはのよるの衣はうすけれどうつりがこくもにほひぬるかな

877


よみ人しらず


題しらず

おそくいづる月にもあるかな葦引の山のあなたもをしむべらなり

878

わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月を見て

879


なりひらの朝臣

おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの

880


きのつらゆき


月おもしろしとて凡河内躬恒がまうできたりけるに よめる


かつ見ればうとくもあるかな月影のいたらぬさともあらじと思へば

881


池に月の見えけるをよめる

ふたつなき物と思ひしをみなそこに山のはならでいづる月かげ

882


よみ人しらず


題しらず

あまの河雲のみをにてはやければひかりとどめず月ぞながるる

883

あかずして月のかくるる山本はあなたおもてぞこひしかりける

884


なりひらの朝臣


これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やど りにかへりて夜ひとよさけをのみ、物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとし けるをりに、みこゑひてうちへいりなむとしければよみ侍りける


あかなくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなむ

885


あま敬信


田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけ いこのみこを、ははあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみ にければよめる


おほぞらをてりゆく月しきよければ雲かくせどもひかりけなくに

886


よみ人しらず


題しらず

いその神ふるからをののもとかしは本の心はわすられなくに

887

いにしへの野中のし水ぬるけれど本の心をしる人ぞくむ

888

いにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有りし物なり

889

今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時も有りこしものを

890

世中にふりぬる物はつのくにのながらのはしと我となりけり

891

ささのはにふりつむ雪のうれをおもみ本くだちゆくわがさかりはも

892

おほあらきのもりのした草おいぬれば駒もすさめずかる人もなし

又は、さくらあさのをふのしたくさおいぬれば


893

かぞふればとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいぞしにける

894

おしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにけるかな

又は、おほとものみつのはまべに


895

おいらくのこむとしりせばかどさしてなしとこたへてあはざらましを

このみつの哥は、昔ありけるみたりのおきなのよめ るとなむ

896

さかさまに年もゆかなむとりもあへずすぐるよはひやともにかへると

897

とりとむる物にしあらねば年月をあはれあなうとすぐしつるかな

898

とどめあへずむべもとしとはいはれけりしかもつれなくすぐるよはひ か

899

鏡山いざ立ちよりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると

この哥は、ある人のいはく、おほとものくろぬしが 也

900


業平朝臣のははのみこ長岡にすみ侍りける時に、な りひら宮づかへすとて、時時もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりにははの みこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくて ありけるうた


老いぬればさらぬ別もありといへばいよいよ見まくほしき君かな

901


なりひらの朝臣


返し

世中にさらぬ別のなくもがな千世もとなげく人のこのため

902


在原むねやな


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

白雪のやへふりしけるかへる山かへるがへるもおいにけるかな

903


としゆきの朝臣


おなじ御時のうへのさぶらひにてをのこどもにおほ みきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる


おいぬとてなどかわが身をせめきけむおいずはけふにあはましものか

904


よみ人しらず


題しらず

ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年のへぬれば

905

我見てもひさしく成りぬ住の江の岸の姫松いくよへぬらむ

906

住吉の岸のひめ松人ならばいく世かへしととはましものを

907

梓弓いそべのこ松たが世にかよろづ世かねてたねをまきけむ

この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が也

908

かくしつつ世をやつくさむ高砂のをのへにたてる松ならなくに

909


藤原おきかぜ

誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに

910


よみ人しらず

わたつ海のおきつしほあひにうかぶあわのきえぬ物からよる方もなし

911

わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山

912

わたの原よせくる浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも

913

なにはがたしほみちくらしあま衣たみのの島にたづなき渡る

914


藤原ただふさ


貫之がいづみのくにに侍りける時に、やまとよりこ えまうできてよみてつかはしける


君を思ひおきつのはまになくたづの尋ねくればぞありとだにきく

915


つらゆき


返し

おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ

916


なにはにまかれりける時よめる

なにはがたおふるたまもをかりそめのあまとぞ我はなりぬべらなる

917


みぶのただみね


あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつか はしける


すみよしとあまはつぐともながゐすな人忘草おふといふなり

918


つらゆき


なにはへまかりける時、たみののしまにて雨にあひ てよめる


あめによりたみのの島をけふゆけど名にはかくれぬ物にぞ有りける

919


法皇にし河おはしましたりける日、つるすにたてり といふことを題にてよませたまひける


あしたづのたてる河辺を吹く風によせてかへらぬ浪かとぞ見る

920


伊勢


中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはじめて あそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、ゆふさりつかたかへりおはしまさむ としけるをりによみてたてまつりける


