記紀歌謡 読み下し文
     
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記紀歌謡 読み下し文 

  - 古事記・日本書紀より -


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 古事記卷上 

須佐の男の命の御歌  参照原文
茲に大神、初め須賀の宮作らしし時に、其地より雲立ち騰りき。
かれ御歌よみしたまひき。その歌は、

八雲起つ 出雲八重垣 
妻ごみに 八重垣作る 
その八重垣を 


八千矛の神の御歌

此八千矛の神、高志の國の沼河日賣を婚ばむとして幸でましし時、
その沼河日賣の家に到りて歌ひたまひしく、


.
.
八千矛の 神の命は 
八島國 妻求ぎかねて
遠々し 高志の國に 
賢し女を 有りと聞かして 
麗し女を ありときかして
さ婚ひに 在り立たし 
婚ひに 在り通はせ
大刀が緒も いまだ解かずて 
襲をも いまだ解かね
孃子の 寢すや板戸を 
押そぶらひ 吾が立たせれば 
引こづらひ 吾が立たせれば 
青山に [空鳥]は鳴きぬ
眞野つ鳥 雉は響む 
庭つ鳥 [奚隹(鷄)]は鳴く
慨たくも 鳴くなる鳥か 
この鳥も 打ち止めこせね。
いしたふや 天馳使
事の 語り言も こをば。


沼河日賣の歌・

ここにその沼河日賣、いまだ戸を開かずて、内より歌ひしく、

.
.
.
八千矛の 神の命 
萎草の 女にしあれば 
吾が心 浦渚の鳥ぞ 
今こそは 我鳥にあらめ 
後は な死せたまひそ
いしたふや 天馳使
事の 語り言も こをば。




.
.
青山に 日が隱らば 
ぬばたまの 夜は出でなむ
朝日の 咲み榮え來て
栲綱の 白き腕 
沫雪の 弱る胸を 
そ叩き 叩きまながり 
眞玉手 玉手差し捲き
股長に 寢は宿さむを 
あやに な戀ひきこし。
八千矛の 神の命
事の 語り言も こをば。
.
故その夜は合はさずて、明日の夜、御合はし給ひき。

八千矛の神の御歌
.
又その神の嫡后須勢理毘賣の命、甚く嫉り妬みししたまひき。



かれその日子遲の神佗びて、出雲より倭の國に上りまさむとして、裝束し立たしし時に、
片御手は御馬の鞍に繋け、片御足はその御鐙に踏み入れて、歌ひ給ひしく、






.
.
ぬばたまの 黒き御衣を 
眞具に 取り裝ひ 
奧つ鳥 胸見る時 
羽敲ぎも これは宣はず
[立鳥]鳥の 青き御衣を 
眞具に 取り裝ひ 
奧つ鳥 胸見る時 
羽敲ぎも これ宣はず
邊つ浪 磯に脱ぎ棄て;
山縣に蒔きし 茜舂き 
染木が汁に 染衣を 
眞具に 取り裝ひ
奧つ鳥 胸見る時 
羽敲ぎも 此し宜し;
いとこやの 妹の命 
群鳥の 我が群れ往なば 
引け鳥の 我が引け往なば
泣かじとは 汝は言ふとも 
山處の 一本薄 
項傾し 汝が泣かさまく 
朝雨の 霧に立たむぞ
若草の 嬬の命。
事の 語り言も こをば。

須勢理毘賣の命の御歌

ここにその后、大御酒杯を取らして、立ち依り指擧げて、歌ひ給ひしく、









.
八千矛の 神の命や 
吾が大國主 
汝こそは 男にいませば 
打ち見る 島の埼々 
掻き見る 磯の埼落ちず 
若草の 嬬持たしめ;
吾はもよ 女にしあれば 
汝を除て 男は無し 
汝を除て 夫は無し
文垣の ふはやが下に 
蒸被 柔が下に 
栲被 さやぐが下に 
沫雪の 弱る胸を 
栲綱の 白き腕 
そ叩き 叩きまながり 
眞玉手 玉手差し捲き 
股長に 寢をしなせ 
豐御酒 獻らせ。
.
.
かく歌ひて、宇伎由比して頂嬰りて今に至るまで鎭り坐せり。
此を神語といふ。

高比賣の命の歌

阿治志貴高彦根の神は、忿りて飛び去りたまひし時、
その同母妹高比賣の命、その御名を顯さむと思ひて歌ひしく、


.
天なるや 弟棚機の 
嬰せる 玉の御統 
御統に あな玉はや
眞谷 二亙らす 
阿治志貴 高彦根の 
神ぞ。
.
.
と歌ひき。
この歌は夷振なり。

豐玉毘賣の命の御歌 日子穗々手見の命の御歌

.

(豐玉姫の命、火遠理の命の)伺見たまひし御心を恨みつゝも、
戀しきにえ忍へたまはずてその子を治養しまつる縁に因りて、
その弟玉依毘賣に附けて、歌を獻りき。
その歌、

.
赤玉は 緒さへ光れど 
白玉の 君が裝し 
貴くありけり。
かれその日古遲、答へ歌ひたまひしく、

.
奧つ鳥 鴨著く島に 
我が率寢し 妹は忘れじ 
世の盡に。


《古事記》卷中

神武天皇の御製
.

然ありてその弟宇迦斯が奉れる大饗をば、悉にその御軍に賜ひき。
この時に御歌よみしたまひしく、
.

.


.


.
宇陀の 高城に 鴫羂張る 
我が待つや 鴫は障らず 
いすくはし 鷹ら障る
前妻が 菜乞はさば 
立柧梭の實の 無けくを 
こきしひゑね
後妻が 菜乞はさば 
[木令] 實の無けくを 
こきだひゑね。
..
..
ええ、しやこしや。こはいごのふぞ。
ああ、しやこしや。こは嘲咲ふぞ。

神武天皇の御製
.

.

こゝ天つ神の御子の命もちて、八十建に御饗を賜ひき。
こゝに八十建に宛てゝ、八十膳夫を設けて、人毎に刀佩けて、
その膳夫どもに、歌を聞けば、一時に斬れと誨へ賜ひき。
かれその土雲を打たむとすることを明かせる歌、

.






