古今和歌集 (九百五)
縦書き古今集
仮名序
やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける、世中にある人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひ
いだせるなり、花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬ
おに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり
このうた、あめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり、あまのうきはしのしたにて、め神を神となりたまへる事をいへるうたなり、しかあれども、世につたはること は、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、したてるひめとは、あめわかみこのめなり、せうとの神のかたち、をか、たににうつりてかかやくをよめるえびす哥 なるべし、これらはもじのかずもさだまらず、うたのやうにもあらぬことども也、あらかねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける、ちはやぶる神世には
うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし、ひとの世となりて、すさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける、すさのをのみこと は、あまてるおほむ神のこのかみ也、女とすみたまはむとて、いづものくにに宮づくりしたまふ時に、その所にやいろのくものたつを見てよみたまへる也、「やくもたついづ もやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを」、かくてぞ花をめで、とりをうらやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶ心ことば、おほくさまざまになりにける、 とほき所もいでたつあしもとよりはじまりて、
年月をわたり、たかき山もふもとのちりひぢよりなりて、あまぐもたなびくまでおひの ぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし、なにはづのうたは、みかどの おほむはじめなり、おほさざきのみかどの、なにはづにてみこときこえける時、東宮をたがひにゆづりて、くらゐにつきたまはで、三とせになりにければ、王仁といふ人のい ぶかり思ひて、よみてたてまつりけるうた也、この花は梅のはなをいふなるべし、あさか山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて、かづらきのおほきみをみちのおくへつ かはしたりけるに、くにのつかさ、事おろそかなりとて、
まうけなどしたりけれど、すさまじかりければ、うねめなりける女の、かはらけとりて よめるなり、これにぞおほきみの心とけにける、「あさか山かげさへ見ゆる山の井のあ さくは人をおもふのもかは」、このふたうたはうたのちちははのやうにてぞ、手ならふ人のはじめにもしける、そもそもうたのさまむつなり、からのうたにもかくぞあるべ き、そのむくさのひとつには、そへうた、おほさざきのみかどをそへたてまつれるうた、「なにはづにさくやこの花ふゆごもり
いまははるべとさくやこのはな」といへるなるべし、ふたつには、かぞへうた、「さく花におもひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて」といへるなるべし、こ れはただ事にいひて、ものにたとへなどもせぬものなり、このうたいかにいへるにかあらむ、その心えがたし、いつつにただことうたといへるなむこれにはかなふべき、みつ にはなずらへうた、「きみにけさあしたのしものおきていなばこひしきごとにきえやわたらむ」といへるなるべし
これはものにもなずらへて、それがやうになむあるとやうにいふ也、この哥よくかなへりとも見えず、「たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはず て」、かやうなるやこれにはかなふべからむ、よつにはたとへうた、「わがこひはよむ ともつきじありそうみのはまのまさごはよみつくすとも」といへるなるべし、これはよ ろづのくさ木とりけだものにつけて心を見するなり、このうたはかくれたる所なむな き、されどはじめのそへうたとおなじやうなれば、すこしさまをかへたるなるべし、 「すまのあまのしほやくけぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり」、この哥などやかなふべからむ、
いつつにはただことうた、「いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれし からまし」といへるなるべし、これはことのととのほりただしきをいふ也、この哥の心 さらにかなはず、とめうたとやいふべからむ、「山ざくらあくまでいろを見つるかな花 ちるべくも風ふかぬよに」、むつにはいはひうた、「このとのはむべもとみけりさき草 のみつばよつばにとのづくりせり」といへるなるべし、
これは世をほめて神につぐる也、このうたいはひうたとは見えずなむある、<かすがの にわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ」、これらやすこしかなふべから む、おほよそむくさにわかれむ事はえあるまじき事になむ、今の世中いろにつき人の心花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへ に、むもれ木の人しれぬこととなりて、まめなるところには花すすきほにいだすべきことにもあらずなりにたり、そのはじめを
おもへばかかるべくなむあらぬ、いにしへの世世のみかど、春の花のあした、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人人をめして、ことにつけつつうたをたてまつらしめたまふ、ある は花をそふとてたよりなき所にまどひ、あるは月をおもふとてしるべなきやみにたどれる心心を見給ひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ、しかあるのみにあらず、さざ れいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ、よろこび
身にすぎ、たのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、松虫のねにともをしのび、たかさごすみの江のまつもあひおひのやうにおぼえ、おとこ山のむかしをおも ひいでてをみなへしのひとときをくねるにも、うたをいひてぞなぐさめける、又春のあしたに花のちるを見、秋のゆふぐれにこのはのおつるをきき、あるはとしごとにかがみ のかげに見ゆる雪と浪とをなげき、草のつゆ水あわを見て
わが身をおどろき、あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひ世にわび、したしかりしもうとくなり、あるは松山の浪をかけ、野なかの水をくみ、秋はぎのしたばをなが め、あかつきのしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの河をひきて世中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなり、ながらのはしもつくる なりときく人は
うたにのみぞ心をなぐさめける、いにしへよりかくつたはるうちにも、ならの御時よりぞひろまりにける、かのおほむ世やうたの心をしろしめしたりけむ、かのおほむ時に、 おほきみつのくらゐかきのもとの人まろなむうたのひじりなりける、これはきみもひとも身をあはせたりといふなるべし、秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをば、みかどの おほむめににしきと
見たまひ、春のあしたよしのの山のさくらは人まろが心にはくもかとのみなむおぼえける、又山の辺のあかひとといふ人ありけり、うたにあやしくたへなりけり、人まろはあ かひとがかみにたたむことかたく、あか人は人まろがしもにたたむことかたくなむあり ける、ならのみかどの御うた、「たつた河もみぢみだれてながるめりわたらばにしきな かやたえなむ」、人まろ、「梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば」、「ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ」、
赤人、「春ののにすみれつみにとこし我ぞのをなつかしみひと夜ねにける」、「わかの浦にしほみちくれば方をなみあしべをさしてたづなきわたる」、この人人をおきて又す ぐれたる人もくれ竹の世世にきこえ、かたいとのよりよりにたえずぞありける、これよりさきのうたをあつめてなむ方えふしふとなづけられたりける、ここにいにしへのこと をもうたの心をもしれる人
わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところ、えぬところたがひに なむある、かの御時よりこのかた、年はももとせあまり、世はとつぎになむなりにけ る、いにしへの事をもうたをも、しれる人よむ人おほからず、いまこのことをいふに、つかさくらゐたかき人をば、たやすきやうなればいれず、そのほかにちかき世に、その 名きこえたる人は、すなはち
僧正遍昭は、うたのさまはえたれどもまことすくなし、たとへばゑにかけるをうなを見 ていたづらに心をうごかすがごとし、「あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにも ぬけるはるの柳か」、「はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむく」、さがのにてむまよりおちてよめる、「名にめでてをれるばかりぞをみなへしわれ おちにきと人にかたるな」、ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず、しぼめる花のいろなくてにほひ
のこれるがごとし、「月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」、「おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの」、「ねぬる よのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな」、ふんやのやすひではことばはたくみにて、そのさま身におはず、いはばあき人のよききぬきたらむがごと し、「吹からによもの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ」、深草のみかどの御国忌に、「草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあら ぬ」、宇治山のそうきせんは、ことば
かすかにしてはじめをはりたしかならず、いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへるがごとし、「わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」、よ めるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず、をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなのな やめる所あるににたり、つよからぬはをう
なのうたなればなるべし、「思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを」、「いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける」、「わびぬれ ば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ」、そとほりひめのうた、「わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも」、おほともの くろぬしは、そのさまいやし、いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごとし、「思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや」、「かがみ山 いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると」、
このほかの人人その名きこゆる、野辺におふるかづらのはひひろごり、はやしにしげきこのはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひてそのさましらぬなるべし、かかるにい ますべらぎのあめのしたしろしめすこと、よつの時ここのかへりになむなりぬる、あまねきおほむうつくしみのなみ、やしまのほかまでながれ、ひろきおほむめぐみのかげ、 つ
くば山のふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、 もろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじ、ふりにしこと をもおこしたまふとて、いまもみそなはし、のちの世にもつたはれとて、延喜五年四月 十八日に大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさ う官おほし
かふちのみつね、右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬ ふるきうたみづからのをもたてまつらしめたまひてなむ、それがなかにむめをかざすよ りはじめて、ほととぎすをきき、もみぢををり、雪を見るにいたるまで、又つるかめにつけてきみをおもひ人をもいはひ、秋はぎ夏草を見てつまをこひ、あふさか山にいたり て
たむけをいのり、あるは春夏秋冬にもいらぬくさぐさのうたをなむえらばせたまひける、すべて千うた、はたまき、名づけてこきむわかしふといふ、かくこのたびあつめえ らばれて、山した水のたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすかがはのせになるうらみもきこえず、さざれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべ き、それまくら
ことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、かつは人のみみにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐなくし かのおきふしは、つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをなむよろこびぬる、人まろなくなりにたれど、うたのこととどまれるかな、たとひ時うつ り
ことさり、たのしびかなしびゆきかふとも、このうたのもじあるをや、あをやぎのいとたえず、まつのはのちりうせずして、まさきのかづらながくつたはり、とりのあとひさ しくとどまれらば、うたのさまをもしり、ことの心をえたらむ人は、おほぞらの月を見るがごとくにいにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも
真名序
夫和歌者託其根於心地。発其花於詞林者也。
人之在世、不能無為。
思慮易遷、哀楽相変。感生於志、詠形於言。
是以逸者其声楽、怨者其吟悲。
可以述懐、可以発憤。
動天地、泣鬼神、化人倫、和夫婦、莫宜於和哥。
和歌有六義。一曰風。二曰賦。三曰比。四曰興。五曰雅。六曰頌。
若夫春鶯之囀花中、秋蝉之吟樹上、雖無曲折、各発歌謡。
物皆有之、自然之理也。
然而神世七代、時質人淳、情欲無分、和哥未作。
逮于素戔烏尊到出雲国、始有三十一字之詠。今反哥之作也。
其後雖天神之孫、海童之女、莫不以和歌通情者。
爰及人代、此風大興。
長歌短歌旋頭混本之類、雑体非一。
源流漸繁。譬猶払雲之樹、生自寸苗之煙、浮天之波、起於一滴之露。
至如難波津之什献天皇、富緒川之篇報太子、或事関神異、或興入幽玄。
但見上古歌、多存古質之語。
未為耳目之翫、徒為教誡之端。
古天子、毎良辰美景、詔侍臣、預宴筵者献和歌。
君臣之情、由斯可見、賢愚之性、於是相分。
所以随民之欲、択士之才。
自大津皇子初作詩賦、詞人才子、慕風継塵。
移彼漢家之字、化我日域之俗。
民業一改、和歌漸衰。
然猶有先師柿本大夫者。
高振神妙之思、独歩古今之間。
有山部赤人者。並和歌仙也。
其余業和哥者、綿々不絶。
及彼時変澆漓、人貴奢淫、浮詞雲興、艶流泉涌。
其実皆落。其花孤栄。
至有好色之家、以此為花鳥之使、乞食之客、以此為活計之謀。
故半為婦人之右、難進大夫之前。
近代存古風者。纔二三人。然長短不同、論以可弁。
花山僧正、尤得歌体、然其詞花而少実。如図画好女徒動人情。
在原中将之歌、其情有余、其詞不足。如萎花雖少彩色、而有薫香。
文琳巧詠物、然其体近俗。如賈人之着鮮衣。
宇治山僧喜撰、其詞華麗、而首尾停滞。如望秋月遇暁雲。
小野小町歌、古衣通姫之流也、然艶而無気力。如病婦之着花粉。
大友黒主之歌、古猿丸大夫之次也。頗有逸興、而体甚鄙。如田夫之息花前也。
此外氏姓流聞者、不可勝数。
其大底皆以艶為基、不知和歌之趣者也。
俗人争事栄利。不用詠和歌。
悲哉悲哉。雖貴兼相将、富余金銭、而骨未腐於土中、名先滅於世上。
適為後世被知者、唯和歌之人而已。
何者、語近人耳、義慣神明也。
昔平城天子詔侍臣、令撰万葉集。
自爾以来、時歴十代、数過一年。
其後和歌棄不被採。
雖風流如野宰相、雅情如在納言、而皆以他才聞、不以此道顕。
陛下御宇、于今九載。
仁流秋津州之外、恵茂筑波山之蔭。
渕変為瀬之声、寂々閉口、砂長為巌之頌、洋々満耳、思継既絶之風、欲興久廃之道。
爰詔大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑等、各献家集、並古来旧歌。曰、続万葉集。
於是重有詔、部類所奉之歌、勒為二十巻。名曰古今和歌集。
臣等詞少春花之艶、名窃秋夜之長。
況哉進恐時俗之嘲、退慙才芸之拙。
適遇和歌之中興、以楽吾道之再昌。
嗟乎人麿既没、和歌不在斯哉。
于時延喜五年歳次乙丑四月十五日、臣貫之等謹序。
夫れ和歌は其の根を心地に託け、其の花を詞林に発く者なり。
人の世に在るや、無為なること能はず。
思慮遷り易く、哀楽相変ず。感は志に生り、詠は言に形はる。
是を以つて、逸せる者は其の声楽しみ、怨ぜる者は其の吟悲しむ。
以ちて懐ひを述ぶべく、以ちて憤りを発すべし。
天地を動かし、鬼神を泣かしめ、人倫を化し、夫婦を和ぐること、和哥より宜しきは莫し。
和歌に六義有り。
一に曰はく風。二に曰はく賦。三に曰はく比。四に曰はく興。五に曰はく雅。六に曰はく頌。
夫春の鶯の花中に囀り、秋の蝉の樹上に吟ずるがごときは、曲折無しと雖も、各歌謡を発す。
物皆之有るは、自然の理なり。
然るに神の世七代、時質に人淳うして、情欲分かつこと無く、和歌未だ作らず。
素戔烏尊の出雲国に到るに逮びて、始めて三十一字の詠有り。今の反哥作なり。
其の後、天つ神の孫、海童の女と雖も、和歌を以ちて情を通ぜずといふ者莫し。
爰に人代に及びて、此の風大きに興る。長歌・短歌・旋頭・混本の類、雑体一に非ず。
源流漸く繁し。譬へば、猶ほ雲払ふ樹の、寸苗の煙より生り、天を浮ぶるの波の、一滴の露より起るがごとし。
難波津の什を天皇に献じ、富緒川の篇を太子に報ぜしがごときに至りては、或いは事神異に関かり、或いは興幽玄に入る。
但し上古の歌を見るに、多く古質の語を存したり。
未だ為耳目の翫とせず、徒に教誡の端たり。
古の天子、良辰美景毎に、侍臣に詔して、宴筵に預る者をして和歌を献らしむ。
君臣の情、斯れに由りて見つべく、賢愚の性、是に於いて相分る。
所以に民の欲に随ひ、士の才を択ぶ。
大津皇子の初めて詩賦を作りしより、詞人才子、風を慕ひ塵を継ぐ。
彼の漢家の字を移して、我が日域の俗を化す。
民業一たび改つて、和歌漸く衰ふ。
然れども猶ほ先師柿本大夫といふ者有り。高く神妙の思ひを振ひ、独り古今の間を歩む。
山部赤人といふ者有り。並びに和歌の仙なり。
其の余に和歌を業とする者、綿々として絶えず。
彼の時澆漓に変じ、人奢淫を貴ぶに及びて、浮詞雲のごとくに興り、艶流泉のごとくに涌く。
其の実皆落ちて、其の花孤り栄ゆ。
好色の家には、此れを以ちて花鳥の使と為し、乞食の客は、此れを以ちて活計の謀りと為すこと有るに至る。
故に半ば婦人の右けと為して、大夫の前進め難し。
近代古風を存する者、纔かに二三人なり。
然るに、長短同じからず、論じて以ちて弁ふべし。
花山の僧正は、尤も歌体を得たれども、然も其の詞花にして実少し。
図画の好女の徒らに人の情を動。かすがごとし。
在原の中将の歌は、其の情余り有りて、其の詞足らず。
萎める花の彩色少なしと雖も、薫香有るがごとし。
文琳は巧みに物を詠ずとも、然も、其の体は俗に近し。
賈人の鮮衣を着たるがごとし。
宇治山の僧喜撰は、其詞華麗なれども、首尾停滞せり。
秋月を望むに暁の雲に遇へるがごとし。
小野小町の歌は、古の衣通姫の流なれども、然も艶にして気力無し。
病婦の花粉を着けたるがごとし。
大友黒主の歌は、古猿丸大夫の次なり。頗る逸興有れども、体甚だ鄙し。
田夫の花の前に息めるがごとし。
此の外氏姓の流聞する者、勝げて数ふべからず。
其の大底は皆艶なるを以ちて基と為し、和歌の趣を知らざる者なり。
俗人争ひて栄利を事として、和歌を詠ずることを用ゐず。
悲しき哉、悲しき哉。
貴きことは相将を兼ね、富めることは金銭を余せりと雖も、骨の未土中に腐ちざるに、名は先だちて世上に滅えぬ。
適為後世に知らるるところの者は、唯だ和歌の人のみ。
何となれば、語は人耳に近しく、義は神明に慣へばなり。
昔、平城天子侍臣に詔して万葉集を撰ばしむ。
爾より以来、時、十代を歴、数、一年に過ぎたり。
其の後、和歌は棄てて採られず。
風流は野宰相のごとく、雅情は在納言のごとしと雖も、皆他才を以ちて聞こえ、此の道を以ちて顕はれず。
陛下の御宇、今に九載。
仁は秋津州の外に流れ、恵は筑波山の蔭よりも茂し。
渕変じて瀬と為るの声は、寂々として口を閉ぢ、砂長じて巌と為るの頌は、洋々として耳に満てり。
既に絶えたるの風を継がんことを思ほし、久しく廃れたるの道を興さんと欲したまふ。
爰に大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑等に詔して、各の家集並びに古来の旧歌を献ぜしむ。
続万葉集と曰ふ。
是に於いて重ねて詔有りて、奉る所の歌を部類して、勒として二十巻と為す。
名づけて古今和歌集と曰ふ。
臣等、詞は春の花の艶少なく、名は秋の夜の長きを窃めり。
況んや進んでは時俗の嘲りを恐れ、退きては才芸の拙きを慙づ。
適、和歌の中興に遇ひて、以ちて吾が道の再び昌んなることを楽しむ。
嗟乎、人麿既に没したれども、和歌斯に在らずや。
時に延喜五年歳の乙丑に次る四月十五日、臣貫之等謹みて序す。
1
在原元方
ふるとしに春たちける日よめる
としのうちに春はきにけりひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ
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2
紀貫之
はるたちける日よめる
袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ
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3
よみ人しらず
題しらず
春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ
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4
二条のきさきのはるのはじめの御うた
雪の内に春はきにけりうぐひすのこほれる涙今やとくらむ
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5
よみ人しらず
題しらず
梅がえにきゐるうぐひすはるかけてなけどもいまだ雪はふりつつ
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6
素性法師
雪の木にふりかかれるをよめる
春立てば花とや見らむ白雪のかかれる枝にうぐひすぞなく
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7
よみ人しらず
題しらず
心ざしふかくそめてし折りければきえあへぬ雪の花と見ゆらむ
ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみの 哥なり
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8
文屋やすひで
二条のきさきのとう宮のみやすんどころときこえけ る時、正月三日おまへにめして、おほせごとあるあひだに、日はてりながら雪のかしら にふりかかりけるをよませ給ひける
春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき
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9
きのつらゆき
ゆきのふりけるをよめる
霞たちこのめもはるの雪ふれば花なきさとも花ぞちりける
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10
ふぢはらのことなほ
春のはじめによめる
はるやとき花やおそきとききわかむ鶯だにもなかずもあるかな
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11
みぶのただみね
はるのはじめのうた
春きぬと人はいへどもうぐひすのなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ
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12
源まさずみ
寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづる浪や春のはつ花
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13
紀とものり
花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる
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14
大江千里
うぐひすの谷よりいづるこゑなくは春くることをたれかしらまし
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15
在原棟梁
春たてど花もにほはぬ山ざとはものうかるねに鶯ぞなく
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16
よみ人しらず
題しらず
野辺ちかくいへゐしせればうぐひすのなくなるこゑはあさなあさなきく
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17
かすがのはけふはなやきそわか草のつまもこもれり我もこもれり
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18
かすがののとぶひののもりいでて見よ今いくかありてわかなつみてむ
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19
み山には松の雪だにきえなくに宮こはのべのわかなつみけり
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20
梓弓おしてはるさめけふふりぬあすさへふらばわかなつみてむ
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21
仁和のみかどみこにおましましける時に、人にわか なたまひける御うた
君がため春ののにいでてわかなつむわが衣手に雪はふりつつ
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22
つらゆき
哥たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる
かすがののわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ
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23
在原行平朝臣
題しらず
はるのきるかすみの衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ
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24
源むねゆきの朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合によめる
ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり
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25
つらゆき
哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る
わがせこが衣はるさめふるごとにのべのみどりぞいろまさりける
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26
あをやぎのいとよりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける
27
僧正遍昭
西大寺のほとりの柳をよめる
あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにもぬける春の柳か
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28
よみ人しらず
題しらず
ももちどりさへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふり行く
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29
をちこちのたづきもしらぬ山なかにおぼつかなくもよぶこどりかな
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30
凡河内みつね
かりのこゑをききてこしへまかりにける人を思ひて よめる
春くればかりかへるなり白雲のみちゆきぶりにことやつてまし
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31
伊勢
帰雁をよめる
はるがすみたつを見すててゆくかりは花なきさとにすみやならへる
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32
よみ人しらず
題しらず
折りつれば袖こそにほへ梅花有りとやここにうぐひすのなく
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33
色よりもかこそあはれとおもほゆれたが袖ふれしやどの梅ぞも
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34
やどちかく梅の花うゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり
35
梅花たちよるばかりありしより人のとがむるかにぞしみぬる
36
東三条の左のおほいまうちぎみ
むめの花ををりてよめる
鶯の笠にぬふといふ梅花折りてかざさむおいかくるやと
37
素性法師
題しらず
よそにのみあはれとぞ見し梅花あかぬいろかは折りてなりけり
38
とものり
むめの花ををりて人におくりける
君ならで誰にか見せむ梅花色をもかをもしる人ぞしる
39
つらゆき
くらぶ山にてよめる
梅花にほふ春べはくらぶ山やみにこゆれどしるくぞ有りける
40
みつね
月夜に梅花ををりてと人のいひければ、をるとてよ める
月夜にはそれとも見えず梅花かをたづねてぞしるべかりける
41
はるのよ梅花をよめる
春の夜のやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるる
42
つらゆき
はつせにまうづるごとにやどりける人の家に、ひさ しくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむや どりはあるといひいだして侍りければ、そこにたてりけるむめの花ををりてよめる
人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔のかににほひける
43
伊勢
水のほとりに梅花さけりけるをよめる
春ごとにながるる河を花と見てをられぬ水に袖やぬれなむ
44
年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ
45
つらゆき
家にありける梅花のちりけるをよめる
くるとあくとめかれぬものを梅花いつの人まにうつろひぬらむ
46
よみ人しらず
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
梅がかをそでにうつしてとどめてば春はすぐともかたみならまし
47
素性法師
ちると見てあるべきものを梅花うたてにほひのそでにとまれる
48
よみ人しらず
題しらず
ちりぬともかをだにのこせ梅花こひしき時のおもひいでにせむ
49
つらゆき
人の家にうゑたりけるさくらの花さきはじめたりけ るを見てよめる
ことしより春しりそむるさくら花ちるといふ事はならはざらなむ
50
よみ人しらず
題しらず
山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我見はやさむ
又は、さととほみ人もすさめぬ山ざくら
51
やまざくらわが見にくれば春霞峯にもをにもたちかくしつつ
52
さきのおほきおほいまうちぎみ
そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花を ささせ給へるを見てよめる
年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし
53
在原業平朝臣
なぎさの院にてさくらを見てよめる
世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし
54
よみ人しらず
題しらず
いしばしるたきなくもがな桜花たをりてもこむ見ぬ人のため
55
そせい法し
山のさくらを見てよめる
見てのみや人にかたらむさくら花てごとにをりていへづとにせむ
56
花ざかりに京を見やりてよめる
みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける
57
きのとものり
さくらの花のもとにて年のおいぬることをなげきて よめる
いろもかもおなじむかしにさくらめど年ふる人ぞあらたまりける
58
つらゆき
をれるさくらをよめる
たれしかもとめてをりつる春霞たちかくすらむ山のさくらを
59
哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る
桜花さきにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲
60
とものり
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
み吉野の山べにさけるさくら花雪かとのみぞあやまたれける
61
伊勢
やよひにうるふ月ありける年よみける
さくら花春くははれる年だにも人の心にあかれやはせぬ
62
よみ人しらず
さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人の きたりける時によみける
あだなりとなにこそたてれ桜花年にまれなる人もまちけり
63
なりひらの朝臣
返し
けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずはありとも花と見ましや
64
よみ人しらず
題しらず
ちりぬればこふれどしるしなき物をけふこそさくらをらばをりてめ
65
をりとらばをしげにもあるか桜花いざやどかりてちるまでは見む
66
きのありとも
さくらいろに衣はふかくそめてきむ花のちりなむのちのかたみに
67
みつね
さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人 によみておくりける
わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき
68
伊勢
亭子院哥合の時よめる
見る人もなき山ざとのさくら花ほかのちりなむのちぞさかまし
-----------------------------------------
69
よみ人しらず
題しらず
春霞たなびく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく
70
まてといふにちらでしとまる物ならばなにを桜に思ひまさまし
71
のこりなくちるぞめでたき桜花ありて世中はてのうければ
72
このさとにたびねしぬべしさくら花ちりのまがひにいへぢわすれて
73
空蝉の世にもにたるか花ざくらさくと見しまにかつちりにけり
74
これたかのみこ
僧正遍昭によみておくりける
さくら花ちらばちらなむちらずとてふるさと人のきても見なくに
75
そうく法師
雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる
桜ちる花の所は春ながら雪ぞふりつつきえがてにする
76
そせい法し
さくらの花のちり侍りけるを見てよみける
花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ
77
そうく法し
うりむゐんにてさくらの花をよめる
いざさくら我もちりなむひとさかりありなば人にうきめ見えなむ
78
つらゆき
あひしれりける人のまうできてかへりにけるのちに よみて花にさしてつかはしける
ひとめ見し君もやくると桜花けふはまち見てちらばちらなむ
79
山のさくらを見てよめる
春霞なにかくすらむ桜花ちるまをだにも見るべき物を
80
藤原よるかの朝臣
心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじと ておろしこめてのみ侍りけるあひだに、をれるさくらのちりがたになれりけるを見てよ める
たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり
81
すがのの高世
東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれ けるを見てよめる
枝よりもあだにちりにし花なればおちても水のあわとこそなれ
82
つらゆき
さくらの花のちりけるをよみける
ごとならばさかずやはあらぬさくら花見る我さへにしづ心なし
83
さくらのごととくちる物はなしと人のいひければよ める
さくら花とくちりぬともおもほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ
84
きのとものり
桜の花のちるをよめる
久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ
85
ふぢはらのよしかぜ
春宮のたちはきのぢんにてさくらの花のちるをよめ る
春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふと見む
86
凡河内みつね
さくらのちるをよめる
雪とのみふるだにあるをさくら花いかにちれとか風の吹くらむ
87
つらゆき
ひえにのぼりてかへりまうできてよめる
山たかみみつつわがこしさくら花風は心にまかすべらなり
88
大伴くろぬし
題しらず
春雨のふるは涙かさくら花ちるををしまぬ人しなければ
89
つらゆき
亭子院哥合哥
さくら花ちりぬる風のなごりには水なきそらに浪ぞたちける
90
ならのみかどの御うた
ふるさととなりにしならのみやこにも色はかはらず花はさきけり
91
よしみねのむねさだ
はるのうたとてよめる
花の色はかすみにこめて見せずともかをだにぬすめ春の山かぜ
92
そせい法し
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
はなの木も今はほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり
93
よみ人しらず
題しらず
春の色のいたりいたらぬさとはあらじさけるさかざる花の見ゆらむ
94
つらゆき
はるのうたとてよめる
みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ
95
そせい
うりむゐんのみこのもとに、花見にきた山のほとり にまかれりける時によめる
いざけふは春の山辺にまじりなむくれなばなげの花のかげかは
96
はるのうたとてよめる
いつまでか野辺に心のあくがれむ花しちらずは千世もへぬべし
97
よみ人しらず
題しらず
春ごとに花のさかりはありなめどあひ見む事はいのちなりけり
98
花のごと世のつねならばすぐしてし昔は又もかへりきなまし
99
吹く風にあつらへつくる物ならばこのひともとはよぎよといはまし
100
まつ人もこぬものゆゑにうぐひすのなきつる花ををりてけるかな
101
藤原おきかぜ
寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
さく花は千くさながらにあだなれどたれかははるをうらみはてたる
102
春霞色のちくさに見えつるはたなびく山の花のかげかも
103
ありはらのもとかた
霞立つ春の山べはとほけれど吹きくる風は花のかぞする
104
みつね
うつろへる花を見てよめる
花見れば心さへにぞうつりけるいろにはいでじ人もこそしれ
105
よみ人しらず
題しらず
鶯のなくのべごとにきて見ればうつろふ花に風ぞふきける
106
吹く風をなきてうらみよ鶯は我やは花に手だにふれたる
107
典侍洽子朝臣
ちる花のなくにしとまる物ならば我鶯におとらましやは
108
藤原のちかげ
仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとてしける 時によみける
花のちることやわびしき春霞たつたの山のうぐひすのこゑ
109
そせい
うぐひすのなくをよめる
こづたへばおのがはかぜにちる花をたれにおほせてここらなくらむ
110
みつね
鶯の花の木にてなくをよめる
しるしなきねをもなくかなうぐひすのことしのみちる花ならなくに
111
よみ人しらず
題しらず
こまなめていざ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ
112
ちる花をなにかうらみむ世中にわが身もともにあらむ物かは
113
小野小町
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
114
そせい
仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとしける時 によめる
をしと思ふ心はいとによられなむちる花ごとにぬきてとどめむ
115
つらゆき
しがの山ごえに女のおほくあへりけるに、よみてつ かはしける
あづさゆみはるの山辺をこえくれば道もさりあへず花ぞちりける
116
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
春ののにわかなつまむとこしものをちりかふ花にみちはまどひぬ
117
山でらにまうでたりけるによめる
やどりして春の山辺にねたる夜は夢の内にも花ぞちりける
118
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
吹く風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花を見ましや
119
僧正遍昭
しがよりかへりけるをうなどもの花山にいりて ふぢの花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける
よそに見てかへらむ人にふぢの花はひまつはれよえだはをるとも
120
みつね
家にふぢの花のさけりけるを、人のたちとまりて見 けるをよめる
わがやどにさける藤波たちかへりすぎがてにのみ人の見るらむ
121
よみ人しらず
題しらず
今もかもさきにほふらむ橘のこじまのさきの山吹の花
122
春雨ににほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花
123
山ぶきはあやななさきそ花見むとうゑけむ君がこよひこなくに
124
つらゆき
よしの河のほとりに山ぶきのさけりけるをよめる
吉野河岸の山吹ふくかぜにそこの影さへうつろひにけり
125
よみ人しらず
題しらず
かはづなくゐでの山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を
この哥は、ある人のいはく、たちばなのきよとも が哥なり
126
そせい
春の哥とてよめる
おもふどち春の山辺にうちむれてそこともいはぬたびねしてしか
127
みつね
はるのとくすぐるをよめる
あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくもおもほゆるかな
128
つらゆき
やよひにうぐひすのこゑのひさしうきこえざりける をよめる
なきとむる花しなければうぐひすもはては物うくなりぬべらなり
129
ふかやぶ
やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山河より 花のながれけるをよめる
花ちれる水のまにまにとめくれば山には春もなくなりにけり
130
もとかた
はるををしみてよめる
をしめどもとどまらなくに春霞かへる道にしたちぬとおもへば
131
おきかぜ
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
こゑたえずなけやうぐひすひととせにふたたびとだにくべき春かは
132
みつね
やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女 どもを見てよめる
とどむべき物とはなしにはかなくもちる花ごとにたぐふこころか
133
なりひらの朝臣
やよひのつごもりの日あめのふりけるに、ふぢの花 ををりて人につかはしける
ぬれつつぞしひてをりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば
134
みつね
亭子院の哥合のはるのはてのうた
けふのみと春をおもはぬ時だにも立つことやすき花のかげかは
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135
よみ人しらず
題しらず
わがやどの池の藤波さきにけり山郭公いつかきなかむ
このうた、ある人のいはく、かきのもとの人まろが 也
136
紀としさだ
う月にさけるさくらを見てよめる
あはれてふ事をあまたにやらじとや春におくれてひとりさくらむ
137
よみ人しらず
題しらず
さ月まつ山郭公うちはぶき今もなかなむこぞのふるごゑ
138
伊勢
五月こばなきもふりなむ郭公まだしきほどのこゑをきかばや
139
よみ人しらず
さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする
140
いつのまにさ月きぬらむあしひきの山郭公今ぞなくなる
141
けさきなきいまだたびなる郭公花たちばなにやどはからなむ
142
きのとものり
おとは山をこえける時に郭公のなくをききてよめる
おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる
143
そせい
郭公のはじめてなきけるをききてよめる
郭公はつこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた
144
ならのいその神でらにて郭公のなくをよめる
いその神ふるき宮この郭公声ばかりこそむかしなりけれ
145
よみ人しらず
題しらず
夏山になく郭公心あらば物思ふ我に声なきかせそ
146
郭公なくこゑきけばわかれにしふるさとさへぞこひしかりける
147
ほととぎすながなくさとのあまたあれば猶うとまれぬ思ふ物から
148
思ひいづるときはの山の郭公唐紅のふりいでてぞなく
149
声はして涙は見えぬ郭公わが衣手のひつをからなむ
150
あしひきの山郭公をりはへてたれかまさるとねをのみぞなく
151
今さらに山へかへるな郭公こゑのかぎりはわがやどになけ
152
みくにのまち
やよやまて山郭公事づてむ我世中にすみわびぬとよ
153
紀とものり
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
五月雨に物思ひをれば郭公夜ふかくなきていづちゆくらむ
154
夜やくらき道やまどへるほととぎすわがやどをしもすぎがてになく
155
大江千里
やどりせし花橘もかれなくになどほととぎすこゑたえぬらむ
156
きのつらゆき
夏の夜のふすかとすれば郭公なくひとこゑにあくるしののめ
157
みぶのただみね
くるるかと見ればあけぬるなつのよをあかずとやなく山郭公
158
紀秋岑
夏山にこひしき人やいりにけむ声ふりたててなく郭公
159
よみ人しらず
題しらず
こぞの夏なきふるしてし郭公それかあらぬかこゑのかはらぬ
160
つらゆき
郭公のなくをききてよめる
五月雨のそらもとどろに郭公なにをうしとかよただなくらむ
161
みつね
さぶらひにてをのこどものさけたうべけるに、めし て郭公まつうたよめとありければよめる
ほととぎすこゑもきこえず山びこはほかになくねをこたへやはせぬ
162
つらゆき
山に郭公のなきけるをききてよめる
郭公人まつ山になくなれば我うちつけにこひまさりけり
163
ただみね
はやくすみける所にてほととぎすのなきけるを ききてよめる
むかしべや今もこひしき郭公ふるさとにしもなきてきつらむ
164
みつね
郭公のなきけるをききてよめる
郭公我とはなしに卯花のうき世中になきわたるらむ
165
僧正へんぜう
はちすのつゆを見てよめる
はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆを玉とあざむく
166
深養父
月のおもしろかりける夜、あかつきがたによめる
夏の夜はまだよひながらあけぬるを雲のいづこに月やどるらむ
167
みつね
となりよりとこなつの花をこひにおこせたりけれ ば、をしみてこのうたをよみてつかはしける
ちりをだにすゑじとぞ思ふさきしよりいもとわがぬるとこ夏のはな
168
みな月のつごもりの日よめる
夏と秋と行きかふそらのかよひぢはかたへすずしき風やふくらむ
-------------------------------------
169
藤原敏行朝臣
秋立つ日よめる
あききぬとめにはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる
170
つらゆき
秋たつ日、うへのをのこどもかものかはらにかはせ うえうしけるともにまかりてよめる
河風のすずしくもあるかうちよする浪とともにや秋は立つらむ
171
よみ人しらず
題しらず
わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋のはつ風
172
きのふこそさなへとりしかいつのまにいなばそよぎて秋風の吹く
173
秋風の吹きにし日より久方のあまのかはらにたたぬ日はなし
174
久方のあまのかはらのわたしもり君わたりなばかぢかくしてよ
175
天河紅葉をはしにわたせばやたなばたつめの秋をしもまつ
176
こひこひてあふ夜はこよひあまの河きり立ちわたりあけずもあらなむ
177
とものり
寛平御時なぬかの夜、うへにさぶらふをのこども、 哥たてまつれとおほせられける時に、人にかはりてよめる
天河あさせしら浪たどりつつわたりはてねばあけぞしにける
178
藤原おきかぜ
おなじ御時きさいの宮の哥合のうた
契りけむ心ぞつらきたなばたの年にひとたびあふはあふかは
179
凡河内みつね
なぬかの日の夜よめる>
年ごとにあふとはすれどたなばたのぬるよのかずぞすくなかりける
180
織女にかしつる糸の打ちはへて年のをながくこひやわたらむ
181
そせい
題しらず
こよひこむ人にはあはじたなばたのひさしきほどにまちもこそすれ
182
源むねゆきの朝臣
なぬかの夜のあかつきによめる
今はとてわかるる時は天河わたらぬさきにそでぞひちぬる
183
みぶのただみね
やうかの日よめる
けふよりはいまこむ年のきのふをぞいつしかとのみまちわたるべき
184
よみ人しらず
題しらず
このまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり
185
おほかたの秋くるからにわが身こそかなしき物と思ひしりぬれ
186
わがためにくる秋にしもあらなくにむしのねきけばまづぞかなしき
187
物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひゆくをかぎりと思へば
188
ひとりぬるとこは草ばにあらねども秋くるよひはつゆけかりけり
189
これさだのみこの家の哥合のうた
いつはとは時はわかねど秋のよぞ物思ふ事のかぎりなりける
190
みつね
かむなりのつぼに人人あつまりて秋のよをしむ哥よ みけるついでによめる
かくばかりをしと思ふ夜をいたづらにねてあかすらむ人さへぞうき
191
よみ人しらず
題しらず
白雲にはねうちかはしとぶかりのかずさへ見ゆる秋のよの月
192
さ夜なかと夜はふけぬらしかりがねのきこゆるそらに月わたる見ゆ
193
大江千里
これさだのみこの家の哥合によめる
月見れはちぢに物こそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど
194
ただみね
久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ
195
在原元方
月をよめる
秋の夜の月のひかりしあかければくらぶの山もこえぬべらなり
196
藤原忠房
人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなきける をききてよめる
蟋蟀いたくななきそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる
197
としゆきの朝臣
これさだのみこの家の哥合のうた
秋の夜のあくるもしらずなくむしはわがごと物やかなしかるらむ
198
よみ人しらず
題しらず
あき萩も色づきぬればきりぎりすわがねぬごとやよるはかなしき
199
秋の夜はつゆこそことにさむからし草むらごとにむしのわぶれば
200
君しのぶ草にやつるるふるさとは松虫のねぞかなしかりける
201
秋ののに道もまどひぬ松虫のこゑする方にやどやからまし
202
あきののに人松虫のこゑすなり我かとゆきていざとぶらはむ
203
もみぢばのちりてつもれるわがやどに誰を松虫ここらなくらむ
204
ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかげにぞありける
205
ひぐらしのなく山里のゆふぐれは風よりほかにとふ人もなし
206
在原元方
はつかりをよめる
まつ人にあらぬ物からはつかりのけさなくこゑのめづらしきかな
207
とものり
これさだのみこの家の哥合のうた
秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらむ
208
よみ人しらず
題しらず
わがかどにいなおほせどりのなくなへにけさ吹く風にかりはきにけり
209
いとはやもなきぬるかりか白露のいろどる木木ももみぢあへなくに
210
春霞かすみていにしかりがねは今ぞなくなる秋ぎりのうへに
211
夜をさむみ衣かりがねなくなへに萩のしたばもうつろひにけり
このうたはある人のいはく、柿本の人まろが也と
212
藤原菅根朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
秋風にこゑをほにあげてくる舟はあまのとわたるかりにぞありける
213
みつね
かりのなきけるをききてよめる
うき事を思ひつらねてかりがねのなきこそわたれ秋のよなよな
214
ただみね
これさだのみこの家の哥合のうた
山里は秋こそことにわびしけれしかのなくねにめをさましつつ
215
よみ人しらず
おく山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時ぞ秋は悲しき
216
題しらず
秋はぎにうらびれをればあしひきの山したとよみしかのなくらむ
217
秋はぎをしがらみふせてなくしかのめには見えずておとのさやけさ
218
藤原としゆきの朝臣
これさだのみこの家の哥合によめる
あきはぎの花さきにけり高砂のをのへのしかは今やなくらむ
219
みつね
むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて物 がたりしけるついでによめる
秋はぎのふるえにさける花見れば本の心はわすれざりけり
220
よみ人しらず
題しらず
あきはぎのしたば色づく今よりやひとりある人のいねがてにする
221
なきわたるかりの涙やおちつらむ物思ふやどの萩のうへのつゆ
222
萩の露玉にぬかむととればけぬよし見む人は枝ながら見よ
ある人のいはく、この哥はならのみかどの御哥なり と
223
をりて見ばおちぞしぬべき秋はぎの枝もとををにおけるしらつゆ
224
萩が花ちるらむをののつゆしもにぬれてをゆかむさ夜はふくとも
225
文屋あさやす
是貞のみこの家の哥合によめる
秋ののにおくしらつゆは玉なれやつらぬきかくるくものいとすぢ
226
僧正へんぜう
題しらず
名にめでてをれるばかりぞをみなへし我おちにきと人にかたるな
227
ふるのいまみち
僧正遍昭がもとにならへまかりける時に、をとこ山 にてをみなへしを見てよめる
をみなへしうしと見つつぞゆきすぐるをとこ山にしたてりと思へば
228
としゆきの朝臣
是貞のみこの家の哥合のうた
秋ののにやどりはすべしをみなへし名をむつまじみたびならなくに
229
をののよし木
題しらず
をみなへしおほかるのべにやどりせばあやなくあだの名をやたちなむ
230
左のおほいまうちぎみ
朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける
をみなへし秋のの風にうちなびき心ひとつをたれによすらむ
231
藤原定方朝臣
秋ならであふことかたきをみなへしあまのかはらにおひぬものゆゑ
232
つらゆき
たが秋にあらぬものゆゑをみなへしなぞ色にいでてまだきうつろふ
233
みつね
つまこふるしかぞなくなる女郎花おのがすむのの花としらずや
234
女郎花ふきすぎてくる秋風はめには見えねどかこそしるけれ
235
ただみね
人の見る事やくるしきをみなへし秋ぎりにのみたちかくるらむ
236
ひとりのみながむるよりは女郎花わがすむやどにうゑて見ましを
237
兼覧王
ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうゑたり けるを見てよめる
をみなへしうしろめたくも見ゆるかなあれたるやどにひとりたてれば
238
平さだふん
寛平御時、蔵人所のをのこどもさがのに花見むとてまかりたりける時、かへるとてみな哥よみけるついでによめる
花にあかでなにかへるらむをみなへしおほかるのべにねなましものを
239
としゆきの朝臣
これさだのみこの家の哥合によめる
なに人かきてぬぎかけしふぢばかまくる秋ごとにのべをにほはす
240
つらゆき
ふぢばかまをよみて人につかはしける
やどりせし人のかたみかふぢばかまわすられがたきかににほひつつ
241
そせい
ふぢばかまをよめる
ぬししらぬかこそにほへれ秋ののにたがぬぎかけしふぢばかまぞも
242
平貞文
題しらず
今よりはうゑてだに見じ花すすきほにいづる秋はわびしかりけり
243
ありはらのむねやな
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
秋の野の草のたもとか花すすきほにいでてまねく袖と見ゆらむ
244
素性法師
我のみやあはれとおもはむきりぎりすなくゆふかげのやまとなでしこ
245
よみ人しらず
題しらず
みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける
246
ももくさの花のひもとく秋ののを思ひたはれむ人なとがめそ
247
月草に衣はすらむあさつゆにぬれてののちはうつろひぬとも
248
僧正遍昭
仁和のみかどみこにおはしましける時、ふるのた き御覧ぜむとておはしましけるみちに、遍昭がははの家にやどりたまへりける時に、 庭を秋ののにつくりて、おほむ物がたりのついでによみてたてまつりける
さとはあれて人はふりにしやどなれや庭もまがきも秋ののらなる
------------------------------------------
249
文屋やすひで
これさだのみこの家の哥合のうた
吹くからに秋の草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ
250
草も木も色かはれどもわたつうみの浪の花にぞ秋なかりける
251
紀よしもち
秋の哥合しける時によめる
紅葉せぬときはの山は吹く風のおとにや秋をききわたるらむ
252
よみ人しらず
題しらず
霧立ちて雁ぞなくなる片岡の朝の原は紅葉しぬらむ
253
神な月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なびのもり
254
ちはやぶる神なび山のもみぢばに思ひはかけじうつろふ物を
255
藤原かちおむ
貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、にしの 方にさせりけるえだのもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみける ついでによめる
おなじえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ
256
つらゆき
いしやまにまうでける時、おとは山のもみぢを見て よめる
秋風のふきにし日よりおとは山峯のこずゑも色づきにけり
257
としゆきの朝臣
これさだのみこの家の哥合によめる
白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちぢにそむらむ
258
壬生忠岑
秋の夜のつゆをばつゆとおきながらかりの涙やのべをそむらむ
259
よみ人しらず
題しらず
あきのつゆいろいろごとにおけばこそ山のこのはのちくさなるらめ
260
つらゆき
もる山のほとりにてよめる
しらつゆも時雨もいたくもる山はしたばのこらず色づきにけり
261
在原元方
秋のうたとてよめる
雨ふれどつゆももらじをかさとりの山はいかでかもみぢそめけむ
262
つらゆき
神のやしろのあたりをまかりける時にいがきのうち のもみぢを見てよめる
ちはやぶる神のいがきにはふくずも秋にはあへずうつろひにけり
263
ただみね
これさだのみこの家の哥合によめる
あめふればかさとり山のもみぢばはゆきかふ人のそでさへぞてる
264
よみ人しらず
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
ちらねどもかねてぞをしきもみぢばは今は限の色と見つれば
265
きのとものり
やまとのくににまかりける時、さほ山にきりのたて りけるを見てよめる
たがための錦なればか秋ぎりのさほの山辺をたちかくすらむ
266
よみ人しらず
是貞のみこの家の哥合のうた
秋ぎりはけさはなたちそさほ山のははそのもみぢよそにても見む
267
坂上是則
秋のうたとてよめる
佐保山のははその色はうすけれど秋は深くもなりにけるかな
268
在原なりひらの朝臣
人のせんざいにきくにむすびつけてうゑけるうた
うゑしうゑば秋なき時やさかざらむ花こそちらめねさへかれめや
269
としゆきの朝臣
寛平御時きくの花をよませたまうける
久方の雲のうへにて見る菊はあまつほしとぞあやまたれける
この哥は、まだ殿上ゆるされざりける時にめしあげ られてつかうまつれるとなむ
270
きのとものり
これさだのみこの家の哥合のうた
露ながらをりてかざさむきくの花おいせぬ秋のひさしかるべく
271
大江千里
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
うゑし時花まちどほにありしきくうつろふ秋にあはむとや見し
272
すがはらの朝臣
おなじ御時せられけるきくあはせに、すはまをつく りて菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、ふきあげのはまのかたにきくうゑたり けるによめる
秋風の吹きあげにたてる白菊は花かあらぬか浪のよするか
273
素性法師
仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
ぬれてほす山ぢの菊のつゆのまにいつかちとせを我はへにけむ
274
とものり
菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる
花見つつ人まつ時はしろたへの袖かとのみぞあやまたれける
275
おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる
ひともとと思ひしきくをおほさはの池のそこにもたれかうゑけむ
276
つらゆき
世中のはかなきことを思ひけるをりにきくの花を見 てよみける
秋の菊にほふかぎりはかざしてむ花よりさきとしらぬわが身を
277
凡河内みつね
しらぎくの花をよめる
心あてにをらばやをらむはつしものおきまどはせる白菊の花
278
よみ人しらず
これさだのみこの家の哥合のうた
いろかはる秋のきくをばひととせにふたたびにほふ花とこそ見れ
279
平さだふん
仁和寺にきくのはなめしける時に、うたそへてたて まつれとおほせられければ、よみてたてまつりける
秋をおきて時こそ有りけれ菊の花うつろふからに色のまされば
280
つらゆき
人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよ める
さきそめしやどしかはれば菊の花色さへにこそうつろひにけれ
281
よみ人しらず
題しらず
佐保山のははそのもみぢちりぬべみよるさへ見よとてらす月影
282
藤原関雄
みやづかへひさしうつかうまつらで山ざとにこもり 侍りけるによめる
おく山のいはがきもみぢちりぬべしてる日のひかり見る時なくて
283
よみ人しらず
題しらず
竜田河もみぢみだれて流るめりわたらば錦なかやたえなむ
この哥は、ある人、ならのみかどの御哥なりとなむ 申す
284
たつた河もみぢば流る神なびのみむろの山に時雨ふるらし
又は、あすかがはもみぢばながる
285
こひしくは見てもしのばむもみぢばを吹きなちらしそ山おろしのかぜ
286
秋風にあへずちりぬるもみぢばのゆくへさだめぬ我ぞかなしき
287
あきはきぬ紅葉はやどにふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし
288
ふみわけてさらにやとはむもみぢばのふりかくしてしみちとみながら
289
秋の月山辺さやかにてらせるはおつるもみぢのかずを見よとか
290
吹く風の色のちくさに見えつるは秋のこのはのちればなりけり
291
せきを
霜のたてつゆのぬきこそよわからし山の錦のおればかつちる
292
(朱書「僧正へんせうイ」)
うりむゐんの木のかげにたたずみてよみける
わび人のわきてたちよるこの本はたのむかげなくもみぢちりけり
293
そせい
二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風 にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる
もみぢばのながれてとまるみなとには紅深き浪や立つらむ
294
なりひらの朝臣
ちはやぶる神世もきかず竜田河唐紅に水くくるとは
295
としゆきの朝臣
これさだのみこの家の哥合のうた
わがきつる方もしられずくらぶ山木木のこのはのちるとまがふに
296
ただみね
神なびのみむろの山を秋ゆけば錦たちきる心地こそすれ
297
つらゆき
北山に紅葉をらむとてまかれりける時によめる
見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるのにしきなりけり
298
かねみの王
秋のうた
竜田ひめたむくる神のあればこそ秋のこのはのぬさとちるらめ
299
つらゆき
をのといふ所にすみ侍りける時もみぢを見てよめる
秋の山紅葉をぬさとたむくればすむ我さへぞたび心ちする
300
きよはらのふかやぶ
神なびの山をすぎて竜田河をわたりける時に、もみ ぢのながれけるをよめる
神なびの山をすぎ行く秋なればたつた河にぞぬさはたむくる
301
ふぢはらのおきかぜ
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
白浪に秋のこのはのうかべるをあまのながせる舟かとぞ見る
302
坂上これのり
たつた河のほとりにてよめる
もみぢばのながれざりせば竜田河水の秋をばたれかしらまし
303
はるみちのつらき
しがの山ごえにてよめる
山河に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
304
みつね
池のほとりにてもみぢのちるをよめる
風ふけばおつるもみぢば水きよみちらぬかげさへそこに見えつつ
305
亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人のもみ ぢのちる木のもとにむまをひかへてたてるをよませたまひければつかうまつりける
立ちとまり見てをわたらむもみぢばは雨とふるとも水はまさらじ
306
ただみね
是貞のみこの家の哥合のうた
山田もる秋のかりいほにおくつゆはいなおほせ鳥の涙なりけり
307
よみ人しらず
題しらず
ほにもいでぬ山田をもると藤衣いなばのつゆにぬれぬ日ぞなき
308
かれる田におふるひつちのほにいでぬは世を今更に秋はてぬとか
309
そせい法し