水のうへにうかべる舟の君ならばここぞとまりといはまし物を

921


真せいほうし


からことといふ所にてよめる

宮こまでひびきかよへるからことは浪のをすげて風ぞひきける

922


在原行平朝臣


ぬのびきのたきにてよめる

こきちらす滝の白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる

923


なりひらの朝諏


布引の滝の本にて人人あつまりて哥よみける時によ める


ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに

924


承均法師


よしののたきを見てよめる

たがためにひきてさらせるぬのなれや世をへて見れどとる人もなき

925


神たい法し


題しらず

きよたきのせぜのしらいとくりためて山わけ衣おりてきましを

926


伊勢


竜門にまうでてたきのもとにてよめる

たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ

927


たちばなのながもり


朱雀院のみかどぬのびきのたき御覧ぜむとてふん月 のなぬかの日あはしましてありける時に、さぶらふ人人に哥よませたまひけるによめる


ぬしなくてさらせるぬのをたなばたにわが心とやけふはかさまし

928


ただみね


ひえの山なるおとはのたきを見てよめる

おちたぎつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすぢなし

929


みつね


おなじたきをよめる

風ふけど所もさらぬ白雲はよをへておつる水にぞ有りける

930


三条の町


田むらの御時に女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧 じけるに、たきおちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめとさぶらふ人におほ せられければよめる


おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れどおとのきこえぬ

931


つらゆき


屏風のゑなる花をよめる

さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる

932


坂上これのり


屏風のゑによみあはせてかきける

かりてほす山田のいねのきたれてなきこそわたれ秋のうければ

----------------------------------


933

読人しらず


題しらず

世中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせになる

934

いく世しもあらじわが身をなぞもかくあまのかるもに思ひみだるる

935

雁のくる峯の朝霧はれずのみ思ひつきせぬ世中のうさ

936


小野たかむらの朝臣

しかりとてそむかれなくに事しあればまづなげかれぬあなう世中

937


をののさだき


かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人 につかはしける


宮こ人いかがととはば山たかみはれぬくもゐにわぶとこたへよ

938


小野小町


文屋のやすひでみかはのぞうになりて、あがた見に はえいでたたじやといひやれりける返事によめる


わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ

939


題しらず

あはれてふ事こそうたて世中を思ひはなれぬほだしなりけれ

940


よみ人しらず

あはれてふ事のはごとにおくつゆは昔をこふる涙なりけり

941

世中のうきもつらきもつげなくにまづしる物はなみだなりけり

942

世中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらず有りてなければ

943

よのなかにいづらわが身のありてなしあはれとやいはむあなうとやい はむ

944

山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり

945


これたかのみこ

白雲のたえずたなびく岑にだにすめばすみぬる世にこそ有りけれ

946


ふるのいまみち

しりにけむききてもいとへ世中は浪のさわぎに風ぞしくめる

947


そせい

いづこにか世をばいとはむ心こそのにも山にもまどふべらなれ

948


よみ人しらず

世中は昔よりやはうかりけむわが身ひとつのためになれるか

949

世中をいとふ山べの草木とやあなうの花の色にいでにけむ

950

みよしのの山のあなたにやどもがな世のうき時のかくれがにせむ

951

世にふればうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてむ

952

いかならむ巌の中にすまばかは世のうき事のきこえこざらむ

953

葦引の山のまにまにかくれなむうき世中はあるかひもなし

954

世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし

955


もののべのよしな


おなじもじなきうた

よのうきめ見えぬ山ぢへいらむにはおもふ人こそほだしなりけれ

956


凡河内みつね


山のほうしのもとへつかはしける

世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいづちゆくらむ

957


物思ひける時、いときなきこを見てよめる

今更になにおひいづらむ竹のこのうきふししげき世とはしらずや

958


よみ人しらず


題しらず

世にふれば事のはしげきくれ竹のうきふしごとに鶯ぞなく

959

木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしにわが身はなりぬべらなり

ある人のいはく、高津のみこの哥也


960

わが身からうき世中となづけつつ人のためさへかなしかるらむ

961


たかむらの朝臣


おきのくににながされて侍りける時によめる

思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは

962


在原行平朝臣


田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまとい ふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける


わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ

963


をののはるかぜ


左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこ せたりける返事によみてつかはしける


あまびこのおとづれじとぞ今は思ふ我か人かと身をたどるよに

964


平さだふん


つかさとけて侍りける時よめる

うき世にはかどさせりとも見えなくになどかわが身のいでがてにする

965

有りはてぬいのちまつまのほどばかりうきことしげくおもはずもがな

966


みやぢのきよき


みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかう まつらずとてとけて侍りける時によめる


つくばねのこの本ごとに立ちぞよる春のみ山のかげをこひつつ

967


清原深養父


時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくを 見て、みづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる


ひかりなき谷には春もよそなればさきてとくちる物思ひもなし

968


伊勢


かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へり ける御返事にたてまつれりける


久方の中におひたるさとなればひかりをのみぞたのむべらなる

969


なりひらの朝臣


紀のとしさだが阿波のすけにまかりける時に、むま のはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふ くるまで見えざりければつかはしける


今ぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりけり

970


惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらお ろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山 のふもとなりければ雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみける に、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみておくりける


わすれては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君を見むとは

971


深草のさとにすみ侍りて京へまうでくとて、そこな りける人によみておくりける


年をへてすみこしさとをいでていなばいとど深草のとやなりなむ

972


よみ人しらず


返し

野とならばうづらとなきて年はへむかりにだにやは君がこざらむ

973


題しらず

我を君なにはの浦に有りしかばうきめをみつのあまとなりにき

この哥は、ある人、むかしをとこありけるをうな の、をとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみ てをとこにつかはせりけるとなむいへる

974


返し

なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこを見つのあまとかはなる

975

今更にとふべき人もおもほえずやへむぐらしてかどさせりてへ

976


みつね


ともだちのひさしうまうでこざりけるもとによみ てつかはしける


水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ

977


人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみけれ ばよめる


身をすててゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり

978


むねをかのおほよりがこしよりまうできたりける時 に、雪のふりけるを見て、おのがおもひはこのゆきのごとくなむつもれるといひけるを りによめる


君が思ひ雪とつもらばたのまれず春よりのちはあらじとおもへば

979


宗岳大頼


返し

君をのみ思ひこしぢのしら山はいつかは雪のきゆる時ある

980


きのつらゆき


こしなりける人につかはしける

思ひやるこしの白山しらねどもひと夜も夢にこえぬよぞなき

981


よみ人しらず


題しらず

いざここにわが世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし

982

わがいほはみわの山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど

983


きせんほうし

わがいほは宮このたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり

984


よみ人しらず

あれにけりあはれいくよのやどなれやすみけむ人のおとづれもせぬ

985


よしみねのむねさだ


ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけ るをききてよみていれたりける


わびびとのすむべきやどと見るなへに歎きくははることのねぞする

986


二条


はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時 よめる


人ふるすさとをいとひてこしかどもならの宮こもうきななりけり

987


よみ人しらず


題しらず

世中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞやどとさだむる

988

相坂の嵐のかぜはさむけれどゆくへしらねばわびつつぞぬる

989

風のうへにありかさだめぬちりの身はゆくへもしらずなりぬべらなり

990


伊勢


家をうりてよめる

あすかがはふちにもあらぬわがやどもせにかはりゆく物にぞ有りける

991


きのとものり


つくしに侍りける時にまかりかよひつつごうちける 人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける


ふるさとは見しごともあらずをののえのくちし所ぞこひしかりける

992


みちのく


女ともだちと物がたりしてわかれてのちにつかはし ける


あかざり袖のなかにやいりにけむわがたましひのなき心ちする

993


ふぢはらのただふさ


寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時 に、東宮のさぶらひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける


なよ竹のよながきうへにはつしものおきゐて物を思ふころかな

994


よみ人しらず


題しらず

風ふけばおきつ白浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ

ある人、この哥は、むかしやまとのくになりける人 のむすめに、ある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひ だに、このをとこかうちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆき けり、さりけれどもつらげなるけしきも見えで、かふちへいくごとにをとこの心のごと くにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたが ひて、月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見け れば、夜ふくるまでことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、 これをききてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる

995

たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく

996

わすられむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをとどむる

997


文屋ありすゑ


貞観御時、万葉集はいつばかりつくれるぞととはせ 給ひければよみてたてまつりける


神な月時雨ふりおけるならのはのなにおふ宮のふることぞこれ

998


大江千里


寛平御時哥たてまつりけるついでにたてまつりける


あしたづのひとりおくれてなくこゑは雲のうへまできこえつがなむ

999


ふぢはらのかちおむ

ひとしれず思ふ心は春霞たちいでてきみがめにも見えなむ

1000


伊勢


哥めしける時にたてまつるとてよみて、おくに かきつけてたてまつりける


山河のおとにのみきくももしきをはやながら見るよしもがな

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短哥

1001

よみ人しらず


題しらず

あふことのまれなるいろにおもひそめわが身はつねにあまぐものはるる時なくふじのねのもえつつとはにおもへどもあふことかたしなにしかも人をうらみむわたつみのおきをふかめておもひてしおもひはいまはいたづらになりぬべらなりゆく水のたゆる時なくかくなわにおもひみだれてふるゆきの けなばけぬべく おもへども えぶの身なればなほやまずおもひはふかしあしひきの山した水のこがくれてたぎつ心をたれにかもあひかたらはむいろにいでば人しりぬべみすみぞめのゆふべになればひとりゐてあはれあはれとなげきあまりせむすべなみににはにいでてたちやすらへばしろたへの衣のそでにおくつゆのけなばけぬべくおもへどもなほなげかれぬはるがすみよそにも人にあはむとおもへば

1002


ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながう た


ちはやぶる神のみよよりくれ竹の世世にもたえずあまびこのおとはの山の はるがすみ思ひみだれてさみだれのそらもとどろにさよふけて山ほととぎすなくごとにたれもねざめてからにしきたつたの山のもみぢばを見てのみしのぶ神な月しぐれしぐれて冬の夜の庭もはだれにふるゆきの猶きえかへり年ごとに時につけつつあはれてふことをいひつつきみをのみちよにといはふ世の人のおもひするがのふじのねのもゆる思ひもあかずしてわかるるなみだ藤衣おれる心もやちくさのことのはごとにすべらぎのおほせかしこみまきまきの中につくすといせの海のうらのしほがひひろひあつめとれりとすれどたまのをのみじかき心思ひあへず猶あらたまの年をへて大宮にのみひさかたのひるよるわかずつかふとてかへりみもせぬわがよどのしのぶぐさおふるいたまあらみふる春さめのもりやしぬらむ

1003


壬生忠岑


ふるうたにくはへてたてまつれるながうた

くれ竹の世世のふることなかりせばいかほのぬまのいかにして思ふ心をのばへましあはれむかしべありきてふ人まろこそはうれしけれ身はしもながらことのはをあまつそらまできこえあげすゑのよまでのあととなし今もおほせのくだれるはちりにつげとやちりの身につもれる事をとはるらむこれをおもへばけだもののくもにほえけむ心地してちぢのなさけもおもほえずひとつ心ぞほこらしきかくはあれどもてるひかりちかきまもりの身なりしをたれかは秋のくる方にあざむきいでてみかきよりとのへもる身のみかきもりをさをさしくもおもほえずここのかさねのなかにてはあらしの風もきかざりき今はの山しちかければ春は霞にたなびかれ夏はうつせみなきくらし秋は時雨に袖をかし冬はしもにぞせめらるるかかるわびしき身ながらにつもれるとしをしるせればいつつのむつになりにけりこれにそはれるわたくしのおいのかずさへやよければ身はいやしくて年たかきことのくるしさかくしつつながらのはしのながらへてなにはのうらにたつ浪の浪のしわにやおぼほれむさすがにいのちをしければこしのくになるしら山のかしらはしろくなりぬともおとはのたきのおとにきくおいずしなずのくすりがも君がやちよをわかえつつ見む

1004

君が世にあふさか山のいはし水こがくれたりと思ひけるかな

1005


凡河内躬恒


冬のなかうた

ちはやぶら神な月とやけさよりはくもりもあへずはつ時雨紅葉とともにふるさとのよしのの山の山あらしもさむく日ごとになりゆけばたまのをとけてこきちらしあられみだれてしも氷いやかたまれるにはのおもにむらむら見ゆる冬草のうへにふりしく白雪のつもりつもりてあらたまのとしをあまたもすぐしつるかな

1006


伊勢


七条のきさきうせたまひにけるのちによみける

おきつなみあれのみまさる宮のうちはとしへてすみしいせのあまも舟ながしたる心地してよらむ方なくかなしきに涙の色のくれなゐは我らがなかの時雨にて秋のもみぢと人人はおのがちりぢりわかれなばたのむかげなくなりはててとまる物とは花すすききみなき庭にむれたちてそらをまねかばはつかりのなき渡りつつよそにこそ見め