.
忍坂の 大室屋に 
人多に 來入り居り
人多に 入り居りとも 
みつ疊號[みつ]し 久米の子が 
頭槌 石槌もち 
撃ちてしやまむ
みつ疊號[みつ]し 久米の子等か[→が] 
頭槌 石槌もち 
今撃たば善らし。
.
かく歌ひて、刀を拔きて、一時に打殺しつ。

神武天皇の御製・

その後、登美毘古を撃ちたまはむとせし時、歌ひ給ひしく、



.
みつ疊號[みつ]し久米の子等が 
粟生には 臭韮一莖 
其根が莖 其根芽繋ぎて
撃ちてしやまむ。

また歌ひ給ひしく、



.
みつ疊號[みつ]し久米の子等が 
垣下に 植ゑし薑 
口疼く 吾は忘れじ
撃ちてしやまむ。

また歌ひ給ひしく、



.
神風の 伊勢の海の
大石に はひもとほろふ 
細螺の いはひもとほり
撃ちてしやまむ。

神武天皇の御製

.

また兄師木弟師木を撃ちたまひし時に、
御軍暫疲れたりき。
かれ歌ひ給ひしく、


.

.
楯並めて 伊那佐の山の 
樹の間よも い行きまもらひ 
戰へば 吾はや飢ぬ
島つ鳥 鵜養が徒 
今助に 來ね。

大久米の命の御歌 神武天皇の御製 伊須氣余理比賣の御歌 大久米の命の歌

.

こゝに七媛女、高佐士野に遊行べるに、
伊須氣余理比賣、其の中に在りき。
大久米の命、その伊須氣余理比賣を見て、
歌もちて天皇にまをししく、

.
.
倭の 高佐士野を 
七行く 孃子ども 
誰をしまかむ。
.
爾に伊須氣余理比賣は、其の媛女等の前に立てりき。

乃、天皇、其の媛女等を見そなわして、
御心に伊須氣余理比賣の最前に立てることを知りたまひて、
御歌もちて答へたまひしく、
.
かつがつも 最先立てる 愛をしまかむ。


こゝに大久米の命、天皇の命を、その伊須氣余理比賣に詔りし時に、
その大久米の命の黥ける利目を見て、奇しと思ひて、
.
天地 ちどりましとど など黥ける利目。

と歌ひければ、大久米の命、答へ歌ひしく、
.
孃子に 直に逢はむと 吾が黥ける利目。
.
.
と歌ひき。
かれその孃子仕へまつらむとまをしき。

神武天皇の御製
.
.
こゝに其の伊須氣余理比賣の家、狹井河の上に在りき。
天皇、其の伊須氣余理比賣がりいでまして、一宿御寢坐しき。
(
. .
.)
(其の河を佐韋河と謂ふ由は、
其の河の邊に山由理草多かりき。故其の山由理草の名を取りて佐韋河と號けつ。
山由理草の本の名佐韋と云ひき。)

後にその伊須氣余理比賣、宮内にまゐれりし時に、
天皇御歌よみしたまひしく、


.
芦原の 繁こき小家に 
菅疊 彌清敷きて 
吾が二人寢し。

伊須氣余理比賣の歌・

[][]
.
天皇崩りましし後に、その庶兄當藝志美美の命、その嫡后伊須氣余理比賣を娶へる時に、
その三柱の弟たちを殺せむとして、謀れるほどに、その御祖伊須氣余理比賣患ひまして、
歌よみしてその御子たちに知らしめたまひき。その御歌、


.
佐韋河よ 雲起ち亙り 
畝火山 木の葉喧擾ぎぬ 
風吹かむとす。

また歌ひ給ひしく、


.
畝火山 晝は雲と居 
夕されば 風吹かむとぞ 
木の葉喧擾げる。

弊羅坂の少女の歌


大毘古の命、高志の國に罷り往ます時、
腰裳服せる少女、山代の弊羅坂に立てりて、歌ひしく、





.
此はや 御眞木入日子はや 
御眞木入日子はや 
己が命を 竊み弑せむと 
後つ戸よ い行き違ひ 
前つ戸よ いゆき違ひ 
窺はく 知らにと 御眞木入日子はや。
.


.
.
と歌ひき。
こゝに大毘古の命怪しと思ひて、馬を返して、
その少女に、『汝が謂へりし言は如何にかも言ふ』と問ひしかば、
少女、『吾を勿言ひそね。唯歌を詠みしつらくのみ』と答へて、
行方も見えず、忽に失せき。

倭建の命の御歌

.
.

.
.
.

.
(倭建の命)即出雲の國に入り坐して、
其の出雲の國の建を殺らむと欲ほして到りまして結交し給ひき。
故竊かに赤檮以ちて詐刀を作りて御佩として、共に肥の河に沐したまひき。
竊に倭建の命、河より先上りまして、
出雲建が解き置ける刀を取り佩かして『刀易爲む』と詔りたまひき。
故後に出雲建、河より上りて倭建の命の詐刀佩きき。
こゝに倭建の命『いざ刀合さむ』と誂へ給ひき。
各その刀を拔く時に、出雲建詐刀を得拔かず、
即倭建の命、その刀を拔かして出雲建を打ち殺したまひき。

.
やつめさす 出雲建が佩ける刀 
黒葛多纒き 眞身無しにあはれ。

弟橘比賣の命の御歌

.

. .


