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新古今和歌集 

       (千二百一〜千二百十六)


          

  目次

 ■新古今和歌集真名序

 ■新古今和歌集假名序

 卷第一 春哥 上

 卷第ニ 春哥 下

 卷第三 夏哥

 卷第四 秋哥 上

 卷第五 秋哥 下

 卷第六 冬哥

 卷第七 賀哥

 卷第八 哀傷哥

 卷第九 離別哥

 卷第十 羇旅哥

 卷第十一 戀哥 一

 卷第十二 戀哥 二

 卷第十三 戀哥 三

 卷第十四 戀哥 四

 卷第十五 戀哥 五

 卷第十六 雜哥 上

 卷第十七 雜哥 中

 卷第十八 雜哥 下

 卷第十九 神祇哥

 卷第廿 釋教哥

   附録 除棄哥


   新古今和歌集  真名序

夫和歌者群徳之祖、百福之宗也。
玄象天成、五際六情之義未著、素鵞地静、三十一字之詠甫興。
爾来源流寔繁、長短雖異、或抒下情而達聞、或宣上徳而致化、或属遊宴而書懐、或採艶色而寄言。
誠是理世撫民之鴻徽、賞心楽事之亀鑑者也。
是以聖代明時、集而録之。
各窮精微、何以漏脱。
然猶崑嶺之玉、採之有余。
ケ林之材伐之無尽。
物既如此、歌亦宜然。
 仍詔参議右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近衛権中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近衛権少将藤原雅経等、不択貴賤高下、令*錦句玉章。
神明之詞、仏陀之作、為表希夷、雑而同隷。
始於曩昔、迄于当時、彼此総編、各俾呈進。
毎至玄圃花芳之朝、B砌風涼之夕、斟難波津之遺流、尋浅香山之芳躅、或吟或詠、抜犀象之牙角、無党無偏、採翡翠之羽毛。
裁成而得二千首、類聚而為二十巻。
名曰新古今和歌集矣。
時令節物之篇、属四序而星羅、衆作雑詠之什、並群品而雲布。
綜緝之致、蓋云備矣。
 伏惟、来自代都、而践天子之位、謝於漢宮、而追汾陽之蹤。
今上陛下之厳親也、雖無*帝道之諮詢、日域朝廷之本主也、争不賞我国之習俗。
方今*宰合体、華夷詠仁。
風化之楽万春、春日野之草悉靡、月宴之契千秋、秋津洲之塵惟静。
誠膺無為有截之時、可顕染毫操牋之志。
故撰斯一集、永欲伝百王。
 彼上 夫和歌者群徳之祖、百福之宗也。
玄象天成、五際六情之義未著、素鵞地静、三十一字之詠甫興。
爾来源流寔繁、長短雖異、或抒下情而達聞、或宣上徳而致化、或属遊宴而書懐、或採艶色而寄言。
誠是理世撫民之鴻徽、賞心楽事之亀鑑者也。
是以聖代明時、集而録之。
各窮精微、何以漏脱。
然猶崑嶺之玉、採之有余。
ケ林之材伐之無尽。
物既如此、歌亦宜然。
 仍詔参議右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近衛権中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近衛権少将藤原雅経等、不択貴賤高下、令*錦句玉章。
神明之詞、仏陀之作、為表希夷、雑而同隷。
始於曩昔、迄于当時、彼此総編、各俾呈進。
毎至玄圃花芳之朝、*砌風涼之夕、斟難波津之遺流、尋浅香山之芳躅、或吟或詠、抜犀象之牙角、無党無偏、採翡翠之羽毛。
裁成而得二千首、類聚而為二十巻。
名曰新古今和歌集矣。
時令節物之篇、属四序而星羅、衆作雑詠之什、並群品而雲布。
綜緝之致、蓋云備矣。
 伏惟、来自代都、而践天子之位、謝於漢宮、而追汾陽之蹤。
今上陛下之厳親也、雖無*帝道之諮詢、日域朝廷之本主也、争不賞我国之習俗。
方今*宰合体、華夷詠仁。
風化之楽万春、春日野之草悉靡、月宴之契千秋、秋津洲之塵惟静。
誠膺無為有截之時、可顕染毫操牋之志。
故撰斯一集、永欲伝百王。
 彼上古之万葉集者、蓋是和歌之源也。
編次之起、因准之儀、星序惟*、煙鬱難披。
延喜有古今集、四人含綸命而成之。
天暦有後撰集、五人奉絲言而成之。
其後有拾遺、後拾遺、金葉、詞華、千載等集。
雖出於聖王数代之勅、殊恨為撰者一身之最。因茲訪延喜天暦二朝之遺美、定法河歩虚五輩之英豪、排神仙之居、展刊脩之席而已。
 斯集之為体也、先抽万葉集之中、更拾七代集之外。
深索而微長無遺、広求而片善必挙。
但雖張網於山野、微禽自逃、雖連筌於江湖、小鮮偸漏。
誠当視聴之不達、定有篇章之猶遺。
今只随採得、且所勒終也。
 抑於古今者、不載当代之御製。
自後撰而初加其時之天章。
各考一部、不満十篇。
而今所入之自詠、已余三十首。
六義若相兼、一両雖可足、依無風骨之絶妙、還有露詞之多加。
偏以耽道之思、不顧多情之眼。
 凡厥取捨者、嘉尚之余、特運冲襟。
伏羲基皇徳而四十万年、異域自雖観聖造之書史焉、神武開帝功而八十二代、当朝未聴叡策之撰集矣。
定知、天下之都人士女、謳歌斯道之遇逢矣。
 不独記仙洞無何之郷、有嘲風弄月之興、亦欲呈皇家元久之歳、有温故知新之心。
修撰之趣、不在茲乎。
聖暦乙丑王春三月云爾。

        *作字不能


    真名序・書き下し文

 夫れ和歌は群徳の祖、百ケ福の宗なり。玄象天成り、五際六情の義未だ著れず、素鵞の地静かに、三十一字の詠甫めて興る。爾来源流寔に繁く、長短異なりと雖も、或いは下情を抒べて聞に達し、或いは上徳を宣べて化を致し、或いは遊宴に属りて懐を書し、或いは艶色を採りて言を寄す。誠に是理世撫民の鴻徽、賞心楽事の亀鑑なる者なり。是を以て聖代の明時、集めて之を録す。各精微を窮む、何ぞ以て漏脱せん。然れども猶崑嶺の玉、之を採れども余り有り。ケ林の材之を伐れども尽くること無し。物既に此くのごとし、歌も亦宜しく然るべし。
 仍りて、参議右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近衛権中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近衛権少将藤原雅経等に詔して、貴賤の高下を択ばず、錦句玉章をAはしむ。神明の詞、仏陀の作、希夷を表さんが為に、雑へて同じく隷せり。曩昔より始めて、当時に迄ぶまで、彼此総べ編みて、各呈進せしむ。玄圃花芳しき朝、B砌風涼しき夕に至る毎に、難波津の遺流を斟み、浅香山の芳躅を尋ね、或いは吟じ或いは詠じて、犀象の牙角を抜き、党無く偏無くして、翡翠の羽毛を採れり。裁成して二千首を得、類聚して二十巻を為す。名づけて新古今和歌集と曰ふ。時令節物の篇
四序に属けて星のごとく羅なり、衆作雑詠の什、群品を並べて雲のごとく布けり。綜緝の致、蓋し云に備れり。
 伏して惟んみるに、代都より来りて、天子の位を践み、漢宮を謝して、汾陽の蹤を追ふ。今上陛下の厳親なり、帝道の諮詢にC無しと雖も、日域朝廷の本主なり、争でか我が国の習俗を賞せざらん。
方今D宰体を合はせ、華夷仁を詠ず。風化の万春を楽しみ、春日野の草悉く靡き、月宴の千秋を契ち、秋津洲の塵惟れ静かなり。誠に無為有截の時に膺り、染毫操牋の志を顕すべし。故に斯に一集を撰び、永く百王に伝へんと欲す。
 彼の上古の万葉集は、蓋し是れ和歌の源なり。編次の起り、因准の儀、星序惟れEかにして、煙鬱披き難し。延喜に古今集有り、四人綸命を含みて之を成しき。天暦に後撰集有り、五人絲言を奉じて之を成しき。其の後拾遺、後拾遺、金葉、詞華、千載等の集有り。聖王数代の勅に出づと雖も、殊に恨むらくは撰者一身の最と為す。茲に因りて延喜天暦二朝の遺美を訪ひて、法河歩虚五輩の英豪を定め、神仙の居を排きて、刊脩の席を展ぶるのみ。
 斯集の体たるや、先づ万葉集の中を抽き、更に七代集の外を拾ふ。深く索めて微長も遺すこと無く、広く求めて片善も必ず挙げたり。但し網を山野に張ると雖も、微禽自らに逃れ、筌を江湖に連ぬと雖も、小鮮偸かに漏る。誠に視聴の達らざるに当たりて、定めて篇章の猶も遺れること有らん。今は只採得せるに随ひて、且く勒し終る所なり。
 抑も古今に於いては、当代の御製を載せず。後撰より初めて其の時の天章を加へたり。各一部を考ふるに、十篇に満たず。而るに今入るる所の自詠は、已に三十首に余れり。六義若し相兼ねば、一両に足るべしと雖も、風骨の絶妙無きに依りて、還りて露詞の多く加はれること有らん。偏に道に耽るの思ひを以て、多情の眼を顧みず。
 凡そ厥の取捨せるは、嘉尚の余り、特に冲襟を運らせたり。伏羲皇徳を基として四十万年、異域自らに聖造の書史を観ると雖も、神武帝功を開きて八十二代、当朝未だ叡策の撰集を聴かず。定めて知りぬ、天下の都人士女、斯道の逢ふに遇へるを謳歌せんことを。
 独り仙洞無何の郷、嘲風弄月の興有るを記すのみならず、亦皇家元久の歳、温故知新の心有るを呈さんと欲す。修撰の趣、茲に在らざらんや。聖暦乙丑王春三月と云ふこと爾り。


   新古今和歌集  仮名序


 やまとうたは、むかしあめつちひらけはじめて、人のしわざいまださだまらざりし時、葦原中国のことのはとして、稲田姫素鵞のさとよりぞつたはれりける。しかありしよりこのかた、そのみちさかりにおこり、そのながれいまにたゆることなくして、いろにふけり、こゝろをのぶるなかだちとし、世をおさめ、たみをやはらぐるみちとせり。

 かゝりければ、よゝのみかどもこれをすてたまはず、えらびをかれたる集ども、家々のもてあそびものとして、ことばの花のこれるこのもとかたく、おもひのつゆもれたるくさがくれもあるべからず。しかはあれども、いせのうみきよきなぎさのたまは、ひろふともつくることなく、いづみのそましげき宮木は、ひくともたゆべからず。ものみなかくのごとし。うたのみちまたおなじかるべし。

 これによりて、右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近少将藤原朝臣雅経らにおほせて、むかしいまときをわかたず、たかきいやしき人をきらはず、めに見えぬかみほとけのことの葉も、うばたまのゆめにつたへたる事まで、ひろくもとめ、あまねくあつめしむ。

 をのをのえらびたてまつれるところ、なつびきのいとのひとすぢならず、ゆふべのくものおもひさだめがたきへに、みどりのほら、花かうばしきあした、たまのみぎり、風すゞしきゆふべ、なにはづのながれをくみて、すみにごれるをさだめ、あさか山のあとをたづねて、ふかきあさきをわかてり。

 万葉集にいれる哥は、これをのぞかず、古今よりこのかた七代の集にいれる哥をば、これをのする事なし。たゞし、ことばのそのにあそび、ふでのうみをくみても、そらとぶとりのあみをもれ、みづにすむうをのつりをのがれたるたぐひは、むかしもなきにあらざれば、いまも又しらざるところなり。すべてあつめたる哥ふたちゝはたまき、なづけて新古今和哥集といふ。

 はるがすみたつたの山にはつはなをしのぶより、夏はつまごひする神なびの郭公、秋は風にちるかづらきのもみぢ、ふゆはしろたへのふじのたかねにゆきつもるとしのくれまで、みなおりにふれたるなさけなるべし。しかのみならず、たかきやにとをきをのぞみて、たみのときをしり、すゑのつゆもとのしづくによそへて、人のよをさとり、たまぼこのみちのべにわかれをしたひ、あまざかるひなのながぢにみやこをおもひ、たかまの山のくもゐよそなる人をこひ、ながらのはしのなみにくちぬる名をおしみても、こゝろうちにうごき、ことほかにあらはれずといふことなし。いはむや、すみよしの神はかたそぎのことの葉をのこし、伝教大師はわがたつそまのおもひをのべたまへり。かくのごとき、しらぬむかしの人のこゝろをもあらはし、ゆきて見ぬさかひのほかのことをもしるは、たゞこのみちならし。 そもそも、むかしはいつたびゆづりしあとをたづねて、あまつひつぎのくらゐにそなはり、いまはやすみしる名をのがれて、はこやの山にすみかをしめたりといへども、すべらぎはこたるみちをまもり、ほしのくらゐはまつりごとをたすけしちぎりをわすれずして、あめのしたしげきことわざ、くものうへのいにしへにもかはらざりければ、よろづのたみ、かすがのゝくさのなびかぬかたなく、よものうみ、あきつしまの月しづかにすみて、わかのうらあとをたづね、しきしまのみちをもてあそびつゝ、この集をえらびて、ながきよにつたへんとなり。

 かの万葉集はうたのみなもとなり。時うつりことへだゝりて、いまの人しることかたし。延喜のひじりのみよに、四人に勅して古今集をえらばしめ、天暦のかしこきみかどは、五人におほせて後撰集をあつめしめたまへり。そのゝち、拾遺、後拾遺、金葉、詞華、千載等の集は、みな一人これをうけたまはれるゆへに、きゝもらし見をよばざるところもあるべし。よりて、古今、後撰のあとをあらためず、五人のともがらをさだめて、しるしたてまつらしむるなり。そのうへ、みづからさだめ、てづからみがけることは、とをくもろこしのふみのみちをたづぬれば、はまちどりあとありといへども、わがくにやまとことのはゝじまりてのち、くれたけのよゝに、かゝるためしなんなかりける。

 このうち、みづからの哥をのせたること、ふるきたぐひはあれど、十首にはすぎざるべし。しかるを、いまかれこれえらべるところ、三十首にあまれり。これみな、人のめたつべきいろもなく、こゝろとゞむべきふしもありがたきゆへに、かへりて、いづれとわきがたければ、もりのくち葉かずつもり、みぎはのもくづかきすてずなりぬることは、みちにふけるおもひふかくして、のちのあざけりをかへりみざるなるべし。

 ときに元久二年三月廿六日なんしるしをはりぬる。

 めをいやしみ、みゝをたふとぶるあまり、いそのかみふるきあとをはづといへども、ながれをくみて、みなもとをたづぬるゆへに、とみのをがはのたえせぬみちをおこしつれば、つゆしもはあらたまるとも、まつふく風のちりうせず、はるあきはめぐるとも、そらゆく月のくもりなくして、この時にあへらんものは、これをよろこび、このみちをあふがんものは、いまをしのばざらめかも。


   新古今和歌集  

巻第一

春哥上

0001
春立つ心をよみ侍りける
 摂政太政大臣(藤原良経)
  み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり

0002
春のはじめの哥
 太上天皇(後鳥羽院)
  ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく

0003
百首哥奉りし時、春の哥
 式子内親王
  山ふかみ春ともしらぬ松のとにたえだえかかる雪のたまみづ

0004
五十首哥奉りし時
 宮内卿(源師光女)
  かきくらしなほふる里の雪のうちに跡こそ見えね春は来にけり

0005
入道前関白太政大臣(藤原兼実)、右大臣に侍りける時、百首哥よませ侍りけるに、立春の心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  けふといへばもろこしまでもゆく春を都にのみと思ひけるかな

0006
題しらず
 俊恵法師
  春といへばかすみにけりなきのふまで波間に見えし淡路島山

0007
(題しらず)
 西行法師
  岩間とぢし氷もけさはとけそめて苔のしたみづ道もとむらむ

0008
(題しらず)
 読人しらず
  風まぜに雪はふりつつしかすがに霞たなびき春は来にけり

0009
(題しらず)
 (読人しらず)
  時はいまは春になりぬとみ雪ふる遠き山べに霞たなびく

0010
堀河院御時百首哥奉りけるに、残りの雪の心をよみ侍りける
 権中納言国信(源国信)
  春日野の下もえわたる草の上につれなく見ゆる春のあは雪

0011
題しらず
 山辺赤人
  あすからは若菜つまむとしめし野にきのふもけふも雪はふりつつ

0012
天暦御時屏風哥
 壬生忠見
  春日野の草はみどりになりにけり若菜摘まむとたれかしめけむ

0013
崇徳院に百首哥奉りける時、春の哥
 前参議教長(藤原教長)
  若菜つむ袖とぞ見ゆる春日野の飛火の野辺の雪のむらぎえ

0014
延喜御時の屏風に
 紀貫之
  ゆきて見ぬ人もしのべと春の野のかたみにつめる若菜なりけり

0015
述懐百首哥よみ侍りけるに、若菜
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  沢に生ふる若菜ならねどいたづらに年をつむにも袖は濡れけり

0016
日吉社によみて奉りける子日の哥
 (藤原俊成)
  さざなみやしがの浜松ふりにけりたがよにひけるねの日なるらむ

0017
百首奉りし時
 藤原家隆朝臣
  谷川のうち出づる波も声たてつ鶯さそへ春の山風

0018
和哥所にて、関路鶯といふことを
 太上天皇(後鳥羽院)
  鶯の鳴けどもいまだふる雪に杉の葉しろき逢坂の山

0019
堀河院に百首哥奉りける時、のこりのゆきの心をよみ侍りける
 藤原仲実朝臣
  春きては花とも見よと片岡の松の上葉にあは雪ぞ降る

0020
題しらず
 中納言家持(大伴家持)
  巻向の檜原のいまだくもらねば小松が原にあは雪ぞふる

0021
(題しらず)
 読人しらず
  いまさらに雪ふらめやもかげろふのもゆる春日となりにしものを

0022
(題しらず)
 凡河内躬恒
  いづれをか花とはわかむふるさとの春日の原にまだきえぬ雪

0023
家の百首哥合に、余寒の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  空はほを霞みもやらず風さえて雪げにくもる春の夜の月

0024
和哥所にて、春山月といふ心をよめる
 越前(大中臣公親女)
  山ふかみなほかげ寒し春の月空かきくもり雪はふりつつ

0025
詩をつくらせて哥に合はせ侍りしに、水郷春望といふことを
 左衛門督通光(源通光)
  三島江や霜もまだひぬ蘆の葉につのぐむほどの春風ぞ吹く

0026
(詩をつくらせて哥に合はせ侍りしに、水郷春望といふことを)
 藤原秀能
  夕月夜しほ満ちくらし難波江の蘆の若葉にこゆる白波

0027
春の哥とて
 西行法師
  降りつみし高嶺のみ雪とけにけり清滝川の水の白波

0028
(春の哥とて)
 源重之
  梅が枝にものうきほどに散る雪を花ともいはじ春の名だてに

0029
(春の哥とて)
 山辺赤人
  あづさゆみはる山ちかく家居してたえず聞きつる鶯の声

0030
(春の哥とて)
 読人しらず
  梅が枝に鳴きてうつろふうぐひすの羽根しろたへにあは雪ぞふる

0031
百首哥奉りし時
 惟明親王
  鶯の涙のつららうちとけて古巣ながらや春をしるらむ

0032
題しらず
 志貴皇子
  岩そそくたるみの上のさわらびのもえ出づる春になりにけるかな

0033
百首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  あまの原富士のけぶりの春の色の霞になびくあけぼのの空

0034
崇徳院に百首哥奉りける時
 藤原清輔朝臣
  朝霞深く見ゆるやけぶり立つ室の八島のわたりなるらむ

0035
晩霞といふことをよめる
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  なごの海の霞のまよりながむれば入る日をあらふ沖つ白波

0036
をのこども詩をつくりて哥に合はせ侍りしに、水郷春望といふことを
 太上天皇(後鳥羽院)
  見わたせば山もとかすむ水無瀬川夕べは秋となに思ひけむ

0037
摂政太政大臣家百首哥合に、春の曙といふ心をよみ侍りける
 藤原家隆朝臣
  かすみたつ末の松山ほのぼのと波にはなるる横雲の空

0038
守覚法親王、五十首哥よませ侍りけるに
 藤原定家朝臣
  春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空

0039
如月まで梅の花咲き侍らざりける年、よみ侍りける
 中務(敦慶親王女)
  しるらめや霞の空をながめつつ花もにほはぬ春をなげくと

0040
守覚法親王家五十首哥に
 藤原定家朝臣
  大空は梅のにほひに霞みつつくもりもはてぬ春の夜の月

0041
題しらず
 宇治前関白太政大臣(藤原頼通)
  折られけりくれなゐにほふ梅の花けさ白妙に雪はふれれど

0042
垣根の梅をよみ侍りける
 藤原敦家朝臣
  あるじをばたれともわかず春はただ垣根の梅をたづねてぞみる

0043
梅花遠薫といへる心をよみ侍りける
 源俊頼朝臣
  心あらばとはましものを梅の花たが里よりかにほひ来つらむ

0044
百首哥奉りし時
 藤原定家朝臣
  梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ

0045
(百首哥奉りし時)
 藤原家隆朝臣
  梅が香に昔をとへば春の月こたへぬ影ぞ袖にうつれる

0046
千五百番の哥合に
 右衛門督通具(源通具)
  梅の花たが袖ふれしにほひぞと春や昔の月にとはばや

0047
(千五百番の哥合に)
 皇太后宮大夫俊成女
  梅の花あかぬ色香も昔にておなじ形見の春の夜の月

0048
梅の花にそへて大弐三位につかはしける
 権中納言定頼(藤原定頼)
  見ぬ人によそへて見つる梅の花散りなむのちのなぐさめぞなき

0049
返し
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
  春ごとに心をしむる花のえにたがなほざりの袖かふれけむ

0050
二月雪落衣といふことをよみ侍りける
 康資王母
  梅散らす風もこえてや吹きつらむかほれる雪の袖に乱るる

0051
題しらず
 西行法師
  とめ来かし梅さかりなるわが宿をうときも人は折にこそよれ

0052
百首哥奉りしに、春の哥
 式子内親王
  ながめつるけふは昔になりぬとも軒ばの梅は我を忘るな

0053
土御門内大臣(源通親)の家に、梅香留袖といふ事をよみ侍りけるに
 藤原有家朝臣
  散りぬればにほひばかりを梅の花ありとや袖に春風の吹く

0054
題しらず
 八条院高倉
  ひとりのみながめて散りぬ梅の花しるばかりなる人はとひこで

0055
文集嘉陵春夜詩、不明不暗朧々月といへることをよみ侍りける
 大江千里
  照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしく物ぞなき

0056
祐子内親王藤壺に住み侍りけるに、女房、上人など、さるべきかぎり物語りして、春秋のあはれ、いづれにか心ひくなど、あらそひ侍りけるに、人びとおほく秋に心をよせ侍りければ
 菅原孝標女
  あさみどり花もひとつにかすみつつおぼろに見ゆる春の夜の月

0057
百首哥奉りし時
 源具親
  難波潟霞まぬ波もかすみけりうつるも曇るおぼろ月夜に

0058
摂政太政大臣家百首哥合に
 寂蓮法師
  いまはとてたのむの雁もうちわびぬおぼろ月夜のあけぼのの空

0059
刑部卿頼輔、哥合し侍りけるに、よみてつかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  聞く人ぞ涙はおつる帰る雁鳴きてゆくなるあけぼのの空

0060
題しらず
 読人しらず
  ふるさとに帰る雁がねさよふけて雲路にまよふ声聞こゆなり

0061
帰る雁を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  忘るなよたのむの沢をたつ雁も稲葉の風の秋の夕暮れ

0062
百首哥奉りし時
 (藤原良経)
  かへる雁いまはの心有明と花との名こそをしけれ

0063
守覚法親王の五十首哥に
 藤原定家朝臣
  霜まよふ空にしをれしかりがねの帰るつばさに春雨ぞふる

0064
閑中春雨といふことを
 大僧正行慶
  つくづくと春のながめのさびしきはしのぶに伝ふ軒の玉水

0065
寛平御時后の宮の哥合哥
 伊勢
  水のおもにあや織りみだる春雨や山のみどりをなべて染むらむ

0066
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  ときはなる山の岩根にむす苔の染めぬみどりに春雨ぞふる

0067
清輔朝臣のもとにて、雨中苗代といふことをよめる
 勝命法師
  雨ふれば小田のますらをいとまあれやなはしろ水を空にまかせて

0068
延喜御時屏風に
 凡河内躬恒
  春雨の降りそめしより青柳の糸のみどりぞ色まさりける

0069
題しらず
 太宰大弐高遠(藤原高遠)
  うちなびき春は来にけり青柳の影ふむ道に人のやすらふ

0070
(題しらず)
 輔仁親王
  み吉野の大川野への古柳かげこそ見えね春めきにけり

0071
百首哥の中に
 崇徳院御哥
  あらし吹く岸の柳のいなむしろおりしく波にまかせてぞみる

0072
建仁元年三月哥合に、霞隔遠樹といふことを
 権中納言公経(西園寺公経)
  高瀬さす六田の淀のやなぎはらみどりも深く霞む春かな

0073
百首哥よみ侍りける時、春哥とてよめる
 殷富門院大輔
  春風の霞吹きとく絶えまより乱れてなびく青柳の糸

0074
千五百番哥合に、春哥
 藤原雅経
  白雲の絶えまになびく青柳の葛城山に春風ぞ吹く

0075
(千五百番哥合に、春哥)
 藤原有家朝臣
  青柳の糸に玉ぬく白露のしらずいくよの春か経ぬらむ

0076
(千五百番哥合に、春哥)
 宮内卿(源師光女)
  うすくこき野辺のみどりの若草に跡まで見ゆる雪のむらぎえ

0077
題しらず
 曾禰好忠
  荒小田の去年のふるあとのふるよもぎ今は春べとひこばへにけり

0078
(題しらず)
 壬生忠見
  焼かずとも草はもえなむ春日野をただ春の日にまかせたらなむ

0079
(題しらず)
 西行法師
  吉野山桜が枝に雪散りて花おそげなる年にもあるかな

0080
白河院、鳥羽におはしましける時、人々、山家待花といへる心をよみ侍りけるに
 藤原隆時朝臣
  桜花咲かばまづ見むと思ふまに日数へにけり春の山里

0081
亭子院哥合哥
 紀貫之
  わが心春の山べにあくがれてながながし日を今日もくらしつ

0082
摂政太政大臣家百首哥合に、野遊の心を
 藤原家隆朝臣
  思ふどちそこともしらずゆきくれぬ花の宿かせ野辺の鶯

0083
百首哥奉りしに
 式子内親王
  いま桜咲きぬと見えてうす曇り春にかすめる世のけしきかな

0084
題しらず
 読人しらず
  ふして思ひ起きてながむる春雨に花のしたひもいかにとくらむ

0085
(題しらず)
 中納言家持(大伴家持)
  行かむ人来む人しのべ春霞立田の山の初桜花

0086
花哥とてよみ侍りける
 西行法師
  吉野山こぞのしをりの道かへてまだ見ぬかたの花をたづねむ

0087
和哥所にて哥つかうまつりしに、春の哥とてよめる
 寂蓮法師
  葛城や高間の桜咲きにけり立田の奥にかかる白雲

0088
題しらず
 読人しらず
  石の上ふるき都を来てみれば昔かざしし花咲きにけり

0089
(題しらず)
 源公忠朝臣
  春にのみとしはあらなむ荒小田をかへすがへすも花を見るべく

0090
八重桜を折りて、人のつかはして侍りければ
 道命法師
  白雲の立田の山の八重桜いづれを花とわきて折りけむ

0091
百首哥奉りし時
 藤原定家朝臣
  白雲の春はかさねて立田山をぐらの峰に花にほふらし

0092
題しらず
 藤原家衡朝臣
  吉野山花やさかりににほふらむふるさとさえぬ峰の白雪

0093
和哥所哥合に、羇旅花といふことを
 藤原雅経
  岩根ふみかさなる山をわけすてて花もいくへの跡の白雲

0094
五十首哥奉りし時
 (藤原雅経)
  たづね来て花にくらせる木の間より待つとしもなき山の端の月

0095
故郷花といへる心を
 前大僧正慈円
  散り散らず人もたづねぬふるさとの露けき花に春風ぞ吹く

0096
千五百番哥合に
 右衛門督通具(源通具)
  石の上布留野の桜たれうゑて春は忘れぬ形見なるらむ

0097
(千五百番哥合に)
 正三位季能(藤原季能)
  花ぞ見るみちのしばくさふみわけてよしのの宮の春のあけぼの

0098
(千五百番哥合に)
 藤原有家朝臣
  朝日かげにほへる山の桜花つれなくきえぬ雪かとぞ見る

巻第二

春哥下

0099
釈阿、和哥所にて九十賀し侍りし折、屏風に、山に桜咲きたる所を
 太上天皇(後鳥羽院)
  桜咲くとほ山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな

0100
千五百番哥合に、春哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  いくとせの春に心をつくしきぬあはれと思へみ吉野の花

0101
百首哥に
 式子内親王
  はかなくて過ぎにし片岡ぞふれば花にもの思ふ春ぞへにける

0102
内大臣に侍りける時、望山花といへる心をよみ侍りける
 京極前関白太政大臣(藤原師実)
  白雲のたなびく山の山桜いづれを花と行きて折らまし

0103
祐子内親王家にて、人々花哥よみ侍りけるに
 権大納言長家(藤原長家)
  花の色にあまぎる霞たちまよひ空さへにほふ山桜かな

0104
題しらず
 赤人(山部赤人)
  ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日もくらしつ

0105
(題しらず)
 在原業平朝臣
  花にあかぬなげきはいつもせしかども今日の今宵に似る時はなし

0106
(題しらず)
 凡河内躬恒
  いもやすく寝られざりけり春の夜は花の散るのみ夢に見えつつ

0107
(題しらず)
 伊勢
  山桜散りてみ雪にまがひなばいづれか花と春に問はなむ

0108
(題しらず)
 紀貫之
  わが宿のものなりながら桜花散るをばえこそとどめざりけれ

0109
寛平御時后の宮の哥合に
 読人しらず
  霞たつ春の山べに桜花あかず散るとや鶯のなく

0110
題しらず
 赤人(山部赤人)
  春雨はいたくなふりそ桜花まだ見ぬ人に散らまくも惜し

0111
(題しらず)
 紀貫之
  花の香に衣はふかくなりにけり木の下かげの風のまにまにまに

0112
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成女
  風かよふ寝覚めの袖の花の香にかほる枕の春の夜の夢

0113
守覚法親王、五十首哥よませ侍りける時
 藤原家隆朝臣
  このほどはしるもしらぬも玉鉾のゆきかふ袖は花の香ぞする

0114
摂政太政大臣家に五首哥よみ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  またや見む交野のみ野の桜がり花の雪散る春のあけぼの

0115
花の哥よみ侍りけるに
 祝部成仲
  散り散らずおぼつかなきは春霞たなびく山の桜なりけり

0116
山里にまかりてよみ侍りける
 能因法師
  山里の春の夕暮れきてみればいりあひの鐘に花ぞ散りける

0117
題しらず
 恵慶法師
  桜散る春の山べはうかりけり世をのがれにと来しかひもなく

0118
花見侍りける人にさそはれてよみ侍りける
 康資王母
  山桜花のした風吹きにけり木のもとごとの雪のむらぎえ

0119
題しらず
 源重之
  春雨のそほふる空のをやみせず落つる涙に花ぞ散りける

0120
(題しらず)
 (源重之)
  かりがねの帰る羽風やさそふらむ過ぎゆく峰の花ものこらぬ

0121
百首哥めしし時、春哥
 源具親
  時しもあれたのむの雁の別れさへ花散るころのみ吉野の里

0122
見山花といへる心を
 大納言経信(源経信)
  山ふかみ杉のむらだち見えぬまで尾上の風に花の散るかな

0123
堀河院御時百首哥奉りけるに、花哥
 大納言師頼(源師頼)
  木の下のこけの緑も見えぬまで八重散りしける山桜かな

0124
花十首哥よみ侍りけるに
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
  ふもとまで尾上の桜散りこずはたなびく雲と見てやすぎまし

0125
花落客稀といふことを
 刑部卿範兼(藤原範兼)
  花散ればとふ人まれになりはてていとひし風の音のみぞする

0126
題しらず
 西行法師
  ながむとて花にもいたくなれぬれば散る別れこそかなしかりけれ

0127
(題しらず)
 越前(大中臣公親女)
  山里の庭よりほかの道もがな花散りぬやと人もこそとへ

0128
五十首哥奉りし中に、湖上花を
 宮内卿(源師光女)
  花さそふ比良の山風吹きにけりこぎゆく舟のあとみゆるまで

0129
関路花を
 (宮内卿)
  逢坂やこずゑの花を吹くからにあらしぞ霞む関の杉むら

0130
百首哥奉りし、春哥
 二条院讃岐
  山たかみ峰のあらしに散る花の月にあまぎるあけがたの空

0131
百首哥めしける時、春の哥
 崇徳院御哥
  山たかみ岩根の桜散るときは天の羽衣なづるとぞ見る

0132
春日社哥合とて、人々哥よみ侍りけるに
 刑部卿頼輔(藤原頼輔)
  散りまがふ花のよそめは吉野山あらしにさわぐ峰の白雲

0133
最勝四天王院の障子に、吉野山かきたる所
 太上天皇(後鳥羽院)
  み吉野の高嶺の桜散りにけりあらしも白き春のあけぼの

0134
千五百番哥合に
 藤原定家朝臣
  桜色の庭の春風あともなしとはばぞ人の雪とだに見む

0135
ひととせ忍びて大内の花見にまかりて侍りしに、庭に散りて侍りし花を硯の蓋に入れて、摂政のもとにつかはし侍りし
 太上天皇(後鳥羽院)
  今日だにも庭を盛りとうつる花消えずはありとも雪かとも見よ

0136
返し
 摂政太政大臣(藤原良経)
  さそはれぬ人のためとや残りけむあすよりさきの花の白雪

0137
家の八重桜を折らせて、惟明親王のもとにつかはしける
 式子内親王
  八重にほふ軒ばの桜うつろひぬ風よりさきにとふ人もがな

0138
返し
 惟明親王
  つらきかなうつろふまでに八重桜とへともいはですぐる心は

0139
五十首哥奉りし時
 藤原家隆朝臣
  桜花夢かうつつか白雲の絶えてつねなき峰の春風

0140
題しらず
 皇太后宮大夫俊成女
  うらみずやうき世を花のいとひつつさそふ風あらばと思ひけるをば

0141
(題しらず)
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  はかなさをほかにもいはじ桜花咲きては散りぬあはれ世の中

0142
入道前関白太政大臣(藤原兼実)家に、百首哥よませ侍りける時
 俊恵法師
  ながむべき残りの春をかぞふれば花とともにも散る涙かな

0143
花の哥とてよめる
 殷富門院大輔
  花もまた別れむ春は思ひ出でよ咲き散るたびの心づくしを

0144
千五百番哥合に
 左近中将良平(藤原良平)
  散る花の忘れがたみの峰の雲そをだに残せ春の山風

0145
落花といふことを
 藤原雅経
  花さそふ名残を雲に吹きとめてしばしはにほへ春の山風

0146
題しらず
 後白河院御哥
  をしめども散りはてぬれば桜花いまはこずゑをながむばかりぞ

01980
太神宮に百首哥奉り侍りし中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  いかがせむ世にふるながめ柴の戸にうつろふ花の春の暮れがた

0147
残春の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  吉野山花のふるさと跡たえてむなしき枝に春風ぞ吹く

0148
題しらず
 大納言経信(源経信)
  ふるさとの花のさかりは過ぎぬれど面影さらぬ春の空かな

0149
百首哥の中に
 式子内親王
  花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞ降る

0150
小野宮のおほきおほいまうちぎみ、月輪寺花見侍りける日よめる
 清原元輔
  誰がためか明日は残さむ山桜こぼれてにほへ今日のかたみに

0151
曲水宴をよめる
 中納言家持(大伴家持)
  唐人の舟を浮かべて遊ぶてふ今日ぞ我がせこ花かづらせよ

0152
紀貫之、曲水宴し侍りける時、月入花灘暗といふことをよみ侍りける
 坂上是則
  花流す瀬をも見るべき三日月のわれて入りぬる山のをちかた

0153
雲林院の桜見にまかりけるに、みな散りはてて、わづかに片枝に残りて侍りければ
 良暹法師
  尋ねつる花も我が身もおとろへて後の春ともえこそちぎらね

0154
千五百番哥合に
 寂蓮法師
  思ひ立つ鳥は古巣も頼むらむなれぬる花のあとの夕暮れ

0155
(千五百番哥合に)
 (寂蓮)
  散りにけりあはれ恨みのたれなれば花のあととふ春の山風

0156
(千五百番哥合に)
 権中納言公経(西園寺公経)
  春深くたづね入るさの山の端にほの見し雲の色ぞ残れる

0157
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  初瀬山うつろふ花に春くれてまがひし雲ぞ峰に残れる

0158
(百首哥奉りし時)
 藤原家隆朝臣
  吉野川岸の山吹咲きにけり峰の桜は散りはてぬらむ

0159
(百首哥奉りし時)
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  駒とめてなほ水かはむ山吹の花の露そふ井手の玉川

0160
堀河院御時、百首哥奉りける時
 権中納言国信(源国信)
  岩根こす清滝川のはやければ波折りかくる岸の山吹

0161
題しらず
 山部赤人
  恋しくは形見にせむとわが宿にうゑし藤波いまさかりなり

0162
延喜十三年亭子院哥合の哥
 藤原興風
  あしびきの山吹の花散りにけり井手のかはづは今や鳴くらむ

0163
飛香舎にて藤花宴侍りけるに
 延喜御哥(醍醐天皇)
  かくてこそ見まくほしけれよろづ代をかけてにほへる藤波の花

0164
天暦四年三月十四日、藤壺にわたらせ給ひて、花惜しませ給ひけるに
 天暦御哥(村上天皇)
  まとゐして見れどもあかぬ藤波のたたまく惜しき今日にもあるかな

0165
清慎公家屏風に
 紀貫之
  暮れぬとは思ふものから藤の花咲ける宿には春ぞひさしき

0166
藤の松にかかれるをよめる
 (紀貫之)
  みどりなる松にかかれる藤なれどをのがころとぞ花は咲きける

0167
春の暮れつかた、実方朝臣のもとにつかはしける
 藤原道信朝臣
  散り残る花もやあるとうちむれてみ山隠れをたづねてしかな

0168
修業し侍りけるころ、春の暮れによめる
 大僧正行尊
  木のもとのすみかも今はあれぬべし春し暮れなばたれかとひこむ

0169
五十首哥奉りし時
 寂蓮法師
  暮れてゆく春のみなとはしらねども霞に落つる宇治の柴舟

0170
山家三月尽をよみ侍りける
 藤原伊綱
  来ぬまでも花ゆゑ人の待たれつる春も暮れぬるみ山辺の里

0171
題しらず
 皇太后宮大夫俊成女
  石の上布留のわさ田をうちかへし恨みかねたる春の暮れかな

0172
寛平御時后の宮の哥合哥
 読人しらず
  待てといふにとまらぬものとしりながらしひてぞ惜しき春の別れは

0173
山家暮春といへる心を
 宮内卿(源師光女)
  柴の戸にさすや日影の名残なく春暮れかかる山の端の雲

0174
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  あすよりは志賀の花園まれにだにたれかはとはむ春のふるさと

