古今和歌集
     
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古今和歌集

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仮名序

やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける、世中にある人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひ
いだせるなり、花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬ おに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり


このうた、あめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり、あまのうきはしのしたにて、め神を神となりたまへる事をいへるうたなり、しかあれども、世につたはること は、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、したてるひめとは、あめわかみこのめなり、せうとの神のかたち、をか、たににうつりてかかやくをよめるえびす哥 なるべし、これらはもじのかずもさだまらず、うたのやうにもあらぬことども也、あらかねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける、ちはやぶる神世には


うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし、ひとの世となりて、すさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける、すさのをのみこと は、あまてるおほむ神のこのかみ也、女とすみたまはむとて、いづものくにに宮づくりしたまふ時に、その所にやいろのくものたつを見てよみたまへる也、「やくもたついづ もやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを」、かくてぞ花をめで、とりをうらやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶ心ことば、おほくさまざまになりにける、 とほき所もいでたつあしもとよりはじまりて、


年月をわたり、たかき山もふもとのちりひぢよりなりて、あまぐもたなびくまでおひの ぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし、なにはづのうたは、みかどの おほむはじめなり、おほさざきのみかどの、なにはづにてみこときこえける時、東宮をたがひにゆづりて、くらゐにつきたまはで、三とせになりにければ、王仁といふ人のい ぶかり思ひて、よみてたてまつりけるうた也、この花は梅のはなをいふなるべし、あさか山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて、かづらきのおほきみをみちのおくへつ かはしたりけるに、くにのつかさ、事おろそかなりとて、


まうけなどしたりけれど、すさまじかりければ、うねめなりける女の、かはらけとりて よめるなり、これにぞおほきみの心とけにける、「あさか山かげさへ見ゆる山の井のあ さくは人をおもふのもかは」、このふたうたはうたのちちははのやうにてぞ、手ならふ人のはじめにもしける、そもそもうたのさまむつなり、からのうたにもかくぞあるべ き、そのむくさのひとつには、そへうた、おほさざきのみかどをそへたてまつれるうた、「なにはづにさくやこの花ふゆごもり


いまははるべとさくやこのはな」といへるなるべし、ふたつには、かぞへうた、「さく花におもひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて」といへるなるべし、こ れはただ事にいひて、ものにたとへなどもせぬものなり、このうたいかにいへるにかあらむ、その心えがたし、いつつにただことうたといへるなむこれにはかなふべき、みつ にはなずらへうた、「きみにけさあしたのしものおきていなばこひしきごとにきえやわたらむ」といへるなるべし


これはものにもなずらへて、それがやうになむあるとやうにいふ也、この哥よくかなへりとも見えず、「たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはず て」、かやうなるやこれにはかなふべからむ、よつにはたとへうた、「わがこひはよむ ともつきじありそうみのはまのまさごはよみつくすとも」といへるなるべし、これはよ ろづのくさ木とりけだものにつけて心を見するなり、このうたはかくれたる所なむな き、されどはじめのそへうたとおなじやうなれば、すこしさまをかへたるなるべし、 「すまのあまのしほやくけぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり」、この哥などやかなふべからむ、


いつつにはただことうた、「いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれし からまし」といへるなるべし、これはことのととのほりただしきをいふ也、この哥の心 さらにかなはず、とめうたとやいふべからむ、「山ざくらあくまでいろを見つるかな花 ちるべくも風ふかぬよに」、むつにはいはひうた、「このとのはむべもとみけりさき草 のみつばよつばにとのづくりせり」といへるなるべし、


これは世をほめて神につぐる也、このうたいはひうたとは見えずなむある、<かすがの にわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ」、これらやすこしかなふべから む、おほよそむくさにわかれむ事はえあるまじき事になむ、今の世中いろにつき人の心花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへ に、むもれ木の人しれぬこととなりて、まめなるところには花すすきほにいだすべきことにもあらずなりにたり、そのはじめを


おもへばかかるべくなむあらぬ、いにしへの世世のみかど、春の花のあした、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人人をめして、ことにつけつつうたをたてまつらしめたまふ、ある は花をそふとてたよりなき所にまどひ、あるは月をおもふとてしるべなきやみにたどれる心心を見給ひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ、しかあるのみにあらず、さざ れいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ、よろこび


身にすぎ、たのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、松虫のねにともをしのび、たかさごすみの江のまつもあひおひのやうにおぼえ、おとこ山のむかしをおも ひいでてをみなへしのひとときをくねるにも、うたをいひてぞなぐさめける、又春のあしたに花のちるを見、秋のゆふぐれにこのはのおつるをきき、あるはとしごとにかがみ のかげに見ゆる雪と浪とをなげき、草のつゆ水あわを見て


わが身をおどろき、あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひ世にわび、したしかりしもうとくなり、あるは松山の浪をかけ、野なかの水をくみ、秋はぎのしたばをなが め、あかつきのしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの河をひきて世中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなり、ながらのはしもつくる なりときく人は


うたにのみぞ心をなぐさめける、いにしへよりかくつたはるうちにも、ならの御時よりぞひろまりにける、かのおほむ世やうたの心をしろしめしたりけむ、かのおほむ時に、 おほきみつのくらゐかきのもとの人まろなむうたのひじりなりける、これはきみもひとも身をあはせたりといふなるべし、秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをば、みかどの おほむめににしきと


見たまひ、春のあしたよしのの山のさくらは人まろが心にはくもかとのみなむおぼえける、又山の辺のあかひとといふ人ありけり、うたにあやしくたへなりけり、人まろはあ かひとがかみにたたむことかたく、あか人は人まろがしもにたたむことかたくなむあり ける、ならのみかどの御うた、「たつた河もみぢみだれてながるめりわたらばにしきな かやたえなむ」、人まろ、「梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば」、「ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ」、


赤人、「春ののにすみれつみにとこし我ぞのをなつかしみひと夜ねにける」、「わかの浦にしほみちくれば方をなみあしべをさしてたづなきわたる」、この人人をおきて又す ぐれたる人もくれ竹の世世にきこえ、かたいとのよりよりにたえずぞありける、これよりさきのうたをあつめてなむ方えふしふとなづけられたりける、ここにいにしへのこと をもうたの心をもしれる人


わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところ、えぬところたがひに なむある、かの御時よりこのかた、年はももとせあまり、世はとつぎになむなりにけ る、いにしへの事をもうたをも、しれる人よむ人おほからず、いまこのことをいふに、つかさくらゐたかき人をば、たやすきやうなればいれず、そのほかにちかき世に、その 名きこえたる人は、すなはち


僧正遍昭は、うたのさまはえたれどもまことすくなし、たとへばゑにかけるをうなを見 ていたづらに心をうごかすがごとし、「あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにも ぬけるはるの柳か」、「はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむく」、さがのにてむまよりおちてよめる、「名にめでてをれるばかりぞをみなへしわれ おちにきと人にかたるな」、ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず、しぼめる花のいろなくてにほひ


のこれるがごとし、「月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」、「おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの」、「ねぬる よのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな」、ふんやのやすひではことばはたくみにて、そのさま身におはず、いはばあき人のよききぬきたらむがごと し、「吹からによもの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ」、深草のみかどの御国忌に、「草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあら ぬ」、宇治山のそうきせんは、ことば


かすかにしてはじめをはりたしかならず、いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへるがごとし、「わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」、よ めるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず、をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなのな やめる所あるににたり、つよからぬはをう


なのうたなればなるべし、「思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを」、「いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける」、「わびぬれ ば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ」、そとほりひめのうた、「わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも」、おほともの くろぬしは、そのさまいやし、いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごとし、「思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや」、「かがみ山 いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると」、


このほかの人人その名きこゆる、野辺におふるかづらのはひひろごり、はやしにしげきこのはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひてそのさましらぬなるべし、かかるにい ますべらぎのあめのしたしろしめすこと、よつの時ここのかへりになむなりぬる、あまねきおほむうつくしみのなみ、やしまのほかまでながれ、ひろきおほむめぐみのかげ、 つ


くば山のふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、 もろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじ、ふりにしこと をもおこしたまふとて、いまもみそなはし、のちの世にもつたはれとて、延喜五年四月 十八日に大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさ う官おほし


かふちのみつね、右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬ ふるきうたみづからのをもたてまつらしめたまひてなむ、それがなかにむめをかざすよ りはじめて、ほととぎすをきき、もみぢををり、雪を見るにいたるまで、又つるかめにつけてきみをおもひ人をもいはひ、秋はぎ夏草を見てつまをこひ、あふさか山にいたり て


たむけをいのり、あるは春夏秋冬にもいらぬくさぐさのうたをなむえらばせたまひける、すべて千うた、はたまき、名づけてこきむわかしふといふ、かくこのたびあつめえ らばれて、山した水のたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすかがはのせになるうらみもきこえず、さざれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべ き、それまくら


ことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、かつは人のみみにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐなくし かのおきふしは、つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをなむよろこびぬる、人まろなくなりにたれど、うたのこととどまれるかな、たとひ時うつ り


ことさり、たのしびかなしびゆきかふとも、このうたのもじあるをや、あをやぎのいとたえず、まつのはのちりうせずして、まさきのかづらながくつたはり、とりのあとひさ しくとどまれらば、うたのさまをもしり、ことの心をえたらむ人は、おほぞらの月を見るがごとくにいにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも


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真名序


夫和歌者託其根於心地。発其花於詞林者也。
人之在世、不能無為。
思慮易遷、哀楽相変。感生於志、詠形於言。
是以逸者其声楽、怨者其吟悲。
可以述懐、可以発憤。
動天地、泣鬼神、化人倫、和夫婦、莫宜於和哥。
和歌有六義。一曰風。二曰賦。三曰比。四曰興。五曰雅。六曰頌。
若夫春鶯之囀花中、秋蝉之吟樹上、雖無曲折、各発歌謡。
物皆有之、自然之理也。
然而神世七代、時質人淳、情欲無分、和哥未作。
逮于素戔烏尊到出雲国、始有三十一字之詠。今反哥之作也。
其後雖天神之孫、海童之女、莫不以和歌通情者。
爰及人代、此風大興。
長歌短歌旋頭混本之類、雑体非一。
源流漸繁。譬猶払雲之樹、生自寸苗之煙、浮天之波、起於一滴之露。
至如難波津之什献天皇、富緒川之篇報太子、或事関神異、或興入幽玄。
但見上古歌、多存古質之語。
未為耳目之翫、徒為教誡之端。
古天子、毎良辰美景、詔侍臣、預宴筵者献和歌。
君臣之情、由斯可見、賢愚之性、於是相分。
所以随民之欲、択士之才。

自大津皇子初作詩賦、詞人才子、慕風継塵。
移彼漢家之字、化我日域之俗。
民業一改、和歌漸衰。
然猶有先師柿本大夫者。
高振神妙之思、独歩古今之間。
有山部赤人者。並和歌仙也。
其余業和哥者、綿々不絶。
及彼時変澆漓、人貴奢淫、浮詞雲興、艶流泉涌。
其実皆落。其花孤栄。
至有好色之家、以此為花鳥之使、乞食之客、以此為活計之謀。
故半為婦人之右、難進大夫之前。

近代存古風者。纔二三人。然長短不同、論以可弁。
花山僧正、尤得歌体、然其詞花而少実。如図画好女徒動人情。
在原中将之歌、其情有余、其詞不足。如萎花雖少彩色、而有薫香。
文琳巧詠物、然其体近俗。如賈人之着鮮衣。
宇治山僧喜撰、其詞華麗、而首尾停滞。如望秋月遇暁雲。
小野小町歌、古衣通姫之流也、然艶而無気力。如病婦之着花粉。
大友黒主之歌、古猿丸大夫之次也。頗有逸興、而体甚鄙。如田夫之息花前也。

此外氏姓流聞者、不可勝数。
其大底皆以艶為基、不知和歌之趣者也。
俗人争事栄利。不用詠和歌。
悲哉悲哉。雖貴兼相将、富余金銭、而骨未腐於土中、名先滅於世上。
適為後世被知者、唯和歌之人而已。
何者、語近人耳、義慣神明也。

昔平城天子詔侍臣、令撰万葉集。
自爾以来、時歴十代、数過一年。
其後和歌棄不被採。
雖風流如野宰相、雅情如在納言、而皆以他才聞、不以此道顕。
陛下御宇、于今九載。
仁流秋津州之外、恵茂筑波山之蔭。
渕変為瀬之声、寂々閉口、砂長為巌之頌、洋々満耳、思継既絶之風、欲興久廃之道。

爰詔大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑等、各献家集、並古来旧歌。曰、続万葉集。
於是重有詔、部類所奉之歌、勒為二十巻。名曰古今和歌集。
臣等詞少春花之艶、名窃秋夜之長。
況哉進恐時俗之嘲、退慙才芸之拙。
適遇和歌之中興、以楽吾道之再昌。
嗟乎人麿既没、和歌不在斯哉。
于時延喜五年歳次乙丑四月十五日、臣貫之等謹序。


参照 (書き下し文)

 夫れ和歌は其の根を心地に託け、其の花を詞林に発く者なり。
人の世に在るや、無為なること能はず。
思慮遷り易く、哀楽相変ず。感は志に生り、詠は言に形はる。
是を以つて、逸せる者は其の声楽しみ、怨ぜる者は其の吟悲しむ。
以ちて懐ひを述ぶべく、以ちて憤りを発すべし。
天地を動かし、鬼神を泣かしめ、人倫を化し、夫婦を和ぐること、和哥より宜しきは莫し。
和歌に六義有り。
一に曰はく風。二に曰はく賦。三に曰はく比。四に曰はく興。五に曰はく雅。六に曰はく頌。
夫春の鶯の花中に囀り、秋の蝉の樹上に吟ずるがごときは、曲折無しと雖も、各歌謡を発す。
物皆之有るは、自然の理なり。
然るに神の世七代、時質に人淳うして、情欲分かつこと無く、和歌未だ作らず。
素戔烏尊の出雲国に到るに逮びて、始めて三十一字の詠有り。今の反哥作なり。
其の後、天つ神の孫、海童の女と雖も、和歌を以ちて情を通ぜずといふ者莫し。
爰に人代に及びて、此の風大きに興る。長歌・短歌・旋頭・混本の類、雑体一に非ず。
源流漸く繁し。譬へば、猶ほ雲払ふ樹の、寸苗の煙より生り、天を浮ぶるの波の、一滴の露より起るがごとし。
難波津の什を天皇に献じ、富緒川の篇を太子に報ぜしがごときに至りては、或いは事神異に関かり、或いは興幽玄に入る。
但し上古の歌を見るに、多く古質の語を存したり。
未だ為耳目の翫とせず、徒に教誡の端たり。
古の天子、良辰美景毎に、侍臣に詔して、宴筵に預る者をして和歌を献らしむ。
君臣の情、斯れに由りて見つべく、賢愚の性、是に於いて相分る。
所以に民の欲に随ひ、士の才を択ぶ。

 大津皇子の初めて詩賦を作りしより、詞人才子、風を慕ひ塵を継ぐ。
彼の漢家の字を移して、我が日域の俗を化す。
民業一たび改つて、和歌漸く衰ふ。
然れども猶ほ先師柿本大夫といふ者有り。高く神妙の思ひを振ひ、独り古今の間を歩む。
山部赤人といふ者有り。並びに和歌の仙なり。
其の余に和歌を業とする者、綿々として絶えず。
彼の時澆漓に変じ、人奢淫を貴ぶに及びて、浮詞雲のごとくに興り、艶流泉のごとくに涌く。
其の実皆落ちて、其の花孤り栄ゆ。
好色の家には、此れを以ちて花鳥の使と為し、乞食の客は、此れを以ちて活計の謀りと為すこと有るに至る。
故に半ば婦人の右けと為して、大夫の前進め難し。

 近代古風を存する者、纔かに二三人なり。
然るに、長短同じからず、論じて以ちて弁ふべし。
花山の僧正は、尤も歌体を得たれども、然も其の詞花にして実少し。
図画の好女の徒らに人の情を動。かすがごとし。
在原の中将の歌は、其の情余り有りて、其の詞足らず。
萎める花の彩色少なしと雖も、薫香有るがごとし。
文琳は巧みに物を詠ずとも、然も、其の体は俗に近し。
賈人の鮮衣を着たるがごとし。
宇治山の僧喜撰は、其詞華麗なれども、首尾停滞せり。
秋月を望むに暁の雲に遇へるがごとし。
小野小町の歌は、古の衣通姫の流なれども、然も艶にして気力無し。
病婦の花粉を着けたるがごとし。
大友黒主の歌は、古猿丸大夫の次なり。頗る逸興有れども、体甚だ鄙し。
田夫の花の前に息めるがごとし。

此の外氏姓の流聞する者、勝げて数ふべからず。
其の大底は皆艶なるを以ちて基と為し、和歌の趣を知らざる者なり。
俗人争ひて栄利を事として、和歌を詠ずることを用ゐず。
悲しき哉、悲しき哉。
貴きことは相将を兼ね、富めることは金銭を余せりと雖も、骨の未土中に腐ちざるに、名は先だちて世上に滅えぬ。
適為後世に知らるるところの者は、唯だ和歌の人のみ。
何となれば、語は人耳に近しく、義は神明に慣へばなり。

 昔、平城天子侍臣に詔して万葉集を撰ばしむ。
爾より以来、時、十代を歴、数、一年に過ぎたり。
其の後、和歌は棄てて採られず。
風流は野宰相のごとく、雅情は在納言のごとしと雖も、皆他才を以ちて聞こえ、此の道を以ちて顕はれず。
陛下の御宇、今に九載。
仁は秋津州の外に流れ、恵は筑波山の蔭よりも茂し。
渕変じて瀬と為るの声は、寂々として口を閉ぢ、砂長じて巌と為るの頌は、洋々として耳に満てり。
既に絶えたるの風を継がんことを思ほし、久しく廃れたるの道を興さんと欲したまふ。

爰に大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑等に詔して、各の家集並びに古来の旧歌を献ぜしむ。
続万葉集と曰ふ。
是に於いて重ねて詔有りて、奉る所の歌を部類して、勒として二十巻と為す。
名づけて古今和歌集と曰ふ。
臣等、詞は春の花の艶少なく、名は秋の夜の長きを窃めり。
況んや進んでは時俗の嘲りを恐れ、退きては才芸の拙きを慙づ。
適、和歌の中興に遇ひて、以ちて吾が道の再び昌んなることを楽しむ。
嗟乎、人麿既に没したれども、和歌斯に在らずや。
時に延喜五年歳の乙丑に次る四月十五日、臣貫之等謹みて序す。