.
.
[(相模の國燒遣より)]其より入り幸でまして、走水の海を渡りましし時に、
其の渡の神、浪を興して船廻りてえ進み渡らざりき。
爾にその后、名は弟橘比賣の命、白したまひしく
『妾御子に易りて海中に入りなむ。御子は遣けらえし政遂げて復奏し給はね。』
とまをして、
海に入りまさむとする時に、
菅疊八重、皮疊八重を浪の上に敷きて、その上に下りましき。
こゝにその暴き浪自伏ぎて、御船進み得き。かれその后の歌ひ給ひしく、



さねさし 相模の小野に 
燃ゆる火の 火中に立ちて 
問ひし君はも。
.
.
故七日ありて後に、其の后の御櫛、海邊に依りたりき。
乃其の櫛を取りて御陵を作りて治め置きき。

倭建の命の御歌 火燒の翁の歌


(倭建の命)即其の國より越えて甲斐に出でて、
酒折の宮にまし疊號[まし]ける時に歌ひたまひしく、

.
新治 筑波を過ぎて 
幾夜か宿つる。

こゝにその火燒の老人、御歌を繼ぎて


かがなべて 夜には九夜 
日には十日を。
.
.
と歌ひき。
こゝを以ちてその老人を譽めて、東國造を給ひき。

倭建の命の御歌 美夜受比賣の歌

.
.
.

[(甲斐)]其の國より科野の國に越えまして、科野の坂の神を言向けて、
尾張の國に還り來まして、期りおかしし美夜受比賣の許に入りましつ。
ここに大御食獻る時に、其の美夜受比賣、大御酒盞を捧げて獻りき。
こゝに美夜受比賣それ襲の襴に月經著きたり。
かれその月經を見そなはして御歌詠みしたまひしく、






.
ひさかたの 天の香山 
利鎌に 眞渡る鵠 
弱細 手弱腕を 
纒かむとは 吾はすれど 
さ寢むとは 吾は思へど 
汝が著せる 襲の襴に 
月立ちにけり。

かれ美夜受比賣、御歌に答へて歌ひしく、





.
高光る 日の御子 
やすみしし 吾が大君 
あら玉の 年が來經れば 
諾な諾な 君待ちがたに 
吾が著せる 襲の裾に 
月立たなむよ。


.
かれ爾に御合まして、
其の御刀の草薙の劔を、其の美夜受比賣の許に置かして、
伊服岐の山の神を取りに幸行しき。

倭建の命の御歌

.

尾津の前なる一つ松の許に到りまししに、
先に、御食せし時其地に忘らしたりし御刀、失せずて猶有りけり。
かれ御歌よみしたまひしく、






.
尾張に 直に向へる 
尾津の埼なる 
一つ松 吾兄を 
一つ松 人にありせば 
大刀佩けましを 
衣著せましを 
一つ松 吾兄を。

倭建の命の御歌・


そこより幸行して能煩野に到りましし時に、
國思ばして歌ひ給ひしく、


.
倭は 國のまほろば 
たたなづく 青垣 
山隱れる 倭し美し。

また、



.
命の 全けむ人は 
疊薦 平群の山の 
熊白檮が葉を 
髻華に插せ その子。
. .

と歌ひ給ひき。この歌は思國歌なり。
また歌ひたまひしく、

.
はしけやし 吾家の方よ 
雲居立ち來も。
.

こは片歌なり。
この時御病甚急になりぬ。こゝに御歌よみし給ひしく、


.
媛女の 床の邊に 
吾が置きし つるぎの大刀 
その大刀はや。
.
歌ひ竟へて、即崩りましき。

倭建の命の后たちの御歌・


こゝに倭にます后たちまた御子たち諸、下り來まして、御陵を作りて、
やがて其地の煩き田に匍匐ひ廻りて、哭しつつ歌ひたまひしく、


.
煩きの 田の 
稻幹に 稻幹に 
蔓ひ廻ろふ [艸解]葛。
.

.
こゝに八尋白智鳥になりて、天に翔りて、濱に向きて飛び行でましぬ。
かれその后たち御子たち、其地なる小竹の苅杙に、御足切り破るれども、
その痛きを忘れて、哭しつゝ追ひいでましき。この時の御歌、

.
淺小竹原 腰煩む 
空は行かず 足よ行くな。

又其の海鹽に入りて煩み行でます時の御歌、


.
海が行けば 腰煩む 
大河原の 植草 
海がは いさよふ。

また飛びて其地の磯に居たまへる時の御歌、
.
濱つ千鳥 濱よは行かず 磯傳ふ。
.
.
この四歌は皆その御葬に歌ひたりき。
かれ今にその歌は天皇の大御葬に歌ふなり。

忍熊の王の歌


其の忍熊の王、伊佐比宿禰と共に追ひ迫めらえて、
船に乘り、海に浮びて、歌ひしく、



.
いざ吾君 
振熊が 痛手負はずは 
鳰鳥の 淡海の海に 
潜きせなわ。
.
と歌ひて、即、海に入りて共に死せたまひき。

神功皇后の御歌 建内宿禰の歌

.
こゝに還り上りませる時に、
その御祖息長帶日賣の命、待酒を釀みて獻らしき。
かれその御祖歌みし給ひしく、
.
.



.
.
この御酒は 吾が御酒ならず 
酒の神 常世にいます 
石立たす 少名御神の 
神祷ぎ 壽ぎ狂ほし 
豐壽ぎ 壽ぎ廻し 
獻り來し 御酒ぞ 
乾さずをせ ささ。
.

かく歌はして、大御酒獻らしき。
ここに建内宿禰の命、御子の爲に答へまつれる歌、



.

.
この御酒を 釀みけむ人は 
その鼓 臼に立てて 
歌ひつゝ 釀みけれかも 
まひつゝ 釀みけれかも 
この御酒の 御酒の 
あやに 轉樂し ささ。
.
こは酒樂の歌なり。

應神天皇の御製

或る時天皇、近つ淡海の國に 越え幸でましし時、
宇遲野の上に御立たして、葛野を望けまして、
歌よみ給ひしく、


.
千葉の 葛野を見れば 
百千足る 家庭も見ゆ 
國の秀も見ゆ。

應神天皇の御製

.

(丸邇の比布禮の意富美)大御饗獻る時に、
その女矢河枝比賣に大御酒盞を取らしめて獻りき。
こゝに天皇その大御酒盞を取らしながら、御歌よみしたまひしく、


.

.



.





.

.