巻第三

夏哥

0175
題しらず
 持統天皇御哥
  春過ぎて夏きにけらし白栲の衣ほすてふ天の香具山

0176
(題しらず)
 素性法師
  惜しめどもとまらぬ春もあるものをいはぬに来たる夏衣かな

0177
更衣をよみ侍りける
 前大僧正慈円
  散りはてて花の陰なき木のもとにたつことやすき夏衣かな

0178
春を送りてきのふのごとしといふことを
 源道済
  夏衣きていくかにかなりぬらむのこれる花は今日も散りつつ

0179
夏のはじめのうたとてよみ侍りける
 皇太后宮大夫俊成女
  折ふしもうつればかへつ世の中の人の心の花染めの袖

0180
卯花如月といへる心をよませ給ける
 白河院御哥
  卯の花のむらむら咲ける垣根をば雲間の月のかげかとぞ見る

0181
題しらず
 大宰大弐重家(藤原重家)
  卯の花の咲きぬるときは白妙の波もてゆへる垣根とぞ見る

0182
斎院に侍りける時、神だちにて
 式子内親王
  忘れめやあふひを草にひき結びかりねの野辺の露のあけぼの

0183
葵をよめる
 小侍従(石清水別当光清女)
  いかなればその神山のあふひ草年はふれども二葉なるらむ

0184
最勝四天王院の障子に、あさかのぬまかきたる所
 藤原雅経朝臣
  野辺はいまだあさかの沼に刈る草のかつ見るままに茂るころかな

0185
崇徳院に百首哥奉りける時、夏哥
 待賢門院安芸
  桜麻のをふの下草茂れただあかで別れし花の名なれば

0186
題しらず
 曾禰好忠
  花散りし庭の木の葉もしげりあひてあまてる月の影ぞまれなる

0187
(題しらず)
 (曾禰好忠)
  かりに来と恨みし人の絶えにしを草葉につけてしのぶころかな

0188
(題しらず)
 藤原元真
  夏草は茂りにけりなたまぼこの道行き人も結ぶばかりに

0189
(題しらず)
 延喜御哥(醍醐天皇)
  夏草は茂りりにけれどほととぎすなど我が宿に一声もせぬ

0190
(題しらず)
 柿本人麻呂
  鳴く声をえやは忍ばぬほととぎすはつ卯の花の陰にかくれて

0191
賀茂にまうでて侍りけるに、人の、ほととぎす鳴かなむと申しけるあけぼの、片岡の梢をかしく見え侍りければ
 紫式部
  ほととぎす声待つほどは片岡のもりのしづくに立ちやぬれまし

0192
かもにこもりたりけるあかつき、郭公のなきければ
 弁乳母(順時女明子)
  ほととぎすみ山出づなる初声をいづれの宿のたれか聞くらむ

0193
題しらず
 読人しらず
  さつき山卯の花月夜ほととぎす聞けどもあかずまた鳴かむかも

0194
(題しらず)
 (読人しらず)
  おのが妻恋ひつつ鳴くや五月闇神南備山のやまほととぎす

0195
(題しらず)
 中納言家持(大伴家持)
  ほととぎす一声鳴きていぬる夜はいかでか人のいを安く寝る

0196
(題しらず)
 大中臣能宣朝臣
  ほととぎす鳴きつつ出づるあしびきのやまと撫子咲きにけらしも

0197
(題しらず)
 大納言経信(源経信)
  二声と鳴きつと聞かばほととぎす衣かたしきうたた寝はせむ

0198
待客聞郭公といへる心を
 白河院御哥
  ほととぎすまだうちとけぬ忍び音は来ぬ人を待つ我のみぞ聞く

0199
題しらず
 花園左大臣(源有仁)
  聞きてしもなほぞ寝られぬほととぎす待ちし夜ごろの心ならひに

0200
神だちにて郭公を聞きて
 前中納言匡房(大江匡房)
  卯の花の垣根ならねどほととぎす月の桂のかげに鳴くなり

0201
入道前関白、右大臣に侍りける時、百首哥よませ侍りける郭公の哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  昔思ふ草の庵の夜の雨に涙な添へそ山ほととぎす

0202
(入道前関白、右大臣に侍りける時、百首哥よませ侍りける郭公の哥)
 (藤原俊成)
  雨そそく花橘に風すぎて山ほととぎす雲に鳴くなり

0203
題しらず
 相模
  聞かでただ寝なましものをほととぎす中なかなりやよはの一声

0204
(題しらず)
 紫式部
  たが里もとひもやくるとほととぎす心のかぎり待ちぞわびにし

0205
寛治八年前太政大臣高陽院哥合に、郭公を
 周防内侍
  夜をかさね待ちかね山のほととぎす雲居のよそに一声ぞ聞く

0206
海辺郭公といふことをよみ侍りける
 按察使公通(藤原公通)
  二声と聞かずは出でじほととぎす幾夜明かしのとまりなりとも

0207
百首哥奉りし時、夏哥の中に
 民部卿範光(藤原範光)
  ほととぎすなほ一声は思ひ出でよ老曾の杜のよはの昔を

0208
時鳥をよめる
 八条院高倉
  一声は思ひぞあへぬほととぎすたそかれ時の雲のまよひに

0209
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  有明のつれなく見えし月は出でぬ山ほととぎす待つ夜ながらに

0210
後徳大寺左大臣家に十首哥よみ侍りけるに、よみてつかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  わが心いかにせよとてほととぎす雲間の月の影に鳴くらむ

0211
郭公の心をよみ侍りける
 前太政大臣(藤原頼実)
  ほととぎす鳴きているさの山の端は月ゆゑよりも恨めしきかな

0212
(題しらず)
 権中納言親宗(平親宗)
  有明の月は待たぬに出でぬれどなほ山深きほととぎすかな

0213
杜間郭公といふことを
 藤原保季朝臣
  すぎにけり信太の森のほととぎす絶えぬしづくを袖に残して

0214
題しらず
 藤原家隆朝臣
  いかにせむ来ぬ夜あまたのほととぎす待たじと思へば村雨の空

0215
百首哥奉りしに
 式子内親王
  声はして雲路にむせぶほととぎす涙やそそく宵の村雨

0216
千五百番哥合に
 権中納言公経(西園寺公経)
  ほととぎすなほうとまれぬ心かな汝が鳴くさとのよその夕暮れ

0217
題しらず
 西行法師
  聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉のむらだち

0218
(題しらず)
 (西行)
  ほととぎす深き峰より出でにけり外山のすそに声の落ちくる

0219
山家暁郭公といへる心を
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  を笹ふくしづのまろやのかりの戸を明け方になくほととぎすかな

0220
五首哥人々によませ侍りける時、夏の哥とてよみ侍りける
 摂政太政大臣(藤原良経)
  うちしめりあやめぞかほるほととぎす鳴くや五月の雨の夕暮れ

0221
述懐によせて百首哥よみ侍りける時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  今日はまたあやめのねさへかけそへて乱れぞまさる袖の白玉

0222
五月五日、薬玉つかはして侍りける人に
 大納言経信(源経信)
  あかなくに散りにし花のいろいろは残りにけりな君がたもとに

0223
局並びに住み侍りける頃、五月六日もろともにながめ明かして、朝に長き根をつつみて、紫式部につかはしける
 上東門院小少将
  なべて世のうきになかるるあやめ草今日までかかるねはいかが見る

0224
返し
 紫式部
  なにごととあやめはわかで今日もなほたもとにあまるねこそ絶えせね

0225
山畦早苗といへる心を
 大納言経信(源経信)
  早苗とる山田のかけひもりにけりひくしめなわに露ぞこぼるる

0226
釈阿に九十賀給ひ侍りし時、屏風に、五月雨
 摂政太政大臣(藤原良経)
  小山田に引くしめなわのうちはへて朽ちやしぬらむ五月雨のころ

0227
題しらず
 伊勢大輔
  いかばかり田子の裳裾もそぼつらむ雲間も見えぬころの五月雨

0228
(題しらず)
 大納言経信(源経信)
  三島江の入り江のまこも雨ふればいとどしをれて刈る人もなし

0229
(題しらず)
 前中納言匡房(大江匡房)
  まこも刈る淀の沢水深けれど底まで月の影は澄みけり

0230
雨中木繁といふ心を
 藤原基俊
  玉柏しげりにけりな五月雨に葉守の神のしめわぶるまで

0231
百首哥よませ侍りけるに
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  五月雨はおふの川原のまこも草刈らでや波の下に朽ちなむ

0232
五月雨の心を
 藤原定家朝臣
  たまぼこの道行き人のことつても絶えてほどふる五月雨の空

0233
(五月雨の心を)
 荒木田氏良
  五月雨の雲の絶え間をながめつつ窓より西に月を待つかな

0234
百首哥奉りし時
 前大納言忠良(藤原忠良)
  あふち咲くそともの木陰露落ちて五月雨はるる風わたるなり

0235
五十首哥奉りし時
 藤原定家朝臣
  五月雨の月はつれなきみ山よりひとりも出づるほととぎすかな

0236
太神宮に奉りし夏の哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  ほととぎす雲居のよそに過ぎぬなり晴れぬ思ひの五月雨のころ

0237
建仁元年三月哥合に、雨後郭公といへる心を
 二条院讃岐
  五月雨の雲間の月の晴れゆくをしばし待ちけるほととぎすかな

0238
題しらず
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  たれかまた花橘に思ひ出でむ我も昔の人となりなば

0239
(題しらず)
 右衛門督通具(源通具)
  ゆく末をたれしのべとてゆふ風にちぎりかおかむ宿の橘

0240
百首哥奉りし時、夏哥
 式子内親王
  帰り来ぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘

0241
(百首哥奉りし時、夏哥)
 前大納言忠良(藤原忠良)
  橘の花散る軒のしのぶ草昔をかけて露ぞこぼるる

0242
五十首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  五月闇短き夜半のうたた寝に花橘の袖にすずしき

0243
題しらず
 読人しらず
  たづぬべき人は軒ばのふるさとにそれかとかほる庭の橘

0244
(題しらず)
 (読人しらず)
  ほととぎす花橘の香をとめて鳴くは昔の人や恋しき

0245
(題しらず)
 皇太后宮大夫俊成女
  橘のにほふあたりのうたた寝は夢も昔の袖の香ぞする

0246
(題しらず)
 藤原家隆朝臣
  今年より花咲きそむる橘のいかで昔の香ににほふらむ

0247
守覚法親王、五十首哥よませ侍りける時
 藤原定家朝臣
  夕暮れはいづれの雲の名残とて花橘に風の吹くらむ

0248
堀河院御時后の宮にて、閏五月郭公といふ心を、をのこどもつかうまつりけるに
 権中納言国信
  ほととぎす五月水無月わきかねてやすらふ声ぞ空に聞こゆる

0249
題しらず
 白河院御哥
  庭のおもは月もらぬまでなりにけりこずゑに夏の陰茂りつつ

0250
(題しらず)
 恵慶法師
  我が宿のそともに立てる楢の葉の茂みにすずむ夏は来にけり

0251
摂政太政大臣家百首哥合に、鵜河をよみ侍りける
 前大僧正慈円
  鵜飼ひ舟あはれとぞ見るもののふの八十宇治川の夕闇の空

0252
(摂政太政大臣家百首哥合に、鵜河をよみ侍りける)
 寂蓮法師
  鵜飼ひ舟高瀬さしこすほどなれやむすぼほれゆくかがり火の影

0253
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  大井川かがりさしゆく鵜飼ひ舟幾瀬に夏の夜を明かすらむ

0254
(千五百番哥合に)
 藤原定家朝臣
  ひさかたの中なる川の鵜飼ひ舟いかにちぎりて闇を待つらむ

0255
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  いさり火の昔の光ほの見えて芦屋の里に飛ぶ蛍かな

0256
(百首哥奉りし時)
 式子内親王
  窓近き竹の葉すさむ風の音にいとど短きうたた寝の夢

0257
鳥羽にて竹風夜涼といへることを人々つかうまつりし時
 春宮大夫公継(藤原公継)
  窓近きいささむら竹風吹けば秋におどろく夏の夜の夢

0258
五十首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  結ぶ手に影乱れゆく山の井のあかでも月のかたぶきにける

0259
最勝四天王院の障子に、きよみが関かきたるところ
 権大納言通光(源通光)
  清見潟月はつれなき天の戸を待たでもしらむ浪の上かな

0260
家百首哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  重ねてもすずしかりけり夏衣薄きたもとに宿る月影

0261
摂政太政大臣家にて詩哥をあはせけるに、水辺冷自秋といふことを
 有家朝臣(藤原有家)
  すずしさは秋やかへりて初瀬川古川のべの杉のしたかげ

0262
題しらず
 西行法師
  道のべに清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ

0263
(題しらず)
 (西行)
  よられつる野もせの草のかげろひてすずしくくもる夕立の空

0264
崇徳院に百首哥奉りける時
 藤原清輔朝臣
  おのづからすずしくもあるか夏衣日も夕暮れの雨の名残に

0265
千五百番哥合に
 権中納言公経(西園寺公経)
  露すがる庭の玉笹うちなびきひとむら過ぎぬ夕立の雲

0266
雲隔遠望といへる心をよみ侍りける
 源俊頼朝臣
  とをちには夕立すらしひさかたの天の香具山雲がくれゆく

0267
夏月をよめる
 従三位頼政(源頼政)
  庭の面はまだかはかぬに夕立の空さりげなくすめる月かな

0268
百首哥の中に
 式子内親王
  夕立の雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山にひぐらしの声

0269
千五百番哥合に
 前大納言忠良(藤原忠良)
  夕づく日さすや庵の柴の戸にさびしくもあるかひぐらしの声

0270
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  秋近きけしきのもりに鳴く蝉の涙の露や下葉そむらむ

0271
(百首哥奉りし時)
 二条院讃岐
  鳴く蝉の声もすずしき夕暮れに秋をかけたるもりの下露

0272
蛍の飛びのぼるを見てよみ侍りける
 壬生忠見
  いづちとかよるは蛍ののぼるらむ行く方しらぬ草の枕に

0273
五十首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  蛍とぶ野沢に茂る蘆の根のよなよな下にかよふ秋風

0274
刑部卿頼輔哥合し侍りけるに、納涼をよめる
 俊恵法師
  ひさぎ生ふるかた山かげに忍びつつ吹きけるものを秋の夕風

0275
瞿麦露滋といふことを
 高倉院御哥
  白露の玉もてゆへるませのうちに光さへそふ常夏の花

0276
ゆふがほをよめる
 前太政大臣(藤原頼実)
  白露のなさけおきける言の葉やほのぼの見えし夕顔の花

0277
百首哥よみ侍りける中に
 式子内親王
  たそかれの軒ばの荻にともすればほに出でぬ秋ぞしたに言問ふ

0278
夏の哥とてよみ侍りける
 前大僧正慈円
  雲まよふ夕べに秋をこめながら風もほに出でぬ荻の上かな

0279
太神宮に奉りし夏哥中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  山里の峰の雨雲とだえして夕べすずしきまきの下露

0280
文治六年女御入内屏風に
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  岩井くむあたりのを笹玉越えてかつがつ結ぶ秋の夕露

0281
千五百番哥合に
 宮内卿(源師光女)
  片枝さすをふの浦なし初秋になりもならずも風ぞ身にしむ

0282
百首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  夏衣かたへすずしくなりぬなり夜やふけぬらむゆきあひの空

0283
延喜御時、月次屏風に
 壬生忠岑
  夏はつる扇と秋の白露といづれかさきにおきまさるらむ

0284
(延喜御時、月次屏風に)
 紀貫之
  みそぎする川の瀬見れば唐衣日も夕暮れに波ぞ立ちける

巻第四

秋哥上

0285
題しらず
 中納言家持(大伴家持)
  神南備の御室の山の葛かづら浦吹きかへす秋は来にけり

0286
百首哥に、初秋の心を
 崇徳院御哥
  いつしかと荻の葉むけのかたよりにそそや秋とぞ風も聞こゆる

0287
(百首哥に、はつ秋の心を)
 藤原季通朝臣
  この寝ぬる夜のまに秋は来にけらし朝けの風のきのふにも似ぬ

0288
文治六年女御入内屏風に
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  いつも聞くふもとの里と思へどもきのふにかはる山おろしの風

0289
百首哥よみ侍りける中に
 藤原家隆朝臣
  きのふだにとはむと思ひし津の国の生田の杜に秋は来にけり

0290
最勝四天王院の障子に、高砂かきたるところ
 藤原秀能
  吹く風の色こそ見えね高砂の尾上の松に秋は来にけり

0291
百首哥奉りし時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  伏見山松のかげより見わたせばあくる田の面に秋風ぞ吹く

0292
守覚法親王、五十首哥よませ侍りける時
 藤原家隆朝臣
  明けぬるか衣手さむし菅原や伏見の里の秋の初風

0293
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  深草の露のよすがを契りにて里をばかれず秋は来にけり

0294
(千五百番哥合に)
 右衛門督通具(源通具)
  あはれまたいかにしのばむ袖の露野原の風に秋は来にけり

0295
(千五百番哥合に)
 源具親
  しきたへの枕の上に過ぎぬなり露をたづぬる秋の初風

0296
(千五百番哥合に)
 顕昭法師
  水茎の岡の葛葉も色づきてけさうらがなし秋の初風

0297
(千五百番哥合に)
 越前(大中臣公親女)
  秋はただ心よりおく夕露を袖のほかとも思ひけるかな

0298
五十首哥奉りし時、秋哥
 藤原雅経
  きのふまでよそにしのびし下荻の末葉の露に秋風ぞ吹く

0299
題しらず
 西行法師
  おしなべてものを思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風

0300
(題しらず)
 (西行)
  あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風たちぬ宮城野の原

0301
崇徳院に百首哥奉りける時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  みしぶつきうゑし山田にひたはへてまた袖ぬらす秋は来にけり

0302
中納言、中将に侍りける時、家に山家早秋といへる心をよませ侍りけるに
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
  朝霧や立田の山の里ならで秋来にけりとたれか知らまし

0303
題しらず
 中務卿具平親王
  夕暮れは荻吹く風の音まさる今はたいかに寝覚めせられむ

0304
(題しらず)
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  夕されば荻の葉むけをふくかぜにことぞともなく涙落ちけり

0305
崇徳院に百首哥奉りける時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  荻の葉も契りありてや秋風のおとづれそむるつまとなりけむ

0306
題しらず
 七条院権大夫(藤原光綱女)
  秋来ぬと松吹く風もしらせけりかならず荻の上葉ならねど

0307
題を探りて、これかれ哥よみけるに、信太の杜の秋風をよめる
 藤原経衡
  日を経つつ音こそまされ和泉なる信太の杜の千枝の秋風

0308
百首哥に
 式子内親王
  うたた寝の朝けの袖にかはるなりならす扇の秋の初風

0309
題しらず
 相模
  手もたゆくならす扇のおきどころ忘るばかりに秋風ぞ吹く

0310
(題しらず)
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
  秋風は吹きむすべども白露の乱れておかぬ草の葉ぞなき

0311
(題しらず)
 曾禰好忠
  朝ぼらけ荻の上葉の露みればやや肌さむし秋の初風

0312
(題しらず)
 小野小町
  吹き結ぶ風は昔の秋ながらありしにも似ぬ袖の露かな

0313
延喜御時、月次屏風に
 紀貫之
  大空を我もながめて彦星のつま待つ夜さへひとりかも寝む

0314
題しらず
 山部赤人
  この夕べふりつる雨は彦星のとわたる舟のかいのしづくか

0315
宇治前関白太政大臣(藤原頼通)の家に、七夕の心をよみ侍りけるに
 権大納言長家(藤原長家)
  年を経てすむべき宿の池水は星合ひの影も面なれやせむ

0316
花山院御時、七夕の哥つかうまつりけるに
 藤原長能
  袖ひちてわが手に結ぶ水の面に天つ星合ひの空を見るかな

0317
七月七日、七夕祭りする所にて
 祭主輔親(大中臣輔親)
  雲間より星合ひの空を見わたせばしづ心なき天の川波

0318
七夕の哥とてよみ侍りける
 太宰大弐高遠(藤原高遠)
  たなばたの天の羽衣うちかさね寝る夜すずしき秋風ぞ吹く

0319
(七夕の哥とてよみ侍りける)
 小弁(一宮紀伊母)
  たなばたの衣のつまは心して吹きな返しそ秋の初風

0320
(七夕の哥とてよみ侍りける)
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  たなばたのとわたる舟の梶の葉にいく秋書きつ露の玉づさ

0321
百首哥の中に
 式子内親王
  ながむれば衣手すずしひさかたの天の川原の秋の夕暮れ

0322
家に百首哥よみ侍りける時
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  いかばかり身にしみぬらむたなばたのつま待つ宵の天の川風

0323
七夕の心を
 権中納言公経(西園寺公経)
  星合ひの夕べすずしき天の川紅葉の橋をわたる秋風

0324
(七夕の心を)
 待賢門院堀河(源顕仲女)
  たなばたのあふ瀬絶えせぬ天の川いかなる秋か渡りそめけむ

0325
(七夕の心を)
 女御徽子女王
  わくらばに天の川波よるながらあくる空にはまかせずもがな

0326
(七夕の心を)
 大中臣能宣朝臣
  いとどしく思ひ消ぬべしたなばたの別れの袖における白露

0327
中納言兼輔家屏風に
 紀貫之
  たなばたはいまやわかるる天の川川霧たちて千鳥鳴くなり

0328
堀河院御時百首哥の中に、萩をよみ侍りける
 前中納言匡房(大江匡房)
  川水に鹿のしがらみかけてけり浮きて流れぬ秋萩の花

0329
題しらず
 従三位頼政(源頼政)
  狩衣われとはすらじ露しげき野原の萩の花にまかせて

0330
(題しらず)
 権僧正永縁
  秋萩を折らでは過ぎじつき草の花ずり衣露にぬるとも

0331
守覚法親王、五十首哥よませ侍りけるに
 顕昭法師
  萩が花真袖にかけて高円の尾上の宮にひれ振るやたれ

0332
題しらず
 祐子内親王家紀伊
  おく露もしづ心なく秋風に乱れて咲ける真野の萩原

0333
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  秋萩の咲き散る野辺の夕露に濡れつつ来ませ夜はふけぬとも

0334
(題しらず)
 中納言家持(大伴家持)
  さを鹿の朝たつ野辺の秋萩に玉とみるまでおける白露

0335
(題しらず)
 凡河内躬恒
  秋の野をわけゆく露にうつりつつわが衣手は花の香ぞする

0336
(題しらず)
 小野小町
  たれをかも待つ乳の山のをみなへし秋と契れる人ぞあるらし

0337
(題しらず)
 藤原元真
  をみなへし野辺のふるさと思ひ出でて宿りし虫の声や恋しき

0338
千五百番哥合に
 左近中将良平(藤原良平)
  夕されば玉ちる野辺のをみなへし枕さだめぬ秋風ぞ吹く

0339
蘭をよめる
 公猷法師
  ふぢばかま主はたれとも白露のこぼれてにほふ野辺の秋風

0340
崇徳院に百首哥奉りける時
 清輔朝臣(藤原清輔)
  薄霧のまがきの花の朝じめり秋は夕べとたれかいひけむ

0341
入道前関白太政大臣(藤原兼実)、右大臣に侍りける時、百首哥よませ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  いとかくや袖はしほれし野辺にいでて昔も秋の花はみしかど

0342
筑紫に侍りける時、秋の野を見てよみ侍りける
 大納言経信(源経信)
  花見にと人やりならぬ野辺にきて心のかぎり尽くしつるかな

0343
題しらず
 曾禰好忠
  おきて見むと思ひしほどに枯れにけり露よりけなる朝顔の花

0344
(題しらず)
 紀貫之
  山がつの垣ほに咲ける朝顔はしののめならで逢ふよしもなし

0345
(題しらず)
 坂上是則
  うらがるる浅茅が原のかるかやの乱れてものを思ふころかな

0346
(題しらず)
 柿本人麻呂
  さを鹿のいる野のすすき初尾花いつしか妹が手枕にせむ

0347
(題しらず)
 読人しらず
  小倉山ふもとの野辺の花すすきほのかに見ゆる秋の夕暮れ

0348
(題しらず)
 女御徽子女王
  ほのかにも風は吹かなむ花すすきむすぼほれつつ露に濡るとも

0349
百首哥に
 式子内親王
  花すすきまた露深しほにいでてはながめじと思ふ秋のさかりを

0350
摂政太政大臣、百首哥よませ侍りけるに
 八条院六条(源師仲女)
  野辺ごとにおとづれわたる秋風をあだにもなびく花すすきかな

0351
和哥所哥合に、朝草花といふことを
 左衛門督通光(源通光)
  明けぬとて野辺より山にいる鹿のあと吹きおくる萩の下風

0352
題しらず
 前大僧正慈円
  身にとまる思ひを荻の上葉にてこのごろかなし夕暮れの空

0353
崇徳院御時、百首哥めしけるに、萩を
 大蔵卿行宗(源行宗)
  身のほどを思ひつづくる夕暮れの荻の上葉に風わたるなり

0354
秋哥よみ侍りけるに
 源重之女
  秋はただものをこそ思へ露かかる荻の上吹く風につけても

0355
堀河院に百首哥奉りける時
 藤原基俊
  秋風のやや肌寒く吹くなへに荻の上葉の音ぞかなしき

0356
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  荻の葉に吹けばあらしの秋なるを待ちける夜半のさを鹿の声

0357
(百首哥奉りし時)
 (藤原良経)
  おしなべて思ひしことのかずかずになほ色まさる秋の夕暮れ

0358
題しらず
 (藤原良経)
  暮れかかるむなしき空の秋を見ておぼえずたまる袖の露かな

0359
家に百首哥合し侍りけるに
 (藤原良経)
  もの思はでかかる露やは袖におくながめてけりな秋の夕暮れ

0360
をのこども詩を作りて哥にあはせ侍りしに、山路秋行といふことを
 前大僧正慈円
  み山路やいつより秋の色ならむ見ざりし雲の夕暮れの空

0361
題しらず
 寂蓮法師
  さびしさはその色としもなかりけり真木たつ山の秋の夕暮れ

0362
(題しらず)
 西行法師
  心なき身にもあはれは知られけりしぎ立つ沢の秋の夕暮れ

0363
西行法師すすめて百首哥よませ侍りけるに
 藤原定家朝臣
  見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ

0364
五十首哥奉りし時
 藤原雅経
  たへてやは思ひありともいかがせむ葎の宿の秋の夕暮れ

0365
秋の哥とてよみ侍りける
 宮内卿(源師光女)
  思ふことさしてそれとはなきものを秋の夕べを心にぞとふ

0366
(秋の哥とてよみ侍りける)
 鴨長明
  秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露の夕暮れ

0367
(秋の哥とてよみ侍りける)
 西行法師
  おぼつかな秋はいかなるゆゑのあればすずろにものの悲しかるらむ

0368
(秋の哥とてよみ侍りける)
 式子内親王
  それながら昔にもあらぬ秋風にいとどながめをしづのをだまき

0369
題しらず
 藤原長能
  ひぐらしの鳴く夕暮れぞうかりけるいつも尽きせぬ思ひなれども

0370
(題しらず)
 和泉式部
  秋くれば常磐の山の松風もうつるばかりに身にぞしみける

0371
(題しらず)
 曾禰好忠
  秋風のよそにふきくる音羽山なにの草木かのどけかるべき

0372
(題しらず)
 相模
  あかつきの露は涙もとどまらで恨むる風の声ぞ残れる

0373
法性寺入道前関白太政大臣家の哥合に、野風
 藤原基俊
  高円の野路の篠原末さわぎそそやこがらしけふ吹きぬなり

0374
千五百番哥合に
 右衛門督通具(源通具)
  深草の里の月影さびしさも住みこしままの野辺の秋風

0375
五十首哥奉りし時、杜間月といふことを
 皇太后宮大夫俊成女
  大荒木の杜の木の間をもりかねて人だのめなる秋の夜の月

0376
守覚法親王、五十首哥よませ侍りけるに
 藤原家隆朝臣
  有明の月待つ宿の袖の上に人だのめなる宵のいなづま

0377
摂政太政大臣家百首哥合に
 藤原有家朝臣
  風わたる浅茅が末の露にだに宿りもはてぬ宵のいなづま

0378
水無瀬にて十首哥奉りし時
 左衛門督通光(源通光)
  武蔵野やゆけども秋のはてぞなきいかなる風か末に吹くらむ

0379
百首哥奉りし時、月の哥
 前大僧正慈円
  いつまでか涙くもらで月は見し秋待ちえても秋ぞ恋しき

0380
(百首哥奉りし時、月の哥)
 式子内親王
  ながめわびぬ秋よりほかの宿もがな野にも山にも月やすむらむ

0381
題しらず
 円融院御哥
  月影のはつ秋風とふけゆけば心づくしにものをこそ思へ

0382
(題しらず)
 三条院御哥
  あしびきの山のあなたに住む人は待たでや秋の月を見るらむ

0383
雲間微月といふ事を
 堀河院御哥
  敷島や高円山の雲間より光さしそふゆみはりの月

0384
題しらず
 堀河右大臣(藤原頼宗)
  人よりも心のかぎりながめつる月はたれともわかじものゆゑ

0385
(題しらず)
 橘為仲朝臣
  あやなくも曇らぬ宵をいとふかな信夫の里の秋の夜の月

0386
(題しらず)
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
  風吹けば玉散る萩の下露にはかなく宿る野辺の月かな

0387
(題しらず)
 従三位頼政(源頼政)
  こよひたれすず吹く風を身にしめて吉野の嶽の月を見るらむ

0388
法性寺入道前関白太政大臣家に、月哥あまたよみ侍りけるに
 大宰大弐重家(藤原重家)
  月見れば思ひぞあへぬ山高みいづれの年の雪にかあるらむ

0389
和哥所哥合に、湖辺月といふことを
 藤原家隆朝臣
  にほの海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり

0390
百首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  ふけゆかばけぶりもあらじ塩釜のうらみなはてそ秋の夜の月

0391
題しらず
 皇太后宮大夫俊成女
  ことわりの秋にはあへぬ涙かな月の桂もかはるひかりに

0392
(題しらず)
 家隆朝臣(藤原家隆)
  ながめつつ思ふもさびしひさかたの月の都の明け方の空

0393
五十首哥奉りし時、月前草花
 摂政太政大臣(藤原良経)
  ふるさとのもとあらの小萩咲きしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ

0394
建仁元年三月哥合に、山家秋月といふことをよみ侍りし
 (藤原良経)
  時しもあれふるさと人は音もせで深山の月に秋風ぞ吹く

0395
八月十五夜和哥所哥合に、深山月といふことを
 (藤原良経)
  ふかからぬとやまのいほの寝覚めだにさぞな木のまの月はさびしき

0396
月前松風
 寂蓮法師
  月はなほもらぬ木の間も住吉の松をつくして秋風ぞ吹く

0397
(月前松風)
 鴨長明
  ながむればちぢにもの思ふ月にまたわが身ひとつの峰の松風

0398
山月といふことをよみ侍りける
 藤原秀能
  あしびきの山路の苔の露の上に寝ざめ夜ぶかき月を見るかな

0399
八月十五夜和哥所哥合に、海辺秋月といふことを
 宮内卿(源師光女)
  心ある雄島の海人のたもとかな月宿れとは濡れぬものから

0400
(八月十五夜和哥所哥合に、海辺秋月といふことを)
 宜秋門院丹後
  忘れじな難波の秋の夜半の空こと浦にすむ月は見るとも

0401
(八月十五夜和哥所哥合に、海辺秋月といふことを)
 鴨長明
  松島や潮くむ海人の秋の袖月はもの思ふならひのみかは

0402
題しらず
 七条院大納言(藤原実綱女)
  言問はむ野島が崎の海人衣波と月とにいかがしをるる

0403
和哥所の哥合に、海辺月を
 藤原家隆朝臣
  秋の夜の月やをじまの天の原明け方近き沖のつり舟

0404
題しらず
 前大僧正慈円
  うき身にはながむるかひもなかりけり心にくもる秋の夜の月

0405
(題しらず)
 大江千里
  いづくにかこよひの月の曇るべき小倉の山も名をやかふらむ

0406
(題しらず)
 源道済
  心こそあくがれにけれ秋の夜の夜ぶかき月をひとり見しより

0407
(題しらず)
 上東門院小少将
  変はらじな知るも知らぬも秋の夜の月待つほどの心ばかりは

0408
(題しらず)
 和泉式部
  たのめたる人はなけれど秋の夜は月見て寝べき心地こそせね

0409
月を見てつかはしける
 藤原範永朝臣
  見る人の袖をぞしぼる秋の夜は月にいかなる影かそふらむ

0410
返し
 相模
  身にそへる影とこそ見れ秋の月袖にうつらぬ折しなければ

0411
永承四年内裏哥合に
 大納言経信(源経信)
  月影のすみわたるかな天の原雲吹きはらふ夜半のあらしに

0412
題しらず
 左衛門督通光(源通光)
  竜田山よはにあらしの松吹けば雲にはうとき峰の月影

0413
崇徳院に百首哥奉りけるに
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
  秋風にたなびく雲の絶え間よりもれいづる月の影のさやけさ

0414
題しらず
 道因法師
  山の端に雲のよこぎる宵のまは出でても月ぞなほ待たれける

0415
(題しらず)
 殷富門院大輔
  ながめつつ思ふにぬるるたもとかないく夜かは見む秋の夜の月

0416
(題しらず)
 式子内親王
  宵のまにさても寝ぬべき月ならば山の端近きものは思はじ

0417
(題しらず)
 (式子内親王)
  ふくるまでながむればこそ悲しけれ思ひも入れじ秋の夜の月

0418
五十首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  雲はみな払ひはてたる秋風を松に残して月を見るかな

0419
家に月五十首哥よませ侍りける時
 (藤原良経)
  月だにもなぐさめがたき秋の夜の心もしらぬ松の風かな

0420
(家に月五十首哥よませ侍りける時)
 藤原定家朝臣
  さむしろや待つ夜の秋の風ふけて月をかたしく宇治の橋姫

0421
題しらず
 右大将忠経(藤原忠経)
  秋の夜の長きかひこそなかりけれ待つにふけぬる有明の月

0422
五十首哥奉りし時、野径月
 摂政太政大臣(藤原良経)
  ゆく末はそらもひとつの武蔵野に草の原より出づる月影

0423
雨後月
 宮内卿(源師光女)
  月をなほ待つらむものか村雨の晴れゆく雲の末の里人

0424
題しらず
 右衛門督通具(源通具)
  秋の夜は宿かる月も露ながら袖に吹きこす荻の上風

0425
(題しらず)
 源家長
  秋の月しのに宿かる影たけて小笹が原に露ふけにけり

0426
元久元年八月十五夜、和哥所にて、田家見月といふことを
 前太政大臣(藤原頼実)
  風わたる山田の庵をもる月や穂波に結ぶ氷なるらむ

0427
和哥所哥合に、田家月といふことを
 前大僧正慈円
  雁の来る伏見の小田に夢さめて寝ぬ夜のいほに月を見るかな

0428
(和哥所哥合に、田家月といふことを)
 皇太后宮大夫俊成女
  稲葉吹く風にまかせて住む庵は月ぞまことにもりあかしける

0429
題しらず
 (藤原俊成女)
  あくがれて寝ぬ夜の塵のつもるまで月に払はぬ床のさむしろ

0430
(題しらず)
 大中臣定雅
  秋の田のかり寝の床のいなむしろ月宿れともしける露かな

0431
崇徳院御時、百首哥めしけるに
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
  秋の田に庵さすしづの苫をあらみ月とともにやもりあかすらむ

0432
百首哥奉りし秋哥に
 式子内親王
  秋の色はまがきにうとくなりゆけど手枕なるる閨の月影

0433
秋の哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  秋の露やたもとにいたく結ぶらむ長き夜あかず宿る月影

0434
千五百番哥合に
 左衛門督通光(源通光)
  さらにまた暮れをたのめと明けにけり月はつれなき秋の夜の空

0435
経房卿家哥合に、暁月の心をよめる
 二条院讃岐
  おほかたに秋の寝覚めの露けくはまたたが袖に有明の月

0436
五十首哥奉りし時
 藤原雅経
  はらひかねさこそは露のしげからめ宿かる月の袖のせばきに

巻第五

秋哥下

0437
和哥所にて、をのこども哥よみ侍りしに、夕鹿といふことを
 藤原家隆朝臣
  したもみぢかつ散る山の夕しぐれぬれてやひとり鹿の鳴くらむ

0438
百首哥奉りし時
 入道左大臣
  山おろしに鹿の音高く聞こゆなり尾上の月に小夜やふけぬる

0439
(百首哥奉りし時)
 寂蓮法師
  野分せし小野の草ぶし荒れはてて深山にふかきさを鹿の声

0440
題しらず
 俊恵法師
  あらし吹く真葛が原に鳴く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらむ

0441
(題しらず)
 前中納言匡房(大江匡房)
  妻恋ふる鹿のたちどをたづぬれば狭山が裾に秋風ぞ吹く

0442
百首哥奉りし時、秋の哥
 惟明親王
  み山べの松の梢をわたるなりあらしに宿すさを鹿の声

0443
晩聞鹿といふことをよみ侍りし
 土御門内大臣(源通親)
  我ならぬ人もあはれやまさるらむ鹿鳴く山の秋の夕暮れ

0444
百首哥よみ侍りけるに
 摂政太政大臣(藤原良経)
  たぐへくる松のあらしやたゆむらむ尾上にかへるさを鹿の声

0445
千五百番哥合に
 前大僧正慈円
  なく鹿の声にめざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思ひを

0446
家に哥合し侍りけるに、鹿をよめる
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
  夜もすがら妻どふ鹿の鳴くなへに小萩が原の露ぞこぼるる

0447
題しらず
 源道済
  寝覚めしてひさしくなりぬ秋の夜は明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる

0448
(題しらず)
 西行法師
  小山田の庵近く鳴く鹿の音におどろかされておどろかすかな

0449
白河院鳥羽におはしましけるに、田家秋興といへることを、人々よみ侍りしに
 中宮大夫師忠(源師忠)
  山里のいな葉の風に寝覚めしてよぶかく鹿の声を聞くかな

0450
郁芳門院の前裁合によみ侍りける
 藤原顕綱朝臣
  ひとり寝やいとどさびしきさを鹿の朝ふす小野の葛のうら風

0451
題しらず
 俊恵法師
  龍田山梢まばらになるままに深くも鹿のそよぐなるかな

0452
祐子内親王家哥合の後に、鹿の哥よみ侍りけるに
 権大納言長家(藤原長家)
  過ぎてゆく秋の形見にさを鹿のおのが鳴く音も惜しくやあるらむ

0453
摂政太政大臣家の百首哥合に
 前大僧正慈円
  わきてなど庵もる袖のしをるらむ稲葉にかぎる秋の風かは

0454
題しらず
 読人しらず
  秋田もるかり庵作りわがをれば衣手さむし露ぞおきける

0455
(題しらず)
 前中納言匡房(大江匡房)
  秋来れば朝けの風の手をさむみ山田のひたをまかせてぞ聞く

0456
(題しらず)
 善滋為政朝臣
  ほととぎす鳴く五月雨にうゑし田をかりがね寒み秋ぞ暮れぬる

0457
(題しらず)
 中納言家持(大伴家持)
  今よりは秋風寒くなりぬべしいかでかひとり長き夜を寝む

0458
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  秋されば雁のは風にしもふりてさむきよなよなしぐれさへふる

0459
(題しらず)
 (柿本人麻呂)
  さを鹿の妻どふ山の岡べなるわさ田は刈らじ霜はおくとも

0460
(題しらず)
 紀貫之
  刈りてほす山田の稲は袖ひちてうゑし早苗と見えずもあるかな

0461
(題しらず)
 菅贈太政大臣(菅原道真)
  草葉には玉と見えつつわび人の袖の涙の秋の白露

0462
(題しらず)
 中納言家持(大伴家持)
  我が宿の尾花が末に白露のおきし日よりぞ秋風も吹く

0463
(題しらず)
 恵慶法師
  秋といへば契りおきてや結ぶらむ浅茅が原のけさの白露

0464
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  秋さればおく白露に我が宿の浅茅が上葉色づきにけり

0465
(題しらず)
 天暦御哥(村上天皇)
  おぼつかな野にも山にも白露のなにごとをかは思ひおくらむ

0466
後冷泉院の御子の宮と申しける時、尋野花といへる心を
 堀河右大臣(藤原頼宗)
  露しげみ野辺を分けつつから衣濡れてぞかへる花のしづくに

0467
閑庭露滋といふことを
 基俊(藤原基俊)
  庭の面に茂るよもぎにことよせて心のままにおける露かな

0468
白河院にて、野草露繁といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに
 贈左大臣長実(藤原長実)
  秋の野の草葉おしなみおく露に濡れてや人のたづねゆくらむ

0469
百首哥奉りし時
 寂蓮法師
  もの思ふ袖より露やならひけむ秋風吹けばたへぬ物とは

0470
秋の哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  露は袖にもの思ふころはさぞなおくかならず秋のならひならねど

0471
  野原より露のゆかりをたづねきてわが衣手に秋風ぞ吹く

0472
題しらず
 西行法師
  きりぎりす夜寒に秋のなるままによわるか声の遠ざかりゆく

0473
守覚法親王五十首哥の中に
 家隆朝臣(藤原家隆)
  虫の音も長き夜あかぬふるさとになほ思ひ添ふ松風ぞ吹く

0474
百首哥の中に
 式子内親王
  あともなき庭の浅茅にむすぼほれ露のそこなる松虫の声

0475
題しらず
 藤原輔尹朝臣
  秋風は身にしむばかり吹きにけり今や打つらむ妹がさ衣

0476
 前大僧正慈円
  衣打つ音は枕に菅原や伏見の夢をいく夜残しつ

0477
千五百番哥合に、秋哥
 権中納言公経(西園寺公経)
  衣打つね山の庵のしばしばもしらぬ夢路に結ぶ手枕

0478
和哥所哥合に、月のもとに衣うつといふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
  里は荒れて月やあらぬと恨みもたれ浅茅生に衣打つらむ