1

在原元方

ふるとしに春たちける日よめる

としのうちに春はきにけりひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ


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2

紀貫之

はるたちける日よめる


袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ

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3

よみ人しらず

題しらず


春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ

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4

二条のきさきのはるのはじめの御うた


雪の内に春はきにけりうぐひすのこほれる涙今やとくらむ

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5

よみ人しらず

題しらず


梅がえにきゐるうぐひすはるかけてなけどもいまだ雪はふりつつ

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6

素性法師

雪の木にふりかかれるをよめる


春立てば花とや見らむ白雪のかかれる枝にうぐひすぞなく

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7

よみ人しらず

題しらず


心ざしふかくそめてし折りければきえあへぬ雪の花と見ゆらむ


ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみの 哥なり

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8

文屋やすひで

二条のきさきのとう宮のみやすんどころときこえけ る時、正月三日おまへにめして、おほせごとあるあひだに、日はてりながら雪のかしら にふりかかりけるをよませ給ひける

春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき

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9

きのつらゆき

ゆきのふりけるをよめる

霞たちこのめもはるの雪ふれば花なきさとも花ぞちりける

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10

ふぢはらのことなほ

春のはじめによめる

はるやとき花やおそきとききわかむ鶯だにもなかずもあるかな


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11

みぶのただみね

はるのはじめのうた


春きぬと人はいへどもうぐひすのなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ


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12

源まさずみ

寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた


谷風にとくるこほりのひまごとにうちいづる浪や春のはつ花


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13

紀とものり


花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる


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14

大江千里


うぐひすの谷よりいづるこゑなくは春くることをたれかしらまし


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15

在原棟梁


春たてど花もにほはぬ山ざとはものうかるねに鶯ぞなく


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16

よみ人しらず

題しらず

野辺ちかくいへゐしせればうぐひすのなくなるこゑはあさなあさなきく


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17


かすがのはけふはなやきそわか草のつまもこもれり我もこもれり


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18


かすがののとぶひののもりいでて見よ今いくかありてわかなつみてむ


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19


み山には松の雪だにきえなくに宮こはのべのわかなつみけり


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20


梓弓おしてはるさめけふふりぬあすさへふらばわかなつみてむ


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21


仁和のみかどみこにおましましける時に、人にわか なたまひける御うた

君がため春ののにいでてわかなつむわが衣手に雪はふりつつ


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22

つらゆき

哥たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる

かすがののわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人のゆくらむ


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23

在原行平朝臣

題しらず


はるのきるかすみの衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ


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24

源むねゆきの朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合によめる


ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり


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25

つらゆき

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る

わがせこが衣はるさめふるごとにのべのみどりぞいろまさりける


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26


あをやぎのいとよりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける


27

僧正遍昭

西大寺のほとりの柳をよめる


あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにもぬける春の柳か


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28

よみ人しらず

題しらず


ももちどりさへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふり行く


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29

をちこちのたづきもしらぬ山なかにおぼつかなくもよぶこどりかな


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30

凡河内みつね

かりのこゑをききてこしへまかりにける人を思ひて よめる

春くればかりかへるなり白雲のみちゆきぶりにことやつてまし


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31

伊勢

帰雁をよめる


はるがすみたつを見すててゆくかりは花なきさとにすみやならへる


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32

よみ人しらず

題しらず


折りつれば袖こそにほへ梅花有りとやここにうぐひすのなく


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33


色よりもかこそあはれとおもほゆれたが袖ふれしやどの梅ぞも


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34


やどちかく梅の花うゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり


35


梅花たちよるばかりありしより人のとがむるかにぞしみぬる


36

東三条の左のおほいまうちぎみ

むめの花ををりてよめる


鶯の笠にぬふといふ梅花折りてかざさむおいかくるやと


37

素性法師

題しらず


よそにのみあはれとぞ見し梅花あかぬいろかは折りてなりけり


38

とものり

むめの花ををりて人におくりける


君ならで誰にか見せむ梅花色をもかをもしる人ぞしる


39

つらゆき

くらぶ山にてよめる


梅花にほふ春べはくらぶ山やみにこゆれどしるくぞ有りける


40

みつね

月夜に梅花ををりてと人のいひければ、をるとてよ める

月夜にはそれとも見えず梅花かをたづねてぞしるべかりける


41

はるのよ梅花をよめる


春の夜のやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるる


42

つらゆき

はつせにまうづるごとにやどりける人の家に、ひさ しくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむや どりはあるといひいだして侍りければ、そこにたてりけるむめの花ををりてよめる

人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔のかににほひける


43

伊勢

水のほとりに梅花さけりけるをよめる


春ごとにながるる河を花と見てをられぬ水に袖やぬれなむ


44


年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ


45

つらゆき

家にありける梅花のちりけるをよめる


くるとあくとめかれぬものを梅花いつの人まにうつろひぬらむ


46

よみ人しらず

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


梅がかをそでにうつしてとどめてば春はすぐともかたみならまし


47

素性法師


ちると見てあるべきものを梅花うたてにほひのそでにとまれる


48

よみ人しらず

題しらず


ちりぬともかをだにのこせ梅花こひしき時のおもひいでにせむ


49

つらゆき

人の家にうゑたりけるさくらの花さきはじめたりけ るを見てよめる

ことしより春しりそむるさくら花ちるといふ事はならはざらなむ


50

よみ人しらず

題しらず


山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我見はやさむ


又は、さととほみ人もすさめぬ山ざくら

51

やまざくらわが見にくれば春霞峯にもをにもたちかくしつつ


52

さきのおほきおほいまうちぎみ

そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花を ささせ給へるを見てよめる

年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし


53

在原業平朝臣

なぎさの院にてさくらを見てよめる


世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし


54

よみ人しらず

題しらず


いしばしるたきなくもがな桜花たをりてもこむ見ぬ人のため


55

そせい法し

山のさくらを見てよめる


見てのみや人にかたらむさくら花てごとにをりていへづとにせむ


56

花ざかりに京を見やりてよめる


みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける


57

きのとものり

さくらの花のもとにて年のおいぬることをなげきて よめる

いろもかもおなじむかしにさくらめど年ふる人ぞあらたまりける


58

つらゆき

をれるさくらをよめる


たれしかもとめてをりつる春霞たちかくすらむ山のさくらを


59


哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る

桜花さきにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲


60

とものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


み吉野の山べにさけるさくら花雪かとのみぞあやまたれける


61

伊勢

やよひにうるふ月ありける年よみける


さくら花春くははれる年だにも人の心にあかれやはせぬ


62

よみ人しらず

さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人の きたりける時によみける

あだなりとなにこそたてれ桜花年にまれなる人もまちけり


63

なりひらの朝臣

返し


けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずはありとも花と見ましや


64

よみ人しらず

題しらず


ちりぬればこふれどしるしなき物をけふこそさくらをらばをりてめ


65


をりとらばをしげにもあるか桜花いざやどかりてちるまでは見む


66

きのありとも


さくらいろに衣はふかくそめてきむ花のちりなむのちのかたみに


67

みつね

さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人 によみておくりける

わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき


68

伊勢

亭子院哥合の時よめる


見る人もなき山ざとのさくら花ほかのちりなむのちぞさかまし


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69

よみ人しらず

題しらず


春霞たなびく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく


70

まてといふにちらでしとまる物ならばなにを桜に思ひまさまし


71

のこりなくちるぞめでたき桜花ありて世中はてのうければ


72


このさとにたびねしぬべしさくら花ちりのまがひにいへぢわすれて


73


空蝉の世にもにたるか花ざくらさくと見しまにかつちりにけり


74

これたかのみこ

僧正遍昭によみておくりける


さくら花ちらばちらなむちらずとてふるさと人のきても見なくに


75

そうく法師

雲林院にてさくらの花のちりけるを見てよめる


桜ちる花の所は春ながら雪ぞふりつつきえがてにする


76

そせい法し

さくらの花のちり侍りけるを見てよみける


花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ


77

そうく法し

うりむゐんにてさくらの花をよめる


いざさくら我もちりなむひとさかりありなば人にうきめ見えなむ


78

つらゆき

あひしれりける人のまうできてかへりにけるのちに よみて花にさしてつかはしける

ひとめ見し君もやくると桜花けふはまち見てちらばちらなむ


79


山のさくらを見てよめる


春霞なにかくすらむ桜花ちるまをだにも見るべき物を


80

藤原よるかの朝臣

心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじと ておろしこめてのみ侍りけるあひだに、をれるさくらのちりがたになれりけるを見てよ める

たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり


81

すがのの高世

東宮雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれ けるを見てよめる

枝よりもあだにちりにし花なればおちても水のあわとこそなれ


82

つらゆき

さくらの花のちりけるをよみける


ごとならばさかずやはあらぬさくら花見る我さへにしづ心なし


83


さくらのごととくちる物はなしと人のいひければよ める

さくら花とくちりぬともおもほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ


84

きのとものり

桜の花のちるをよめる


久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ


85


ふぢはらのよしかぜ

春宮のたちはきのぢんにてさくらの花のちるをよめ る

春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふと見む


86

凡河内みつね

さくらのちるをよめる


雪とのみふるだにあるをさくら花いかにちれとか風の吹くらむ


87

つらゆき

ひえにのぼりてかへりまうできてよめる


山たかみみつつわがこしさくら花風は心にまかすべらなり


88

大伴くろぬし

題しらず


春雨のふるは涙かさくら花ちるををしまぬ人しなければ


89

つらゆき

亭子院哥合哥


さくら花ちりぬる風のなごりには水なきそらに浪ぞたちける


90

ならのみかどの御うた


ふるさととなりにしならのみやこにも色はかはらず花はさきけり


91

よしみねのむねさだ

はるのうたとてよめる


花の色はかすみにこめて見せずともかをだにぬすめ春の山かぜ


92

そせい法し

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


はなの木も今はほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり


93

よみ人しらず

題しらず


春の色のいたりいたらぬさとはあらじさけるさかざる花の見ゆらむ


94

つらゆき

はるのうたとてよめる


みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ


95

そせい

うりむゐんのみこのもとに、花見にきた山のほとり にまかれりける時によめる

いざけふは春の山辺にまじりなむくれなばなげの花のかげかは


96

はるのうたとてよめる


いつまでか野辺に心のあくがれむ花しちらずは千世もへぬべし


97

よみ人しらず

題しらず


春ごとに花のさかりはありなめどあひ見む事はいのちなりけり


98


花のごと世のつねならばすぐしてし昔は又もかへりきなまし


99


吹く風にあつらへつくる物ならばこのひともとはよぎよといはまし


100


まつ人もこぬものゆゑにうぐひすのなきつる花ををりてけるかな




101

藤原おきかぜ

寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた


さく花は千くさながらにあだなれどたれかははるをうらみはてたる


102


春霞色のちくさに見えつるはたなびく山の花のかげかも


103

ありはらのもとかた


霞立つ春の山べはとほけれど吹きくる風は花のかぞする


104

みつね

うつろへる花を見てよめる


花見れば心さへにぞうつりけるいろにはいでじ人もこそしれ


105

よみ人しらず

題しらず


鶯のなくのべごとにきて見ればうつろふ花に風ぞふきける


106


吹く風をなきてうらみよ鶯は我やは花に手だにふれたる


107

典侍洽子朝臣


ちる花のなくにしとまる物ならば我鶯におとらましやは


108

藤原のちかげ

仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとてしける 時によみける

花のちることやわびしき春霞たつたの山のうぐひすのこゑ


109

そせい

うぐひすのなくをよめる


こづたへばおのがはかぜにちる花をたれにおほせてここらなくらむ


110

みつね

鶯の花の木にてなくをよめる


しるしなきねをもなくかなうぐひすのことしのみちる花ならなくに


111

よみ人しらず

題しらず


こまなめていざ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ


112


ちる花をなにかうらみむ世中にわが身もともにあらむ物かは


113

小野小町


花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに


114

そせい

仁和の中将のみやすん所の家に哥合せむとしける時 によめる

をしと思ふ心はいとによられなむちる花ごとにぬきてとどめむ


115

つらゆき

しがの山ごえに女のおほくあへりけるに、よみてつ かはしける

あづさゆみはるの山辺をこえくれば道もさりあへず花ぞちりける


116

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


春ののにわかなつまむとこしものをちりかふ花にみちはまどひぬ


117

山でらにまうでたりけるによめる


やどりして春の山辺にねたる夜は夢の内にも花ぞちりける


118

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


吹く風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花を見ましや


119

僧正遍昭

しがよりかへりけるをうなどもの花山にいりて ふぢの花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける

よそに見てかへらむ人にふぢの花はひまつはれよえだはをるとも


120

みつね

家にふぢの花のさけりけるを、人のたちとまりて見 けるをよめる

わがやどにさける藤波たちかへりすぎがてにのみ人の見るらむ


121

よみ人しらず

題しらず


今もかもさきにほふらむ橘のこじまのさきの山吹の花


122


春雨ににほへる色もあかなくにかさへなつかし山吹の花


123


山ぶきはあやななさきそ花見むとうゑけむ君がこよひこなくに


124

つらゆき

よしの河のほとりに山ぶきのさけりけるをよめる

吉野河岸の山吹ふくかぜにそこの影さへうつろひにけり


125

よみ人しらず

題しらず


かはづなくゐでの山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を


この哥は、ある人のいはく、たちばなのきよとも が哥なり


126

そせい

春の哥とてよめる


おもふどち春の山辺にうちむれてそこともいはぬたびねしてしか


127

みつね

はるのとくすぐるをよめる


あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくもおもほゆるかな


128

つらゆき

やよひにうぐひすのこゑのひさしうきこえざりける をよめる

なきとむる花しなければうぐひすもはては物うくなりぬべらなり


129

ふかやぶ

やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山河より 花のながれけるをよめる

花ちれる水のまにまにとめくれば山には春もなくなりにけり


130

もとかた

はるををしみてよめる


をしめどもとどまらなくに春霞かへる道にしたちぬとおもへば


131

おきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


こゑたえずなけやうぐひすひととせにふたたびとだにくべき春かは


132

みつね

やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女 どもを見てよめる

とどむべき物とはなしにはかなくもちる花ごとにたぐふこころか


133

なりひらの朝臣

やよひのつごもりの日あめのふりけるに、ふぢの花 ををりて人につかはしける

ぬれつつぞしひてをりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば


134

みつね

亭子院の哥合のはるのはてのうた


けふのみと春をおもはぬ時だにも立つことやすき花のかげかは


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135

よみ人しらず

題しらず


わがやどの池の藤波さきにけり山郭公いつかきなかむ


このうた、ある人のいはく、かきのもとの人まろが 也


136

紀としさだ

う月にさけるさくらを見てよめる


あはれてふ事をあまたにやらじとや春におくれてひとりさくらむ


137

よみ人しらず

題しらず


さ月まつ山郭公うちはぶき今もなかなむこぞのふるごゑ


138

伊勢


五月こばなきもふりなむ郭公まだしきほどのこゑをきかばや


139

よみ人しらず


さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする


140


いつのまにさ月きぬらむあしひきの山郭公今ぞなくなる


141


けさきなきいまだたびなる郭公花たちばなにやどはからなむ


142

きのとものり

おとは山をこえける時に郭公のなくをききてよめる

おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる


143

そせい

郭公のはじめてなきけるをききてよめる


郭公はつこゑきけばあぢきなくぬしさだまらぬこひせらるはた


144

ならのいその神でらにて郭公のなくをよめる


いその神ふるき宮この郭公声ばかりこそむかしなりけれ


145

よみ人しらず

題しらず


夏山になく郭公心あらば物思ふ我に声なきかせそ


146


郭公なくこゑきけばわかれにしふるさとさへぞこひしかりける


147


ほととぎすながなくさとのあまたあれば猶うとまれぬ思ふ物から


148


思ひいづるときはの山の郭公唐紅のふりいでてぞなく


149


声はして涙は見えぬ郭公わが衣手のひつをからなむ


150


あしひきの山郭公をりはへてたれかまさるとねをのみぞなく


151


今さらに山へかへるな郭公こゑのかぎりはわがやどになけ


152

みくにのまち


やよやまて山郭公事づてむ我世中にすみわびぬとよ


153

紀とものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


五月雨に物思ひをれば郭公夜ふかくなきていづちゆくらむ


154


夜やくらき道やまどへるほととぎすわがやどをしもすぎがてになく


155

大江千里


やどりせし花橘もかれなくになどほととぎすこゑたえぬらむ


156

きのつらゆき


夏の夜のふすかとすれば郭公なくひとこゑにあくるしののめ


157

みぶのただみね


くるるかと見ればあけぬるなつのよをあかずとやなく山郭公


158

紀秋岑


夏山にこひしき人やいりにけむ声ふりたててなく郭公


159

よみ人しらず

題しらず


こぞの夏なきふるしてし郭公それかあらぬかこゑのかはらぬ


160

つらゆき

郭公のなくをききてよめる


五月雨のそらもとどろに郭公なにをうしとかよただなくらむ


161

みつね

さぶらひにてをのこどものさけたうべけるに、めし て郭公まつうたよめとありければよめる

ほととぎすこゑもきこえず山びこはほかになくねをこたへやはせぬ


162

つらゆき

山に郭公のなきけるをききてよめる


郭公人まつ山になくなれば我うちつけにこひまさりけり


163

ただみね

はやくすみける所にてほととぎすのなきけるを ききてよめる

むかしべや今もこひしき郭公ふるさとにしもなきてきつらむ


164

みつね

郭公のなきけるをききてよめる


郭公我とはなしに卯花のうき世中になきわたるらむ


165

僧正へんぜう

はちすのつゆを見てよめる


はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆを玉とあざむく


166

深養父

月のおもしろかりける夜、あかつきがたによめる

夏の夜はまだよひながらあけぬるを雲のいづこに月やどるらむ


167

みつね

となりよりとこなつの花をこひにおこせたりけれ ば、をしみてこのうたをよみてつかはしける

ちりをだにすゑじとぞ思ふさきしよりいもとわがぬるとこ夏のはな


168

みな月のつごもりの日よめる


夏と秋と行きかふそらのかよひぢはかたへすずしき風やふくらむ


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169

藤原敏行朝臣

秋立つ日よめる


あききぬとめにはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる


170

つらゆき

秋たつ日、うへのをのこどもかものかはらにかはせ うえうしけるともにまかりてよめる

河風のすずしくもあるかうちよする浪とともにや秋は立つらむ


171

よみ人しらず

題しらず


わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋のはつ風


172


きのふこそさなへとりしかいつのまにいなばそよぎて秋風の吹く


173


秋風の吹きにし日より久方のあまのかはらにたたぬ日はなし


174


久方のあまのかはらのわたしもり君わたりなばかぢかくしてよ


175


天河紅葉をはしにわたせばやたなばたつめの秋をしもまつ


176


こひこひてあふ夜はこよひあまの河きり立ちわたりあけずもあらなむ


177

とものり

寛平御時なぬかの夜、うへにさぶらふをのこども、 哥たてまつれとおほせられける時に、人にかはりてよめる

天河あさせしら浪たどりつつわたりはてねばあけぞしにける


178

藤原おきかぜ

おなじ御時きさいの宮の哥合のうた


契りけむ心ぞつらきたなばたの年にひとたびあふはあふかは


179

凡河内みつね

なぬかの日の夜よめる>


年ごとにあふとはすれどたなばたのぬるよのかずぞすくなかりける


180


織女にかしつる糸の打ちはへて年のをながくこひやわたらむ


181

そせい

題しらず


こよひこむ人にはあはじたなばたのひさしきほどにまちもこそすれ


182

源むねゆきの朝臣

なぬかの夜のあかつきによめる


今はとてわかるる時は天河わたらぬさきにそでぞひちぬる


183

みぶのただみね

やうかの日よめる


けふよりはいまこむ年のきのふをぞいつしかとのみまちわたるべき


184

よみ人しらず

題しらず


このまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり


185


おほかたの秋くるからにわが身こそかなしき物と思ひしりぬれ


186


わがためにくる秋にしもあらなくにむしのねきけばまづぞかなしき


187


物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひゆくをかぎりと思へば


188


ひとりぬるとこは草ばにあらねども秋くるよひはつゆけかりけり


189

これさだのみこの家の哥合のうた


いつはとは時はわかねど秋のよぞ物思ふ事のかぎりなりける


190

みつね

かむなりのつぼに人人あつまりて秋のよをしむ哥よ みけるついでによめる

かくばかりをしと思ふ夜をいたづらにねてあかすらむ人さへぞうき


191

よみ人しらず

題しらず


白雲にはねうちかはしとぶかりのかずさへ見ゆる秋のよの月


192


さ夜なかと夜はふけぬらしかりがねのきこゆるそらに月わたる見ゆ


193

大江千里

これさだのみこの家の哥合によめる


月見れはちぢに物こそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど


194

ただみね


久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ


195

在原元方

月をよめる


秋の夜の月のひかりしあかければくらぶの山もこえぬべらなり


196

藤原忠房

人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなきける をききてよめる

蟋蟀いたくななきそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる


197

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合のうた


秋の夜のあくるもしらずなくむしはわがごと物やかなしかるらむ


198

よみ人しらず

題しらず


あき萩も色づきぬればきりぎりすわがねぬごとやよるはかなしき


199


秋の夜はつゆこそことにさむからし草むらごとにむしのわぶれば


200


君しのぶ草にやつるるふるさとは松虫のねぞかなしかりける



201


秋ののに道もまどひぬ松虫のこゑする方にやどやからまし


202


あきののに人松虫のこゑすなり我かとゆきていざとぶらはむ


203


もみぢばのちりてつもれるわがやどに誰を松虫ここらなくらむ


204


ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかげにぞありける


205


ひぐらしのなく山里のゆふぐれは風よりほかにとふ人もなし


206

在原元方

はつかりをよめる


まつ人にあらぬ物からはつかりのけさなくこゑのめづらしきかな


207

とものり

これさだのみこの家の哥合のうた


秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらむ


208

よみ人しらず

題しらず


わがかどにいなおほせどりのなくなへにけさ吹く風にかりはきにけり


209


いとはやもなきぬるかりか白露のいろどる木木ももみぢあへなくに


210


春霞かすみていにしかりがねは今ぞなくなる秋ぎりのうへに


211


夜をさむみ衣かりがねなくなへに萩のしたばもうつろひにけり


このうたはある人のいはく、柿本の人まろが也と


212

藤原菅根朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


秋風にこゑをほにあげてくる舟はあまのとわたるかりにぞありける


213

みつね

かりのなきけるをききてよめる


うき事を思ひつらねてかりがねのなきこそわたれ秋のよなよな


214

ただみね

これさだのみこの家の哥合のうた


山里は秋こそことにわびしけれしかのなくねにめをさましつつ


215

よみ人しらず


おく山に紅葉ふみわけなく鹿のこゑきく時ぞ秋は悲しき


216

題しらず


秋はぎにうらびれをればあしひきの山したとよみしかのなくらむ


217


秋はぎをしがらみふせてなくしかのめには見えずておとのさやけさ


218

藤原としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合によめる


あきはぎの花さきにけり高砂のをのへのしかは今やなくらむ


219

みつね

むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて物 がたりしけるついでによめる

秋はぎのふるえにさける花見れば本の心はわすれざりけり


220

よみ人しらず

題しらず


あきはぎのしたば色づく今よりやひとりある人のいねがてにする


221


なきわたるかりの涙やおちつらむ物思ふやどの萩のうへのつゆ


222


萩の露玉にぬかむととればけぬよし見む人は枝ながら見よ


ある人のいはく、この哥はならのみかどの御哥なり と


223


をりて見ばおちぞしぬべき秋はぎの枝もとををにおけるしらつゆ


224


萩が花ちるらむをののつゆしもにぬれてをゆかむさ夜はふくとも


225

文屋あさやす

是貞のみこの家の哥合によめる


秋ののにおくしらつゆは玉なれやつらぬきかくるくものいとすぢ


226

僧正へんぜう

題しらず


名にめでてをれるばかりぞをみなへし我おちにきと人にかたるな


227

ふるのいまみち

僧正遍昭がもとにならへまかりける時に、をとこ山 にてをみなへしを見てよめる

をみなへしうしと見つつぞゆきすぐるをとこ山にしたてりと思へば


228

としゆきの朝臣

是貞のみこの家の哥合のうた


秋ののにやどりはすべしをみなへし名をむつまじみたびならなくに


229

をののよし木

題しらず


をみなへしおほかるのべにやどりせばあやなくあだの名をやたちなむ


230

左のおほいまうちぎみ

朱雀院のをみなへしあはせによみてたてまつりける

をみなへし秋のの風にうちなびき心ひとつをたれによすらむ


231

藤原定方朝臣


秋ならであふことかたきをみなへしあまのかはらにおひぬものゆゑ


232

つらゆき


たが秋にあらぬものゆゑをみなへしなぞ色にいでてまだきうつろふ


233

みつね


つまこふるしかぞなくなる女郎花おのがすむのの花としらずや


234


女郎花ふきすぎてくる秋風はめには見えねどかこそしるけれ


235

ただみね


人の見る事やくるしきをみなへし秋ぎりにのみたちかくるらむ


236


ひとりのみながむるよりは女郎花わがすむやどにうゑて見ましを


237

兼覧王

ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうゑたり けるを見てよめる

をみなへしうしろめたくも見ゆるかなあれたるやどにひとりたてれば


238

平さだふん

寛平御時、蔵人所のをのこどもさがのに花見むとてまかりたりける時、かへるとてみな哥よみけるついでによめる

花にあかでなにかへるらむをみなへしおほかるのべにねなましものを


239

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合によめる


なに人かきてぬぎかけしふぢばかまくる秋ごとにのべをにほはす


240

つらゆき

ふぢばかまをよみて人につかはしける


やどりせし人のかたみかふぢばかまわすられがたきかににほひつつ


241

そせい

ふぢばかまをよめる


ぬししらぬかこそにほへれ秋ののにたがぬぎかけしふぢばかまぞも


242

平貞文

題しらず


今よりはうゑてだに見じ花すすきほにいづる秋はわびしかりけり


243

ありはらのむねやな

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


秋の野の草のたもとか花すすきほにいでてまねく袖と見ゆらむ


244

素性法師


我のみやあはれとおもはむきりぎりすなくゆふかげのやまとなでしこ


245

よみ人しらず

題しらず


みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける


246


ももくさの花のひもとく秋ののを思ひたはれむ人なとがめそ


247


月草に衣はすらむあさつゆにぬれてののちはうつろひぬとも


248

僧正遍昭
仁和のみかどみこにおはしましける時、ふるのた き御覧ぜむとておはしましけるみちに、遍昭がははの家にやどりたまへりける時に、 庭を秋ののにつくりて、おほむ物がたりのついでによみてたてまつりける

さとはあれて人はふりにしやどなれや庭もまがきも秋ののらなる


------------------------------------------


249

文屋やすひで

これさだのみこの家の哥合のうた


吹くからに秋の草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ


250


草も木も色かはれどもわたつうみの浪の花にぞ秋なかりける


251

紀よしもち

秋の哥合しける時によめる


紅葉せぬときはの山は吹く風のおとにや秋をききわたるらむ


252

よみ人しらず

題しらず


霧立ちて雁ぞなくなる片岡の朝の原は紅葉しぬらむ


253


神な月時雨もいまだふらなくにかねてうつろふ神なびのもり


254


ちはやぶる神なび山のもみぢばに思ひはかけじうつろふ物を


255

藤原かちおむ

貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、にしの 方にさせりけるえだのもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみける ついでによめる

おなじえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ


256

つらゆき

いしやまにまうでける時、おとは山のもみぢを見て よめる

秋風のふきにし日よりおとは山峯のこずゑも色づきにけり


257

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合によめる


白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちぢにそむらむ


258

壬生忠岑


秋の夜のつゆをばつゆとおきながらかりの涙やのべをそむらむ


259

よみ人しらず

題しらず


あきのつゆいろいろごとにおけばこそ山のこのはのちくさなるらめ


260

つらゆき

もる山のほとりにてよめる


しらつゆも時雨もいたくもる山はしたばのこらず色づきにけり


261

在原元方

秋のうたとてよめる


雨ふれどつゆももらじをかさとりの山はいかでかもみぢそめけむ


262

つらゆき

神のやしろのあたりをまかりける時にいがきのうち のもみぢを見てよめる

ちはやぶる神のいがきにはふくずも秋にはあへずうつろひにけり


263

ただみね

これさだのみこの家の哥合によめる


あめふればかさとり山のもみぢばはゆきかふ人のそでさへぞてる


264

よみ人しらず

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


ちらねどもかねてぞをしきもみぢばは今は限の色と見つれば


265

きのとものり

やまとのくににまかりける時、さほ山にきりのたて りけるを見てよめる

たがための錦なればか秋ぎりのさほの山辺をたちかくすらむ


266

よみ人しらず

是貞のみこの家の哥合のうた


秋ぎりはけさはなたちそさほ山のははそのもみぢよそにても見む


267

坂上是則

秋のうたとてよめる


佐保山のははその色はうすけれど秋は深くもなりにけるかな


268

在原なりひらの朝臣

人のせんざいにきくにむすびつけてうゑけるうた

うゑしうゑば秋なき時やさかざらむ花こそちらめねさへかれめや


269

としゆきの朝臣

寛平御時きくの花をよませたまうける


久方の雲のうへにて見る菊はあまつほしとぞあやまたれける


この哥は、まだ殿上ゆるされざりける時にめしあげ られてつかうまつれるとなむ


270

きのとものり

これさだのみこの家の哥合のうた


露ながらをりてかざさむきくの花おいせぬ秋のひさしかるべく


271

大江千里

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


うゑし時花まちどほにありしきくうつろふ秋にあはむとや見し


272

すがはらの朝臣

おなじ御時せられけるきくあはせに、すはまをつく りて菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、ふきあげのはまのかたにきくうゑたり けるによめる

秋風の吹きあげにたてる白菊は花かあらぬか浪のよするか


273

素性法師

仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる


ぬれてほす山ぢの菊のつゆのまにいつかちとせを我はへにけむ


274

とものり

菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる


花見つつ人まつ時はしろたへの袖かとのみぞあやまたれける


275

おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる


ひともとと思ひしきくをおほさはの池のそこにもたれかうゑけむ


276

つらゆき

世中のはかなきことを思ひけるをりにきくの花を見 てよみける

秋の菊にほふかぎりはかざしてむ花よりさきとしらぬわが身を


277

凡河内みつね

しらぎくの花をよめる


心あてにをらばやをらむはつしものおきまどはせる白菊の花


278

よみ人しらず

これさだのみこの家の哥合のうた


いろかはる秋のきくをばひととせにふたたびにほふ花とこそ見れ


279

平さだふん

仁和寺にきくのはなめしける時に、うたそへてたて まつれとおほせられければ、よみてたてまつりける

秋をおきて時こそ有りけれ菊の花うつろふからに色のまされば


280

つらゆき

人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよ める

さきそめしやどしかはれば菊の花色さへにこそうつろひにけれ


281

よみ人しらず

題しらず


佐保山のははそのもみぢちりぬべみよるさへ見よとてらす月影


282

藤原関雄

みやづかへひさしうつかうまつらで山ざとにこもり 侍りけるによめる

おく山のいはがきもみぢちりぬべしてる日のひかり見る時なくて


283

よみ人しらず

題しらず


竜田河もみぢみだれて流るめりわたらば錦なかやたえなむ


この哥は、ある人、ならのみかどの御哥なりとなむ 申す


284


たつた河もみぢば流る神なびのみむろの山に時雨ふるらし


又は、あすかがはもみぢばながる

285


こひしくは見てもしのばむもみぢばを吹きなちらしそ山おろしのかぜ


286


秋風にあへずちりぬるもみぢばのゆくへさだめぬ我ぞかなしき


287


あきはきぬ紅葉はやどにふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし


288


ふみわけてさらにやとはむもみぢばのふりかくしてしみちとみながら


289


秋の月山辺さやかにてらせるはおつるもみぢのかずを見よとか


290


吹く風の色のちくさに見えつるは秋のこのはのちればなりけり


291

せきを


霜のたてつゆのぬきこそよわからし山の錦のおればかつちる


292

(朱書「僧正へんせうイ」)

うりむゐんの木のかげにたたずみてよみける


わび人のわきてたちよるこの本はたのむかげなくもみぢちりけり


293

そせい

二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風 にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる

もみぢばのながれてとまるみなとには紅深き浪や立つらむ


294

なりひらの朝臣


ちはやぶる神世もきかず竜田河唐紅に水くくるとは


295

としゆきの朝臣

これさだのみこの家の哥合のうた


わがきつる方もしられずくらぶ山木木のこのはのちるとまがふに


296

ただみね


神なびのみむろの山を秋ゆけば錦たちきる心地こそすれ


297

つらゆき

北山に紅葉をらむとてまかれりける時によめる


見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるのにしきなりけり


298

かねみの王

秋のうた


竜田ひめたむくる神のあればこそ秋のこのはのぬさとちるらめ


299

つらゆき

をのといふ所にすみ侍りける時もみぢを見てよめる

秋の山紅葉をぬさとたむくればすむ我さへぞたび心ちする


300

きよはらのふかやぶ

神なびの山をすぎて竜田河をわたりける時に、もみ ぢのながれけるをよめる

神なびの山をすぎ行く秋なればたつた河にぞぬさはたむくる



301

ふぢはらのおきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


白浪に秋のこのはのうかべるをあまのながせる舟かとぞ見る


302

坂上これのり

たつた河のほとりにてよめる


もみぢばのながれざりせば竜田河水の秋をばたれかしらまし


303

はるみちのつらき

しがの山ごえにてよめる


山河に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり


304

みつね

池のほとりにてもみぢのちるをよめる


風ふけばおつるもみぢば水きよみちらぬかげさへそこに見えつつ


305

亭子院の御屏風のゑに、河わたらむとする人のもみ ぢのちる木のもとにむまをひかへてたてるをよませたまひければつかうまつりける

立ちとまり見てをわたらむもみぢばは雨とふるとも水はまさらじ


306

ただみね

是貞のみこの家の哥合のうた


山田もる秋のかりいほにおくつゆはいなおほせ鳥の涙なりけり


307

よみ人しらず

題しらず


ほにもいでぬ山田をもると藤衣いなばのつゆにぬれぬ日ぞなき


308


かれる田におふるひつちのほにいでぬは世を今更に秋はてぬとか


309

そせい法し

北山に僧正へんぜうとたけがりにまかれりけるによ める

もみぢばは袖にこきいれてもていでなむ秋は限と見む人のため


310

おきかぜ

寛平御時ふるきうたたてまつれとおほせられけれ ば、たつた河もみぢばながるといふ哥をかきて、そのおなじ心をよめりける

み山よりおちくる水の色見てぞ秋は限と思ひしりぬる


311

つらゆき

秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる


年ごとにもみぢばながす竜田河みなとや秋のとまりなるらむ


312

なが月のつごもりの日大井にてよめる


ゆふづく夜をぐらの山になくしかのこゑの内にや秋はくるらむ


313

みつね

おなじつごもりの日よめる


道しらばたづねもゆかむもみぢばをぬさとたむけて秋はいにけり


---------------------------------------


314

よみ人しらず

題しらず


竜田河錦おりかく神な月しぐれの雨をたてぬきにして


315

源宗于朝臣

冬の哥とてよめる


山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば


316

読人しらず

題しらず


おほぞらの月のひかりしきよければ影見し水ぞまづこほりける


317


ゆふされば衣手さむしみよしののよしのの山にみ雪ふるらし


318


今よりはつぎてふらなむわがやどのすすきおしなみふれるしら雪


319


ふる雪はかつぞけぬらしあしひきの山のたぎつせおとまさるなり


320


この河にもみぢば流るおく山の雪げの水ぞ今まさるらし


321


ふるさとはよしのの山しちかければひと日もみ雪ふらぬ日はなし


322


わがやどは雪ふりしきてみちもなしふみわけてとふ人しなければ


323

紀貫之

冬のうたとて


雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける


324

紀あきみね

しがの山ごえにてよめる


白雪のところもわかずふりしけばいはほにもさく花とこそ見れ


325

坂上これのり

ならの京にまかれりける時にやどれりける所にてよ める

みよしのの山の白雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり


326

ふぢはらのおきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


浦ちかくふりくる雪は白浪の末の松山こすかとぞ見る


327

壬生忠岑


みよしのの山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ


328


白雪のふりてつもれる山ざとはすむ人さへや思ひきゆらむ


329

凡河内みつね

雪のふれるを見てよめる


ゆきふりて人もかよはぬみちなれやあとはかもなく思ひきゆらむ


330

きよはらのふかやぶ

ゆきのふりけるをよみける


冬ながらそらより花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ


331

つらゆき

雪の木にふりかかれりけるをよめる


ふゆごもり思ひかけぬをこのまより花と見るまで雪ぞふりける


332

坂上これのり

やまとのくににまかれりける時に、ゆきのふりける を見てよめる

あさぼらけありあけの月と見るまでによしののさとにふれるしらゆき


333

よみ人しらず

題しらず


けぬがうへに又もふりしけ春霞たちなばみ雪まれにこそ見め


334


梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば


この哥は、ある人のいはく、柿本人まろが哥なり


335

小野たかむらの朝臣

梅花にゆきのふれるをよめる


花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく


336

きのつらゆき

雪のうちの梅花をよめる


梅のかのふりおける雪にまがひせばたれかことごとわきてをらまし


337

きのとものり

ゆきのふりけるを見てよめる


雪ふれば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし


338

みつね

物へまかりける人をまちてしはすのつごもりによめ る

わがまたぬ年はきぬれど冬草のかれにし人はおとづれもせず


339

在原もとかた

年のはてによめる


あらたまの年のをはりになるごとに雪もわが身もふりまさりつつ


340

よみ人しらず

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


雪ふりて年のくれぬる時こそつひにもみぢぬ松も見えけれ


341

はるみちのつらき

年のはてによめる


昨日といひけふとくらしてあすかがは流れてはやき月日なりけり


342

きのつらゆき

哥たてまつれとおほせられし時によみてたてまつれ る

ゆく年のをしくもあるかなますかがみ見るかげさへにくれぬと思へば


-------------------------------------


343

よみ人しらず

題しらず


わが君は千世にやちよにさざれいしのいはほとなりてこけのむすまで


344


渡つ海の浜のまさごをかぞへつつ君がちとせのありかずにせむ


345


しほの山さしでのいそにすむ千鳥きみがみ世をばやちよとぞなく


346


わがよはひ君がやちよにとりそへてとどめおきては思ひいでにせよ


347

仁和の御時僧正遍昭に七十賀たまひける時の御哥

かくしつつとにもかくにもながらへて君がやちよにあふよしもがな


348

僧正へんぜう

仁和のみかどのみこにおはしましける時に、御をば のやそぢの賀にしろかねをつゑにつくれりけるを見て、かの御をばにかはりてよみける

ちはやぶる神やきりけむつくからにちとせの坂もこえぬべらなり


349

在原業平朝臣

ほりかはのおほいまうちぎみの四十賀、九条の家に てしける時によめる

さくら花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふがに


350

きのこれをか

さだときのみこのをばのよそぢの賀を大井にてしけ る日よめる

亀の尾の山のいはねをとめておつるたきの白玉千世のかずかも


351

ふぢはらのおきかぜ

さだやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつり ける御屏風に、さくらの花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる

いたづらにすぐす月日はおもほえで花見てくらす春ぞすくなき


352

きのつらゆき

もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみて かきける

春くればやどにまづさく梅花君がちとせのかざしとぞ見る


353

そせい法し


いにしへにありきあらずはしらねどもちとせのためし君にはじめむ


354


ふしておもひおきてかぞふるよろづよは神ぞしるらむわがきみのため


355

在原しげはる

藤原三善が六十賀によみける


鶴亀もちとせののちはしらなくにあかぬ心にまかせはててむ


この哥は、ある人、在原のときはるがともいふ

356

そせい法し

よしみねのつねなりがよそぢの賀にむすめにかはり てよみ侍りける

よろづ世を松にぞ君をいはひつるちとせのかげにすまむと思へば


357

内侍のかみの右大将ふぢはらの朝臣の四十賀しける 時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた

かすがのにわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ


358


山たかみくもゐに見ゆるさくら花心の行きてをらぬ日ぞなき


359


めづらしきこゑならなくに郭公ここらの年をあかずもあるかな


360


住の江の松を秋風吹くからにこゑうちそふるおきつ白浪


361


千鳥なくさほの河ぎりたちぬらし山のこのはも色まさりゆく


362


秋くれど色もかはらぬときは山よそのもみぢを風ぞかしける


363


白雪のふりしく時はみよしのの山した風に花ぞちりける


364

典侍藤原よるかの朝臣

春宮のむまれたまへりける時にまゐりてよめる


峯たかきかすがの山にいづる日はくもる時なくてらすべらなり


-------------------------------------


365

在原行平朝臣


題しらず


立ちわかれいなばの山の峯におふる松としきかば今かへりこむ


366

よみ人しらず


すがるなく秋のはぎはらあさたちて旅行く人をいつとかまたむ


367


限なき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは


368

をののちふるがみちのくのすけにまかりける時に、 ははのよめる

たらちねのおやのまもりとあひそふる心ばかりはせきなとどめそ


369

きのとしさだ

さだときのみこの家にて、ふぢはらのきよふがあふ みのすけにまかりける時に、むまのはなむけしける夜よめる

けふわかれあすはあふみとおもへども夜やふけぬらむ袖のつゆけき


370

こしへまかりける人によみてつかはしける


かへる山ありとはきけど春霞立別れなばこひしかるべし


371

きのつらゆき

人のむまのはなむけにてよめる


をしむからこひしき物を白雲のたちなむのちはなに心地せむ


372

在原しげはる

ともだちの人のくにへまかりけるによめる


わかれてはほどをへだつとおもへばやかつ見ながらにかねてこひしき


373

いかごのあつゆき

あづまの方へまかりける人によみてつかはしける

おもへども身をしわけねばめに見えぬ心を君にたぐへてぞやる


374

なにはのよろづを

あふさかにて人をわかれける時によめる


相坂の関しまさしき物ならばあかずわかるる君をとどめよ


375

よみ人しらず

題しらず


唐衣たつ日はきかじあさつゆのおきてしゆけばけぬべき物を


このうたは、ある人、つかさをたまはりてあたらし きめにつきて、としへてすみける人をすてて、ただあすなむたつとばかりいへりける時 に、ともかうもいはでよみてつかはしける


376

ひたちへまかりける時に、ふぢはらのきみとしによ みてつかはしける

あさなげに見べききみとしたのまねば思ひたちぬる草枕なり


377

よみ人しらず

きのむねさだがあづまへまかりける時に、人の家に やどりて、暁いでたつとてまかり申ししければ、女のよみていだせりける

えぞしらぬ今心みよいのちあらば我やわするる人やとはぬと


378

ふかやぶ

あひしりて侍りける人のあづまの方へまかりけるを おくるとてよめる

雲ゐにもかよふ心のおくれねばわかると人に見ゆばかりなり


379

よしみねのひでをか

とものあづまへまかりける時によめる


白雲のこなたかなたに立ちわかれ心をぬさとくだくたびかな


380

つらゆき

みちのくにへまかりける人によみてつかはしける

しらくものやへにかさなるをちにてもおもはむ人に心へだつな


381

人をわかれける時によみける


わかれてふ事はいろにもあらなくに心にしみてわびしかるらむ


382

凡河内みつね

あひしれりける人のこしのくににまかりて、としへ て京にまうできて、又かへりける時によめる

かへる山なにぞはありてあるかひはきてもとまらぬ名にこそありけれ


383

こしのくにへまかりける人によみてつかはしける

よそにのみこひやわたらむしら山の雪見るべくもあらぬわが身は


384

つらゆき

おとはの山のほとりにて人をわかるとてよめる


おとは山こだかくなきて郭公君が別ををしむべらなり


385

ふぢはらのかねもち

藤原ののちかげがからもののつかひに、なが月の つごもりがたにまかりけるに、うへのをのこどもさけたうびけるついでによめる

もろともになきてとどめよ蛬秋のわかれはをしくやはあらぬ


386

平もとのり


秋霧のともにたちいでてわかれなばはれぬ思ひに恋ひや渡らむ


387

しろめ

源のさねがつくしへゆあみむとてまかりけるに、山 ざきにてわかれをしみける所にてよめる

いのちだに心にかなふ物ならばなにか別のかなしからまし


388

源さね

山ざきより神なびのもりまでおくりに人人まかり て、かへりがてにしてわかれをしみけるによめる

人やりの道ならなくにおほかたはいきうしといひていざ帰りなむ


389

藤原かねもち

今はこれよりかへりねとさねがいひけるをりによみ ける

したはれてきにし心の身にしあれば帰るさまには道もしられず


390

つらゆき

藤原のこれをかがむさしのすけにまかりける時に、 おくりにあふさかをこゆとてよみける

かつこえてわかれもゆくかあふさかは人だのめなる名にこそありけれ


391

藤原かねすけの朝臣

おほえのちふるがこしへまかりけるむまのはなむけ によめる

君がゆくこしのしら山しらねども雪のまにまにあとはたづねむ


392

僧正遍昭

人の花山にまうできて、ゆふさりつかたかへりなむ としける時によめる

ゆふぐれのまがきは山と見えななむよるはこえじとやどりとるべく


393

幽仙法師

山にのぼりてかへりまうできて、人人わかれけるつ いでによめる

別をば山のさくらにまかせてむとめむとめじは花のまにまに


394

僧正へんぜう

うりむゐんのみこの舎利会に山にのぼりてかへりけ るに、さくらの花のもとにてよめる

山かぜにさくらふきまきみだれなむ花のまぎれにたちとまるべく


395

幽仙法師


ことならば君とまるべくにほはなむかへすは花のうきにやはあらぬ


396

兼芸法し

仁和のみかどみこにおはしましける時に、ふるのた き御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる

あかずしてわかるる涙滝にそふ水まさるとやしもは見るらむ


397

つらゆき

かむなりのつぼにめしたりける日、おほみきなどた うべてあめのいたくふりければ、ゆふさりまで侍りてまかりいでけるをりに、さか月を とりて

秋はぎの花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそおもへ


398

兼覧王

とよめりけるかへし


をしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身ぞふりにける


399

みつね

かねみのおほきみにはじめて物がたりして、わかれ ける時によめる

わかるれどうれしくもあるかこよひよりあひ見ぬさきになにをこひまし


400

よみ人しらず

題しらず


あかずしてわかるるそでのしらたまを君がかたみとつつみてぞ行く



401


限なく思ふ涙にそほちぬる袖はかわかじあはむ日までに


402


かきくらしごとはふらなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとどめむ


403


しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道と迷ふまでちれ


404

つらゆき

しがの山ごえにて、いしゐのもとにてものいひける 人のわかれけるをりによめる

むすぶてのしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな


405

とものり

みちにあへりける人のくるまにものをいひつきて、 わかれける所にてよめる

したのおびのみちはかたがたわかるとも行きめぐりてもあはむとぞ思ふ


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406

安倍仲麿

もろこしにて月を見てよみける


あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも


この哥は、むかしなかまろをもろこしにものならは しにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを、このくに より又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、めいし うといふ所のうみべにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとお もしろくさしいでたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる


407

小野たかむらの朝臣

おきのくににながされける時に、舟にのりていでた つとて、京なる人のもとにつかはしける

わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつり舟


408

よみ人しらず

題しらず


都いでて今日みかの原いづみ河かは風さむし衣かせ山


409


ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く舟をしぞ思ふ


このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥也


410

在原業平朝臣

あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひてい きけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるに、その河のほとりにかきつばた いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを くのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる

唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ


411

むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみ だ河のほとりにいたりて、みやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにお りゐて思ひやれば、かぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わた しもりはや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人も のわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあか き、河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしも りにこれはなにとりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる

名にしおはばいざ事とはむ宮こどりわが思ふ人はありやなしやと


412

よみ人しらず

題しらず


北へ行くかりぞなくなるつれてこしかずはたらでぞかへるべらなる


このうたは、ある人、をとこ女もろともに人のくに へまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへり けるみちに、かへるかりのなきけるをききてよめるとなむいふ


413

おと

あづまの方より京へまうでくとて、みちにてよめる

山かくす春の霞ぞうらめしきいづれみやこのさかひなるらむ


414

みつね

こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる


きえはつる時しなければこしぢなる白山の名は雪にぞありける


415

つらゆき

あづまへまかりける時みちにてよめる


いとによる物ならなくにわかれぢの心ぼそくもおもほゆるかな


416

みつね

かひのくにへまかりける時みちにてよめる


夜をさむみおくはつ霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ


417

ふぢはらのかねすけ

たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうら といふ所にとまりて、ゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよ みけるついでによめる

ゆふづくよおぼつかなきを玉匣ふたみの浦は曙てこそ見め


418

在原なりひらの朝臣

これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あ まの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけら く、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよ める