北山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるによ める
もみぢばは袖にこきいれてもていでなむ秋は限と見む人のため
310
おきかぜ
寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられけれ ば、たつた河もみぢばながるといふ哥をかきて、そのおなじ心をよめりける
み山よりおちくる水の色見てぞ秋は限と思ひしりぬる
311
つらゆき
秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる
年ごとにもみぢばながす竜田河みなとや秋のとまりなるらむ
312
なが月のつごもりの日大井にてよめる
ゆふづく夜をぐらの山になくしかのこゑの内にや秋はくるらむ
313
みつね
おなじつごもりの日よめる
道しらばたづねもゆかむもみぢばをぬさとたむけて秋はいにけり
---------------------------------------
314
よみ人しらず
題しらず
竜田河錦おりかく神な月しぐれの雨をたてぬきにして
315
源宗于朝臣
冬の哥とてよめる
山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば
316
読人しらず
題しらず
おほぞらの月のひかりしきよければ影見し水ぞまづこほりける
317
ゆふされば衣手さむしみよしののよしのの山にみ雪ふるらし
318
今よりはつぎてふらなむわがやどのすすきおしなみふれるしら雪
319
ふる雪はかつぞけぬらしあしひきの山のたぎつせおとまさるなり
320
この河にもみぢば流るおく山の雪げの水ぞ今まさるらし
321
ふるさとはよしのの山しちかければひと日もみ雪ふらぬ日はなし
322
わがやどは雪ふりしきてみちもなしふみわけてとふ人しなければ
323
紀貫之
冬のうたとて
雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける
324
紀あきみね
しがの山ごえにてよめる
白雪のところもわかずふりしけばいはほにもさく花とこそ見れ
325
坂上これのり
ならの京にまかれりける時にやどれりける所にてよ める
みよしのの山の白雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり
326
ふぢはらのおきかぜ
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとぞ見る
327
壬生忠岑
みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ
328
白雪のふりてつもれる山ざとはすむ人さへや思ひきゆらむ
329
凡河内みつね
雪のふれるを見てよめる
ゆきふりて人もかよはぬみちなれやあとはかもなく思ひきゆらむ
330
きよはらのふかやぶ
ゆきのふりけるをよみける
冬ながらそらより花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ
331
つらゆき
雪の木にふりかかれりけるをよめる
ふゆごもり思ひかけぬをこのまより花と見るまで雪ぞふりける
332
坂上これのり
やまとのくににまかれりける時に、ゆきのふりける を見てよめる
あさぼらけありあけの月と見るまでによしののさとにふれるしらゆき
333
よみ人しらず
題しらず
けぬがうへに又もふりしけ春霞たちなばみ雪まれにこそ見め
334
梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば
この哥は、ある人のいはく、柿本人まろが哥なり
335
小野たかむらの朝臣
梅花にゆきのふれるをよめる
花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく
336
きのつらゆき
雪のうちの梅花をよめる
梅のかのふりおける雪にまがひせばたれかことごとわきてをらまし
337
きのとものり
ゆきのふりけるを見てよめる
雪ふれば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし
338
みつね
物へまかりける人をまちてしはすのつごもりによめ る
わがまたぬ年はきぬれど冬草のかれにし人はおとづれもせず
339
在原もとかた
年のはてによめる
あらたまの年のをはりになるごとに雪もわが身もふりまさりつつ
340
よみ人しらず
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
雪ふりて年のくれぬる時こそつひにもみぢぬ松も見えけれ
341
はるみちのつらき
年のはてによめる
昨日といひけふとくらしてあすかがは流れてはやき月日なりけり
342
きのつらゆき
哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る
ゆく年のをしくもあるかなますかがみ見るかげさへにくれぬと思へば
-------------------------------------
343
よみ人しらず
題しらず
わが君は千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで
344
渡つ海の浜のまさごをかぞへつつ君がちとせのありかずにせむ
345
しほの山さしでのいそにすむ千鳥きみがみ世をばやちよとぞなく
346
わがよはひ君がやちよにとりそへてとどめおきては思ひいでにせよ
347
仁和の御時僧正遍昭に七十賀たまひける時の御哥
かくしつつとにもかくにもながらへて君がやちよにあふよしもがな
348
僧正へんぜう
仁和のみかどのみこにおはしましける時に、御をば のやそぢの賀にしろかねをつゑにつくれりけるを見て、かの御をばにかはりてよみける
ちはやぶる神やきりけむつくからにちとせの坂もこえぬべらなり
349
在原業平朝臣
ほりかはのおほいまうちぎみの四十賀、九条の家に てしける時によめる
さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふがに
350
きのこれをか
さだときのみこのをばのよそぢの賀を大井にてしけ る日よめる
亀の尾の山のいはねをとめておつるたきの白玉千世のかずかも
351
ふぢはらのおきかぜ
さだやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつり ける御屏風に、さくらの花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる
いたづらにすぐす月日はおもほえで花見てくらす春ぞすくなき
352
きのつらゆき
もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみて かきける
春くればやどにまづさく梅花君がちとせのかざしとぞ見る
353
そせい法し
いにしへにありきあらずはしらねどもちとせのためし君にはじめむ
354
ふしておもひおきてかぞふるよろづよは神ぞしるらむわがきみのため
355
在原しげはる
藤原三善が六十賀によみける
鶴亀もちとせののちはしらなくにあかぬ心にまかせはててむ
この哥は、ある人、在原のときはるがともいふ
356
そせい法し
よしみねのつねなりがよそぢの賀にむすめにかはり てよみ侍りける
よろづ世を松にぞ君をいはひつるちとせのかげにすまむと思へば
357
内侍のかみの右大将ふぢはらの朝臣の四十賀しける 時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた
かすがのにわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ
358
山たかみくもゐに見ゆるさくら花心の行きてをらぬ日ぞなき
359
夏
めづらしきこゑならなくに郭公ここらの年をあかずもあるかな
360
秋
住の江の松を秋風吹くからにこゑうちそふるおきつ白浪
361
千鳥なくさほの河ぎりたちぬらし山のこのはも色まさりゆく
362
秋くれど色もかはらぬときは山よそのもみぢを風ぞかしける
363
冬
白雪のふりしく時はみよしのの山した風に花ぞちりける
364
典侍藤原よるかの朝臣
春宮のむまれたまへりける時にまゐりてよめる
峯たかきかすがの山にいづる日はくもる時なくてらすべらなり
-------------------------------------
365
在原行平朝臣
題しらず
立ちわかれいなばの山の峯におふる松としきかば今かへりこむ
366
よみ人しらず
すがるなく秋のはぎはらあさたちて旅行く人をいつとかまたむ
367
限なき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは
368
をののちふるがみちのくのすけにまかりける時に、 ははのよめる
たらちねのおやのまもりとあひそふる心ばかりはせきなとどめそ
369
きのとしさだ
さだときのみこの家にて、ふぢはらのきよふがあふ みのすけにまかりける時に、むまのはなむけしける夜よめる
けふわかれあすはあふみとおもへども夜やふけぬらむ袖のつゆけき
370
こしへまかりける人によみてつかはしける
かへる山ありとはきけど春霞立別れなばこひしかるべし
371
きのつらゆき
人のむまのはなむけにてよめる
をしむからこひしき物を白雲のたちなむのちはなに心地せむ
372
在原しげはる
ともだちの人のくにへまかりけるによめる
わかれてはほどをへだつとおもへばやかつ見ながらにかねてこひしき
373
いかごのあつゆき
あづまの方へまかりける人によみてつかはしける
おもへども身をしわけねばめに見えぬ心を君にたぐへてぞやる
374
なにはのよろづを
あふさかにて人をわかれける時によめる
相坂の関しまさしき物ならばあかずわかるる君をとどめよ
375
よみ人しらず
題しらず
唐衣たつ日はきかじあさつゆのおきてしゆけばけぬべき物を
このうたは、ある人、つかさをたまはりてあたらし きめにつきて、としへてすみける人をすてて、ただあすなむたつとばかりいへりける時 に、ともかうもいはでよみてつかはしける
376
寵
ひたちへまかりける時に、ふぢはらのきみとしによ みてつかはしける
あさなげに見べききみとしたのまねば思ひたちぬる草枕なり
377
よみ人しらず
きのむねさだがあづまへまかりける時に、人の家に やどりて、暁いでたつとてまかり申ししければ、女のよみていだせりける
えぞしらぬ今心みよいのちあらば我やわするる人やとはぬと
378
ふかやぶ
あひしりて侍りける人のあづまの方へまかりけるを おくるとてよめる
雲ゐにもかよふ心のおくれねばわかると人に見ゆばかりなり
379
よしみねのひでをか
とものあづまへまかりける時によめる
白雲のこなたかなたに立ちわかれ心をぬさとくだくたびかな
380
つらゆき
みちのくにへまかりける人によみてつかはしける
しらくものやへにかさなるをちにてもおもはむ人に心へだつな
381
人をわかれける時によみける
わかれてふ事はいろにもあらなくに心にしみてわびしかるらむ
382
凡河内みつね
あひしれりける人のこしのくににまかりて、としへ て京にまうできて、又かへりける時によめる
かへる山なにぞはありてあるかひはきてもとまらぬ名にこそありけれ
383
こしのくにへまかりける人によみてつかはしける
よそにのみこひやわたらむしら山の雪見るべくもあらぬわが身は
384
つらゆき
おとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる
おとは山こだかくなきて郭公君が別ををしむべらなり
385
ふぢはらのかねもち
藤原ののちかげがからもののつかひに、なが月の つごもりがたにまかりけるに、うへのをのこどもさけたうびけるついでによめる
もろともになきてとどめよ蛬秋のわかれはをしくやはあらぬ
386
平もとのり
秋霧のともにたちいでてわかれなばはれぬ思ひに恋ひや渡らむ
387
しろめ
源のさねがつくしへゆあみむとてまかりけるに、山 ざきにてわかれをしみける所にてよめる
いのちだに心にかなふ物ならばなにか別のかなしからまし
388
源さね
山ざきより神なびのもりまでおくりに人人まかり て、かへりがてにしてわかれをしみけるによめる
人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていざ帰りなむ
389
藤原かねもち
今はこれよりかへりねとさねがいひけるをりによみ ける
したはれてきにし心の身にしあれば帰るさまには道もしられず
390
つらゆき
藤原のこれをかがむさしのすけにまかりける時に、 おくりにあふさかをこゆとてよみける
かつこえてわかれもゆくかあふさかは人だのめなる名にこそありけれ
391
藤原かねすけの朝臣
おほえのちふるがこしへまかりけるむまのはなむけ によめる
君がゆくこしのしら山しらねども雪のまにまにあとはたづねむ
392
僧正遍昭
人の花山にまうできて、ゆふさりつかたかへりなむ としける時によめる
ゆふぐれのまがきは山と見えななむよるはこえじとやどりとるべく
393
幽仙法師
山にのぼりてかへりまうできて、人人わかれけるつ いでによめる
別をば山のさくらにまかせてむとめむとめじは花のまにまに
394
僧正へんぜう
うりむゐんのみこの舎利会に山にのぼりてかへりけ るに、さくらの花のもとにてよめる
山かぜにさくらふきまきみだれなむ花のまぎれにたちとまるべく
395
幽仙法師
ことならば君とまるべくにほはなむかへすは花のうきにやはあらぬ
396
兼芸法し
仁和のみかどみこにおはしましける時に、ふるのた き御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる
あかずしてわかるる涙滝にそふ水まさるとやしもは見るらむ
397
つらゆき
かむなりのつぼにめしたりける日、おほみきなどた うべてあめのいたくふりければ、ゆふさりまで侍りてまかりいでけるをりに、さか月を とりて
秋はぎの花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそおもへ
398
兼覧王
とよめりけるかへし
をしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身ぞふりにける
399
みつね
かねみのおほきみにはじめて物がたりして、わかれ ける時によめる
わかるれどうれしくもあるかこよひよりあひ見ぬさきになにをこひまし
400
よみ人しらず
題しらず
あかずしてわかるるそでのしらたまを君がかたみとつつみてぞ行く
401
限なく思ふ涙にそほちぬる袖はかわかじあはむ日までに
402
かきくらしごとはふらなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとどめむ
403
しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道と迷ふまでちれ
404
つらゆき
しがの山ごえにて、いしゐのもとにてものいひける 人のわかれけるをりによめる
むすぶてのしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな
405
とものり
みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて、 わかれける所にてよめる
したのおびのみちはかたがたわかるとも行きめぐりてもあはむとぞ思ふ
------------------------------------
406
安倍仲麿
もろこしにて月を見てよみける
あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも
この哥は、むかしなかまろをもろこしにものならは しにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを、このくに より又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、めいし うといふ所のうみべにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとお もしろくさしいでたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる
407
小野たかむらの朝臣
おきのくににながされける時に、舟にのりていでた つとて、京なる人のもとにつかはしける
わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつり舟
408
よみ人しらず
題しらず
都いでて今日みかの原いづみ河かは風さむし衣かせ山
409
ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く舟をしぞ思ふ
このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥也
410
在原業平朝臣
あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひてい きけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるに、その河のほとりにかきつばた いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを
くのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる
唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ
411
むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみ だ河のほとりにいたりて、みやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにお りゐて思ひやれば、かぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わた
しもりはや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人も のわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあか
き、河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしも りにこれはなにとりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる
名にしおはばいざ事とはむ宮こどりわが思ふ人はありやなしやと
412
よみ人しらず
題しらず
北へ行くかりぞなくなるつれてこしかずはたらでぞかへるべらなる
このうたは、ある人、をとこ女もろともに人のくに へまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへり けるみちに、かへるかりのなきけるをききてよめるとなむいふ
413
おと
あづまの方より京へまうでくとて、みちにてよめる
山かくす春の霞ぞうらめしきいづれみやこのさかひなるらむ
414
みつね
こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる
きえはつる時しなければこしぢなる白山の名は雪にぞありける
415
つらゆき
あづまへまかりける時みちにてよめる
いとによる物ならなくにわかれぢの心ぼそくもおもほゆるかな
416
みつね
かひのくにへまかりける時みちにてよめる
夜をさむみおくはつ霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ
417
ふぢはらのかねすけ
たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうら といふ所にとまりて、ゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよ みけるついでによめる
ゆふづくよおぼつかなきを玉匣ふたみの浦は曙てこそ見め
418
在原なりひらの朝臣
これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あ まの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけら く、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよ
める
かりくらしたなばたづめにやどからむあまのかはらに我はきにけり
419
きのありつね
みここのうたを返す返すよみつつ返しえせずなりに ければ、ともに侍りてよめる
ひととせにひとたびきます君まてばやどかす人もあらじとぞ思ふ
420
すがはらの朝臣
朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山に てよみける
このたびはぬさもとりあへずたむけ山紅葉の錦神のまにまに
421
素性法師
たむけにはつづりの袖もきるべきにもみぢにあける神やかへさむ
--------------------------------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------------------------------
422
藤原としゆきの朝臣
うぐひす
心から花のしづくにそほちつつうくひずとのみ鳥のなくらむ
423
ほととぎす
くべきほどときすぎぬれやまちわびてなくなるこゑの人をとよむる
424
在原しげはる
うつせみ
浪のうつせみればたまぞみだれけるひろはばそでにはかなからむや
425
壬生忠岑
返し
たもとよりはなれて玉をつつまめやこれなむそれとうつせ見むかし
426
よみ人しらず
うめ
あなうめにつねなるべくも見えぬかなこひしかるべきかはにほひつつ
427
つらゆき
かにはざくら
かづけども浪のなかにはさぐられで風吹くごとにうきしづむたま
428
すもものはな
今いくか春しなければうぐひすもものはながめて思ふべらなり
429
ふかやぶ
からもものはな
あふからもものはなほこそかなしけれわかれむ事をかねて思へば
430
をののしげかげ
たちばな
葦引の山たちはなれ行く雲のやどりさだめぬ世にこそ有りけれ
431
とものり
をがたまの木
みよしののよしののたきにうかびいづるあわをかたまのきゆと見つらむ
432
よみ人しらず
やまがきの木
秋はきぬいまやまがきのきりぎりすよなよななかむ風のさむさに
433
あふひ、かつら
かくばかりあふ日のまれになる人をいかがつらしとおもはざるべき
434
人めゆゑのちにあふ日のはるけくはわがつらきにや思ひなされむ
435
僧正へんぜう
くたに
ちりぬればのちはあくたになる花を思ひしらずもまどふてふかな
436
つらゆき
さうび
我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり
437
とものり
をみなへし
白露を玉にぬくやとささがにの花にも葉にもいとをみなへし
438
あさ露をわけそほちつつ花見むと今ぞの山をみなへしりぬる
439
つらゆき
朱雀院のをみなへしあはせの時に、をみなへしとい ふいつもじをくのかしらにおきてよめる
をぐら山みねたちならしなくしかのへにけむ秋をしる人ぞなき
440
とものり
きちかうの花
秋ちかうのはなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく
441
よみ人しらず
しをに
ふりはへていざふるさとの花見むとこしをにほひぞうつろひにける
442
とものり
りうたむのはな
わがやどの花ふみしだくとりうたむのはなければやここにしもくる
443
よみ人しらず