0479
(和哥所哥合に、月のもとに衣うつといふことを)
 宮内卿(源師光女)
  まどろまでながめよとてのすさびかな麻のさ衣月に打つ声

0480
千五百番哥合に
 藤原定家朝臣
  秋とだに忘れむと思ふ月影をさもあやにくに打つ衣かな

0481
擣衣をよみ侍りける
 大納言経信(源経信)
  ふるさとに衣うつとはゆく雁や旅の空にも鳴きてつぐらむ

0482
中納言兼輔家の屏風に
 紀貫之
  雁鳴きて吹く風寒みから衣君待ちがてに打たぬ夜ぞなき

0483
擣衣の心を
 藤原雅経
  み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり

0484
(擣衣の心を)
 式子内親王
  ちたび打つきぬたの音に夢さめてもの思ふ袖の露ぞくだくる

0485
百首哥奉りし時
 (式子内親王)
  ふけにけり山の端近く月さえてとをちの里に衣打つ声

0486
九月十五夜、月くまなく侍りけるをながめあかして、よみ侍りける
 道信朝臣(藤原道信)
  秋はつるさ夜ふけがたの月見れば袖も残らず露ぞおきける

0487
百首哥奉りし時
 藤原定家朝臣
  ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月影

0488
摂政太政大臣、大将に侍りける時、月哥五十首よませ侍りけるに
 寂蓮法師
  ひとめ見し野辺のけしきはうらがれて露のよすがに宿る月かな

0489
月の哥とてよみ侍りける
 大納言経信(源経信)
  秋の夜は衣さむしろ重ねても月の光にしくものぞなき

0490
九月つごもりがたに
 花山院御哥
  秋の夜ははや長月になりにけりことわりなりや寝覚めせらるる

0491
五十首哥奉りし時
 寂蓮法師
  村雨の露もまだひぬ真木の葉に霧たちのぼる秋の夕暮れ

0492
秋の哥とて
 太上天皇(後鳥羽院)
  さびしさはみ山の秋の朝ぐもり霧にしをるる真木のした露

0493
川霧といふことを
 左衛門督通光(源通光)
  あけぼのや川瀬の波の高瀬舟くだすか人の袖の秋霧

0494
堀河院御時、百首哥奉りけるに、霧をよめる
 権大納言公実
  ふもとをば宇治の川霧たちこめて雲居に見ゆる朝日山かな

0495
題しらず
 曾禰好忠
  山里に霧のまがきのへだてずはをちかた人の袖は見てまし

0496
(題しらず)
 清原深養父
  鳴く雁の音をのみぞ聞く小倉山霧立ち晴るる時しなければ

0497
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  垣ほなる荻の葉そよぎ秋風の吹くなるなへに雁ぞ鳴くなる

0498
(題しらず)
 (柿本人麻呂)
  秋風に山とびこゆる雁がねのいや遠ざかり雲がくれつつ

0499
(題しらず)
 凡河内躬恒
  初雁の羽風すずしくなるなへにたれか旅寝の衣かへさぬ

0500
(題しらず)
 読人しらず
  雁がねは風にきほひて過ぐれどもわが待つ人の言伝てもなし

0501
(題しらず)
 西行法師
  横雲の風にわかるるしののめに山飛び越ゆる初雁の声

0502
(題しらず)
 (西行)
  白雲をつばさにかけてゆく雁の門田のおもの友したふなり

0503
五十首哥奉りし時、月前聞雁といふことを
 前大僧正慈円
  大江山かたぶく月の影さえて鳥羽田の面に落つる雁がね

0504
題しらず
 朝恵法師
  むら雲や雁の羽風に晴れぬらむ声聞く空にすめる月影

0505
(題しらず)
 皇太后宮大夫俊成女
  吹きまよふ雲居をわたる初雁のつばさに鳴らすよもの秋風

0506
詩に合はせし哥の中に、山路秋行といへることを
 藤原家隆朝臣
  秋風の袖に吹きまく峰の雲をつばさにかけて雁も鳴くなり

0507
五十首哥奉りし時、菊籬月といへる心を
 宮内卿(源師光女)
  霜を待つまがきの菊の宵のまにおきまよふ色は山の端の月

0508
鳥羽院御時、内裏より菊をめしけるに、奉るとて結びつけ侍りける
 花園左大臣(源有仁)室
  九重にうつろひぬとも菊の花もとのまがきを思ひ忘るな

0509
題しらず
 権中納言定頼(藤原定頼)
  今よりはまた咲く花もなきものをいたくなおきそ菊の上の露

0510
枯れゆく野辺のきりぎりすを
 中務卿具平親王
  秋風にしをるる野辺の花よりも虫の音いたくかれにけるかな

0511
題しらず
 大江嘉言
  寝覚めする袖さへ寒く秋の夜のあらし吹くなり松虫の声

0512
千五百番哥合に
 前大僧正慈円
  秋をへてあはれも露も深草の里とふものはうづらなりけり

0513
(千五百番哥合に)
 左衛門督通光(源通光)
  入り日さすふもとの尾花うちなびき誰が秋風にうづら鳴くらむ

0514
題しらず
 皇太后宮大夫俊成女
  あだに散る露の枕にふしわびてうづら鳴くなりとこの山風

0515
千五百番哥合に
 (藤原俊成女)
  とふ人もあらし吹きそふ秋は来て木の葉にうづむ宿の道芝

0516
(千五百番哥合に)
 (藤原俊成女)
  色かはる露をば袖におきまよひうら枯れてゆく野辺の秋かな

0517
秋の哥とて
 太上天皇(後鳥羽院)
  秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影寒しよもぎふの月

0518
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む

0519
千五百番哥合に
 春宮権大夫公継(藤原公継)
  寝覚めする長月の夜の床寒みけさ吹く風に霜やおくらむ

0520
和哥所にて六首哥つかうまつりし時、秋哥
 前大僧正慈円
  秋深き淡路の島の有明にかたぶく月をおくる浦風

0521
暮秋の心を
 (慈円)
  長月もいく有明になりぬらむ浅茅の月のいとどさびゆく

0522
摂政太政大臣、大将に侍りける時、百首哥よませ侍りけるに
 寂蓮法師
  かささぎの雲のかけはし秋暮れて夜半には霜やさえわたるらむ

0523
桜のもみぢはじめたるを見て
 中務卿具平親王
  いつのまにもみぢしぬらむ山桜きのふか花の散るを惜しみし

0524
紅葉透霧といふことを
 高倉院御哥
  薄霧の立ちまふ山のもみぢ葉はさやかならねどそれと見えけり

0525
秋の哥とてよめる
 八条院高倉
  神南備の御室の梢いかならむなべての山もしぐれするころ

0526
最勝四天王院の障子に、鈴鹿川かきたるところ
 太上天皇(後鳥羽院)
  鈴鹿川深き木の葉に日かずへて山田の原の時雨をぞ聞く

0527
入道前関白太政大臣(藤原兼実)家に百首哥よみ侍りけるに、紅葉
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  心とやもみぢはすらむ龍田山松はしぐれに濡れぬものかは

0528
大井川にまかりて、もみぢ見侍りけるに
 藤原輔尹朝臣
  思ふことなくてぞ見ましもみぢ葉をあらしの山のふもとならずは

0529
題しらず
 曾禰好忠
  入日さす佐保の山べのははそ原くもらぬ雨と木の葉降りつつ

0530
百首哥奉りし時
 宮内卿(源師光女)
  龍田山あらしや峰によわるらむ渡らぬ水も錦絶えけり

0531
左大将に侍りける時、家に百首哥合し侍りけるに、ははそをよみ侍りける
 摂政太政大臣(藤原良経)
  ははそ原しづくも色や変はるらむ杜の下草秋ふけにけり

0532
(左大将に侍りける時、家に百首哥合し侍りけるに、ははそをよみ侍りける)
 藤原定家朝臣
  時わかぬ波さへ色にいづみ川ははその杜にあらし吹くらし

0533
障子のゑに、あれたるやどにもみぢ散りたる所をよめる
 俊頼朝臣(源俊頼)
  ふるさとは散るもみぢ葉にうづもれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く

0534
百首哥奉りし秋哥
 式子内親王
  桐の葉もふ踏みけがたくなりにけりかならず人を待つとなけれど

0535
題しらず
 曾禰好忠
  人は来ず風に木の葉は散りはててよなよな虫は声よわるなり

0536
守覚法親王五十首哥によみ侍りける
 春宮大夫公継(藤原公継)
  もみぢ葉の色にまかせてときは木も風にうつろふ秋の山かな

0537
千五百番哥合に
 家隆朝臣(藤原家隆)
  露時雨もる山かげのしたもみぢ濡るとも折らむ秋の形見に

0538
題しらず
 西行法師
  松にはふまさの葉かづら散りにけり外山の秋は風すさぶらむ

0539
法性寺入道前関白太政大臣家哥合に
 前参議親隆
  うづら鳴く交野にたてるはじもみぢ散りぬばかりに秋風ぞ吹く

0540
百首哥奉りし時
 二条院讃岐
  散りかかるもみぢの色は深けれど渡ればにごる山川の水

0541
題しらず
 柿本人麻呂
  飛鳥川もみぢ葉流る葛城の山の秋風吹きぞしくらし

0542
 権中納言長方(藤原長方)
  飛鳥川瀬々に波寄るくれなゐや葛城山のこがらしの風

0543
長月のころ、水無瀬に日ごろ侍りけるに、嵐の山の紅葉、涙にたぐふよし、申しつかはして侍りける人の返事に
 権中納言公経(西園寺公経)
  もみぢ葉をさこそあらしのはらふらめこの山本も雨と降るなり

0544
家に百首哥合し侍りける時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  龍田姫いまはのころの秋風に時雨をいそぐ人の袖かな

0545
千五百番哥合に
 権中納言兼宗(中山兼宗)
  ゆく秋の形見なるべきもみぢ葉もあすはしぐれとふりやまがはむ

0546
紅葉見にまかりて、よみ侍りける
 前大納言公任(藤原公任)
  うちむれて散るもみぢ葉をたづぬれば山路よりこそ秋はゆきけれ

0547
津の国に侍りけるころ、道済が許につかはしける
 能因法師
  夏草のかりそめにとて来しかども難波の浦に秋ぞ暮れぬる

0548
暮れの秋、思ふこと侍りけるころ
 (能因)
  かくしつつ暮れぬる秋と老いぬれどしかすがになほものぞかなしき

0549
五十首哥よませ侍りけるに
 守覚法親王
  身にかへていざさは秋を惜しみ見むさらでももろき露の命を

0550
閏九月尽の心を
 前太政大臣(藤原頼実)
  なべて世の惜しさに添へて惜しむかな秋より後の秋の限りを

巻第六

冬哥

0551
千五百番哥合に、初冬の心をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  おきあかす秋のわかれの袖の露霜こそむすべ冬や来ぬらむ

0552
天暦の御時、神無月といふことを上におきて、哥つかうまつりけるに
 藤原高光
  神無月風にもみぢの散る時はそこはかとなく物ぞかなしき

0553
題しらず
 源重之
  名取川やなせの波ぞさわぐなるもみぢやいとど寄りてせくらむ

0554
後冷泉院御時、上のをのこども大井川にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに
 藤原資宗朝臣
  いかだしよ待て言問はむ水上はいかばかり吹く山のあらしぞ

0555
(後冷泉院御時、上のをのこども大井川にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに)
 大納言経信(源経信)
  ちりかかるもみぢながれぬ大井がはいづれ井せきの水のしがらみ

0556
大井川にまかりて、落葉満水といへる心をよみ侍りける
 藤原家経朝臣
  高瀬舟しぶくばかりにもみぢ葉の流れてくだる大井川かな

0557
深山落葉といへる心を
 俊頼朝臣(源俊頼)
  日暮るればあふ人もなし正木散る峰のあらしの音ばかりして

0558
題しらず
 清輔朝臣(藤原清輔)
  おのづから音する物は庭のおもに木の葉吹きまく谷の夕風

0559
春日社哥合に、落葉といふ事をよみて奉りし
 前大僧正慈円
  木の葉散る宿にかたしく袖の色をありとも知らでゆくあらしかな

0560
(春日社哥合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 右衛門督通具(源通具)
  木の葉散るしぐれやまがふわが袖にもろき涙の色と見るまで

0561
(春日社哥合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 藤原雅経
  うつりゆく雲にあらしの声すなり散る正木の葛城の山

0562
(春日社哥合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 七条院大納言(藤原実綱女)
  初時雨しのぶの山のもみぢ葉をあらし吹けとは染めずやありけむ

0563
(春日社哥合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 信濃(祝部允仲女)
  しぐれつつ袖もほしあへずあしびきの山の木の葉にあらし吹くころ

0564
(春日社哥合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 藤原秀能
  山里の風すさまじき夕暮れに木の葉乱れて物ぞかなしき

0565
(春日社哥合に、落葉といふ事をよみて奉りし)
 祝部成茂
  冬の来て山もあらはに木の葉ふり残る松さへ峰にさびしき

0566
五十首哥奉りし時
 宮内卿(源師光女)
  から錦秋の形見やたつた山散りあへぬ枝にあらし吹くなり

0567
頼輔卿家哥合に、落葉の心を
 藤原資隆朝臣
  時雨かと聞けば木の葉の降るものをそれにも濡るるわがたもとかな

0568
題しらず
 法眼慶算
  時しもあれ冬は葉守の神無月まばらになりぬ杜のかしは木

0569
(題しらず)
 津守国基
  いつのまに空のけしきの変はるらむはげしきけさのこがらしの風

0570
(題しらず)
 西行法師
  月を待つたかねの雲は晴れにけり心ありける初しぐれかな

0571
(題しらず)
 前大僧正覚忠
  神無月木々の木の葉は散りはてて庭にぞ風の音は聞こゆる

0572
(題しらず)
 清輔朝臣(藤原清輔)
  柴の戸に入日のかげはさしながらいかにしぐるる山辺なるらむ

0573
山家時雨といへる心を
 藤原隆信朝臣
  雲晴れてのちもしぐるる柴の戸や山風はらふ松の下露

0574
寛平御時后の宮の哥合に
 読人しらず
  神無月しぐれ降るらし佐保山のまさきのかづら色まさりゆく

0575
題しらず
 中務卿具平親王
  こがらしの音に時雨を聞きわかでもみぢに濡るるたもととぞ見る

0576
(題しらず)
 中納言兼輔(藤原兼輔)
  しぐれ降る音はすれども呉竹のなど代とともに色もかはらぬ

0577
十月ばかり、常磐の杜を過ぐとて
 能因法師
  時雨の雨染めかねてけり山城の常磐の杜の真木の下葉は

0578
題しらず
 清原元輔
  冬を浅さみまたぐしぐれと思ひしを堪へざりけりな老の涙も

0579
鳥羽殿にて、旅宿時雨といふことを
 後白河院御哥
  まばらなる柴の庵に旅寝して時雨に濡るるさ夜衣かな

0580
時雨を
 前大僧正慈円
  やよしぐれ物思ふ袖のなかりせば木の葉の後に何を染めまし

0581
冬の哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  ふかみどり争ひかねていかならむまなく時雨の布留の神杉

0582
題しらず
 柿本人麻呂
  しぐれの雨まなくし降れば真木の葉も争ひかねて色づきにけり

0583
(題しらず)
 和泉式部
  世の中になほもふるかなしぐれつつ雲間の月のいでやと思へば

0584
百首哥奉りしに
 二条院讃岐
  折こそあれながめにかかる浮雲の袖もひとつにうちしぐれつつ

0585
題しらず
 西行法師
  秋篠や外山の里やしぐるらむ生駒の嶽に雲のかかれる

0586
(題しらず)
 道因法師
  晴れ曇り時雨はさだめなき物をふりはてぬるはわが身なりけり

0587
千五百番哥合に、冬の哥
 源具親
  いまはまた散らでもまがふ時雨かなひとりふりゆく庭の松風

0588
題しらず
 俊恵法師
  み吉野の山かき曇り雪ふればふもとの里はうちしぐれつつ

0589
百首哥奉りし時
 入道左大臣(藤原実房)
  真木の屋に時雨の音のかはるかな紅葉や深く散りつもるらむ

0590
千五百番哥合に、冬の哥
 二条院讃岐
  世にふるは苦しき物を真木の屋にやすくも過ぐる初時雨かな

0591
題しらず
 源信明朝臣
  ほのぼのと有明の月の月影にもみぢ吹きおろす山おろしの風

0592
(題しらず)
 中務卿具平親王
  もみぢ葉をなに惜しみけむ木の間よりもりくる月は今宵こそ見れ

0593
(題しらず)
 宜秋門院丹後
  吹きはらふあらしの後の高嶺より木の葉曇らで月や出づらむ

0594
春日哥合に、暁月といふことを
 右衛門督通具(源通具)
  霜こほる袖にもかげは残りけり露よりなれし有明の月

0595
和哥所にて六首の哥奉りしに、冬の哥
 藤原家隆朝臣
  ながめつついくたび袖に曇るらむ時雨にふくる有明の月

0596
題しらず
 源泰光
  定めなくしぐるる空のむら雲にいくたびおなじ月を待つらむ

0597
千五百番哥合に
 源具親
  今よりは木の葉がくれもなけれどもしぐれに残るむら雲の月

0598
題しらず
 (源具親)
  晴れ曇るかげを都に先立ててしぐると告ぐる山の端の月

0599
五十首哥奉りし時
 寂蓮法師
  たえだえに里わく月の光かな時雨を送る夜半のむら雲

0600
雨後冬月といへる心を
 良暹法師
  今はとて寝なましものをしぐれつる空とも見えずすめる月かな

0601
題しらず
 曾禰好忠
  露霜の夜半におきゐて冬の夜の月見るほどに袖はこほりぬ

0602
(題しらず)
 前大僧正慈円
  もみぢ葉はおのが染めたる色ぞかしよそげにをけるけさの霜かな

0603
(題しらず)
 西行法師
  小倉山ふもとの里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな

0604
五十首哥奉りし時
 藤原雅経
  秋の色を払ひはててやひさかたの月の桂にこがらしの風

0605
題しらず
 式子内親王
  風寒み木の葉晴れゆくよなよなに残るくまなき庭の月影

0606
(題しらず)
 殷富門院大輔
  我が門の刈り田のねやに伏すしぎの床あらはなる冬の夜の月

0607
(題しらず)
 清輔朝臣(藤原清輔)
  冬枯れの杜の朽ち葉の霜の上に落ちたる月の影のさやけさ

0608
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成女
  さえわびてさむる枕にかげ見れば霜深き夜の有明の月

0609
(千五百番哥合に)
 右衛門督通具(源通具)
  霜結ぶ袖の片敷きうちとけて寝ぬ夜の月の影ぞ寒けき

0610
五十首哥奉りし時
 藤原雅経
  影とめし露の宿りを思ひ出でて霜にあととふ浅茅生の月

0611
橋上霜といへることをよみ侍りける
 法印幸清
  片敷きの袖をや霜にかさぬらむ月に夜がるる宇治の橋姫

0612
題しらず
 源重之
  夏刈りの荻の古枝は枯れにけりむれゐし鳥は空にやあるらむ

0613
(題しらず)
 道信朝臣(藤原道信)
  さ夜ふけて声さへ寒き蘆鶴はいくへの霜かおきまさるらむ

0614
冬の哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  冬の夜の長きをおくる袖濡れぬあかつきがたのよものあらしに

0615
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  笹の葉はみ山もさやにうちそよぎこほれる霜を吹くあらしかな

0616
崇徳院御時、百首哥奉りけるに
 清輔朝臣(藤原清輔)
  君来ずはひとりや寝なむ笹の葉のみ山もそよにさやぐ霜夜を

0617
題しらず
 皇太后宮大夫俊成女
  霜枯れはそことも見えぬ草の原たれに問はまし秋の名残を

0618
百首哥の中に
 前大僧正慈円
  霜さゆる山田のくろのむらすすき刈る人なしに残るころかな

0619
題しらず
 曾禰好忠
  草の上にここら玉ゐし白露を下葉の霜と結ぶ冬かな

0620
(題しらず)
 中納言家持(大伴家持)
  かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける

0621
上のをのこども菊合し侍りけるついでに
 延喜御哥(醍醐天皇)
  しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれば霜のまがきににほふ色かな

0622
延喜十四年、尚侍藤原満子に菊宴給はせける時
 中納言兼輔(藤原兼輔)
  菊の花手折りては見じ初霜のおきながらこそ色まさりけれ

0623
おなじ御時、大井河に行幸侍りける日
 坂上是則
  影さへにいまはと菊のうつろふは波の底にも霜やおくらむ

0624
題しらず
 和泉式部
  野辺見れば尾花がもとの思ひ草枯れゆく冬になりぞしにける

0625
(題しらず)
 西行法師
  津の国の難波の春は夢なれや蘆の枯れ葉に風わたるなり

0626
崇徳院に十首哥奉りける時
 大納言成通(藤原成通)
  冬深くなりにけらしな難波江の青葉まじらぬ蘆のむら立ち

0627
題しらず
 西行法師
  さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里

0628
東に侍りける時、都の人につかはしける
 康資王母
  あづまぢの道の冬草茂りあひてあとだに見えぬ忘れ水かな

0629
冬の哥とてよみ侍りける
 守覚法親王
  昔思ふ小夜の寝覚めの床さえて涙もこほる袖の上かな

0630
百首哥奉りし時
 (守覚法親王)
  たち濡るる山のしづくも音絶えて真木の下葉にたるひしにけり

0631
題しらず
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  かつ氷りかつはくだくる山川の岩間にむせぶあかつきの声

0632
(題しらず)
 摂政太政大臣(藤原良経)
  消えかへり岩間にまよふ水の泡のしばし宿かる薄氷かな

0633
(題しらず)
 (藤原良経)
  枕にも袖にも涙つららゐて結ばぬ夢をとふあらしかな

0634
五十首哥奉りし時
 (藤原良経)
  みなかみやたえだえ氷る岩間より清滝川に残る白波

0635
百首哥奉りし時
 (藤原良経)
  片敷きの袖の氷もむすぼほれとけて寝ぬ夜の夢ぞ短き

0636
最勝四天王院の障子に、宇治川かきたる所
 太上天皇(後鳥羽院)
  橋姫のかたしき衣さむしろに待つ夜むなしき宇治のあけぼの

0637
(最勝四天王院の障子に、宇治川かきたる所)
 前大僧正慈円
  網代木にいざよふ波の音ふけてひとりや寝ぬる宇治の橋姫

0638
百首哥の中に
 式子内親王
  見るままに冬は来にけり鴨のゐる入江のみぎは薄ごほりつつ

0639
摂政太政大臣家哥合に、湖上冬月
 藤原家隆朝臣
  志賀の浦やと遠ざかりゆく波間より氷りて出づる有明の月

0640
守覚法親王、五十首よませ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  ひとり見る池の氷に澄む月のやがて袖にもうつりぬるかな

0641
題しらず
 山部赤人
  うばたまの夜のふけゆけばひさぎ生ふる清きかはらに千鳥鳴くなり

0642
佐保の川原に千鳥の鳴きけるをよみ侍りける
 伊勢大輔
  行く先はさ夜ふけぬれど千鳥鳴く佐保の川原は過ぎうかりけり

0643
陸奥の国にまかりける時、よみ侍りける
 能因法師
  夕さればしほ風越してみちのくの野田の玉川千鳥鳴くなり

0644
題しらず
 源重之
  白波に羽根うちかはし浜千鳥かなしきものは夜の一声

0645
(題しらず)
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  夕なぎに門渡る千鳥波間より見ゆる小島の雲に消えぬる

0646
堀河院に百首哥奉りけるに
 祐子内親王家紀伊
  浦風に吹上の浜千鳥波たちくらし夜半に鳴くなり

0647
五十首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  月ぞ澄むたれかはここにきの国や吹上の千鳥ひとり鳴くなり

0648
千五百番哥合に
 正三位季能(藤原季能)
  小夜千鳥声こそ近くなるみ潟かたぶく月に潮や満つらむ

0649
最勝四天王院の障子に、鳴海の浦かきたる所
 藤原秀能
  風吹けばよそになるみのかた思ひ思はぬ浪に鳴く千鳥かな

0650
おなじ所
 権大納言通光(源通光)
  浦人の日も夕暮れになるみ潟かへる袖より千鳥鳴くなり

0651
文治六年女御入内屏風に
 正三位季経(藤原季経)
  風さゆる富島が磯のむら千鳥たちゐは波の心なりけり

0652
五十首哥奉りし時
 雅経(藤原雅経)
  はかなしやさてもいく夜か行く水に数かきわぶるをしのひとり寝

0653
堀河院に百首哥奉りけるに
 河内
  水鳥の鴨のうき寝のうきながら波の枕にいく夜経ぬらむ

0654
題しらず
 湯原王
  吉野なる夏美の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山かげにして

0655
(題しらず)
 能因法師
  ねやのうへに片枝さしおほひそともなる葉びろ柏に霰ふるなり

0656
(題しらず)
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
  さざ波や志賀の唐崎風さえて比良の高嶺に霰ふるなり

0657
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  矢田の野に浅茅いろづく有乳山峰のあは雪寒くぞあるらし

0658
雪の朝、基俊が許へ申しつかはしける
 瞻西上人
  つねよりも篠屋の軒ぞうづもるるけふは都に初雪や降る

0659
返し
 基俊(藤原基俊)
  降る雪にまことに篠屋いかならむけふは都に跡だにもなし

0660
冬の哥あまたよみ侍りけるに
 権中納言長方(藤原長方)
  初雪のふるの神杉うづもれてしめ結ふ野辺は冬ごもりせり

0661
思ふこと侍りけるころ、初雪の降り侍りける日
 紫式部
  ふればかく憂さのみまさる世を知らで荒れたる庭につもる初雪

0662
百首哥に
 式子内親王
  さむしろの夜半の衣手さえさえて初雪白し岡の辺の松

0663
入道前関白、右大臣に侍りける時、家哥合に、雪をよめる
 寂蓮法師
  降りそむる今朝だに人の待たれつるみ山の里の雪の夕暮れ

0664
雪の朝、後徳大寺左大臣の許につかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  けふはもし君もやとふとながむれどまだ跡もなき庭の雪かな

0665
返し
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  いまぞ聞く心は跡もなかりけり雪かきわけて思ひやれども

0666
題しらず
 前大納言公任(藤原公任)
  白山に年ふる雪やつもるらむ夜半に片敷くたもとさゆなり

0667
夜深聞雪といふことを
 刑部卿範兼(藤原範兼)
  明けやらぬ寝覚めの床に聞こゆなりまがきの竹の雪の下折れ

0668
上のをのこども、暁望山雪といへる心をつかうまつりけるに
 高倉院御哥
  音羽山さやかに見ゆる白雪を明けぬと告ぐる鳥の声かな

0669
紅葉の散れりける上に初雪の降りかかりて侍りけるを見て、上東門院に侍りける女房につかはしける
 藤原家経朝臣
  山里は道もや見えずなりぬらむもみぢとともに雪の降りぬる

0670
野亭雪をよみ侍りける
 藤原国房
  さびしさをいかにせよとて岡べなる楢の葉しだり雪の降るらむ

0671
百首哥奉りし時
 藤原定家朝臣
  駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ

0672
摂政太政大臣、大納言に侍りける時、山家雪といふことをよませ侍りける
 (藤原定家)
  待つ人のふもとの道は絶えぬらむ軒ばの杉に雪重るなり

0673
おなじ家にて、所の名をさぐりて冬の哥よませ侍りけるに、伏見の里の雪を
 藤原有家朝臣
  夢かよふ道さへ絶えぬ呉竹の伏見の里の雪の下折れ

0674
家に百首哥よませ侍りけるに
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  降る雪にたく藻のけぶりかき絶えてさびしくもあるか塩釜の浦

0675
題しらず
 山部赤人
  田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

0676
延喜御時、哥奉れと仰せられければ
 紀貫之
  雪のみや降りぬとは思ふ山里に我もおほくの年ぞつもれる

0677
守覚法親王、五十首哥よませ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  雪降れば峰のまさかきうづもれて月にみがける天の香具山

0678
題しらず
 小侍従(石清水別当光清女)
  かき曇りあまぎる雪のふるさとをつもらぬ先に訪ふ人もがな

0679
(題しらず)
 前大僧正慈円
  庭の雪にわが跡つけて出でつるを訪はれにけりと人や見るらむ

0680
(題しらず)
 (慈円)
  ながむればわが山の端に雪白し都の人よあはれとも見よ

0681
(題しらず)
 曾禰好忠
  冬草の枯れにし人のいまさらに雪ふみわけて見えむものかは

0682
雪朝、大原にてよみ侍りける
 寂然法師
  尋ね来て道分けわぶる人もあらじ幾重もつもれ庭の白雪

0683
百首哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  このごろは花も紅葉も枝になししばしな消えそ松の白雪

0684
千五百番哥合に
 右衛門督通具(源通具)
  草も木も降りまがへたる雪もよに春待つ梅の花の香ぞする

0685
百首哥めしける時
 崇徳院御哥
  み狩りする交野の御野に降る霰あなかままだき鳥もこそ立て

0686
内大臣に侍りける時、家哥合に
 法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
  み狩りすと鳥立ちの原をあさりつつ交野の野辺にけふも暮らしつ

0687
京極関白前太政大臣高陽院哥合に
 前中納言匡房(大江匡房)
  御狩野はかつ降る雪にうづもれて鳥立ちも見えず草がくれつつ

0688
鷹狩の心をよみ侍りける
 左近中将公衡(藤原公衡)
  狩りくらし交野の真柴折り敷きて淀の川瀬の月を見るかな

0689
埋み火をよみ侍りける
 権僧正永縁
  なかなかに消えは消えなでうづみ火の生きてかひなき世にもあるかな

0690
百首哥奉りしに
 式子内親王
  日数ふる雪げにまさる炭竃のけぶりもさびし大原の里

0691
年の暮れに、人につかはしける
 西行法師
  おのづからいはぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる

0692
年の暮れによみ侍りける
 上西門院兵衛
  かへりては身に添ふものと知りながら暮れゆく年をなに慕ふらむ

0693
(年の暮れによみ侍りける)
 皇太后宮大夫俊成女
  隔てゆく世々の面影かきくらし雪とふりぬる年の暮れかな

0694
(年の暮れによみ侍りける)
 大納言隆季
  あたらしき年やわが身をとめ来らむひまゆく駒に道をまかせて

0695
俊成卿家十首哥よみ侍りけるに、年の暮れの心を
 俊恵法師
  なげきつつ今年も暮れぬ露の命いけるばかりを思ひ出でにして

0696
百首哥奉りし時
 小侍従(石清水別当光清女)
  思ひやれやそぢの年の暮れなればいかばかりかは物はかなしき

0697
題しらず
 西行法師
  昔思ふ庭にうき木を積みおきて見し世にも似ぬ年の暮れかな

0698
(題しらず)
 摂政太政大臣(藤原良経)
  石の上布留野のを笹霜を経てひとよばかりに残る年かな

0699
(題しらず)
 前大僧正慈円
  年の明けてうき世の夢の覚むべくは暮るとも今日はいとはざらまし

0700
(題しらず)
 権律師隆聖
  朝ごとの閼伽井の水に年暮れて我が世のほどの汲まれぬるかな

0701
百首哥奉りし時
 入道左大臣(藤原実房)
  いそがれぬ年の暮れこそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは

0702
年の暮れに、身のおいぬることをなげきてよみ侍りける
 和泉式部
  かぞふれば年の残りもなかりけり老いぬるばかりかなしきはなし

0703
入道前関白太政大臣、百首哥よませ侍りける時、年の暮れの心をよみてつかはしける
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  石走る初瀬の川の波枕早くも年の暮れにけるかな

0704
土御門内大臣家にて、海辺歳暮といへる心をよめる
 有家朝臣(藤原有家)
  ゆく年を雄島の海人の濡れ衣かさねて袖に波やかくらむ

0705
(土御門内大臣家にて、海辺歳暮といへる心をよめる)
 寂蓮法師
  老いの波越えける身こそあはれなれ今年も今は末の松山

0706
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  けふごとにけふや限りと惜しめどもまたも今年にあひにけるかな

巻第七

賀哥

0707
貢物許されて国富めるを御覧じて
 仁徳天皇御哥
  高き屋に登りて見ればけぶり立つ民の竃はにぎはひにけり

0708
題しらず
 読人しらず
  初春の初子のけふのたまばはき手に取るからにゆらぐ玉の緒

0709
子日をよめる
 藤原清正
  子の日してしめつる野辺の姫小松ひかでや千代のかげを待たまし

0710
題しらず
 紀貫之
  君が代の年の数をば白妙の浜の真砂とたれか敷きけむ

0711
享子院の六十の御賀の屏風に、若菜摘める所をよみ侍りける
 (紀貫之)
  若菜生ふる野辺といふ野辺を君がためよろづ代しめて摘まむとぞ思ふ

0712
延喜御時屏風哥
 (紀貫之)
  夕だすき千歳をかけてあしびきの山藍の色はかはらざりけり

0713
祐子内親王家にて、桜を
 土御門右大臣(源師房)
  君が代にあふべき春のおほければ散るとも桜あくまでぞ見む

0714
七条の后の宮の五十賀屏風に
 伊勢
  住の江の浜の真砂を踏む田鶴はひさしき跡を留むるなりけり

0715
延喜御時屏風哥
 紀貫之
  年ごとに生ひ添ふ竹のよよを経てかはらぬ色をたれとかは見む

0716
題しらず
 躬恒(凡河内躬恒)
  千歳ふる尾上の松は秋風の声こそかはれ色はかはらず

0717
 藤原興風
  山川の菊のした水いかなれば流れて人の老をせくらむ

0718
延喜御時屏風哥
 紀貫之
  祈りつつなほ長月の菊の花いづれの秋かうゑて見ざらむ

0719
文治六年女御入内屏風に
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  山人の折る袖にほふ菊の露うちはらふにも千代は経ぬべし

0720
貞信公(藤原忠平)家屏風に
 清原元輔
  神無月もみぢも知らぬ常磐木によろづ代かかれ峰の白雲

0721
題しらず
 伊勢
  山風は吹けど吹かねど白波の寄する岩根はひさしかりけり

0722
後一条院生まれさせ給へりける九月の月くまなかりける夜、大二条関白(藤原教通)、中将に侍りける、若き人々さそひいでて、池の船に乗せて中島の松陰さしまはすほど、をかしく見え侍りければ
 紫式部
  くもりなく千歳に澄める水のおもに宿れる月の影ものどけし

0723
永承四年内裏哥合に、池水といふ心を
 伊勢大輔
  池水の世々にひさしく澄みぬれば底の玉藻も光見えけり

0724
堀河院の大嘗会御禊、日ごろ雨降りて、その日になりて空晴れて侍りければ、紀伊典侍に申しける
 六条右大臣(源顕房)
  君が代の千歳の数もかくれなくくもらぬ空の光にぞ見る

0725
天喜四年皇后宮の哥合に、祝の心をよみ侍りける
 前大納言隆国(源隆国)
  住の江に生ひそふ松の枝ごとに君が千歳の数ぞこもれる

0726
寛治八年関白前太政大臣高陽院哥合に、祝の心を
 康資王母
  よろづ代を松の尾山のかげ茂み君をぞ祈るときはかきはに

0727
後冷泉院幼くおはしましける時、卯杖の松を人の子にたばせ給ひけるに、よみ侍りける
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
  相生の小塩の山の小松原いまより千代のかげを待たなむ

0728
永保四年内裏の子日に
 大納言経信(源経信)
  子の日する御垣のうちの小松原千代をばほかの物とやは見る

0729
(永保四年内裏の子日に)
 権中納言通俊(藤原通俊)
  子の日する野辺の小松を移しうゑて年の緒ながく君ぞひくべき

0730
承暦二年内裏の哥合に、祝の心をよみ侍りける
 前中納言匡房(大江匡房)
  君が代はひさしかるべし渡会や五十鈴の川の流れ絶えせで

0731
題しらず
 読人しらず
  常磐なる松にかかれる苔なれば年の緒長きしるべとぞ思ふ

0732
二条院御時、花有喜色といふ心を人々つかうまつりけるに
 刑部卿範兼(藤原範兼)
  君が代にあへるはたれもうれしきを花は色にも出でにけるかな

0733
おなじ御時、南殿の花の盛りに、哥よめと仰せられければ
 参河内侍
  身にかへて花も惜しまじ君が代に見るべき春のかぎりなければ

0734
百首哥奉りし時
 式子内親王
  あめのした芽ぐむ草木の目もはるにかぎりもしらぬ御代の末々

0735
京極殿にて初めて人々哥つかうまつりしに、松有春色といふ事をよみ侍りし
 摂政太政大臣(藤原良経)
  おしなべて木の芽も春の浅緑松にぞ千代の色はこもれる

0736
百首哥奉りし時
 (藤原良経)
  敷島ややまと島根も神代より君がためとやかためおきけむ

0737
千五百番哥合に
 (藤原良経)
  濡れてほす玉串の葉の露霜に天照る光いく代へぬらむ

0738
祝の心をよみ侍りける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  君が代は千代ともささじ天の戸や出づる月日のかぎりなければ

0739
千五百番哥合に
 藤原定家朝臣
  わが道をまもらば君をまもるらむよはひはゆづれ住吉の松

0740
八月十五夜、和哥所哥合に、月多秋友といふことをよみ侍りし
 寂蓮法師
  高砂の松も昔になりぬべしなほ行く末は秋の夜の月

0741
和哥所の開闔になりて初めて参り日、奏し侍りし
 源家長
  藻塩草かくともつきじ君が代の数によみおく和哥の浦波

0742
建久七年、入道前関白太政大臣(藤原兼実)、宇治にて人々に哥よませ侍りけるに
 前大納言隆房(藤原隆房)
  うれしさやかたしく袖につつむらむけふ待ちえたる宇治の橋姫

0743
嘉応元年、入道前関白太政大臣(藤原兼実)、宇治にて、河水久澄といふ事を人々によませ侍りけるに
 清輔朝臣(藤原清輔)
  年へたる宇治の橋守り言問はむ幾代になりぬ水のみなかみ

0744
日吉禰宜成仲、七十賀し侍りけるに、つかはしける
 (藤原清輔)
  ななそぢにみつの浜松老いぬれど千代の残りはなほぞはるけき

0745
百首哥よみ侍りけるに
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  八百日ゆく浜の真砂を君が代のかずに取らなむ沖つ島守

0746
家に哥合し侍りけるに、春祝の心をよみ侍りける
 摂政太政大臣(藤原良経)
  春日山みやこの南しかぞ思ふ北の藤波春に逢へとは

0747
天暦御時大嘗会主基方、備中国中山
 読人しらず
  常磐なる吉備の中山おしなべて千歳を松の深き色かな

0748
長和五年大嘗会、悠紀方風俗哥、近江国朝日郷
 祭主輔親(大中臣輔親)
  あかねさす朝日の里の日かげ草豊のあかりのかざしなるべし

0749
永承元年大嘗会悠紀方屏風、近江国もる山をよめる
 式部大輔資業(藤原資業)
  すべらぎをときはかきはに守る山の山人ならし山かづらせり

0750
寛治二年大嘗会屏風に、鷹尾山をよめる
 前中納言匡房(大江匡房)
  とやかへる鷹尾山のたまつばき霜をば経とも色はかはらじ

0751
久寿二年大嘗会、悠紀屏風に、近江国鏡山をよめる
 宮内卿(源師光女)永範
  くもりなき鏡の山の月を見て明らけき代を空に知るかな

0752
平治元年大嘗会主基方、辰日参入音声、生野をよめる
 刑部卿範兼(藤原範兼)
  大江山こえて生野の末遠み道ある代にもあひにけるかな

0753
仁安元年大嘗会悠紀哥奉りけるに、稲舂哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  近江のや坂田の稲をかけつみて道ある御代のはじめにぞ舂く

0754
寿永元年大嘗会主基方稲舂哥、丹波国長田村をよめる
 権中納言兼光
  神代よりけふのためとや八束穂に長田の稲のしなひそめけむ

0755
建久九年大嘗会悠紀哥、青羽山
 式部大輔光範(藤原光範)
  立ち寄ればすずしかりけり水鳥の青羽の山の松の夕風

0756
建久九年大嘗会主基屏風に、六月、松井
 権中納言資実(藤原資実)
  常磐なる松井の水を結ぶ手のしづくごとにぞ千代は見えける

巻第八

哀傷哥

0757
題しらず
 僧正遍昭
  末の露もとのしづくや世の中のおくれ先だつためしなるらむ

0758
 小野小町
  あはれなりわが身のはてや浅緑つひには野辺のかすみと思へば

0759
醍醐の帝かくれ給ひて後、弥生のつごもりに、三条右大臣(藤原定方)につかはしける
 中納言兼輔(藤原兼輔)
  桜散る春の末にはなりにけり雨間も知らぬながめせしまに