かりくらしたなばたづめにやどからむあまのかはらに我はきにけり


419

きのありつね

みここのうたを返す返すよみつつ返しえせずなりに ければ、ともに侍りてよめる

ひととせにひとたびきます君まてばやどかす人もあらじとぞ思ふ


420

すがはらの朝臣

朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山に てよみける

このたびはぬさもとりあへずたむけ山紅葉の錦神のまにまに


421

素性法師


たむけにはつづりの袖もきるべきにもみぢにあける神やかへさむ


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422

藤原としゆきの朝臣

うぐひす


心から花のしづくにそほちつつうくひずとのみ鳥のなくらむ


423

ほととぎす


くべきほどときすぎぬれやまちわびてなくなるこゑの人をとよむる


424

在原しげはる

うつせみ


浪のうつせみればたまぞみだれけるひろはばそでにはかなからむや


425

壬生忠岑

返し


たもとよりはなれて玉をつつまめやこれなむそれとうつせ見むかし


426

よみ人しらず

うめ


あなうめにつねなるべくも見えぬかなこひしかるべきかはにほひつつ


427

つらゆき

かにはざくら


かづけども浪のなかにはさぐられで風吹くごとにうきしづむたま


428

すもものはな


今いくか春しなければうぐひすもものはながめて思ふべらなり


429

ふかやぶ

からもものはな


あふからもものはなほこそかなしけれわかれむ事をかねて思へば


430

をののしげかげ

たちばな


葦引の山たちはなれ行く雲のやどりさだめぬ世にこそ有りけれ


431

とものり

をがたまの木


みよしののよしののたきにうかびいづるあわをかたまのきゆと見つらむ


432

よみ人しらず

やまがきの木


秋はきぬいまやまがきのきりぎりすよなよななかむ風のさむさに


433

あふひ、かつら


かくばかりあふ日のまれになる人をいかがつらしとおもはざるべき


434


人めゆゑのちにあふ日のはるけくはわがつらきにや思ひなされむ


435

僧正へんぜう

くたに


ちりぬればのちはあくたになる花を思ひしらずもまどふてふかな


436

つらゆき

さうび


我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり


437

とものり

をみなへし


白露を玉にぬくやとささがにの花にも葉にもいとをみなへし


438


あさ露をわけそほちつつ花見むと今ぞの山をみなへしりぬる


439

つらゆき

朱雀院のをみなへしあはせの時に、をみなへしとい ふいつもじをくのかしらにおきてよめる

をぐら山みねたちならしなくしかのへにけむ秋をしる人ぞなき


440

とものり

きちかうの花


秋ちかうのはなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく


441

よみ人しらず

しをに


ふりはへていざふるさとの花見むとこしをにほひぞうつろひにける


442

とものり

りうたむのはな


わがやどの花ふみしだくとりうたむのはなければやここにしもくる


443

よみ人しらず

をばな


ありと見てたのむぞかたきうつせみの世をばなしとや思ひなしてむ


444

やたべの名実

けにごし


うちつけにこしとや花の色を見むおく白露のそむるばかりを


445

文屋やすひで

二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、めどに けづり花させりけるをよませたまひける

花の木にあらざらめどもさきにけりふりにしこのみなるときもがな


446

きのとしさだ

しのぶぐさ


山たかみつねに嵐の吹くさとはにほひもあへず花ぞちりける


447

平あつゆき

やまし


郭公みねのくもにやまじりにしありとはきけど見るよしもなき


448

よみ人しらず

からはぎ


空蝉のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき


449

ふかやぶ

かはなぐさ


うばたまの夢になにかはなぐさまむうつつにだにもあかぬ心は


450

たかむこのとしはる

さがりごけ


花の色はただひとさかりこけれども返す返すぞつゆはそめける


451

しげはる

にがたけ


いのちとてつゆをたのむにかたければ物わびしらになくのべのむし


452

かげのりのおほきみ

かはたけ


さ夜ふけてなかばたけゆく久方の月ふきかへせ秋の山風


453

真せいほうし

わらび


煙たちもゆとも見えぬ草のはをたれかわらびとなづけそめけむ


454

きのめのと

ささ、まつ、びは、ばせをば


いさざめに時まつまにぞ日はへぬる心ばせをば人に見えつつ


455

兵衛

なし、なつめ、くるみ


あぢきなしなげきなつめそうき事にあひくる身をばすてぬものから


456

安倍清行朝臣

からことといふ所にて春のたちける日よめる


浪のおとのけさからことにきこゆるは春のしらべや改るらむ


457

兼覧王

いかがさき


かぢにあたる浪のしづくを春なればいかがさきちる花と見ざらむ


458

あほのつねみ

からさき


かの方にいつからさきにわたりけむ浪ぢはあとものこらざりけり


459

伊勢


浪の花おきからさきてちりくめり水の春とは風やなるらむ


460

つらゆき

かみやがは


うばたまのわがくろかみやかはるらむ鏡の影にふれるしらゆき


461

よどがは


あしひきの山べにをれば白雲のいかにせよとかはるる時なき


462

ただみね

かたの


夏草のうへはしげれるぬま水のゆくかたのなきわが心かな


463

源ほどこす

かつらのみや


秋くれば月のかつらのみやはなるひかりを花とちらすばかりを


464

よみ人しらず

百和香


花ごとにあかずちらしし風なればいくそばくわがうしとかは思ふ


465

しげはる

すみながし


春がすみなかしかよひぢなかりせば秋くるかりはかへらざらまし


466

みやこのよしか

おきび


流れいづる方だに見えぬ涙河おきひむ時やそこはしられむ


467

大江千里

ちまき


のちまきのおくれておふるなへなれどあだにはならぬたのみとぞきく


468

僧正聖宝

はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて時のう たよめと人のいひければよみける

花のなかめにあくやとてわけゆけば心ぞともにちりぬべらなる


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469

読人しらず

題しらず


郭公なくやさ月のあやめぐさあやめもしらぬこひもするかな


470

素性法師


おとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし


471

紀貫之


吉野河いは浪たかく行く水のはやくぞ人を思ひそめてし


472

藤原勝臣


白浪のあとなき方に行く舟も風ぞたよりのしるべなりける


473

在原元方


おとは山おとにききつつ相坂の関のこなたに年をふるかな


474


立帰りあはれとぞ思ふよそにても人に心をおきつ白浪


475

つらゆき


世中はかくこそ有りけれ吹く風のめに見ぬ人もこひしかりけり


476

在原業平朝臣

右近のむまばのひをりの日、むかひにたてたりける くるまのしたすだれより女のかほのほのかに見えければ、よむでつかはしける

見ずもあらず見もせぬ人のこひしくはあやなくけふやながめくらさむ


477

よみ人しらず

返し


しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ


478

みぶのただみね

かすがのまつりにまかれりける時に、物見にいでた りける女のもとに、家をたづねてつかはせりける

かすがののゆきまをわけておひいでくる草のはつかに見えしきみはも


479

つらゆき

人の花つみしける所にまかりて、そこなりける人の もとに、のちによみてつかはしける

山ざくら霞のまよりほのかにも見てし人こそこひしかりけれ


480

もとかた

題しらず


たよりにもあらぬおもひのあやしきは心を人につくるなりけり


481

凡河内みつね


はつかりのはつかにこゑをききしより中ぞらにのみ物を思ふかな


482

つらゆき


逢ふ事はくもゐはるかになる神のおとにききつつこひ渡るかな


483

読人しらず


かたいとをこなたかなたによりかけてあはずはなにをたまのをにせむ


484


夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人をこふとて


485


かりこもの思ひみだれて我こふといもしるらめや人しつげずは


486


つれもなき人をやねたくしらつゆのおくとはなげきぬとはしのばむ


487


ちはやぶるかもの社のゆふだすきひと日も君をかけぬ日はなし


488


わがこひはむなしきそらにみちぬらし思ひやれどもゆく方もなし


489


するがなるたごの浦浪たたぬひはあれども君をこひぬ日ぞなき


490


ゆふづく夜さすやをかべの松のはのいつともわかぬこひもするかな


491


葦引の山した水のこがくれてたぎつ心をせきぞかねつる


492


吉野河いはきりとほし行く水のおとにはたてじこひはしぬとも


493


たきつせのなかにもよどはありてふをなどわがこひのふちせともなき


494


山高みした行く水のしたにのみ流れてこひむこひはしぬとも


495


思ひいづるときはの山のいはつつじいはねばこそあれこひしき物を


496


人しれずおもへばくるし紅のすゑつむ花のいろにいでなむ


497


秋の野のをばなにまじりさく花のいろにやこひむあふよしをなみ


498


わがそのの梅のほつえに鶯のねになきぬべきこひもするかな


499


あしひきの山郭公わがごとや君にこひつついねがてにする


500


夏なればやどにふすぶるかやり火のいつまでわが身したもえをせむ



501


恋せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも


502


あはれてふ事だになくはなにをかは恋のみだれのつかねをにせむ


503


おもふには忍ぶる事ぞまけにける色にはいでじとおもひし物を


504


わがこひを人しるらめや敷妙の枕のみこそしらばしるらめ


505


あさぢふのをののしの原しのぶとも人しるらめやいふ人なしに


506


人しれぬ思ひやなぞとあしかきのまぢかけれどもあふよしのなき


507


思ふともこふともあはむ物なれやゆふてもたゆくとくるしたひも


508


いで我を人なとがめそおほ舟のゆだのたゆだに物思ふころぞ


509


伊勢の海につりするあまのうけなれや心ひとつを定めかねつる


510


いせのうみのあまのつりなは打ちはへてくるしとのみや思ひ渡らむ


511


涙河何みなかみを尋ねけむ物思ふ時のわが身なりけり


512


たねしあればいはにも松はおひにけり恋をしこひばあはざらめやは


513


あさなあさな立つ河霧のそらにのみうきて思ひのある世なりけり


514


わすらるる時しなければあしたづの思ひみだれてねをのみぞなく


515


唐衣ひもゆふぐれになる時は返す返すぞ人はこひしき


516


よひよひに枕さだめむ方もなしいかにねし夜か夢に見えけむ


517


恋しきに命をかふる物ならばしにはやすくぞあるべかりける


518


人の身もならはし物をあはずしていざ心みむこひやしぬると


519


忍ぶれば苦しき物を人しれず思ふてふ事誰にかたらむ


520


こむ世にもはや成りななむ目の前につれなき人を昔とおもはむ


521


つれもなき人をこふとて山びこのこたへするまでなげきつるかな


522


ゆく水にかずかくよりもはかなきはおもはぬ人を思ふなりけり


523


人を思ふ心は我にあらねばや身の迷ふだにしられざるらむ


524


思ひやるさかひはるかになりやするまどふ夢ぢにあふ人のなき


525


夢の内にあひ見む事をたのみつつくらせるよひはねむ方もなし


526


こひしねとするわざならしむばたまのよるはすがらに夢に見えつつ


527


涙河枕ながるるうきねには夢もさだかに見えずぞありける


528


恋すればわが身は影と成りにけりさりとて人にそはぬ物ゆゑ


529


篝火にあらぬわが身のなぞもかく涙の河にうきてもゆらむ


530


かがり火の影となる身のわびしきは流れてしたにもゆるなりけり


531


はやきせに見るめおひせばわが袖の涙の河にうゑまし物を


532


おきへにもよらぬたまもの浪のうへにみだれてのみやこひ渡りなむ


533


あしがものさわぐ入江の白浪のしらずや人をかくこひむとは


534


人しれぬ思ひをつねにするがなるふじの山こそわが身なりけれ


535


とぶとりのこゑもきこえぬ奥山のふかき心を人はしらなむ


536


相坂のゆふつけどりもわがごとく人やこひしきねのみなくらむ


537


相坂の関にながるるいはし水いはで心に思ひこそすれ


538


うき草のうへはしげれるふちなれや深き心をしる人のなき


539


打ちわびてよばはむ声に山びこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ


540


心がへする物にもがかたこひはくるしき物と人にしらせむ


541


よそにしてこふればくるしいれひものおなじ心にいざむすびてむ


542


春たてばきゆる氷ののこりなく君が心は我にとけなむ


543


あけたてば蝉のをりはへなきくらしよるはほたるのもえこそわたれ


544


夏虫の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり


545


ゆふさればいとどひがたきわがそでに秋のつゆさへおきそはりつつ


546


いつとてもこひしからずはあらねども秋のゆふべはあやしかりけり


547


秋の田のほにこそ人をこひざらめなどか心に忘れしもせむ


548


あきのたのほのうへをてらすいなづまのひかりのまにも我やわするる


549


人めもる我かはあやな花すすきなどかほにいでてこひずしもあらむ


550


あは雪のたまればがてにくだけつつわが物思ひのしげきころかな


551


奥山の菅のねしのぎふる雪のけぬとかいはむこひのしげきに


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552

小野小町

題しらず


思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを


553


うたたねに恋しきひとを見てしより夢てふ物は憑みそめてき


554


いとせめてこひしき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる


555

素性法師


秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむくるる夜ごとに


556

あべのきよゆきの朝臣

しもついづもでらに人のわざしける日、真せい法し のだうしにていへりける事を哥によみてをののこまちがもとにつかはしける

つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬめの涙なりけり


557

こまち

返し


おろかなる涙ぞそでに玉はなす我はせきあへずたきつせなれば


558

藤原としゆきの朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


恋ひわびて打ちぬる中に行きかよふ夢のただぢはうつつならなむ


559


住の江の岸による浪よるさへやゆめのかよひぢ人めよくらむ


560

をののよしき


わがこひはみ山がくれの草なれやしげさまされどしる人のなき


561

紀とものり


よひのまもはかなく見ゆる夏虫に迷ひまされるこひもするかな


562


ゆふされば蛍よりけにもゆれどもひかり見ねばや人のつれなき


563


ささのはにおく霜よりもひとりぬるわが衣手ぞさえまさりける


564


わがやどの菊のかきねにおくしものきえかへりてぞこひしかりける


565


河のせになびくたまものみがくれて人にしられぬこひもするかな


566

みぶのただみね


かきくらしふる白雪のしたぎえにきえて物思ふころにもあるかな


567

藤原おきかぜ


君こふる涙のとこにみちぬればみをつくしとぞ我はなりぬる


568


しぬるいのちいきもやすると心見に玉のをばかりあはむといはなむ


569


わびぬればしひてわすれむと思へども夢といふ物ぞ人だのめなる


570

よみ人しらず


わりなくもねてもさめてもこひしきか心をいづちやらばわすれむ


571


恋しきにわびてたましひ迷ひなばむなしきからのなにやのこらむ


572

紀つらゆき


君こふる涙しなくは唐衣むねのあたりは色もえなまし


573

題しらず


世とともに流れてぞ行く涙河冬もこほらぬみなわなりけり


574


夢ぢにもつゆやおくらむよもすがらかよへる袖のひちてかわかぬ


575

そせい法し


はかなくて夢にも人を見つる夜は朝のとこぞおきうかりける


576

藤原ただふさ


いつはりの涙なりせば唐衣しのびに袖はしぼらざらまし


577

大江千里


ねになきてひちにしかども春さめにぬれにし袖ととはばこたへむ


578

としゆきの朝臣


わがごとく物やかなしき郭公時ぞともなくよただなくらむ


579

つらゆき


さ月山こずゑをたかみ郭公なくねそらなるこひもするかな


580

凡河内みつね


秋ぎりのはるる時なき心にはたちゐのそらもおもほえなくに


581

清原ふかやぶ


虫のごと声にたててはなかねども涙のみこそしたにながるれ


582

よみ人しらず

これさだのみこの家の哥合のうた


秋なれば山とよむまでなくしかに我おとらめやひとりぬるよは


583

つらゆき

題しらず


秋ののにみだれてさける花の色のちくさに物を思ふころかな


584

みつね


ひとりして物をおもへば秋のよのいなばのそよといふ人のなき


585

ふかやぶ


人を思ふ心はかりにあらねどもくもゐにのみもなきわたるかな


586

ただみね


秋風にかきなすことのこゑにさへはかなく人のこひしかるらむ


587

つらゆき


まこもかるよどのさは水雨ふればつねよりことにまさるわがこひ


588

やまとに侍りける人につかはしける


こえぬまはよしのの山のさくら花人づてにのみききわたるかな


589

やよひばかりに物のたうびける人のもとに、又人ま かりつつせうそこすとききてつかはしける

露ならぬ心を花におきそめて風吹くごとに物思ひぞつく


590

坂上これのり

題しらず


わがこひにくらぶの山のさくら花まなくちるともかずはまさらじ


591

むねをかのおほより


冬河のうへはこほれる我なれやしたにながれてこひわたるらむ


592

ただみね


たきつせにねざしとどめぬうき草のうきたるこひも我はするかな


593

とものり


よひよひにぬぎてわがぬるかり衣かけておもはぬ時のまもなし


594


あづまぢのさやの中山なかなかになにしか人を思ひそめけむ


595


しきたへの枕のしたに海はあれど人を見るめはおひずぞ有りける


596


年をへてきえぬおもひは有りながらよるのたもとは猶こほりけり


597

つらゆき


わがこひはしらぬ山ぢにあらなくに迷ふ心ぞわびしかりける


598


紅のふりいでつつなく涙にはたもとのみこそ色まさりけれ


599


白玉と見えし涙も年ふればから紅にうつろひにけり


600

みつね


夏虫をなにかいひけむ心から我も思ひにもえぬべらなり


601

ただみね


風ふけば峯にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か


602


月影にわが身をかふる物ならばつれなき人もあはれとや見む


603

ふかやぶ


こひしなばたが名はたたじ世中のつねなき物といひはなすとも


604

つらゆき


つのくにのなにはのあしのめもはるにしげきわがこひ人しるらめや


605


手もふれで月日へにけるしらま弓おきふしよるはいこそねられね


606


人しれぬ思ひのみこそわびしけれわが歎をば我のみぞしる


607

とものり


事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを


608

みつね


君をのみ思ひねにねし夢なればわが心から見つるなりけり


609

ただみね


いのちにもまさりてをしくある物は見はてぬゆめのさむるなりけり


610

はるみちのつらき


梓弓ひけば本末わが方によるこそまされこひの心は


611

みつね


わがこひはゆくへもしらずはてもなし逢ふを限と思ふばかりぞ


612


我のみぞかなしかりけるひこぼしもあはですぐせる年しなければ


613

ふかやぶ


今ははやこひしなましをあひ見むとたのめし事ぞいのちなりける


614

みつね


たのめつつあはで年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ


615

とものり


いのちやはなにぞはつゆのあだ物をあふにしかへばをしからなくに


-----------------------------------

616

在原業平朝臣

やよひのついたちよりしのびに人にものらいひての ちに、雨のそほふりけるによみてつかはしける

おきもせずねもせでよるをあかしては春の物とてながめくらしつ


617

としゆきの朝臣

なりひらの朝臣の家に侍りける女のもとによみてつ かはしける

つれづれのながめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし


618

なりひらの朝臣

かの女にかはりて返しによめる


あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流るときかばたのまむ


619

よみ人しらず

題しらず


よるべなみ身をこそとほくへだてつれ心は君が影となりにき


620


いたづらに行きてはきぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ


621


あはぬ夜のふる白雪とつもりなば我さへともにけぬべきものを


この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が哥也

622

なりひらの朝臣


秋ののにささわけしあさの袖よりもあはでこしよぞひちまさりける


623

をののこまち


見るめなきわが身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる


624

源むねゆきの朝臣


あはずしてこよひあけなば春の日の長くや人をつらしと思はむ


625

みぶのただみね


有りあけのつれなく見えし別より暁ばかりうき物はなし


626

在原元方


逢ふ事のなぎさにしよる浪なれば怨みてのみぞ立ち帰りける


627

よみ人しらず


かねてより風にさきだつ浪なれや逢ふ事なきにまだき立つらむ


628

ただみね


みちのくに有りといふなるなとり河なきなとりてはくるしかりけり


629

みはるのありすけ


あやなくてまだきなきなのたつた河わたらでやまむ物ならなくに


630

もとかた


人はいさ我はなきなのをしければ昔も今もしらずとをいはむ


631

よみ人しらず


こりずまに又もなきなはたちぬべし人にくからぬ世にしすまへば


632

なりひらの朝臣

ひむがしの五条わたりに人をしりおきてまかりかよ ひけり、しのびなる所なりければかどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひける を、たびかさなりければあるじききつけて、かのみちに夜ごとに人をふせてまもらすれ ば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける

ひとしれぬわがかよひぢの関守はよひよひごとにうちもねななむ


633

つらゆき

題しらず


しのぶれどこひしき時はあしひきの山より月のいでてこそくれ


634

よみ人しらず


こひこひてまれにこよひぞ相坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ


635

をののこまち


秋の夜も名のみなりけりあふといへば事ぞともなくあけぬるものを


636

凡河内みつね


ながしとも思ひぞはてぬ昔より逢ふ人からの秋のよなれば


637

よみ人しらず


しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき


638

藤原国経朝臣


曙ぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらむ


639

としゆきの朝臣

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほちつつ


640

題しらず


しののめの別ををしみ我ぞまづ鳥よりさきに鳴きはじめつる


641

よみ人しらず


ほととぎす夢かうつつかあさつゆのおきて別れし暁のこゑ


642


玉匣あけば君がなたちぬべみ夜ふかくこしを人見けむかも


643

大江千里


けさはしもおきけむ方もしらざりつ思ひいづるぞきえてかなしき


644

なりひらの朝臣

人にあひてあしたによみてつかはしける


ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな


645

よみ人しらず

業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、斎宮な りける人にいとみそかにあひて、又のあしたに人やるすべなくて思ひをりけるあひだ に、女のもとよりおこせたりける

きみやこし我や行きけむおもほえず夢かうつつかねてかさめてか


646

なりひらの朝臣

返し


かきくらす心のやみに迷ひにき夢うつつとは世人さだめよ


647

よみ人しらず

題しらず


むばたまのやみのうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり


648


さ夜ふけてあまのと渡る月影にあかずも君をあひ見つるかな


649


君が名もわがなもたてじなにはなるみつともいふなあひきともいはじ


650


名とり河せぜのむもれ木あらはれば如何にせむとかあひ見そめけむ


651


吉野河水の心ははやくともたきのおとにはたてじとぞ思ふ


652


こひしくはしたにをおもへ紫のねずりの衣色にいづなゆめ


653

をののはるかぜ


花すすきほにいでてこひば名ををしみしたゆふひものむすぼほれつつ


654

よみ人しらず

たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のも とよりおこせたりける

思ふどちひとりひとりがこひしなばたれによそへてふぢ衣きむ


655

たちばなのきよ木

返し


なきこふる涙に袖のそほちなばぬぎかへがてらよるこそはきめ


656

こまち

題しらず


うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るがわびしさ


657


限なき思ひのままによるもこむゆめぢをさへに人はとがめじ


658


夢ぢにはあしもやすめずかよへどもうつつにひとめ見しごとはあらず


  

