J-POPにみる古代音韻
     
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J-POPにみる古代音韻

  - 祝詞 - 白拍子 - 演歌 -
そして再び現代白拍子としてのJ-POP-
  そこからさらに未来の太古祝詞 - への回帰。

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J-POPヲ遅ク再生シテ、聴イテミル!意味が判別できないくらい遅い再生にする。すると、そこには、語尾の「あえいおうん」の多様な変化でなにか伝えようとする現代の「祝詞のごときJ-POP」が現れてくる。 現代のJ-POPも、伝統の祝詞も、日本の陀羅尼も経も実は、あまり単語に意味を置いていないのではないか。フレンチだろうと英語だろうと、サンスクリットだろうと、漢語だろうが、関係なく、語尾の アエイオウ母音ノ変化ト強弱でメッセージを伝えようとすることが共通傾向としてありそうだ。市場の競りのコエもそうだし、それは、いまも無意識に働いている日本語の法というみえない力だろう。(この傾向は演歌でもあるが、演歌よりJ-POPは、単語としての意味がより希薄化し、原始感覚に再帰しているように見える。)すると、古来から伝わり、あるいは、権威者がよろこんでつかうサンスクリット、漢語、欧米語、最近のIT用語などの日本語とみなされてきた単語は、声明にみるように、あるいは日本の歌においては、「あえいおうん」の意味を最大限に活かすための、間の埋め草として、また修飾機能しかもたされていないのではないかという自身も思ってなかった結論へと導かれてしまう。

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    白拍子(しらびょうし)

        一一八六 年四月八日 鶴岡八幡宮社前
        静、義経を慕い白拍子を舞う。

   吉野山 峰の白雪ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき

    しづやしづ 賤のをだまき くり返し 
                  昔を今に なすよしもがな

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    嬉遊笑覧 (江戸時代の風俗百科事典) より白拍子


白拍子とは、もと拍子の名なるが、やがて歌舞の名となりたる也。『甘露寺職人歌合』に、白拍子、曲舞まひとつがひたり。白拍子の歌、「忘れ行人もむかしのをとこ舞くるしかりける恋のせめかな」。『鎌倉職人尽』にも白拍子あり。
「秋の思ひ一こゑにてもかぞへばや月みることのつもる夜ごろを」。
白拍子はかぞふるものにや(かぞへ歌なるべし)。『長門本平家物語』にも、「白拍子かぞへて」と有(今も春日若宮の神楽、翁の歌に「シラ拍子、ラン拍子」といふこと有とぞ)。男舞とは、『徒然草』に、「多久助(おおノひさすけ)が申けるは、通憲(みちのり)入道、舞の手の中に興ある事共をえらびて、磯の禅師といひける女にをしへてまはせけり。白き水干にさうまきをさゝせ、烏帽子をひき入たりければ、男舞とぞいひける。禅師がむすめ、しづかといひける、此芸をつげり。是白拍子の根源也(『源平盛衰記』には、「島千歳・若の前に始る」といへり)。其後源光行おほくの事を作れり。後鳥羽院の御作もあり。亀菊に教させ給ひけるとぞ」。是漢土の剣器に似たるものか。『文献通考』舞部に、「剣器古舞之曲名、其舞用二女伎雄装空手而舞」。これを『天禄識余』にも、「杜子美公孫大娘、舞剣器歌指武舞・而言、或以剣器為二刀剣誤一也」といへり。白拍子を歌舞するさま、『続古事談』に、「妙音院相国云(いわく)、白拍子といふ舞あり、其曲を聞ば五音の中には商の音なり。此音は亡国の音也。舞のすがたをみれば、立廻り空をあふぎて立(たて)り。その姿ものをおもふすがた也。詠曲身体ともに不快の舞なりとぞの給ひける」とあり。白拍子、後世にもみゆれど、其余流なりや否をしらず。『甲陽軍艦』、上杉家の事をいふ条に、「其頃こうきり・しやうきり・松きり・藤きり・桜きりとて五人の白拍子の下に、いたいけ美人・しづさと美人などゝて七、八十人もあり云々。五人の白拍子のこてわき・菊夜叉・桔梗・花・おしまなどゝいふ女共云々」あり。『塩尻』に、「武州熊谷の西新堀といふ里に、古より舞女あり。上にもめされ伝馬を賜り、東都に出、その行装驕れる躰大家の婦人の如し。対の挟箱(はさみばこ)・長刀(なぎなた)を先にたて、鑓(やり)もたせたる者を供とす(是はその夫なり)。其名を代々桐大蔵と称し富者也。梨園の少年及戯芸者数多扶侍し、戯場を開き利を得侍るにや」といへり。彼こうきり等が末なるべし。江戸にめされしといふは、いつ頃の事か(ひそかに思ふに、御三代の頃、踊を好ませられしとなれば、其頃にてもあるにや。其後いかゞなりけるか。女舞を禁止の事有し後は零落せしなるべし。