0760
正暦二年諒闇の春、桜の枝に付けて、道信朝臣につかはしける
 実方朝臣(藤原実方)
  墨染めのころもうき世の花ざかり折り忘れても折りてけるかな

0761
返し
 道信朝臣(藤原道信)
  あかざりし花をや春も恋ひつらむありし昔を思ひ出でつつ

0762
弥生のころ、人に後れて歎きける人のもとへつかはしける
 成尋法師
  花桜まださかりにて散りにけむなげきのもとを思ひこそやれ

0763
人の、桜をうゑおきて、その年の四月になくなりにける、またの年はじめて花咲きたるを見て
 大江嘉言
  花見むとうゑけむ人もなき宿の桜はこぞの春ぞ咲かまし

0764
年ごろすみ侍りける女の身まかりにける四十九日はてて、なほ山里にこもりゐてよみ侍りける
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
  たれもみな花の都に散りはててひとりしぐるる秋の山里

0765
公守朝臣母、身まかりて後の春の頃、法金剛院の花を見て
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  花見てはいとど家路ぞいそがれぬ待つらむと思ふ人しなければ

0766
定家朝臣、母の思ひに侍りける春のくれにつかはしける
 摂政太政大臣(藤原良経)
  春霞かすみし空の名残さへけふをかぎりの別れなりけり

0767
前大納言光頼、春身まかりにけるを、桂なる所にてとかくして帰り侍りけるに
 前左兵衛督惟方(藤原惟方)
  立ちのぼるけぶりをだにも見るべきに霞にまがふ春のあけぼの

0768
六条摂政かくれ侍りて後、うゑおきて侍りける牡丹の咲きて侍りけるを折りて、女房のもとよりつかはして侍りければ
 大宰大弐重家(藤原重家)
  形見とて見れば歎きの深み草なになかなかのにほひなるらむ

0769
幼き子の失せにけるがうゑおきたりける昌蒲を見て、よみ侍りける
 高陽院木綿四手
  あやめ草たれしのべとかうゑおきてよもぎが本の露と消えけむ

0770
歎くこと侍りける頃、五月五日、人のもとへ申しつかはしける
 上西門院兵衛
  けふくれどあやめもしらぬ袂かな昔を恋ふるねのみかかりて

0771
近衛院かくれ給ひにければ、世をそむきて後、五月五日、皇嘉門院に奉られける
 九条院
  あやめ草引きたがへたる袂には昔を恋ふるねぞかかりける

0772
返し
 皇嘉門院
  さもこそはおなじ袂の色ならめかはらぬねをもかけてけるかな

0773
住み侍りける女なくなりにける頃、藤原為頼朝臣妻、身まかりにけるにつかはしける
 小野宮右大臣(藤原実資)
  よそなれどおなじ心ぞかよふべきたれも思ひのひとつならねば

0774
返し
 藤原為頼朝臣
  ひとりにもあらぬ思ひはなき人も旅の空にやかなしかるらむ

0775
小式部内侍、露おきたる萩織りたる唐衣を着て侍りける、身まかりて後、上東門院よりたづねさせ給ひけるに奉るとて
 和泉式部
  おくと見し露もありけりはかなくて消えにし人を何にたとへむ

0776
御返し
 上東門院
  思ひきやはかなくおきし袖の上の露をかたみにかけむものとは

0777
白河院御時、中宮おはしまさで後、その御方は草のみしげりて侍りけるに、七月七日、わらはべの露取り侍りけるを見て
 周防内侍
  浅茅原はかなくおきし草の上の露を形見と思ひかけきや

0778
一品資子内親王に逢ひて、昔のことども申し出だしてよみ侍りける
 女御徽子女王
  袖にさへ秋の夕べは知られけり消えし浅茅が露をかけつつ

0779
例ならぬこと重くなりて、御髪おろし給ひける日、上東門院、中宮と申しける時、つかはしける
 一条院御哥
  秋風の露の宿りに君をおきて塵を出でぬることぞかなしき

0780
秋の頃、幼き子におくれたる人に
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
  別れけむ名残の袖もかはかぬにおきや添ふらむ秋の夕露

0781
返し
 読人しらず
  おき添ふる露とともには消えもせで涙にのみも浮き沈むかな

0782
廉義公の母なくなりて後、をみなへしを見て
 清慎公(藤原実頼)
  をみなへし見るに心はなぐさまでいとど昔の秋ぞ恋しき

0783
弾正尹為尊親王におくれてなげき侍りけるころ
 和泉式部
  寝覚めする身を吹きとほす風の音を昔は袖のよそに聞きけむ

0784
従一位源師子かくれ侍りて、宇治より新少将がもとにつかはしける
 知足院入道前関白太政大臣
  袖ぬらす萩の上葉の露ばかり昔忘れぬ虫の音ぞする

0785
法輪寺にまうで侍るとて、嵯峨野に大納言忠家が墓の侍りけるほどに、まかりてよみ侍りける
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
  さらでだに露けき嵯峨の野辺に来て昔の跡にしをれぬるかな

0786
公時卿母、身まかりてなげき侍りける頃、大納言実国がもとに申つかはしける
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  かなしさは秋の嵯峨野のきりぎりすなほふるさとに音をや鳴くらむ

0787
母の身まかりにけるを嵯峨野辺におさめ侍りける夜、よみける
 皇太后宮大夫俊成女
  今はさはうき世の嵯峨の野辺をこそ露消えはてし跡としのばめ

0788
母の身まかりにける秋、野分しける日、もと住み侍りけるところにまかりて
 藤原定家朝臣
  たまゆらの露も涙もとどまらずなき人恋ふる宿の秋風

0789
父の秀宗身まかりての秋、寄風懐旧といふことをよみ侍りける
 藤原秀能
  露をだに今は形見のふぢごろもあだにも袖を吹くあらしかな

0790
久我内大臣(源雅通)春の頃失せて侍りける年の秋、土御門内大臣(源通親)中将に侍りける時、つかはしける
 殷富門院大輔
  秋深き寝覚めにいかが思ひ出づるはかなく見えし春の夜の夢

0791
返し
 土御門内大臣(源通親)
  見し夢を忘るる時はなけれども秋の寝覚めはげにぞかなしき

0792
しのびてもの申しける女、身まかりて後、その家にとまりてよみ侍りける
 大納言実家
  なれし秋のふけし夜床はそれながら心の底の夢ぞかなしき

0793
陸奥国へまかれりける野中に、目に立つさまなる塚の侍りけるを、問はせ侍りければ、「これなむ中将の塚と申す」と答へければ、「中将とはいづれの人ぞ」と問ひ侍りければ、「実方朝臣の事」となむ申しけるに、冬のことにて、霜枯れの薄ほのぼの見えわたりて、折節ものがなしうおぼえ侍りければ
 西行法師
  朽ちもせぬその名ばかりをとどめおきて枯れ野のすすき形見とぞ見る

0794
同行なりける人、うち続きはかなくなりにければ、思ひ出でてよめる
 前大僧正慈円
  ふるさとを恋ふる涙やひとりゆく友なき山の道芝の露

0795
母の思ひに侍りける秋、法輪にこもりて、あらしのいたくふきければ
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  うき世には今はあらしの山風にこれやなれ行くはじめなるらむ

0796
定家朝臣母、身まかりて後、秋ごろ墓所近き堂に泊まりてよみ侍りける
  まれに来る夜はもかなしき松風を絶えずや苔の下に聞くらむ

0797
堀河院かくれ給てのち、神無月、風の音あはれに聞こえければ
 久我太政大臣(源雅通)
  もの思へば色なき風もなかりけり身にしむ秋の心ならひに

0798
藤原定通身まかりてのち、月あかき夜、人の夢に殿上になむ侍るとて、よみ侍りける哥
  ふるさとを別れし秋をかぞふれば八年になりぬ有明の月

0799
源為善朝臣身まかりにけるまたの年、月を見て
 能因法師
  命あればことしの秋も月は見つ別れし人にあふ世なきかな

0800
世の中はかなく、人々多くなくなり侍りける頃、中将宣方朝臣身まかりて、十月ばかり、白河の家にまかれりけるに、紅葉の一葉残れるを見侍りて
 前大納言公任(藤原公任)
  けふ来ずは見でややままし山里のもみぢも人も常ならぬ世に

0801
十月ばかり、水無瀬に侍りし頃、前大僧正慈円のもとへ、「濡れてしぐれの」など申しつかはして、次の年の神無月に、無常の哥あまたよみてつかはし侍りし中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  思ひ出づるをりたく柴の夕けぶりむせぶもうれし忘れ形見に

0802
返し
 前大僧正慈円
  思ひ出づるをりたく柴と聞くからにたぐひしられぬ夕けぶりかな

0803
雨中無常といふことを
 太上天皇(後鳥羽院)
  なき人の形見の雲やしぐるらむ夕べの雨に色は見えねど

0804
枇杷皇太后宮かくれて後、十月ばかりに、かの家の人々の中に、たれともなくてさしおかせける
 相模
  神無月しぐるるころもいかなれや空に過ぎにし秋の宮人

0805
右大将通房身まかりて後、手習ひすさびて侍りける扇を見いだして、よみ侍りける
 土御門右大臣女
  手すさびのはかなき跡と見しかども長き形見になりにけるかな

0806
斎宮女御のもとにて、先帝の書かせ給へりける草紙を見侍りて
 馬内侍
  たづねても跡はかくても水茎の行方も知らぬ昔なりけり

0807
返し
 女御徽子女王
  いにしへのなきに流るる水茎の跡こそ袖のうらに寄りけれ

0808
恒徳公(藤原為光)かくれて後、女のもとに、月明かき夜しのびてまかりてよみ侍りける
 道信朝臣(藤原道信)
  ほしもあへぬ衣の闇にくらされて月ともいはずまどひぬるかな

0809
入道摂政のために万灯会行はれ侍りけるに
 東三条院(藤原兼家女詮子)
  水底にちぢの光はうつれども昔の影は見えずぞありける

0810
公忠朝臣身まかりにける頃、よみ侍りける
 源信明朝臣
  ものをのみ思ひ寝覚めの枕には涙かからぬあかつきぞなき

0811
一条院かくれ給ひにければ、その御事をのみ恋ひなげき給ひて、夢にほのかにみえ給ひければ
 上東門院
  あふことも今は泣き寝の夢ならでいつかは君をまたは見るべき

0812
後朱雀院かくれ給て、上東門院、白河にこもり給にけるを聞きて
 女御藤原生子
  憂しとては出でにし家を出でぬなりなどふるさとにわが帰りけむ

0813
幼かりける子の身まかりにけるに
 源道済
  はかなしといふにもいとど涙のみかかるこの世をたのみけるかな

0814
後一条院中宮かくれ給て後、人の夢に
  ふるさとにゆく人もがな告げやらむ知らぬ山路にひとりまどふと

0815
小野宮右大臣(藤原実資)身まかりぬと聞きてよめる
 権大納言長家(藤原長家)
  玉の緒の長きためしに引く人も消ゆれば露にことならぬかな

0816
小式部内侍身まかりて後、常にもちて侍りける手箱を誦経にせさすとて、よみ侍りける
 和泉式部
  恋ひわぶと聞きにだに聞け鐘の音にうち忘らるる時のまぞなき

0817
上東門院小少将身まかりて後、常にうちとけてかきかはしける文の、ものの中に侍りけるを見出でて、加賀少納言がもとへつかはしける
 紫式部
  たれか世にながらへて見む書きとめし跡は消えせぬ形見なれども

0818
返し
 加賀少納言
  なき人をしのぶることもいつまでぞけふの哀はあすのわが身を

0819
僧正明尊かくれて後、ひさしくなりて、房なども岩倉にとりわたして、草生ひ茂りて、ことざまになりにけるを見て
 律師慶暹
  なき人の跡をだにとて来て見ればあらぬ里にもなりにけるかな

0820
世のはかなきことを歎く頃、陸奥国に名ある所々かきたる絵を見侍りて
 紫式部
  見し人のけぶりになりし夕べより名ぞむつましき塩釜の浦

0821
後朱雀院かくれ給ひて、源三位がもとにつかはしける
 弁乳母(順時女明子)
  あはれ君いかなる野辺のけぶりにてむなしき空の雲となりけむ

0822
返し
 源三位
  思へ君燃えしけぶりにまがひなで立ちおくれたる春の霞を

0823
大江嘉言、対馬守になりて下るとて、「難波堀江の蘆のうら葉に」とよみて下り侍りにけるほどに、国にてなくなりにけりと聞きて
 能因法師
  あはれ人けふの命を知らませば難波の蘆に契らざらまし

0824
題しらず
 大江匡衡朝臣
  よもすがら昔のことを見つるかな語るやうつつありし世や夢

0825
新少将
 俊頼朝臣身まかりて後、常に見ける鏡を仏に作らせ侍るとてよめる
  うつりけむ昔の影や残るとて見るに思ひのます鏡かな

0826
通ひける女のはかなくなり侍りにける頃、書きおきたる文ども、経の料紙になさむとて取り出だして見侍りけるに
 按察使公通(藤原公通)
  書きとむる言の葉のみぞ水茎の流れてとまる形見なりける

0827
禎子内親王かくれ侍りて後、子内親王かはりゐ侍りぬと聞きて、まかりて見ければ、何事もかはらぬやうに侍りけるも、いとど昔思ひ出でられて、女房に申し侍りける
 中院右大臣(源雅定)
  有栖川おなじ流れはかはらねど見しや昔の影ぞ忘れぬ

0828
権中納言道家母、かくれ侍りける秋、摂政太政大臣のもとにつかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  かぎりなき思ひのほどの夢のうちはおどろかさじと歎きこしかな

0829
返し
 摂政太政大臣(藤原良経)
  見し夢にやがてまぎれぬわが身こそとはるるけふもまづかなしけれ

0830
母の思ひに侍りける頃、またなくなりにける人のあたりより問ひて侍りければ、つかはしける
 清輔朝臣(藤原清輔)
  世の中は見しも聞きしもはかなくてむなしき空のけぶりなりけり

0831
無常の心を
 西行法師
  いつ歎きいつ思ふべきことなれば後の世知らで人の過ぐらむ

0832
(無常の心を)
 前大僧正慈円
  みな人のしりがほにしてしらぬかなかならずしぬるならひありとは

0833
(無常の心を)
 (慈円)
  きのふ見し人はいかにとおどろけどなほ長き夜の夢にぞありける

0834
(無常の心を)
 (慈円)
  よもぎふにいつかおくべき露の身はけふの夕暮れあすのあけぼの

0835
(無常の心を)
 (慈円)
  我もいつぞあらましかばと見し人をしのぶとすればいとどそひゆく

0836
前参議教長、高野にこもりゐて侍りけるが、病限りになり侍りぬと聞きて、頼輔卿まかりけるほどに身まかりぬと聞きて、つかはしける
 寂蓮法師
  尋ね来ていかにあはれとながむらむ跡なき山の峰の白雲

0837
人におくれて歎きける人につかはしける
 西行法師
  なきあとの面影をのみ身に添へてさこそは人の恋しかるらめ

0838
歎くこと侍りける人、とはずとうらみ侍りければ
  哀れとも心に思ふほどばかりいはれぬべくは問ひこそはせめ

0839
無常の心を
 入道左大臣(藤原実房)
  つくづくと思へばかなしいつまでか人のあはれをよそに聞くべき

0840
左近中将通宗が墓所にまかりて、よみ侍りける
 土御門内大臣(源通親)
  おくれゐて見るぞかなしきはかなさを憂き身の跡となに頼みけむ

0841
覚快法親王かくれ侍りて、周忌のはてに墓所にまかりて、よみ侍りける
 前大僧正慈円
  そこはかと思ひ続けて来てみればことしのけふも袖は濡れけり

0842
母のために粟田口の家にて仏を供養し侍りける時、はらからみなまうで来あひて、古き面影などさらにしのび侍りける折節しも、雨かきくらし降り侍りければ、帰るとて、かの堂の障子に書きつけ侍りける
 右大将忠経(藤原忠経)
  たれもみな涙の雨にせきかねぬ空もいかがはつれなかるべき

0843
なくなりたる人の数を卒塔婆に書きて哥よみ侍りけるに
 法橋行遍
  見し人は世にもなぎさの藻塩草かきおくたびに袖ぞしをるる

0844
子の身まかりにける次の年の夏、かの家にまかりたりけるに、花橘のかをりければよめる
 祝部成仲
  あらざらむ後しのべとや袖の香を花橘にとどめおきけむ

0845
 藤原兼房朝臣
 能因法師身まかりて後、よみ侍りける
  ありし世にしばしも見ではなかりしをあはれとばかりいひてやみぬる

0846
妻なくなりてまたの年の秋ごろ、周防内侍がもとへつかはしける
 権中納言通俊(藤原通俊)
  問へかしな片敷く藤の衣手に涙のかかる秋の寝覚めを

0847
堀河院かくれ給ひて後、よめる
 権中納言国信(源国信)
  君なくてよるかたもなき青柳のいとど憂き世ぞ思ひ乱るる

0848
通ひける女、山里にてはかなくなりにければ、つれづれとこもりゐて侍りけるが、あからさまに京へまかりて、暁帰るに、「鳥鳴きぬ」と人々いそがし侍りければ
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
  いつのまに身を山がつになしはてて都を旅と思ふなるらむ

0849
奈良の帝ををさめ奉りけるを見て
 人麿(柿本人麻呂)
  ひさかたのあめにしをるる君ゆゑに月日も知らで恋ひわたるらむ

0850
題しらず
 小野小町
  あるはなくなきは数添ふ世の中にあはれいづれの日まで歎かむ

0851
 業平朝臣(在原業平)
  白玉かなにぞと人の問ひし時露と答へて消なましものを

0852
更衣の服にて参れりけるを見給ひて
 延喜御哥(醍醐天皇)
  年ふればかくもありけり墨染めのこは思ふてふそれかあらぬか

0853
思ひにて人の家に宿れりけるを、その家に忘れ草の多く侍りければ、主につかはしける
 中納言兼輔(藤原兼輔)
  なき人をしのびかねては忘れ草お多かる宿に宿りをぞする

0854
病にしづみて、ひさしくこもりゐて侍りけるが、たまたま宜しくなりて、内に参りて、右大弁公忠蔵人に侍りけるに逢ひて、またあさてばかり参るべきよし申して、まかりいでにけるままに、病重くなりて限りに侍りければ、公忠朝臣につかはしける
 藤原季縄
  くやしくぞ後に逢はむと契りけるけふをかぎりといはましものを

0855
母の女御かくれ侍りて、七月七日よみ侍りける
 中務卿具平親王
  墨染めの袖は空にも貸さなくにしぼりもあへず露ぞこぼるる

0856
失せにける人の文の、物の中なるを見出でて、そのゆかりなる人のもとにつかはしける
 紫式部
  暮れぬまの身をば思はで人の世のあはれを知るぞかつははかなき

巻第九

離別哥

0857
陸奥国に下り侍りける人に、装束贈るとて、よみ侍りける
 紀貫之
  玉ぼこの道の山風寒からば形見がてらに着なむとぞ思ふ

0858
題しらず
 伊勢
  忘れなむ世にも越路の帰山いつはた人に逢はむとすらむ

0859
浅からず契りける人の、行き別れ侍りけるに
 紫式部
  北へゆく雁のつばさに言伝てよ雲の上書きかき絶えずして

0860
田舎へまかりける人に、旅衣もつかはすとて
 大中臣能宣朝臣
  秋霧のたつ旅衣おきて見よつゆばかりなる形見なりとも

0861
陸奥国に下り侍りける人に
 紀貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらむ

0862
逢坂の関近きわたりに住み侍りけるに、遠き所にまかりける人に餞し侍るとて
 中納言兼輔(藤原兼輔)
  逢坂の関に我が宿なかりせば別るる人は頼まざらまし

0863
寂昭上人入唐し侍りけるに、装束贈りけるに、立ちけるを知らで、追ひてつかはしける
 読人しらず
  着ならせと思ひしものを旅衣もたつ日を知らずなりにけるかな

0864
返し
 寂昭法師
  これやさは雲のはたてに織ると聞くたつこと知らぬ天の羽衣

0865
題しらず
 源重之
  衣川見なれし人のわかれにはたもとまでこそ波は立ちけれ

0866
陸奥国の介にてまかりける時、範永朝臣のもとにつかはしける
 高階経重朝臣
  行く末に阿武隈川のなかりせばいかにかせましけふの別れを

0867
返し
 藤原範永朝臣
  君にまた阿武隈川を待つべきに残り少なき我ぞかなしき

0868
大宰帥隆家下りけるに、扇給ふとて
 枇杷皇太后宮
  すずしさは生の松原まさるとも添ふる扇の風な忘れそ

0869
亭子院、宮滝御覧じにおはしましける御供に、素性法師めし具せられて参れりけるを、住吉の郡にていとま給はせて、大和につかはしけるに、よみ侍りける
 一条右大臣恒佐(藤原恒佐)
  神無月まれのみゆきにさそはれてけふ別れなばいつか逢ひ見む

0870
題しらず
 大江千里
  別れてののちも逢ひ見むと思へどもこれをいづれの時とかは知る

0871
成尋法師入唐し侍りけるに、母のよみ侍りける
 (大江千里)
  もろこしも天の下にぞありと聞く照る日の本を忘れざらなむ

0872
修行にいでたつとて、人のもとにつかはしける
 道命法師
  別れ路はこれや限りの旅ならむさらにいくべき心地こそせね

0873
老いたる親の、七月七日筑紫へ下りけるに、遥かに離れぬることを思ひて、八日の暁追ひて舟に乗る所につかはしける
 加賀左衛門
  天の川空にきこえし船出には我ぞまさりてけさはかなしき

0874
実方朝臣の陸奥へ下り侍りけるに、餞すとてよみ侍りける
 中納言隆家(藤原隆家)
  別れ路はいつも歎きの絶えせぬにいとどかなしき秋の夕暮れ

0875
返し
 実方朝臣(藤原実方)
  とどまらむことは心にかなへどもいかにかせまし秋のさそふを

0876
七月ばかり、美作へ下るとて、都の人につかはしける
 前中納言匡房(大江匡房)
  都をば秋とともにぞ立ちそめし淀の川霧幾夜へだてつ

0877
御子の宮と申しける時、大宰大弐実政、学士にて侍りける、甲斐守にてくだり侍りけるに、餞給はすとて
 後三条院御哥
  思ひ出でばおなじ空とは月を見よほどは雲居にめぐりあふまで

0878
陸奥国の守基頼朝臣、ひさしく逢ひ見ぬよし申して、いつ上るべしともいはず侍りければ
 基俊(藤原基俊)
  帰り来むほど思ふにも武隈のまつわが身こそいたく老いぬれ

0879
修行にいで侍りけるによめる
 大僧正行尊
  思へども定めなき世のはかなさにいつを待てともえこそ頼めね

0880
にはかに都を離れて、遠くまかりにけるに、女につかはしける
 読人しらず
  契りおくことこそさらになかりしかかねてひ思し別れならねば

0881
別れの心をよめる
 俊恵法師
  かりそめの別れとけふを思へどもいさやまことの旅にもあるらむ

0882
(別れの心をよめる)
 登蓮法師
  帰り来むほどをや人に契らまししのばれぬべきわが身なりせば

0883
守覚法親王、五十首哥よませ侍りける時
 藤原隆信朝臣
  たれとしも知らぬ別れのかなしきは松浦の沖を出づる舟人

0884
登蓮法師、筑紫へまかりけるに
 俊恵法師
  はるばると君がわくべき白波をあやしやとまる袖にかけつる

0885
陸奥国へまかりける人、餞し侍りけるに
 西行法師
  君いなば月待つとてもながめやらむあづまの方の夕暮れの空

0886
遠き所に修行せむとていでたち侍りけるに、人々別れ惜しみて、よみ侍りける
 (西行)
  頼めおかむ君も心やなぐさむと帰らむことはいつとなくとも

0887
(遠き所に修行せむとていでたち侍りけるに、人々別れ惜しみて、よみ侍りける)
 (西行)
  さりともとなほ逢ふことを頼むかなしでの山路をこえぬわかれは

0888
遠き所へまかりける時、師光餞し侍りけるによめる
 道因法師
  帰り来むほどを契らむと思へども老いぬる身こそ定めがたけれ

0889
題しらず
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  かりそめの旅の別れと忍ぶれど老いは涙もえこそとどめね

0890
(題しらず)
 祝部成仲
  別れにし人はまたもや三輪の山すぎにし方を今になさばや

0891
(題しらず)
 藤原定家朝臣
  忘るなよ宿るたもとは変はるともかたみにしぼる夜半の月影

0892
都のほかへまかりける人によみて送りける
 惟明親王
  名残思ふ袂にかねてしられけり別るる旅の行く末の露

0893
筑紫へまかりける女に、月出だしたる扇をつかはすとて
 読人しらず
  都をば心をそらに出でぬとも月見むたびに思ひおこせよ

0894
遠き国へまかりける人につかはしける
 大蔵卿行宗(源行宗)
  別れ路は雲居のよそになりぬともそなたの風の便り過ぐすな

0895
人の国へまかりける人に、狩衣つかはすとてよめる
 藤原顕綱朝臣
  色深く染めたる旅の狩衣帰らむまでの形見とも見よ

巻第十

羇旅哥

0896
和銅三年三月、藤原の宮より奈良の宮にうつり給ひける時
 元明天皇御哥
  飛ぶ鳥の明日香の里をおきていなば君があたりは見えずかもあらむ

0897
天平十二年十月、伊勢国に行幸し給ひける時
 聖武天皇御哥
  妹に恋ひ和哥の松原見渡せば潮干の潟にたづ鳴きわたる

0898
唐にてよみ侍りける
 山上憶良
  いざ子どもはや日の本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ

0899
題しらず
 人麿(柿本人麻呂)
  天ざかるひなの長路を漕ぎくれば明石の門より大和島見ゆ

0900
(題しらず)
 (柿本人麻呂)
  ささの葉はみ山もそよにみだるなり我は妹思ふわかれ来ぬれば

0901
帥の任はてて、筑紫より上り侍りけるに
 大納言旅人
  ここにありて筑紫やいづこ白雲のたなびく山の西にあるらし

0902
題しらず
 読人しらず
  朝霧に濡れにし衣ほさずしてひとりや君が山路越ゆらむ

0903
東の方にまかりけるに、浅間の嶽に煙のたつを見てよめる
 業平朝臣(在原業平)
  信濃なる浅間の嶽に立つ煙をちこち人の見やはとがめね

0904
駿河国宇津の山に逢へる人につけて、京につかはしける
 (在原業平)
  駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人にあはぬなりけり

0905
延喜御時屏風哥
 紀貫之
  草枕夕風寒くなりにけり衣うつなる宿やからまし

0906
題しらず
 (紀貫之)
  白雲のたなびきわたるあしびきの山のかけ橋けふや越えなむ

0907
(題しらず)
 壬生忠岑
  あづまぢの佐夜の中山さやかにも見えぬ雲居に世をや尽くさむ

0908
伊勢より人につかはしける
 女御徽子女王
  人をなほ恨みつべしや都鳥ありやとだにも問ふを聞かねば

0909
題しらず
 菅原輔昭
  まだ知らぬふるさと人はけふまでに来むとたのめし我を待つらむ

0910
(題しらず)
 読人しらず
  しなが鳥猪名野をゆけば有馬山夕霧たちぬ宿はなくして

0911
(題しらず)
 (読人しらず)
  神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜べに

0912
亭子院、御髪おろして山々寺々修行し給ひける頃、御供に侍りて、和泉国の日根といふ所にて、人々哥よみ侍りけるによめる
 橘良利
  ふるさとの旅寝の夢に見えつるは恨みやすらむまたと問はねば

0913
信濃の御坂のかた画きたる絵に、園原といふ所に旅人宿りて立ち明かしたる所を
 藤原輔尹朝臣
  立ちながら今宵は明けぬ園原や伏屋といふもかひなかりけり

0914
題しらず
 御形宣旨
  都にて越路の空をながめつつ雲居といひしほどに来にけり

0915
入唐し侍りける時、いつほどにかかへるべきと、人のとひければ
 法橋「然
  旅衣たちゆく波路遠ければいさ白雲のほども知られず

0916
敷津の浦にまかりて遊びけるに、舟に泊まりてよみ侍りける
 実方朝臣(藤原実方)
  舟ながらこよひばかりは旅寝せむ敷津の波に夢は覚むとも

0917
いそのへちの方に修行し侍りけるに、ひとり具したりける同行を尋ね失ひて、もとの岩屋の方へ帰るとて、あま人の見えけるに、修行者見えばこれを取らせよとて、よみ侍りける
 大僧正行尊
  我がごとく我を尋ねばあま小舟人もなぎさの跡と答へよ

0918
湖の舟にて、夕立のしぬべきよしを申しけるを聞きて、よみ侍りける
 紫式部
  かき曇り夕立つ波のあらければ浮きたる舟ぞしづ心なき

0919
天王寺に参りけるに、難波の浦に泊まりて、よみ侍りける
 肥後(藤原定成女)
  さ夜ふけて蘆の末越す浦風にあはれうち添ふ波の音かな

0920
旅哥とてよみ侍りける
 大納言経信(源経信)
  旅寝してあかつきがたの鹿の音に稲葉おしなみ秋風ぞ吹く

0921
(旅哥とてよみ侍りける)
 恵慶法師
  わぎもこが旅寝の衣うすきほどよきて吹かなむ夜半の山風

0922
後冷泉院御時、上のをのこども旅の哥よみ侍りけるに
 左近中将隆綱
  蘆の葉を刈りふくしづの山里に衣かたしき旅寝をぞする

0923
頼み侍りける人におくれて後、初瀬に詣でて、夜泊まりたりける所に、草を結びて、枕にせよとて、人のたびて侍りければ、よみて侍りける
 赤染衛門
  ありし世の旅は旅ともあらざりきひとり露けき草枕かな

0924
堀河院の百首哥に
 権中納言国信
  山路にてそぼちにけりな白露のあかつきおきの木々のしづくに

0925
(堀河院の百首哥に)
 大納言師頼(源師頼)
  草枕旅寝の人は心せよ有明の月もかたぶきにけり

0926
水辺旅宿といへる心をよめる
 源師賢朝臣
  磯なれぬ心ぞたへぬ旅寝する蘆のまろ屋にかかる白波

0927
田上にてよみ侍りける
 大納言経信(源経信)
  旅寝する蘆のまろ屋のさむければつま木こりつむ舟いそぐなり

0928
題しらず
 (源経信)
  み山路にけさや出でつる旅人の笠しろたへに雪つもりつつ

0929
旅宿雪といへる心をよみ侍りける
 修理大夫顕季(藤原顕季)
  松が根に尾花刈りしき夜もすがらかたしく袖に雪は降りつつ

0930
陸奥国に侍りける頃、八月十五夜、京を思ひ出でて、大宮の女房のもとにつかはしける
 橘為仲朝臣
  見し人もとふの浦風音せぬにつれなくすめる秋の夜の月

0931
関戸の院といふ所にて、羇中見月といふ心を
 大江嘉言
  草枕ほどぞ経にける都出でていくよか旅の月に寝ぬらむ

0932
守覚法親王家五十首哥よませ侍りける、旅の哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  夏刈りの蘆のかり寝もあはれなり玉江の月の明け方の空

0933
(守覚法親王家に、五十首哥よませ侍りける、旅の哥)
 (藤原俊成)
  立ち帰りまたも来て見む松島や雄島の苫屋波に荒らすな

0934
(守覚法親王家に、五十首哥よませ侍りける、旅の哥)
 藤原定家朝臣
  言問へよ思ひおきつの浜千鳥なくなく出でし跡の月影

0935
(守覚法親王家に、五十首哥よませ侍りける、旅の哥)
 藤原家隆朝臣
  野辺の露浦わの波をかこちても行方も知らぬ袖の月影

0936
旅の哥とてよめる
 摂政太政大臣(藤原良経)
  もろともに出でし空こそ忘られね都の山の有明の月

0937
題しらず
 西行法師
  都にて月をあはれと思ひしは数にもあらぬすさびなりけり

0938
(題しらず)
 (西行)
  月見ばと契りおきてしふるさとの人もやこよひ袖濡らすらむ

0939
五十首哥奉りし時
 藤原家隆朝臣
  明けばまた越ゆべき山の峰なれや空ゆく月の末の白雲

0940
(五十首哥奉りし時)
 藤原雅経
  ふるさとのけふの面影さそひ来と月にぞ契る佐夜の中山

0941
和哥所の月十首哥合のついでに、月前旅といへる心を人々つかうまつりしに
 摂政太政大臣(藤原良経)
  忘れじと契りて出でし面影は見ゆらむものをふるさとの月

0942
旅の哥とてよみ侍りける
 前大僧正慈円
  あづまぢの夜半のながめを語らなむ都の山にかかる月影

0943
海浜重夜といへる心をよみ侍りし
 越前(大中臣公親女)
  幾夜かは月をあはれとながめ来て波に折り敷く伊勢の浜荻

0944
百首哥奉りし時
 宜秋門院丹後
  知らざりし八十瀬の波を分け過ぎてかた敷く袖は伊勢の浜荻

0945
題しらず
 前中納言匡房(大江匡房)
  風さむみ伊勢の浜荻分けゆけば衣かりがね波に鳴くなり

0946
(題しらず)
 権中納言定頼
  磯なれで心もとけぬこも枕あらくなかけそ水の白波

0947
百首哥奉りしに
 式子内親王
  行く末はいま幾夜とか岩代の岡のかや根に枕結ばむ

0948
(百首哥奉りしに)
 (式子内親王)
  松が根の雄島が磯のさ夜枕いたくな濡れそ海人の袖かは

0949
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成女
  かくしても明かせば幾夜過ぎぬらむ山路の苔の露のむしろに

0950
旅にてよみ侍りける
 権僧正永縁
  白雲のかかる旅寝もならはぬに深き山路に日は暮れにけり

0951
暮望行客といへる心を
 大納言経信(源経信)
  夕日さす浅茅が原の旅人はあはれいづくに宿をかるらむ

0952
摂政太政大臣家哥合に、羇中晩嵐といふことをよめる
 藤原定家朝臣
  いづくにかこよひは宿をかり衣日も夕暮れの峰のあらしに

0953
旅の哥とてよめる
  旅人の袖吹き返す秋風に夕日さびしき山のかけはし

0954
(旅の哥とてよめる)
 藤原家隆朝臣
  ふるさとに聞きしあらしの声も似ず忘れね人を佐夜の中山

0955
(旅の哥とてよめる)
 藤原雅経
  白雲のいくへの峰を越えぬらむなれぬあらしに袖をまかせて

0956
(旅の哥とてよめる)
 源家長
  けふはまた知らぬ野原に行き暮れぬいづれの山か月は出づらむ

0957
和哥所の哥合に、羇中暮といふことを
 皇太后宮大夫俊成女
  ふるさとも秋は夕べを形見とて風のみ送る小野の篠原

0958
(和哥所の哥合に、羇中暮といふことを)
 雅経朝臣(藤原雅経)
  いたづらに立つや浅間の夕けぶり里問ひかぬるをちこちの山

0959
(和哥所の哥合に、羇中暮といふことを)
 宜秋門院丹後
  都をば天つ空とも聞かざりきなにながむらむ雲のはたてを

0960
(和哥所の哥合に、羇中暮といふことを)
 藤原秀能
  草枕夕べの空を人問はば鳴きても告げよ初雁の声

0961
旅の心を
 藤原有家朝臣
  臥しわびぬしのの小笹のかり枕はかなの露や一夜ばかりに

0962
石清水哥合に、旅宿嵐といふ心を
 (藤原有家)
  岩が根の床にあらしをかた敷きてひとりや寝なむ佐夜の中山

0963
旅の哥とて
 藤原業清
  たれとなき宿の夕べを契りにてかはるあるじを幾夜問ふらむ

0964
羇中夕といふ心を
 鴨長明
  枕とていづれの草に契るらむ行くをかぎりの野辺の夕暮れ

0965
あづまの方にまかりける道にてよみ侍りける
 民部卿成範(藤原成範)
  道のべの草の青葉に駒とめてなほふるさとをかへりみるかな

0966
長月の頃、初瀬に詣でける道にてよみ侍りける
 禅性法師
  初瀬山夕越えくれて宿問へば三輪の檜原に秋風ぞ吹く

0967
旅の哥とてよめる
 藤原秀能
  さらぬだに秋の旅寝はかなしきに松に吹くなりとこの山風

0968
摂政太政大臣家哥合に、秋旅といふ事を
 藤原定家朝臣
  忘れなむ待つとな告げそなかなかに因幡の山の峰の秋風

0969
百首哥奉りし時、旅哥
 家隆朝臣(藤原家隆)
  契らねどひと夜は過ぎぬ清見潟波に別るるあかつきの雲

0970
千五百番哥合に
  ふるさとにたのめし人も末の松待つらむ袖に波や越すらむ

0971
哥合し侍りける時、旅の心をよめる
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  日を経つつ都しのぶの浦さびて波よりほかの音づれもなし

0972
堀河院御時百首哥奉りけるに、旅の哥
 藤原顕仲朝臣
  さすらふる我が身にしあれば象潟やあまの苫屋にあまたたび寝ぬ

0973
入道前関白家百首哥に、旅の心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  難波人蘆火たく屋に宿かりてすずろに袖のしほたるるかな

0974
題しらず
 僧正雅縁
  また越えむ人もとまらばあはれ知れわが折り敷ける峰の椎柴

0975
前右大将頼朝(源頼朝)
  道すがら富士の煙もわかざりき晴るるまもなき空のけしきに

0976
述懐百首哥よみ侍りける中に、旅の哥
  世の中はうきふししげし篠原や旅にしあれば妹夢に見ゆ

0977
千五百番哥合に
 宜秋門院丹後
  おぼつかな都に住まぬ都鳥言問ふ人にいかがこたへし

0978
天王寺へ詣で侍りけるに、俄に雨降りければ、江口に宿を借りけるに、貸し侍らざりければ、よみ侍りける
 西行法師
  世の中をいとふまでこそかたからめ仮の宿をも惜しむ君かな

0979
返し
 遊女妙
  世をいとふ人とし聞けば仮の宿に心とむなと思ふばかりぞ

0980
和哥所にてをのこども、旅の哥つかうまつりしに
 藤原定家朝臣
  袖に吹けさぞな旅寝の夢も見じ思ふ方より通ふ浦風

0981
 藤原家隆朝臣
  旅寝する夢路はゆるせ宇津の山関とは聞かず守る人もなし

0982
詩を哥に合はせ侍りしに、山路秋行といへることを
 定家朝臣(藤原定家)
  都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふ蔦の下道

0983
(詩を哥に合はせ侍りしに、山路秋行といへることを)
 鴨長明
  袖にしも月かかれとは契りおかず涙は知るや宇津の山越え

0984
(詩を哥に合はせ侍りしに、山路秋行といへることを)
 前大僧正慈円
  立田山秋ゆく人の袖を見よ木々の梢はしぐれざりけり

0985
百首哥奉りしに、旅の哥
 (慈円)
  さとり行くまことの道に入りぬれば恋しかるべきふるさともなし

0986
泊瀬に詣でてかへさに、飛鳥川のほとりに宿りて侍りける夜、よみ侍りける
 素覚法師
  ふるさとへかへらむことは飛鳥川渡らぬさきに淵瀬たがふな

0987
あづまの方へまかりけるに、よみ侍りける
 西行法師
  年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり佐夜の中山

0988
旅の哥とて
 西行法師
  思ひおく人の心にしたはれて露分くる袖のかへりぬるかな

0989
熊野に参り侍りしに、旅の心を
 太上天皇(後鳥羽院)
  見るままに山風あらくしぐるめり都もいまは夜寒なるらむ

巻第十一

恋哥一

0990
題しらず
 読人しらず
  よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山の峰の白雲

0991
(題しらず)
 (読人しらず)
  音にのみありと聞きこしみ吉野の滝はけふこそ袖に落ちけれ

0992
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  あしびきの山田もる庵におくか火の下こがれつつわが恋ふらくは