をばな
ありと見てたのむぞかたきうつせみの世をばなしとや思ひなしてむ
444
やたべの名実
けにごし
うちつけにこしとや花の色を見むおく白露のそむるばかりを
445
文屋やすひで
二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、めどに けづり花させりけるをよませたまひける
花の木にあらざらめどもさきにけりふりにしこのみなるときもがな
446
きのとしさだ
しのぶぐさ
山たかみつねに嵐の吹くさとはにほひもあへず花ぞちりける
447
平あつゆき
やまし
郭公みねのくもにやまじりにしありとはきけど見るよしもなき
448
よみ人しらず
からはぎ
空蝉のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき
449
ふかやぶ
かはなぐさ
うばたまの夢になにかはなぐさまむうつつにだにもあかぬ心は
450
たかむこのとしはる
さがりごけ
花の色はただひとさかりこけれども返す返すぞつゆはそめける
451
しげはる
にがたけ
いのちとてつゆをたのむにかたければ物わびしらになくのべのむし
452
かげのりのおほきみ
かはたけ
さ夜ふけてなかばたけゆく久方の月ふきかへせ秋の山風
453
真せいほうし
わらび
煙たちもゆとも見えぬ草のはをたれかわらびとなづけそめけむ
454
きのめのと
ささ、まつ、びは、ばせをば
いさざめに時まつまにぞ日はへぬる心ばせをば人に見えつつ
455
兵衛
なし、なつめ、くるみ
あぢきなしなげきなつめそうき事にあひくる身をばすてぬものから
456
安倍清行朝臣
からことといふ所にて春のたちける日よめる
浪のおとのけさからことにきこゆるは春のしらべや改るらむ
457
兼覧王
いかがさき
かぢにあたる浪のしづくを春なればいかがさきちる花と見ざらむ
458
あほのつねみ
からさき
かの方にいつからさきにわたりけむ浪ぢはあとものこらざりけり
459
伊勢
浪の花おきからさきてちりくめり水の春とは風やなるらむ
460
つらゆき
かみやがは
うばたまのわがくろかみやかはるらむ鏡の影にふれるしらゆき
461
よどがは
あしひきの山べにをれば白雲のいかにせよとかはるる時なき
462
ただみね
かたの
夏草のうへはしげれるぬま水のゆくかたのなきわが心かな
463
源ほどこす
かつらのみや
秋くれば月のかつらのみやはなるひかりを花とちらすばかりを
464
よみ人しらず
百和香
花ごとにあかずちらしし風なればいくそばくわがうしとかは思ふ
465
しげはる
すみながし
春がすみなかしかよひぢなかりせば秋くるかりはかへらざらまし
466
みやこのよしか
おきび
流れいづる方だに見えぬ涙河おきひむ時やそこはしられむ
467
大江千里
ちまき
のちまきのおくれておふるなへなれどあだにはならぬたのみとぞきく
468
僧正聖宝
はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて時のう たよめと人のいひければよみける
花のなかめにあくやとてわけゆけば心ぞともにちりぬべらなる
---------------------------------------
469
読人しらず
題しらず
郭公なくやさ月のあやめぐさあやめもしらぬこひもするかな
470
素性法師
おとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし
471
紀貫之
吉野河いは浪たかく行く水のはやくぞ人を思ひそめてし
472
藤原勝臣
白浪のあとなき方に行く舟も風ぞたよりのしるべなりける
473
在原元方
おとは山おとにききつつ相坂の関のこなたに年をふるかな
474
立帰りあはれとぞ思ふよそにても人に心をおきつ白浪
475
つらゆき
世中はかくこそ有りけれ吹く風のめに見ぬ人もこひしかりけり
476
在原業平朝臣
右近のむまばのひをりの日、むかひにたてたりける くるまのしたすだれより女のかほのほのかに見えければ、よむでつかはしける
見ずもあらず見もせぬ人のこひしくはあやなくけふやながめくらさむ
477
よみ人しらず
返し
しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ
478
みぶのただみね
かすがのまつりにまかれりける時に、物見にいでた りける女のもとに、家をたづねてつかはせりける
かすがののゆきまをわけておひいでくる草のはつかに見えしきみはも
479
つらゆき
人の花つみしける所にまかりて、そこなりける人の もとに、のちによみてつかはしける
山ざくら霞のまよりほのかにも見てし人こそこひしかりけれ
480
もとかた
題しらず
たよりにもあらぬおもひのあやしきは心を人につくるなりけり
481
凡河内みつね
はつかりのはつかにこゑをききしより中ぞらにのみ物を思ふかな
482
つらゆき
逢ふ事はくもゐはるかになる神のおとにききつつこひ渡るかな
483
読人しらず
かたいとをこなたかなたによりかけてあはずはなにをたまのをにせむ
484
夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人をこふとて
485
かりこもの思ひみだれて我こふといもしるらめや人しつげずは
486
つれもなき人をやねたくしらつゆのおくとはなげきぬとはしのばむ
487
ちはやぶるかもの社のゆふだすきひと日も君をかけぬ日はなし
488
わがこひはむなしきそらにみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし
489
するがなるたごの浦浪たたぬひはあれども君をこひぬ日ぞなき
490
ゆふづく夜さすやをかべの松のはのいつともわかぬこひもするかな
491
葦引の山した水のこがくれてたぎつ心をせきぞかねつる
492
吉野河いはきりとほし行く水のおとにはたてじこひはしぬとも
493
たきつせのなかにもよどはありてふをなどわがこひのふちせともなき
494
山高みした行く水のしたにのみ流れてこひむこひはしぬとも
495
思ひいづるときはの山のいはつつじいはねばこそあれこひしき物を
496
人しれずおもへばくるし紅のすゑつむ花のいろにいでなむ
497
秋の野のをばなにまじりさく花のいろにやこひむあふよしをなみ
498
わがそのの梅のほつえに鶯のねになきぬべきこひもするかな
499
あしひきの山郭公わがごとや君にこひつついねがてにする
500
夏なればやどにふすぶるかやり火のいつまでわが身したもえをせむ
501
恋せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも
502
あはれてふ事だになくはなにをかは恋のみだれのつかねをにせむ
503
おもふには忍ぶる事ぞまけにける色にはいでじとおもひし物を
504
わがこひを人しるらめや敷妙の枕のみこそしらばしるらめ
505
あさぢふのをののしの原しのぶとも人しるらめやいふ人なしに
506
人しれぬ思ひやなぞとあしかきのまぢかけれどもあふよしのなき
507
思ふともこふともあはむ物なれやゆふてもたゆくとくるしたひも
508
いで我を人なとがめそおほ舟のゆだのたゆだに物思ふころぞ
509
伊勢の海につりするあまのうけなれや心ひとつを定めかねつる
510
いせのうみのあまのつりなは打ちはへてくるしとのみや思ひ渡らむ
511
涙河何みなかみを尋ねけむ物思ふ時のわが身なりけり
512
たねしあればいはにも松はおひにけり恋をしこひばあはざらめやは
513
あさなあさな立つ河霧のそらにのみうきて思ひのある世なりけり
514
わすらるる時しなければあしたづの思ひみだれてねをのみぞなく
515
唐衣ひもゆふぐれになる時は返す返すぞ人はこひしき
516
よひよひに枕さだめむ方もなしいかにねし夜か夢に見えけむ
517
恋しきに命をかふる物ならばしにはやすくぞあるべかりける
518
人の身もならはし物をあはずしていざ心みむこひやしぬると
519
忍ぶれば苦しき物を人しれず思ふてふ事誰にかたらむ
520
こむ世にもはや成りななむ目の前につれなき人を昔とおもはむ
521
つれもなき人をこふとて山びこのこたへするまでなげきつるかな
522
ゆく水にかずかくよりもはかなきはおもはぬ人を思ふなりけり
523
人を思ふ心は我にあらねばや身の迷ふだにしられざるらむ
524
思ひやるさかひはるかになりやするまどふ夢ぢにあふ人のなき
525
夢の内にあひ見む事をたのみつつくらせるよひはねむ方もなし
526
こひしねとするわざならしむばたまのよるはすがらに夢に見えつつ
527
涙河枕ながるるうきねには夢もさだかに見えずぞありける
528
恋すればわが身は影と成りにけりさりとて人にそはぬ物ゆゑ
529
篝火にあらぬわが身のなぞもかく涙の河にうきてもゆらむ
530
かがり火の影となる身のわびしきは流れてしたにもゆるなりけり
531
はやきせに見るめおひせばわが袖の涙の河にうゑまし物を
532
おきへにもよらぬたまもの浪のうへにみだれてのみやこひ渡りなむ
533
あしがものさわぐ入江の白浪のしらずや人をかくこひむとは
534
人しれぬ思ひをつねにするがなるふじの山こそわが身なりけれ
535
とぶとりのこゑもきこえぬ奥山のふかき心を人はしらなむ
536
相坂のゆふつけどりもわがごとく人やこひしきねのみなくらむ
537
相坂の関にながるるいはし水いはで心に思ひこそすれ
538
うき草のうへはしげれるふちなれや深き心をしる人のなき
539
打ちわびてよばはむ声に山びこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ
540
心がへする物にもがかたこひはくるしき物と人にしらせむ
541
よそにしてこふればくるしいれひものおなじ心にいざむすびてむ
542
春たてばきゆる氷ののこりなく君が心は我にとけなむ
543
あけたてば蝉のをりはへなきくらしよるはほたるのもえこそわたれ
544
夏虫の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり
545
ゆふさればいとどひがたきわがそでに秋のつゆさへおきそはりつつ
546
いつとてもこひしからずはあらねども秋のゆふべはあやしかりけり
547
秋の田のほにこそ人をこひざらめなどか心に忘れしもせむ
548
あきのたのほのうへをてらすいなづまのひかりのまにも我やわするる
549
人めもる我かはあやな花すすきなどかほにいでてこひずしもあらむ
550
あは雪のたまればがてにくだけつつわが物思ひのしげきころかな
551
奥山の菅のねしのぎふる雪のけぬとかいはむこひのしげきに
----------------------------------------
552
小野小町
題しらず
思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを
553
うたたねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑みそめてき
554
いとせめてこひしき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる
555
素性法師
秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむくるる夜ごとに
556
あべのきよゆきの朝臣
しもついづもでらに人のわざしける日、真せい法し のだうしにていへりける事を哥によみてをののこまちがもとにつかはしける
つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬめの涙なりけり
557
こまち
返し
おろかなる涙ぞそでに玉はなす我はせきあへずたきつせなれば
558
藤原としゆきの朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
恋ひわびて打ちぬる中に行きかよふ夢のただぢはうつつならなむ
559
住の江の岸による浪よるさへやゆめのかよひぢ人めよくらむ
560
をののよしき
わがこひはみ山がくれの草なれやしげさまされどしる人のなき
561
紀とものり
よひのまもはかなく見ゆる夏虫に迷ひまされるこひもするかな
562
ゆふされば蛍よりけにもゆれどもひかり見ねばや人のつれなき
563
ささのはにおく霜よりもひとりぬるわが衣手ぞさえまさりける
564
わがやどの菊のかきねにおくしものきえかへりてぞこひしかりける
565
河のせになびくたまものみがくれて人にしられぬこひもするかな
566
みぶのただみね
かきくらしふる白雪のしたぎえにきえて物思ふころにもあるかな
567
藤原おきかぜ
君こふる涙のとこにみちぬればみをつくしとぞ我はなりぬる
568
しぬるいのちいきもやすると心見に玉のをばかりあはむといはなむ
569
わびぬればしひてわすれむと思へども夢といふ物ぞ人だのめなる
570
よみ人しらず
わりなくもねてもさめてもこひしきか心をいづちやらばわすれむ
571
恋しきにわびてたましひ迷ひなばむなしきからのなにやのこらむ
572
紀つらゆき
君こふる涙しなくは唐衣むねのあたりは色もえなまし
573
題しらず
世とともに流れてぞ行く涙河冬もこほらぬみなわなりけり
574
夢ぢにもつゆやおくらむよもすがらかよへる袖のひちてかわかぬ
575
そせい法し
はかなくて夢にも人を見つる夜は朝のとこぞおきうかりける
576
藤原ただふさ
いつはりの涙なりせば唐衣しのびに袖はしぼらざらまし
577
大江千里
ねになきてひちにしかども春さめにぬれにし袖ととはばこたへむ
578
としゆきの朝臣
わがごとく物やかなしき郭公時ぞともなくよただなくらむ
579
つらゆき
さ月山こずゑをたかみ郭公なくねそらなるこひもするかな
580
凡河内みつね
秋ぎりのはるる時なき心にはたちゐのそらもおもほえなくに
581
清原ふかやぶ
虫のごと声にたててはなかねども涙のみこそしたにながるれ
582
よみ人しらず
これさだのみこの家の哥合のうた
秋なれば山とよむまでなくしかに我おとらめやひとりぬるよは
583
つらゆき
題しらず
秋ののにみだれてさける花の色のちくさに物を思ふころかな
584
みつね
ひとりして物をおもへば秋のよのいなばのそよといふ人のなき
585
ふかやぶ
人を思ふ心はかりにあらねどもくもゐにのみもなきわたるかな
586
ただみね
秋風にかきなすことのこゑにさへはかなく人のこひしかるらむ
587
つらゆき
まこもかるよどのさは水雨ふればつねよりことにまさるわがこひ
588
やまとに侍りける人につかはしける
こえぬまはよしのの山のさくら花人づてにのみききわたるかな
589
やよひばかりに物のたうびける人のもとに、又人ま かりつつせうそこすとききてつかはしける
露ならぬ心を花におきそめて風吹くごとに物思ひぞつく
590
坂上これのり
題しらず
わがこひにくらぶの山のさくら花まなくちるともかずはまさらじ
591
むねをかのおほより
冬河のうへはこほれる我なれやしたにながれてこひわたるらむ
592
ただみね
たきつせにねざしとどめぬうき草のうきたるこひも我はするかな
593
とものり
よひよひにぬぎてわがぬるかり衣かけておもはぬ時のまもなし
594
あづまぢのさやの中山なかなかになにしか人を思ひそめけむ
595
しきたへの枕のしたに海はあれど人を見るめはおひずぞ有りける
596
年をへてきえぬおもひは有りながらよるのたもとは猶こほりけり
597
つらゆき
わがこひはしらぬ山ぢにあらなくに迷ふ心ぞわびしかりける
598
紅のふりいでつつなく涙にはたもとのみこそ色まさりけれ
599
白玉と見えし涙も年ふればから紅にうつろひにけり
600
みつね
夏虫をなにかいひけむ心から我も思ひにもえぬべらなり
601
ただみね
風ふけば峯にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か
602
月影にわが身をかふる物ならばつれなき人もあはれとや見む
603
ふかやぶ
こひしなばたが名はたたじ世中のつねなき物といひはなすとも
604
つらゆき
つのくにのなにはのあしのめもはるにしげきわがこひ人しるらめや
605
手もふれで月日へにけるしらま弓おきふしよるはいこそねられね
606
人しれぬ思ひのみこそわびしけれわが歎をば我のみぞしる
607
とものり
事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを
608
みつね
君をのみ思ひねにねし夢なればわが心から見つるなりけり
609
ただみね
いのちにもまさりてをしくある物は見はてぬゆめのさむるなりけり
610
はるみちのつらき
梓弓ひけば本末わが方によるこそまされこひの心は
611
みつね
わがこひはゆくへもしらずはてもなし逢ふを限と思ふばかりぞ
612
我のみぞかなしかりけるひこぼしもあはですぐせる年しなければ
613
ふかやぶ
今ははやこひしなましをあひ見むとたのめし事ぞいのちなりける
614
みつね
たのめつつあはで年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ
615
とものり
いのちやはなにぞはつゆのあだ物をあふにしかへばをしからなくに
-----------------------------------
616
在原業平朝臣
やよひのついたちよりしのびに人にものらいひての ちに、雨のそほふりけるによみてつかはしける
おきもせずねもせでよるをあかしては春の物とてながめくらしつ
617
としゆきの朝臣
なりひらの朝臣の家に侍りける女のもとによみてつ かはしける
つれづれのながめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし
618
なりひらの朝臣
かの女にかはりて返しによめる
あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流るときかばたのまむ
619
よみ人しらず
題しらず
よるべなみ身をこそとほくへだてつれ心は君が影となりにき
620
いたづらに行きてはきぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ
621
あはぬ夜のふる白雪とつもりなば我さへともにけぬべきものを
この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が哥也
622
なりひらの朝臣
秋ののにささわけしあさの袖よりもあはでこしよぞひちまさりける
623
をののこまち
見るめなきわが身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる
624
源むねゆきの朝臣
あはずしてこよひあけなば春の日の長くや人をつらしと思はむ
625
みぶのただみね
有りあけのつれなく見えし別より暁ばかりうき物はなし
626
在原元方
逢ふ事のなぎさにしよる浪なれば怨みてのみぞ立ち帰りける
627
よみ人しらず
かねてより風にさきだつ浪なれや逢ふ事なきにまだき立つらむ
628
ただみね
みちのくに有りといふなるなとり河なきなとりてはくるしかりけり
629
みはるのありすけ
あやなくてまだきなきなのたつた河わたらでやまむ物ならなくに
630
もとかた
人はいさ我はなきなのをしければ昔も今もしらずとをいはむ
631
よみ人しらず
こりずまに又もなきなはたちぬべし人にくからぬ世にしすまへば
632
なりひらの朝臣
ひむがしの五条わたりに人をしりおきてまかりかよ ひけり、しのびなる所なりければかどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひける を、たびかさなりければあるじききつけて、かのみちに夜ごとに人をふせてまもらすれ
ば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける
ひとしれぬわがかよひぢの関守はよひよひごとにうちもねななむ
633
つらゆき
題しらず
しのぶれどこひしき時はあしひきの山より月のいでてこそくれ
634
よみ人しらず
こひこひてまれにこよひぞ相坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ
635
をののこまち
秋の夜も名のみなりけりあふといへば事ぞともなくあけぬるものを
636
凡河内みつね
ながしとも思ひぞはてぬ昔より逢ふ人からの秋のよなれば
637
よみ人しらず
しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき
638
藤原国経朝臣
曙ぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらむ
639
としゆきの朝臣
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほちつつ
640
寵
題しらず
しののめの別ををしみ我ぞまづ鳥よりさきに鳴きはじめつる
641
よみ人しらず
ほととぎす夢かうつつかあさつゆのおきて別れし暁のこゑ
642
玉匣あけば君がなたちぬべみ夜ふかくこしを人見けむかも
643
大江千里
けさはしもおきけむ方もしらざりつ思ひいづるぞきえてかなしき
644
なりひらの朝臣
人にあひてあしたによみてつかはしける
ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな
645
よみ人しらず
業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、斎宮な りける人にいとみそかにあひて、又のあしたに人やるすべなくて思ひをりけるあひだ に、女のもとよりおこせたりける
きみやこし我や行きけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか
646
なりひらの朝臣
返し
かきくらす心のやみに迷ひにき夢うつつとは世人さだめよ
647
よみ人しらず
題しらず
むばたまのやみのうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり
648
さ夜ふけてあまのと渡る月影にあかずも君をあひ見つるかな
649
君が名もわがなもたてじなにはなるみつともいふなあひきともいはじ
650
名とり河せぜのむもれ木あらはれば如何にせむとかあひ見そめけむ
651
吉野河水の心ははやくともたきのおとにはたてじとぞ思ふ
652
こひしくはしたにをおもへ紫のねずりの衣色にいづなゆめ
653
をののはるかぜ
花すすきほにいでてこひば名ををしみしたゆふひものむすぼほれつつ
654
よみ人しらず
たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のも とよりおこせたりける
思ふどちひとりひとりがこひしなばたれによそへてふぢ衣きむ
655
たちばなのきよ木
返し
なきこふる涙に袖のそほちなばぬぎかへがてらよるこそはきめ
656
こまち
題しらず
うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るがわびしさ
657
限なき思ひのままによるもこむゆめぢをさへに人はとがめじ
658
夢ぢにはあしもやすめずかよへどもうつつにひとめ見しごとはあらず
659
よみ人しらず
おもへども人めづつみのたかければ河と見ながらえこそわたらね
660
たきつせのはやき心をなにしかも人めづつみのせきとどむらむ
661
きのとものり
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
紅の色にはいでじかくれぬのしたにかよひてこひはしぬとも
662
みつね
題しらず
冬の池にすむにほ鳥のつれもなくそこにかよふと人にしらすな
663
ささのはにおくはつしもの夜をさむみしみはつくとも色にいでめや
664
読人しらず
山しなのおとはの山のおとにだに人のしるべくわがこひめかも