.
この蟹や 何處の蟹 
百傳ふ 角鹿の蟹 
横去らふ 何處に到る
伊知遲島 美島に著き 
鳰鳥の 潜き息衝き
級だゆふ 佐佐那美道を 
すく疊號[すく]と 吾が行ませばや 
木幡の道に 遇はしし孃子 
後方は 小蓼ろかも
齒竝はし 菱なす 
櫟井の 和邇坂の土を 
初土は 膚赤らけみ 
底土は に黒き故 
三栗の その中つ土を 
頭著く 眞日には當てず
眉畫き 濃に書き垂れ 
遇はしし女 
かもがと 吾が見し兒に 
かくもがと 吾が見し兒に 
現たけだに 向ひ居るかも 
い副ひ居るかも。

應神天皇の御製・

.

.

爾建内宿禰の大臣、大命を請ひしかば、
天皇髮長比賣をその御子に賜ひき。賜へる状は、
天皇の豐明聞こしめしける日、
髮長比賣に大御酒の柏を取らしめて、その太子に賜ひき。
こゝに御歌よみしたまひしく、
.


.


.
いざ子ども 野蒜摘みに
野蒜摘みに わが行く道の 
香ぐはし 花橘は 
上つ枝は 人取り枯らし
三栗の 中つ枝の 
ほつもり 赤ら孃子を 
いざささば 好らしな。

また、



.
水渟る 依網の池の 
堰杙打ちが 刺しける知らに 
蓴繰り 延へけく知らに 
吾が心しぞ いやをこにして 今ぞ悔しき。
.


かく歌はして賜ひき。
かれその孃子を賜はりて後に、
太子の歌よみし給ひしく、


.
道の後 古波陀孃子を 
神のごと 聞えしかども 
相枕纒く。

また歌よみし給ひしく、

.
.
道の後 古波陀孃子は 
爭はず 寢しくをしぞも 
愛しみ思ふ。

吉野の國主の歌・

また吉野の國主ども、大雀の命の佩かせる御刀を見て、歌ひしく、





.
品陀の 日の御子 
大雀 大雀 
佩かせる大刀 
本劍 末振ゆ 
雪のす 枯らが下樹の 
さやさや。


また吉野の白檮の生に横臼を作りて、その横臼に大御酒を釀みて、
その大御酒を獻りし時に、口鼓を撃ち、伎を爲して、歌ひしく、

.

.
白檮の生に 横臼を作り 
横臼に 釀みし大御酒 
甘らに 聞こしもちをせ 
まろが父。

.
この歌は、國主ども大贄獻る時、
恒に今に至るまで歌ふ歌なり。

應神天皇の御製
.

是の須須許理、大御酒を釀みて獻りき。
ここに天皇、この獻れる大御酒に浮立げて、御歌よみし給ひしく、


.
須須許理が 釀みし御酒に 
われ醉ひにけり 
事和酒咲酒に われ醉ひにけり。

.
.
かく歌はしつつ幸行せる時に、
御杖もちて大坂の道の中なる大石を打ち給ひしかば、其の石走り避りき。
故諺に『堅し石も醉人を避く』とは曰ふ。

大山守の命の歌 宇遲の和紀郎子の御歌

.
.

(大山守の命)渡りて河中に倒れる時に、
其の船を傾けしめて水の中に墮し入れき。
爾に乃浮き出て、流れ下りたまひき。
すなはち流れつつ歌ひたまひしく、


.
ちはやぶる 宇治の渡に 
棹取りに 速けむ人し 
わが對手に來む。

爾にその骨を掛き出せる時に、弟王の御歌、


.







.
ちはや人 宇治の渡に 
渡瀬に 立てる 
梓弓檀
い伐らむと 心は思へど 
い取らむと 心は思へど 
本方には 君を思ひ出 
末方には 妹を思ひ出 
苛なけく そこに思ひ出 
悲しけく こゝに思ひ出 
い伐らずぞ來る 
梓弓檀。


《古事記》卷下  参照原文

仁徳天皇の御製・ 黒日賣の歌
.
.

爾に天皇、吉備海部直が女、名は黒日賣、其容姿端正しと聞こし看して、喚上げて使ひたまひき。
然れどもそれ大后の嫉みますを畏みて本つ國に逃げ下りき。
天皇高臺に坐して、その黒日賣の船出するを望けまして、歌ひたまひしく、


.
沖方には 小舟連らく 
もろざやの まさづこ吾妹 
國へ下らず。



こゝに天皇その黒日賣を戀ひたまひて、
大后を欺かして、淡道島見たまはむとのり給ひて、
幸でましし時に、淡道島にまして、遙に望けまして、
歌ひたまひしく、




.
おしてるや 難波の埼よ 
出で立ちて 吾が國見れば 
淡島 淤能碁呂島 
檳榔の 島も見ゆ 
佐氣都島見ゆ。
.
.


乃その島より傳ひて、吉備の國に出でましき。
かれ黒日賣、その國の山縣の地におほましまさしめて、大御饗獻りき。
こゝに、大御羮を煮むとして、其地の菘菜を摘める時に、
天皇、その孃子の菘採む處に到りまして、歌ひたまひしく、


.
山縣に 蒔ける菘も 
吉備人と 共にし摘めば 
樂しくもあるか。

天皇上り幸でます時に、黒日賣の獻れる御歌


.
倭方に 西風吹き上げて 
雲離れ そき居りとも 
吾忘れめや。

また、


.
倭方に 往くは誰が夫 
隱水の 下よ延へつゝ 
往くは誰が夫。

石之日賣の命の御歌・

.

.

.
.

.