0993
(題しらず)
 (柿本人麻呂)
  石の上布留のわさ田のほには出でず心のうちに恋ひやわたらむ

0994
女につかはしける
 在原業平朝臣
  春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず

0995
中将更衣につかはしける
 延喜御哥(醍醐天皇)
  紫の色に心はあらねども深くぞ人を思ひそめつる

0996
題しらず
 中納言兼輔(藤原兼輔)
  みかの原わきて流るるいづみ川いつみきとてか恋しかるらむ

0997
平定文家哥合に
 坂上是則
  園原や伏屋に生ふる帚木のありとは見えてあはぬ君かな

0998
人の文つかはして侍りける返事に添へて、女につかはしける
 藤原高光
  年を経て思ふ心のしるしにぞ空もたよりの風は吹きける

0999
九条右大臣(藤原師輔)女にはじめてつかはしける
 西宮前左大臣(源高明)
  年月は我が身にそへてすぎぬれど思ふ心のゆかずもあるかな

1000
返し
 大納言俊賢母
  もろともにあはれといはず人知れぬとはず語りを我のみやせむ

1001
天暦御時哥合に
 中納言朝忠(藤原朝忠)
  人づてに知らせてしがな隠れ沼の水ごもりにのみ恋ひやわたらむ

1002
はじめて女につかはしける
 太宰大弐高遠(藤原高遠)
  水ごもりの沼の岩垣つつめどもいかなるひまに濡るる袂ぞ

1003
いかなる折にかありけむ、女に
 謙徳公(藤原伊尹)
  から衣袖に人めはつつめどもこぼるるものは涙なりけり

1004
左大将朝光五節舞姫奉りけるかしづきを見てつかはしける
 前大納言公任(藤原公任)
  天つ空とよのあかりに見し人のなほ面影のしひて恋しき

1005
つれなく侍りける女に、師走のつごもりにつかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
  あらたまの年にまかせて見るよりは我こそ越えめ逢坂の関

1006
堀河関白文などつかはして、里はいづくぞと問ひ侍りければ
 本院侍従
  我が宿はそことも何か教ふべきいはでこそ見め尋ねけりやと

1007
返し
 忠義公(堀河殿 関白太政大臣藤原兼通)
  我が思ひ空の煙となりぬれば雲居ながらもなほ尋ねてむ

1008
題しらず
 紀貫之
  しるしなき煙を雲にまがへつつ世をへて富士の山と燃えなむ

1009
(題しらず)
 清原深養父
  煙たつ思ひならねど人しれずわびては富士のねをのみぞ泣く

1010
女につかはしける
 藤原惟成
  風吹けば室の八島の夕煙心の空にたちにけるかな

1011
文つかはしける女に、同じつかさのかみなる人通ふと聞きて、つかはしける
 藤原義孝
  白雲の峰にしもなど通ふらむおなじ三笠の山のふもとを

1012
題しらず
 和泉式部
  今日もまたかくや伊吹のさしも草さらば我のみ燃えやわたらむ

1013
(題しらず)
 源重之
  筑波山は山しげ山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり

1014
また通ふ人ありける女のもとにつかはしける
 大中臣能宣朝臣
  我ならぬ人に心をつくば山したに通はむ道だにやなき

1015
はじめて女につかはしける
 大江匡衡朝臣
  人知れず思ふ心はあしびきの山した水のわきやかへらむ

1016
女を物越しにほのかに見てつかはしける
 清原元輔
  にほふらむ霞のうちの桜花思ひやりても惜しき春かな

1017
年を経て言ひわたり侍りける女の、さすがにけぢかくはあらざりけるに、春の末つ方いひつかはしける
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  いくかへり咲き散る花をながめつつもの思ひくらす春にあふらむ

1018
題しらず
 凡河内躬恒
  奥山の峰飛びこゆる初雁のはつかにだにも見でややみなむ

1019
(題しらず)
 亭子院御哥
  大空をわたる春日のかげなれやよそにのみしてのどけかるらむ

1020
正月、雨降り風吹きける日、女につかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
  春風の吹くにもまさる涙かなわが水上も氷とくらし

1021
たびたび返事せぬ女に
  水の上に浮きたる鳥の跡もなくおぼつかなさを思ふころかな

1022
題しらず
 曾禰好忠
  片岡の雪間にねざす若草のほのかに見てし人ぞ恋しき

1023
返事せぬ女のもとにつかはさむとて、人のよませ侍りければ、二月ばかりによみ侍りし
 和泉式部
  跡をだに草のはつかに見てしがな結ぶばかりのほどならずとも

1024
題しらず
 藤原興風
  霜の上に跡ふみつくる浜千鳥ゆくへもなしとねをのみぞ泣く

1025
(題しらず)
 中納言家持(大伴家持)
  秋萩の枝もとををにおく露のけさ消えぬとも色に出でめや

1026
(題しらず)
 藤原高光
  秋風に乱れてものは思へども萩の下葉の色はかはらず

1027
しのぶ草のもみぢしたるにつけて、女のもとにつかはしける
 花園左大臣(源有仁)
  我が恋もいまは色にや出でなまし軒のしのぶももみぢしにけり

1028
和哥所哥合に、久忍恋といふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
  石の上布留の神杉ふりぬれど色には出でず露も時雨も

1029
北野宮哥合に、忍恋の心を
 太上天皇(後鳥羽院)
  我が恋は真木の下葉にもるしぐれ濡るとも袖の色に出でめや

1030
百首哥奉りし時よめる
 前大僧正慈円
  我が恋は松をしぐれの染めかねて真葛が原に風さわぐなり

1031
家に哥合し侍りけるに、夏の恋の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  うつせみの鳴く音やよそにもりの露ほしあへぬ袖を人の問ふまで

1032
(家に哥合し侍りけるに、夏の恋の心を)
 寂蓮法師
  思ひあれば袖に蛍をつつみてもいはばや物をとふ人はなし

1033
水無瀬にてをのこども、久恋といふことをよみ侍りしに
 太上天皇(後鳥羽院)
  思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮れの空

1034
百首哥の中に忍恋を
 式子内親王
  玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

1035
(百首哥の中に忍恋を)
 (式子内親王)
  忘れてはうち歎かるる夕べかな我のみ知りてすぐる月日を

1036
(百首哥の中に忍恋を)
 (式子内親王)
  我が恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕

1037
百首哥よみ侍りける時、忍恋
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  忍ぶるに心のひまはなけれどもなほもるものは涙なりけり

1038
冷泉院みこの宮と申しける時、候ひける女房を見交して言ひわたり侍りける頃、手習ひしける所に参りて、物に書きつけ侍りける
 謙徳公(藤原伊尹)
  つらけれど恨みむとはた思ほえずなほゆく先をたのむ心に

1039
返し
 読人しらず
  雨こそはたのまばもらめたのまずは思はぬ人と見てをやみなむ

1040
題しらず
 紀貫之
  風吹けばとはに波越す磯なれや我が衣手のかわく時なき

1041
(題しらず)
 道信朝臣(藤原道信)
  須磨の海人の波かけ衣よそにのみ聞くは我が身になりにけるかな

1042
薬玉を女につかはすとて、男に代はりて
 三条院女蔵人左近
  沼ごとに袖ぞ濡れけるあやめ草心に似たるねを求むとて

1043
五月五日、馬内侍につかはしける
 前大納言公任(藤原公任)
  ほととぎすいつかと待ちしあやめ草今日はいかなるねにか鳴くべき

1044
返し
 馬内侍
  五月雨は空おぼれするほととぎす時に鳴くねは人もとがめず

1045
兵衛佐に侍りける時、五月ばかりに、よそながらもの申しそめてつかはしける
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
  ほととぎす声をば聞けど花の枝にまだふみなれぬ物をこそ思へ

1046
返し
 馬内侍
  ほととぎすしのぶるものを柏木のもりても声の聞こえけるかな

1047
ほととぎすの鳴きつるは聞きつやと申しける人に
 (馬内侍)
  心のみ空になりつつほととぎす人だのめなる音こそ鳴かるれ

1048
題しらず
 伊勢
  み熊野の浦よりをちにこぐ舟の我をばよそにへだてつるかな

1049
(題しらず)
 (伊勢)
  難波潟短き蘆のふしのまもあはでこの世をすぐしてよとや

1050
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  みかりする狩場の小野のなら柴のなれはまさらで恋ぞまされる

1051
(題しらず)
 読人しらず
  宇度浜のうとくのみやは世をばへむ波のよるよる逢ひ見てしかな

1052
(題しらず)
 (読人しらず)
  東路の道のはてなる常陸帯のかことばかりもあはむとぞ思ふ

1053
(題しらず)
 (読人しらず)
  濁り江のすまむことこそかたからめいかでほのかに影を見せまし

1054
(題しらず)
 (読人しらず)
  しぐれ降る冬の木の葉のかわかずぞもの思ふ人の袖はありける

1055
(題しらず)
 (読人しらず)
  ありとのみ音に聞きつつ音羽川渡らば袖に影も見えなむ

1056
(題しらず)
 (読人しらず)
  水茎の岡の木の葉を吹き返したれかは君を恋ひむと思ひし

1057
(題しらず)
 (読人しらず)
  我が袖に跡ふみつけよ浜千鳥あふことかたし見てもしのばむ

1058
女のもとより帰り侍りけるに、ほどもなく雪のいみじう降り侍りければ
 中納言兼輔(藤原兼輔)
  冬の夜の涙にこほるわが袖の心とけずも見ゆる君かな

1059
題しらず
 藤原元真
  霜氷心もとけぬ冬の池に夜ふけてぞ鳴くをしの一声

1060
(題しらず)
 (藤原元真)
  涙川身も浮くばかり流るれど消えぬは人の思ひなりけり

1061
女につかはしける
 実方朝臣(藤原実方)
  いかにせむ久米路の橋の中空に渡しもはてぬ身とやなりなむ

1062
女の杉の実を包みておこせて侍りければ
 (藤原実方)
  たれぞこの三輪の檜原も知らなくに心の杉の我を尋ぬる

1063
題しらず
 小弁
  我が恋はいはぬばかりぞ難波なる蘆のしの屋の下にこそ焚け
1064
(題しらず)
 伊勢
  我が恋は荒磯の海の風をいたみしきりに寄する波のまもなし

1065
人につかはしける
 藤原清正
  須磨の浦に海人のこりつむ藻塩木のからくも下に燃えわたるかな

1066
題しらず
 源景明
  あるかひもなぎさに寄する白浪のまなくもの思ふ我が身なりけり

1067
(題しらず)
 紀貫之
  あしびきの山下たぎつ岩波の心くだけて人ぞ恋しき

1068
(題しらず)
 (紀貫之)
  あしびきの山下しげき夏草の深くも君を思ふころかな

1069
(題しらず)
 坂上是則
  をじかふす夏野の草の道をなみしげき恋路にまどふころかな

1070
(題しらず)
 曾禰好忠
  蚊遣火のさ夜ふけがたの下こがれくるしやわが身人知れずのみ

1071
(題しらず)
 (曾禰好忠)
  由良の門を渡る舟人梶を絶えゆくへも知らぬ恋の道かも

1072
鳥羽院御時、上のをのこども、風に寄する恋といふ心をよみ侍りけるに
 権中納言師時(源師時)
  追風に八重の潮路をゆく舟のほのかにだにも逢ひ見てしがな

1073
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  梶を絶え由良の湊にゆく舟のたよりも知らぬ沖つ潮風

1074
題しらず
 式子内親王
  しるべせよ跡なき波にこぐ舟のゆくへも知らぬ八重の潮風

1075
(題しらず)
 権中納言長方(藤原長方)
  紀の国や由良の湊にひろふてふたまさかにだに逢ひ見てしがな

1076
法性寺入道前関白太政大臣(藤原道長)家哥合に
 権中納言師俊(源師俊)
  つれもなき人の心のうきにはふあしのしたねのねをこそはなけ

1077
和哥所哥合に、忍恋をよめる
 摂政太政大臣(藤原良経)
  難波人いかなるえにか朽ちはてむあふことなみに身をつくしつつ

1078
隠名恋といへる心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  海人の刈るみるめを波にまがへつつ名草の浜を尋ねわびぬる

1079
題しらず
 相模
  逢ふまでのみるめ刈るべきかたぞなきまだ波なれぬ磯の海士人

1080
(題しらず)
 在原業平朝臣
  みるめ刈るかたやいづくぞ竿さして我に教へよ海人の釣舟

巻第十二

恋哥二

1081
五十首哥奉りしに、寄雲恋
 皇太后宮大夫俊成女
  下燃えに思ひ消えなむ煙だに跡なき雲のはてぞかなしき

1082
摂政太政大臣(藤原良経)家百首哥合に
 藤原定家朝臣
  なびかじな海人の藻塩火たきそめて煙は空にくゆりわぶとも

1083
百首哥奉りし時、恋哥
 摂政太政大臣(藤原良経)
  恋をのみ須磨の浦人藻塩たれほしあへぬ袖のはてを知らばや

1084
恋の哥とてよめる
 二条院讃岐
  みるめこそ入りぬる磯の草ならめ袖さへ波の下に朽ちぬる

1085
年を経たる恋といへる心をよみ侍りける
 俊頼朝臣(源俊頼)
  君恋ふと鳴海の浦の浜ひさぎしをれてのみも年をふるかな

1086
忍恋の心を
 前太政大臣(藤原頼実)
  知るらめや木の葉ふりしく谷水の岩間にもらす下の心を

1087
左大将に侍りける時、家に百首哥合し侍りけるに、忍恋の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  もらすなよ雲ゐる峰の初時雨木の葉は下に色かはるとも

1088
恋哥あまたよみ侍りけるに
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  かくとだに思ふ心を岩瀬山下ゆく水の草がくれつつ

1089
(恋哥あまたよみ侍りけるに)
 殷富門院大輔
  もらさばや思ふ心をさてのみはえぞ山城の井手のしがらみ

1090
忍恋の心を
 近衛院御哥
  恋しともいはば心のゆくべきにくるしや人目つつむ思ひは

1091
見れどあはぬ恋といふ心をよみ侍りける
 花園左大臣(源有仁)
  人知れぬ恋に我が身はしづめどもみるめに浮くは涙なりけり

1092
題しらず
 神祇伯顕仲(源顕仲)
  もの思ふといはぬばかりは忍ぶともいかがはすべき袖のしづくを

1093
忍恋の心を
 清輔朝臣(藤原清輔)
  人知れず苦しきものは信夫山下はふ葛の恨みなりけり

1094
和哥所哥合に、忍恋の心を
 藤原雅経
  消えねただ信夫の山の峰の雲かかる心の跡もなきまで

1095
千五百番哥合に
 左衛門督通光(源通光)
  かぎりあれば信夫の山のふもとにも落葉が上の露ぞ色づく

1096
(千五百番哥合に)
 二条院讃岐
  うちはへて苦しきものは人目のみしのぶの浦の海人の栲縄

1097
和哥所哥合に、依忍増恋といふことを
 春宮権大夫公継(藤原公継)
  忍ばじよ石間づたひの谷川も瀬をせくにこそ水まさりけれ

1098
題しらず
 信濃(祝部允仲女)
  人もまだ踏み見ぬ山の岩がくれ流るる水を袖にせくかな

1099
(題しらず)
 西行法師
  はるかなる岩のはざまにひとりゐて人目思はで物思はばや

1100
(題しらず)
 (西行)
  数ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をも恨みめ

1101
水無瀬の恋十五首哥合に、夏恋を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  草深き夏野わけゆくさを鹿のねをこそ立てね露ぞこぼるる

1102
入道前関白右大臣(藤原兼実)に侍りける時、百首哥人々によませ侍りけるに、忍恋の心を
 太宰大弐重家(藤原重家)
  後の世をなげく涙といひなしてしぼりやせまし墨染めの袖

1103
大納言成通文つかはしけれどつれなかりける女を、後の世まで恨み残るべきよし申しければ
 読人しらず
  玉章のかよふばかりになぐさめて後の世までの恨み残すな

1104
前大納言隆房中将に侍りける時、右近馬場の引折の日まかれりけるに、物見侍りける女の車よりつかはしける
 (読人しらず)
  ためしあればながめはそれと知りながらおぼつかなきは心なりけり

1105
返し
 前大納言隆房(藤原隆房)
  いはぬより心やゆきてしるべするながむる方を人の問ふまで

1106
千五百番哥合に
 左衛門督通光(源通光)
  ながめわびそれとはなしに物ぞ思ふ雲のはたての夕暮れの空

1107
雨降る日、女につかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  思ひあまりそなたの空をながむれば霞をわけて春雨ぞ降る

1108
水無瀬恋十五首哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  山がつの麻のさ衣をさをあらみあはで月日や杉ふける庵

1109
欲言出恋といへる心を
 藤原忠定
  思へどもいはで月日は杉の門さすがにいかが忍びはつべき

1110
百首哥奉りし時
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  あふことは交野の里の笹の庵しのに露散る夜半の床かな

1111
入道前関白右大臣に侍りける時、百首哥の中に忍恋
 (藤原俊成)
  散らすなよ篠の葉草のかりにても露かかるべき袖の上かは

1112
題しらず
 藤原元真
  白玉か露かと問はむ人もがなもの思ふ袖をさして答へむ

1113
女につかはしける
 藤原義孝
  いつまでも命も知らぬ世の中につらき歎きのやまずもあるかな

1114
崇徳院に百首哥奉りける時
 大炊御門右大臣(藤原公能)
  我が恋は千木の片そぎかたくのみゆきあはで年のつもりぬるかな

1115
入道前関白家に百首哥よみ侍りける時、あはぬ恋といふ心を
 藤原基輔朝臣
  いつとなく塩焼く海人の苫びさし久しくなりぬあはぬ思ひは

1116
夕恋といふ事をよみ侍りける
 藤原秀能
  藻塩焼く海人の磯屋の夕煙立つ名も苦し思ひ絶えなで

1117
海辺恋といふことをよめる
 藤原定家朝臣
  須磨の海人の袖に吹きこす潮風のなるとはすれど手にもたまらず

1118
摂政太政大臣家哥合によみ侍りける
 寂蓮法師
  ありとてもあはぬためしの名取川朽ちだにはてね瀬々の埋もれ木

1119
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  歎かずよ今はたおなじ名取川瀬々の埋もれ木朽ちはてぬとも

1120
百首哥奉りし時
 二条院讃岐
  涙川たぎつ心の早き瀬をしがらみかけてせく袖ぞなき

1121
摂政太政大臣百首哥よませ侍りけるに
 高松院右衛門佐
  よそながらあやしとだにも思へかし恋せぬ人の袖の色かは

1122
恋の哥とてよめる
 読人しらず
  忍びあまりおつる涙をせきかへしおさふる袖ようき名もらすな

1123
入道前関白太政大臣家哥合に
 道因法師
  くれなゐに涙の色のなりゆくをいくしほまでと君に問はばや

1124
百首哥の中に
 式子内親王
  夢にても見ゆらむものを歎きつつうち寝る宵の袖のけしきは

1125
語らひ侍りける女の夢に見えて侍りければよみける
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  覚めて後夢なりけりと思ふにも逢ふは名残のをしくやはあらぬ

1126
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  身にそへるその面影の消えななむ夢なりけりと忘るばかりに

1127
題しらず
 大納言実宗
  夢のうちにあふと見えつる寝覚めこそつれなきよりも袖は濡れけれ

1128
五十首哥奉りしに
 前大納言忠良(藤原忠良)
  頼めおきし浅茅が露に秋かけて木の葉ふりしく宿の通ひ路

1129
隔河忍恋といふことを
 正三位経家(藤原経家)
  忍びあまり天の川瀬にことよせむせめては秋を忘れだにすな

1130
遠き境を待つ恋といへる心を
 賀茂重政
  頼めてもはるけかるべき還山いくへの雲の下に待つらむ

1131
摂政太政大臣家百首哥合に
 中宮大夫家房(藤原家房)
  逢ふことはいつと伊吹の峰に生ふるさしも絶えせぬ思ひなりけり

1132
 家隆朝臣(藤原家隆)
  富士の峰の煙もなほぞ立ち昇る上なきものは思ひなりけり

1133
名立恋といふ心をよみ侍りける
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
  なき名のみ立田の山に立つ雲のゆくへも知らぬながめをぞする

1134
百首哥の中に恋の心を
 惟明親王
  逢ふことのむなしき空のうき雲は身をしる雨のたよりなりけり

1135
(百首哥の中に恋の心を)
 右衛門督通具(源通具)
  我が恋はあふをかぎりのたのみだにゆくへも知らぬ空のうき雲

1136
水無瀬恋十五首哥合に、春恋の心を
 皇太后宮大夫俊成女
  面影のかすめる月ぞ宿りける春や昔の袖の涙に

1137
冬恋
 定家朝臣(藤原定家)
  床の霜枕の氷消えわびぬむすびもおかぬ人の契りに

1138
摂政太政大臣家百首哥合に、暁恋
 藤原有家朝臣
  つれなさのたぐひまでやはつらからぬ月をもめでじ有明の空

1139
宇治にて、夜恋といふことを、をのこどもつかうまつりしに
 藤原秀能
  袖の上にたれゆゑ月は宿るぞとよそになしても人の問へかし

1140
久しき恋といへることを
 越前(大中臣公親女)
  夏引の手引きの糸の年経ても絶えぬ思ひにむすぼほれつつ

1141
家に百首哥合し侍りけるに、祈恋といへる心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  いく夜われ波にしをれて貴船川袖に玉散る物思ふらむ

1142
(家に百首哥合し侍りけるに、祈恋といへる心を)
 藤原定家朝臣
  年も経ぬ祈る契りは初瀬山尾上の鐘のよその夕暮れ

1143
片思ひの心をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  うき身をば我だにいとふいとへただそをだにおなじ心と思はむ

1144
題しらず
 権中納言長方(藤原長方)
  恋ひ死なむおなじうき名をいかにしてあふにかへつと人にいはれむ

1145
(題しらず)
 殷富門院大輔
  あすしらぬ命をぞ思ふおのづからあらばあふ世を待つにつけても

1146
(題しらず)
 八条院高倉
  つれもなき人の心はうつせみのむなしき恋に身をやかへてむ

1147
(題しらず)
 西行法師
  なにとなくさすがに惜しき命かなありへば人や思ひ知るとて

1148
(題しらず)
 (西行)
  思ひ知る人有明の世なりせばつきせず身をば恨みざらまし

巻第十三

恋哥三

1149
中関白(藤原道隆)通ひそめ侍りけるころ
 儀同三司母
  忘れじの行く末まではかたければ今日を限りの命ともがな

1150
忍びたる女をかりそめなる所にゐてまかりて、帰りて朝につかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
  限りなく結びおきつる草枕いつこのたびを思ひ忘れむ

1151
題しらず
 在原業平朝臣
  思ふには忍ぶることぞまけにけるあふにしかへばさもあらばあれ

1152
人のもとにまかりそめて、朝につかはしける
 廉義公(藤原頼忠)
  昨日まで逢ふにしかへばと思ひしを今日は命の惜しくもあるかな

1153
百首哥に
 式子内親王
  逢ふことを今日松が枝の手向草いく夜しをるる袖とかは知る

1154
頭中将に侍りける時、五節所のわらはにもの申しそめて後、尋ねてつかはしける
 源正清朝臣
  恋しさに今日ぞ尋ぬる奥山の日かげの露に袖は濡れつつ

1155
題しらず
 西行法師
  逢ふまでの命もがなと思ひしはくやしかりける我が心かな

1156
(題しらず)
 三条院女蔵人左近
  人心うす花染めのかり衣さてだにあらで色や変はらむ

1157
(題しらず)
 興風(藤原興風)
  あひ見てもかひなかりけりうばたまのはかなき夢におとるうつつは

1158
 実方朝臣(藤原実方)
  なかなかのもの思ひそめて寝ぬる夜ははかなき夢もえやは見えける

1159
忍びたる人と二人ふして
 伊勢
  夢とても人に語るな知るといへば手枕ならぬ枕だにせず

1160
題しらず
 和泉式部
  枕だに知らねば知らじ見しままに君語るなよ春の夜の夢

1161
人にもの言ひはじめて
 馬内侍
  忘れても人に語るなうたた寝の夢見て後もながからじ夜を

1162
女につかはしける
 藤原範永朝臣
  つらかりしおほくの年は忘られて一夜の夢をあはれとぞ見し

1163
題しらず
 高倉院御哥
  けさよりはいとど思ひをたきまして歎きこりつむ逢坂の山

1164
初会恋の心を
 俊頼朝臣(源俊頼)
  蘆の屋のしづはた帯の片結び心やすくもうちとくるかな

1165
題しらず
 読人しらず
  かりそめに伏見の野辺の草枕露かかりきと人に語るな

1166
人知れず忍びけることを、文など散らすと聞きける人につかはしける
 相模
  いかにせむ葛のうら吹く秋風に下葉の露のかくれなき身を

1167
題しらず
 実方朝臣(藤原実方)
  明けがたき二見の浦による波の袖のみ濡れて沖つ島人

1168
 伊勢
  逢ふことの明けぬ夜ながら明けぬれば我こそ帰れ心やはゆく

1169
九月十日あまり、夜ふけて和泉式部が門を叩かせ侍りけるに、聞きつけざりければ、朝につかはしける
 大宰帥敦道親王
  秋の夜の有明の月の入るまでにやすらひかねて帰りにしかな

1170
題しらず
 道信朝臣(藤原道信)
  心にもあらぬ我が身の行き帰り道の空にて消えぬべきかな

1171
近江更衣に給はせける
 延喜御哥
  はかなくも明けにけるかな朝露のおきての後ぞ消えまさりける

1172
御返し
 更衣源周子
  朝露のおきつる空も思ほえず消えかへりつる心まどひに

1173
題しらず
 円融院御哥
  おきそふる露やいかなる露ならむいまは消えねと思ふ我が身を

1174
(題しらず)
 謙徳公(藤原伊尹)
  思ひ出でていまは消ぬべし夜もすがらおきうかりつる菊の上の露

1175
(題しらず)
 清慎公(藤原実頼)
  うばたまの夜の衣をたちながら帰るものとは今ぞ知りぬる

1176
夏の夜、女のもとにまかりて侍りけるに、人しづまるほど、夜いたくふけてあひて侍りければ、よみける
 藤原清正
  みじか夜の残り少なくふけゆけばかねてものうきあかつきの空

1177
女御子に通ひそめて、朝につかはしける
 大納言清蔭(源清蔭)
  明くといへばしづ心なき春の夜の夢とや君を夜のみは見む

1178
弥生の頃、夜もすがら物語して帰り侍りけるに、人の、今朝はいとどもの思はしきよし申しつかはしたりけるに
 和泉式部
  今朝はしも歎きもすらむいたづらに春の夜一夜夢をだに見で

1179
題しらず
 赤染衛門
  心からしばしと包むものからにしぎの羽掻きつらき今朝かな

1180
忍びたる所より帰りて、朝につかはしける
 九条入道右大臣(藤原師輔)
  わびつつも君が心にかなふとてけさも袂をほしぞわづらふ

1181
小八条の御息所につかはしける
 亭子院御哥
  手枕にかせるたもとの露けきは明けぬとつぐる涙なりけり

1182
題しらず
 藤原惟成
  しばし待てまだ夜は深し長月の有明の月は人まどふなり

1183
前栽の露おきたるを、などか見ずなりにしと申しける女に
 実方朝臣(藤原実方)
  おきて見ば袖のみ濡れていとどしく草葉の玉の数やまさらむ

1184
二条院御時、暁帰りなむとする恋といふことを
 二条院讃岐
  明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで人の袖をも濡らしつるかな

1185
題しらず
 西行法師
  面影の忘らるまじき別れかな名残を人の月にとどめて

1186
後朝恋の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  またも来む秋をたのむの雁だにも鳴きてぞ帰る春のあけぼの

1187
女のもとにまかりて、心地の例ならず侍りければ、帰りてつかはしける
 賀茂成助
  たれ行きて君につげまし道芝の露もろともに消えなましかば

1188
女のもとに、物をだにいはむとてまかれりけるに、むなしくかへりて、朝に
 左大将朝光(藤原朝光)
  消えかへりあるかなきかのわが身かな恨みて帰る道芝の露

1189
三条関白女御、入内の朝につかはしける
 花山院御哥
  朝ぼらけおきつる霜の消えかへり暮れ待つほどの袖を見せばや

1190
法性寺入道前関白太政大臣(藤原兼実)家哥合に
 藤原道経
  庭に生ふるゆふかげ草の下露や暮れを待つまの涙なるらむ

1191
題しらず
 小侍従(石清水別当光清女)
  待つ宵にふけゆく鐘の声聞けばあかぬ別れの鳥はものかは

1192
(題しらず)
 藤原知家
  これもまた長き別れになりやせむ暮れを待つべき命ならねば

1193
(題しらず)
 西行法師
  有明は思ひ出であれや横雲のただよはれつるしののめの空

1194
(題しらず)
 清原元輔
  大井川井堰の水のわくらばにけふはたのめし暮れにやはあらぬ

1195
けふと契りける人の、あるかと問ひて侍りければ
 読人しらず
  夕暮れに命かけたるかげろふのありやあらずや問ふもはかなし

1196
藤原定家朝臣
 西行法師人々に百首哥よませ侍りけるに
  あぢきなくつらきあらしの声もうしなど夕暮れに待ちならひけむ

1197
恋の哥とて
 太上天皇(後鳥羽院)
  頼めずは人は待乳の山なりと寝なましものをいざよひの月

1198
水無瀬にて恋十五首哥合に、夕恋といへる心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  なにゆゑと思ひも入れぬ夕べだに待ち出でしものを山の端の月

1199
寄風恋
 宮内卿(源師光女)
  聞くやいかにうはの空なる風だにも松に音するならひありとは

1200
題しらず
 西行法師
  人は来で風のけしきもふけぬるにあはれに雁の音づれてゆく

1201
(題しらず)
 八条院高倉
  いかが吹く身にしむ色の変はるかなたのむる暮れの松風の声

1202
(題しらず)
 鴨長明
  頼めおく人も長等の山にだに小夜ふけぬれば松風の声

1203
(題しらず)
 藤原秀能
  今来むとたのめしことを忘れずはこの夕暮れの月や待つらむ

1204
待つ恋といへる心を
 式子内親王
  君待つと閨へも入らぬ真木の戸にいたくなふけそ山の端の月

1205
恋の哥とてよめる
 西行法師
  頼めぬに君来やと待つ宵のまのふけゆかでただ明けなましかば

1206
(恋の哥とてよめる)
 藤原定家朝臣
  帰るさのものとや人のながむらむ待つ夜ながらの有明の月

1207
題しらず
 読人しらず
  君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞふる

1208
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  衣手に山おろし吹きて寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む

1209
左大将朝光久しう音づれ侍らで、旅なる所に来あひて、枕のなければ草を結びてしたるに
 馬内侍
  逢ふことはこれや限りの旅ならむ草の枕も霜がれにけり

1210
天暦御時、まどをにあれやと侍りければ
 女御徽子女王
  なれゆくはうき世なればや須磨の海人の塩焼き衣まどほなるらむ

1211
逢ひて後逢ひがたき女に
 坂上是則
  霧深き秋の野中の忘れ水絶えまがちなるころにもあるかな

1212
三条院、みこの宮と申ける時、久しく問はせ給はざりければ
 安法法師女
  世の常の秋風ならば荻の葉にそよとばかりの音はしてまし

1213
題しらず
 中納言家持(大伴家持)
  あしびきの山のかげ草むすびおきて恋ひやわたらむ逢ふよしをなみ

1214
(題しらず)
 延喜御哥(醍醐天皇)
  東路に刈るてふかやの乱れつつつかのまもなく恋ひやわたらむ

1215
(題しらず)
 権中納言敦忠(藤原敦忠)
  結びおきしたもとだに見ぬ花すすき枯るとも枯れじ君し解かずは

1216
百首哥の中に
 源重之
  霜の上にけさ降る雪の寒ければかさねて人をつらしとぞ思ふ

1217
題しらず
 安法法師女
  ひとりふす荒れたる宿の床の上にあはれいく夜の寝覚めしつらむ

1218
(題しらず)
 源重之
  山城の淀の若こも刈りにきて袖濡れぬとはかこたざらなむ

1219
(題しらず)
 紀貫之
  かけて思ふ人もなけれど夕されば面影絶えぬ玉かづらかな

1220
宮仕へしける女を語らひ侍りけるに、やむごとなき男の入り立ちていふけしきを見て恨みけるを、女あらがひければよみ侍りける
 平貞文
  いつはりをただすの杜のゆふだすきかけつつちかへ我を思はば

1221
人につかはしける
 鳥羽院御哥
  いかばかりうれしからましもろともに恋ひらるる身も苦しかりせば

1222
片思の心を
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  我ばかりつらきを忍ぶ人やあるといま世にあらば思ひあはせよ

1223
摂政太政大臣家百首哥合に、契恋の心を
 前大僧正慈円
  ただ頼めたとへば人のいつはりを重ねてこそはまたも恨みめ

1224
女を恨みて、今はまからじと申して後、なほ忘れがたくおぼえければつかはしける
 左衛門督家通(藤原家通)
  つらしとは思ふものから伏柴のしばしもこりぬ心なりけり

1225
頼むること侍りける女、わづらふこと侍りける、おこたりて、久我内大臣(源雅通)のもとにつかはしける
 読人しらず
  頼め来し言の葉ばかりとどめおきて浅茅が露と消えなましかば

1226
返し
 久我内大臣(源雅通)
  あはれにもたれかは露も思はまし消え残るべき我が身ならねば

1227
題しらず
 小侍従(石清水別当光清女)
  つらきをも恨みぬ我にならふなようき身を知らぬ人もこそあれ

1228
(題しらず)
 殷富門院大輔
  何かいとふよもながらへじさのみやは憂きにたへたる命なるべき

1229
(題しらず)
 刑部卿頼輔(藤原頼輔)
  恋ひしなむ命はなほも惜しきかなおなじ世にあるかひはなけれど

1230
(題しらず)
 西行法師
  あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬにはよらぬ歎きを

1231
(題しらず)
 (西行)
  身を知れば人のとがとは思はぬに恨みがほにも濡るる袖かな

1232
女につかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  よしさらばのちの世とだに頼めおけつらさにたへぬ身ともこそなれ

1233
返し
 藤原定家朝臣母
  頼めおかむたださばかりを契りにてうき世の中の夢になしてよ

巻第十四

恋哥四

1234
中将に侍りける時、女につかはしける
 清慎公(藤原実頼)
  宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはでねをのみぞ泣く

1235
返し
 読人しらず
  君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなる心地かはする

1236
少将滋につかはしける
 (読人しらず)
  恋しさに死ぬる命を思ひ出でてとふ人あらばなしと答へよ

1237
恨むること侍りて、さらにまうで来じと誓言して、二日ばかりありてつかはしける
 謙徳公(藤原伊尹)
  別れては昨日今日こそへだてつれ千代しもへたる心地のみする

1238
返し
 恵子女王贈皇后宮母
  きのふともけふとも知らず今はとて別れしほどの心まどひに

1239
入道摂政久しくまうでこざりける頃、鬢かきて出で侍りけるゆするつきの水入れながら侍りけるを見て
 右大将道綱母
  絶えぬるか影だに見えば問ふべきを形見の水は水草ゐにけり

1240
内にひさしく参り給はざりける頃、五月五日、後朱雀院の御かへりごとに
 陽明門院
  かたがたにひき別れつつあやめ草あらぬねをやはかけむと思ひし

1241
題しらず
 伊勢
  言の葉のうつろふだにもあるものをいとど時雨の降りまさるらむ

1242
右大将道綱母
  吹く風につけても問はむささがにの通ひし道は空に絶ゆとも

1243
后の宮久しく里におはしける頃、つかはしける
 天暦御哥(村上天皇)
  葛の葉にあらぬわが身も秋風の吹くにつけつつ恨みつるかな

1244
久しく参らざりける人に
 延喜御哥(醍醐天皇)
  霜さやぐ野辺の草葉にあらねどもなどか人目のかれまさるらむ

1245
御返し
 読人しらず
  浅茅生ふる野辺や枯るらむ山がつの垣ほの草は色もかはらず

1246
春になりてと奏し侍りけるが、さもなかりければ、内より、まだ年もかへらぬにやとのたまはせたりける御返事を、かえでの紅葉につけて
 女御徽子女王
  霞むらむほどをも知らずしぐれつつ過ぎにし秋のもみぢをぞ見る

1247
御返し
 天暦御哥(村上天皇)
  今来むとたのめつつふる言の葉ぞ常磐に見ゆるもみぢなりける

1248
女御の下に侍りけるにつかはしける
 朱雀院御哥
  玉ぼこの道ははるかにあらねどもうたて雲居にまどふころかな

1249
御返し
 女御熈子女王
  思ひやる心は空にあるものをなどか雲居に逢ひ見ざるらむ

1250
麗景殿女御参りて後、雨降り侍りける日、梅壺女御に
 後朱雀院御哥
  春雨の降りしくころか青柳のいと乱れつつ人ぞ恋しき

1251
御返し
 女御藤原生子
  青柳のいと乱れたるこのごろは一筋にしも思ひよられじ

1252
またつかはしける
 後朱雀院御哥
  青柳の糸はかたがたなびくとも思ひそめてむ色はかはらじ

1253
御返し
 女御生子
  浅緑深くもあらぬ青柳は色変はらじといかが頼まむ

1254
早やうもの申しける女に、枯れたる葵を、みあれの日つかはしける
 実方朝臣(藤原実方)
  いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみのけふぞ忘れぬ

1255
返し
 読人しらず
  枯れにけるあふひのみこそかなしけれあはれと見ずや賀茂の瑞垣

1256
広幡の御息所につかはしける
 天暦御哥
  逢ふことをはつかに見えし月影のおぼろけにやはあはれとは思ふ

1257
題しらず
 伊勢
  更級や姨捨山の有明のつきずもものを思ふころかな

1258
中務(敦慶親王女)
  いつとてもあはれと思ふを寝ぬる夜の月はおぼろけなくなくぞ見し

1259
 凡河内躬恒
  更級の山よりほかに照る月もなぐさめかねつこのごろの空

1260
 読人しらず
  天の戸をおし明け方の月見ればうき人しもぞ恋しかりける

1261
  ほの見えし月を恋しと帰るさの雲路の波に濡れてこしかな

1262
人につかはしける
 紫式部
  入る方はさやかなりける月影をうはの空にも待ちし宵かな

1263
返し
 読人しらず
  さしてゆく山の端もみなかきくもり心の空に消えし月影

1264
題しらず
 藤原経衡
  今はとて別れしほどの月をだに涙にくれてながめやはせし

1265
(題しらず)
 肥後(藤原定成女)
  面影の忘れぬ人によそへつつ入るをぞしたふ秋の夜の月

1266
(題しらず)
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  憂き人の月は何ぞのゆかりぞと思ひながらもうちながめつつ

1267
(題しらず)
 西行法師
  月のみや上の空なる形見にて思ひも出でば心通はむ

1268
(題しらず)
 (西行)
  くまもなき折しも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな

1269
(題しらず)
 (西行)
  もの思ひてながむるころの月の色にいかばかりなるあはれそふらむ

1270
(題しらず)
 八条院高倉
  くもれかしながむるからにかなしきは月におぼゆる人の面影

1271
百首哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり

1272
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  めぐりあはむ限りはいつと知らねども月なへだてそよその浮雲

1273
(千五百番哥合に)
 (藤原良経)
  我が涙もとめて袖に宿れ月さりとて人の影は見ねども

1274
(千五百番哥合に)
 権中納言公経(西園寺公経)
  恋ひわぶる涙や空に曇るらむ光もかはるねやの月影

1275
(千五百番哥合に)
 左衛門督通光(源通光)
  いくめぐり空ゆく月もへだてきぬ契りし中はよその浮雲

1276
(千五百番哥合に)
 右衛門督通具(源通具)
  今来むと契りしことは夢ながら見し夜に似たる有明の月

1277
(千五百番哥合に)
 有家朝臣(藤原有家)
  忘れじといひしばかりの名残とてその夜の月はめぐり来にけり

1278
題しらず
 摂政太政大臣(藤原良経)
  思ひ出でてよなよな月に尋ねずは待てと契りし中や絶えなむ

1279
(題しらず)
 藤原家隆朝臣
  忘るなよいまは心のかはるともなれしその夜の有明の月

1280
(題しらず)
 法眼宗円
  そのままに松のあらしもかはらぬを忘れやしぬるふけし夜の月

1281
(題しらず)
 藤原秀能
  人ぞうき頼めぬ月はめぐりきて昔忘れぬ蓬生の宿

1282
八月十五夜和哥所にて、月前恋といふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
  わくらばに待ちつる宵もふけにけりさやは契りし山の端の月

1283
(八月十五夜和哥所にて、月前恋といふことを)
 有家朝臣(藤原有家)
  来ぬ人を待つとはなくて待つ宵のふけゆく空の月も恨めし

1284
(八月十五夜和哥所にて、月前恋といふことを)
 藤原定家朝臣
  松山と契し人はつれなくて袖こすなみにのこる月かげ

1285
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成女
  ならひこしたがいつはりもまだ知しらで待つとせしまの庭の蓬生