この哥、ある人、あふみのうねめのとなむ申す
665
清原ふかやぶ
みつしほの流れひるまをあひがたみみるめの浦によるをこそまて
666
平貞文
白河のしらずともいはじそこきよみ流れて世世にすまむと思へば
667
とものり
したにのみこふればくるし玉のをのたえてみだれむ人なとがめそ
668
わがこひをしのびかねてはあしひきの山橘の色にいでぬべし
669
よみ人しらず
おほかたはわが名もみなとこぎいでなむ世をうみべたに見るめすくなし
670
平貞文
枕より又しる人もなきこひを涙せきあへずもらしつるかな
671
よみ人しらず
風ふけば浪打つ岸の松なれやねにあらはれてなきぬべらなり
このうたは、ある人のいはく、かきのもとの人まろ がなり
672
池にすむ名ををし鳥の水をあさみかくるとすれどあらはれにけり
673
逢ふ事は玉の緒ばかり名のたつは吉野の河のたきつせのごと
674
むらとりのたちにしわが名今更にことなしふともしるしあらめや
675
君によりわがなは花に春霞野にも山にもたちみちにけり
676
伊勢
しるといへば枕だにせでねし物をちりならぬなのそらにたつらむ
--------------------------------------
677
よみ人しらず
題しらず
みちのくのあさかのぬまの花かつみかつ見る人にこひやわたらむ
678
あひ見ずはこひしきこともなからましおとにぞ人をきくべかりける
679
つらゆき
いその神ふるのなか道なかなかに見ずはこひしと思はましやは
680
ふぢはらのただゆき
君てへば見まれ見ずまれふじのねのめづらしげなくもゆるわがこひ
681
伊勢
夢にだに見ゆとは見えじあさなあさなわがおもかげにはづる身なれば
682
よみ人しらず
いしま行く水の白浪立ち帰りかくこそは見めあかずもあるかな
683
いせのあまのあさなゆふなにかづくてふ見るめに人をあくよしもがな
684
とものり
春霞たなびく山のさくら花見れどもあかぬ君にもあるかな
685
ふかやぶ
心をぞわりなき物と思ひぬる見る物からやこひしかるべき
686
凡河内みつね
かれはてむのちをばしらで夏草の深くも人のおもほゆるかな
687
よみ人しらず
あすかがはふちはせになる世なりとも思ひそめてむ人はわすれじ
688
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
思ふてふ事のはのみや秋をへて色もかはらぬ物にはあるらむ
689
題しらず
さむしろに衣かたしきこよひもや我をまつらむうぢのはしひめ
又は、うぢのたまひめ
690
君やこむ我やゆかむのいさよひにまきのいたどもささずねにけり
691
そせいほうし
今こむといひしばかりに長月のありあけの月をまちいでつるかな
692
よみ人しらず
月夜よしよよしと人につげやらばこてふににたりまたずしもあらず
693
君こずはねやへもいらじこ紫わがもとゆひにしもはおくとも
694
宮木ののもとあらのこはぎつゆをおもみ風をまつごときみをこそまて
695
あなこひし今も見てしか山がつのかきほにさける山となでしこ
696
つのくにのなにはおもはず山しろのとはにあひ見むことをのみこそ
697
つらゆき
しきしまややまとにはあらぬ唐衣ころもへずしてあふよしもがな
698
ふかやぶ
こひしとはたがなづけけむことならむしぬとぞただにいふべかりける
699
よみびとしらず
三吉野のおほかはのべの藤波のなみにおもはばわがこひめやは
700
かくこひむ物とは我も思ひにき心のうらぞまさしかりける
701
あまのはらふみとどろかしなる神も思ふなかをばさくるものかは
702
梓弓ひきののつづらすゑつひにわが思ふ人に事のしげけむ
この哥は、ある人、あめのみかどのあふみのうねめ にたまひけるとなむ申す
703
夏びきのてびきのいとをくりかへし事しげくともたえむと思ふな
この哥は、返しによみてたてまつりけるとなむ
704
さと人の事は夏ののしげくともかれ行くきみにあはざらめやは
705
在原業平朝臣
藤原敏行朝臣の、なりひらの朝臣の家なりける女を あひしりてふみつかはせりけることばに、いままうでく、あめのふりけるをなむ見わづ らひ侍るといへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける
かずかずにおもひおもはずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる
706
よみ人しらず
ある女の、なりひらの朝臣をところさだめずありき すとおもひて、よみてつかはしける
おほぬさのひくてあまたになりぬればおもへどえこそたのまざりけれ
707
なりひらの朝臣
返し
おほぬさと名にこそたてれながれてもつひによるせはありてふものを
708
よみ人しらず
題しらず
すまのあまのしほやく煙風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり
709
たまがつらはふ木あまたになりぬればたえぬ心のうれしげもなし
710
たがさとに夜がれをしてか郭公ただここにしもねたるこゑする
711
いで人は事のみぞよき月草のうつし心はいろことにして
712
いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし
713
いつはりと思ふものから今さらにたがまことをか我はたのまむ
714
素性法師
秋風に山のこのはのうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ
715
とものり
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
蝉のこゑきけばかなしな夏衣うすくや人のならむと思へば
716
よみ人しらず
題しらず
空蝉の世の人ごとのしげければわすれぬもののかれぬべらなり
717
あかでこそおもはむなかははなれなめそをだにのちのわすれがたみに
718
忘れなむと思ふ心のつくからに有りしよりけにまづぞこひしき
719
わすれなむ我をうらむな郭公人の秋にはあはむともせず
720
たえずゆくあすかの河のよどみなば心あるとや人のおもはむ
この哥、ある人のいはく、なかとみのあづま人がう た也
721
よど河のよどむと人は見るらめど流れてふかき心あるものを
722
そせい法し
そこひなきふちやはさわぐ山河のあさきせにこそあだなみはたて
723
よみ人しらず
紅のはつ花ぞめの色ふかく思ひし心我わすれめや
724
河原左大臣
みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれむと思ふ我ならなくに
725
よみ人しらず
おもふよりいかにせよとか秋風になびくあさぢの色ことになる
726
千千の色にうつろふらめどしらなくに心し秋のもみぢならねば
727
小野小町
あまのすむさとのしるべにあらなくに怨みむとのみ人のいふらむ
728
しもつけのをむね
くもり日の影としなれる我なればめにこそ見えね身をばはなれず
729
つらゆき
色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはおもほえなくに
730
よみ人しらず
めづらしき人を見むとやしかもせぬわがしたひものとけわたるらむ
731
かげろふのそれかあらぬか春雨のふる日となればそでぞぬれぬる
732
ほり江こぐたななしを舟こぎかへりおなじ人にやこひわたりなむ
733
伊勢
わたつみとあれにしとこを今便にはらはばそでやあわとうきなむ
734
つらゆき
いにしへに猶立ち帰る心かなこひしきことに物わすれせで
735
大伴くろぬし
人をしのびにあひしりてあひがたくありければ、そ の家のあたりをまかりありきけるをりに、かりのなくをききてよみてつかはしける
思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人しるらめや
736
典侍藤原よるかの朝臣
右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かのむ かしおこせたりけるふみどもを、とりあつめて返すとてよみておくりける
たのめこし事のは今はかへしてむわが身ふるればおきどころなし
737
近院の右のおほいまうちぎみ
返し
今はとてかへす事のはひろひおきておのが物からかたみとや見む
738
よるかの朝臣
題しらず
たまほこの道はつねにもまどはなむ人をとふとも我かとおもはむ
739
よみ人しらず
まてといはばねてもゆかなむしひて行くこまのあしをれまへのたなはし
740
閑院
中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りける 時、よみてやれりける
相坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆききをなくなくも見め
741
伊勢
題しらず
ふるさとにあらぬ物からわがために人の心のあれて見ゆらむ
742
寵
山がつのかきほにはへるあをつづら人はくれどもことづてもなし
743
さかゐのひとざね
おほぞらはこひしき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ
744
読人しらず
あふまでのかたみも我はなにせむに見ても心のなぐさまなくに
745
おきかぜ
おやのまもりける人のむすめにいとしのびにあひて ものらいひけるあひだに、おやのよぶといひければ、いそぎかへるとてもをなむぬぎお きていりにける、そののちもをかへすとてよめる
あふまでのかたみとてこそとどめけめ涙に浮ぶもくづなりけり
746
よみ人しらず
題しらず
かたみこそ今はあたなれこれなくはわするる時もあらましものを
---------------------------------------
747
在原業平朝臣
五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に、ほ いにはあらでものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになむほかへかくれにける、 あり所はききけれどえ物もいはで、又のとしのはる、むめの花さかりに月のおもしろか
りける夜、こぞをこひてかのにしのたいにいきて、月のかたぶくまであばらなるいたじ きにふせりてよめる
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
748
藤原なかひらの朝臣
題しらず
花すすき我こそしたに思ひしかほにいでて人にむすばれにけり
749
藤原かねすけの朝臣
よそにのみきかまし物をおとは河渡るとなしに見なれそめけむ
750
凡河内みつね
わがごとく我をおもはむ人もがなさてもやうきと世を心見む
751
もとかた
久方のあまつそらにもすまなくに人はよそにぞ思ふべらなる
752
よみびとしらず
見ても又またも見まくのほしければなるるを人はいとふべらなり
753
きのとものり
雲もなくなぎたるあさの我なれやいとはれてのみ世をばへぬらむ
754
よみ人しらず
花がたみめならぶ人のあまたあればわすられぬらむかずならぬ身は
755
うきめのみおひて流るる浦なればかりにのみこそあまはよるらめ
756
伊勢
あひにあひて物思ふころのわが袖にやどる月さへぬるるかほなる
757
よみ人しらず
秋ならでおく白露はねざめするわがた枕のしづくなりけり
758
すまのあまのしほやき衣をさをあらみまどほにあれや君がきまさぬ
759
山しろのよどのわかごもかりにだにこぬ人たのむ我ぞはかなき
760
あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ
761
暁のしぎのはねがきももはがき君がこぬ夜は我ぞかずかく
762
玉かづら今はたゆとや吹く風のおとにも人のきこえざるらむ
763
わが袖にまだき時雨のふりぬるは君が心に秋やきぬらむ
764
山の井の浅き心もおもはぬに影ばかりのみ人の見ゆらむ
765
忘草たねとらましを逢ふ事のいとかくかたき物としりせば
766
こふれども逢ふ夜のなきは忘草夢ぢにさへやおひしげるらむ
767
夢にだにあふ事かたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするる
768
けむげい法し
もろこしも夢に見しかばちかかりきおもはぬ中ぞはるけかりける
769
さだののぼる
独のみながめふるやのつまなれば人を忍ぶの草ぞおひける
770
僧正へんぜう
わがやどは道もなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに
771
今こむといひてわかれし朝より思ひくらしのねをのみぞなく
772
よみ人しらず
こめやとは思ふ物からひぐらしのなくゆふぐれはたちまたれつつ
773
今しはとわびにし物をささがにの衣にかかり我をたのむる
774
いまはこじと思ふ物から忘れつつまたるる事のまだもやまぬか
775
月よにはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわびつつもねむ
776
うゑていにし秋田かるまで見えこねばけさはつかりのねにぞなきぬる
777
こぬ人を松ゆふぐれの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ
778
ひさしくもなりにけるかなすみのえの松はくるしき物にぞありける
779
かねみのおほきみ
住の江の松ほどひさになりぬればあしたづのねになかぬ日はなし
780
伊勢
仲平朝臣あひしりて侍りけるを、かれ方になりにけ れば、ちちがやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける
みわの山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば
781
雲林院のみこ
題しらず
吹きまよふ野風をさむみ秋はぎのうつりも行くか人の心の
782
をののこまち
今はとてわが身時雨にふりぬれば事のはさへにうつろひにけり
783
小野さだき
返し
人を思ふ心のこのはにあらばこそ風のまにまにちりもみだれめ
784
業平朝臣、きのありつねがむすめにすみけるを、 うらむることありて、しばしのあひだひるはきてゆふさりはかへりのみしければ、よ みてつかはしける
あま雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から
785
なりひらの朝臣
返し
ゆきかへりそらにのみしてふる事はわがゐる山の風はやみなり
786
かげのりのおほきみ
題しらず
唐衣なれば身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思ひし
787
とものり
秋風は身をわけてしもふかなくに人の心のそらになるらむ
788
源宗于朝臣
つれもなくなりゆく人の事のはぞ秋よりさきのもみぢなりける
789
兵衛
心地そこなへりけるころ、あひしりて侍りける人の とはで、ここちおこたりてのちとぶらへりければ、よみてつかはしける
しでの山ふもとを見てぞかへりにしつらき人よりまづこえじとて
790
こまちがあね
あひしれりける人の、やうやくかれがたになりける あひだに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける
時すぎてかれゆくをののあさぢには今は思ひぞたえずもえける
791
伊勢
物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火の もえけるを見てよめる
冬がれののべとわが身を思ひせばもえても春をまたまし物を
792
とものり
題しらず
水のあわのきえてうき身といひながら流れて猶もたのまるるかな
793
よみ人しらず
みなせ河有りて行く水なくはこそつひにわが身をたえぬと思はめ
794
みつね
吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事はわすれじ
795
よみ人しらず
世中の人の心は花ぞめのうつろひやすき色にぞありける
796
心こそうたてにくけれそめざらばうつろふ事もをしからましや
797
小野小町
色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける
798
よみ人しらず
我のみや世をうくひずとなきわびむ人の心の花とちりなば
799
そせい法し
思ふともかれなむ人をいかがせむあかずちりぬる花とこそ見め
800
よみ人しらず
今はとて君がかれなばわがやどの花をばひとり見てやしのばむ
801
むねゆきの朝臣
忘草かれもやするとつれもなき人の心にしもはおかなむ
802
そせい法し
寛平御時御屏風に哥かかせ給ひける時、よみてかき ける
忘草なにをかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり
803
題しらず
秋の田のいねてふ事もかけなくに何をうしとか人のかるらむ
804
きのつらゆき
はつかりのなきこそわたれ世中の人の心の秋しうければ
805
よみ人しらず
あはれともうしとも物を思ふ時などか涙のいとなかるらむ
806
身をうしと思ふにきえぬ物なればかくてもへぬるよにこそ有りけれ
807
典侍藤原直子朝臣
あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世をばうら見じ
808
いなば
あひ見ぬもうきもわが身のから衣思ひしらずもとくるひもかな
809
すがののただおむ
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
つれなきを今はこひじとおもへども心よわくもおつる涙か
810
伊勢
題しらず
人しれずたえなましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを
811
よみ人しらず
それをだに思ふ事とてわがやどを見きとないひそ人のきかくに
812
逢ふ事のもはらたえぬる時にこそ人のこひしきこともしりけれ
813
わびはつる時さへ物の悲しきはいづこをしのぶ涙なるらむ
814
藤原おきかぜ
怨みてもなきてもいはむ方ぞなきかがみに見ゆる影ならずして
815
よみ人しらず
夕されば人なきとこを打ちはらひなげかむためとなれるわがみか
816
わたつみのわが身こす浪立ち返りあまのすむてふうらみつるかな
817
あらを田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ
818
有そ海の浜のまさごとたのめしは忘るる事のかずにぞ有りける
819
葦辺より雲ゐをさして行く雁のいやとほざかるわが身かなしも
820
しぐれつつもみづるよりも事のはの心の秋にあふぞわびしき
821
秋風のふきとふきぬるむさしのはなべて草ばの色かはりけり
822
小町
あきかぜにあふたのみこそかなしけれわが身むなしくなりぬと思へば
823
平貞文
秋風の吹きうらがへすくずのはのうらみても猶うらめしきかな
824
よみ人しらず
あきといへばよそにぞききしあだ人の我をふるせる名にこそ有りけれ
825
わすらるる身をうぢはしの中たえて人もかよはぬ年ぞへにける
又は、こなたかなたに人もかよはず
826
坂上これのり
あふ事をながらのはしのながらへてこひ渡るまに年ぞへにける
827
とものり
うきながらけぬるあわともなりななむ流れてとだにたのまれぬ身は
828
読人しらず
流れては妹背の山のなかにおつるよしのの河のよしや世中
-----------------------------------------
829
小町たかむらの朝臣
いもうとの身まかりける時よみける
なく涙雨とふらなむわたり河水まさりなばかへりくるがに
830
そせい法し
さきのおほきおほいまうちぎみを、しらかはのあた りにおくりける夜よめる
ちの涙おちてぞたぎつ白河は君が世までの名にこそ有りけれ
831
僧都勝延
ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける 時に、深草の山にをさめてけるのちによみける
空蝉はからを見つつもなぐさめつ深草の山煙だにたて
832
かむつけのみねを
ふかくさののべの桜し心あらばことしばかりはすみぞめにさけ
833
きのとものり
藤原敏行朝臣の身まかりにける時によみてかの家に つかはしける
ねても見ゆねでも見えけりおほかたは空蝉の世ぞ夢には有りける
834
紀つらゆき
あひしれりける人の身まかりにければよめる
夢とこそいふべかりけれ世中にうつつある物と思ひけるかな
835
みぶのただみね
あひしれりける人のみまかりにける時によめる
ぬるがうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつつとはみ ず
836
あねの身まかりにける時によめる
せをせけばふちとなりてもよどみけりわかれをとむるしがらみぞなき
837
閑院
藤原忠房がむかしあひしりて侍りける人の身まかり にける時に、とぶらひにつかはすとてよめる
さきだたぬくいのやちたびかなしきはながるる水のかへりこぬなり
838
つらゆき
きのとものりが身まかりにける時よめる
あすしらぬわが身とおもへどくれぬまのけふは人こそかなしかりけれ
839
ただみね
時しもあれ秋やは人のわかるべきあるを見るだにこひしきものを
840
凡河内みつね
ははがおもひにてよめる
神な月時雨にぬるるもみぢばはただわび人のたもとなりけり
841
ただみね
ちちがおもひにてよめる
ふぢ衣はつるるいとはわび人の涙の玉のをとぞなりける
842
つらゆき
おもひに侍りけるとしの秋、山でらへまかりけるみ ちにてよめる
あさ露のおくての山田かりそめにうき世中を思ひぬるかな
843
おもひに侍りける人をとぶらひにまかりてよめる
すみぞめの君がたもとは雲なれやたえず涙の雨とのみふる
844
よみ人しらず
女のおやのおもひにて山でらに侍りけるを、ある人 のとぶらひつかはせりければ、返事によめる
あしひきの山べに今はすみぞめの衣の袖はひる時もなし
845
たかむらの朝臣
諒闇の年池のほとりの花を見てよめる
水のおもにしづく花の色さやかにも君がみかげのおもほゆるかな
846
文屋やすひで
深草のみかどの御国忌の日よめる
草ふかき霞の谷に影かくしてるひのくれしけふにやはあらぬ
847
僧正偏昭
ふかくさのみかどの御時に、蔵人頭にてよるひるな れつかうまつりけるを、諒闇になりにければ、さらに世にもまじらずしてひえの山にの ぼりてかしらおろしてけり、その又のとし、みなひと御ぶくぬぎて、あるはかうぶりた
まはりなどよろこびけるをききてよめる
みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ
848
近院右のおほいまうちぎみ
河原のおほいまうちぎみの身まかりての秋、かの家 のほとりをまかりけるに、もみぢのいろまだふかくもならざりけるを見てよみていれた りける
うちつけにさびしくもあるかもみぢばもぬしなきやどは色なかりけり
849
つらゆき
藤原たかつねの朝臣の身まかりての又のとしの夏、 ほととぎすのなきけるをききてよめる
郭公けさなくこゑにおどろけば君を別れし時にぞありける
850
きのもちゆき
さくらをうゑてありけるに、やうやく花さきぬべき 時に、かのうゑける人身まかりにければ、その花を見てよめる
花よりも人こそあだになりにけれいづれをさきにこひむとか見し
851
つらゆき
あるじ身まかりにける人の家の梅花を見てよめる
色もかも昔のこさににほへどもうゑけむ人の影ぞこひしき
852
河原の左のおほいまうちぎみの身まかりてののち、 かの家にまかりてありけるに、しほがもといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる
君まさで煙たえにししほがまの浦さびしくも見え渡るかな
853
みはるのありすけ
藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍りける ざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるを、秋の夜ふけてものよりまうできけ るついでに見いれければ、もとありしせんざいもいとしげくあれたりけるを見て、はや
くそこに侍りければむかしを思ひやりてよみける
きみがうゑしひとむらすすき虫のねのしげきのべともなりにけるかな
854
とものり
これたかのみこの、ちちの侍りけむ時によめりけむ うたどもとこひければ、かきておくりけるおくによみてかけりける
ことならば事のはさへもきえななむ見れば涙のたぎまさりけり
855
よみ人しらず
題しらず
なき人のやどにかよはば郭公かけてねにのみなくとつげなむ
856
誰見よと花さけるらむ白雲のたつのとはやくなりにし物を
857
式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、 いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらのひも にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、むかしのてにてこのうたをなむかきつけた
りける
かずかずに我をわすれぬ物ならば山の霞をあはれとは見よ
858
よみ人しらず
をとこの人のくににまかれりけるまに、女にはかに やまひをして、いとよわくなりにける時よみおきて身まかりにける
こゑをだにきかでわかるるたまよりもなきとこにねむ君ぞかなしき
859
大江千里
やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげな くおぼえければよみて人のもとにつかはしける
もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり
860
藤原これもと
身まかりなむとてよめる
つゆをなどあだなる物と思ひけむわが身も草におかぬばかりを
861
なりひらの朝臣
やまひしてよわくなりにける時よめる
つひにゆくみちとはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを
862
在原しげはる
かひのくににあひしりて侍りける人とぶらはむとて まかりけるを、みち中にてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて京 にもてまかりて母に見せよといひて、人につけ侍りけるうた
かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこし今はかぎりのかどでなりけり
-----------------------------------
863
よみ人しらず
題しらず
わがうへに露ぞおくなるあまの河をわたる舟のかいのしづくか
864
思ふどちまとゐせる夜は唐錦たたまくをしき物にぞありける
865
うれしきをなににつつまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを
866
限なき君がためにとをる花はときしもわかぬ物にぞ有りける
ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうち君の 也
867
紫のひともとゆゑにむさしのの草はみながらあはれとぞ見る
868
なりひらの朝臣
めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをお くるとてよみてやりける
紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
869
近院右のおほいまうちぎみ
大納言ふぢはらのくにつねの朝臣の、宰相より中納 言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる
色なしと人や見るらむ昔よりふかき心にそめてしものを
870
ふるのいまみち
いそのかみのなむまつが宮づかへもせでいその神と いふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはれりければ、よろこびいひつか はすとてよみてつかはしける
日のひかりやぶしわかねばいその神ふりにしさとに花もさきけり
871
なりひらの朝臣
二条のきさきのまだ東宮のみやすんどころと申しけ る時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる
おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思ひいづらめ
872
よしみねのむねさだ
五節のまひひめを見てよめる
あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしばしとどめむ
873
河原の左のおほいまうちぎみ
五せちのあしたにかむざしのたまのおちたりけるを 見て、たがならむととぶらひてよめる
ぬしやたれとへどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれとおもはむ
874
としゆきの朝臣
寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこども、か めをもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、 くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つか
ひのかへりきて、さなむありつるといひければ、くら人のなかにおくりける
玉だれのこがめやいづらこよろぎのいその浪わけおきにいでにけり
875
けむげいほうし
女どもの見てわらひければよめる
かたちこそみ山がくれのくち木なれ心は花になさばなりなむ
876
きのとものり
方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのき ぬをきせたりけるを、あしたにかへすとてよみける
蝉のはのよるの衣はうすけれどうつりがこくもにほひぬるかな
877
よみ人しらず
題しらず
おそくいづる月にもあるかな葦引の山のあなたもをしむべらなり
878
わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月を見て
879
なりひらの朝臣
おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの
880
きのつらゆき
月おもしろしとて凡河内躬恒がまうできたりけるに よめる
かつ見ればうとくもあるかな月影のいたらぬさともあらじと思へば
881
池に月の見えけるをよめる
ふたつなき物と思ひしをみなそこに山のはならでいづる月かげ
882
よみ人しらず
題しらず
あまの河雲のみをにてはやければひかりとどめず月ぞながるる
883
あかずして月のかくるる山本はあなたおもてぞこひしかりける
884
なりひらの朝臣
これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やど りにかへりて夜ひとよさけをのみ、物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとし けるをりに、みこゑひてうちへいりなむとしければよみ侍りける
あかなくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなむ
885
あま敬信
田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけ いこのみこを、ははあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみ にければよめる
おほぞらをてりゆく月しきよければ雲かくせどもひかりけなくに
886
よみ人しらず
題しらず
いその神ふるからをののもとかしは本の心はわすられなくに
887
いにしへの野中のし水ぬるけれど本の心をしる人ぞくむ
888
いにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有りし物なり
889
今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時も有りこしものを
890
世中にふりぬる物はつのくにのながらのはしと我となりけり
891
ささのはにふりつむ雪のうれをおもみ本くだちゆくわがさかりはも
892
おほあらきのもりのした草おいぬれば駒もすさめずかる人もなし
又は、さくらあさのをふのしたくさおいぬれば
893
かぞふればとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいぞしにける
894
おしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにけるかな
又は、おほとものみつのはまべに
895
おいらくのこむとしりせばかどさしてなしとこたへてあはざらましを
このみつの哥は、昔ありけるみたりのおきなのよめ るとなむ
896
さかさまに年もゆかなむとりもあへずすぐるよはひやともにかへると
897
とりとむる物にしあらねば年月をあはれあなうとすぐしつるかな
898
とどめあへずむべもとしとはいはれけりしかもつれなくすぐるよはひ か
899
鏡山いざ立ちよりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると
この哥は、ある人のいはく、おほとものくろぬしが 也
900
業平朝臣のははのみこ長岡にすみ侍りける時に、な りひら宮づかへすとて、時時もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりにははの みこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくて
ありけるうた
老いぬればさらぬ別もありといへばいよいよ見まくほしき君かな
901
なりひらの朝臣
返し
世中にさらぬ別のなくもがな千世もとなげく人のこのため
902
在原むねやな
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
白雪のやへふりしけるかへる山かへるがへるもおいにけるかな
903
としゆきの朝臣
おなじ御時のうへのさぶらひにてをのこどもにおほ みきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる
おいぬとてなどかわが身をせめきけむおいずはけふにあはましものか
904
よみ人しらず
題しらず
ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年のへぬれば
905
我見てもひさしく成りぬ住の江の岸の姫松いくよへぬらむ
906
住吉の岸のひめ松人ならばいく世かへしととはましものを
907
梓弓いそべのこ松たが世にかよろづ世かねてたねをまきけむ
この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が也
908
かくしつつ世をやつくさむ高砂のをのへにたてる松ならなくに
909
藤原おきかぜ
誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
910
よみ人しらず
わたつ海のおきつしほあひにうかぶあわのきえぬ物からよる方もなし
911
わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山
912
わたの原よせくる浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも
913
なにはがたしほみちくらしあま衣たみのの島にたづなき渡る
914
藤原ただふさ
貫之がいづみのくにに侍りける時に、やまとよりこ えまうできてよみてつかはしける
君を思ひおきつのはまになくたづの尋ねくればぞありとだにきく
915
つらゆき
返し
おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ
916
なにはにまかれりける時よめる
なにはがたおふるたまもをかりそめのあまとぞ我はなりぬべらなる
917
みぶのただみね
あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつか はしける
すみよしとあまはつぐともながゐすな人忘草おふといふなり
918
つらゆき
なにはへまかりける時、たみののしまにて雨にあひ てよめる
あめによりたみのの島をけふゆけど名にはかくれぬ物にぞ有りける
919
法皇にし河おはしましたりける日、つるすにたてり といふことを題にてよませたまひける
あしたづのたてる河辺を吹く風によせてかへらぬ浪かとぞ見る
920
伊勢
中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはじめて あそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、ゆふさりつかたかへりおはしまさむ としけるをりによみてたてまつりける
水のうへにうかべる舟の君ならばここぞとまりといはまし物を
921
真せいほうし
からことといふ所にてよめる
宮こまでひびきかよへるからことは浪のをすげて風ぞひきける
922
在原行平朝臣
ぬのびきのたきにてよめる
こきちらす滝の白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる
923
なりひらの朝諏
布引の滝の本にて人人あつまりて哥よみける時によ める
ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに
924
承均法師
よしののたきを見てよめる
たがためにひきてさらせるぬのなれや世をへて見れどとる人もなき
925
神たい法し
題しらず
きよたきのせぜのしらいとくりためて山わけ衣おりてきましを
926
伊勢
竜門にまうでてたきのもとにてよめる
たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ
927
たちばなのながもり
朱雀院のみかどぬのびきのたき御覧ぜむとてふん月 のなぬかの日あはしましてありける時に、さぶらふ人人に哥よませたまひけるによめる
ぬしなくてさらせるぬのをたなばたにわが心とやけふはかさまし
928
ただみね
ひえの山なるおとはのたきを見てよめる
おちたぎつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすぢなし
929
みつね
おなじたきをよめる
風ふけど所もさらぬ白雲はよをへておつる水にぞ有りける
930
三条の町
田むらの御時に女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧 じけるに、たきおちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめとさぶらふ人におほ せられければよめる
おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れどおとのきこえぬ
931
つらゆき
屏風のゑなる花をよめる
さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる
932
坂上これのり
屏風のゑによみあはせてかきける
かりてほす山田のいねのきたれてなきこそわたれ秋のうければ
----------------------------------
933
読人しらず
題しらず
世中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせになる
934
いく世しもあらじわが身をなぞもかくあまのかるもに思ひみだるる
935
雁のくる峯の朝霧はれずのみ思ひつきせぬ世中のうさ
936
小野たかむらの朝臣
しかりとてそむかれなくに事しあればまづなげかれぬあなう世中
937
をののさだき
かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人 につかはしける
宮こ人いかがととはば山たかみはれぬくもゐにわぶとこたへよ
938
小野小町
文屋のやすひでみかはのぞうになりて、あがた見に はえいでたたじやといひやれりける返事によめる
わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ
939
題しらず
あはれてふ事こそうたて世中を思ひはなれぬほだしなりけれ
940
よみ人しらず
あはれてふ事のはごとにおくつゆは昔をこふる涙なりけり
941
世中のうきもつらきもつげなくにまづしる物はなみだなりけり
942
世中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらず有りてなければ
943
よのなかにいづらわが身のありてなしあはれとやいはむあなうとやい はむ
944
山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり
945
これたかのみこ
白雲のたえずたなびく岑にだにすめばすみぬる世にこそ有りけれ
946
ふるのいまみち
しりにけむききてもいとへ世中は浪のさわぎに風ぞしくめる
947
そせい
いづこにか世をばいとはむ心こそのにも山にもまどふべらなれ
948
よみ人しらず
世中は昔よりやはうかりけむわが身ひとつのためになれるか
949
世中をいとふ山べの草木とやあなうの花の色にいでにけむ
950
みよしのの山のあなたにやどもがな世のうき時のかくれがにせむ
951
世にふればうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてむ
952
いかならむ巌の中にすまばかは世のうき事のきこえこざらむ
953
葦引の山のまにまにかくれなむうき世中はあるかひもなし
954
世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし
955
もののべのよしな
おなじもじなきうた
よのうきめ見えぬ山ぢへいらむにはおもふ人こそほだしなりけれ
956
凡河内みつね
山のほうしのもとへつかはしける
世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいづちゆくらむ
957
物思ひける時、いときなきこを見てよめる
今更になにおひいづらむ竹のこのうきふししげき世とはしらずや
958
よみ人しらず
題しらず
世にふれば事のはしげきくれ竹のうきふしごとに鶯ぞなく
959
木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしにわが身はなりぬべらなり
ある人のいはく、高津のみこの哥也
960
わが身からうき世中となづけつつ人のためさへかなしかるらむ
961
たかむらの朝臣
おきのくににながされて侍りける時によめる
思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは
962
在原行平朝臣
田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまとい ふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける
わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ
963
をののはるかぜ
左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこ せたりける返事によみてつかはしける
あまびこのおとづれじとぞ今は思ふ我か人かと身をたどるよに
964
平さだふん
つかさとけて侍りける時よめる
うき世にはかどさせりとも見えなくになどかわが身のいでがてにする
965
有りはてぬいのちまつまのほどばかりうきことしげくおもはずもがな
966
みやぢのきよき
みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかう まつらずとてとけて侍りける時によめる
つくばねのこの本ごとに立ちぞよる春のみ山のかげをこひつつ
967
清原深養父
時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくを 見て、みづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる
ひかりなき谷には春もよそなればさきてとくちる物思ひもなし
968
伊勢
かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へり ける御返事にたてまつれりける
久方の中におひたるさとなればひかりをのみぞたのむべらなる
969
なりひらの朝臣
紀のとしさだが阿波のすけにまかりける時に、むま のはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふ くるまで見えざりければつかはしける
今ぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりけり
970
惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらお ろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山 のふもとなりければ雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみける
に、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみておくりける
わすれては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君を見むとは
971
深草のさとにすみ侍りて京へまうでくとて、そこな りける人によみておくりける
年をへてすみこしさとをいでていなばいとど深草のとやなりなむ
972
よみ人しらず
返し
野とならばうづらとなきて年はへむかりにだにやは君がこざらむ
973
題しらず
我を君なにはの浦に有りしかばうきめをみつのあまとなりにき
この哥は、ある人、むかしをとこありけるをうな の、をとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみ てをとこにつかはせりけるとなむいへる
974
返し
なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこを見つのあまとかはなる
975
今更にとふべき人もおもほえずやへむぐらしてかどさせりてへ
976
みつね
ともだちのひさしうまうでこざりけるもとによみ てつかはしける
水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ
977
人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみけれ ばよめる
身をすててゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり
978
むねをかのおほよりがこしよりまうできたりける時 に、雪のふりけるを見て、おのがおもひはこのゆきのごとくなむつもれるといひけるを りによめる
君が思ひ雪とつもらばたのまれず春よりのちはあらじとおもへば
979
宗岳大頼
返し