此より後時、大后、豐の樂し給はむとして、御綱柏を採りに木の國に幸行せる間に、
天皇、八田の若郎女に婚ひましつ。
こゝに大后は御綱柏を御船に積み盈てゝ還幸ります時に、
水取の司に駈使はゆる吉備の國の兒島の仕丁、是己が國に退るに、
難波の大渡に後れたる倉人女の船遇へり。
乃語りけらくは、
『天皇は此日八田の若郎女に婚ひまして、晝夜、戲遊れ給へるを、
若し大后は、此の事聞こし看さねかも、靜に遊び幸行でます』
と曰ひき。
爾其の倉人女、此の語れる言を聞きて、
即御船に追ひ及きて、仕丁が言ひつる如具に白しき。
こゝに大后大く恨み怒りまして、
其の御船に載せたる御綱柏をば悉に海に投げ棄てたまひき。
故其地を御津の前と謂ふ。
即、宮に入りまさずて其の御船を引き避きて堀江に泝らして、
河のまに疊號[まに]、山代に上り幸でましき。
この時に歌ひたまひしく、






.
つぎねふや 山代河を 
川上り 吾が上れば 
河の邊に 生ひ立てる 
烏草樹を 烏草樹の樹 
其が下に 生ひ立てる 
葉廣 齋つ眞椿 
其が葉の 廣り坐すは 
大君ろかも。

即山代より廻りて、那良の山口に到りまして、歌ひたまひしく、




.
つぎねふや 山代河を 
宮上り 吾が上れば 
あをによし 那良を過ぎ 
小楯 倭を過ぎ 
吾が 見が欲し國は 
葛城 高宮 吾家のあたり。

.
かく歌ひて還りまして、
暫、筒木の韓人名は奴理能美が家に入りましき。

仁徳天皇の御製・ 口日賣の歌
天皇、大后山代より幸でましぬと聞かして、
舍人名は鳥山と謂ふ人を使はして、御歌を送り給ひしく、

.
山城に いしけ鳥山 
いしけいしけ 吾が愛し妻に いしき遇はむかも。

また續ぎて和珥臣口子を遣はして歌ひたまひしく、




.
御諸の その高城なる 
大豕子が腹 
大豕子が 腹にある 
肝向ふ 心をだにか 
相思はずあらむ。

また歌ひ給ひしく、



.
つぎねふ 山代女の 
木钁持ち 打ちし大根 
根白の 白腕 
纒かず來ばこそ 知らずとも言はめ。
.


.

.

.
.

故是の口子臣、此の御歌を白す時しも、雨大く零りき。
爾に其の雨をも避けず、
前つ殿戸に參伏せば、後つ戸に違ひ出、
後つ殿戸に參伏せば、前つ戸に違ひ出給ひき。
爾匍匐ひ進赴ひて、庭中に跪ける時に、
水潦、腰に至けり。
其の臣紅紐著けたる青摺の衣を服たりしかば、
青皆紅色に變りき。
こゝに口子臣の妹口日賣、大后に仕へまつれりき。
かれその口日賣歌ひしく、


.
山代の 筒木の宮に 
物申す 吾が兄の君は 
涙ぐましも。

.
爾に大后、其の所由を問ひ給ふ時に
『あが兄口子臣なり』と答白しき。

仁徳天皇の御製

(天皇)その大后のませる殿戸に御立まして、歌ひ給ひしく、




.
つぎねふ 山代女の 
木钁持ち うちし大根 
さわ疊號[さわ]に 汝が言へせこそ 
うち渡す 彌木榮なす 
來入り參ゐ來れ。
.
此の天皇と大后と歌はしし六歌は、志都歌の歌ひ返しなり。

仁徳天皇の御製 八田の若郎女の御歌
.

天皇、八田の若郎女を戀ひ給ひて、御歌を遣りたまひき。
その御歌、




.
八田の 一本菅は 
子持たず 立ちか荒れなむ 
あたら菅原
言をこそ 菅原と言はめ 
あたら清し女。

かれ八田の若郎女の答へ給へる歌、

.
八田の 一本菅は 獨居りとも
天皇し よしと聞こさば 獨居りとも。

仁徳天皇の御製 女鳥の王の歌・ 速總別の王の歌・


亦天皇、其の弟速總別の王を媒と爲て、庶妹女鳥の王を乞はし給ひき。
爾に女鳥の王、速總別の王に語り給ひしく
『大后の強きに因りて、八田の若郎女をも治め給はず。
故仕へ奉らじ。吾は汝が命の妻にならむと思ふ』
といひて、即相婚ひましき。
是を以て速總別の王、復奏し給はざりき。
爾に天皇、女鳥の王の坐す所に幸でまして、その殿戸の閾の上にましき。
是に女鳥の王機にまして、服織らせりき。
かれ天皇、歌よみしたまひしく、

.
女鳥の 吾が王の 織ろす服 
誰が料ろかも。

女鳥の王の答の歌、
.
高行くや 速總別の みおすひ料。
.

かれ天皇、その心を知らして、宮に還り入りましき。
その後、その夫速總別の王の來たれりし時に、
その妻女鳥の王歌ひたまひしく、


.
雲雀は 天に翔る 
高行くや 速總別 
鷦鷯取らさね。
.
.

天皇この歌を聞かして、即軍を興して、取りたまはむとす。
かれ速總別の王、女鳥の王共に逃げ去りて、倉椅山騰りましき。
是に速總別の王歌ひしく、


.
梯立ての 倉梯山を 
岩懸きかねて 
吾が手取らすも。

また、

.
梯立ての 倉梯山は 嶮しけど 
妹と登れば 嶮しくもあらず。

.
故其地より逃亡げて、宇陀の蘇邇に到りましし時に、
御軍追ひ到りて殺せまつりき。

仁徳天皇の御製 建内宿禰の歌・

.


又ある時、天皇、豐の樂したまはむとして、日女島に幸でましし時に、
その島に雁卵生みたりき。
かれ建内宿禰の命を召して、
歌以ちて、雁の卵生める状を問はしたまへる、その御歌、



.
たまきはる 内の朝臣 
汝こそは 世の長人 
そらみつ 日本の國に 
雁子産と聞くや。

是に建内宿禰、歌もちて語り白ししく、


.
.

.
高光る 日の御子 
諾こそ 問ひ賜へ 
眞こそに 問ひ賜へ 
吾こそは 世の長人
そらみつ 日本の國に 
雁子産と いまだ聞かず。

かく白して、御琴を賜はりて、歌ひしく、

.
汝が王や 終に知らむと 
雁は子産らし。
.
.
と歌ひき。
こは壽歌の片歌なり。

作者未詳


.