659

よみ人しらず


おもへども人めづつみのたかければ河と見ながらえこそわたらね


660


たきつせのはやき心をなにしかも人めづつみのせきとどむらむ


661

きのとものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


紅の色にはいでじかくれぬのしたにかよひてこひはしぬとも


662

みつね

題しらず


冬の池にすむにほ鳥のつれもなくそこにかよふと人にしらすな


663


ささのはにおくはつしもの夜をさむみしみはつくとも色にいでめや


664

読人しらず


山しなのおとはの山のおとにだに人のしるべくわがこひめかも


この哥、ある人、あふみのうねめのとなむ申す

665

清原ふかやぶ


みつしほの流れひるまをあひがたみみるめの浦によるをこそまて


666

平貞文


白河のしらずともいはじそこきよみ流れて世世にすまむと思へば


667

とものり


したにのみこふればくるし玉のをのたえてみだれむ人なとがめそ


668


わがこひをしのびかねてはあしひきの山橘の色にいでぬべし


669

よみ人しらず


おほかたはわが名もみなとこぎいでなむ世をうみべたに見るめすくなし


670

平貞文


枕より又しる人もなきこひを涙せきあへずもらしつるかな


671

よみ人しらず


風ふけば浪打つ岸の松なれやねにあらはれてなきぬべらなり


このうたは、ある人のいはく、かきのもとの人まろ がなり


672


池にすむ名ををし鳥の水をあさみかくるとすれどあらはれにけり


673


逢ふ事は玉の緒ばかり名のたつは吉野の河のたきつせのごと


674


むらとりのたちにしわが名今更にことなしふともしるしあらめや


675


君によりわがなは花に春霞野にも山にもたちみちにけり


676

伊勢


しるといへば枕だにせでねし物をちりならぬなのそらにたつらむ


--------------------------------------

677

よみ人しらず

題しらず


みちのくのあさかのぬまの花かつみかつ見る人にこひやわたらむ


678


あひ見ずはこひしきこともなからましおとにぞ人をきくべかりける


679

つらゆき


いその神ふるのなか道なかなかに見ずはこひしと思はましやは


680

ふぢはらのただゆき


君てへば見まれ見ずまれふじのねのめづらしげなくもゆるわがこひ


681

伊勢


夢にだに見ゆとは見えじあさなあさなわがおもかげにはづる身なれば


682

よみ人しらず


いしま行く水の白浪立ち帰りかくこそは見めあかずもあるかな


683


いせのあまのあさなゆふなにかづくてふ見るめに人をあくよしもがな


684

とものり


春霞たなびく山のさくら花見れどもあかぬ君にもあるかな


685

ふかやぶ


心をぞわりなき物と思ひぬる見る物からやこひしかるべき


686

凡河内みつね


かれはてむのちをばしらで夏草の深くも人のおもほゆるかな


687

よみ人しらず


あすかがはふちはせになる世なりとも思ひそめてむ人はわすれじ


688

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


思ふてふ事のはのみや秋をへて色もかはらぬ物にはあるらむ


689

題しらず


さむしろに衣かたしきこよひもや我をまつらむうぢのはしひめ


又は、うぢのたまひめ

690


君やこむ我やゆかむのいさよひにまきのいたどもささずねにけり


691

そせいほうし


今こむといひしばかりに長月のありあけの月をまちいでつるかな


692

よみ人しらず


月夜よしよよしと人につげやらばこてふににたりまたずしもあらず


693


君こずはねやへもいらじこ紫わがもとゆひにしもはおくとも


694


宮木ののもとあらのこはぎつゆをおもみ風をまつごときみをこそまて


695


あなこひし今も見てしか山がつのかきほにさける山となでしこ


696


つのくにのなにはおもはず山しろのとはにあひ見むことをのみこそ


697

つらゆき


しきしまややまとにはあらぬ唐衣ころもへずしてあふよしもがな


698

ふかやぶ


こひしとはたがなづけけむことならむしぬとぞただにいふべかりける


699

よみびとしらず


三吉野のおほかはのべの藤波のなみにおもはばわがこひめやは


700


かくこひむ物とは我も思ひにき心のうらぞまさしかりける



701


あまのはらふみとどろかしなる神も思ふなかをばさくるものかは


702


梓弓ひきののつづらすゑつひにわが思ふ人に事のしげけむ


この哥は、ある人、あめのみかどのあふみのうねめ にたまひけるとなむ申す


703


夏びきのてびきのいとをくりかへし事しげくともたえむと思ふな


この哥は、返しによみてたてまつりけるとなむ

704


さと人の事は夏ののしげくともかれ行くきみにあはざらめやは


705

在原業平朝臣

藤原敏行朝臣の、なりひらの朝臣の家なりける女を あひしりてふみつかはせりけることばに、いままうでく、あめのふりけるをなむ見わづ らひ侍るといへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける

かずかずにおもひおもはずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる


706

よみ人しらず

ある女の、なりひらの朝臣をところさだめずありき すとおもひて、よみてつかはしける

おほぬさのひくてあまたになりぬればおもへどえこそたのまざりけれ


707

なりひらの朝臣

返し


おほぬさと名にこそたてれながれてもつひによるせはありてふものを


708

よみ人しらず

題しらず


すまのあまのしほやく煙風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり


709


たまがつらはふ木あまたになりぬればたえぬ心のうれしげもなし


710


たがさとに夜がれをしてか郭公ただここにしもねたるこゑする


711


いで人は事のみぞよき月草のうつし心はいろことにして


712


いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし


713


いつはりと思ふものから今さらにたがまことをか我はたのまむ


714

素性法師


秋風に山のこのはのうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ


715

とものり

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


蝉のこゑきけばかなしな夏衣うすくや人のならむと思へば


716

よみ人しらず

題しらず


空蝉の世の人ごとのしげければわすれぬもののかれぬべらなり


717


あかでこそおもはむなかははなれなめそをだにのちのわすれがたみに


718


忘れなむと思ふ心のつくからに有りしよりけにまづぞこひしき


719


わすれなむ我をうらむな郭公人の秋にはあはむともせず


720


たえずゆくあすかの河のよどみなば心あるとや人のおもはむ


この哥、ある人のいはく、なかとみのあづま人がう た也


721


よど河のよどむと人は見るらめど流れてふかき心あるものを


722

そせい法し


そこひなきふちやはさわぐ山河のあさきせにこそあだなみはたて


723

よみ人しらず


紅のはつ花ぞめの色ふかく思ひし心我わすれめや


724

河原左大臣


みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれむと思ふ我ならなくに


725

よみ人しらず


おもふよりいかにせよとか秋風になびくあさぢの色ことになる


726


千千の色にうつろふらめどしらなくに心し秋のもみぢならねば


727

小野小町


あまのすむさとのしるべにあらなくに怨みむとのみ人のいふらむ


728

しもつけのをむね


くもり日の影としなれる我なればめにこそ見えね身をばはなれず


729

つらゆき


色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはおもほえなくに


730

よみ人しらず


めづらしき人を見むとやしかもせぬわがしたひものとけわたるらむ


731


かげろふのそれかあらぬか春雨のふる日となればそでぞぬれぬる


732


ほり江こぐたななしを舟こぎかへりおなじ人にやこひわたりなむ


733

伊勢


わたつみとあれにしとこを今便にはらはばそでやあわとうきなむ


734

つらゆき


いにしへに猶立ち帰る心かなこひしきことに物わすれせで


735

大伴くろぬし

人をしのびにあひしりてあひがたくありければ、そ の家のあたりをまかりありきけるをりに、かりのなくをききてよみてつかはしける

思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人しるらめや


736

典侍藤原よるかの朝臣

右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かのむ かしおこせたりけるふみどもを、とりあつめて返すとてよみておくりける

たのめこし事のは今はかへしてむわが身ふるればおきどころなし


737

近院の右のおほいまうちぎみ

返し


今はとてかへす事のはひろひおきておのが物からかたみとや見む


738

よるかの朝臣

題しらず


たまほこの道はつねにもまどはなむ人をとふとも我かとおもはむ


739

よみ人しらず


まてといはばねてもゆかなむしひて行くこまのあしをれまへのたなはし


740

閑院

中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りける 時、よみてやれりける

相坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆききをなくなくも見め


741

伊勢

題しらず


ふるさとにあらぬ物からわがために人の心のあれて見ゆらむ


742


山がつのかきほにはへるあをつづら人はくれどもことづてもなし


743

さかゐのひとざね


おほぞらはこひしき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ


744

読人しらず


あふまでのかたみも我はなにせむに見ても心のなぐさまなくに


745

おきかぜ

おやのまもりける人のむすめにいとしのびにあひて ものらいひけるあひだに、おやのよぶといひければ、いそぎかへるとてもをなむぬぎお きていりにける、そののちもをかへすとてよめる

あふまでのかたみとてこそとどめけめ涙に浮ぶもくづなりけり


746

よみ人しらず

題しらず


かたみこそ今はあたなれこれなくはわするる時もあらましものを


---------------------------------------

747

在原業平朝臣

五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に、ほ いにはあらでものいひわたりけるを、む月のとをかあまりになむほかへかくれにける、 あり所はききけれどえ物もいはで、又のとしのはる、むめの花さかりに月のおもしろか りける夜、こぞをこひてかのにしのたいにいきて、月のかたぶくまであばらなるいたじ きにふせりてよめる

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして


748

藤原なかひらの朝臣

題しらず


花すすき我こそしたに思ひしかほにいでて人にむすばれにけり


749

藤原かねすけの朝臣


よそにのみきかまし物をおとは河渡るとなしに見なれそめけむ


750

凡河内みつね


わがごとく我をおもはむ人もがなさてもやうきと世を心見む


751

もとかた


久方のあまつそらにもすまなくに人はよそにぞ思ふべらなる


752

よみびとしらず


見ても又またも見まくのほしければなるるを人はいとふべらなり


753

きのとものり


雲もなくなぎたるあさの我なれやいとはれてのみ世をばへぬらむ


754

よみ人しらず


花がたみめならぶ人のあまたあればわすられぬらむかずならぬ身は


755


うきめのみおひて流るる浦なればかりにのみこそあまはよるらめ


756

伊勢


あひにあひて物思ふころのわが袖にやどる月さへぬるるかほなる


757

よみ人しらず


秋ならでおく白露はねざめするわがた枕のしづくなりけり


758


すまのあまのしほやき衣をさをあらみまどほにあれや君がきまさぬ


759


山しろのよどのわかごもかりにだにこぬ人たのむ我ぞはかなき


760


あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ


761


暁のしぎのはねがきももはがき君がこぬ夜は我ぞかずかく


762


玉かづら今はたゆとや吹く風のおとにも人のきこえざるらむ


763


わが袖にまだき時雨のふりぬるは君が心に秋やきぬらむ


764


山の井の浅き心もおもはぬに影ばかりのみ人の見ゆらむ


765


忘草たねとらましを逢ふ事のいとかくかたき物としりせば


766


こふれども逢ふ夜のなきは忘草夢ぢにさへやおひしげるらむ


767


夢にだにあふ事かたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするる


768

けむげい法し


もろこしも夢に見しかばちかかりきおもはぬ中ぞはるけかりける


769

さだののぼる


独のみながめふるやのつまなれば人を忍ぶの草ぞおひける


770

僧正へんぜう


わがやどは道もなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに


771


今こむといひてわかれし朝より思ひくらしのねをのみぞなく


772

よみ人しらず


こめやとは思ふ物からひぐらしのなくゆふぐれはたちまたれつつ


773


今しはとわびにし物をささがにの衣にかかり我をたのむる


774


いまはこじと思ふ物から忘れつつまたるる事のまだもやまぬか


775


月よにはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわびつつもねむ


776


うゑていにし秋田かるまで見えこねばけさはつかりのねにぞなきぬる


777


こぬ人を松ゆふぐれの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ


778


ひさしくもなりにけるかなすみのえの松はくるしき物にぞありける


779

かねみのおほきみ


住の江の松ほどひさになりぬればあしたづのねになかぬ日はなし


780

伊勢

仲平朝臣あひしりて侍りけるを、かれ方になりにけ れば、ちちがやまとのかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける

みわの山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば


781

雲林院のみこ

題しらず


吹きまよふ野風をさむみ秋はぎのうつりも行くか人の心の


782

をののこまち


今はとてわが身時雨にふりぬれば事のはさへにうつろひにけり


783

小野さだき

返し


人を思ふ心のこのはにあらばこそ風のまにまにちりもみだれめ


784

業平朝臣、きのありつねがむすめにすみけるを、 うらむることありて、しばしのあひだひるはきてゆふさりはかへりのみしければ、よ みてつかはしける

あま雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から


785

なりひらの朝臣

返し


ゆきかへりそらにのみしてふる事はわがゐる山の風はやみなり


786

かげのりのおほきみ

題しらず


唐衣なれば身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思ひし


787

とものり


秋風は身をわけてしもふかなくに人の心のそらになるらむ


788

源宗于朝臣


つれもなくなりゆく人の事のはぞ秋よりさきのもみぢなりける


789

兵衛

心地そこなへりけるころ、あひしりて侍りける人の とはで、ここちおこたりてのちとぶらへりければ、よみてつかはしける

しでの山ふもとを見てぞかへりにしつらき人よりまづこえじとて


790

こまちがあね

あひしれりける人の、やうやくかれがたになりける あひだに、やけたるちのはにふみをさしてつかはせりける

時すぎてかれゆくをののあさぢには今は思ひぞたえずもえける


791

伊勢

物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火の もえけるを見てよめる

冬がれののべとわが身を思ひせばもえても春をまたまし物を


792

とものり

題しらず


水のあわのきえてうき身といひながら流れて猶もたのまるるかな


793

よみ人しらず


みなせ河有りて行く水なくはこそつひにわが身をたえぬと思はめ


794

みつね


吉野河よしや人こそつらからめはやくいひてし事はわすれじ


795

よみ人しらず


世中の人の心は花ぞめのうつろひやすき色にぞありける


796


心こそうたてにくけれそめざらばうつろふ事もをしからましや


797

小野小町


色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける


798

よみ人しらず


我のみや世をうくひずとなきわびむ人の心の花とちりなば


799

そせい法し


思ふともかれなむ人をいかがせむあかずちりぬる花とこそ見め


800

よみ人しらず


今はとて君がかれなばわがやどの花をばひとり見てやしのばむ


801

むねゆきの朝臣


忘草かれもやするとつれもなき人の心にしもはおかなむ


802

そせい法し

寛平御時御屏風に哥かかせ給ひける時、よみてかき ける

忘草なにをかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり


803

題しらず


秋の田のいねてふ事もかけなくに何をうしとか人のかるらむ


804

きのつらゆき


はつかりのなきこそわたれ世中の人の心の秋しうければ


805

よみ人しらず


あはれともうしとも物を思ふ時などか涙のいとなかるらむ


806


身をうしと思ふにきえぬ物なればかくてもへぬるよにこそ有りけれ


807

典侍藤原直子朝臣


あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世をばうら見じ


808

いなば


あひ見ぬもうきもわが身のから衣思ひしらずもとくるひもかな


809

すがののただおむ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


つれなきを今はこひじとおもへども心よわくもおつる涙か


810

伊勢

題しらず


人しれずたえなましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを


811

よみ人しらず


それをだに思ふ事とてわがやどを見きとないひそ人のきかくに


812


逢ふ事のもはらたえぬる時にこそ人のこひしきこともしりけれ


813


わびはつる時さへ物の悲しきはいづこをしのぶ涙なるらむ


814

藤原おきかぜ


怨みてもなきてもいはむ方ぞなきかがみに見ゆる影ならずして


815

よみ人しらず


夕されば人なきとこを打ちはらひなげかむためとなれるわがみか


816


わたつみのわが身こす浪立ち返りあまのすむてふうらみつるかな


817


あらを田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ


818


有そ海の浜のまさごとたのめしは忘るる事のかずにぞ有りける


819


葦辺より雲ゐをさして行く雁のいやとほざかるわが身かなしも


820


しぐれつつもみづるよりも事のはの心の秋にあふぞわびしき


821


秋風のふきとふきぬるむさしのはなべて草ばの色かはりけり


822

小町


あきかぜにあふたのみこそかなしけれわが身むなしくなりぬと思へば


823

平貞文


秋風の吹きうらがへすくずのはのうらみても猶うらめしきかな


824

よみ人しらず


あきといへばよそにぞききしあだ人の我をふるせる名にこそ有りけれ


825


わすらるる身をうぢはしの中たえて人もかよはぬ年ぞへにける


又は、こなたかなたに人もかよはず

826

坂上これのり


あふ事をながらのはしのながらへてこひ渡るまに年ぞへにける


827

とものり


うきながらけぬるあわともなりななむ流れてとだにたのまれぬ身は


828

読人しらず


流れては妹背の山のなかにおつるよしのの河のよしや世中


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829

小町たかむらの朝臣

いもうとの身まかりける時よみける


なく涙雨とふらなむわたり河水まさりなばかへりくるがに


830

そせい法し

さきのおほきおほいまうちぎみを、しらかはのあた りにおくりける夜よめる

ちの涙おちてぞたぎつ白河は君が世までの名にこそ有りけれ


831

僧都勝延

ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける 時に、深草の山にをさめてけるのちによみける

空蝉はからを見つつもなぐさめつ深草の山煙だにたて


832

かむつけのみねを


ふかくさののべの桜し心あらばことしばかりはすみぞめにさけ


833

きのとものり

藤原敏行朝臣の身まかりにける時によみてかの家に つかはしける

ねても見ゆねでも見えけりおほかたは空蝉の世ぞ夢には有りける


834

紀つらゆき

あひしれりける人の身まかりにければよめる


夢とこそいふべかりけれ世中にうつつある物と思ひけるかな


835

みぶのただみね

あひしれりける人のみまかりにける時によめる


ぬるがうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつつとはみ ず


836

あねの身まかりにける時によめる


せをせけばふちとなりてもよどみけりわかれをとむるしがらみぞなき


837

閑院

藤原忠房がむかしあひしりて侍りける人の身まかり にける時に、とぶらひにつかはすとてよめる

さきだたぬくいのやちたびかなしきはながるる水のかへりこぬなり


838

つらゆき

きのとものりが身まかりにける時よめる


あすしらぬわが身とおもへどくれぬまのけふは人こそかなしかりけれ


839

ただみね


時しもあれ秋やは人のわかるべきあるを見るだにこひしきものを


840

凡河内みつね

ははがおもひにてよめる


神な月時雨にぬるるもみぢばはただわび人のたもとなりけり


841

ただみね

ちちがおもひにてよめる


ふぢ衣はつるるいとはわび人の涙の玉のをとぞなりける


842

つらゆき

おもひに侍りけるとしの秋、山でらへまかりけるみ ちにてよめる

あさ露のおくての山田かりそめにうき世中を思ひぬるかな


843

おもひに侍りける人をとぶらひにまかりてよめる

すみぞめの君がたもとは雲なれやたえず涙の雨とのみふる


844

よみ人しらず

女のおやのおもひにて山でらに侍りけるを、ある人 のとぶらひつかはせりければ、返事によめる

あしひきの山べに今はすみぞめの衣の袖はひる時もなし


845

たかむらの朝臣

諒闇の年池のほとりの花を見てよめる


水のおもにしづく花の色さやかにも君がみかげのおもほゆるかな


846

文屋やすひで

深草のみかどの御国忌の日よめる


草ふかき霞の谷に影かくしてるひのくれしけふにやはあらぬ


847

僧正偏昭

ふかくさのみかどの御時に、蔵人頭にてよるひるな れつかうまつりけるを、諒闇になりにければ、さらに世にもまじらずしてひえの山にの ぼりてかしらおろしてけり、その又のとし、みなひと御ぶくぬぎて、あるはかうぶりた まはりなどよろこびけるをききてよめる

みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ


848

近院右のおほいまうちぎみ

河原のおほいまうちぎみの身まかりての秋、かの家 のほとりをまかりけるに、もみぢのいろまだふかくもならざりけるを見てよみていれた りける

うちつけにさびしくもあるかもみぢばもぬしなきやどは色なかりけり


849

つらゆき

藤原たかつねの朝臣の身まかりての又のとしの夏、 ほととぎすのなきけるをききてよめる

郭公けさなくこゑにおどろけば君を別れし時にぞありける


850

きのもちゆき

さくらをうゑてありけるに、やうやく花さきぬべき 時に、かのうゑける人身まかりにければ、その花を見てよめる

花よりも人こそあだになりにけれいづれをさきにこひむとか見し


851

つらゆき

あるじ身まかりにける人の家の梅花を見てよめる

色もかも昔のこさににほへどもうゑけむ人の影ぞこひしき


852

河原の左のおほいまうちぎみの身まかりてののち、 かの家にまかりてありけるに、しほがもといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる


君まさで煙たえにししほがまの浦さびしくも見え渡るかな


853

みはるのありすけ

藤原のとしもとの朝臣の右近中将にてすみ侍りける ざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるを、秋の夜ふけてものよりまうできけ るついでに見いれければ、もとありしせんざいもいとしげくあれたりけるを見て、はや くそこに侍りければむかしを思ひやりてよみける

きみがうゑしひとむらすすき虫のねのしげきのべともなりにけるかな


854

とものり

これたかのみこの、ちちの侍りけむ時によめりけむ うたどもとこひければ、かきておくりけるおくによみてかけりける

ことならば事のはさへもきえななむ見れば涙のたぎまさりけり


855

よみ人しらず

題しらず


なき人のやどにかよはば郭公かけてねにのみなくとつげなむ


856


誰見よと花さけるらむ白雲のたつのとはやくなりにし物を


857

式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、 いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらのひも にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、むかしのてにてこのうたをなむかきつけた りける

かずかずに我をわすれぬ物ならば山の霞をあはれとは見よ


858

よみ人しらず

をとこの人のくににまかれりけるまに、女にはかに やまひをして、いとよわくなりにける時よみおきて身まかりにける

こゑをだにきかでわかるるたまよりもなきとこにねむ君ぞかなしき


859

大江千里

やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげな くおぼえければよみて人のもとにつかはしける

もみぢばを風にまかせて見るよりもはかなき物はいのちなりけり


860

藤原これもと

身まかりなむとてよめる


つゆをなどあだなる物と思ひけむわが身も草におかぬばかりを


861

なりひらの朝臣

やまひしてよわくなりにける時よめる


つひにゆくみちとはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを


862

在原しげはる

かひのくににあひしりて侍りける人とぶらはむとて まかりけるを、みち中にてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて京 にもてまかりて母に見せよといひて、人につけ侍りけるうた

かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこし今はかぎりのかどでなりけり


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863

よみ人しらず

題しらず


わがうへに露ぞおくなるあまの河をわたる舟のかいのしづくか


864


思ふどちまとゐせる夜は唐錦たたまくをしき物にぞありける


865


うれしきをなににつつまむ唐衣たもとゆたかにたてといはましを


866


限なき君がためにとをる花はときしもわかぬ物にぞ有りける


ある人のいはく、この哥はさきのおほいまうち君の 也


867


紫のひともとゆゑにむさしのの草はみながらあはれとぞ見る


868

なりひらの朝臣

めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをお くるとてよみてやりける

紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける


869

近院右のおほいまうちぎみ

大納言ふぢはらのくにつねの朝臣の、宰相より中納 言になりける時、そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる

色なしと人や見るらむ昔よりふかき心にそめてしものを


870

ふるのいまみち

いそのかみのなむまつが宮づかへもせでいその神と いふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはれりければ、よろこびいひつか はすとてよみてつかはしける

日のひかりやぶしわかねばいその神ふりにしさとに花もさきけり


871

なりひらの朝臣

二条のきさきのまだ東宮のみやすんどころと申しけ る時に、おほはらのにまうでたまひける日よめる

おほはらやをしほの山もけふこそは神世の事も思ひいづらめ


872

よしみねのむねさだ

五節のまひひめを見てよめる


あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしばしとどめむ


873

河原の左のおほいまうちぎみ

五せちのあしたにかむざしのたまのおちたりけるを 見て、たがならむととぶらひてよめる

ぬしやたれとへどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれとおもはむ


874

としゆきの朝臣

寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこども、か めをもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを、 くら人どもわらひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つか ひのかへりきて、さなむありつるといひければ、くら人のなかにおくりける

玉だれのこがめやいづらこよろぎのいその浪わけおきにいでにけり


875

けむげいほうし

女どもの見てわらひければよめる


かたちこそみ山がくれのくち木なれ心は花になさばなりなむ


876

きのとものり

方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのき ぬをきせたりけるを、あしたにかへすとてよみける

蝉のはのよるの衣はうすけれどうつりがこくもにほひぬるかな


877

よみ人しらず

題しらず


おそくいづる月にもあるかな葦引の山のあなたもをしむべらなり


878


わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月を見て


879

なりひらの朝臣


おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの


880

きのつらゆき

月おもしろしとて凡河内躬恒がまうできたりけるに よめる

かつ見ればうとくもあるかな月影のいたらぬさともあらじと思へば


881

池に月の見えけるをよめる


ふたつなき物と思ひしをみなそこに山のはならでいづる月かげ


882

よみ人しらず

題しらず


あまの河雲のみをにてはやければひかりとどめず月ぞながるる


883


あかずして月のかくるる山本はあなたおもてぞこひしかりける


884

なりひらの朝臣

これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やど りにかへりて夜ひとよさけをのみ、物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとし けるをりに、みこゑひてうちへいりなむとしければよみ侍りける

あかなくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなむ


885

あま敬信

田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけ いこのみこを、ははあやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみ にければよめる

おほぞらをてりゆく月しきよければ雲かくせどもひかりけなくに


886

よみ人しらず

題しらず


いその神ふるからをののもとかしは本の心はわすられなくに


887


いにしへの野中のし水ぬるけれど本の心をしる人ぞくむ


888


いにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有りし物なり


889


今こそあれ我も昔はをとこ山さかゆく時も有りこしものを


890


世中にふりぬる物はつのくにのながらのはしと我となりけり


891


ささのはにふりつむ雪のうれをおもみ本くだちゆくわがさかりはも


892


おほあらきのもりのした草おいぬれば駒もすさめずかる人もなし


又は、さくらあさのをふのしたくさおいぬれば

893


かぞふればとまらぬ物を年といひてことしはいたくおいぞしにける


894


おしてるやなにはの水にやくしほのからくも我はおいにけるかな


又は、おほとものみつのはまべに

895


おいらくのこむとしりせばかどさしてなしとこたへてあはざらましを


このみつの哥は、昔ありけるみたりのおきなのよめ るとなむ


896


さかさまに年もゆかなむとりもあへずすぐるよはひやともにかへると


897


とりとむる物にしあらねば年月をあはれあなうとすぐしつるかな


898


とどめあへずむべもとしとはいはれけりしかもつれなくすぐるよはひ か


899


鏡山いざ立ちよりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると


この哥は、ある人のいはく、おほとものくろぬしが 也


900

業平朝臣のははのみこ長岡にすみ侍りける時に、な りひら宮づかへすとて、時時もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりにははの みこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくて ありけるうた

老いぬればさらぬ別もありといへばいよいよ見まくほしき君かな



901

なりひらの朝臣

返し


世中にさらぬ別のなくもがな千世もとなげく人のこのため


902

在原むねやな

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


白雪のやへふりしけるかへる山かへるがへるもおいにけるかな


903

としゆきの朝臣

おなじ御時のうへのさぶらひにてをのこどもにおほ みきたまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる

おいぬとてなどかわが身をせめきけむおいずはけふにあはましものか


904

よみ人しらず

題しらず


ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年のへぬれば


905


我見てもひさしく成りぬ住の江の岸の姫松いくよへぬらむ


906


住吉の岸のひめ松人ならばいく世かへしととはましものを


907


梓弓いそべのこ松たが世にかよろづ世かねてたねをまきけむ


この哥は、ある人のいはく、柿本人麿が也


908


かくしつつ世をやつくさむ高砂のをのへにたてる松ならなくに


909

藤原おきかぜ


誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに


910

よみ人しらず


わたつ海のおきつしほあひにうかぶあわのきえぬ物からよる方もなし


911


わたつ海のかざしにさせる白砂の浪もてゆへる淡路しま山


912


わたの原よせくる浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも


913


なにはがたしほみちくらしあま衣たみのの島にたづなき渡る


914

藤原ただふさ

貫之がいづみのくにに侍りける時に、やまとよりこ えまうできてよみてつかはしける

君を思ひおきつのはまになくたづの尋ねくればぞありとだにきく


915

つらゆき

返し


おきつ浪たかしのはまの浜松の名にこそ君をまちわたりつれ


916

なにはにまかれりける時よめる


なにはがたおふるたまもをかりそめのあまとぞ我はなりぬべらなる


917

みぶのただみね

あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつか はしける

すみよしとあまはつぐともながゐすな人忘草おふといふなり


918

つらゆき

なにはへまかりける時、たみののしまにて雨にあひ てよめる

あめによりたみのの島をけふゆけど名にはかくれぬ物にぞ有りける


919

法皇にし河おはしましたりける日、つるすにたてり といふことを題にてよませたまひける

あしたづのたてる河辺を吹く風によせてかへらぬ浪かとぞ見る


920

伊勢

中務のみこの家の池に舟をつくりておろしはじめて あそびける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、ゆふさりつかたかへりおはしまさむ としけるをりによみてたてまつりける

水のうへにうかべる舟の君ならばここぞとまりといはまし物を


921

真せいほうし

からことといふ所にてよめる


宮こまでひびきかよへるからことは浪のをすげて風ぞひきける


922

在原行平朝臣

ぬのびきのたきにてよめる


こきちらす滝の白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる


923

なりひらの朝諏

布引の滝の本にて人人あつまりて哥よみける時によ める

ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに


924

承均法師

よしののたきを見てよめる


たがためにひきてさらせるぬのなれや世をへて見れどとる人もなき


925

神たい法し

題しらず


きよたきのせぜのしらいとくりためて山わけ衣おりてきましを


926

伊勢

竜門にまうでてたきのもとにてよめる


たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山姫のぬのさらすらむ


927

たちばなのながもり

朱雀院のみかどぬのびきのたき御覧ぜむとてふん月 のなぬかの日あはしましてありける時に、さぶらふ人人に哥よませたまひけるによめる

ぬしなくてさらせるぬのをたなばたにわが心とやけふはかさまし


928

ただみね

ひえの山なるおとはのたきを見てよめる


おちたぎつたきのみなかみとしつもりおいにけらしなくろきすぢなし


929

みつね

おなじたきをよめる


風ふけど所もさらぬ白雲はよをへておつる水にぞ有りける


930

三条の町

田むらの御時に女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧 じけるに、たきおちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめとさぶらふ人におほ せられければよめる

おもひせく心の内のたきなれやおつとは見れどおとのきこえぬ


931

つらゆき

屏風のゑなる花をよめる


さきそめし時よりのちはうちはへて世は春なれや色のつねなる


932

坂上これのり

屏風のゑによみあはせてかきける


かりてほす山田のいねのきたれてなきこそわたれ秋のうければ


----------------------------------


933

読人しらず

題しらず


世中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせになる


934


いく世しもあらじわが身をなぞもかくあまのかるもに思ひみだるる


935


雁のくる峯の朝霧はれずのみ思ひつきせぬ世中のうさ


936

小野たかむらの朝臣


しかりとてそむかれなくに事しあればまづなげかれぬあなう世中


937

をののさだき

かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人 につかはしける

宮こ人いかがととはば山たかみはれぬくもゐにわぶとこたへよ


938

小野小町

文屋のやすひでみかはのぞうになりて、あがた見に はえいでたたじやといひやれりける返事によめる

わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ


939

題しらず


あはれてふ事こそうたて世中を思ひはなれぬほだしなりけれ


940

よみ人しらず


あはれてふ事のはごとにおくつゆは昔をこふる涙なりけり


941


世中のうきもつらきもつげなくにまづしる物はなみだなりけり


942


世中は夢かうつつかうつつとも夢ともしらず有りてなければ


943


よのなかにいづらわが身のありてなしあはれとやいはむあなうとやい はむ


944


山里は物の惨慄き事こそあれ世のうきよりはすみよかりけり


945

これたかのみこ


白雲のたえずたなびく岑にだにすめばすみぬる世にこそ有りけれ


946

ふるのいまみち


しりにけむききてもいとへ世中は浪のさわぎに風ぞしくめる


947

そせい


いづこにか世をばいとはむ心こそのにも山にもまどふべらなれ


948

よみ人しらず


世中は昔よりやはうかりけむわが身ひとつのためになれるか


949


世中をいとふ山べの草木とやあなうの花の色にいでにけむ


950


みよしのの山のあなたにやどもがな世のうき時のかくれがにせむ


951


世にふればうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてむ


952


いかならむ巌の中にすまばかは世のうき事のきこえこざらむ


953


葦引の山のまにまにかくれなむうき世中はあるかひもなし


954


世中のうけくにあきぬ奥山のこのはにふれる雪やけなまし


955

もののべのよしな

おなじもじなきうた


よのうきめ見えぬ山ぢへいらむにはおもふ人こそほだしなりけれ


956

凡河内みつね

山のほうしのもとへつかはしける


世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいづちゆくらむ


957

物思ひける時、いときなきこを見てよめる


今更になにおひいづらむ竹のこのうきふししげき世とはしらずや


958

よみ人しらず

題しらず


世にふれば事のはしげきくれ竹のうきふしごとに鶯ぞなく


959


木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしにわが身はなりぬべらなり


ある人のいはく、高津のみこの哥也

960


わが身からうき世中となづけつつ人のためさへかなしかるらむ


961

たかむらの朝臣

おきのくににながされて侍りける時によめる


思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは


962

在原行平朝臣

田むらの御時に、事にあたりてつのくにのすまとい ふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける

わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ


963

をののはるかぜ

左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこ せたりける返事によみてつかはしける

あまびこのおとづれじとぞ今は思ふ我か人かと身をたどるよに


964

平さだふん

つかさとけて侍りける時よめる


うき世にはかどさせりとも見えなくになどかわが身のいでがてにする


965


有りはてぬいのちまつまのほどばかりうきことしげくおもはずもがな


966

みやぢのきよき

みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかう まつらずとてとけて侍りける時によめる

つくばねのこの本ごとに立ちぞよる春のみ山のかげをこひつつ


967

清原深養父

時なりける人の、にはかに時なくなりてなげくを 見て、みづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる

ひかりなき谷には春もよそなればさきてとくちる物思ひもなし


968

伊勢

かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へり ける御返事にたてまつれりける

久方の中におひたるさとなればひかりをのみぞたのむべらなる


969

なりひらの朝臣

紀のとしさだが阿波のすけにまかりける時に、むま のはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふ くるまで見えざりければつかはしける

今ぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりけり


970

惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらお ろしてをのといふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、ひえの山 のふもとなりければ雪いとふかかりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみける に、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみておくりける

わすれては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君を見むとは


971

深草のさとにすみ侍りて京へまうでくとて、そこな りける人によみておくりける

年をへてすみこしさとをいでていなばいとど深草のとやなりなむ


972

よみ人しらず

返し


野とならばうづらとなきて年はへむかりにだにやは君がこざらむ


973

題しらず


我を君なにはの浦に有りしかばうきめをみつのあまとなりにき


この哥は、ある人、むかしをとこありけるをうな の、をとことはずなりにければ、なにはなるみつのてらにまかりてあまになりて、よみ てをとこにつかはせりけるとなむいへる


974

返し


なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこを見つのあまとかはなる


975


今更にとふべき人もおもほえずやへむぐらしてかどさせりてへ


976

みつね

ともだちのひさしうまうでこざりけるもとによみ てつかはしける

水のおもにおふるさ月のうき草のうき事あれやねをたえてこぬ


977

人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみけれ ばよめる

身をすててゆきやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり


978

むねをかのおほよりがこしよりまうできたりける時 に、雪のふりけるを見て、おのがおもひはこのゆきのごとくなむつもれるといひけるを りによめる

君が思ひ雪とつもらばたのまれず春よりのちはあらじとおもへば


979

宗岳大頼

返し


君をのみ思ひこしぢのしら山はいつかは雪のきゆる時ある


980

きのつらゆき

こしなりける人につかはしける


思ひやるこしの白山しらねどもひと夜も夢にこえぬよぞなき


981

よみ人しらず

題しらず


いざここにわが世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし


982


わがいほはみわの山もとこひしくはとぶらひきませすぎたてるかど


983

きせんほうし


わがいほは宮このたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり


984

よみ人しらず


あれにけりあはれいくよのやどなれやすみけむ人のおとづれもせぬ


985

よしみねのむねさだ

ならへまかりける時に、あれたる家に女の琴ひきけ るをききてよみていれたりける

わびびとのすむべきやどと見るなへに歎きくははることのねぞする


986

二条

はつせにまうづる道に、ならの京にやどれりける時 よめる

人ふるすさとをいとひてこしかどもならの宮こもうきななりけり


987

よみ人しらず

題しらず


世中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞやどとさだむる


988


相坂の嵐のかぜはさむけれどゆくへしらねばわびつつぞぬる


989


風のうへにありかさだめぬちりの身はゆくへもしらずなりぬべらなり


990

伊勢

家をうりてよめる


あすかがはふちにもあらぬわがやどもせにかはりゆく物にぞ有りける


991

きのとものり

つくしに侍りける時にまかりかよひつつごうちける 人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける

ふるさとは見しごともあらずをののえのくちし所ぞこひしかりける


992

みちのく

女ともだちと物がたりしてわかれてのちにつかはし ける

あかざり袖のなかにやいりにけむわがたましひのなき心ちする


993

ふぢはらのただふさ

寛平御時にもろこしのはう官にめされて侍りける時 に、東宮のさぶらひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍りける

なよ竹のよながきうへにはつしものおきゐて物を思ふころかな


994

よみ人しらず

題しらず


風ふけばおきつ白浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ


ある人、この哥は、むかしやまとのくになりける人 のむすめに、ある人すみわたりけり、この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひ だに、このをとこかうちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆき けり、さりけれどもつらげなるけしきも見えで、かふちへいくごとにをとこの心のごと くにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたが ひて、月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見け れば、夜ふくるまでことをかきならしつつうちなげきて、この哥をよみてねにければ、 これをききてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる


995


たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく


996


わすられむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬあとをとどむる


997

文屋ありすゑ

貞観御時、万葉集はいつばかりつくれるぞととはせ 給ひければよみてたてまつりける

神な月時雨ふりおけるならのはのなにおふ宮のふることぞこれ


998

大江千里

寛平御時哥たてまつりけるついでにたてまつりける

あしたづのひとりおくれてなくこゑは雲のうへまできこえつがなむ


999

ふぢはらのかちおむ


ひとしれず思ふ心は春霞たちいでてきみがめにも見えなむ


1000

伊勢

哥めしける時にたてまつるとてよみて、おくに かきつけてたてまつりける

山河のおとにのみきくももしきをはやながら見るよしもがな


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短哥


1001

よみ人しらず

題しらず


あふことのまれなるいろにおもひそめわが身はつねにあまぐものはるる時なくふじのねのもえつつとはにおもへどもあふことかたしなにしかも人をうらみむわたつみのおきをふかめておもひてしおもひはいまはいたづらになりぬべらなりゆく水のたゆる時なくかくなわにおもひみだれてふるゆきの けなばけぬべく おもへども えぶの身なればなほやまずおもひはふかしあしひきの山した水のこがくれてたぎつ心をたれにかもあひかたらはむいろにいでば人しりぬべみすみぞめのゆふべになればひとりゐてあはれあはれとなげきあまりせむすべなみににはにいでてたちやすらへばしろたへの衣のそでにおくつゆのけなばけぬべくおもへどもなほなげかれぬはるがすみよそにも人にあはむとおもへば


1002

ふるうたたてまつりし時のもくろくの、そのながう た

ちはやぶる神のみよよりくれ竹の世世にもたえずあまびこのおとはの山の はるがすみ思ひみだれてさみだれのそらもとどろにさよふけて山ほととぎすなくごとにたれもねざめてからにしきたつたの山のもみぢばを見てのみしのぶ神な月しぐれしぐれて冬の夜の庭もはだれにふるゆきの猶きえかへり年ごとに時につけつつあはれてふことをいひつつきみをのみちよにといはふ世の人のおもひするがのふじのねのもゆる思ひもあかずしてわかるるなみだ藤衣おれる心もやちくさのことのはごとにすべらぎのおほせかしこみまきまきの中につくすといせの海のうらのしほがひひろひあつめとれりとすれどたまのをのみじかき心思ひあへず猶あらたまの年をへて大宮にのみひさかたのひるよるわかずつかふとてかへりみもせぬわがよどのしのぶぐさおふるいたまあらみふる春さめのもりやしぬらむ


1003

壬生忠岑

ふるうたにくはへてたてまつれるながうた


くれ竹の世世のふることなかりせばいかほのぬまのいかにして思ふ心をのばへましあはれむかしべありきてふ人まろこそはうれしけれ身はしもながらことのはをあまつそらまできこえあげすゑのよまでのあととなし今もおほせのくだれるはちりにつげとやちりの身につもれる事をとはるらむこれをおもへばけだもののくもにほえけむ心地してちぢのなさけもおもほえずひとつ心ぞほこらしきかくはあれどもてるひかりちかきまもりの身なりしをたれかは秋のくる方にあざむきいでてみかきよりとのへもる身のみかきもりをさをさしくもおもほえずここのかさねのなかにてはあらしの風もきかざりき今はの山しちかければ春は霞にたなびかれ夏はうつせみなきくらし秋は時雨に袖をかし冬はしもにぞせめらるるかかるわびしき身ながらにつもれるとしをしるせればいつつのむつになりにけりこれにそはれるわたくしのおいのかずさへやよければ身はいやしくて年たかきことのくるしさかくしつつながらのはしのながらへてなにはのうらにたつ浪の浪のしわにやおぼほれむさすがにいのちをしければこしのくになるしら山のかしらはしろくなりぬともおとはのたきのおとにきくおいずしなずのくすりがも君がやちよをわかえつつ見む


1004


君が世にあふさか山のいはし水こがくれたりと思ひけるかな


1005

凡河内躬恒

冬のなかうた


ちはやぶら神な月とやけさよりはくもりもあへずはつ時雨紅葉とともにふるさとのよしのの山の山あらしもさむく日ごとになりゆけばたまのをとけてこきちらしあられみだれてしも氷いやかたまれるにはのおもにむらむら見ゆる冬草のうへにふりしく白雪のつもりつもりてあらたまのとしをあまたもすぐしつるかな


1006

伊勢

七条のきさきうせたまひにけるのちによみける


おきつなみあれのみまさる宮のうちはとしへてすみしいせのあまも舟ながしたる心地してよらむ方なくかなしきに涙の色のくれなゐは我らがなかの時雨にて秋のもみぢと人人はおのがちりぢりわかれなばたのむかげなくなりはててとまる物とは花すすききみなき庭にむれたちてそらをまねかばはつかりのなき渡りつつよそにこそ見め


旋頭哥


1007

よみ人しらず

題しらず


うちわたすをち方人に物まうすわれそのそこにしろくさけるはなにの花ぞも


1008

返し


春さればのべにまづさく見れどあかぬ花まひなしにただなのるべき花のななれや


1009

題しらず


はつせ河ふるかはのべにふたもとあるすぎ年をへて又もあひ見むふたもとあるすぎ


1010

つらゆき


きみがさすみかさの山のもみぢばのいろ神な月しぐれのあめのそめるなりけり


俳諧哥


1011

よみ人しらず

題しらず


梅花見にこそきつれ鶯の人く人くといとひしもをる


1012

素性法師


山吹の花色衣ぬしやたれとへどこたへずくちなしにして


1013

藤原敏行朝臣


いくばくの田をつくればか郭公しでのたをさをあさなあさなよぶ


1014

藤原かねすけの朝臣

七月六日たなばたの心をよみける


いつしかとまたく心をはぎにあげてあまのかはらをけふやわたらむ


1015

凡河内みつね

題しらず


むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋のながしてふよは


1016

僧正へんぜう


秋ののになまめきたてるをみなへしあなかしかまし花もひと時


1017

よみ人しらず


あきくればのべにたはるる女郎花いづれの人かつまで見るべき


1018


秋ぎりのはれてくもればをみなへし花のすがたぞ見えかくれする


1019


花と見てをらむとすればをみなへしうたたあるさまの名にこそ有りけれ


1020

在原むねやな

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


秋風にほころびぬらしふぢばかまつづりさせてふ蟋蟀なく


1021

清原ふかやぶ

あすはるたたむとしける日、となりの家のかたより 風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける

冬ながら春の隣のちかければなかがきよりぞ花はちりける


1022

よみ人しらず

題しらず


いその神ふりにしこひの神さびてたたるに我はいぞねかねつる


1023


枕よりあとよりこひのせめくればせむ方なみぞとこなかにをる


1024


こひしきが方も方こそ有りときけたてれをれどもなき心ちかな


1025


ありぬやと心見がてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞこひしき


1026


みみなしの山のくちなしえてしかな思ひの色のしたぞめにせむ


1027


葦引の山田のそほづおのれさへ我をほしてふうれはしきこと


1028

きのめのと


ふじのねのならぬおもひにもえばもえ神だにけたぬむなしけぶりを


1029

きのありとも


あひ見まく星はかずなく有りながら人に月なみ迷ひこそすれ


1030

小野小町


人にあはむ月のなきには思ひおきてむねはしり火に心やけをり


1031

藤原おきかぜ

寛平御時きさいの宮の哥合のうた


春霞たなびくのべのわかなにもなり見てしかな人もつむやと


1032

よみ人しらず

題しらず


おもへども猶うとまれぬ春霞かからぬ山もあらじとおもへば


1033

平貞文


春の野のしげき草ばのつまごひにとびたつきじのほろろとぞなく


1034

きのよしひと


秋ののにつまなきしかの年をへてなぞわがこひのかひよとぞなく


1035

みつね


蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ


1036

ただみね


かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬなはたてじくるないとひそ


1037

よみ人しらず


ことならば思はずとやはいひはてぬなぞ世中のたまだすきなる


1038


おもふてふ人の心のくまごとににたちかくれつつ見るよしもがな


1039


思へどもおもはずとのみいふなればいなやおもはじ思ふかひなし


1040


我をのみ思ふといはばあるべきをいでや心はおほぬさにして


1041


われを思ふ人をおもはぬむくいにやわが思ふ人の我をおもはぬ


1042

ふかやぶ


思ひけむ人をぞともにおもはましまさしやむくいなかりけりやは


1043

よみ人しらず


いでてゆかむ人をとどめむよしなきにとなりの方にはなもひぬかな


1044


紅にそめし心もたのまれず人をあくにはうつるてふなり


1045


いとはるるわが身ははるのこまなれやのがひがてらにはなちすてつゝ


1046


鶯のこぞのやどりのふるすとや我には人のつれなかるらむ


1047


さかしらに夏は人まねささのはのさやぐしもよをわがひとりぬる


1048

平中興


逢ふ事の今ははつかになりぬれば夜ふかからでは月なかりけり


1049

左のおほいまうちぎみ


もろこしのよしのの山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに


1050

なかき


雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ


1051

伊勢


なにはなるながらのはしもつくるなり今はわが身をなににたとへむ


1052

よみ人しらず


まめなれどなにぞはよけくかるかやのみだれてあれどあしけくもなし


1053

おきかぜ


なにかその名の立つ事のをしからむしりてまどふは我ひとりかは


1054

くそ

いとこなりけるをとこによそへて人のいひければ

よそながらわが身にいとのよるといへばただいつはりにすぐばかりなり


1055

さぬき

題しらず


ねぎ事をさのみききけむやしろこそはてはなげきのもりとなるらめ


1056

大輔


なげきこる山としたかくなりぬればつらづゑのみぞまづつかれける


1057

よみ人しらず


なげきをばこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり


1058


人こふる事をおもにとになひもてあふごなきこそわびしかりけれ


1059


よひのまにいでていりぬるみか月のわれて物思ふころにもあるかな


1060


そゑにとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに


1061


世中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそあさくなりなめ


1062

在原元方


よのなかはいかにくるしと思ふらむここらの人にうらみらるれば


1063

よみ人しらず


なにをして身のいたづらにおいぬらむ年のおもはむ事ぞやさしき


1064

おきかぜ


身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなるとしるべく


1065

千さと


白雪の友にわが身はふりぬれど心はきえぬ物にぞありける


1066

よみ人しらず

題しらず


梅花さきてののちの身なればやすき物とのみ人のいふらむ


1067

みつね

法星にし河におはしましたりける日、さる山のかひ にさけぶといふことを題にてよませたまうける

わびしらにましらななきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ


1068

よみ人しらず

題しらず


世をいとひこのもとごとにたちよりてうつぶしぞめのあさのきぬなり


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1069

おほなのびのうた


あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねてたのしきをつめ


日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに

1070

ふるきやまとまひのうた


しもとゆふかづらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆるかな


1071

あふみぶり


近江よりあさたちくればうねののにたづぞなくなるあけぬこのよは


1072

みづくきぶり


水くきのをかのやかたにいもとあれとねてのあさけのしものふりはも


1073

しはつ山ぶり


しはつ山うちいでて見ればかさゆひのしまこぎかくるたななしをぶね


神あそびのうた


1074

とりもののうた


神がきのみむろの山のさかきばは神のみまへにしげりあひにけり


1075


しもやたびおけどかれせぬさかきばのたちさかゆべき神のきねかも


1076


まきもくのあなしの山の山人と人も見るがに山かづらせよ


1077


み山にはあられふるらしとやまなるまさきのかづらいろづきにけり


1078


みちのくのあだちのまゆみわがひかばすゑさへよりこしのびしのびに


1079


わがかどのいたゐのし水さととほみ人しくまねばみくさおひにけり


1080

ひるめのうた


ささのくまひのくま河にこまとめてしばし水かへかげをだに見む


1081

かへしもののうた


あをやぎをかたいとによりて鶯のぬふてふ笠は梅の花がさ


1082


まがねふくきびの中山おびにせるほそたに河のおとのさやけさ


この哥は、承和の御べのきびのくにの哥

1083


美作やくめのさら山さらさらにわがなはたてじよろづよまでに


これは、みづのをの御べのみまさかのくにのうた


1084


みののくに関のふぢ河たえずして君につかへむよろづよまでに


これは、元慶の御べのみののうた

1085


きみが世は限もあらじながはまのまさごのかずはよみつくすとも


これは、仁和の御べのいせのくにの哥

1086

大伴くろぬし


近江のやかがみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは


これは、今上の御べのあふみのうた

東哥


1087

みちのくのうた


あぶくまに霧立ちくもりあけぬとも君をばやらじまてばすべなし


1088


みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも


1089


わがせこを宮こにやりてしほがまのまがきのしまの松ぞこひしき


1090


をぐろさきみつのこじまの人ならば宮このつとにいざといはましを


1091


みさぶらひみかさと申せ宮木ののこのしたつゆはあめにまされり


1092


もがみ河のぼればくだるいな舟のいなにはあらずこの月ばかり


1093


君をおきてあだし心をわがもたばすゑの松山浪もこえなむ


1094

さがみうた


こよろぎのいそたちならしいそなつむめざしぬらすなおきにをれ浪


1095

ひたちうた


つくばねのこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし


1096


つくばねの峯のもみぢばおちつもりしるもしらぬもなべてかなしも


1097

かひうた


かひがねをさやにも見しがけけれなくよこほりふせるさやの中山


1098


かひがねをねこし山こし吹く風を人にもがもや事づてやらむ


1099

伊勢うた


をふのうらにかたえさしおほひなるなしのなりもならずもねてかたら はむ


1100

藤原敏行朝臣

冬の賀茂のまつりのうた


ちはやぶるかものやしろのひめこまつよろづ世ふともいろはかはらじ


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巻第十物名部


1101


ひぐらし


そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山びこよびとよむなり


在郭公下、空蝉上

1102

勝臣


かけりてもなにをかたまのきても見むからはほのほとなりにしものを


をがたまの木、友則下

1103

つらゆき

くれのおも


こし時とこひつつをればゆふぐれのおもかげにのみ見えわたるかな


忍草、利貞下

1104

をののこまち

おきのゐ、みやこじま


おきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまべのわかれなりけり


から事、清行下

1105

あやもち

そめどの、あはた


うきめをばよそめとのみぞのがれゆく雲のあはたつ山のふもとに


このうた、水の尾のみかどのそめどのよりあはたへ うつりたまうける時によめる 桂宮下


巻第十一


1106

奥菅の根しのぎふる雪、下


けふ人をこふる心は大井河ながるる水におとらざりけり


1107


わぎもこにあふさか山のしのすすきほにはいでずもこひわたるかな


巻第十三


1108

こひしくはしたにを思へ紫の、下


いぬがみのとこの山なるなとり河いさとこたへよわがなもらすな


この哥、ある人、あめのみかどのあふみのうねめに たまへると


1109

うねめのたてまつれる

返し


山しなのおとはのたきのおとにのみ人のしるべくわがこひめやも


巻第十四


1110

思ふてふことのはのみや秋をへて、下   そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて

わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも


1111

つらゆき

深養父、こひしとはたがなづけけむ事ならむ、下


みちしらばつみにもゆかむすみのえの岸におふてふこひわすれぐさ


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       哥座(うたくら) 記 二千八年六月 
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注)推奨環境:XPかビスタ。14か17インチ。Explorer 5.5以降。なお、
  バイオなど一部製品やマックで、縦書きレイアウト他機能不可。  
注)掲載データの全ては、哥座(うたくら)が韻文空間を際立たせるための美学研究用として、
  基データの幾分かを省略、かつ縦書き表記変換したものである。よって文学としての精確度を
  求める向きは、しかるべき専門文学データへ直接当たることをお薦めしたい。   


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 附記  「哥座(うたくら) および 哥座一座(うたくらいちざ) について」 
ふだんからなじみ深い裏手の山や前浜の海など、身近の自然やジブンの身体は、すでに了解済みの「空間」のなかに、疑うこともなく自明に存在している。この「こと」「もの」が生成流転している無意識空間は、万葉集はじめ、多くの歌仙の哥、俳諧、詩などの「韻文」により、ながい時の熟成を経て、身体空間や歴史、自然空間へと昇華されて、「わたくしたち」自身の空間システムの原型となり、具体的な血肉となってきたものだ。あるいは、わたくしたち自身の今の意識や身体をさえ紡ぎだしてくれているとも言へる。未来をも決定づけていくはづのこの無意識空間。ここでは、決して表にはでてこないで、そこへ秘匿胎蔵され続けている先験的時空座標を措定し、それを哥座(うたくら)と命名した。また、哥座一座(うたくらいちざ)は、この座標の自得のもとに、今日の情報テクノロジーの意味を問い直し、従来の芸術や学問のジャンルを越へ、時代と場所を越へ、随意に集合離散、活動できる超私的なパフォーマンサーたちの一期一会の関り合ひの「場」として創設した。方法論的には、途上で、輸入されてきた印・中・欧の抽象的美学概念に代へ、普段のことばや、あるがままの身体性を手がかりに、無文字時代から連続性の途切れずにある固有の法、ロゴスを抽出、その法を敷衍,発展化させていく。その際には、「俤」、「ひびき」、「にほひ」といった、先人から受け継いできた固有の概念による「付合」などさまざまな古典的手法を援用する。こうして「モノ」「コト」「コトバ」が具足する古くてあたらしい「座」を発掘し、それをミライへと継承していきたい。
                      哥座(うたくら) 二千八年九月

                   責任者:長谷川 有  hasegawa@utakura.com



   
     
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