1286
経房卿家哥合に、久恋を
 二条院讃岐
  あと絶えて浅茅が末になりにけり頼めし宿の庭の白露

1287
摂政太政大臣家百首哥よみ侍りけるに
 寂蓮法師
  来ぬ人を思ひ絶えたる庭の面の蓬が末ぞ待つにまされる

1288
題しらず
 左衛門督通光(源通光)
  尋ねても袖にかくべき方ぞなき深き蓬の露のかことを

1289
(題しらず)
 藤原保季朝臣
  形見とてほの踏み分けしあともなし来しは昔の庭の荻原

1290
(題しらず)
 法橋行遍
  名残をば庭の浅茅にとどめおきてたれゆゑ君が住みうかれけむ

1291
摂政太政大臣家百首哥合に
 定家朝臣
  忘れずはなれし袖もや氷るらむ寝ぬ夜の床の霜のさむしろ

1292
(摂政太政大臣家百首哥合に)
 家隆朝臣(藤原家隆)
  風吹かば峰に別れむ雲をだにありし名残の形見とも見よ

1293
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  いはざりき今来むまでの空の雲月日へだてて物思へとは

1294
千五百番哥合に
 家隆朝臣(藤原家隆)
  思ひ出でよたがかねことの末ならむきのふの雲のあとの山風

1295
二条院御時、艶書の哥めしけるに
 刑部卿範兼(藤原範兼)
  忘れゆく人ゆゑ空をながむればたえだえにこそ雲も見えけれ

1296
題しらず
 殷富門院大輔
  忘れなば生けらむものかと思ひしにそれもかなはぬこの世なりけり

1297
(題しらず)
 西行法師
  うとくなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしに

1298
(題しらず)
 (西行)
  今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れむとての情なりけり

1299
建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を
 土御門内大臣(源通親)
  逢ひ見しは昔語りのうつつにてそのかねことを夢になせとや

1300
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 権中納言公経(西園寺公経)
  あはれなる心の闇のゆかりとも見し夜の夢をたれか定めむ

1301
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 右衛門督通具(源通具)
  契りきやあかぬ別れに露おきしあかつきばかり形見なれとは

1302
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 寂蓮法師
  恨みわび待たじいまはの身なれども思ひなれにし夕暮れの空

1303
(建仁元年三月哥合に、遇不遇恋の心を)
 宜秋門院丹後
  忘れじの言の葉いかになりにけむ頼めし暮れは秋風ぞ吹く

1304
家に百首哥合し侍りけるに
 摂政太政大臣(藤原良経)
  思ひかねうちぬるよゐもありなまし吹きだにすさべ庭の松風

1305
 有家朝臣(藤原有家)
  さらでだに恨みむと思ふわぎもこが衣の裾に秋風ぞ吹く

1306
題しらず
 読人しらず
  心にはいつも秋なる寝覚めかな身にしむ風のいく夜ともなく

1307
(題しらず)
 西行法師
  あはれとて問ふ人のなどなかるらむもの思ふ宿の荻の上風

1308
入道前関白太政大臣家の哥合に
 俊恵法師
  わが恋は今は限りと夕まぐれ荻吹く風のおとづれてゆく

1309
題しらず
 式子内親王
  今はただ心のほかに聞くものを知らずがほなる荻の上風

1310
家の哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  いつも聞くものとや人の思ふらむ来ぬ夕暮れの秋風の声

1311
(家の哥合に)
 前大僧正慈円
  心あらば吹かずもあらなむ宵々に人待つ宿の庭の松風

1312
和哥所にて哥合侍りしに、逢不会恋の心を
 寂蓮法師
  里は荒れぬむなしき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く

1313
水無瀬の恋十五首の哥合に
 太上天皇(後鳥羽院)
  里は荒れぬ尾上の宮のおのづから待ちこし宵も昔なりけり

1314
(水無瀬の恋十五首の哥合に)
 藤原有家朝臣
  もの思はでただおほかたの露にだに濡るれば濡るる秋の袂を

1315
(水無瀬の恋十五首の哥合に)
 雅経(藤原雅経)
  草枕結び定めむ方知らずならはぬ野辺の夢の通ひ路

1316
和哥所の哥合に、深山恋といふことを
 藤原家隆朝臣
  さてもなほ問はれぬ秋の夕は山雲吹く風も峰に見ゆらむ

1317
(和哥所の哥合に、深山恋といふことを)
 藤原秀能
  思ひ入る深き心のたよりまで見しはそれともなき山路かな

1318
題しらず
 鴨長明
  ながめてもあはれと思へおほかたの空だにかなし秋の夕暮れ

1319
千五百番哥合に
 右衛門督通具(源通具)
  言の葉のうつりし秋も過ぎぬれば我が身時雨とふる涙かな

1320
(千五百番哥合に)
 藤原定家朝臣
  消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの杜の白露

1321
摂政太政大臣(藤原良経)家哥合に
 寂蓮法師
  来ぬ人を秋のけしきやふけぬらむ恨みによわる松虫の声

1322
恋哥とてよみ侍りける
 前大僧正慈円
  我が恋は庭のむら萩うらがれて人をも身をも秋の夕暮れ

1323
被忘恋の心を
 太上天皇(後鳥羽院)
  袖の露もあらぬ色にぞ消えかへるうつれば変はる歎きせしまに

1324
(被忘恋の心を)
 藤原定家朝臣
  むせぶとも知らじな心瓦屋に我のみ消たぬ下のけぶりは

1325
(被忘恋の心を)
 家隆朝臣(藤原家隆)
  知られじなおなじ袖には通ふともたが夕暮れと頼む秋風

1326
(被忘恋の心を)
 皇太后宮大夫俊成女
  露はらふ寝覚めは秋の昔にて見はてぬ夢に残る面影

1327
摂政太政大臣(藤原良経)家百首哥合に、尋恋
 前大僧正慈円
  心こそ行く方も知らね三輪の山杉の梢の夕暮れの空

1328
百首哥の中に
 式子内親王
  さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて

1329
(百首哥の中に)
 (式子内親王)
  生きてよもあすまで人はつらからじこの夕暮れを問はば問へかし

1330
暁恋の心を
 前大僧正慈円
  あかつきの涙や空にたぐふらむ袖に落ちくる鐘の音かな

1331
千五百番哥合に
 権中納言公経(西園寺公経)
  つくづくと思ひあかしの浦千鳥波の枕になくなくぞきく

1332
(千五百番哥合に)
 藤原定家朝臣
  尋ね見るつらき心の奥の海よしほひの潟のいふかひもなし

1333
水無瀬の恋の十五首哥合に
 藤原雅経
  見し人の面影とめよ清見潟袖にせきもる波の通ひ路

1334
(水無瀬の恋の十五首哥合に)
 皇太后宮大夫俊成女
  ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに

1335
  通ひこし宿の道芝かれがれにあとなき霜の結ぼほれつつ

巻第十五

恋哥五

1336
水無瀬恋十五首哥合に
 藤原定家朝臣
  白妙の袖のわかれに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く

1337
(水無瀬恋十五首哥合に)
 藤原家隆朝臣
  思ひ入る身は深草の秋の露頼めし末やこがらしの風

1338
(水無瀬恋十五首哥合に)
 前大僧正慈円
  野辺の露は色もなくてやこぼれつる袖よりすぐる荻の上風

1339
題しらず
 左近中将公衡(藤原公衡)
  恋わびて野辺の露とは消えぬともたれか草葉をあはれとは見む

1340
題しらず
 右衛門督通具(源通具)
  問へかしな尾花がもとの思ひ草しをるる野辺の露はいかにと

1341
家に恋十首哥よみ侍りける時
 権中納言俊忠(藤原俊忠)
  夜のまにも消ゆべきものを露霜のいかにしのべと頼めおくらむ

1342
題しらず
 道信朝臣(藤原道信)
  あだなりと思ひしかども君よりはもの忘れせぬ袖の上露

1343
(題しらず)
 藤原元真
  おなじくはわが身も露と消えななむ消えなばつらき言の葉も見じ

1344
頼めて侍りける女の、後に返事をだにせず侍りければ、かの男にかはりて
 和泉式部
  今来むといふ言の葉も枯れゆくによなよな露のなににおくらむ

1345
頼めたることあとなく侍りにける女の、久しくありて問ひて侍りける返事に
 藤原長能
  あだことの葉におく露の消えにしをあるものとてや人の問ふらむ

1346
藤原惟成につかはしける
 読人しらず
  うちはへていやは寝らるる宮城野の小萩が下葉色に出でしより

1347
返し
 藤原惟成
  萩の葉や露のけしきもうちつけにもとよりかはる心あるものを

1348
題しらず
 花山院御哥
  夜もすがら消えかへりつるわが身かな涙の露に結ぼほれつつ

1349
ひさしく参らぬ人に
 光孝天皇御哥
  君がせぬわが手枕は草なれや涙の露のよなよなぞおく

1350
御返事
 読人しらず
  露ばかりおくらむ袖はたのまれず涙の川のたきつ瀬なれば

1351
陸奥の安達に侍りける女に、九月ばかりつかはしける
 源重之
  思ひやるよその村雲しぐれつつ安達の原にもみぢしぬらむ

1352
題しらず
 相模
  色かはる萩の下葉を見てもまづ人の心の秋ぞ知らるる

1353
(題しらず)
 (相模)
  稲妻は照らさぬ宵もなかりけりいづらほのかに見えしかげろふ

1354
(題しらず)
 謙徳公(藤原伊尹)
  人知れぬ寝覚めの涙ふりみちてさもしぐれつる夜半の空かな

1355
(題しらず)
 光孝天皇御哥
  涙のみ浮き出づる海人の釣竿の長き夜すがら恋つつぞ寝る

1356
(題しらず)
 坂上是則
  枕のみ浮くと思ひし涙川今は我が身の沈むなりけり

1357
(題しらず)
 読人しらず
  思ほえず袖に湊のさわぐかなもろこし船の寄りしばかりに

1358
(題しらず)
 (読人しらず)
  妹が袖わかれし日より白妙の衣かたしき恋つつぞ寝る

1359
(題しらず)
 (読人しらず)
  逢ふことの波の下草みがくれてしづ心なくねこそなかるれ

1360
(題しらず)
 (読人しらず)
  浦にたく藻塩の煙なびかめやよもの方より風は吹くとも

1361
(題しらず)
 (読人しらず)
  忘るらむと思ふ心のうたがひにありしよりけにものぞかなしき

1362
(題しらず)
 (読人しらず)
  うきながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ恋しき

1363
(題しらず)
 (読人しらず)
  命をばあだなるものと聞きしかどつらきがためは長くもあるかな

1364
(題しらず)
 (読人しらず)
  いづかたにゆき隠れなむ世の中に身のあればこそ人もつらけれ

1365
(題しらず)
 (読人しらず)
  今までに忘れぬ人はよにもあらじおのがさまざま年の経ぬれば

1366
(題しらず)
 (読人しらず)
  玉水を手にむすびてもこころみむぬるくは石の中もたのまじ

1367
(題しらず)
 (読人しらず)
  山城の井手の玉水手にくみて頼みしかひもなき世なりけり

1368
(題しらず)
 (読人しらず)
  君があたり見つつを折らむ生駒山雲な隠ししそ雨は降るとも

1369
(題しらず)
 (読人しらず)
  中空に立ちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬべきかな

1370
(題しらず)
 (読人しらず)
  雲のゐる遠山鳥のよそにてもありとし聞けばわびつつぞ寝る

1371
(題しらず)
 (読人しらず)
  昼は来て夜はわかるる山鳥の影見る時ぞねはなかれける

1372
(題しらず)
 (読人しらず)
  我もしかなきてぞ人に恋ひられし今こそよそに声をのみ聞け

1373
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  夏野ゆく牡鹿の角のつかのまも忘れず思へ妹が心を

1374
(題しらず)
 (柿本人麻呂)
  夏草の露わけ衣着もせぬになど我が袖のかわく時なき

1375
(題しらず)
 八代女王
  みそぎするならの小川の川風に祈りぞわたる下に絶えじと

1376
(題しらず)
 清原深養父
  うらみつつ寝る夜の袖のかわかぬは枕の下に潮や満つらむ

1377
中納言家持につかはしける
 山口女王
  蘆辺より満ちくる潮のいやましに思ふか君が忘れかねつる

1378
(中納言家持につかはしける)
 (山口女王)
  塩釜の前に浮きたる浮島のうきて思ひのある世なりけり

1379
題しらず
 赤染衛門
  いかに寝て見えしなるらむうたたねの夢より後はものをこそ思へ

1380
(題しらず)
 参議小野篁
  うちとけて寝ぬものゆゑに夢を見てもの思ひまさるころにもあるかな

1381
(題しらず)
 伊勢
  春の夜の夢にあひつと見えつれば思ひ絶えにし人ぞ待たるる

1382
(題しらず)
 盛明親王
  春の夜の夢のしるしはつらくとも見しばかりだにあらばたのまむ

1383
(題しらず)
 女御徽子女王
  寝る夢にうつつの憂さも忘られて思ひなぐさむほどぞはかなき

1384
春夜、女のもとにまかりて、あしたにつかはしける
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  かくばかり寝であかしつる春の夜にいかに見えつる夢にかあるらむ

1385
題しらず
 寂蓮法師
  涙川身もうきぬべき寝覚めかなはかなき夢の名残ばかりに

1386
百首哥奉りしに
 家隆朝臣(藤原家隆)
  逢ふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や

1387
題しらず
 基俊(藤原基俊)
  床近しあなかま夜半のきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ

1388
千五百番哥合に
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  あはれなりうたた寝にのみ見し夢の長き思ひに結ぼほれなむ

1389
題しらず
 藤原定家朝臣
  かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふすほどは面影ぞ立つ

1390
和哥所哥合に、遇不逢恋の心を
 皇太后宮大夫俊成女
  夢かとよ見し面影も契りしも忘れずながらうつつならねば

1391
恋の哥とて
 式子内親王
  はかなくぞ知らぬ命を歎きこしわがかねことのかかりける世に

1392
(恋の哥とて)
 弁(石清水別当成清女)
  過ぎにける世々の契りも忘られていとふ憂き身の果てぞはかなき

1393
崇徳院に百首哥奉りける時、恋哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  思ひわび見し面影はさておきて恋せざりけむ折ぞ恋しき

1394
題しらず
 相模
  流れ出でむうき名にしばしよどむかな求めぬ袖の淵はあれども

1395
男の久しく音づれざりけるが、忘れてやと申し侍りければ、よめる
 馬内侍
  つらからば恋しきことは忘れなでそへてはなどかしづ心なき

1396
昔見ける人、賀茂の祭の次第司に出で立ちてなむ、まかりわたるといひて侍りければ
 (馬内侍)
  君しまれ道のゆききを定むらむ過ぎにし人をかつ忘れつつ

1397
年ごろ絶え侍りにける女の、くれといふもの尋ねたりける、つかはすとて
 藤原仲文
  花咲かぬ朽ち木のそまの杣人のいかなるくれに思ひ出づらむ

1398
久しく音せぬ人に
 大納言経信母
  おのづからさこそはあれと思ふまにまことに人のとはずなりぬる

1399
(平)忠盛朝臣かれがれになりて後、いかが思ひけむ、久しく音づれぬ事を恨めしくやなどいひて侍りければ、返事に
 前中納言教盛母
  習はねば人のとはぬもつらからでくやしきにこそ袖は濡れけれ

1400
題しらず
 皇嘉門院尾張
  歎かじな思へば人につらかりしこの世ながらの報いなりけり

1401
(題しらず)
 和泉式部
  いかにしていかにこの世にあり経ばかしばしもものを思はざるべき

1402
(題しらず)
 清原深養父
  うれしくは忘るることもありぬべしつらきぞ長き形見なりける

1403
(題しらず)
 素性法師
  逢ふことの形見をだにも見てしがな人は絶ゆとも見つつしのばむ

1404
(題しらず)
 小野小町
  我が身こそあらぬかとのみたどらるれとふべき人に忘られしより

1405
(題しらず)
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  葛城や久米路にわたす岩橋の絶えにし中となりやはてなむ

1406
(題しらず)
 祭主輔親(大中臣輔親)
  今はとも思ひな絶えそ野中なる水の流れはゆきてたづねむ

1407
(題しらず)
 伊勢
  思ひ出づや美濃のを山のひとつ松契りしことはいつも忘れず

1408
(題しらず)
 在原業平
  出でていにし跡だにいまだ変はらぬにたが通ひ路と今はなるらむ

1409
(題しらず)
 (在原業平)
  梅の花香をのみ袖にとどめおきて我が思ふ人は音づれもせぬ

1410
斎宮女御につかはしける
 天暦御哥(村上天皇)
  天の原そことも知らぬ大空におぼつかなさを歎きつるかな

1411
御返し
 女御徽子女王
  歎くらむ心を空に見てしがな立つ朝霧に身をやなさまし

1412
題しらず
 光孝天皇御哥
  逢はずして経るころほひのあまたあればはるけき空にながめをぞする

1413
女のほかへまかるを聞きて
 兵部卿致平親王
  思ひやる心も空に白雲の出でたつかたを知らせやはせぬ

1414
題しらず
 凡河内躬恒
  雲居より遠山鳥の鳴きてゆく声ほのかなる恋もするかな

1415
弁更衣ひさしく参らざりけるに、給はせける
 延喜御哥
  雲居なる雁だに鳴きて来る秋になどかは人の音づれもせぬ

1416
斎宮女御、春ごろまかり出でて、久しう参り侍らざりければ
 天暦御哥(村上天皇)
  春ゆきて秋までとやは思ひけむかりにはあらず契りしものを

1417
題しらず
 西宮前左大臣(源高明)
  初雁のはつかに聞きしことつても雲路に絶えてわぶるころかな

1418
五節の頃、内にて見侍りける人に、またの年つかはしける
 藤原惟成
  小忌衣去年ばかりこそなれざらめ今日の日陰のかけてだにとへ

1419
題しらず
 藤原元真
  住吉の恋忘れ草種絶えてなき世に逢へる我ぞかなしき

1420
斎宮女御参り侍りけるに、いかなる事かありけむ
 天暦御哥
  水の上のはかなき数も思ほえず深き心し底にとまれば

1421
久しくなりにける人のもとへ
 謙徳公(藤原伊尹)
  長き世のつきぬ歎きの絶えざらばなにに命をかへて忘れむ

1422
題しらず
 権中納言敦忠(藤原敦忠)
  心にもまかせざりける命もて頼めもおかじ常ならぬ世を

1423
 藤原元真
  世の憂きも人のつらきもしのぶるに恋しきにこそ思ひわびぬれ

1424
忍びて語らひける女の親、聞きていさめ侍りければ
 参議篁(小野篁)
  数ならばかからましやは世の中にいとかなしきはしづのをだまき

1425
題しらず
 藤原惟成
  人ならば思ふ心をいひてましよしやさこそはしづのをだまき

1426
(題しらず)
 読人しらず
  我がよはひおとろへゆけば白妙の袖のなれにし君をしぞ思ふ

1427
(題しらず)
 (読人しらず)
  今よりは逢はじとすれや白妙の我が衣手のかわく時なき

1428
(題しらず)
 (読人しらず)
  玉くしげ明けまく惜しきあたら夜を衣手かれでひとりかも寝む

1429
(題しらず)
 (読人しらず)
  逢ふことをおぼつかなくて過ぐすかな草葉の露のおきかはるまで

1430
(題しらず)
 (読人しらず)
  秋の田の穂向けの風のかたよりに我は物思ふつれなきものを

1431
(題しらず)
 (読人しらず)
  はし鷹の野守の鏡えてしがな思ひ思はずよそながら見む

1432
(題しらず)
 (読人しらず)
  大淀の松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへる波かな

1433
(題しらず)
 (読人しらず)
  白波はたちさわぐともこりずまの浦のみるめは刈らむとぞ思ふ

1434
(題しらず)
 (読人しらず)
  さしてゆくかたは湊の波高みうらみてかへる海人の釣舟

巻第十六

雑哥上

1435
入道前関白太政大臣家に百首哥よませ侍りけるに、立春の心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  年くれし涙のつららとけにけり苔の袖にも春や立つらむ

1436
土御門内大臣家に、山家残雪といふ心をよみ侍りけるに
 藤原有家朝臣
  山陰やさらでは庭にあともなし春ぞ来にける雪のむら消え

1437
円融院位去り給ひて後に、船岡に子日し給ひけるに参りて、朝に奉りける
 一条左大臣(源雅信)
  あはれなり昔の人を思ふにはきのふの野辺に行幸せましや

1438
御返し
 円融院御哥
  ひきかへて野辺のけしきは見えしかど昔を恋ふる松はなかりき

1439
月の明かく侍りける夜、袖の濡れたりけるを
 大僧正行尊
  春来れば袖の氷もとけにけりもりくる月の宿るばかりに

1440
鶯を
 菅贈太政大臣(菅原道真)
  谷深み春の光のおそければ雪につつめる鶯の声

1441

 (菅原道真)
  降る雪に色まどはせる梅の花うぐひすのみやわきてしのばむ

1442
枇杷左大臣(藤原仲平)の大臣になりて侍りける慶び申すとて、梅を折りて
 貞信公(藤原忠平)
  おそくとくつひに咲きぬる梅の花たが植ゑおきし種にかあるらむ

1443
延長のころほひ五位蔵人に侍りけるを、離れ侍りて、朱雀院承平八年また還りなりて、明くる年睦月に御遊び侍りける日、梅の花を折りてよみ侍りける
 源公忠朝臣
  ももしきに変はらぬものは梅の花折りてかざせるにほひなりけり

1444
梅の花を見給ひて
 華山院御哥
  色香をば思ひも入れず梅の花常ならぬ世によそへてぞ見る

1445
上東門院世をそむき給ひける春、庭の紅梅を見侍りて
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
  梅の花なににほふらむ見る人の色をも香をも忘れぬる世に

1446
東三条院女御におはしける時、円融院常に渡り給ひけるを聞き侍りて、靫負の命婦のもとにつかはしける
 東三条入道前摂政太政大臣(藤原兼家)
  春霞たなびきわたる折にこそかかる山辺はかひもありけれ

1447
御返し
 円融院御哥
  むらさきの雲にもあらで春霞たなびく山のかひはなにぞも

1448
柳を
 菅贈太政大臣(菅原道真)
  道のべの朽ち木の柳春来ればあはれ昔としのばれぞする

1449
題しらず
 清原深養父
  昔見し春は昔の春ながらわが身ひとつのあらずもあるかな

1450
堀河院におはしましける頃、閑院の左大将の家の桜を折らせにつかはすとて
 円融院御哥
  垣ごしに見るあだ人の家桜花散るばかりゆきて折らばや

1451
御返し
 左大将朝光(藤原朝光)
  折りに来と思ひやすらむ花桜ありしみゆきの春を恋ひつつ

1452
高陽院にて、花の散るを見てよみ侍りける
 肥後(藤原定成女)
  よろづ代をふるにかひある宿なればみゆきと見えて花ぞ散りける

1453
返し
 二条関白内大臣(藤原師通)
  枝ごとの末までにほふ花なれば散るもみゆきと見ゆるなるらむ

1454
近衛司にて年久しくなりて後、上のをのこども大内の花見にまかれりけるによめる
 藤原定家朝臣
  春をへて行幸になるる花の陰ふりゆく身をもあはれとや思ふ

1455
最勝寺の桜は鞠のかかりにて久しくなりにしを、その木年ふりて風に倒れたる由聞き侍りしかば、をのこどもに仰せて異木をその跡に移し植ゑさせし時、まづまかりて見侍りければ、あまたの年々、暮れにし春まで立ち馴れにけることなど思ひ出でて、よみ侍りける
 藤原雅経朝臣
  なれなれて見しは名残の春ぞともなど白川の花の下陰

1456
建久六年、東大寺供養に行幸の時、興福寺の八重桜さかりなりけるを見て、枝に結びつけて侍りける
 読人しらず
  ふるさとと思ひなはてそ花桜かかる行幸に逢ふ世ありけり

1457
こもりゐて侍りける頃、後徳大寺左大臣(藤原実定)白川の花見にさそひ侍りければ、まかりてよみ侍りける
 源師光
  いさやまた月日のゆくも知らぬ身は花の春ともけふこそは見れ

1458
敦道の親王の供に、前大納言公任白川の家にまかりて、またの日親王のつかはしける使に付けて申し侍りける
 和泉式部
  折る人のそれなるからにあぢきなく見しわが宿の花の香ぞする

1459
題しらず
 藤原高光
  見てもまたまたも見まくのほしかりし花のさかりは過ぎやしぬらむ

1460
京極前太政大臣(藤原師実)家に、白河院御幸し給うて、またの日、花の哥奉られけるによみ侍りける
 堀河左大臣(藤原顕光)
  老いにけるしらがも花ももろともに今日の行幸に雪と見えけり

1461
後冷泉院御時、御前にて、翫新成桜花といへる心ををのこどもつかうまつりけるに
 大納言忠家(藤原忠家)
  桜花折りて見しにも変はらぬに散らぬばかりぞしるしなりける

1462
(後冷泉院御時、御前にて、翫新成桜花といへる心ををのこどもつかうまつりけるに)
 大納言経信(源経信)
  さもあらばあれ暮れゆく春も雲の上に散ること知らぬ花しにほはば

1463
無風散花といふことをよめる
 大納言忠教(藤原忠教)
  桜花過ぎゆく春の友とてや風の音せぬ世にも散るらむ

1464
鳥羽殿にて花の散りがたなるを御覧じて、後三条内大臣(藤原公教)に給はせける
 鳥羽院御哥
  惜しめども常ならぬ世の花なれば今はこの身を西に求めむ

1465
世をのがれて後、百首哥よみ侍りけるに、花の哥とて
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  今は我吉野の山の花をこそ宿のものとも見るべかりけれ

1466
入道前関白太政大臣家哥合に
 (藤原俊成)
  春来ればなほこの世こそ忍ばれるれいつかはかかる花を見るべき

1467
同じ家の百首の哥に
 (藤原俊成)
  照る月も雲のよそにぞゆきめぐる花ぞこの世の光なりける

1468
春ごろ、大乗院より人につかはしける
 前大僧正慈円
  見せばやな志賀の唐崎ふもとなる長等の山の春のけしきを

1469
題しらず
 (慈円)
  柴の戸ににほはむ花はさもあらばあれながめてけりなうらめしの身や

1470
(題しらず)
 西行法師
  世の中を思へばなべて散る花の我が身をさてもいづちかもせむ

1471
東山に花見にまかり侍るとて、これかれさそひけるを、さしあふことありてとどまりて、申しつかはしける
 安法法師
  身はとめつ心はおくる山桜風のたよりに思ひおこせよ

1472
題知らず
 俊頼朝臣(源俊頼)
  桜あさのをふの浦波立ちかへり見れどもあかず山なしの花

1473
橘為仲朝臣、陸奥に侍りける時、哥あまたつかはしける中に
 加賀左衛門
  白波の越ゆらむ末の松山は花とや見ゆる春の夜の月

1474
(橘為仲朝臣、陸奥に侍りける時、哥あまたつかはしける中に)
 (加賀左衛門)
  おぼつかな霞立つらむ武隈の松のくまもる春の夜の月

1475
題しらず
 法印幸清
  世をいとふ吉野の奥の呼子鳥深き心のほどや知るらむ

1476
百首哥奉りし時
 前大納言忠良(藤原忠良)
  折に逢へばこれもさすがにあはれなり小田のかはづの夕暮れの声

1477
千五百番哥合に
 藤原有家朝臣
  春の雨のあまねき御代をたのむかな霜に枯れゆく草葉もらすな

1478
崇徳院にて、林下春雨といふことをつかうまつりける
 八条前太政大臣(藤原実行)
  すべらぎのこだかき陰にかくれてもなほ春雨に濡れむとぞ思ふ

14782
円融院位さり給て後、実方朝臣、馬命婦と物語りし侍りける所に、山吹の花を屏風の上より投げこし給ひて侍りければ
 実方朝臣(藤原実方)
  八重ながら色もかはらぬ山吹のなど九重に咲かずなりにし

1479
御返し
 円融院御哥
  九重にあらで八重咲く山吹のいはぬ色をば知る人もなし

1480
五十首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  おのが波におなじ末葉ぞしをれぬる藤咲く多古のうらめしの身や(古=[示古] 祜)

1481
世をのがれて後、四月一日、上東門院太皇太后宮と申しける時、衣更への御装束奉るとて
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
  唐衣花のたもとに脱ぎかへよ我こそ春の色はたちつれ

1482
御返し
 上東門院
  唐衣たちかはりぬる春の夜にいかでか花の色を見るべき

1483
四月、祭の日まで花散り残りて侍りける年、その花を使少将のかざしに給ふ葉に書き付け侍りける
 紫式部
  神代にはありもやしけむ桜花けふのかざしに折れるためしは

1484
いつきの昔を思ひ出でて
 式子内親王
  ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞ忘れぬ

1485
左衛門督家通中将に侍りける時、祭の使にて、神館にとまりて侍りける暁、斎院の女房の中よりつかはしける
 読人しらず
  立ち出づる名残有明の月影にいとど語らふほととぎすかな

1486
返し
 左衛門督家通(藤原家通)
  幾千代とかぎらぬ君が御代なれどなほ惜しまるる今朝のあけぼの

1487
三条院御時、五月五日、菖蒲の根を郭公のかたに造りて、梅の枝に据ゑて人の奉りて侍りけるを、これを題にて哥つかうまつれと仰せられければ
 三条院女蔵人左近
  梅が枝に折りたがへたるほととぎす声のあやめもたれか分くべき

1488
五月ばかり、ものへまかりける道に、いと白くくちなしの花の咲けりけるを、かれはなにの花ぞと人にとひ侍りけれど、申さざりければ
 小弁
  うち渡すをちかた人に言問へば答へぬからにしるき花かな

1489
五月雨の空晴れて、月明かく侍りけるに
 赤染衛門
  五月雨の空だにすめる月陰に涙の雨は晴るるまもなし

1490
述懐百首の哥の中に、五月雨
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  五月雨は真屋の軒端の雨そそきあまりなるまで濡るる袖かな

1491
題しらず
 華山院御哥
  ひとり寝る宿の常夏朝な朝な涙の露に濡れぬ日ぞなき

1492
贈皇后宮に添ひて春宮に候ひける時、少将義孝久しく参らざりけるに、撫子の花に付けてつかはしける
 恵子女王
  よそへつつ見れど露だになぐさまずいかにかすべきなでしこの花

1493
月明かく侍りける夜、人の蛍を包みてつかはしたりければ、雨の降りけるに申しつかはしける
 和泉式部
  思ひあらば今宵の空は問ひてまし見えしや月の光なりけむ

1494
題しらず
 七条院大納言(藤原実綱女)
  思ひあれば露はたもとにまがふとも秋のはじめをたれに問はまし

1495
后の宮より内に扇奉り給ひけるに
 中務(敦慶親王女)
  袖の浦の波吹きかへす秋風に雲の上まですずしからなむ

1496
業平朝臣の装束つかはして侍りけるに
 紀有常朝臣
  秋や来る露やまがふと思ふまであるは涙のふるにぞありける

1497
早くよりわらは友達に侍りける人の、年ごろ経てゆきあひて、七月十日の頃、月にきほひて帰り侍りければ
 紫式部
  めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜半の月影

1498
御子の宮と申しける時、少納言藤原統理の年ごろ馴れつかうまつりけるを、世をそむきぬべきさまに思ひ立ちけるけしきを御覧じて
 三条院御哥
  月影の山の端わけてかくれなばそむく憂き世を我やながめむ

1499
題しらず
 藤原為時
  山の端を出でがてにする月待つと寝ぬ夜のいたくふけにけるかな

1500
参議正光、おぼろ月夜に忍びて人のもとにまかれりけるを見あらはして、つかはしける
 伊勢大輔
  浮雲は立ちかくせどもひまもりて空ゆく月の見えもするかな

1501
返し
 参議正光(藤原正光)
  浮雲にかくれてとこそ思ひしかねたくも月のひまもりにける

1502
三井寺にまかりて、日ごろ過ぎて帰らむとしけるに、人々名残惜しみてよみ侍りける
 刑部卿範兼(藤原範兼)
  月をなど待たれのみすと思ひけむげに山の端は出でうかりけり

1503
山里にこもりゐて侍りけるを、人のとひて侍りければ
 法印静賢
  思ひ出づる人もあらしの山の端にひとりぞ入りし有明の月

1504
八月十五夜、和哥所にてをのこども、哥つかうまつりしに
 民部卿範光(藤原範光)
  和哥の浦に家の風こそなけれども波吹く色は月に見えけり

1505
和哥所哥合に、湖上月明といふことを
 宜秋門院丹後
  よもすがら浦こぐ舟は跡もなし月ぞ残れる志賀の唐崎

1506
題しらず
 藤原盛方朝臣
  山の端に思ひも入らじ世の中はとてもかくても有明の月

1507
永治元年、譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  忘れじよ忘るなとだにいひてまし雲居の月の心ありせば

1508
崇徳院に百首哥奉りけるに
  いかにして袖に光の宿るらむ雲居の月はへだててし身を

1509
文治のころほひ百首哥よみ侍りけるに、懐旧哥とてよめる
 左近中将公衡(藤原公衡)
  心には忘るる時もなかりけり三代の昔の雲の上の月

1510
百首哥奉りし、秋の哥
 二条院讃岐
  昔見し雲居をめぐる秋の月いまいくとせか袖に宿さむ

1511
月前述懐といへる心をよめる
 藤原経通朝臣
  うき身世にながらへばなほ思ひ出でよ袂に契る有明の月

1512
石山に詣で侍りて、月を見てよみ侍りける
 藤原長能
  都にも人や待つらむ石山の峰に残れる秋の夜の月

1513
題しらず
 凡河内躬恒
  淡路にてあはとはるかに見し月の近きこよひは所がらかも

1514
月の明かかりける夜、あひ語らひける人の、このごろの月は見るやといへりければ
 源道済
  いたづらに寝てはあかせどもろともに君が来ぬ夜の月は見ざりき

1515
夜ふくるまで寝られず侍りければ、月の出づるをながめて
 増基法師
  天の原はるかにひとりながむればたもとに月の出でにけるかな

1516
能宣朝臣、大和国真土の山近く住みける女のもとに夜ふけてまかりて、逢はざりけるを恨み侍りければ
 読人しらず
  頼めこし人をまつちの山の端にさ夜ふけしかば月も入りにき

1517
百首哥奉りし時
 摂政太政大臣(藤原良経)
  月見ばといひしばかりの人は来で真木の戸たたく庭の松風

1518
五十首哥奉りしに、山家月の心を
 前大僧正慈円
  山里に月は見るやと人は来ず空ゆく風ぞ木の葉をもとふ

1519
 摂政太政大臣(藤原良経)大将に侍りし時、月哥五十首よませ侍りけるに
  有明の月の行く方をながめてぞ野寺の鐘は聞くべかりける

1520
おなじ家の哥合に、山月の心をよめる
 藤原業清
  山の端を出でても松の木の間より心づくしの有明の月

1521
和哥所哥合に、深山暁月といふ事を
 鴨長明
  夜もすがらひとりみ山の真木の葉にくもるもすめる有明の月

1522
熊野に詣で侍りし時奉りし哥の中に
 藤原秀能
  奥山の木の葉の落つる秋風にたえだえ峰の雲ぞ残れる

1523
(熊野に詣で侍りし時奉りし哥の中に)
  月すめばよもの浮雲空に消えてみ山がくれにゆくあらしかな

1524
山家の心をよみ侍りける
 猷円法師
  ながめわびぬ柴の編戸の明け方に山の端近く残る月影

1525
題しらず
 花山院御哥
  あかつきの月見むとしも思はねど見し人ゆゑにながめられつつ

1526
(題しらず)
 伊勢大輔
  有明の月ばかりこそかよひけれ来る人なしの宿の庭にも

1527
(題しらず)
 和泉式部
  住みなれし人影もせぬ我が宿に有明の月の幾夜ともなく

1528
家にて、月照水といへる心を人々よみ侍りけるに
 大納言経信(源経信)
  住む人もあるかなきかの宿ならし蘆間の月のもるにまかせて

1529
秋の暮に病に沈みて世を逃れ侍りけるに、またの年の秋九月十余日、月くまなく侍りけるによみ侍りける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  思ひきや別れし秋にめぐり逢ひてまたもこの世の月を見むとは

1530
題しらず
 西行法師
  月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐり逢ひぬる

1531
(題しらず)
 (西行)
  夜もすがら月こそ袖に宿りけれ昔の秋を思ひ出づれば

1532
(題しらず)
 (西行)
  月の色に心を清くそめましや都を出でぬ我が身なりせば

1533
(題しらず)
 (西行)
  捨つとならば憂き世をいとふしるしあらむ我見ば曇れ秋の夜の月

1534
(題しらず)
 (西行)
  ふけにけるわが身の影を思ふまにはるかに月のかたぶきにける

1535
(題しらず)
 入道親王覚性
  ながめして過ぎにし方を思ふまに峰より峰に月はうつりぬ

1536
(題しらず)
 藤原道経
  秋の夜の月に心をなぐさめて憂き世に年の積もりぬるかな

1537
五十首哥めししに
 前大僧正慈円
  秋を経て月をながむる身となれりいそぢの闇をなに歎くらむ

1538
百首哥奉りしに
 藤原隆信朝臣
  ながめてもむそぢの秋は過ぎにけり思へばかなし山の端の月

1539
題しらず
 源光行
  心ある人のみ秋の月を見ばなにを憂き身の思ひ出でにせむ

1540
千五百番哥合に
 二条院讃岐
  身のうさを月やあらぬとながむれば昔ながらの影ぞもりくる

1541
世をそむきなむと思ひ立ちける頃、月を見てよめる
 寂超法師
  有明の月よりほかはたれをかは山路の友と契りおくべき

1542
山里にて、月の夜都を思ふといへる心をよみ侍りける
 大江嘉言
  都なる荒れたる宿にむなしくや月にたづぬる人帰るらむ

1543
長月の有明の頃、山里より式子内親王におくれりける
 惟明親王
  思ひやれなにをしのぶとなけれども都おぼゆる有明の月

1544
返し
 式子内親王
  有明のおなじながめはきみもとへ都のほかも秋の山里

1545
春日社哥合に、暁月の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  天の戸をおし明け方の雲間より神代の月の影ぞ残れる

1546
右大将忠経(藤原忠経)
  雲をのみつらきものとて明かす夜の月よ梢にをちかたの山

1547
 藤原保季朝臣
  入りやらで夜を惜しむ月のやすらひにほのぼの明くる山の端ぞ憂き

1548
月明かき夜、定家朝臣に逢ひて侍りけるに、哥の道に心ざし深きことはいつばかりの事にかと尋ね侍りければ、若く侍りし時、西行に久しくあひ伴ひて聞きならひ侍りし由申して、そのかみ申しし事などかたり侍りて、帰りて朝につかはしける
 法橋行遍
  あやしくぞかへさは月の曇りにし昔語りに夜やふけにけむ

1549
故郷月を
 寂超法師
  ふるさとの宿もる月に言問はむ我をば知るや昔住みきと

1550
遍照寺の月を見て
 平忠盛朝臣
  すだきけむ昔の人は影絶えて宿もるものは有明の月

1551
あひ知りて侍りける人のもとにまかりたりけるに、その人ほかに住みて、いたう荒れたる宿に月のさし入りて侍りければ
 前中納言匡房(大江匡房)
  八重葎茂れる宿は人もなしまばらに月の影ぞすみける

1552
題しらず
 神祇伯顕仲
  かもめゐる藤枝の浦の沖つ洲に夜舟いざよふ月のさやけさ

1553
(題しらず)
 俊恵法師
  難波潟潮干にあさる蘆たづも月かたぶけば声の恨むる

1554
和哥所哥合に、海辺月といふことを
 前大僧正慈円
  和哥の浦に月の出で潮のさすままに夜鳴く鶴の声ぞかなしき

1555
(和哥所哥合に、海辺月といふことを)
 藤原定家朝臣
  藻塩ほくむ袖の月影をのづからよそにあかさぬすまのうら人

1556
(和哥所哥合に、海辺月といふことを)
 藤原秀能
  明石潟色なき人の袖を見よすずろに月も宿る物かは

1557
熊野にまうで侍りしついでに、切目宿にて、海辺眺望といへる心を、をのこどもつかうまつりしに
 具親(源具親)
  ながめよと思はでしもや帰るらむ月まつ波の海人の釣舟

1558
八十に多くあまりて後、百首哥めししに、よみて奉りし
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  しめおきていまやと思ふ秋山のよもぎがもとに松虫の鳴く

1559
千五百番哥合に
 (藤原俊成)
  荒れわたる秋の庭こそあはれなれまして消えなむ露の夕暮れ

1560
題しらず
 西行法師
  雲かかる遠山畑の秋されば思ひやるだにかなしきものを

1561
五十首哥人々によませ侍りけるに、述懐の心をよみ侍りける
 守覚法親王
  風そよぐしののをざさのかりの世を思ふ寝覚めに露ぞこぼるる

1562
寄風懐旧といふことを
 左衛門督通光(源通光)
  浅茅生や袖に朽ちにし秋の霜忘れぬ夢を吹くあらしかな

1563
 皇太后宮大夫俊成女
  葛の葉に恨みにかへる夢の世を忘れがたみの野辺の秋風

1564
題しらず
 祝部允仲
  白露はおきにけらしな宮城野のもとあらの小萩末たわむまで

1565
法成寺入道前太政大臣、女郎花を折りて、哥をよむべき由侍りければ
 紫式部
  をみなへしさかりの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ

1566
返し
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
  白露は分きてもおかじをみなへし心からにや色のそむらむ

1567
題しらず
 曾禰好忠
  山里に葛はひかかる松垣のひまなくものは秋ぞかなしき

1568
秋の暮れに、身の追いぬることを歎きてよみ侍りける
 安法法師
  ももとせの秋のあらしは過ぐし来ぬいづれの暮れの露と消えなむ

1569
頼綱朝臣、津の国の羽束といふ所に侍りける時、つかはしける
 前中納言匡房(大江匡房)
  秋はつるはつかの山のさびしきに有明の月をたれと見るらむ

1570
九月ばかりに、すすきを崇徳院に奉るとてよめる
 大蔵卿行宗(源行宗)
  花すすき秋の末葉になりぬればことぞともなく露ぞこぼるる

1571
山里にすみ侍りけるころ、あらしはげしきあした、前中納言顕長がもとにつかはしける
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  夜半に吹くあらしにつけて思ふかな都もかくや秋はさびしき

1572
返し
 前中納言顕長(藤原顕長)
  世の中にあきはてぬれば都にも今はあらしの音のみぞする

1573
清涼殿の庭に植ゑ給へりける菊を、位さり給ひて後、思し出でて
 冷泉院御哥
  うつろふは心のほかの秋なれば今はよそにぞ聞くの上の露

1574
長月の頃、野宮に前栽植ゑけるに
 源順
  たのもしな野の宮人の植うる花しぐるる月にあへずなるとも

1575
題しらず
 読人しらず
  山川の岩ゆく水もこほりしてひとりくだくる峰の松風

1576
百首哥奉りし時
 土御門内大臣(源通親)
  朝ごとにみぎはの氷ふみわけて君につかふる道ぞかしこき

1577
最勝四天王院の障子に、阿武隈川かきたる所
 藤原家隆朝臣
  君が代にあぶくま川の埋もれ木も氷の下に春を待ちけり

1578
元輔が昔住み侍りける家の傍らに、清少納言が住みける頃、雪いみじく降りて隔ての垣も倒れて侍りければ、申しつかはしける
 赤染衛門
  あともなく雪ふるさとは荒れにけりいづれ昔の垣根なるらむ

1579
御なやみ重くならせ給ひて、雪の朝に
 後白河院御哥
  露の命消えなましかばかくばかり降る白雪をながめましやは

1580
雪に寄せて述懐の心をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  杣山や梢に重る雪折れに絶えぬ歎きの身をくだくらむ

1581
仏名の朝に削り花を御覧じて
 朱雀院御哥
  時すぎて霜に消えし花なれどけふは昔の心地こそすれ

1582
花山院おりゐ給ひてまたの年、御仏名に作り付けてし申し侍りける
 前大納言公任(四条大納言藤原公任)
  ほどもなく覚めぬる夢の中なれどその夜に似たる花の色かな

1583
返し
 御形宣旨
  見し夢をいづれのよぞと思ふまにおりを忘れぬ花のかなしさ

1584
題しらず
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  老いぬともまたも逢はむとゆく年に涙の玉を手向けつるかな

1585
(題しらず)
 慈覚大師
  おほかたに過ぐる月日とながめしは我が身に年の積もるなりけり

巻十七

雑哥中

1586
朱鳥五年九月、紀伊国に行幸時
 河島皇子
  白波の浜松が枝のたむけ草幾代までにか年の経ぬらむ

1587
題しらず
 式部卿宇合(藤原宇合)
  山城の磐田の小野のははそ原見つつや君が山路越ゆらむ

1588
(題しらず)
 在原業平
  蘆の屋の灘の塩焼きいとまなみつげの小櫛も刺さず来にけり

1589
(題しらず)
 (在原業平)
  晴るる夜の星か川辺の蛍かも我が住む方の海人の焚く火か

1590
(題しらず)
 読人しらず
  志加の海人の塩焼くけぶり風をいたみ立ちはのぼらで山にたなびく

1591
(題しらず)
 紀貫之
  難波女の衣干すとて刈りて焚く蘆火のけぶり立たぬ日ぞなき

1592
長柄の橋をよみ侍りける
 壬生忠岑
  年経れば朽ちこそまされ橋柱昔ながらの名だに変はらで

1593
(長柄の橋をよみ侍りける)
 恵慶法師
  春の日の長柄の浜に舟とめていづれか橋と問へど答へぬ

1594
(長柄の橋をよみ侍りける)
 後徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  朽ちにける長柄の橋を来てみれば蘆の枯れ葉に秋風ぞ吹く

1595
題しらず
 権中納言定頼(藤原定頼)
  沖つ風夜半に吹くらし難波潟あかつきかけて波ぞ寄すなる

1596
春、須磨の方にまかりてよめる
 藤原孝善
  須磨の浦のなぎたる朝は目もはるに霞にまがふ海人の釣舟

1597
天暦御時屏風哥
 壬生忠見
  秋風の関吹き越ゆるたびごとに声うちそふる須磨の浦波

1598
五十首哥よみて奉りしに
 前大僧正慈円
  須磨の関夢を通さぬ波の音を思ひも寄らで宿をかりける

1599
和哥所哥合に、関路秋風といふことを
 摂政太政大臣(藤原良経)
  人住まぬ不破の関屋や板びさし荒れにし後はただ秋の風

1600
明石の浦をよめる
 俊頼朝臣(源俊頼)
  海人小舟とま吹きかへす浦風にひとり明石の月をこそ見れ

1601
眺望の心をよめる
 寂蓮法師
  和哥の浦を松の葉ごしにながむれば梢に寄する海人の釣舟

1602
千五百番哥合に
 正三位季能(藤原季能)
  水の江の吉野の宮は神さびてよはひたけたる浦の松風

1603
海辺の心を
 藤原秀能
  いまさらに住みうしとてもいかがせむ灘の塩屋の夕暮れの空

1604
むすめの斎王に具してくだり侍りて、大淀の浦に禊し侍りて
 女御徽子女王
  大淀の浦に立つ波かへらずは松の変はらぬ色を見ましや

1605
大弐三位里にいで侍りにけるを聞こし召して
 後冷泉院御哥
  待つ人は心ゆくとも住吉の里にとのみは思はざらなむ

1606
御返し
 大弐三位(藤原宣孝女賢子)
  住吉の松は待つとも思ほえで君が千歳の影ぞ恋しき

1607
教長卿、名所哥よませ侍りけるに
 祝部成仲
  うち寄する波の声にてしるきかな吹上の浜の秋の初風

1608
百首哥奉りし時、海辺哥
 越前(大中臣公親女)
  沖つ風夜寒になれや田子の浦の海人の藻塩火焚きまさるらむ

1609
海辺霞といへる心をよみ侍りし
 藤原家隆朝臣
  見わたせば霞のうちも霞みけりけぶりたなびく塩釜のうら

1610
太神宮に奉りける百首哥のなかに、若菜をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  けふとてや磯菜摘むらむ伊勢島や一志の浦の海人のをとめ子

1611
伊勢にまかりける時よめる
 西行法師
  鈴鹿山憂き世をよそにふり捨てていかになりゆくわが身なるらむ

1612
題しらず
 前大僧正慈円
  世の中を心高くもいとふかな富士のけぶりを身の思ひにて

1613
東の方へ修行し侍りけるに、富士の山をよめる
 西行法師
  風になびく富士のけぶりの空に消えてゆくへもしらぬわが思ひかな

1614
五月のつごもりに、富士の山の雪白く降れるを見てよみ侍りける
 在原業平
  時しらぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ

1615
題しらず
 在原元方
  春秋も知らぬ常磐の山里は住む人さへや面変はりせぬ

1616
五十首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  花ならでただ柴の戸をさして思ふ心の奥もみ吉野の山

1617
題しらず
 西行法師
  吉野山やがて出でじと思ふ身を花散りなばと人や待つらむ

1618
 藤原家衡朝臣
  いとひてもなほいとはしき世なりけり吉野の奥の秋の夕暮れ

1619
千五百番哥合に
 右衛門督通具(源通具)
  ひとすぢになれなばさても杉の庵によなよな変はる風の音かな

1620
守覚法親王五十首哥よませ侍りけるに、閑居の心をよめる
 藤原有家朝臣
  たれかはと思ひたえても松にのみおとづれてゆく風はうらめし

1621
鳥羽にて哥合し侍りしに、山家嵐といふことを
 宜秋門院丹後
  山里は世の憂きよりは住みわびぬことのほかなる峰のあらしに

1622
百首哥奉りしに
 藤原家隆朝臣
  滝の音松のあらしもなれぬればうち寝るほどの夢は見せけり

1623
題しらず
 寂然法師
  ことしげき世をのがれにしみ山べにあらしの風も心して吹け

1624
少将高光(藤原高光如覚)、横川にまかりて頭下ろし侍りにけるに、法服つかはすとて
 権大納言師氏(藤原師氏)
  奥山の苔の衣にくらべ見よいづれか露のおきまさるとも

1625
返し
 如覚(藤原高光)
  白露のあした夕べに奥山の苔の衣は風もさはらず

1626
大中臣能宣朝臣、大原野にまうでて侍りけるに、山里のいとあやしきに、住むべくもあらぬさまなる人の侍りければ、いづくわたりより住むぞなど問ひ侍りければ
 読人しらず
  世の中をそむきにとては来しかどもなほ憂きことは大原の里

1627
返し
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  身をばかつ小塩の山と思ひつついかに定めて人の入りけむ

1628
深き山に住み侍りける聖のもとに尋ねまかりたりけるに、庵の戸を閉ぢて人も侍らざりければ、帰るとて書き付けける
 恵慶法師
  苔の庵さして来つれど君まさで帰るみ山の道の露けさ

1629
聖後に見て、返し
  荒れはてて風もさはらぬ苔の庵に我はなくとも露はもりけむ

1630
題しらず
 西行法師
  山深くさこそ心はかよふとも住まであはれを知らむものかは

1631
(題しらず)
 (西行)
  山陰に住まぬ心はいかなれや惜しまれて入る月もある世に

1632
山家送年といへる心をよみ侍りける
 寂蓮法師
  立ち出でてつま木折りこし片岡の深き山路となりにけるかな

1633
住吉哥合に、山を
 太上天皇(後鳥羽院)
  奥山のおどろが下も踏み分けて道ある世ぞと人に知らせむ

1634
百首哥奉りし時
 二条院讃岐
  ながらへてなほ君が代を松山の待つとせしまに年ぞ経にける

1635
山家松といふことを
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  今はとてつま木こるべき宿の松千代をば君となほ祈るかな

1636
春日哥合に、松風といへる事を
 有家朝臣(藤原有家)
  我ながら思ふかものをとばかりに袖にしぐるる庭の松風

1637
山寺に侍りけるころ
 道命法師
  世をそむく所とか聞く奥山はもの思ひにぞ入るべかりける

1638
少将井の尼、大原より出でたりと聞きてつかはしける
 和泉式部
  世をそむく方はいづくにありぬべし大原山は住みよかりきや

1639
返し
 少将井尼
  思ふこと大原山のすみがまはいとど歎きの数をこそ積め

1640
題しらず
 西行法師
  たれすみてあはれ知るらむ山里の雨降りすさむ夕暮れの空

1641
(題しらず)
 (西行)
  しをりせでなほ山深く分け入らむ憂きこと聞かぬ所ありやと

1642
(題しらず)
 殷富門院大輔
  かざし折る三輪のしげ山かきわけてあはれとぞ思ふ杉たてる門

1643
法輪寺にすみ侍りけるに、人のまうで来て、暮れぬとて急ぎ侍りければ
 道命法師
  いつとなき小倉の山の陰を見て暮れぬと人のいそぐなるかな

1644
後白河院、栖霞寺におはしましけるに、駒引の引き分けの使にて参りけるに
 藤原定家朝臣
  嵯峨の山千代の古道あととめてまた露分くる望月の駒

1645
歎くこと侍りけるころ
 知足院入道前関白太政大臣(藤原忠定)
  佐保川の流れ久しき身なれどもうき瀬に逢ひて沈みぬるかな

1646
冬の頃、大将離れて歎く事侍りける明くる年、右大臣になりて奏し侍りける
 東三条入道前摂政太政大臣(藤原兼家)
  かかる瀬もありけるものを宇治川の絶えぬばかりも歎きけるかな

1647
御返し
 円融院御哥
  昔より絶えせぬ川の末なればよどむばかりをなに歎くらむ

1648
題しらず
 人麿(柿本人麻呂)
  もののふの八十宇治川の網代木にいざよふ波のゆくへ知らずも

1649
布引の滝見にまかりて
 中納言行平(在原行平)
  我が世をば今日か明日かと待つかひの涙の滝といづれたかけむ

1650
京極前太政大臣(藤原師実)、布引の滝見にまかりて侍りけるに
 二条関白内大臣(藤原師通)
  水上の空に見ゆるは白雲の立つにまがへる布引の滝

1651
最勝四天王院の障子に、布引の滝かきたる所
 藤原有家朝臣
  ひさかたの天つをとめが夏衣雲居にさらす布引の滝

1652
天の河原を過ぐとて
 摂政太政大臣(藤原良経)
  昔聞く天の河原を尋ね来てあとなき水をながむばかりぞ

1653
題しらず
 実方朝臣(藤原実方)
  天の川通ふうききに言問はむもみぢの橋は散るや散らずや

1654
堀河院御時百首哥奉りけるに
 前中納言匡房(大江匡房)
  真木の板も苔むすばかりなりにけり幾代経ぬらむ瀬田の長橋

1655
天暦御時、屏風に国々の所の名を書かせさせ給ひけるに、飛鳥川
 中務(敦慶親王女)
  定めなき名にはたてれど飛鳥川早く渡りし瀬にこそありけれ

1656
題しらず
 前大僧正慈円
  山里にひとりながめて思ふかな世に住む人の心強さを

1657
(題しらず)
 西行法師
  山里に憂き世いとはむ友もがなくやしく過ぎし昔語らむ

1658
(題しらず)
 (西行)
  山里は人来させじと思はねど訪はるることぞうとくなりゆく

1659
(題しらず)
 前大僧正慈円
  草の庵をいとひてもまたいかがせむ露の命のかかる限りは

1660
都を出でて久しく修行し侍りけるに、問ふべき人の問はず侍りければ、熊野よりつかはしける
 大僧正行尊
  わくらばになどかは人の問はざらむ音無川にすむ身なりとも

1661
あひ知れりける人の熊野に籠り侍りけるにつかはしける
 安法法師
  世をそむく山のみなみの松風に苔の衣や夜寒なるらむ

1662
西行法師、百首哥勧めてよませ侍りけるに
 藤原家隆朝臣
  いつか我苔のたもとに露おきて知らぬ山路の月を見るべき

1663
百首哥奉りしに、山家の心を
 式子内親王
  今は我松の柱の杉の庵にとづべきものを苔深き袖

1664
(百首哥奉りしに、山家の心を)
 小侍従(石清水別当光清女)
  しきみ摘む山路の露に濡れにけりあかつきおきの墨染めの袖

1665
(百首哥奉りしに、山家の心を)
 摂政太政大臣(藤原良経)
  忘れじの人だにとはぬ山路かな桜は雪に降りかはれども

1666
五十首哥奉りし時
 雅経(藤原雅経)
  影やどす露のみしげくなりはてて草にやつるるふるさとの月

1667
俊恵法師身まかりて後、年ごろつかはしける薪など、弟子どものもとにつかはすとて
 賀茂重保
  けぶり絶えて焼く人もなき炭竃のあとの歎きをたれかこるらむ

1668
老いの後、津の国なる山寺にまかり籠りけるに、寂蓮尋ねまかりて侍りけるに、庵のさま住み荒してあはれに見え侍りけるを、帰りて後とぶらひて侍りければ
 西日法師
  八十あまり西の迎へを待ちかねて住み荒らしたる柴の庵ぞ

1669
山家の哥あまたよみ侍りけるに
 前大僧正慈円
  山里に訪ひ来る人のことぐさはこのすまひこそうらやましけれ

1670
後白河院かくれさせ給てのち、百首哥に
 式子内親王
  斧の柄の朽ちし昔は遠けれどありしにもあらぬ世をも経るかな

1671
述懐百首哥よみ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  いかにせむしづが園生の奥の竹かきこもるとも世の中ぞかし

1672
老いの後、昔を思ひ出で侍りて
 祝部成仲
  あけくれは昔をのみぞしのぶ草葉末の露に袖濡らしつつ

1673
題しらず
 前大僧正慈円
  岡の辺の里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風

1674
(題しらず)
 西行法師
  古畑のそばのたつ木にゐる鳩の友呼ぶ声のすごき夕暮れ

1675
(題しらず)
 (西行)
  山がつの片岡かけてしむる野のさかひに立てる玉の小柳

1676
(題しらず)
 (西行)
  茂き野をいくひとむらに分けなしてさらに昔をしのびかへさむ

1677
(題しらず)
 (西行)
  昔見し庭の小松に年ふりてあらしの音を梢にぞ聞く

1678
三井寺焼けて後、住み侍りける房を思ひやりてよめる
 大僧正行尊
  住みなれしわがふるさとはこのごろや浅茅が原にうづら鳴くらむ

1679
百首哥よみ侍りけるに
 摂政太政大臣(藤原良経)
  ふるさとは浅茅が末になりはてて月に残れる人の面影

1680
題知らず
 西行法師
  これや見し昔すみけむあとならむよもぎが露に月のかかれる

1681
人のもとにまかりて、これかれ松の陰に下りゐて遊びけるに
 紀貫之
  陰にとて立ち隠るれば唐衣濡れぬ雨降る松の声かな

1682
西院のほとりに早うあひ知れるける人を訪ね侍りけるに、菫摘みける女、知らぬ由申しければよみ侍りける
 能因法師
  石の上ふりにし人を尋ぬれば荒れたる宿にすみれ摘みけり

1683
ぬしなき宿を
 恵慶法師
  いにしへを思ひやりてぞ恋ひわたる荒れたる宿の苔の岩橋

1684
守覚法親王五十首哥よませ侍りけるに、閑居の心を
 定家朝臣(藤原定家)
  わくらばに訪はれし人も昔にてそれより庭のあとは絶えにき

1685
ものへまかりける道に、山人あまた逢へりけるを見て
 赤染衛門
  歎きこる身は山ながら過ぐせかし憂き世の中になに帰るらむ

1686
(題知らず)
 人麿(柿本人麻呂)
  秋されば狩人越ゆる立田山たちてもゐてもものをしぞ思ふ

1687
(題知らず)
天智天皇御哥
  朝倉や木の丸殿に我がをれば名のりをしつつゆくはたが子ぞ

巻第十八

雑哥下

1688

 菅贈太政大臣(菅原道真)
  あしびきのこなたかなたに道はあれど都へいざといふ人ぞなき

1689

 (菅原道真)
  天の原あかねさし出づる光にはいづれの沼かさえ残るべき

1690

 (菅原道真)
  月ごとに流ると思ひします鏡西の浦にもとまらざりけり

1691

 (菅原道真)
  山わかれ飛びゆく雲の帰り来る影見る時はなほ頼まれぬ

1692

 (菅原道真)
  霧立ちて照る日の本は見えずとも身はまどはれじよるべありやと

1693

 (菅原道真)
  花と散り玉と見えつつあざむけば雪ふるさとぞ夢に見えける

1694

 (菅原道真)
  老いぬとて松はみどりぞまさりけるわが黒髪の雪の寒さに

1695

 (菅原道真)
  筑紫にも紫生ふる野辺はあれどなき名かなしぶ人ぞ聞こえぬ

1696

 (菅原道真)
  刈萱の関守にのみ見えつるは人もゆるさぬ道べなりけり

1697

 (菅原道真)
  海ならずたたへる水の底までに清き心は月ぞ照らさむ

1698
かささぎ
 (菅原道真)
  彦星のゆきあひを待つかささぎの門渡る橋を我にかさなむ

1699

 (菅原道真)
  流れ木とたつ白浪と焼く塩といづれかからきわたつみの底

1700
題しらず
 読人しらず
  さざ波の比良山風の海吹けば釣りする海人の袖かへる見ゆ

1701
(題しらず)
 (読人しらず)
  白波の寄する渚に世を尽くす海人の子なれば宿も定めず

1702
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  舟のうち波の下にぞ老いにける海人のしわざもいとまなの世や

1703
題しらず
 前中納言匡房(大江匡房)
  さすらふる身は定めたる方もなし浮きたる舟の波にまかせて

1704
(題しらず)
 増賀上人
  いかにせむ身をうき舟の荷を重みつひのとまりやいづくなるらむ

1705
(題しらず)
 人麿(柿本人麻呂)
  蘆鴨のさわぐ入江の水の江の世にすみがたき我が身なりけり

1706
(題しらず)
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  蘆鴨の羽風になびく浮草の定めなき世をたれか頼まむ

1707
渚の松といふことをよみ侍りける
 順(源順)
  老いにける渚の松の深緑沈める影をよそにやは見る

1708
山水をむすびてよみ侍りける
 能因法師
  あしびきの山下水に影見ればまゆ白妙に我老いにけり

1709
尼になりぬと聞きける人に、装束つかはすとて
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
  なれ見てし花のたもとをうちかへし法の衣をたちぞかへつる

1710
后に立ち給ひける時、冷泉院の后の宮の御額を奉り給へりけるを、出家の時、返し奉り給ひて
 東三条院(藤原兼家女詮子)
  そのかみの玉のかづらをうちかへし今は衣の浦を頼まむ

1711
返し
 冷泉院太皇太后宮
  つきもせぬ光のまにもまぎれなで老いて帰れる髪のつれなさ

1712
上東門院出家の後、黄金の装束したる沈の数珠、銀の箱に入れて、梅の枝につけて奉れりける
 枇杷皇太后宮
  かはるらむ衣の色に思ひやる涙や裏の玉にまがはむ

1713
返し
 上東門院
  まがふらむ衣の玉に乱れつつなほまだ覚めぬ心地こそすれ

1714
題しらず
 和泉式部
  潮のまによもの浦々尋ぬれど今は我が身のいふかひもなし

1715
屏風の絵に、塩釜の浦かきて侍りけるを
 一条院皇后宮
  いにしへの海人やけぶりとなりぬらむ人目も見えぬ塩釜の浦

1716
少将高光、横川に登りて頭下ろし侍にけるを聞かせ給ひてつかはしける
 天暦御哥(村上天皇)
  都より雲の八重立つ奥山の横川の水はすみよかるらむ

1717
御返し
 如覚(藤原高光)
  ももしきの内のみつねに恋ひしくて雲の八重たつ山は住みうし

1718
世をそむきて、小野といふ所に住み侍りける頃、業平朝臣の、雪のいと高う降り積みたるをかきわけてまうできて、夢かとぞ思ふ思ひきやとよみ侍りけるに
 惟喬親王
  夢かともなにか思はむうき世をばそむかざりけむほどぞくやしき

1719
都の外に住み侍りける頃、久しうおとづれざりける人につかはしける
 女御徽子女王
  雲居飛ぶ雁のね近きすまひにもなほ玉づさは懸けずやありけむ

1720
亭子院降りゐ給はむとしける秋、よみける
 伊勢
  白露はおきて変はれどももしきのうつろふ秋はものぞかなしき

1721
殿上離れ侍りてよみ侍りける
 藤原清正
  天つ風吹飯の浦にゐる鶴のなどか雲居に帰らざるべき

1722
二条院、菩提樹院におはしましてのちの春、むかしを思ひ出でて大納言経信まいりて侍りける又の日、女房の申つかはしける
 読人しらず
  いにしへのなれし雲居をしのぶとやかすみをわけて君たづねけむ

1723
最勝四天王院の障子に、大淀かきたる所
 定家朝臣(藤原定家)
  大淀の浦に刈りほすみるめだに霞に絶えて帰る雁がね

1724
最慶法師、千載集書きて奉りける包み紙に、墨をすり筆を染めつつ年経れど書きあらはせる言の葉ぞなきと書き付けて侍りける御返し
 後白河院御哥
  浜千鳥ふみおくあとの積もりなばかひある浦に逢はざらめやは

1725
上東門院、高陽院におはしましけるに、行幸侍りて、堰き入れたる滝を御覧じて
 後朱雀院御哥
  滝つ瀬に人の心を見ることは昔に今も変はらざりけり

1726
権中納言通俊、後拾遺撰び侍りける頃、まづ片端もゆかしくなど申して侍りければ、申し合せてこそとて、まだ清書きもせぬ本をつかはして侍りけるを見て、返しつかはすとて
 周防内侍
  浅からぬ心ぞ見ゆる音羽川せき入れし水の流れならねど

1727
哥奉れと仰せられければ、忠岑がなど書き集めて奉りける奥に書き付けける
 壬生忠見
  言の葉の中をなくなく尋ぬれば昔の人に逢ひ見つるかな

1728
遊女の心をよみ侍りける
 藤原為忠朝臣
  ひとり寝てこよひも明けぬたれとしも頼まばこそは来ぬも恨みめ

1729
大江挙周はじめて殿上聴されて、草深き庭に下りて拝しけるを見侍りて
 赤染衛門
  草分けて立ちゐる袖のうれしさにたえず涙の露ぞこぼるる

1730
秋ごろわづらひける、おこたりて、たびたびとぶらひにける人につかはしける
 伊勢大輔
  うれしさは忘れやはするしのぶ草しのぶるものを秋の夕暮れ

1731
返し
 大納言経信(源経信)
  秋風の音せざりせば白露の軒のしのぶにかからましやは

1732
ある所に通ひ侍りけるを、朝光大将見かはして、夜一夜物語りして帰りて、またの日
 右大将済時(藤原済時)
  しのぶ草いかなる露かおきつらむ今朝は根もみなあらはれにけり

1733
返し
 左大将朝光(藤原朝光)
  浅茅生を尋ねざりせばしのぶ草思ひおきけむ露を見ましや

1734
わづらひける人のかく申し侍りける
 読人しらず
  ながらへむとしも思はぬ露の身のさすがに消えむことをこそ思へ

1735
返し
 小馬命婦
  露の身の消えば我こそ先立ためおくれむものか森の下草

1736
題しらず
 和泉式部
  命さへあらば見つべき身のはてをしのばむ人のなきぞかなしき

1737
例ならぬこと侍りけるに、知れりける聖のとぶらひにまうで来て侍りければ
 大僧正行尊
  定めなき昔語りをかぞふれば我が身も数に入りぬべきかな

1738
五十首哥奉りし時
 前大僧正慈円
  世の中の晴れゆく空に降る霜のうき身ばかりぞおき所なき

1739
例ならぬこと侍りけるに、無動寺にてよみ侍りける
 (慈円)
  頼みこしわが古寺の苔の下にいつしか朽ちむ名こそ惜しけれ

1740
題しらず
 大僧正行尊
  くり返し我が身のとがを求むれば君もなき世にめぐるなりけり

1741
(題しらず)
 清原元輔
  憂しといひて世をひたふるにそむかねば物思ひ知らぬ身とやなりなむ

1742
(題しらず)
 読人しらず
  そむけども天の下をし離れねばいづくにも降る涙なりけり

1743
延喜御時、女蔵人内匠、白馬節会見けるに、車より紅の衣を出だしたりけるを、検非違使のたださむとしければ、いひつかはしける
 女蔵人内匠
  大空に照る日の色をいさめても天の下にはたれか住むべき
Sかくいひければ、たださずなりにけり

1744
例ならで太秦に籠りて侍りけるに、心細くおぼえければ
 周防内侍
  かくしつつ夕べの雲となりもせばあはれかけてもたれかしのばむ

1745
題しらず
 前大僧正慈円
  思はねど世をそむかむといふ人のおなじ数にや我もなるらむ

1746
(題しらず)
 西行法師
  数ならぬ身をも心の持ちがほにうかれてはまた帰り来にけり

1747
(題しらず)
 (西行)
  おろかなる心の引くにまかせてもさてさはいかにつひの思ひは

1748
(題しらず)
 (西行)
  年月をいかで我が身に送りけむ昨日の人も今日はなき世に

1749
(題しらず)
 (西行)
  受けがたき人の姿に浮かび出でてこりずやたれもまた沈むべき

1750
守覚法親王、五十首哥よませ侍りけるに
 寂蓮法師
  そむきてもなほ憂きものは世なりけり身を離れたる心ならねば

1751
述懐の心をよめる
 (寂蓮)
  身の憂さを思ひ知らずはいかがせむいとひながらもなほ過ぐすかな

1752
(述懐の心をよめる)
 前大僧正慈円
  なにごとを思ふ人ぞと人問はば答へぬさきに袖ぞ濡るべき

1753
(述懐の心をよめる)
 (慈円)
  いたづらに過ぎにしことや歎かれむ受けがたき身の夕暮れの空

1754
(述懐の心をよめる)
 (慈円)
  うち絶えて世に経る身にはあらねどもあらぬ筋にも罪ぞかなしき

1755
和哥所にて、述懐の心を
 (慈円)
  山里に契りし庵や荒れぬらむ待たれむとだに思はざりしを

1756
(和哥所にて、述懐の心を)
 右衛門督通具(源通具)
  袖におく露をば露としのべどもなれゆく月や色を知るらむ

1757
(和哥所にて、述懐の心を)
 藤原定家朝臣
  君が代に逢はずはなにを玉の緒の長くとまでは惜しまれじ身を

1758
(和哥所にて、述懐の心を)
 藤原家隆朝臣
  おほかたの秋の寝覚めの長き夜も君をぞ祈る身を思ふとて

1759
(和哥所にて、述懐の心を)
 (藤原家隆)
  和哥の浦や沖つ潮合ひに浮かび出づるあはれ我が身のよるべ知らせよ

1760
(和哥所にて、述懐の心を)
 (藤原家隆)
  その山と契らぬ月も秋風もすすむる袖に露こぼれつつ

1761
(和哥所にて、述懐の心を)
 藤原雅経朝臣
  君が代に逢へるばかりの道はあれど身をば頼まず行く末の空

1762
(和哥所にて、述懐の心を)
 皇太后宮大夫俊成女
  惜しむとも涙に月も心からなれぬる袖に秋をうらみて

1763
千五百番哥合に
 摂政太政大臣(藤原良経)
  浮き沈み来む世はさてもいかにぞと心に問ひて答へかねぬる

1764
題しらず
 (藤原良経)
  我ながら心のはてを知らぬかな捨てられぬ世のまたいとはしき

1765
(題しらず)
 (藤原良経)
  おしかへし物を思ふは苦しきに知らずがほにて世をや過ぎまし

1766
五十首哥よみ侍りけるに、述懐の心を
 守覚法親王
  ながらへて世に住むかひはなけれども憂きにかへたる命なりけり

1767
 権中納言兼宗(中山兼宗)
  世を捨つる心はなほぞなかりける憂きを憂しとは思ひ知れども

1768
述懐の心をよみ侍りける
 左近中将公衡(藤原公衡)
  捨てやらぬわが身ぞつらきさりともと思ふ心に道をまかせて

1769
題しらず
 読人しらず
  憂きながらあればある世にふるさとの夢をうつつにさましかねても

1770
(題しらず)
 源師光
  憂きながらなほ惜しいまるる命かな後の世とても頼みなければ

1771
(題しらず)
 賀茂重保
  さりともと頼む心の行く末も思へば知らぬ世にまかすらむ

1772
(題しらず)
 荒木田長延
  つくづくと思へばやすきよの中を心となげく我が身なりけり

1773
入道前関白家百首哥よませ侍りけるに
 刑部卿頼輔(藤原頼輔)
  川舟ののぼりわづらふ綱手縄苦しくてのみ世を渡るかな

1774
題しらず
 大僧都覚弁
  老いらくの月日はいとど早瀬川かへらぬ波に濡るる袖かな

1775
よみて侍りける百首哥を、源家長がもとに見せにつかはしける奥に、書き付け侍りける
 藤原行能
  書き流す言の葉をだに沈むなよ身こそかくても山川の水

1776
身ののぞみかなひ侍らで、社のまじらひもせでこもりゐて侍りけるに、葵を見てよめる
 鴨長明
  見ればまづいとど涙ぞもろかづらいかに契りてかけ離れけむ

1777
題しらず
 源季景
  おなじくはあれないにしへ思ひ出でのなければとてもしのばずもなし

1778
(題しらず)
 西行法師
  いづくにも住まれずはただ住まであらむ柴の庵のしばしなる世に

1779
(題しらず)
 (西行)
  月のゆく山に心を送りいれてやみなるあとの身をいかにせむ

1780
五十首哥の中に
 前大僧正慈円
  思ふことなど問ふ人のなかるらむあふげば空に月ぞさやけき

1781
(五十首哥の中に)
 (慈円)
  いかにしていままで世には有明のつきせぬ物をいとふ心は

1782
西行法師、山里よりまかり出でて、昔出家し侍りしその月日にあたりて侍ると申したりける返事に
 (慈円)
  憂き世出でし月日の影のめぐりきて変はらぬ道をまた照らすらむ

1783(除棄哥)
大神宮哥合に
 太上天皇
  大空に契る思ひの年もへぬ月日も受けよ行く末の空

1784
前僧都全真西国の方に侍りける時、つかはしける
 承仁法親王
  人しれずそなたをしのぶ心をばかたぶく月にたぐへてぞやる

1785
前大僧正慈円、ふみにては思ふほどのことも申しつくしがたきよし、申つかはして侍りける返事に
 前右大将頼朝
  みちのくのいはでしのぶはえぞ知らぬ書きつくしてよ壺の石文

1786
世の中の常なきころ
 大江嘉言
  けふまでは人を歎きて暮れにけりいつ身のうへにならむとすらむ

1787
題しらず
 清慎公(藤原実頼)
  道芝の露にあらそふ我が身かないづれかまづは消えむとすらむ

1788
(題しらず)
 皇嘉門院
  なにとかや壁に生ふなる草の名のそれにもたぐふ我が身なりけり

1789
(題しらず)
 権中納言資実(藤原資実)
  来し方をさながら夢になしつればさむるうつつのなきぞかなしき

1790
松の木の焼けけるを見て
 性空上人
  千歳経る松だにくゆる世の中にけふとも知らで立てる我かな

1791
題しらず
 俊頼朝臣(源俊頼)
  数ならで世に住の江のみをつくしいつを待つともなき身なりけり

1792
(題しらず)
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  憂きながら久しくぞ世を過ぎにけるあはれやかけし住吉の松

1793
春日社哥合に、松風といふことを
 家隆朝臣(藤原家隆)
  春日山谷のうもれ木くちぬとも君に告げこせ峰の松風

1794
(春日社哥合に、松風といふことを)
 宜秋門院丹後
  なにとなく聞けば涙ぞこぼれぬる苔のたもとにかよふ松風

1795
草紙に葦手長哥など書きて、奥に
 女御徽子女王
  みな人のそむきはてぬる世の中に布留の社の身をいかにせむ

1796
臨時祭の舞人にてもろともに侍りけるを、ともに四位して後、祭の日つかはしける
 実方朝臣(藤原実方)
  衣手の山井の水に影見えしなほそのかみの春ぞ恋しき

1797
題しらず
 道信朝臣(藤原道信)
  いにしへの山井の衣なかりせば忘らるる身となりやしなまし

1798
後冷泉院御時大嘗会に、ひかげの組をして、(源)実基朝臣のもとにつかはすとて、先帝御時思ひ出でて、添へていひつかはしける
 加賀左衛門
  たちながら着てだに見せよ小忌衣あかぬ昔の忘れ形見に

1799
秋の夜きりぎりすを聞くといふ題をよめと、人々に仰せられて、おほとのごもりにける朝に、その哥を御覧じて
 天暦御哥(村上天皇)
  秋の夜のあかつきがたのきりぎりす人づてならで聞かましものを

1800
秋雨を
 中務卿具平親王
  ながめつつ我が思ふことはひぐらしに軒のしづくの絶ゆる夜もなし

1802
(題しらず)
 小野小町
  こがらしの風にもみぢて人知れず憂き言の葉のつもるころかな

1803
述懐百首哥よみける時、紅葉を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  あらしふく峰のもみぢの日にそへてもろくなりゆく我が涙かな

1804
題しらず
 崇徳院御哥
  うたた寝は荻吹く風におどろけど長き夢路ぞさむる時なき

1805
(題しらず)
 宮内卿(源師光女)
  竹の葉に風吹きよわる夕暮れのもののあはれは秋としもなし

1806
(題しらず)
 和泉式部
  夕暮れは雲のけしきを見るからにながめじと思ふ心こそつけ

1807
(題しらず)
 (和泉式部)
  暮れぬめりいくかをかくて過ぎぬらむ入相の鐘のつくづくとして

1808
(題しらず)
 西行法師
  待たれつる入相の鐘の音すなりあすもやあらば聞かむとすらむ

1809
暁の心をよめる
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  あかつきとつげの枕をそばだてて聞くもかなしき鐘の音かな

1810
百首哥に
 式子内親王
  あかつきのゆふつけ鳥ぞあはれなる長きねぶりを思ふ枕に

1811
尼にならむと思ひ立ちけるを、人のとどめ侍りければ
 和泉式部
  かくばかり憂きをしのびてながらへばこれよりまさる物もこそ思へ

1812
題しらず
 (和泉式部)
  たらちねのいさめしものをつれづれとながむるをだに問ふ人もなし

1813
熊野へ参りて大峯へ入らむとて、としごろ養ひ立てて侍りける乳母のもとにつかはしける
 大僧正行尊
  あはれとてはぐくみ立てしいにしへは世をそむけとも思はざりけむ

1814
百首哥奉りし時
 土御門内大臣(源通親)
  位山あとをたづねてのぼれども子を思ふ道になほまよひぬる

1815
百首哥よみ侍りけるに、懐旧哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  昔だに昔と思ひしたらちねのなほ恋しきぞはかなかりける

1816
述懐百首哥よみ侍りけるに
 俊頼朝臣(源俊頼)
  ささがにのいとかかりける身のほどを思へば夢の心地こそすれ

1817
夕暮れに蜘蛛のいとはかなげに巣がくを、常よりもあはれと見て
 僧正遍昭
  ささがにの空にすがくもおなじことまたき宿にも幾代かは経む

1818
題しらず
 西宮前左大臣(源高明)
  光待つ枝にかかれる露の命消えはてねとや春のつれなき

1819
野分したる朝に、幼き人をだに問はざりける人に
 赤染衛門
  あらく吹く風はいかにと宮城野の小萩が上を人の問へかし

1820
和泉式部、道貞に忘られて後、ほどなく敦道親王通ふと聞きて、つかはしける
 (赤染衛門)
  うつろはでしばし信太の杜を見よかへりもぞする葛の裏風

1821
返し
 和泉式部
  秋風はすごく吹くとも葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ

1822
病限りにおぼえ侍りける時、定家朝臣、中将転任のこと申すとて、民部卿範光もとにつかはしける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  小笹原風待つ露の消えやらでこのひとふしを思ひおくかな

1823
題しらず
 前大僧正慈円
  世の中をいまはの心つくからに過ぎにし方ぞいとど恋しき

1824
(題しらず)
 (慈円)
  世をいとふ心の深くなるままに過ぐる月日をうち数へつつ

1825
(題しらず)
 (慈円)
  ひとかたに思ひとりにし心にはなほそむかるる身をいかにせむ

1826
(題しらず)
 (慈円)
  なに故にこの世を深くいとふぞと人の問へかしやすく答へむ

1827
(題しらず)
 (慈円)
  思ふべき我が後の世はあるかなきかなければこそはこの世には住め

1828
(題しらず)
 西行法師
  世をいとふ名をだにもさはとどめおきて数ならぬ身の思ひ出でにせむ

1829
(題しらず)
 (西行)
  身の憂さを思ひ知らでややみなましそむくならひのなき世なりせば

1830
(題しらず)
 (西行)
  いかがすべき世にあらばやは世をも捨ててあな憂の世やとさらに思はむ

1831
(題しらず)
 (西行)
  なに事にとまる心のありければさらにしもまた世のいとはしき

1832
(題しらず)
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  昔より離れがたきは憂き世かなかたみにしのぶ中ならねども

1833
歎く事侍りけるころ、大峯に籠るとて、同行どももかたへは京へ帰りねなど申してよみ侍りける
 大僧正行尊
  思ひ出でてもしも尋ぬる人もあらばありとないひそ定めなき世に

1834
題しらず
 (行尊)
  数ならぬ身をなにゆゑに恨みけむとてもかくても過ぐしける世を

1835
百首哥奉りしに
 前大僧正慈円
  いつか我深山の里のさびしきにあるじとなりて人に訪はれむ

1836
題しらず
 俊頼朝臣(源俊頼)
  憂き身には山田のおしねおしこめて世をひたすらに恨みわびぬる

1837
年ごろ修行の心ありけるを、捨てがたき事侍りて過ぎけるに、親などなくなりて、心やすく思ひ立ちける頃、障子にかきつけ侍りける
 山田法師
  しづの男の朝な朝なにこりつむるしばしのほどもありがたの世や