茲の船(枯野)の壞れたるもて、鹽を燒き、
その燒け遣れる木を取りて、琴に作りしに、
その音七里に聞えたりき。
かれ歌に、





.
枯野を 鹽に燒き 
其が餘 琴に作り 
掻き彈くや 
由良の門の 門中の 海石に 
振れ立つ 浸漬の木の 
さや疊號[さや]。
.
.
と曰へり。
この歌は志都歌の歌ひ返しなり。

履中天皇の御製・

.
.
.

.

. . .

本難波の宮に坐しし時、大嘗に坐して豐の明爲す時に、
大御酒に樂げて大御寢し給ひき。
爾に其の弟墨の江の中つ王、天皇を取りまつらむとして火を大殿に著けたりき。
こゝに倭漢直の祖阿知直盜み出でて、御馬に乘せまつりて、倭に幸でまさしめき。
故多遲比野に到りまして寤めまして
『此間は何處ぞ』と詔り給ひき。
爾阿知直白ししく、
『墨の江の中つ王、大殿に火著け給へり。故率奉りて倭に逃ぐなり。』と白しき。
爾に天皇歌ひ給ひしく、

.
.
多遲比野に 寢むと知りせば 
防壁も 持ち來ましもの
寢むと知りせば。
.

波邇布坂に到りまして、難波の宮を見放けたまひしかば、その火猶炳えたり。
かれまた天皇歌ひ給ひしく、


.
波邇布坂 吾が立ち見れば 
[火玄]火の 燃ゆる家群 
妻が家あたり。
.

.
.

かれ大坂の山口に到りましし時に、女人遇へり。
その女人の白しけらく、
『兵器を持たる人ども、許多茲の山を塞きをり。
當岐麻道より廻りて、越え幸でますべし』とまをしき。
かれ天皇歌ひ給ひしく、


.
大坂に 遇ふや孃子を 
道問へば 直には告らず 
當岐麻路を告る。

木梨の輕の太子の御歌・

天皇崩りまして後、木梨の輕の太子、日繼知らしめすに定れるを、
いまだ位に即きたまはざりしほどに、同母妹輕の大郎女に奸けて、
歌ひ給ひしく、



.
あしひきの 山田をつくり 
山高み 下樋をわしせ 
下娉ひに 吾が娉ふ妹を 
下泣きに 吾が泣く妻を 
今夜こそは 安く肌觸れ。
.

こは志良宜歌なり。
また、


.
笹葉に 打つや霰の 
たしだしに 率寢てむ後は 
人は離ゆとも。


.
愛しと 眞寢し眞寢てば 
刈薦の 亂れば亂れ 
眞寢し眞寢てば。
.
こは夷振の上歌なり。

安康天皇の御製 大前小前宿禰の歌
.
.

こゝに穴穗の御子、軍を興して、大前小前宿禰の家を圍みたまひき。
かれその金門に到りましし時に、大氷雨降りき。
かれ歌ひたまひしく、


.
大前小前宿禰が 
金門蔭 かく寄り來ね 
雨立ち止めむ。
.

ここにその大前小前宿禰、手を舉げ膝を打ち、舞ひかなで、歌ひまゐ來。
その歌は、


.
宮人の 足結の小鈴 
落ちにきと 宮人動搖む 
里人も齋め。
.
この歌は宮人振なり。

木梨の輕の太子の御歌・

.
.
.
.
.
.

かく歌ひつゝ參歸て白ししく、
『我が天皇の御子、兄の王を攻め給ふな。
若し攻め給はば必人咲はむ。
僕捕りて奉らむ。』
とまをしき。
爾兵を解めて退き坐しき。
故大前小前宿禰、その輕の太子を捕りて、率てまゐ出て獻りき。
その太子、捕えて歌ひたまひしく、



.
天飛む 輕の孃子 
甚泣かば 人知りぬべし 
波佐の山の 鳩の 
下泣きに泣く。

また歌ひたまひしく、


.
天飛む 輕孃子 
したたにも 倚り寢て通れ 
輕孃子ども。

木梨の輕の太子の御歌・ [この三歌 = ]
.

その輕の太子をば、伊余の湯に放ちまつりき。
また放たえたまはむとせし時に、歌ひたまひしく、


.
天飛ぶ 鳥も使ぞ
鶴が音の 聞えむ時は 
吾が名問はさね。
.

この三歌は、天田振なり。
また歌ひたまひしく、




.
大君を 島に放らば 
船餘り い歸りこむぞ 
吾が疊齋め 
言をこそ 疊と言はめ 
吾が妻は齋め。
.
この歌は、夷振の片下なり。

衣通の王の御歌・
.

その衣通の王、歌を獻りき。
その歌、


.
夏草の あひねの濱の 
蠣貝に 足踏ますな 
明かして通れ。

かれ後にまた戀慕に堪へかねて、追ひ往でましし時に、
歌ひたまひしく、


.

君が行き け長くなりぬ 
山釿の 迎へを行かむ 
待つには待たじ。
(こゝに山たづといへるは今の造木なり。)

木梨の輕の太子の御歌

かれ追ひ到りましし時に、待ち懷ひて、歌ひたまひしく、


.


.
隱り國の 泊瀬の山の 
大峽には 幡張り立てて 
思ひ妻 あはれ
槻弓の 伏る伏りも 
梓弓 立てり立てりも 
後も取り見る 思ひ妻あはれ。

また歌ひ給ひしく、






.
隱國の 泊瀬の川の 
上つ瀬に 齋杙を打ち 
下つ瀬に 眞杙を打ち
齋杙には 鏡をかけ 
眞杙には 眞玉を掛け
眞玉なす 吾が思ふ妹 
鏡なす 吾が思ふ妻
在りと いはばこそよ 
家にも行かめ 國をも偲ばめ。
かく歌ひて、即共に自死せたまひき。
かれこの二歌は讀歌なり。

雄略天皇の御製

.
([[]][])
.

.