君をのみ思ひこしぢのしら山はいつかは雪のきゆる時ある
980
きのつらゆき
こしなりける人につかはしける
思ひやるこしの白山しらねどもひと夜も夢にこえぬよぞなき
981
よみ人しらず
題しらず
いざここにわが世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし
982
わがいほはみわの山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど
983
きせんほうし
わがいほは宮このたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
984
よみ人しらず
あれにけりあはれいくよのやどなれやすみけむ人のおとづれもせぬ
985
よしみねのむねさだ
ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけ るをききてよみていれたりける
わびびとのすむべきやどと見るなへに歎きくははることのねぞする
986
二条
はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時 よめる
人ふるすさとをいとひてこしかどもならの宮こもうきななりけり
987
よみ人しらず
題しらず
世中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞやどとさだむる
988
相坂の嵐のかぜはさむけれどゆくへしらねばわびつつぞぬる
989
風のうへにありかさだめぬちりの身はゆくへもしらずなりぬべらなり
990
伊勢
家をうりてよめる
あすかがはふちにもあらぬわがやどもせにかはりゆく物にぞ有りける
991
きのとものり
つくしに侍りける時にまかりかよひつつごうちける 人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける
ふるさとは見しごともあらずをののえのくちし所ぞこひしかりける
992
みちのく
女ともだちと物がたりしてわかれてのちにつかはし ける
あかざり袖のなかにやいりにけむわがたましひのなき心ちする
993
ふぢはらのただふさ
寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時 に、東宮のさぶらひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける
なよ竹のよながきうへにはつしものおきゐて物を思ふころかな
994
よみ人しらず
題しらず
風ふけばおきつ白浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ
ある人、この哥は、むかしやまとのくになりける人 のむすめに、ある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひ だに、このをとこかうちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆき けり、さりけれどもつらげなるけしきも見えで、かふちへいくごとにをとこの心のごと くにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたが ひて、月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見け れば、夜ふくるまでことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、 これをききてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる
995
たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく
996
わすられむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをとどむる
997
文屋ありすゑ
貞観御時、万葉集はいつばかりつくれるぞととはせ 給ひければよみてたてまつりける
神な月時雨ふりおけるならのはのなにおふ宮のふることぞこれ
998
大江千里
寛平御時哥たてまつりけるついでにたてまつりける
あしたづのひとりおくれてなくこゑは雲のうへまできこえつがなむ
999
ふぢはらのかちおむ
ひとしれず思ふ心は春霞たちいでてきみがめにも見えなむ
1000
伊勢
哥めしける時にたてまつるとてよみて、おくに かきつけてたてまつりける
山河のおとにのみきくももしきをはやながら見るよしもがな
-------------------------------------------------
短哥
1001
よみ人しらず
題しらず
あふことのまれなるいろにおもひそめわが身はつねにあまぐものはるる時なくふじのねのもえつつとはにおもへどもあふことかたしなにしかも人をうらみむわたつみのおきをふかめておもひてしおもひはいまはいたづらになりぬべらなりゆく水のたゆる時なくかくなわにおもひみだれてふるゆきの けなばけぬべく おもへども えぶの身なればなほやまずおもひはふかしあしひきの山した水のこがくれてたぎつ心をたれにかもあひかたらはむいろにいでば人しりぬべみすみぞめのゆふべになればひとりゐてあはれあはれとなげきあまりせむすべなみににはにいでてたちやすらへばしろたへの衣のそでにおくつゆのけなばけぬべくおもへどもなほなげかれぬはるがすみよそにも人にあはむとおもへば
1002
ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながう た
ちはやぶる神のみよよりくれ竹の世世にもたえずあまびこのおとはの山の はるがすみ思ひみだれてさみだれのそらもとどろにさよふけて山ほととぎすなくごとにたれもねざめてからにしきたつたの山のもみぢばを見てのみしのぶ神な月しぐれしぐれて冬の夜の庭もはだれにふるゆきの猶きえかへり年ごとに時につけつつあはれてふことをいひつつきみをのみちよにといはふ世の人のおもひするがのふじのねのもゆる思ひもあかずしてわかるるなみだ藤衣おれる心もやちくさのことのはごとにすべらぎのおほせかしこみまきまきの中につくすといせの海のうらのしほがひひろひあつめとれりとすれどたまのをのみじかき心思ひあへず猶あらたまの年をへて大宮にのみひさかたのひるよるわかずつかふとてかへりみもせぬわがよどのしのぶぐさおふるいたまあらみふる春さめのもりやしぬらむ
1003
壬生忠岑
ふるうたにくはへてたてまつれるながうた
くれ竹の世世のふることなかりせばいかほのぬまのいかにして思ふ心をのばへましあはれむかしべありきてふ人まろこそはうれしけれ身はしもながらことのはをあまつそらまできこえあげすゑのよまでのあととなし今もおほせのくだれるはちりにつげとやちりの身につもれる事をとはるらむこれをおもへばけだもののくもにほえけむ心地してちぢのなさけもおもほえずひとつ心ぞほこらしきかくはあれどもてるひかりちかきまもりの身なりしをたれかは秋のくる方にあざむきいでてみかきよりとのへもる身のみかきもりをさをさしくもおもほえずここのかさねのなかにてはあらしの風もきかざりき今はの山しちかければ春は霞にたなびかれ夏はうつせみなきくらし秋は時雨に袖をかし冬はしもにぞせめらるるかかるわびしき身ながらにつもれるとしをしるせればいつつのむつになりにけりこれにそはれるわたくしのおいのかずさへやよければ身はいやしくて年たかきことのくるしさかくしつつながらのはしのながらへてなにはのうらにたつ浪の浪のしわにやおぼほれむさすがにいのちをしければこしのくになるしら山のかしらはしろくなりぬともおとはのたきのおとにきくおいずしなずのくすりがも君がやちよをわかえつつ見む
1004
君が世にあふさか山のいはし水こがくれたりと思ひけるかな
1005
凡河内躬恒
冬のなかうた
ちはやぶら神な月とやけさよりはくもりもあへずはつ時雨紅葉とともにふるさとのよしのの山の山あらしもさむく日ごとになりゆけばたまのをとけてこきちらしあられみだれてしも氷いやかたまれるにはのおもにむらむら見ゆる冬草のうへにふりしく白雪のつもりつもりてあらたまのとしをあまたもすぐしつるかな
1006
伊勢
七条のきさきうせたまひにけるのちによみける
おきつなみあれのみまさる宮のうちはとしへてすみしいせのあまも舟ながしたる心地してよらむ方なくかなしきに涙の色のくれなゐは我らがなかの時雨にて秋のもみぢと人人はおのがちりぢりわかれなばたのむかげなくなりはててとまる物とは花すすききみなき庭にむれたちてそらをまねかばはつかりのなき渡りつつよそにこそ見め
旋頭哥
1007
よみ人しらず
題しらず
うちわたすをち方人に物まうすわれそのそこにしろくさけるはなにの花ぞも
1008
返し
春さればのべにまづさく見れどあかぬ花まひなしにただなのるべき花のななれや
1009
題しらず
はつせ河ふるかはのべにふたもとあるすぎ年をへて又もあひ見むふたもとあるすぎ
1010
つらゆき
きみがさすみかさの山のもみぢばのいろ神な月しぐれのあめのそめるなりけり
俳諧哥
1011
よみ人しらず
題しらず
梅花見にこそきつれ鶯の人く人くといとひしもをる
1012
素性法師
山吹の花色衣ぬしやたれとへどこたへずくちなしにして
1013
藤原敏行朝臣
いくばくの田をつくればか郭公しでのたをさをあさなあさなよぶ
1014
藤原かねすけの朝臣
七月六日たなばたの心をよみける
いつしかとまたく心をはぎにあげてあまのかはらをけふやわたらむ
1015
凡河内みつね
題しらず
むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋のながしてふよは
1016
僧正へんぜう
秋ののになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時
1017
よみ人しらず
あきくればのべにたはるる女郎花いづれの人かつまで見るべき
1018
秋ぎりのはれてくもればをみなへし花のすがたぞ見えかくれする
1019
花と見てをらむとすればをみなへしうたたあるさまの名にこそ有りけれ
1020
在原むねやな
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
秋風にほころびぬらしふぢばかまつづりさせてふ蟋蟀なく
1021
清原ふかやぶ
あすはるたたむとしける日、となりの家のかたより 風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける
冬ながら春の隣のちかければなかがきよりぞ花はちりける
1022
よみ人しらず
題しらず
いその神ふりにしこひの神さびてたたるに我はいぞねかねつる
1023
枕よりあとよりこひのせめくればせむ方なみぞとこなかにをる
1024
こひしきが方も方こそ有りときけたてれをれどもなき心ちかな
1025
ありぬやと心見がてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞこひしき
1026
みみなしの山のくちなしえてしかな思ひの色のしたぞめにせむ
1027
葦引の山田のそほづおのれさへ我をほしてふうれはしきこと
1028
きのめのと
ふじのねのならぬおもひにもえばもえ神だにけたぬむなしけぶりを
1029
きのありとも
あひ見まく星はかずなく有りながら人に月なみ迷ひこそすれ
1030
小野小町
人にあはむ月のなきには思ひおきてむねはしり火に心やけをり
1031
藤原おきかぜ
寛平御時きさいの宮の哥合のうた
春霞たなびくのべのわかなにもなり見てしかな人もつむやと
1032
よみ人しらず
題しらず
おもへども猶うとまれぬ春霞かからぬ山もあらじとおもへば
1033
平貞文
春の野のしげき草ばのつまごひにとびたつきじのほろろとぞなく
1034
きのよしひと
秋ののにつまなきしかの年をへてなぞわがこひのかひよとぞなく
1035
みつね
蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ
1036
ただみね
かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬなはたてじくるないとひそ
1037
よみ人しらず
ことならば思はずとやはいひはてぬなぞ世中のたまだすきなる
1038
おもふてふ人の心のくまごとににたちかくれつつ見るよしもがな
1039
思へどもおもはずとのみいふなればいなやおもはじ思ふかひなし
1040
我をのみ思ふといはばあるべきをいでや心はおほぬさにして
1041
われを思ふ人をおもはぬむくいにやわが思ふ人の我をおもはぬ
1042
ふかやぶ
思ひけむ人をぞともにおもはましまさしやむくいなかりけりやは
1043
よみ人しらず
いでてゆかむ人をとどめむよしなきにとなりの方にはなもひぬかな
1044
紅にそめし心もたのまれず人をあくにはうつるてふなり
1045
いとはるるわが身ははるのこまなれやのがひがてらにはなちすてつゝ
1046
鶯のこぞのやどりのふるすとや我には人のつれなかるらむ
1047
さかしらに夏は人まねささのはのさやぐしもよをわがひとりぬる
1048
平中興
逢ふ事の今ははつかになりぬれば夜ふかからでは月なかりけり
1049
左のおほいまうちぎみ
もろこしのよしのの山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに
1050
なかき
雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ
1051
伊勢
なにはなるながらのはしもつくるなり今はわが身をなににたとへむ
1052
よみ人しらず
まめなれどなにぞはよけくかるかやのみだれてあれどあしけくもなし
1053
おきかぜ
なにかその名の立つ事のをしからむしりてまどふは我ひとりかは
1054
くそ
いとこなりけるをとこによそへて人のいひければ
よそながらわが身にいとのよるといへばただいつはりにすぐばかりなり
1055
さぬき
題しらず
ねぎ事をさのみききけむやしろこそはてはなげきのもりとなるらめ
1056
大輔
なげきこる山としたかくなりぬればつらづゑのみぞまづつかれける
1057
よみ人しらず
なげきをばこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり
1058
人こふる事をおもにとになひもてあふごなきこそわびしかりけれ
1059
よひのまにいでていりぬるみか月のわれて物思ふころにもあるかな
1060
そゑにとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに
1061
世中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそあさくなりなめ
1062
在原元方
よのなかはいかにくるしと思ふらむここらの人にうらみらるれば
1063
よみ人しらず
なにをして身のいたづらにおいぬらむ年のおもはむ事ぞやさしき
1064
おきかぜ
身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなるとしるべく
1065
千さと
白雪の友にわが身はふりぬれど心はきえぬ物にぞありける
1066
よみ人しらず
題しらず
梅花さきてののちの身なればやすき物とのみ人のいふらむ
1067
みつね
法星にし河におはしましたりける日、さる山のかひ にさけぶといふことを題にてよませたまうける
わびしらにましらななきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ
1068
よみ人しらず
題しらず
世をいとひこのもとごとにたちよりてうつぶしぞめのあさのきぬなり
---------------------------------
1069
おほなのびのうた
あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ
日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに
1070
ふるきやまとまひのうた
しもとゆふかづらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆるかな
1071
あふみぶり
近江よりあさたちくればうねののにたづぞなくなるあけぬこのよは
1072
みづくきぶり
水くきのをかのやかたにいもとあれとねてのあさけのしものふりはも
1073
しはつ山ぶり
しはつ山うちいでて見ればかさゆひのしまこぎかくるたななしをぶね
神あそびのうた
1074
とりもののうた
神がきのみむろの山のさかきばは神のみまへにしげりあひにけり
1075
しもやたびおけどかれせぬさかきばのたちさかゆべき神のきねかも
1076
まきもくのあなしの山の山人と人も見るがに山かづらせよ
1077
み山にはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり
1078
みちのくのあだちのまゆみわがひかばすゑさへよりこしのびしのびに
1079
わがかどのいたゐのし水さととほみ人しくまねばみくさおひにけり
1080
ひるめのうた
ささのくまひのくま河にこまとめてしばし水かへかげをだに見む
1081
かへしもののうた
あをやぎをかたいとによりて鶯のぬふてふ笠は梅の花がさ
1082
まがねふくきびの中山おびにせるほそたに河のおとのさやけさ
この哥は、承和の御べのきびのくにの哥
1083
美作やくめのさら山さらさらにわがなはたてじよろづよまでに
これは、みづのをの御べのみまさかのくにのうた
1084
みののくに関のふぢ河たえずして君につかへむよろづよまでに
これは、元慶の御べのみののうた
1085
きみが世は限もあらじながはまのまさごのかずはよみつくすとも
これは、仁和の御べのいせのくにの哥
1086
大伴くろぬし
近江のやかがみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは
これは、今上の御べのあふみのうた
東哥
1087
みちのくのうた
あぶくまに霧立ちくもりあけぬとも君をばやらじまてばすべなし
1088
みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも
1089
わがせこを宮こにやりてしほがまのまがきのしまの松ぞこひしき
1090
をぐろさきみつのこじまの人ならば宮このつとにいざといはましを
1091
みさぶらひみかさと申せ宮木ののこのしたつゆはあめにまされり
1092
もがみ河のぼればくだるいな舟のいなにはあらずこの月ばかり
1093
君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山浪もこえなむ
1094
さがみうた
こよろぎのいそたちならしいそなつむめざしぬらすなおきにをれ浪
1095
ひたちうた
つくばねのこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし
1096
つくばねの峯のもみぢばおちつもりしるもしらぬもなべてかなしも
1097
かひうた
かひがねをさやにも見しがけけれなくよこほりふせるさやの中山
1098
かひがねをねこし山こし吹く風を人にもがもや事づてやらむ
1099
伊勢うた
をふのうらにかたえさしおほひなるなしのなりもならずもねてかたら はむ
1100
藤原敏行朝臣
冬の賀茂のまつりのうた
ちはやぶるかものやしろのひめこまつよろづ世ふともいろはかはらじ
---------------------------------------
巻第十物名部
1101
ひぐらし
そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山びこよびとよむなり
在郭公下、空蝉上
1102
勝臣
かけりてもなにをかたまのきても見むからはほのほとなりにしものを
をがたまの木、友則下
1103
つらゆき
くれのおも
こし時とこひつつをればゆふぐれのおもかげにのみ見えわたるかな
忍草、利貞下
1104
をののこまち
おきのゐ、みやこじま
おきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまべのわかれなりけり
から事、清行下
1105
あやもち
そめどの、あはた
うきめをばよそめとのみぞのがれゆく雲のあはたつ山のふもとに
このうた、水の尾のみかどのそめどのよりあはたへ うつりたまうける時によめる 桂宮下
巻第十一
1106
奥菅の根しのぎふる雪、下
けふ人をこふる心は大井河ながるる水におとらざりけり
1107
わぎもこにあふさか山のしのすすきほにはいでずもこひわたるかな
巻第十三
1108
こひしくはしたにを思へ紫の、下
いぬがみのとこの山なるなとり河いさとこたへよわがなもらすな
この哥、ある人、あめのみかどのあふみのうねめに たまへると
1109
うねめのたてまつれる
返し
山しなのおとはのたきのおとにのみ人のしるべくわがこひめやも
巻第十四
1110
思ふてふことのはのみや秋をへて、下 そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて
わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも
1111
つらゆき
深養父、こひしとはたがなづけけむ事ならむ、下
みちしらばつみにもゆかむすみのえの岸におふてふこひわすれぐさ
----------------------------------------------------
--------------------------------------------
注)推奨環境:XPかビスタ。14か17インチ。Explorer
5.5以降。なお、
バイオなど一部製品やマックで、縦書きレイアウト他機能不可。
注)掲載データの全ては、哥座(うたくら)が韻文空間を際立たせるための美学研究用として、
基データの幾分かを省略、かつ縦書き表記変換したものである。よって文学としての精確度を
求める向きは、しかるべき専門文学データへ直接当たることをお薦めしたい。
附記 「哥座(うたくら)
および 哥座一座(うたくらいちざ) について」
ふだんからなじみ深い裏手の山や前浜の海など、身近の自然やジブンの身体は、すでに了解済みの「空間」のなかに、疑うこともなく自明に存在している。この「こと」「もの」が生成流転している無意識空間は、万葉集はじめ、多くの歌仙の哥、俳諧、詩などの「韻文」により、ながい時の熟成を経て、身体空間や歴史、自然空間へと昇華されて、「わたくしたち」自身の空間システムの原型となり、具体的な血肉となってきたものだ。あるいは、わたくしたち自身の今の意識や身体をさえ紡ぎだしてくれているとも言へる。未来をも決定づけていくはづのこの無意識空間。ここでは、決して表にはでてこないで、そこへ秘匿胎蔵され続けている先験的時空座標を措定し、それを哥座(うたくら)と命名した。また、哥座一座(うたくらいちざ)は、この座標の自得のもとに、今日の情報テクノロジーの意味を問い直し、従来の芸術や学問のジャンルを越へ、時代と場所を越へ、随意に集合離散、活動できる超私的なパフォーマンサーたちの一期一会の関り合ひの「場」として創設した。方法論的には、途上で、輸入されてきた印・中・欧の抽象的美学概念に代へ、普段のことばや、あるがままの身体性を手がかりに、無文字時代から連続性の途切れずにある固有の法、ロゴスを抽出、その法を敷衍,発展化させていく。その際には、「俤」、「ひびき」、「にほひ」といった、先人から受け継いできた固有の概念による「付合」などさまざまな古典的手法を援用する。こうして「モノ」「コト」「コトバ」が具足する古くてあたらしい「座」を発掘し、それをミライへと継承していきたい。
哥座(うたくら) 二千八年九月
責任者:長谷川 有 hasegawa@utakura.com