旋頭哥

1007


よみ人しらず


題しらず

うちわたすをち方人に物まうすわれそのそこにしろくさけるはなにの花ぞも

1008


返し

春さればのべにまづさく見れどあかぬ花まひなしにただなのるべき花のななれや

1009


題しらず

はつせ河ふるかはのべにふたもとあるすぎ年をへて又もあひ見むふたもとあるすぎ

1010


つらゆき

きみがさすみかさの山のもみぢばのいろ神な月しぐれのあめのそめるなりけり

俳諧哥

1011


よみ人しらず


題しらず

梅花見にこそきつれ鶯の人く人くといとひしもをる

1012


素性法師

山吹の花色衣ぬしやたれとへどこたへずくちなしにして

1013


藤原敏行朝臣

いくばくの田をつくればか郭公しでのたをさをあさなあさなよぶ

1014


藤原かねすけの朝臣


七月六日たなばたの心をよみける

いつしかとまたく心をはぎにあげてあまのかはらをけふやわたらむ

1015


凡河内みつね


題しらず

むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋のながしてふよは

1016


僧正へんぜう

秋ののになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時

1017


よみ人しらず

あきくればのべにたはるる女郎花いづれの人かつまで見るべき

1018

秋ぎりのはれてくもればをみなへし花のすがたぞ見えかくれする

1019

花と見てをらむとすればをみなへしうたたあるさまの名にこそ有りけれ

1020


在原むねやな


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

秋風にほころびぬらしふぢばかまつづりさせてふ蟋蟀なく

1021


清原ふかやぶ


あすはるたたむとしける日、となりの家のかたより 風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける


冬ながら春の隣のちかければなかがきよりぞ花はちりける

1022


よみ人しらず


題しらず

いその神ふりにしこひの神さびてたたるに我はいぞねかねつる

1023

枕よりあとよりこひのせめくればせむ方なみぞとこなかにをる

1024

こひしきが方も方こそ有りときけたてれをれどもなき心ちかな

1025

ありぬやと心見がてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞこひしき

1026

みみなしの山のくちなしえてしかな思ひの色のしたぞめにせむ

1027

葦引の山田のそほづおのれさへ我をほしてふうれはしきこと

1028


きのめのと

ふじのねのならぬおもひにもえばもえ神だにけたぬむなしけぶりを

1029


きのありとも

あひ見まく星はかずなく有りながら人に月なみ迷ひこそすれ

1030


小野小町

人にあはむ月のなきには思ひおきてむねはしり火に心やけをり

1031


藤原おきかぜ


寛平御時きさいの宮の哥合のうた

春霞たなびくのべのわかなにもなり見てしかな人もつむやと

1032


よみ人しらず


題しらず

おもへども猶うとまれぬ春霞かからぬ山もあらじとおもへば

1033


平貞文

春の野のしげき草ばのつまごひにとびたつきじのほろろとぞなく

1034


きのよしひと

秋ののにつまなきしかの年をへてなぞわがこひのかひよとぞなく

1035


みつね

蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ

1036


ただみね

かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬなはたてじくるないとひそ

1037


よみ人しらず

ことならば思はずとやはいひはてぬなぞ世中のたまだすきなる

1038

おもふてふ人の心のくまごとににたちかくれつつ見るよしもがな

1039

思へどもおもはずとのみいふなればいなやおもはじ思ふかひなし

1040

我をのみ思ふといはばあるべきをいでや心はおほぬさにして

1041

われを思ふ人をおもはぬむくいにやわが思ふ人の我をおもはぬ

1042


ふかやぶ

思ひけむ人をぞともにおもはましまさしやむくいなかりけりやは

1043


よみ人しらず

いでてゆかむ人をとどめむよしなきにとなりの方にはなもひぬかな

1044

紅にそめし心もたのまれず人をあくにはうつるてふなり

1045

いとはるるわが身ははるのこまなれやのがひがてらにはなちすてつゝ

1046

鶯のこぞのやどりのふるすとや我には人のつれなかるらむ

1047

さかしらに夏は人まねささのはのさやぐしもよをわがひとりぬる

1048


平中興

逢ふ事の今ははつかになりぬれば夜ふかからでは月なかりけり

1049


左のおほいまうちぎみ

もろこしのよしのの山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに

1050


なかき

雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ

1051


伊勢

なにはなるながらのはしもつくるなり今はわが身をなににたとへむ

1052


よみ人しらず