初大后、日下に坐しける時、
日下の直越の道より河内に幸でましき。
(中略)こゝに若日下部の王、天皇に奏さしめたまひしく、
『日に背きて幸でませる事、いと恐し。
かれ己直に參ゐ上りて仕へまつらむ』
とまをさしめたまひき。
是を以ちて宮に還ります時に、
その山の坂の上に行き立たして、歌ひたまひしく、








.
日下部の 此方の山の 
疊薦 平群の山の 
此方此方の 山の峽に 
立ち榮ゆる 葉廣熊白檮
本には いくみ竹生ひ 
末方には たしみ竹生ひ
いくみ竹 入籠は寢ず 
たしみ竹 慥には率宿ず
後も組み寢む その思妻 あはれ。
.
即この歌を持たしめて、返し使はしき。

雄略天皇の御製・ 引田の赤猪子の歌・

.



.

亦ある時、天皇遊行ばしつゝ、美和河に到りましし時に、
河の邊に衣洗う童女あり。
其容姿甚麗かりき。
天皇、其の童女に『汝は誰が子ぞ』と問はし給ひしかば
『己が名は引田部赤猪子と謂す』と答白しき。
爾詔らしめ給ひしくは
『汝嫁夫がずにあれ。今喚してむ。』
と宣り給ひて宮に還り坐しき。
故其の赤猪子、天皇の命を仰ぎ待ちて、既に八十歳を經たりき。
こゝに赤猪子以爲へらくは、
命の望みつる間に、已に多くの年を經て、
姿體痩み萎けてあれば、更に所恃無し。
然れども待ちつる情を顯しまをさずては、悒くて不忍らじ
とおもひて、
百取の机代の物を持たしめて、參ゐ出て獻りき。
然るに天皇、先に命り給へりし事を既く忘らして、其の赤猪子に問ひたまひしく
『汝は誰しの老女ぞ。何とかも參ゐ來つる』と問はしければ、
赤猪子答白ししく
『其の年其の月に天皇の命を被りて、今日まで大命を仰ぎ待ちて、八十歳を經たり。
今は容姿既に耆いて更に所恃無し。然はあれども、己が志を顯し答白さむとて參ゐ出つ』
とまをしき。
こゝに天皇大く驚かし給ひて
『吾は既く先の事を忘れたり。
然るに汝守志に命を待ちて、徒に盛年を過ししこと甚愛悲し』
と命り給ひて、召さま欲しく思ほせども、
その甚く老いぬるに憚りたまひて、得召さずて、御歌を賜ひき。
その御歌は、


.
御諸の 嚴白檮が本 
白檮が本 忌忌しきかも 
白檮原孃子。

また歌ひ賜ひしく、


.
引田の 若栗栖原 
若くへに 率寢てましもの 
老いにけるかも。

かれ赤猪子が泣く涙に、その服せる丹摺の袖、悉に濕れき。
その大御歌に答へまつれる歌、


.
御諸に 築くや玉垣 
築き餘し 誰にかも依らむ 
神の宮人。

また歌ひしく、


.
日下江の 入江の蓮 
花蓮 身の盛人 
羨しきろかも。
.
.
かれその老女に物多に給ひて返し遣り給ひき。
故この四歌は志都歌なり。

雄略天皇の御製


.



.

天皇吉野の宮に幸でましし時に、
吉野川の邊に、童女あり、それ顏好かりき。
かれこの童女を召して、宮に還りましき。
後に更に吉野に幸でましし時に、
その童女の遇へりし處に留りまして、其處に大御呉床を立てゝ、
その御呉床にまし疊號[まし]て、御琴を彈かして、
その童女に[人舞]せしめたまひき。
かれその孃子の好く[人舞]へるに因りて、
御歌よみし給へる、その御歌、


.
呉床座の 神の御手もち 
彈く琴に [人舞]する女 
常世にもがも。

雄略天皇の御製

.

即阿岐豆野に幸でまして、御獵せす時に、天皇御呉床にまし疊號[まし]けるに、
虻御腕を咋ひけるを、蜻蛉來て、その虻を咋ひて、飛びいにき。
是に御歌よみしたまへる、その御歌、










.
御吉野の 小牟漏が嶽に 
猪鹿伏すと 
誰ぞ 大前に申す 
やすみしし 吾が大君の 
猪鹿待つと 呉床にいまし 
白栲の 袖著具ふ 
手胼に 虻掻き著き 
その虻を 蜻蛉早咋ひ 
かくのごと 名に負はむと 
そらみつ 倭の國を 
蜻蛉島とふ。
.
かれその時よりぞ、その野を阿岐豆野とは謂ひける。

雄略天皇の御製
.
.

.
.

またある時、天皇葛城の山の上に登り幸でましき。
ここに大猪出でたりき。
即天皇鳴鏑をもちてその猪を射たまへる時に、
その猪怒りて、うたき依り來。
かれ天皇そのうたきを畏みて、榛の上に登りましき。
かれ御歌よみしたまひしく、




.
やすみしし 吾が大君の 
遊ばしし 猪の 
病猪の うたき畏み 
朕が 逃げ登りし 
荒岳の 榛の木の枝。

雄略天皇の御製

. .

又天皇、丸邇の佐都紀臣が女、袁杼日賣を婚ひに、春日に幸でましし時、
媛女、道に逢ひて、幸行を見て、岡邊に逃げ隱りき。
かれ御歌よみしたまひしく、その御歌、


.
孃子の い隱る岡を 
金[金且(鋤)]も 五百箇もがも 
[金且(鋤)]き撥ぬるもの。
.
かれその岡を、號けて金[金且(鋤)]の岡といふ。

三重の[女采]の歌 若日下部の王の御歌 雄略天皇の御製

.
.



. .

また天皇長谷の百枝槻の下にまし疊號[まし]て、豐の樂きこしめしし時に、
伊勢の國の三重の[女采]、大御盞を捧げ獻りき。
ここにその百枝槻の葉落ちて、大御盞に浮べりき。
その[女采]落葉の御盞に浮べるを知らずて、猶大御酒獻りけるに、
天皇その御盞に浮べる葉を看そなはして、その[女采]を打ち伏せ、
御佩刀をその頸に刺し當てて、斬りたまはむとする時に、その[女采]天皇に白ししく、
『吾が身をな殺したまひそ。白すべき事あり。』
とまをして、即歌ひしく、






.




.









.