*白拍子や今様曲舞等の、この頃の音階は陽音階だったらしい。が、その後日本人は隠音階を好むようになり白拍子は廃れていったという。

  


                         

    「J-POPと演歌」
 
  津軽海峡冬景色    石川 さゆり

上野発の夜行列車降りた時から
青森駅は 雪の中
北へ帰る人の群れは 誰も無口で
海鳴りだけをきいている
私もひとり 連絡船に乗り
こごえそうな鴎見つめない手いました
ああ津軽海峡冬景色

ごらん あれが竜飛崎 北のはずれと
見知らぬ人が 指をさす
息くもる窓のガラス ふいてみたけど
はるかにかすみ 見えるだけ
 ………
 ………
 ………

..............



Ultra Soul    B'z

どれだけがんばりゃいい 誰かのためなの?
分かっているのに 决意は揺らぐ
結末ばかりに気を取られ 
この瞬間を楽しめない メマイ メマイ
 
夢じゃないあれもこれも
その手でドアを開けましょう
祝福が欲しいのなら悲しみを知りひとりでなきましょう
そして輝くウルトラソウル
 ………
 ………
 ………

 



    歌詞における留意点


○ 日本の歌の独自性は、歌詞を離れたメロディーがない点にある。
  言葉に節がついたものが日本の歌の本来のスガタだ。
○ もともと日本語には単語というものは存在しない。
   歌詞の意味は、漢字で表象される意味と違う。
○ 日本語は、一音一音で意味をもつ。
   「あいうえお」の発音の変化によってすべてを表現している。
○ 一音一音の発音変化を正しくすることで心が伝わる。 
         

                   - 葉室 頼昭氏著作より


        

    実験「演歌- J-POP は現代版祝詞である」


J-POPヲ遅イ再生デ、聴イテミヨウ!
意味が判別できないくらい遅く再生してみよう。
そのあと、そこで顕かになった特徴を踏まえてカラオケてみよう。
すると、そこに、現代の「祝詞のごときJ-POP」が現れてくる。

祝詞・白拍子・演歌・J-POPをそれぞれ体験分析し、
古代言法と今の言法とに働く共通ルールを解明する。

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ここからが、いよいよ実体験である。
葉室 頼昭氏のことばに十分気をつけ
下記の「ストロボ」と「白い雪」を
単語は軽めにあしらい、
母音にすべての気持ちを載せて、 カラオケてみよう!

首尾よく母音を翼にはばたくことができれば、
周囲も、あなたも不可思議で、スゴイ感動につつまれるはずだ。

あなたは、 もう立派な太古日本列島の無国籍原始人である。


        

ストロボ     広瀬香美

Nobody Can Stop Noァーw  始まったからァー
Anytime Anywhere  きィっと 二人はもォうォー
Fall in Winter Drea(ィー)m

ストロボ ひ(ィー)かァあった 出会あった あァの夜 
テレちゃうくらァい  テレちゃうくらァい
心のメモリ いィっぱいになった 
あなただけでェー あなただけでェー
スネル素振り 私を急に振り返るまなざしィー
めぐりめぐる瞬間よ 憧れも 想いでも 大切な宝物
Romantic Mystic Love

愛しくて 夜空の星をみあげて あなたの声を聞かせて
つのる 想い 誰も とめられないィー 
逢いたくて 恋するスピード上げて まァっすぐあなたに届け
Anytime Anywhere  きィっと 二人はもォうォー
Fall in Winter Drea(ィー)m
 ………
 ………
 ………

..........