まめなれどなにぞはよけくかるかやのみだれてあれどあしけくもなし

1053


おきかぜ

なにかその名の立つ事のをしからむしりてまどふは我ひとりかは

1054


くそ


いとこなりけるをとこによそへて人のいひければ


よそながらわが身にいとのよるといへばただいつはりにすぐばかりなり

1055


さぬき


題しらず

ねぎ事をさのみききけむやしろこそはてはなげきのもりとなるらめ

1056


大輔

なげきこる山としたかくなりぬればつらづゑのみぞまづつかれける

1057


よみ人しらず

なげきをばこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり

1058

人こふる事をおもにとになひもてあふごなきこそわびしかりけれ

1059

よひのまにいでていりぬるみか月のわれて物思ふころにもあるかな

1060

そゑにとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに

1061

世中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそあさくなりなめ

1062


在原元方

よのなかはいかにくるしと思ふらむここらの人にうらみらるれば

1063


よみ人しらず

なにをして身のいたづらにおいぬらむ年のおもはむ事ぞやさしき

1064


おきかぜ

身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなるとしるべく

1065


千さと

白雪の友にわが身はふりぬれど心はきえぬ物にぞありける

1066


よみ人しらず


題しらず

梅花さきてののちの身なればやすき物とのみ人のいふらむ

1067


みつね


法星にし河におはしましたりける日、さる山のかひ にさけぶといふことを題にてよませたまうける


わびしらにましらななきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ

1068


よみ人しらず


題しらず

世をいとひこのもとごとにたちよりてうつぶしぞめのあさのきぬなり

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1069


おほなのびのうた

あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ

日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに


1070


ふるきやまとまひのうた

しもとゆふかづらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆるかな

1071


あふみぶり

近江よりあさたちくればうねののにたづぞなくなるあけぬこのよは

1072


みづくきぶり

水くきのをかのやかたにいもとあれとねてのあさけのしものふりはも

1073


しはつ山ぶり

しはつ山うちいでて見ればかさゆひのしまこぎかくるたななしをぶね

神あそびのうた

1074


とりもののうた

神がきのみむろの山のさかきばは神のみまへにしげりあひにけり

1075

しもやたびおけどかれせぬさかきばのたちさかゆべき神のきねかも

1076

まきもくのあなしの山の山人と人も見るがに山かづらせよ

1077

み山にはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり

1078

みちのくのあだちのまゆみわがひかばすゑさへよりこしのびしのびに

1079

わがかどのいたゐのし水さととほみ人しくまねばみくさおひにけり

1080


ひるめのうた

ささのくまひのくま河にこまとめてしばし水かへかげをだに見む

1081


かへしもののうた

あをやぎをかたいとによりて鶯のぬふてふ笠は梅の花がさ

1082

まがねふくきびの中山おびにせるほそたに河のおとのさやけさ

この哥は、承和の御べのきびのくにの哥


1083

美作やくめのさら山さらさらにわがなはたてじよろづよまでに

これは、みづのをの御べのみまさかのくにのうた

1084

みののくに関のふぢ河たえずして君につかへむよろづよまでに

これは、元慶の御べのみののうた


1085

きみが世は限もあらじながはまのまさごのかずはよみつくすとも

これは、仁和の御べのいせのくにの哥


1086


大伴くろぬし

近江のやかがみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは

これは、今上の御べのあふみのうた


東哥

1087


みちのくのうた

あぶくまに霧立ちくもりあけぬとも君をばやらじまてばすべなし

1088

みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも

1089

わがせこを宮こにやりてしほがまのまがきのしまの松ぞこひしき

1090

をぐろさきみつのこじまの人ならば宮このつとにいざといはましを

1091

みさぶらひみかさと申せ宮木ののこのしたつゆはあめにまされり

1092

もがみ河のぼればくだるいな舟のいなにはあらずこの月ばかり

1093

君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山浪もこえなむ