1838
題しらず
 寂蓮法師
  数ならぬ身はなき物になしはてつたがためにかは世をも恨みむ

1839
(題しらず)
 法橋行遍
  頼みありて今行く末を待つ人や過ぐる月日を歎かざるらむ

1840
守覚法親王、五十首哥よませ侍りけるに
 源師光
  ながらへて生けるをいかにもどかまし憂き身のほどをよそに思はば

1841
題しらず
 八条院高倉
  憂き世をば出づる日ごとにいとへどもいつかは月の入る方を見む

1842
(題しらず)
 西行法師
  なさけありし昔のみなほしのばれてながらへまうき世にもふるかな

1843
(題しらず)
 清輔朝臣(藤原清輔)
  ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき

1844
寂蓮、人々すすめて百首哥よませ侍りけるに、いなび侍りて熊野に詣でける道にて、夢に、何事もおとろへゆけど、この道こそ世の末に変はらぬものはあれ、なほこの哥よむべきよし、別当湛快、三位俊成に申すと見侍て、おどろきながらこの哥をいそぎよみ出だしてつかはしける奥に書き付け侍りける
 西行法師
  末の世もこのなさけのみ変はらずと見し夢なくはよそに聞かまし

1845
千載集選び侍りける時、古き人々の哥を見て
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  行く末は我をもしのぶ人やあらむ昔を思ふ心ならひに

1846
崇徳院に百首哥奉りける、無常哥
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  世の中を思ひつらねてながむればむなしき空に消ゆる白雲

1847
百首の哥に
 式子内親王
  暮るるまも待つべき世かはあだし野の末葉の露にあらし立つなり

1848
津の国におはして、みぎはの蘆を見給ひて
 花山院御哥
  津の国のながらふべくもあらぬかな短き蘆のよにこそありけれ

1849
題しらず
 中務卿具平親王
  風はやみ荻の葉ごとにおく露のおくれ先だつほどのはかなさ

1850
(題しらず)
 蝉丸
  秋風になびく浅茅の末ごとにおく白露のあはれ世の中

1851
(題しらず)
 (蝉丸)
  世の中はとてもかくてもおなじこと宮も藁屋もはてしなければ

巻第十九

神祇哥

1852
(神祇哥)
 (日吉明神)
  知るらめやけふの子の日の姫小松生ひむ末まで栄ゆべしとは
Sこの哥は、日吉社司、社頭の後ろの山にまかりて、子の日して侍りける夜、人の夢に見えけるとなむ

1853
(神祇哥)
 (北野天神)
  なさけなく折る人つらし我が宿のあるじわすれぬ梅の立ち枝を
Sこの哥は、建久二年の春の頃、筑紫へまかれりける者の、安楽寺の梅を折りて侍りける夜の夢に見えけるとなむ

1854
(神祇哥)
 (春日明神の眷属神)
  補陀落の南の岸に堂立てて今ぞさかえむ北の藤波
Sこの哥は、興福寺の南円堂つくりはじめ侍りける時、春日の榎本の明神、よみ給へりけるとなむ

1855
(神祇哥)
 (住吉明神)
  夜や寒き衣やうすきかたそぎのゆきあひのまより霜やおくらむ
S住吉御哥となむ

1856
(神祇哥)
 (住吉明神)
  いかばかり年は経ねども住の江の松ぞふたたび生ひ変はりぬる
Sこの哥は、ある人、住吉に詣でて、「人ならば問はましものを住の江の松はいくたび生ひかはるらむ」とよみて奉りける御返事となむいへる

1857
(神祇哥)
 (住吉明神)
  むつましと君は白波みづかきの久しき代よりいはひそめてき
S伊勢物語に、住吉に行幸の時、御神現形し給ひてと記せり

1858
(神祇哥)
 (春日明神)
  人知れず今や今やとちはやぶる神さぶるまで君をこそ待て
Sこの哥は、待賢門院堀河、大和の方より熊野へ詣で侍りけるに、春日へ参るべきよしの夢を見たりけれど、後に参らむと思ひて、まかりすぎにけるを、帰り侍りけるに、託宣し給ひけるとなむ

1859
(神祇哥)
 (熊野権現)
  道遠しほどもはるかにへだたれり思ひおこせよ我も忘れじ
Sこの哥は、陸奥に住みける人の、熊野へ三年詣でむと願を立てて参りて侍りけるが、いみじう苦しかりければ、いまふたたびをいかにせむと歎きて、御前にふしたりける夜の夢に見えけるとなむ

1860
(神祇哥)
 (熊野権現)
  思ふこと身にあまるまで鳴る滝のしばしよどむをなにうらむらむ
Sこの哥は、身のしづめる事を歎きて、東の方へまからむと思ひ立ちける人、熊野の御前に通夜して侍りける夢に見えけるとぞ

1861
(神祇哥)
 (賀茂明神)
  我頼む人いたづらになしはてばまた雲分けてのぼるばかりぞ
S賀茂の御哥となむ

1862
(神祇哥)
 (賀茂明神)
  鏡にも影みたらしの水の面にうつるばかりの心とを知れ
Sこれまた、賀茂にまうでたる人の夢に見えけるといへり

1863
(神祇哥)
 (石清水八幡)
  ありきつつ来つつ見れどもいさぎよき人の心を我忘れめや
S石清水の御哥といへり

1864
(神祇哥)
 (宇佐八幡)
  西の海立つ白浪の上にしてなに過ぐすらむかりのこの世を
Sこの哥は、称徳天皇の御時、和気清麿を宇佐宮に奉り給ひける時、託宣し給けるとなむ

1865
延喜六年日本紀竟宴に、神日本磐余彦天皇
 大江千古
  白波に玉依姫の来しことはなぎさやつひにとまりなりけむ

1866
猿田彦
 紀淑望
  ひさかたの天の八重雲ふり分けてくだりし君を我ぞ迎へし

1867
玉依姫
 三統理平
  飛びかける天の岩舟尋ねてぞ秋津島には宮はじめける

1868
賀茂社の午日うたひ侍るなる哥
 (三統理平)
  大和かも海にあらしの西吹かばいづれの浦にみ舟つながむ

1869
神楽をよみ侍りける
 紀貫之
  おく霜に色もかはらぬ榊葉の香をやは人のとめて来つらむ

1870
臨時祭をよめる
 (紀貫之)
  宮人のすれる衣にゆふだすきかけて心をたれに寄すらむ

1872
大将に侍りける時、勅使にて太神宮に詣でてよみ侍りける
 摂政太政大臣(藤原良経)
  神風や御裳濯川のそのかみに契りしことの末をたがふな

1872
おなじ時、外宮にてよみ侍りける
 藤原定家朝臣
  契りありてけふ宮川のゆふかづら長き世までもかけて頼まむ

1873
公継卿、勅使にて太神宮に詣でて帰りのぼり侍りけるに、斎宮の女房の中より申し送りける
 読人しらず
  うれしさもあはれもいかに答へましふるさと人に問はれましかば

1874
返し
 春宮権大夫公継(藤原公継)
  神風や五十鈴川波数しらずすむべき御代にまた帰り来む

1875
太神宮の哥の中に
 太上天皇(後鳥羽院)
  ながめばや神路の山に雲消えて夕べの空を出でむ月影

1876
(太神宮の哥の中に)
 (太上天皇)
  神風やとよみてぐらになびくしでかけて仰ぐといふもかしこし

1877
題しらず
 西行法師
  宮柱したつ岩根に敷き立ててつゆも曇らぬ日の御影かな

1878
(題しらず)
 (西行)
  神路山月さやかなる誓ひありて天の下をば照らすなりけり

1879
伊勢の月読の社に参りて、月を見てよめる
 (西行)
  さやかなる鷲の高根の雲居より影やはらぐる月読の杜

1880
神祇の哥とてよみ侍りける
 前大僧正慈円
  やはらぐる光にあまる影なれや五十鈴川原の秋の夜の月

1881
公卿勅使にて帰り侍りける、一志の駅やにてよみ侍りける
 中院入道右大臣(源雅定)
  立ち帰りまたも見まくのほしきかな御裳濯川の瀬々の白浪

1882
入道前関白家百首哥よみ侍りけるに
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  神風や五十鈴の川の宮柱幾千代すめと立てはじめけむ

1883
(入道前関白家百首哥よみ侍りけるに)
 俊恵法師
  神風や玉串の葉をとりかざし内外の宮に君をこそ祈れ

1884
五十首哥奉りし時
 越前(大中臣公親女)
  神風や山田の原のさかき葉に心のしめを掛けぬ日ぞなき

1885
社頭納涼といふことを
 大中臣明親
  五十鈴川空やまだきに秋の声したつ岩根の松の夕風

1886
香椎宮の杉をよみ侍りける
 読人しらず
  ちはやぶる香椎の宮のあや杉は神のみそぎにたてるなりけり

1887
八幡宮の権官にてとし久しかりけることを恨みて、御神楽の夜参りて、榊に結びつけ侍りける
 法印成清
  さかき葉にそのゆふかひはなけれども神に心をかけぬまぞなき

1888
賀茂に参りて
 周防内侍
  年を経て憂き影をのみみたらしの変はる世もなき身をいかにせむ

1889
文治六年女御入代の屏風に、臨時祭かけるところをよみ侍りける
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  月さゆるみたらし川に影見えて氷にすれる山藍の袖

1890
社頭雪といふ心をよみ侍りける
 按察使公通(藤原公通)
  ゆふしでの風に乱るる音さえて庭しろたへに雪ぞつもれる

1891
十首哥合の中に、神祇をよめる
 前大僧正慈円
  君を祈る心の色を人問ばただすの宮のあけの玉垣

1892
みあれに参りて、社の司、おのおの葵を掛けけるによめる
 賀茂重保
  跡垂れし神にあふひのなかりせばなにに頼みをかけて過ぎまし

1893
社司ども貴船に参りて雨乞ひし侍りけるついでによめる
 賀茂幸平
  大御田のうるおふばかりせきかけて井堰に落とせ川上の神

1894
鴨社哥合とて人々よみ侍りけるに、月を
 鴨長明
  石川の瀬見の小川の清ければ月も流れをたづねてぞすむ

1895
弁に侍りける時、春日祭に下りて、周防内侍につかはしける
 中納言資仲(藤原資仲)
  万代を祈りぞかくるゆふだすき春日の山の峰のあらしに

1896
文治六年女御入代屏風に、春日祭
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  けふ祭る神の心やなびくらむしでに波立つ佐保の川風

1897
家に百首哥よみ侍りける時、神祇の心を
 (藤原兼実)
  天の下みかさの山の影ならで頼むかたなき身とは知らずや

1898
(家に百首哥よみ侍りける時、神祇の心を)
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  春日野のおどろの道の埋もれ水末だに神のしるしあらはせ

1899
大原野祭に参りて、周防内侍につかはしける
 藤原伊家
  千代までも心して吹けもみぢ葉を神も小塩の山おろしの風

1990
最勝四天王院の障子に、小塩山かきたる所
 前大僧正慈円
  小塩山神のしるしを松の葉に契りし色はかへるものかは

1901
日吉社に奉りける哥の中に、二宮を
 (慈円)
  やはらぐる影ぞふもとにくもりなきもとの光は峰にすめども

1902
述懐の心を
 (慈円)
  我が頼む七の社のゆふだすきかけても六つの道にかへすな

1903
(述懐の心を)
 (慈円)
  おしなべて日吉の影はくもらぬに涙あやしき昨日今日かな

1904
 (慈円)
  もろ人の願ひを御津の浜風に心すずしきしでの音かな

1905
北野によみて奉りける
 (慈円)
  さめぬれば思ひあはせてねをぞ泣く心づくしの古の夢

1906
熊野へ詣で給ひける時、道に花の盛りなりけるを御覧じて
 白河院御哥
  咲きにほふ花のけしきを見るからに神の心ぞ空に知らるる

1907
熊野に参りて奉り侍りし
 太上天皇(後鳥羽院)
  岩にむす苔ふみならす御熊野の山のかひある行く末もがな

1908
新宮に詣づとて、熊野川にて
 (太上天皇)
  熊野川くだす早瀬のみなれ棹さすが見なれぬ波のかよひ路

1909
白河院熊野に詣で給へりける御ともの人々、塩屋の王子にて哥よみ侍りけるに
 徳大寺左大臣(徳大寺実定)
  立ちのぼる塩屋のけぶり浦風になびくを神の心ともがな

1910
熊野へ詣で侍りしに、岩代の王子に人々の名など書き付けさせて、しばし侍りしに、拝殿の長押に書き付けて侍りし哥
 読人しらず
  岩代の神は知るらむしるべせよ頼む憂き世の夢の行く末

1911
熊野の本宮焼けて、年のうちに遷宮侍りしに参りて
 太上天皇(後鳥羽院)
  契りあればうれしきかかる折に逢ひぬ忘るな神も行く末の空

1912
加賀守にて侍りける時、白山に詣でたりけるを思ひ出でて、日吉の客人の宮にてよみ侍りける
 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
  年経とも越の白山忘れずはかしらの雪をあはれとも見よ

1913
一品聡子内親王、住吉に詣でて、人々哥よみ侍りけるによめる
 藤原道経
  住吉の浜松が枝に風吹けば波のしらゆふかけぬまぞなき

1915
ある所の屏風の絵に、十一月、神まつる家の前に、馬にのりて人のゆく所を
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  榊葉の霜うちはらひかれずのみ住めとぞ祈る神の御前に

1916
延喜御時屏風に、夏神楽の心をよみ侍りけるに
 紀貫之
  河社しのにおりはへほす衣いかにほせばか七日ひざらむ

巻第二十

釈教哥

1917
(釈教哥)
 (清水寺十一面観音)
  なほ頼めしめぢが原のさせも草我世の中にあらむかぎりは
S(伝 清水観音御哥)

1918
(釈教哥)
 (清水寺十一面観音)
  なにか思ふなにとか歎く世の中はただ朝顔の花の上の露
Sこのふた哥は、清水観音御哥となむ言ひ伝へたる

1919
智縁上人、伯耆の大山に参りて、出でなむとしける暁、夢に見えける哥
 (大山寺地蔵菩薩)
  山深く年経る我もあるものをいづちか月の出でてゆくらむ

1920
難波の御津寺にて、蘆の葉のそよぐを聞きて
 行基菩薩
  蘆そよぐ塩瀬の波のいつまでか憂き世の中に浮かびわたらむ

1921
比叡山中堂建立の時
 伝教大師
  阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわが立つ杣に冥加あらせ給へ

1922
入唐の時の哥
 智証大師
  法の舟さしてゆく身ぞもろもろの神も仏も我を見そなへ

1923
菩提寺の講堂の柱に虫の食ひたりける哥
 (智証大師)
  しるべある時にだにゆけ極楽の道にまどへる世の中の人

1924
御嶽の笙の岩屋に籠りてよめる
 日蔵上人
  寂寞の苔の岩戸のしづけきに涙の雨の降らぬ日ぞなき

1925
臨終正念ならむことを思ひてよめる
 法円上人
  南無阿弥陀ほとけの御手にかくる糸のをはり乱れぬ心ともがな

1926
題しらず
 僧都源信
  我だにもまづ極楽に生まなれば知るも知らぬもみな迎へてむ

1927
天王寺の亀井の水を御覧じて
 上東門院
  にごりなき亀井の水をむすびあげて心の塵をすすぎつるかな

1928
法華経二十八品哥、人々によませ侍りけるに、提婆品の心を
 法成寺入道前摂政太政大臣(藤原道長)
  わたつ海の底より来つるほどもなくこの身ながらに身をぞきはむる

1929
勧持品の心を
 大納言斉信(藤原斉信)
  数ならぬ命はなにか惜しからむ法説くほどをしのぶばかりぞ

1930
五月ばかりに、雲林院の菩提講にまうでてよみ侍りける
 肥後(藤原定成女)
  紫の雲の林を見わたせば法にあふちの花咲きにけり

1931
涅槃経を読み侍りける時、夢に、「散る花に池の氷もとけぬなり花吹き散らす春の夜の空」と書きて、人の見せ侍りければ、夢のうちに返すとおぼえける哥
 (肥後)
  谷川の流れし清く澄みぬればくまなき月の影も浮かびぬ

1932
述懐哥の中に
 前大僧正慈円
  願はくはしばし闇路にやすらひてかかげやせまし法のともし火

1933
(述懐哥の中に)
 (慈円)
  説く御法きくの白露夜はおきてつとめて消えむことをしぞ思ふ

1934
(述懐哥の中に)
 (慈円)
  極楽へまだ我が心行き着かず羊のあゆみしばしとどまれ

1935
観心如月輪若在軽霧中の心を
 権僧正公胤
  わが心なほ晴れやらぬ秋霧にほのかに見ゆる有明の月

1936
家に百首哥よみ侍りける時、十界の心をよみ侍りけるに、縁覚の心を
 摂政太政大臣(藤原良経)
  奥山にひとり憂き世はさとりにき常なき色を風にながめて

1937
心経の心をよめる
 小侍従(石清水別当光清女)
  色にのみそめし心のくやしきをむなしと説ける法のうれしさ

1938
摂政太政大臣家百首哥に、十楽の心をよみ侍りけるに、聖衆来迎楽
 寂蓮法師
  むらさきの雲路にさそふ琴の音に憂き世をはらふ峰の松風

1939
蓮花初開楽
 (寂蓮)
  これやこの憂き世のほかの春ならむ花のとぼそのあけぼのの空

1940
快楽不退楽
 (寂蓮)
  春秋もかぎらぬ花におく露はおくれ先立つ恨みやはある

1941
引摂結縁楽
 (寂蓮)
  たちかへり苦しき海におく網も深きえにこそ心引くらめ

1942
法華経二十八品哥よみ侍りけるに、方便品 唯有一乗法の心を
 前大僧正慈円
  いづくにも我が法ならぬ法やあると空吹く風に問へど答へぬ

1943
化城喩品 化作大城郭
 (慈円)
  思ふなよ憂き世の中を出ではてて宿る奥にも宿はありけり

1944
分別功徳品 或住不退地
 (慈円)
  鷲の山けふ聞く法の道ならでかへらぬ宿にゆく人ぞなき

1945
普門品 心念不空過
 (慈円)
  おしなべてむなしき空と思ひしに藤咲きぬれば紫の雲

1946
水渚常不満といふ心を
 崇徳院御哥
  おしなべて憂き身はさこそ鳴海潟満ち干るし潮の変はるのみかは

1947
先照高山
 (崇徳院)
  朝日さす峰のつづきは芽ぐめどもまだ霜深し谷の陰草

1948
家に百首哥よみ侍りける時、五智の心を、妙観察智
 入道前関白太政大臣(藤原兼実)
  底清く心の水を澄まさずはいかが悟りの蓮をも見む

1949
勧持品
 正三位経家(藤原経家)
  さらずとて幾代もあらじいざやさは法にかへつる命と思はむ

1950
法師品 加刀杖瓦石 念仏故応忍の心を
 寂蓮法師
  深き夜の窓うつ雨に音せぬは憂き世を軒のしのぶなりけり

1951
五百弟子品 内秘菩薩行の心を
 前大僧正慈円
  いにしへの鹿鳴く野辺の庵にも心の月はくもらざりけり

1952
人々勧めて法文百首哥よみ侍りけるに、二乗但空智如蛍火
 寂然法師
  道のべの蛍ばかりをしるべにてひとりぞ出づる夕闇の空

1953
菩薩清涼月 遊於畢竟空
 (寂然)
  雲は晴れてむなしき空にすみながら憂き世の中をめぐる月かな

1954
梅檀香風 悦可衆心
 (寂然)
  吹く風に花橘やにほふらむ昔おぼゆるけふの庭かな

1955
作是教已 復至他国
 (寂然)
  闇深き木のもとごとに契りおきて朝立つ霧のあとの露けさ

1956
此日已過 命即衰滅
 (寂然)
  けふ過ぎぬ命もしかとおどろかす入相の鐘の声ぞかなしき

1957
悲鳴咽 痛恋本群
 素覚法師
  草深き狩場の小野を立ち出でて友まどはせる鹿ぞ鳴くなる

1958
棄恩入無為
 寂然法師
  そむかずはいづれの世にかめぐり逢ひて思ひけりとも人に知られむ

1959
合会有別離
 源季広
  逢ひ見ても峰に別るる白雲のかかるこの世のいとはしきかな

1960
聞名欲往生
 寂然法師
  音に聞く君がりいつか生の松待つらむものを心づくしに

1961
心懐恋慕 渇仰於仏
 (寂然)
  別れにしその面影の恋しきに夢にも見えよ山の端の月

1962
十戒哥よみ侍りけるに、不殺生戒
 (寂然)
  わたつ海の深きに沈むいさりせで保つかひある法をもとめよ

1963
不偸盗戒
 (寂然)
  浮草の一葉なりとも磯がくれ思ひなかけそ沖つ白浪

1964
不邪婬戒
 (寂然)
  さらぬだに重きが上にさよ衣も我がつまならぬつまな重ねそ

1965
不酒戒
 (寂然)
  花のもと露のなさけはほどもあらじ酔ひなすすめそ春の山風

1966
入道前関白家に十如是哥よませ侍りけるに、如是報
 二条院讃岐
  憂きもなほ昔のゆゑと思はずはいかにこの世を恨みはてまし

1967
待賢門院中納言、人々に勧めて二十八品哥よませ侍りけるに、序品 広度諸衆生 其数無有量の心を
 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  渡すべき数もかぎらぬ橋柱いかに立てける誓ひなるらむ

1968
美福門院に、極楽六時讃の絵に書かるべき哥奉るべきよし侍りけるに、よみ侍りける、時に大衆法を聞きて、弥歓喜瞻仰せむ
 (藤原俊成)
  いまぞこれ入り日を見ても思ひこし弥陀の御国の夕暮れの空

1969
暁至りて波の声、金の岸に寄するほど
 (藤原俊成)
  いにしへの尾上の鐘に似たるかな岸うつ浪のあかつきの声

1970
百首の哥の中に、毎日晨朝入諸定の心を
 式子内親王
  しづかなるあかつきごとに見わたせばまだ深き夜の夢ぞかなしき

1971
発心和哥集の哥、普門品 種々諸悪趣
 選子内親王
  逢ふことをいづくにとてか契るべき憂き身のゆかむ方を知らねば

1972
五百弟子品の心を
 僧都源信
  玉かけし衣の裏を返してぞおろかなりける心をば知る

1973
維摩経 十喩中に、此身如夢といへる心を
 赤染衛門
  夢や夢うつつや夢と分かぬかないかなる夜にかさめむとすらむ

1974
二月十五日の暮れ方に、伊勢大輔がもとにつかはしける
 相模
  常よりも今日のけぶりのたよりにや西をはるかに思ひやるらむ

1975
返し
 伊勢大輔
  けふはいとど涙にくれぬ西の山思ひ入り日の影をながめて

1976
西行法師をよび侍りけるに、まかるべき由は申しながらまうで来で、月の明かかりけるに、門の前を通ると聞きて、よみてつかはしける
 待賢門院堀河
  西へゆくしるべと思ふ月影の空頼めこそかひなかりけれ

1976
返し
 西行法師
  立ち入らで雲間を分けし月影は待たぬけしきや空に見えけむ

1978
人の身まかりにける後、結縁経供養しけるに、即往安楽世界の心をよめる
 瞻西上人
  昔見し月の光をしるべにてこよひや君が西へゆくらむ

1979
観心をよみ侍りける
 西行法師
  闇晴れて心の空に澄む月は西の山辺や近くなるらむ

除棄哥

以下は、底本にあって精選本で省かれた切出し哥、国哥大観に番号があって精選本では省かれた哥など。

01602
題しらず
 厚見王
  かはづ鳴く神南備川に影見えて今か咲くらむ山吹の花

13512
思ふこと侍りける秋の夕暮れ、ひとりながめてよみ侍りける
 六条右大臣室
  身にちかくきにけるものを色かはる秋をばよそに思ひしかども

1783
大神宮哥合に
 太上天皇(後鳥羽院)
  大空に契る思ひの年もへぬ月日も受けよ行く末の空

1801
題しらず
 能宣朝臣(大中臣能宣)
  水茎の跡に残れる玉の声いとども寒き秋の風かな

1914
奉幣使にて住吉に参りて、昔住みける所の荒れたりけるを見て、よみ侍りける
 津守有基
  住吉と思ひし宿はあれにけり神のしるしをまつとせしまに

19752
依釈迦遺教念弥陀といふ心を
 肥後
  教へおきて入りにし月のなかりせば西に心をいかでかけまし

るたつこゝろをよみ侍りける

みよしのは山もかすみてしらゆきのふりにしさとに春はきにけり

--------


2
太上天皇


はるのはじめのうた

ほのぼのとはるこそゝらにきにけらしあまのかぐ山かすみたなびく\

--------


3
式子内親王


百首哥たてまつりし時、はるのうた

山ふかみ春ともしらぬ松のとにたえだえかゝる雪のたまみづ

---------


4
宮内卿


五十首哥たてまつりし時

かきくらしなをふるさとのゆきのうちにあとこそ見えね春はきにけり

--------


5
皇太后宮大夫俊成


入道前関白太政大臣、右大臣に侍ける時、百首哥よませ侍けるに、立春の心を

けふといへばもろこしまでもゆく春をみやこにのみとおもひけるかな

--------


6
俊恵法師


題しらず

春といへばかすみにけりなきのふまでなみまに見えしあはぢしま山

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7
西行法師

いはまとぢしこほりもけさはとけそめてこけのしたみづみちもとむらん

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8
よみ人しらず

風まぜに雪はふりつゝしかすがに霞たなびき春はきにけり\

--------


9

ときはいまは春になりぬとみゆきふるとをき山べにかすみたなびく\

--------


10
権中納言国信


堀河院御時百首哥たてまつりけるに、のこりのゆきのこゝろをよみ侍りける

かすがのゝしたもえわたるくさのうへにつれなくみゆる春のあは雪

--------


11
山辺赤人


題しらず

あすからはわかなつまむとしめしのにきのふもけふも雪はふりつゝ

--------


12
壬生忠見


天暦御時屏風哥

かすがのゝくさはみどりになりにけりわかなつまむとたれかしめけん

--------


13
前参議教長


崇徳院に百首哥たてまつりける時、はるのうた

わかなつむそでとぞ見ゆるかすがのゝとぶひのゝべの雪のむらぎえ

--------


14
紀貫之


延喜御時の屏風に

ゆきて見ぬ人もしのべとはるの野のかたみにつめるわかなゝりけり

--------


15
皇太后宮大夫俊成


述懐百首哥よみ侍けるに、わかな

さわにおふるわかなならねどいたづらにとしをつむにもそではぬれけり\

--------


16


日吉社によみてたてまつりける子日の哥

さゞなみやしがのはまゝつふりにけりたがよにひけるねの日なるらん

--------


17
藤原家隆朝臣


百首たてまつりし時

たにがはのうちいづるなみもこゑたてつ鶯さそへはるの山かぜ

--------


18
太上天皇


和哥所にて、関路鶯といふことを

鶯のなけどもいまだふるゆきにすぎの葉しろきあふさかの山\

--------


19
藤原仲実朝臣


堀河院に百首哥たてまつりける時、のこりのゆきのこゝろをよみ侍ける

春きては花とも見よとかたをかの松のうは葉にあは雪ぞふる

--------


20
中納言家持


題しらず

まきもくのひばらのいまだくもらねばこまつがはらにあは雪ぞふる

--------


21
よみ人しらず

いまさらにゆきふらめやもかげろふのもゆるはるひとなりにしものを

--------


22
凡河内躬恒

いづれをか花とはわかむふるさとのかすがのはらにまだきえぬ雪\

--------


23
摂政太政大臣


家百首哥合に、余寒の心を

そらはなをかすみもやらず風さえて雪げにくもる春のよの月

--------


24
越前


和哥所にて、春山月といふ心をよめる

やまふかみなをかげさむし春の月そらかきくもり雪はふりつゝ\

--------


25
左衛門督通光


詩をつくらせて哥にあはせ侍しに、水郷春望といふことを

みしまえやしもゝまだひぬあしの葉につのぐむほどの春風ぞ吹

--------


26
藤原秀能

ゆふづくよしほみちくらしなにはえのあしのわか葉にこゆるしらなみ

--------


27
西行法師


春哥とて

ふりつみしたかねのみゆきとけにけりきよたき河の水のしらなみ

--------


28
源重之

むめがえにものうきほどにちるゆきを花ともいはじ春のなたてに

--------


29
山辺赤人

あづさゆみはる山ちかくいゑゐしてたえずきゝつる鶯のこゑ

--------


30
読人しらず

むめがえになきてうつろふうぐひすのはねしろたへにあはゆきぞふる

--------


31
惟明親王


百首哥たてまつりし時

鶯のなみだのつらゝうちとけてふるすながらや春をしるらん\

--------


32
志貴皇子


題しらず

いはそゝくたるみのうへのさわらびのもえいづる春になりにけるかな

--------


33
前大僧正慈円


百首哥たてまつりし時

あまのはらふじのけぶりの春の色のかすみになびくあけぼのゝそら

--------


34
藤原清輔朝臣


崇徳院に百首哥たてまつりける時

あさがすみふかく見ゆるやけぶりたつむろのやしまのわたりなるらん

--------


35
後徳大寺左大臣


晩霞といふことをよめる

なごのうみのかすみのまよりながむればいる日をあらふおきつしらなみ

--------


36
太上天皇


をのこども詩をつくりて哥にあはせ侍しに、水郷春望といふことを

見わたせば山もとかすむみなせがはゆふべはあきとなにおもひけん

--------


37
藤原家隆朝臣


摂政太政大臣家百首哥合に、春のあけぼのといふ心をよみ侍ける

かすみたつすゑの松山ほのぼのとなみにはなるゝよこ雲のそら

--------


38
藤原定家朝臣


守覚法親王、五十首哥よませ侍けるに

春のよの夢のうきはしとだえしてみねにわかるゝよこ雲のそら

--------


39
中務


きさらぎまでむめのはなさき侍らざりけるとし、よみ侍ける

しるらめやかすみのそらをながめつゝ花もにほはぬ春をなげくと

--------


40
藤原定家朝臣


守覚法親王家五十首哥に

おほぞらはむめのにほひにかすみつゝくもりもはてぬ春のよの月

--------


41
宇治前関白太政大臣


題しらず

おられけりくれなゐにほふむめのはなけさしろたへに雪はふれゝど

--------


42
藤原敦家朝臣


かきねのむめをよみ侍りける

あるじをばたれともわかず春はたゞかきねのむめをたづねてぞみる

--------


43
源俊頼朝臣


梅花遠薫といへる心をよみ侍ける

心あらばとはましものをむめがゝにたが里よりかにほひきつらん

--------


44
藤原定家朝臣


百首哥たてまつりし時

むめの花にほひをうつす袖のうへにのきもる月のかげぞあらそふ

--------


45
藤原家隆朝臣

むめがゝにむかしをとへば春の月こたへぬかげぞ袖にうつれる

--------


46
右衛門督通具


千五百番の哥合に

むめの花たが袖ふれしにほひぞと春やむかしの月にとはゞや

--------


47
皇太后宮大夫俊成女

むめの花あかぬ色香もむかしにておなじかたみの春のよの月

--------


48
権中納言定頼


梅花にそへて大弐三位につかはしける

見ぬ人によそへて見つるむめの花ちりなんのちのなぐさめぞなき

--------


49
大弐三位


返し

春ごとに心をしむる花のえにたがなをざりの袖かふれつる

--------


50
康資王母


二月雪落衣といふことをよみ侍ける

むめちらす風もこえてやふきつらんかほれる雪のそでにみだるゝ

--------


51
西行法師


題しらず

とめこかしむめさかりなるわがやどをうときも人はおりにこそよれ\

--------


52
式子内親王


百首哥たてまつりしに、春哥

ながめつるけふはむかしになりぬとものきばのむめはわれをわするな

--------


53
藤原有家朝臣


土御門内大臣の家に、梅香留袖といふ事をよみ侍けるに

ちりぬればにほひばかりをむめの花ありとや袖に春風のふく

--------


54
八条院高倉


題しらず

ひとりのみながめてちりぬむめの花しるばかりなる人はとひこず

--------


55
大江千里


文集嘉陵春夜詩、不明不暗朧々月といへることを、よみ侍りける

てりもせずくもりもはてぬはるのよのおぼろ月よにしく物ぞなき

--------


56
菅原孝標女


祐子内親王ふぢつぼにすみ侍けるに、女房、うへ人など、さるべきかぎりものがたりして、春秋のあはれ、いづれにかこゝろひくなど、あらそひ侍けるに、人びとおほく秋に心をよせ侍ければ

あさみどり花もひとつにかすみつゝおぼろに見ゆる春のよの月

--------


57
源具親


百首哥たてまつりし時

なにはがたかすまぬなみもかすみけりうつるもくもるおぼろ月よに

--------


58
寂蓮法師


摂政太政大臣家百首哥合に

いまはとてたのむのかりもうちわびぬおぼろ月よのあけぼのゝそら

--------


59
皇太后宮大夫俊成


刑部卿頼輔、哥合し侍けるに、よみてつかはしける

きく人ぞなみだはおつるかへるかりなきてゆくなるあけぼのゝそら

--------


60
よみ人しらず


題しらず

ふるさとにかへるかりがねさよふけて雲ぢにまよふ声きこゆなり

--------


61
摂政太政大臣


帰雁を

わするなよたのむのさはをたつかりもいな葉の風の秋のゆふぐれ

--------


62


百首哥たてまつりし時

かへるかりいまはの心ありあけに月と花との名こそおしけれ

--------


63
藤原定家朝臣


守覚法親王の五十首哥に

しもまよふそらにしほれしかりがねのかへるつばさに春雨ぞふる

--------


64
大僧正行慶


閑中春雨といふことを

つくづくと春のながめのさびしきはしのぶにつたふのきの玉水

--------


65
伊勢


寛平御時きさいの宮の哥合哥

水のおもにあやをりみだる春雨や山のみどりをなべてそむらん

--------


66
摂政太政大臣


百首哥たてまつりし時

ときはなる山のいはねにむすこけのそめぬみどりに春雨ぞふる

--------


67
勝命法師


清輔朝臣のもとにて、雨中苗代といふことをよめる

雨ふればを田のますらをいとまあれやなはしろ水をそらにまかせて

--------


68
凡河内躬恒


延喜御時屏風に

春さめのふりそめしよりあをやぎのいとのみどりぞ色まさりける

--------


69
太宰大弐高遠


題しらず

うちなびき春はきにけりあをやぎのかげふむみちに人のやすらふ

--------


70
輔仁親王

みよしのゝおほかはのへのふるやなぎかげこそ見えね春めきにけり

--------


71
崇徳院御哥


百首哥の中に

あらしふくきしのやなぎのいなむしろおりしくなみにまかせてぞみる

--------


72
権中納言公経


建仁元年三月哥合に、霞隔遠樹といふことを

たかせさすむつたのよどのやなぎはらみどりもふかくかすむ春かな

--------


73
殷富門院大輔


百首哥よみ侍ける時、春哥とてよめる

春風のかすみふきとくたえまよりみだれてなびくあをやぎのいと

--------


74
藤原雅経


千五百番哥合に、春哥

しらくものたえまになびくあをやぎのかづらき山に春風ぞふく

--------


75
藤原有家朝臣

あをやぎのいとにたまぬく白つゆのしらずいくよの春かへぬらん

--------


76
宮内卿

うすくこき野辺のみどりのわかくさにあとまで見ゆる雪のむらぎえ

--------


77
曾禰好忠


題しらず

あらを田のこぞのふるあとのふるよもぎいまは春べとひこばへにけり\

--------


78
壬生忠見

やかずともくさはもえなんかすが野をたゞ春の日にまかせたらなん\

--------


79
西行法師

よしの山さくらがえだにゆきちりて花をそげなるとしにもあるかな

--------


80
藤原隆時朝臣


白河院、鳥羽におはしましける時、人々、山家待花といへる心をよみ侍けるに

桜花さかばまづ見んとおもふまに日かずへにけり春の山ざと

--------


81
紀貫之


亭子院哥合哥

わがこゝろ春の山べにあくがれてながながし日をけふもくらしつ

--------


82
藤原家隆朝臣


摂政太政大臣家百首哥合に、野遊のこゝろを

おもふどちそこともしらずゆきくれぬ花のやどかせ野べの鶯

--------


83
式子内親王


百首哥たてまつりしに

いまさくらさきぬと見えてうすぐもり春にかすめるよのけしきかな

--------


84
よみ人しらず


題しらず

ふしておもひおきてながむる春雨に花のしたひもいかにとくらん\

--------


85
中納言家持

ゆかむ人こん人しのべ春がすみたつたの山のはつさくら花

--------


86
西行法師


花哥とてよみ侍ける

よしの山こぞのしほりのみちかへてまだ見ぬかたの花をたづねん

--------


87
寂蓮法師


和哥所にて哥つかうまつりしに、春の哥とてよめる

かづらきやたかまの桜さきにけりたつたのおくにかゝる白雲

--------


88
よみ人しらず


題しらず

いその神ふるき宮こをきてみればむかしかざしゝ花さきにけり

--------


89
源公忠朝臣

春にのみとしはあらなんあらを田をかへすがへすも花をみるべく\

--------


90
道命法師


やへざくらをおりて、人のつかはして侍ければ

白雲のたつたの山のやへ桜いづれを花とわきておりけん

--------


91
藤原定家朝臣


百首哥たてまつりし時

しらくもの春はかさねてたつた山をぐらのみねに花にほふらし

--------


92
藤原家衡朝臣


題しらず

よしの山花やさかりにゝほふらんふるさとさえぬ峰の白雪\

--------


93
藤原雅経


和哥所哥合に、羇旅花といふことを

いはねふみかさなる山をわけすてゝ花もいくへのあとのしら雲

--------


94


五十首哥たてまつりし時

たづねきて花にくらせるこのまよりまつとしもなき山のはの月

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前大僧正慈円


故郷花といへる心を

ちりちらず人もたづねぬふるさとのつゆけき花に春風ぞふく\

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右衛門督通具


千五百番哥合に

いその神ふるのゝさくらたれうへて春はわすれぬかたみなるらん

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正三位季能

花ぞ見るみちのしばくさふみわけてよしのゝ宮の春のあけぼの\

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藤原有家朝臣

あさ日かげにほへる山のさくら花つれなくきえぬ雪かとぞ見る


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   哥座(うたくら) 記 二千八年六月          


注)推奨環境:XPかビスタ。14か17インチ。Explorer 5.5以降。なお、
  バイオなど一部製品やマックで、縦書きレイアウト他機能不可。  
注)掲載データの全ては、哥座(うたくら)が韻文空間を際立たせるための美学研究用として、
  基データの幾分かを省略、かつ縦書き表記変換したものである。よって文学としての精確度を
  求める向きは、しかるべき専門文学データへ直接当たることをお薦めしたい。   

 「哥座(うたくら) および 哥座一座(うたくらいちざ) について」 
ふだんからなじみ深い裏手の山や前浜の海など、身近の自然やジブンの身体は、すでに了解済みの「空間」のなかに、疑うこともなく自明に存在している。この「こと」「もの」が生成流転している無意識空間は、万葉集はじめ、多くの歌仙の哥、俳諧、詩などの「韻文」により、ながい時の熟成を経て、身体空間や歴史、自然空間へと昇華されて、「わたくしたち」自身の空間システムの原型となり、具体的な血肉となってきたものだ。あるいは、わたくしたち自身の今の意識や身体をさえ紡ぎだしてくれているとも言へる。未来をも決定づけていくはづのこの無意識空間。ここでは、決して表にはでてこないで、そこへ秘匿胎蔵され続けている先験的時空座標を措定し、それを哥座(うたくら)と命名した。また、哥座一座(うたくらいちざ)は、この座標の自得のもとに、今日の情報テクノロジーの意味を問い直し、従来の芸術や学問のジャンルを越へ、時代と場所を越へ、随意に集合離散、活動できる超私的なパフォーマンサーたちの一期一会の関り合ひの「場」として創設した。方法論的には、途上で、輸入されてきた印・中・欧の抽象的美学概念に代へ、普段のことばや、あるがままの身体性を手がかりに、無文字時代から連続性の途切れずにある固有の法、ロゴスを抽出、その法を敷衍,発展化させていく。その際には、「俤」、「ひびき」、「にほひ」といった、先人から受け継いできた固有の概念による「付合」などさまざまな古典的手法を援用する。こうして「モノ」「コト」「コトバ」が具足する古くてあたらしい「座」を発掘し、それをミライへと継承していきたい。

            哥座(うたくら) 二千八年九月

          責任者:長谷川 有  hasegawa@utakura.com


       

 


哥座 美学研究所

   
YU HASEGAWA

 

   
     
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