白い雪    倉木麻衣


オレンジ色 灯した 部屋の窓
家族の 笑いが ウン 聞こえる
公園道り帰り道 幸せにすると誓っ

白い雪 まだここに記憶の棘
哀しみがぬけないの今もずうっとゥ
白い雪 覚えてる あの約束
吐く息ごとに あなたを想


忘れない そう今もあのひととき
かじかむ指先 温め
掴んだ 雪の儚さに 銀色の涙流す
 ………
 ………
 ………


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   西欧音楽と日本の歌の違い。
    一音マトリックスのマトメ 

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第一点は、西欧はメロディーと歌が別々である。だからメロディーだけでも曲になる。
日本の歌は本来言葉に節がついたもの。言葉を離れた歌はない。
歌詞を離れたメロディーがない点が日本の歌の独自性である。
第二点は、その本来の歌詞の意味合いは、漢字で表象される意味と違って働いている。
日本語には本来単語というものは存在しない。
一音一音で意味をもち、しかも「あいうえお」の発音の変化によってすべてを表現する。
だから、「あいうえお」の一つ一つ。それからその発音の変化を正しくやらなければ、
本当のところは伝わらない。 

以上、葉室 頼昭氏がいっていることは、
日本のジェイポップのみならず、白拍子から祝詞、
古代歌謡また、すべての現代歌謡・歌・俳句・詩など
母語による全韻文作品に適用可能である。



                          

    参照

のりと(祝詞)に見る一音マトリックス

祓詞(はらえのことば) 

掛けまくも畏き  伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)  筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはら)に  禊(みそ)ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸(なりませるはらへど)の大神等(おほかみたち)  諸々の禍事(まがごと)・罪・穢(けがれ) 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと  白(まを)すことを聞こし召せと  恐(かしこみ)恐みも白す

大祓詞(おおはらえのことば)

高天原(たかまのはら)に神(かむ)留(づま)り坐(ま)す 皇親神漏岐(すめらがむつかむろぎ) 神漏美(かむろみ)の命以(みことも)ちて 八百萬神等(やほよろづのかみたち)を神集(かむつど)へに集(つど)へ賜(たま)ひ 神議(かむはか)りに議(はか)り賜(たま)ひて 我(あ)が皇御孫命(すめみまのみこと)は 豊葦原水穂國(とよあしはらのみづほのくに)を 安國(やすくに)と平(たひら)けく知(し)ろし食(め)せと 事依(ことよ)さし奉(まつ)りき 此(か)く依(よ)さし奉(まつ)りし國中(くぬち)に 荒(あら)振(ぶ)る神(かみ)等(たち)をば 神問(かむと)はしに問(と)はし賜(たま)ひ 神掃(かむはら)ひに掃(はら)ひ賜(たま)ひて 語問(ことと)ひし 磐(いわ)根(ね)樹根立(きねたち) 草(くさ)の片葉(かきは)をも語止(ことや)めて 天(あめ)の磐座放(いわくらはな)ち 天(あめ)の八重雲(やへぐも)を伊頭(いつ)の千別(ちわ)きに千別(ちわ)きて 天降(あまくだ)し依(よ)さし奉(まつ)りき 此(か)く依(よ)さし奉(まつ)りし四方(よも)の國中(くになか)と 大倭日高見(おほやまとひだかみ)國(のくに)を安國(やすくに)と定(さだ)め奉(まつ)りて 下(した)つ磐(いは)根(ね)に宮柱太敷(みやばしらふとし)き立(た)て 高天原(たかまのはら)に千木高知(ちぎたかし)りて 皇御孫命(すめみまのみこと)の瑞(みづ)の御殿仕(みあらかつか)へ奉(まつ)りて 天(あめ)の 御(みか)蔭(かげ)日(ひ)の御蔭(みかげ)と隠(かく)り坐(ま)して 安國(やすくに)と平(たひら)けく知(し)ろし食(め)さむ國(くぬ)中(ち)に成(な)り出(い)でむ天(あめ)の益人等(ますひとら)が 過(あやま)ち犯(おか)しけむ種種(くさぐさ)の罪事(つみごと)は天(あま)つ 罪(つみ)國(くに)つ 罪(つみ)許許太久(ここだく)の罪出(つみい)でむ 此(か)く出(い)でば 天(あま )つ宮(みや)事(ごと)以(も)ちて 天(あま)つ金(かな)木(ぎ)を本打(もとう)ち切(き)り 末打(すえう)ち断(た)ちて 千座(ちくら)の置座(おきくら)に置(お)き足(た)らはして 天(あま)つ菅(すが)麻(そ)を本刈(もとか)り断(た)ち 末刈(すえか)り切(き)りて 八針(やはり)に取り辟きて 天(あま)つ祝(のり)詞(と)の太祝詞事(ふとのりとごと)を宣(の)れ