.
纒向の 日代の宮は 
朝日の 日照る宮 
夕日の 日陰る宮 
竹の根の 根足る宮 
木の根の 根蔓ふ宮 
八百土よし い杵築の宮 
眞木拆く 檜の御門
新嘗屋に 生ひ立てる 
百足る 槻が枝は 
上つ枝は 天を覆へり 
中つ枝は 東を覆へり 
下枝は 鄙を覆へり
上つ枝の 枝の末葉は 
中つ枝に 落ち觸らばへ 
中つ枝の 枝の末葉は 
下つ枝に 落ち觸らばへ 
下枝の 枝の末葉は 
鮮衣の 三重の子が 
捧がせる 瑞玉盃に 
浮きし脂 落ちなづさひ 
水こをろ こをろに 
是しも あやにかしこし
高光る 日の御子 
事の 語り言も こをば。

.

かれこの歌を獻りしかば、
その罪を赦し給ひき。
こゝに大后歌はしける、その御歌、

.



.

.
.
倭の この高市に 
小高る 市の高處
新嘗屋に 生ひたてる 
葉廣 齋つ眞椿 
そが葉の 廣り坐し 
その花の 照り坐す
高光る 日の御子に 
豐御酒 獻らせ
事の 語りごとも こをば。

即天皇歌ひ給ひしく、




.

.
百敷の 大宮人は 
鶉鳥 領布取り掛けて 
鶺鴒 尾行き合へ 
庭雀 跪り居て 
今日もかも 酒みづくらし
高光る 日の宮人 
事の 語りごとも こをば。
.
.
この三歌は、天語歌なり。
故この豐の樂に其の三重の[女采]を譽めて祿多に給びき。

雄略天皇の御製 袁杼日賣の歌

この豐の樂の日、また春日の袁杼比賣が大御酒獻りし時に、
天皇の歌ひたまひしく、



.
水灌ぐ 臣の孃子 秀[缶尊(樽)]取らすも 
秀[缶尊(樽)]取り 堅く取らせ 
下堅く 彌堅く取らせ 
秀[缶尊(樽)]取らす子。
.

こは宇岐歌なり。
こゝに袁杼比賣が獻れる その歌、


.

.
やすみしし 吾が大君の 
朝戸には い倚り立たし 
夕戸には い倚り立たず 
脇几が 下の 
板にもが 吾兄を。
.
こは志都歌なり。

[(のちに顯宗天皇となる)火燒き小子(弟)の詠]

.

.
.


.
.

山部連小楯、播磨の國の宰に任ささえし時に、
その國の人民名は志自牟が新室に到りて宴しき。
こゝに盛りに樂げて酒酣なるとき、
次第のまにま皆[人舞]ひき。
かれ火燒きの小子二人竈の傍に居たり。
その小子どもに[人舞]はしむるに、
その一人の小子、『汝兄先[人舞]ひたまへ』といへば、
その兄も、『汝弟先[人舞]ひたまへ』といひき。
かくあひ讓る時に、その會へる人ども、その讓らふ状を咲ひき。
かれ遂に兄まづ[人舞]ひ、
訖りて次ぎに弟[人舞]はむとする時に、
詠しけらく、








.
物の部の、わが夫子が、
取り佩ける、太刀の手上に、
丹書き著け、その緒には、
赤幡を裁ち、赤幡立てて見れば、
い隱る、山の御尾の、
竹を掻き刈り、末押し靡かすなす、
八絃の琴を調べたるごと、天の下治らし給ひし、
伊邪本和氣の天皇の御子、市の邊の押齒の王の、
奴、御末。



.
.
とのり給ひしかば、即小楯の連聞き驚きて、床より堕ち轉びて、
其の室なる人等を追ひ出して、
其の二柱の王子を左右の膝の上に坐せまつりて、泣き悲しみて、
人民どもを集へて、假宮を作りて
其の假宮に坐せまつり置きて、驛使貢上りき。
ここに其の姨飯豐の王、聞き歡ばして、宮に上らしめ給ひき。

志毘の臣の歌 顯宗天皇の御製 志毘の臣の歌 顯宗天皇の御製 志毘の臣の歌 顯宗天皇の御製


.
.

故天の下治しめさむとせし間、平群臣の祖、名は志毘の臣、
歌垣に立ちて、その袁祁の命の婚さむとする美人の手を取れり。
その孃子は、菟田首人等が女、名は大魚といへり、
かれ袁祁の命も歌垣に立たしき。
こゝに志毘の臣歌ひしく、
.
大宮の 彼つ鰭手 隅傾けり。

かく歌ひて、その歌の末を乞ふ時に、
袁祁の命歌ひ給ひしく、
.
大匠 拙劣みこそ 隅傾けれ。

かれ志毘の臣、また歌ひしく、



大君の 心を寛み 
臣の子の 八重の柴垣 
入り立たずあり。

ここに王子また歌ひたまひしく、


.
島瀬の 波折を見れば 
遊び來る 鮪が鰭手に 
妻立てり見ゆ。

かれ志毘の臣、兪忿りて歌ひしく、


.
大君の 王の柴垣 
八節結り 結り廻し 
截れむ柴垣 燒けむ柴垣。

ここに王子また歌ひたまひしく、


.
大魚よし 鮪衝く海人よ 
其が荒れば 心戀しけむ 
鮪衝く鮪。
.
かく歌ひて、鬪ひ明かして、散けましぬ。

顯宗天皇の御製・
.

.

その老媼の住む屋をば、宮の邊近く作りて、日毎に必召しき。
かれ大殿の戸に鐸を掛けて、その老媼を召さむとする時は、
必その鐸を引き鳴らしたまひき。
かれ御歌よみしたまへる、その御歌、


.
淺茅原 小谷を過ぎて 
百傳ふ 鐸搖ぐも 
置目來らしも。
.

ここに置目老媼、『僕甚く老いにたれば、本つ國に退らまほし』とまをしき。
かれ白せるまに疊號[まに]造りたまふ時に、天皇見送らして歌ひたまひしく、


.
置目もや 淡海の置目 
明日よりは み山隱りて 
見えずかもあらむ。

《古事記》の歌 了。

       




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