1094


さがみうた

こよろぎのいそたちならしいそなつむめざしぬらすなおきにをれ浪

1095


ひたちうた

つくばねのこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし

1096

つくばねの峯のもみぢばおちつもりしるもしらぬもなべてかなしも

1097


かひうた

かひがねをさやにも見しがけけれなくよこほりふせるさやの中山

1098

かひがねをねこし山こし吹く風を人にもがもや事づてやらむ

1099


伊勢うた

をふのうらにかたえさしおほひなるなしのなりもならずもねてかたら はむ

1100


藤原敏行朝臣


冬の賀茂のまつりのうた

ちはやぶるかものやしろのひめこまつよろづ世ふともいろはかはらじ

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巻第十物名部

1101


ひぐらし

そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山びこよびとよむなり

在郭公下、空蝉上


1102


勝臣

かけりてもなにをかたまのきても見むからはほのほとなりにしものを

をがたまの木、友則下


1103


つらゆき


くれのおも

こし時とこひつつをればゆふぐれのおもかげにのみ見えわたるかな

忍草、利貞下


1104


をののこまち


おきのゐ、みやこじま

おきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまべのわかれなりけり

から事、清行下


1105


あやもち


そめどの、あはた

うきめをばよそめとのみぞのがれゆく雲のあはたつ山のふもとに

このうた、水の尾のみかどのそめどのよりあはたへ うつりたまうける時によめる 桂宮下

巻第十一

1106


奥菅の根しのぎふる雪、下

けふ人をこふる心は大井河ながるる水におとらざりけり

1107

わぎもこにあふさか山のしのすすきほにはいでずもこひわたるかな

巻第十三

1108


こひしくはしたにを思へ紫の、下

いぬがみのとこの山なるなとり河いさとこたへよわがなもらすな

この哥、ある人、あめのみかどのあふみのうねめに たまへると

1109


うねめのたてまつれる


返し

山しなのおとはのたきのおとにのみ人のしるべくわがこひめやも

巻第十四

1110


思ふてふことのはのみや秋をへて、下   そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて


わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも

1111


つらゆき


深養父、こひしとはたがなづけけむ事ならむ、下

みちしらばつみにもゆかむすみのえの岸におふてふこひわすれぐさ

 

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       哥座(うたくら) 記 二千八年六月 


注)推奨環境XPかビスタ。14か17インチ。Explorer 5.5以降。なお、
  
バイオなど一部製品やマックで、縦書きレイアウト他機能不可。  
注)掲載データの全ては、哥座(うたくら)が韻文空間を際立たせるための美学研究用として、
  基データの幾分かを省略、かつ縦書き表記変換したものである。よって文学としての精確度を
  求める向きは、しかるべき専門文学データへ直接当たることをお薦めしたい。
  


 附記  「哥座(うたくら) および 哥座一座(うたくらいちざ) について」 
ふだんからなじみ深い裏手の山や前浜の海など、身近の自然やジブンの身体は、すでに了解済みの「空間」のなかに、疑うこともなく自明に存在している。この「こと」「もの」が生成流転している無意識空間は、万葉集はじめ、多くの歌仙の哥、俳諧、詩などの「韻文」により、ながい時の熟成を経て、身体空間や歴史、自然空間へと昇華されて、「わたくしたち」自身の空間システムの原型となり、具体的な血肉となってきたものだ。あるいは、わたくしたち自身の今の意識や身体をさえ紡ぎだしてくれているとも言へる。未来をも決定づけていくはづのこの無意識空間。ここでは、決して表にはでてこないで、そこへ秘匿胎蔵され続けている先験的時空座標を措定し、それを哥座(うたくら)と命名した。また、哥座一座(うたくらいちざ)は、この座標の自得のもとに、今日の情報テクノロジーの意味を問い直し、従来の芸術や学問のジャンルを越へ、時代と場所を越へ、随意に集合離散、活動できる超私的なパフォーマンサーたちの一期一会の関り合ひの「場」として創設した。方法論的には、途上で、輸入されてきた印・中・欧の抽象的美学概念に代へ、普段のことばや、あるがままの身体性を手がかりに、無文字時代から連続性の途切れずにある固有の法、ロゴスを抽出、その法を敷衍,発展化させ
ていく。その際には、「俤」、「ひびき」、「にほひ」といった、先人から受け継いできた固有の概念による「付合」などさまざまな古典的手法を援用する。こうして「モノ」「コト」「コトバ」が具足する古くてあたらしい「座」を発掘し、それをミライへと継承していきたい。
                      哥座(うたくら) 二千八年九月

                   責任者:長谷川 有  hasegawa@utakura.com