此(か)く宣(の)らば 天(あま)つ神(かみ)は天(あめ)の磐門(いはと)を押(お)し披(ひら)きて 天(あめ)の八重雲(やへぐも)を伊頭(いつ)の千別(ちわ)きに千別(ちわ)きて 聞(き)こし食(め)さむ 國(くに)つ神(かみ)は高山(たかやま)の末(すえ) 短(ひき)山(やま)の末(すえ)に上(のぼ)り坐(ま)して 高山(たかやま)の伊(い) 褒(ほ)理(り)短(ひき)山(やま)の伊褒理(いほり)を掻(か)き別(わ)けて聞(き)こし食(め)さむ 此(か)く聞(き)こし食(め)してば 罪(つみ)と言(い)ふ罪(つみ)は在(あ)らじと 科戸(しなど)の風(かぜ)の天(あめ)の八重雲(やへぐも)を吹(ふ)き放(はな)つ事(こと)の如(ごと)く 朝(あした)の 御(み)霧(ぎり)夕(ゆうべ)の御霧(みぎり)を 朝風夕風(あさかぜゆうかぜ)の吹(ふ)き拂(はら)ふ事(こと)の如(ごと)く 大津邊(おほつべ)に居(お)る大船(おほふね)を 舳解(へと)き放(はな)ち 艫解(ともと)き放(はな)ちて 大海原(おほうなばら)に押(お)し放(はな)つ事(こと)の如(ごと)く 彼方(をちかた)の繁木(しげき)が本(もと)を 焼鎌(やきがま)の敏(と)鎌(がま)以(も)ちて 打(う)ち掃(はら)ふ事(こと)の如(ごと)く遺(のこ)る罪(つみ)は在(あ)らじと 祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)ふ事(こと)を 高山(たかやま)の末(すえ) 短(ひき)山(やま)の末(すえ)より 佐久那太理(さくなだり)に落(お)ち多岐(たぎ)つ 早川(はやかわ)の瀬(せ)に坐(ま)す瀬織津比賣(せおりつひめ)と言(い)ふ 神(かみ)大(おほ)海(うな)原(ばら)に持(も)ち出(い)でなむ 此(か)く持(も)ち出(い)で往(い)なば 荒潮(あらしほ)の潮(しほ)の八百道(やほぢ)の八潮道(やしほぢ)の潮(しほ)の八百曾(やほあひ)に坐(ま)す速開都比賣(はやあきつひめ)と言(い)ふ 神(かみ)持(も)ち加加呑(かかの)みてむ 此(か)く加加呑(かかの)みてば 気吹戸(いぶきど)に坐(ま)す気吹戸主(いぶきどぬし)と言(い)ふ 神(かみ)根(ねの)國(くに)底(そこの)國(くに)に気吹放(いぶきはな)ちてむ 此(か)く気吹放(いぶきはな)ちてば 根(ねの)國(くに) 底(そこの)國(くに)に坐(ま)す速佐須良比賣(はやさすらひめ)と言(い)ふ神(かみ) 持(も)ち佐(さ)須(す)良(ら)ひ失(うしな)ひてむ 此(か)く佐(さ)須(す)良(ら)ひ失(うしな)ひてば 罪(つみ)と言(い)ふ罪(つみ)は在(あ)らじと 祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)ふ事(こと)を 天(あま)つ神(かみ) 國(くに)つ神(かみ) 八百萬(やほよろずの)神等共(かみたちとも)に 聞(き)こし食(め)せと白(まを)す


                            神社本廳藏版 より





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